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ハロハロの記 第三回

前回は、貧困とは何か、そして貧困を生み出す原因について述べた。今回は、それらを踏まえて、 「支援」するとはどういうことなのかについて考えてみたい。

 

6. 支援について (1) 

 「支援」という言葉を聞いて何を思い浮かべられるだろうか。痩せ細って、お腹が膨れている裸の子どもが泣いている。 その子どもを抱きかかえながらうつろな表情で前を見詰めている母親。。。NGOや国際機関の宣伝に使われるポスターや テレビコマーシャルなどで良く目にする構図である。ここで訴えられているのは、彼ら・彼女らの生活の「悲惨さ」と同時に、 彼ら彼女らが「自分では何もできない弱者であり、他人からの支援を必要としている」というイメージでありメッセージである。こうした「弱者」イメージの洪水は、私たちの間に、知らず知らずのうちに、「支援」についてのある観念を作り上げてしまってはいないだろうか。 <「北」の「強者」が「南」の「弱者」を救ってやる>という観念である。こうした構図の中で実際に組織される「支援」とは、いわば、舞台上で演出されている「悲惨さ」に対して観客席から投げ銭をしている様なものであり、 ここには二つの大きな問題がはらまれている。一つは、「強者」であることを対象化できないことである。一方で、観客席と舞台の関係にあるということを明らかにしようとせず、あるいは観客席と舞台、 北と南との関係を変えようとはせず、他方で、「弱者」を演出することで涙を誘い、「同情」を訴える。このような「支援」活動によって生み出されるものは、 私たちの間の大国意識であり、「南」の「弱者」に対する優越感であり、「何もできず支援を待ち続けている弱者」という蔑視である。この場合、主要な問題はむろん「観客」にあるのではない。<観客席と舞台>という演出された関係でしか「南」の問題を提示することができず、 「南」の人々との関係を取り結ぶことのできないマスメディアや国際機関、そしてNGOの側にある。他方、こうした「支援」が「南」の側に持ち込まれると、いわゆる依存問題を生み出す。国際機関やNGOにとって、「南」の人々があくまで一方的に「支援」されるべき客体である限り、主体である国際機関やNGOが全てをお膳立てし、住民たちがそうした活動に依存するようになるのは自然の流れである。一昔前までは、例えばアフリカの飢餓地域でNGOが空中から食糧を大規模に投下し、 ついには住民は空から降ってくる食糧をあてにして生活するようになるというような「支援」活動の弊害がよく報告されていた。むろん、NGOの側でもこうした「支援」の在り方に対する深刻な反省が行われ、さすがに、最近ではこうした典型的な事例は行われていないだろうが、 「支援する」側が「支援される」側を受動的に支援を受ける対象としてしか見なさないという構造が変わらない限り、問題の真の解決はない。 このようなステレオタイプ化した固定的な南北観とそれに基づく支援の在り方への反省もあって、先進国内では、「悲惨さ」ではなく「生活」を、 「弱者」ではなく「同じ人間であること」を強調する動きが80年代以降現れ始めた。「支援」や「援助」ではなく「協力」が必要なのであり、互いの文化や価値観の違いを認め、それぞれの生活のスタイルを認めた上で、互いに学び合い助け合い共に生きていくこと(「共生」)を求めようという方向性 である。こうした相対主義は、「南」の人々の歴史・文化・価値観・生活を知りリスペクトするという意味において、ステレオタイプ化された「南」観とそれに基づく「支援」活動からは必要不可欠な一歩前進といえるだろう。相手を知ろうとし、理解しようとし、 互いの差異を認めることがなければ、一人よがりの活動になってしまうからだ。

 だが、他方で、そのような相対主義的見地から発せられる様々な情報や言説が、往々にして、あたかも「南」「北」間に存在するのは差異だけであり、 両者は対等であるかのような幻想を振りまく結果に陥ってしまっていることも、また見過ごすわけには行かない。むろんこうした幻想に取り付かれるのは 「北」の私たちだけであって、「南」の人々は日々の現実によって、こうした幻想が幻想に過ぎないことを実感しているだろう。 絶対的貧困を抱えているのは「北」ではなく「南」であり、政府間であれ・企業間であれ・NGO間であれ発言力を有しているのは「北」の側であるのだから。 私たちは、フィリピンで「支援」活動をする中で、フィリピンの貧しい人々の「悲惨さ」だけを強調するのではなく、 フィリピンの歴史や文化を理解するように努力し、人々の生活−希望も絶望も、悲しみも喜びも、強さも弱さも、できる限りありのままに−を日本の支援して下さる方々に伝えるように最大限の努力をしなければならない。 と、同時に、フィリピンと日本その他の先進諸国との歴史的・政治的・経済的・文化的関係を見据え、 フィリピンから見た日本(人)の姿−多くの場合よりバーゲニングパワーを持ち、差別的で、抑圧的で、支配的である−を伝えていかなければならないだろう。 こうした「あるがままの」フィリピンや日比関係の認識に基づいて初めて、私たちの「支援」活動は現実を変革する力を持つことができる。

 

 ステレオタイプ化された「南北」観への反省は、他方で、途上国での「支援」プログラムの在り方の変化をも促して来た。NGOの支援の方法を説明する際に良く用いられるたとえ話として、次のようなものがある。 「ある人が、一人の貧しい男から、その日食べるものもないと言って助けを求められたので、お金を渡した。男はそのお金でその日一日の飢えをしのいだが、次の日になるとまた空腹に苛まれ、もう一度助けを求めた。そこで、ある人は、お金を渡す代わりに釣竿を渡し、魚の釣り方を教えた。 男は、毎朝釣りに行くようになり、釣った魚で生計を立てるようになった。ところが、そのうち男の隣人たちが釣り竿を貸してくれと言い始め、 男は一週間に一度しか釣りに行けなくなり、また助けを求めた。そこで、ある人は、小さな船と網を与え、共同で漁を行い、漁船具を管理し、 漁獲を分け合うやりかたを教えた。」  このたとえ話は、「釣り方を教える」ことが、「支援」される側の自助努力と自立性、および支援の持続可能性の重要性を示し、 「協同組合」を作ることが、問題解決のための集団性・組織性・計画性の重要性を示すとされる。NGOのこうした方向性は、 「住民参加型の開発」ないし「住民のエンパワーメント(empowerment:パワーを付けること)をめざす開発」という形で定式化されてきており、 住民自身が問題解決のための主体的な「力」をつけることを「支援」の主要な目的としようとするものである。  主体的な力をつけるとは、より具体的には、まず解決されるべき問題を問題として認識することである。 何世代にもわたる貧困生活の中で、人々はそうした貧しい生活状態が当たり前になってしまっていることが多い。 住民が、コミュニティーの問題点を出し合い、あるべき姿を話し合い、共通のあるべき姿を発見したとき、 それを基準として現状の様々な問題を対象化することができるようになる。次に、問題を集団・組識として解決していく能力を獲得することである。様々な問題を解決しようとする場合、 一人一人でできることは限られている。とりわけ幼い頃から貧しい環境の中で生活して来た人々はそうである。 自ずと集団として考え行動することが必要となる。そのためには、組識を作り、運営する経験と技術・能力を身につけることが必要であり、 そうしたリーダーを育成することが必要である。  さらに、外部の様々な資源にアクセスする能力が必要となる。支援してくれそうなNGOを調べ連絡を取る、 利用できそうな様々な基金に応募する、国会・地方議員に陳情する等々。 これらの活動を通じて、問題解決に必要な情報・資金・物資・専門家などを獲得する能力である。エンパワーメントという用語で示されるNGO活動の方向性とは、 こうした住民自身による集団的な問題解決の力をいかにつけていくことができるかがNGOの最も基本的で中心的な課題であるという宣言であり、 私たちACCEもこうした方向性を目指しているといって良い。だが、一口に「住民参加による」といっても実際にこれをプロジェクト現地で実現しようと思えば非常な困難を伴うというのが実感であり、 次回以降いくつか具体例を挙げながら、ACCEが直面している困難−これが良かれ悪しかれ現在のACCEの活動の水準を示すことになるだろう−を 紹介したいと思っている。

 

 が、今回はその前に、こうした「参加型」開発といわれるものの抱えているいくつかの前提的な問題について、 何年か前のACCEのスタディーツアーでの出来事を手がかりに考えておきたい。ACCEのツアーにある日本のNGOのスタッフをされている方が参加されて、アラバット島ペレーズを訪問された上で次のような趣旨のことを指摘・批判さ れた。

 「ACCEは日本人の価値観からペレーズの人々の生活を見、そこに無理矢理問題を発見しようとしているのではないか。 ペレーズの人たちにはペレーズの自然環境の中で独自の生活と価値観があり、それを日本人の価値観で見て問題を発見しようとするのはおかしい。 私たちの団体は、現地の住民組識の主体性を大事にしている。住民自身が問題を発見し、問題解決に向けたプログラムを立案する。 私たちは、自分たちでそのプログラムに応じるか、別の団体を探し媒介するだけである。」云々。短いツアーの中で、お互いの理解が十分でなかったこともあろうし、意を尽くせないこともあっただろう。 何かしら彼女にそのように感じさせた要素があったのかもしれない。が、そうした偶発的な要素以上に、ここにはNGOの「支援」の在り方を考える上で看過できない問題提起がはらまれている。

 

 一つは、NGOと住民との関係である。彼女が「日本人の価値観で見て問題を発見しようとするのはおかしい。私たちの団体は、現地の住民組識の主体性を大 事にしている。 住民自身が問題を発見し、問題解決に向けたプログラムを立案する。私たちは、自分たちでそのプログラムに応じるか、別の団体を探し媒介するだけである」と主張するとき、そこには二つの問題点がある。まず、住民自身が自らを組織し、「問題を発見し、問題解決に向けたプログラムを立案する」ことができるとき、解決すべき問題の半分は既に解決していると いうことである。 最大の課題は、まさにそうした能力をいかに住民が身につけることができるかであって、「住民組織」がこうした立案能力やアクセス能力を既に持っているとし たら、 NGOの最も重要な任務は既に終了しているといっても良いのではないか。もう一つは、「住民組織の主体性」とNGOの主体性との関係である。「日本人の価値観」と表現されている問題を、その中に混在している二つの要素 −NGOの価値観と住民自身の価値観との関係、 日本人の価値観とフィリピン人の価値観との関係−に分解して考えると、NGOの価値観と住民自身の価値観は通常必ずしも一致しない。そして価値観は実践の 中で変化する。 もちろん一口にNGOといっても明確な目的をもっている団体から漠然とした人道主義を基盤としている団体までさまざまであり、 また前者であっても目的や手段それらを支えるイデオロギーは千差万別である。が、共通しているのは、現状に対する批判意識であり、何とかして現状を変革 し、問題を解決したいという熱意であろう。 そうであれば、いかなるNGOであれ「NGO自身の価値観で見て問題を発見しようと」しないようなNGOはないのではなかろうか。そのNGOがフィリピン 人だけで構成されている団体であろうが、 日本人その他の「北」のメンバーを含んでいようが、NGOは自らの価値観に基づき、問題を「発見」し、問題に介入し、地域に介入し、人々に対し主体的に働 きかけ、影響力を及ぼすのであり、 その意味において、住民と並んでNGOももう一人の主体なのである。

 むろん、そうであるとすると、次に問題になるのはNGOと住民(組識)との間でいかなる関係を作り上げることができるかである。この領域で重要な問題提起をしているのがPRA(Participatory Rural Appraisal主体的参加型農村調査法)と呼ばれる方法論である。 PRAとは、当初は専門家による質問表に基づくインタビューによるコミュニティーの実態調査に対し、住民自身が地図や模型、季節カレンダーや一日の時間利用図、住民の組識相関図などを作成し、豊かさのグループ分類、点数付けや順位付けなどを行なうことを通じて、コミュニティーに関する情報を自らの手で得る調査法として開始された。PRAの主唱者の一人であるロバート・チェンバースは、 各国における実践例を示しながら、こうした住民参加による調査は「いったん始めると、地域住民はまず自分たちにできることの多さに驚く。 そして誇りを持つようになり、エンパワーされていく」と、単に調査にとどまらない成果と効果を報告している。そして次のように問題提起している。

  「(PRAのような手法とその成果が90年代まで現れなかったことについて)開発コミュニティー全体が、地域住民の知識の豊富さのみならず、 さらに重要な地域住民の創造能力や分析能力に気付くのに、これほどまでに時間がかかったということには驚きを隠せない。 地域住民ではなく、外部の専門家である私たち自身の中に説明を求めれば、謎はほとんど解ける。私たちの個人的な、また職業的な概念や価値観、手法、行動様式や態度が、私たちの学習の妨げになっているのである。…私たちのほとんどは、外部者として支配的立場にあったのである。講義し、気短にインタビューし、矢継ぎ早に質 問を浴びせ掛ける。 話しをさえぎり、聞く耳を持たない。貧しい人たちや力のない人たちを「抑圧」してきた。私たちのリアリティーが地域住民のリアリティーをもみ消して来たのだ。こうして私たちの思い込み、物腰、行動様式、態度が、一人よがりになってしまっていたのである。無能として扱われ、貧しい人たちは無能であるかのように振 る舞った。 権力を持つ人の思い込みが貧しい人たちの言動に反映されていたのである。貧しい人たちの能力は隠されてしまい、自分たちですら気付くことができなかった。 また、外部の専門家も、地域住民が自分の知識を表現し、他人と共有し、さらに広めて行けるようにする方法を知らなかった。」(R・チェンバース『参加型開 発と国際協力』明石書店)

 チェンバース自身は大学に籍を置く研究者としての自らの在り方に対する内省に基づきこうした発言を行なっているのだが、彼の自己批判はそのままNGO自身が自戒しなければならない点でもある。以前「NGOは神のごとく話す」という言葉を聞いたことがある。フィリピンの友人から聞いた言葉なのか、何かの本で読んだのか、記憶が定かではない。だが、痛烈なNGO批判であることは確かである。 NGOが高度な教育を受けたスタッフからなる専門家集団であればあるほど、開発に関する「真理」を独占し体現するものとして住民に相対し、 たとえ「住民参加」や「エンパワーメント」「参画」といった用語を巧みに操っていたとしても、住民自身は操作の対象となってしまう。そこでは、あたかも自らの方法論の優位性を実証するための実験場として プロジェクトを行なうという様相を呈する。上の言葉はそうした一部のNGOの在り方に対する批判である。そしてこうした観点から私たち自身の身を振り返るとき、ACCEは専門家集団としての方向を目指してはいないが、それでもACCE自身、上で見て来たような傾向を、 放置すれば顕現させてしまう性格を内包していることには自覚的でなければならない。十分な教育を受けていないプロジェクト地の住民やエリアコーディネー ター、その他のスタッフに対し、 教育を受けたものは日本人・フィリピン人を問わず、やはり権力を持ち、支配的な立場を持つのである。これは、教育を受けたものの主観的意図がどうあれ、疑いようのない構造的な事実であり、 私たち自身もそこから自由ではありえない。私たちがなさなければならないことは、そうした権力関係を正面から見据え、その関係を非権力的な関係へと変えて いくことのできる方法論を模索し、 実践することである。チェンバースの主張には、かならずしも全面的に同意できるわけではなく、幾つかの大きな疑問点が残る。が、私たちは、「住民自身による集団的な問題解決 の力の獲得」への一つのアプローチの仕方として、 今後PRAの手法をもっと研究し、学ぶ必要がある。これについては、稿を改めて提起したい。

 

 「参加型」開発について考える際の前提的な問題の二つ目は、日本人あるいは「北」の人間の関わり方である。ACCEに引き付けて考えれば「日本人の価値観とフィリピン人の価値観との関係」といってもよい。前に紹介した批判的見解は、「ACCEは日本人の価値観からペレーズの人々の生活を見、そこに無理矢理問題を発見しようとしているのではないか。 ペレーズの人たちにはペレーズの自然環境の中で独自の生活と価値観があり、それを日本人の価値観で見て問題を発見しようとするのはおかしい。」というものであった。ここに見て取れるのは、ペレーズの人たちが問題だと思っていないにもかかわらず日本人の目から見て「問題」だと思えることを、日本人は外から持ち込んで 「問題」を人為的に顕在化させてはならない、 という主張である。 こうした主張は、さらに、フィリピンのことはフィリピン人の手で解決すべきであり、外国人は援助はしても(あるいは、できても)主体となってはならない (あるいは、なることはできない) というより一般化された主張の一つの現われとして理解することもできるだろう。  このような問題提起に対し、私たちはどのように考え、応えていくべきなのだろうか。これも、私たちの「支援」の在り方と方向性を考える上で、避けることのできない論点の一つである。

 この問題については、ACCEもかつて大きな内部論争を経験しており、そうした経験を踏まえ今では一定の見解を持つに至っている。 次回、フィリピン現地でプロジェクトを進めていく中で具体的にぶつかった問題を紹介しながら、この問題について考えてみたい。