| プロフィール |
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| 瀬田 敦子 |
大阪府池田市出身、タイ・チェンマイ在住。 1996年イタリアで開催されたマスタープレイヤーズ国際音楽コンクールで優勝、指揮者リチャード・シューマッハーに才能を見いだされ、ヨーロッパデビューを果たす。その後ヨーロッパ各地でリサイタルを開催、毎年ポーランドのオーケストラからソリストとして招聘されるなど、精力的に演奏活動を続けている。また、在日本大使館の後援でレバノン国立交響楽団と初めての日本人ソリストとして共演、ブルガリアの日本文化月間行事に招かれてソフィアフィルハーモニーと共演する等、ますます活躍の幅を広げている。現在、タイを拠点に日本とヨーロッパを行き来する一方、タイ王国パヤップ大学音楽学部客員教授として、タイの音楽教育、AFSチャリティコンサートにも力を入れている。 特筆すべきは、アルゼンチンの作曲家ヒナステラの作品演奏で、2004年にイタリアで開催された国際音楽コンクールIBLA GRAND PRIZEでオールヒナステラプログラムリサイタルを披露し、ヒナステラ特別賞を受賞、2005年にはニューヨークカーネギーホールでヒナステラソナタ第1番を演奏した。又2006年にはポーランドに於いてWalbrzych Sudetic Philharmonic Orchestraとヒナステラピアノ協奏曲第1番のポーランド初演を果たし、ひときわ高く評価されている。 ・「瀬田敦子はヒナステラ音楽の情趣を、色彩と情熱と魂を携えて理解しているすばらしい芸術家である。」Eduardo Delgado (ピアニスト・カリフォルニア州立大学芸術部教授) ・ 「瀬田敦子はアルゼンチンの作曲家ヒナステラの演奏に於いて卓越した代表者であり、その演奏解釈は傑出している。」スイス・AGENDA紙97年8月 ・「日本人ピアニスト瀬田敦子は明らかにこの20世紀の作曲家ヒナステラの音楽と恋に落ちている。彼女は自由奔放に情熱的に、そして微笑さえ浮かべて彼の音楽を表現し、聴衆を魅了した。」・・New York International Composer 2005年4月, Jeffrey James ・「瀬田敦子はいろんな世界(彼女自身の世界、又は作曲家ヒナステラの世界、そして聴衆の世界をも)を自由に制御し、同時にその並外れて素晴らしいテクニックによって彼女が演奏している楽器を支配し、その音楽的な本質を巧みにコントロールしていた。このような説得力あふれるピアニストを見つけるのは容易な事ではない。無限に思われるほどの申し分ないエネルギーを持ちながら、同時に非常に繊細で豊かな精神性があるのだから。」 Pagine dal Sud Italy 2004年10月, Gino Carbonaro |
| 受賞歴 |
| 1992 日本クラシック音楽コンクール 全国大会 第3位受賞 1993 全日本ソリストコンテスト・ベストソリスト賞受賞 1996 マスタープレイヤーズ国際音楽コンクール(イタリア) 全部門最優秀賞であるマスタープレイヤーズ大賞受賞 2003 音楽クリティッククラブ奨励賞受賞 2004 IBLA GRAND PRIZE (イタリア) ヒナステラ特別賞受賞 1996 日本クラシック音楽コンクール審査員 1997-1999 マスターズプレイヤーズ国際音楽コンクール審査員 |
| 学 歴 |
| 1977 大阪教育大学特設音楽課程ピアノ科卒業 山田康子氏、横井和子氏、エドゥアルド・デルガド氏 に師事 1978 同大学専攻科終了 1982 ウィーン国立音楽大学夏期セミナー受講 ヴァルター・パンフォーファー氏、アレキサンダー・イエンナー氏に師事 1991 スイス・シオン国際アカデミーマスターコース受講 フリードリッヒ・ヴィルヘルム・シュヌア氏、ロベルト・シドン氏に師事 1995 京都フランス音楽アカデミー受講 ピエール・ローラン・エマール氏に師事 1996 フランス・フレーヌ国際アカデミーマスターコース受講 パスカル・ドヴォワイヨン氏に師事 |
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1991〜 フリードリッヒ・ヴィルヘルム・シュヌア氏に師事 音楽する喜びに目覚める。 |
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1993〜 アルゼンチンピアニスト、エドウアルド・デルガード氏に師事。アルゼンチン独特のテクニックとヒナステラ作品を学び、演奏に取り組む。 |
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1996〜 マスタープレイヤーズ国際音楽コンクールにおいて、プレジデント/指揮者のリチャード・シューマッハー氏に才能を認められ、ヨーロッパデビューのチャンスを得る。 |
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1997〜 ポーランド/ヴァルブツイヒ市のオーケストラFilharmonia Sudecka のデイレクター/指揮者のヨゼフ・ヴィルコミルスキー氏に認められ、その後数々のピアノ協奏曲のソリストとして招聘される。 |
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1999 ポーランドにおいて指揮者ボイチェック・ツェピエル氏(その後レバノン国立交響楽団の主席指揮者に就任)と共演。2003年レバノンにも招聘され再度の共演を果たす。 |