7年ぶりのニューアルバム、"THE RISING"でスプリングスティーンは仕事、希望、そして、今まさにこの瞬間にアメリカ人でいる事について歌っている。いかに9月11日の悲劇を希望のメッセージへと変えたのか
これまでのブルース・スプリングスティーンの全ての作品を読んでいるとまるで労働組合の記録のようである。彼は、警官、消防士、兵士、道路整備員、鉄鋼労働者、工場の従業員、移民の労働者等についての曲を書いてきた。スプリングスティーンは今まで一度だけ仕事に就いた事がある。1968年、彼が18歳の時、数週間の間だけ庭師として働いた。彼に身に就いたのは、園芸の技術ではない。彼が同年代の間で共感される最高のロックンロールシンガーとなった事だ。スプリングスティーンには週40時間働く事がどんなものなのかは分からない。しかし、週40時間働く事がどんな気分になるか、と言う事は知っている。「もし朝になってベットから出たら、例え、どんなに落ち込んで、憂鬱な気分になっていても、その1日を始めなければいけない。俺が育った頃にはそんな事はほとんどなかったけど、お袋を見ていて1日を始めるのがとても大事だと言うのが分かったよ。あぁ、今日は良い事があるかもしれないな。悪い事なんか起きないさ、って。」
7年ぶりのアルバム"THE RISING"で彼は再び、仕事、希望、まさに今この瞬間にアメリカ人でいる事について書いている。"THE RISING"はポップアートにおける9月11日ついての最初の明確な反応だ。多くの曲がハイジャック機によって生命と運命を絶たれた労働者の視点で描かれている。これらの曲は悲しいものであるが、悲しみはたいていの場合、前向きで、立ち直りへの誓いを意味する。"THE RISING"は1ヶ月間教会へ通うよりも意味のあるものだ。
また、"THE RISING"はE Street Bandの復活を意味する。50代、60代の7人のメンバーと、スプリングスティーンの妻であり、バックシンガーであるニュージャージー出身のパティ・シャルファは常にスプリングスティーンのファンとの間の架け橋である。彼らと15年間の間アルバムを作らなかった事によって生まれた"ボス"とファンとの溝を埋める目的も、"THE RISING"にはあると思われる。
1987年、スプリングスティーンがバンドとの活動を休止させようとした時、ブルースは誰でもない普通の人々を歌うとして有名だった。しかし、金が共感よりも注目を集め始め、"BORN IN THE USA"の後では、ただの金持ちになっただけではなく、重荷を背負わされた事を全てのアメリカ人が知っていた。安全ではあるが偽者とのラベルを貼られてしまう危険のある裕福なアメリカの詩人でいる事よりも、彼は新しい領域へ進む事を選んだ。彼は1992年の"Better Days"でこう歌う。
"It's a sad funny ending to find yourself pretending
A rich man in a poor man's shirt."
モデルで女優のジュリアン・フィリップスとの短い結婚が破綻した後で、スプリングスティーンは1400万ドルするビバリーヒルズの家に移り住み、1991年にシャルファと結婚し、男女の関係や子供の事、倦怠感などを歌い始めた。そして、'95年には"THE GHOST OF TOM JOAD"ではフォークソングを歌った。このアルバムはグラミー賞でベストコンテンポラリーフォークアルバム賞を獲得したが、内容はスプリングスティーンのアルバムと言うよりも、ウッディー・ガスリーへのトリビュートのような感じだった。このアルバムは賞賛はされたが、アメリカの底辺に住む人々についての歌は暗く、以前の楽観主義が消えていた。「その時は、俺のロック向けの声に合ってるのか、どんな風に聞こえるのか、どんな事をやるのか、目的はなんなのか、よく分かっていなかったんだよ。この時はバンドが重要だとは思わなかった、だから、一番いい方法で、一人でやる事にしたんだ。」と、スプリングスティーンは語る。
スプリングスティーンに関するある重要な事実として、彼は自分がスプリングスティーンである事について、良く考えている。Tom Joadの後で、彼は、彼自身、彼の家族、ブルースがやるべき事を深く考え、ニュージャージーの彼が生まれ育った地域から車で数分しか離れていない所へ再び移り住む事を決めた。「パティも俺もアイリッシュ/イタリアンの家系で大家族の中で育ったから、3人の子供達もそうしてやりたいと思ったんだ。クリーニング店で働いている奴とか、猟や漁業をしている奴とか、農場で働いている奴とか、色んな仕事をしている連中と知り合う機会があるようにさ。」故郷に戻った事によってスプリングスティーンにロックンロールへの情熱が蘇った。2000年にE Street Bandとのリユニオンツアーが終了した後で、ロックアルバムのための曲を書き始め、そして、その計画は実行された。
「朝飯を食った後、テレビを見て、それからしばらくしてから、車で地元にある橋までドライブしたんだ。そこからニューヨークの方向を眺めると、ちょうど真中にワールドトレードセンターが見えるんだ。」と、スプリングスティーンは、あの悲劇について、その時彼がどこにいたかを静かに語る。彼が一番困ったのはその日の出来事を子供たちに説明する事だった。「俺が思うに、あの出来事は、俺達の子供の時代で言うなら、原子爆弾みたいなものだと思うんだ。どこにいたら危ないのかとか、全然見当がつかないから、なんだかとっても怖くてさ。学校にいても危険なのかな?家にいても?安全な所は?そもそも安全な所なんかあるのか?って、何にも分からないんだよ。」
スプリングスティーンの地元であるマンモス群では158人がタワーで犠牲となった。そして、この数はニュージャージー州の中でも最も多い。9月11日以後、スプリングスティーンは自分が地元で役に立つ事が出来るという事を発見した。「それは俺がロックシンガーとして働いてきた年月が、俺が聴衆と築き上げてきた関係が、試された瞬間だった−人々が俺に会いたいと思った瞬間だったんだ。」
スプリングスティーンは、追悼番組のAmerica:A Tribute to Heroesのオープニングを"My City Of Ruins"で飾った。この歌は数年前にアズベリーパークについて書かれていたのだが、9月11日の出来事にもふさわしいものだった。彼は他にも地元でのチャリティショウにいくつか出演した以外は、国中がそうであったように悲しみに暮れていた。しかし、彼がニューヨークタイムズの死亡記事を読んでいると、いかに多くの葬儀で"Thunder Road"や"Born In The USA"がかけられ、多くの犠牲者の寝室に彼のコンサートの半券が大事にしまわれていた、という事を知った。事件から数日後、彼は曲を書いていた。
「俺は寝室から出て、ある部屋に行ったんだ。そこには本、CD、ギター、ブーツ、ベルトみたいに俺のコレクション全てが置いてある専用の部屋で、まるでカーニバルみたいなんだよ。」スプリングスティーンが曲を書く時は20年間前と変わらないテーブルを使い、聴く人がその世界を想像出来るように細かいディテイルを書き込んでいく。「今までのアルバムとの違いは、このアルバムでは誰もが見て、経験した事について書かれている。しかも、ある人達にとっては、もっと身近に経験した出来事だ。」と、彼は語る。
スプリングスティーンは9月11日に起きた事をより鮮明にさせるために調査を始めた。ステイシー・ファーリーの夫であるジョーはマンハッタンで消防士として働いており、彼の死亡記事には「長年のスプリングスティーンのファン」と書かれていた。彼の未亡人の記憶によると、「10月の初め頃、一人で家にいて、すごい落ち込んでいると、電話が鳴ったの。『ステイシーさんとお話したいんですけど。私はブルース・スプリングスティーンと言います。』って。」彼らは40分間電話で話をした。「彼との電話の後、なんだか世界が小さく小さく感じたの。私はジョーの思い出を話したわ。」
ニューヨークタイムスに載ったスザンヌ・バーガーの夫、ジムの記事には、見出しに「ボスのファン」と書かれていて、彼女も電話を受けた。「彼はこう言ったわ。『あなたのプライバシーは尊重したいと思いますけど、私はとても感動しました。そして、もう少しあなたの夫について知りたいのです』って。彼はジムの話を聞きたがったから、私は彼の事を話したわ。」
スプリングスティーンはこの電話の話になると口数が減ってしまう。 彼は彼女達の親切を公にしたくはないし、苦しんでいる事が分かっている人を利用するような人間だと誤解されたくないようだ。しかし、スプリングスティーンにとって、南塔が崩壊する前に、10人以上の人たちを助け出したバーガーの夫の話や、ファーリーが語った夫とのたくさんの愛に満ちた想い出は、"THE RISING"に対し、明らかに真実味を与えた。
彼のこのような調査が上手くいったかどうかは、出来上がった音楽によって判断すること出来る。"THE RISING"の一曲目の"Lonesome Day" はスプリングスティーン自身の言葉で語られる数少ない内の一つである。
"House is on fire, viper's in the grass,
A little revenge, and this too shall pass."
"THE RISING"に収録された他の曲と同じように、"Lonesome Days"はその悲劇をテーマとして取り上げているにも関わらず感動的なものである。消防士を取り上げた"Into The Fire"や"The Rising"は、聴く者の心を崩壊するタワーの中へと導いて行くが、消防士達の勇気の裏にある感情までは捉えていない。これらの曲は心を奮い立たせ、また、救いであるが、少しばかり深みに欠ける。しかし、このアルバムのほとんど全ての曲にスプリングスティーンの心の奥底にあるこの出来事に対する感情は共感出来るものだ。"Empty Sky"では、主人公はかつてツインタワーがそびえ立っていた空を眺め、呆然としている。
"I want a kiss from your lips
I want an eye for an eye."
"THE RISING"のいたる所から喪失感が感じられるが、アルバムの中での傑作のひとつ、"You're Missing"では、愛する者が灰となってしまうという、他には比べようもない恐怖が深く描かれている。この歌の歌詞では、今でも存在するもの、カウンターにあるコーヒーカップ、玄関にある新聞、などが羅列されていく。この歌の素晴らしいところは、日常的なものをドラマティックに描いているだけではなく、それらが何を意味するかと言うことを表している点にある。「喪失感て言うのは失ったものを懐かしんだ時に感じるんだ。その人の肌、髪の毛、匂いの嗅ぎ方、彼らの与える印象と言った、物理的な存在を懐かしく感じる。彼らの肉体的なものを懐かしく感じるんだ。俺の親父が死んだ時、子供達は、彼に、彼の体に触りたがった。そうする事で子供達は何かを感じた。でも、この歌の主人公達は、そうする事すら出来なかったんだ。」そして、それが"You're Missing"の終わり方から希望を感じる事が出来ない理由だ。
"God's drifting in heaven,devil's in the mailbox
Got dust on my shoes,nothing but teardrops."
"THE RISING"の為に最後に書かれた2曲の中には、スプリングスティーンのリベラルで、人道主義的な一面が現れている。"World Apart"では文化の違いによって引き裂かれてしまった恋人達、という古典的なテーマを取り上げており、この場合はアメリカ人と中近東のイスラム教徒についてである。スプリングスティーンはこう歌う。
"We'll let love build a bridge, over mountains draped in stars
I'll meet you on the ridge, between these worlds apart."
"Paradise"は自爆テロリストの視点("In the crowded marketplace, I drift from face to face")から始まり、次に、国防総省での激突で夫を失った女性の心情("I brush your cheek with my fingertips/ I taste the void upon your lips")へ移って行く。最初のヴァースは新聞記事から、2番目のヴァースはワシントンのある未亡人との電話での会話からインスピレーションを受けた。これらの曲は、死後の世界というのは残された者達にとっては何の慰めにもならないという事を認識して終わる。
"THE RISING"に欠けているものは政治観である。スプリングスティーンが言うには、彼は決して政治的な人間ではないと思うとの事だが、1984年の大統領再選選挙のキャンペーンでレーガンが"BORN IN THE USA"を利用しようとして以降、その機会はそれ程多くはないものの、リベラルな活動を支える為に影響力のある発言を行なうようになった。1991年には、クリスティック・インスティテュートという、中南米におけるアメリカ政府の非合法活動を監視し、追求しているラディカルな団体の為のベネフィットコンサートに出演した。最近のアメリカ政府の外交政策について、彼は世論と同じ意見を持っている。「俺が思うに、アメリカのアフガニスタンへの侵攻はとてもスムーズにあっさりと行なわれたんだ。」
政治的な側面があまりないからといって、"THE RISING"が批判を受ける可能性がないわけではない。一部のスプリングスティーンのファンにとって、根本的な動機が明らかになる前にあの悲劇について扱うこのアルバムは少し早過ぎると感じるかもしれない。最も有名なスプリングスティーンのファンジンであるBackstreets誌の編集を16年間行なってきたチャールズ・R・クロスは"THE RISING"を熱狂的なファンの為の試聴会で聴いた。「このアルバムは9月11日のアルバムとして売り出されようとしている。確かに、芸術にもこの事を扱って欲しいとは思うんだけど、同時に、いまだにあんまり気分のいいもんじゃないんだ。だって、まだつい最近の出来事だからね。正直に言って、このアルバムの商業的な側面は本当に心配だ。」と彼は語る。
9月11日を商業的に利用しようとしていると批判されるかもしれない、という事に対し、スプリングスティーンはゆっくりと反論する。「今まで履いた事のない靴を履いている時は、それを履いている事をじっくりと考えてみなきゃいけない。思慮深くね。自分の技能を頼りに、そして、その限界を探してきて、願わくば、俺の音楽を聴く人達の心に訴えるものが、何年も培ってきた真剣さと誠実さであって欲しい。それが、クリエイティブな力の源になっているんだ。だから、俺が単に時流に乗ろうとしているだけじゃないって事が分かってもらえると思う。」
この点についてファレリー夫人に聞いてみた。「私は色んな人が自分で書いた曲やなんかを贈ってくれたから、たくさんのCDを持っているわ。それを全部、聴くつもりはないけど、私はブルースが誠実である事を信じているし、彼は自分が書いた物を信じているの。消防士の人が聴いたら辛く感じる事もあるかもしれないけど、彼の音楽を聴き、一緒に歌う事で少しは気分が良くなると思うの。私は彼の事を心から信じている。今まで私が気に入らなかった事は、彼がジュリアンと結婚した事だけだわ。」
スプリングスティーンは自分が「芸術を信じろ、芸術家を信じるな」という古い諺の大の信奉者だという。しかし、彼のファンは彼の歌と同時くらい、彼自身の事を愛している。そして、そんなファンの想いはライブ会場のスピーカーを通して返事を受ける。スプリングスティーンは大衆文化の三段論法---彼は俺みたいな人間について歌っている→彼は俺みたいな風貌をして同じような服を着ている→だから、彼は俺みたいな人間に違いない!---の対象であった。彼の友人が語るように、スプリングスティーンが意味するのは、彼自身よりも彼の歌の中の登場人物の方に価値があると感じていると言うことだろう。おそらく、それが彼がツアーをし、彼を賞賛する人達(そして、彼が賞賛する人達)とコミュニケーションを取る事がスプリングスティーンの人生において重要な意味を持つのであろう。
7月の中旬頃、スプリングスティーンとE Street Bandは、8月7日から始まる47都市を回るツアーのリハーサルのため、フォート・モンマス陸軍基地にある小さな劇場にこもっていた。休憩中のバックステージでのバンドのメンバー達は、完全にブルーカラーのようだった。ギタリストの"リトル"スティーヴ・ヴァン・ザントは、20年住んだマンハッタンの八番街のアパートから引っ越さなければならないと言う。「あの場所は滅茶苦茶になっちゃったんだ。」ドラマーのマックス・ウェインバーグがスティーヴに、伝説的なアッパー・ウエストサイドのダコタアパートに引っ越したらどうかと言う。ヴァン・ザントはまるでピザをナイフとフォークで食べなければいけないと言われたかのような表情で、「はぁ?、700万ドルするんだ。馬鹿な事言うなよ。」と答える。
一方、52歳になったスプリングスティーンは、いまだにまるで"BORN IN THE USA"のカバーから飛び出して来たかのように見える。9人目のE Street Bandのメンバーとして、彼は袖なしの黒のシャツと仕事用ズボンを着て、キャンプ場の指導員のようにエネルギッシュにステージを動き回り、新曲を自分達のものにしようと悪戦苦闘しているメンバー達を励ます。「今回の曲が難しい事は分かっている。だけど、心配する事はない。いずれは俺達のものになるよ。とても素晴らしいものになるよ!じゃあ、次にやる曲は・・・」休憩時間に、スプリングスティーンは客席に腰をかける。彼はバンドの習得状況は順調だと考えているし、昔からの仲間と一緒に演奏できる事を幸せに感じている。しかし、それでも満足はしていない。「俺に長所があるとすれば、それはおそらく妥協しない事だ。俺は獲物を求めているハウンドドックだ。誰からも振り回されたりしない!」
ギターの近くにいない時のスプリングスティーンは物静かで、真剣な印象を与える。しかし、フェンダーのギターを手にすると、彼はまるで走り出すのを待ち切れない馬のようだ。彼は、どんな時でも、どんな場所でも、誰の為にでも、演奏する事を愛している。「究極的には」と彼は言う、「それはみんなの為だけという訳じゃない。それは俺を心から満足させ、元気づけてくれるんだ。俺は一旦、ステージに上がると自分自身を燃え上がらせようとする。ペダルを踏むと、バーンて、進んで行く方向を見つけ、そして、そこに到達するまでは満足しない」もちろん、スプリングスティーンの喜びが伝染していくものであることは有名だ。スプリングスティーンが聴衆に力を与え、そして、聴衆はまた彼にエネルギーを与える。それは終わりのない円となって会場を高揚させる。
スプリングスティーンが言うには、ステージ上にいると、時々、自分が伝導師であるかのように感じ、前回のE Street Bandとのツアーでは、音楽の力について、まるで地獄の苦しみについて語るような口調で語った。「それはもちろん冗談でやったんだけど、同時に真剣でもあったんだ。」と彼は言う。スプリングスティーンは決して真面目なカトリック教徒ではない。しかし、彼がシャルファに対してバックコーラスを"もっとゴスペル風に"と望んだり、リスナーに向かって「さあいっしょ立ち上がろう」と"THE RISING"を歌う時、彼は精神の復興の必要性を、そして、その復興は、共同体として経験しなければならないと感じている。「俺が思うに、それは俺達のバンドが目撃者であるという観念にピッタリなんだ。それこそ、俺達の役目の一つなんだよ。俺達は俺達が観て来た事を証言する為にここにいるんだ。」そして、他の者達の証言を聴く為に。