マイスター・ブランド・仕事・すとーりー

すぐる8月、NHKハイビジョンで世界の職人達という放送があった。第一回目が、「ミラノファッションを支えるテーラー」というので
私はおおいに期待して視聴した。
 アートディレクターで、高名な手塚治虫の子息氏がミラノ現地をルポする内容になっていて、取材対象のミラノNO1の職人のとこ
ろでスーツをオーダーするという内容だった。なで肩の彼氏は合う服がなかなか見つからないので一種の服コンプレックスを持って
いると述べておられた。そうして採寸のときその職人が少し体を触っただけでその体型の特徴を把握してくれたことを感嘆しておられ
た。なんのことはない私もいつもやっていることである。おそらく東京にだって、いや全国の日本のテーラーだってそのくらいのことは
やっている。ファッションライターのO氏との対談で縷々述べられる彼らの対談はやはり西洋礼賛が強すぎると感じる。それにO氏も
ミラノの服を身につけておられるといわれたが、足高椅子のせいか姿勢がわるく、肝心のスーツが台無しの着こなしだった。細身の
手塚氏の服のシルエットを出す基の服の芯造りの場面では印象的な所があった。
平面を立体にするにはダーツといってすこしくさび形にえぐり取らねばならない。馬の毛で織った
毛芯を使うところも我々と同じでそのダーツを縫いとじ合わせるのに、驚いたことに普通ミシンの往復
縫いでがちゃがちゃとやっている。これをするといくらあとでアイロン整形をしても糸が引きつれてそこ
が凹凸して表にあたりなって響く。私もかって悩んでジグザグミシンが出始めて助かった思いをしたこと
がある。少なくともこの作業では私のしていることの方が合理的と思う。なぜこんな古めかしい仕事が
世界のVIPを集めるのだろう。
 メンズのカストマーのみならずミラノには製織、染色、レディス、革製品の総合的な集積の効果をプロ
デュースするノウハウというか才能を備えた人的集団が存在したことが幸いしているのだそうだ。そこに
ブランド「信仰」も発生するのだろう。若い人がその老職人の元で修行する姿のルポもあったし、その若い
人が同時にIT技術を学び駆使して、デザインや型紙起こしや生地の合理的な裁断のシュミレーションに
応用している姿に、ミラノファッションの前途を見た思いだった。しかしながらその日、メンズのマイスターの
世界一の技術からなにかを得たい・・という私の期待はすこし拍子抜けの思いだった。先述したとおり私たち
日本の職人でも相当の水準の服造りの技術は持っている。マスメディアももっとそういうものを掘り起こして
ほしいと思う。.慢心や過信はいけないが、私はもう少し自分に自信を持とう・・と思ってハイビジョンを深更
までみせてくれた馴染みの電器店を辞した。

そうして、秋、このような体験もあった。
 11月16日電話が鳴った。「HPで鹿革ブレザーや修理のページを見たのだが手持ちの皮ジャンバーの
不備を修正してもらえるだろうか」という要件だった。HPを観ていただいた礼を言った上でどちら・・と聞くと
「東京・・」と言われアッ遠くだな・・と思わず呟いてしまった。近くならばその不備な点を拝見して修正可能か
否か返事がすぐ出来るが、東京ではそうはいかない。元払で送り、返送は着払でいいので兎に角見てほし
いと言われる。HPを観てそこまで信用して言ってくださるのは有り難かったが、私には少し東京コンプレック
スが手伝って返事が躊躇われた。「東京」で直しあぐねたものを私がこなせるか・・という些かの不安もあった。
兎も角も送ってもらうことにした。その方の電話が終わって15分も経たないうちにまた電話があった。今度は
そのブルゾンを購入者に売られた
店の担当者からだった。2週間ほど修理先を探したがみつからないので困
っていたところ、購入者よりHPで見つけたこんな店がある・・という旨を聞き当店
より送るのでよろしくという要旨だった。ステッチの蛇行とか
フロントのジッパーの取り付け部の波打ちを修正してほしいとのことであった。いずれも見てみないと何ともいえない。 翌朝7時過ぎ、妻が
「くろねこのハンガー便、来たよ」と私を起こした。ずいぶんの早さに少し驚いて起床した。これは東京近郊にいる感覚だ。朝食ののち、早速
見てみた。とても大きな寸法の製品で着用者のいい体格が連想される。そうして、背中がプレーンな一枚皮でラグランの袖も襟の付け根か
ら袖先までの相当に長い寸法が一枚物である。こんなに大きなピースの取れる鹿革は日本鹿にはないのでは・・トナカイかなにかもっと大型
の鹿なのだろう・・と判断する。深いダークブラウンの色合いでいい艶がある。裏地は、袖と身頃の下部は濃茶のナイロン地、身頃は黒白茶
のこまかいガンクラブチエックのクロスのツートンカラーといいセンスである。ただ、内ポケットの口布が表と同じ鹿革ですこしごろついている。
見た目のコーディネーションはとてもいいのだが、私なら同じ裏生地で内ポケットも作るのに・・と思った。まもなくこの着用者からこまかい修
正要望を記したEメールが入っていた。 ブルゾンにはすべての縫い目に針目4ミリ太さ3ミリほどのステッチといって飾りミシンがかかってい
たが、あらかじめ聞いていたように5カ所ほどはずれそうになっているところがあるほど、ステッチが均一の太さでない。またフロントのジッパ
ーの取り付け部分になぜかいやな波打ちが出ていて鹿革の柔らかさがこの部分で損なわれているようにさえ観える。一見、これは相当
長期間着用されてジッパーのクロスが縮み、波打ちの凸の部分がすれて光り、もう皮に癖がついて
しまっているのではないか・・と私は感じた。襟はステンカラーとなっていて、右は素直に折れていい
シルエットだが、左は何故か首元のところで変に窪んだように折れてネックホールの美しさが損なわれて
いる。ここも依頼者の指摘されているところである。ステッチはかけ直せると思うが、フロントの波打ちは
難物である。襟ももう少し原因追及をしてみないと何ともいえない。早速その旨と、品物を受けとったことを
返事メールする。すると、打てば響くような早さでまたメールが来る。まだ購入してから1ケ月もたたない
もので、フロントは疲労癖とは思えない・・ということで、私の観察不足を恥じる。襟の不備もなんとか前向き
に取り組んでほしい・・と熱意に満ちている。促されるように少し裏地の袖と身頃の境目を解いて観た。
そうして私は内部の少し乱雑なのに嘆息した。ステッチ糸の端が縫い終わりの所で長く残されたままであっ
たり、内ポケットの袋布が切り揃えてなかったり、表のポケットや内ポケットの口布の縫い代がおそろしく多く
縫い込んであったりしている。私は、服はいつどこでこうして内側も見られるかわからないと思っていつも
見えないところもきちんと整えるようにしているので、少し整頓する。依頼者の2度目のメールではなんでも
このブルゾンはここ2・3年人気を得てきた「h○○」」という「基本的にコンサバで、洋服のことをよく分かって
るブランド 」ということで、のち、そのHPで見ても相当に価格の面でもしっかりしている製品のようである。
私は正直なところ洋服屋であるのに特に最近のカジュアルなブランドにあまり精通していなかったので、
先入観なく見たままの印象で「乱雑」の感想を持った。
そうして私は、素材やデザインのマュアルはブランド創始者の意図を守りながらも、時間とコスト主義に急かされながら懸命に縫い急ぐ、

どこかの国の工人の姿を思い浮かべた。あらゆる物づくりの世界で現今ではこの「コスト主義」が席巻している。 下請けのまた下請けという
構造で技術の錬磨はおろか、生活もぎりぎりという情況で物作りがなされている。余談だが、私の住むあたりは先染め織物といって糸を先
に染めて織る「播州織」の生産地帯である。そこでクリスチャン・ディオールのハンカチやダックスやバーバリの傘や鞄にコーチングする生地
が織られている。また「w」とか「R」とかいうメーカーのランジェリーの縫製の下請けをしている知人を多く知っている。おそらくブランドの
オーナーはこんな物作りの構造をすべて把握していないのではないか・・雪印の社長が末端でなされていたことをなにも知らなかったように・・

裏地の解いたところから問題のフロントの波打ちの楽屋うちを観察する。とどうだろう、波打ちのおなじ部分に白い接着芯がひろくコーチング
されているではないか。接着芯は私も仕事でよく活用する。それはそのものでは柔らかいのだが、なにかに接着してアイロンコーチングする
と暖かいうちは柔らかいが冷めると堅くなる。その機能をその意図でつかうことすらある。しかしここではマイナスに働いているようだ。
コーチングが作用して鹿皮の柔らかさを損ねているように思う。私は目打ちという道具で接着芯を丹念に剥ぎ取りにかかった。ジッパーを
挟み縫っているステッチの際ぎりぎりのところまで取り除いていった。すると皮本来の柔らかさが戻り、心なしか波打ちも消えたようにみえる。
さっき整頓したとき切り取った鹿革の端切れでいろいろアイロンテストしてみる。結果、ゆるいスチームアイロンを、あて布をしてかけると皮は
変質しないことが確認出来て、接着芯を取り除いたブルゾンの表側からアイロンプレスしてみるとまったく波打ちはなくなった。ひとつ問題
解決である。私も鹿革の仕事をするが、接着芯がこんなにマイナス作用することをノウハウとして得る。  
もう一つの問題の「襟」を観察する。妙な窪みはどうやらひきつれのようだ。襟の表側の身頃
との縫いつけ部分を解いてみると外のりの余裕分が不足していて最大5ミリほど襟か身頃かどちらかから繰り出さなければならない。
さいわい襟側に折り込み代があるのでそこを出そうとおもうが、前の針痕が目立つことを
我慢てもらわねばならない。一応まだ縫い閉じをしないまま襟の整形をアイロンでもして
ボデイに掛け時間をおいてみる。19日、付属品の問屋に接触する機会があったのでこの
鹿革ブルゾンのステッチ糸と同じものを探してみる。メンズの筋でなかなか見つからず
もしかして・・と思いある手芸用品の小売り店を覗いてみるとほぼ同じものが 入手出来る。
販売店の出入り業者がステッチ糸の入手難も断る口実にしたそうだが、なんだか拍子
抜けのように私は難なく糸を手に入れた。その夜デジカメ映像とイラストでその旨中間
報告メールする。またしても熱心な返事がすぐ返ってくる。フロントを解かずに接着芯を
除いたのみであれだけ改善出来たのだから、すべて除いたらもっと完璧にならないだろ
うか、と言われている。どうやらミシンが掛かるかどうかテストしてみないといけないか
なあ・・と思い始める。兎も角も袖に関連するステッチの不備をとりあえず修正しよう・・と
考えてこの熱心なお客様にここ2・3日仕事の張りをもらっている実感を思う。はじめ、
ステッチ糸が見つからないときは古い糸を再利用しないといけない・・と予測して、出来る
だけ切らないように、鹿革も傷めないように解いていたのでとても時間がかかっていたが、
糸が見つかったのでなんとかすべて飾りステッチを取り除く。その夜、相当深更までステ
ッチ作業をする。まず糸と同時に買ってきたレザー針に変えてミシンテストする。なぜか
糸飛びが続き調子がでない。また普通の14番のオルガン針に代えるとなんのことは
ないよく縫える。ただ、暫くすると針が軋む。すると上糸がうまく下に潜らず糸目が飛ぶ。
これは針の表面の僅かな油分を革が吸収してしまうからだ。毛織物はそれ自体いくらかの油分やパラフィン分を含んでいる。へんな話だが、
「鼻の油をちょいとつけて・・」という手品のおまじないのような言葉があるが、ミシンかけの時はこの動作を本当にするのである。この夜もなん
どもそうしてミシンの調子を維持した。緊張したが、案外にステッチは歪まずにかけることが出来た。また依頼者は左袖口が少し膨らんでいる
ように思うと指摘していた。左上袖口を4ミリほど縫い込んだが、それで右袖口寸法と同寸になった。依頼者の鋭い感覚に感じるものがあった。
いよいよ問題のフロントである。ミシンに挟めるかどうかテストしてみる。下前は持ち出しのピースがあるのでもっとも分厚い。ジッパーの留め
金の部分が、私の愛用の103型工業ミシンの押さえ金をいっぱい上げても入らない。以前、伏見の酒造りの酒を絞る酒袋でブレザーを縫った
ことがあったが、そのときミシンを壊しそうになった。ここはこれで勘弁願うことにしょう。裏地の袖と身頃を縫い閉じ、左襟の身頃へのまつり
直しも行なってようやく修正作業を完了する。ただ、ステッチが外れそうになっていた箇所は前の針痕がなんとも目立つ。鹿革のダークブラ
ウンに染まっている表皮が少し破れて真皮のややベージュ色が覗いている。依頼者の感性では到底満足されないだろうと思う。革染色用の
アクリル系顔料のあったのを思い出しそれですこし補修を試みる。色はなんとか修正出来たがやはり針穴は残る。これは辛抱願おう。襟の
針痕はここは下にYシャツ等が当たる場所なので染料が万一シャツを汚したりしてはいけないので色補修は見合わせる。 21日、点検を済ま
し来たときの同じ梱包材でハンガー便にして、幸いお向かいの家がくろねこ便の取次店なので発送する。
翌日、東京の販売店より到着の返事があり、その夜依頼者からも品物の落手のメールをいただく。
すべてに満足とのこと、すこし私へのサービスがあるとは思うもののほっと安堵する。
ちょうど週末と連休が重なって、翌週明けに修理費も振り込まれ東京と兵庫県の私方のやりとりが
終わった。  
 その後仕事をしていてふつふつと思うことは、なんだかさきの鹿革ブルゾンの一件をしてやったり・・と
いう風に思えないのである。私がやれたあれほどの仕事が東京で2週間もこなし先を探したが見つか
らなかった・ということになにか憤懣のような感情まで湧いてくる。どうしてこんな仕事事情、技術事情に
なってしまったのだろう・・いつからこんな風になってしまったのか・・と考える。

なんだか不況で仕事の絶対量が減っているのに、安く楽で安易な仕事しかしない、人間のなにか仕事への
意地というか愛というべきものの欠如もこのごろ感じる。洋服職人の私の東京のイメージは江戸職人の
ながれを汲んで「あっしがやりやしょう」と意地でも難しい仕事をこなす気概が健在と思っていたのに、もう
それも幻なのか、なんともいえずさみしいことだ。仕事への愛、自戒しつついつまでも矜持としたいもので
ある。それから鹿革ブルゾンの修正をした体験から、私は「ブランド」にもう少し皆、懐疑的になってほしいと
思う。品選びの一応のめどにはなるのかもしれないが、最終的には自分の目でよく確かめて欠陥品は掴ま
ないことである。消費者の曇りのない、先入観にとらわれない高度な選択眼が即ちまた優れた「ブランド」を産んでいくのだと思う。いい製品がいい作り手から生まれ、それが「ブランド」になって多くの消費者の支持を得るとして、
こんどはその需要に応じるために多く造らねばならなくなる。畢竟、現今の物づくりの現場の現状の隘路で、創始者のポリシー通りの水準の製品はなか
なか出来てこなくなる。コスト主義の悪弊もそこに加わる。ブランドも堕落するのである。よくそのことを認識いただきたいものだ。  
 この話をすると手前味噌と揶揄されそうだが、あえて書こう。昨年末、読売新聞社のチャリティーの画展で私の繪を買ってくれた方とその後
懇意になったが、某日、親しくそのお宅で氏のコレクションを拝見した。ご夫婦でじつにいい繪を集めておられた。有名無名を問わず、いつも
自分の琴線に触れた繪を落手なさるのだそうだ。自分の暮らしを彩り豊かにする「品選び」はすべからくこの自分の琴線に触れる・・という
ところがなければいけないと思う。作り手も使い手も「目」を磨かねばならない現代だと思う。
  12.9記