郷土熊谷
郷土熊谷
私が生まれ育った熊谷の紹介をします。
なお、熊谷の詳しい事に関しては、市のホームページがありますので、そちらをご覧下さい。
熊谷市のホームページ

このページは私が撮った熊谷の風景を紹介したいと思います。
○熊谷の風景
こちらのページは、熊谷市を南北に分ける旧中仙道の風景を紹介するものです。
写真の順番が東(東京側)からになっていますので、中仙道の往来が激しかった頃、江戸から
京都に向かうという設定です。
○熊谷の風景II
こちらのページは、熊谷市内の風景を紹介するものです。
以前撮っておいたものを含めてランダムな紹介ですので、一貫した設定はありません。
○熊谷市モデルポイント24
私が参加していました熊谷市都市計画マスタープラン・プランニングサポーター会議で市より
提示のありました熊谷市のまちづくりのモデルポイントの紹介です。

全ての写真はHPでの掲載という事と、通信速度を考慮して、解像度を下げて表示しております。
熊谷の風景も、熊谷の風景II も、写真は徐々に増やしてゆく予定です。
又、下記に熊谷市の簡単な紹介をしておきます。


熊谷市は埼玉県の北部に位置し、人口約20万の商業都市である。
これは古くから五街道の一つになる中仙道(中山道ともいう)があった為と、それより古く鎌倉街道も通り、
更には秩父方面に向かう街道の出発点でもあった為に、江戸時代の宿場町として栄えた為でもある。
廃藩置県時には、一時群馬県南部と一体として熊谷県とした事もあり、政治、経済、両方の中核都市として
栄えてきた。
又、第二次世界対戦時には、熊谷市に陸軍の基地があった為か、敗戦前夜、米軍による夜間空襲にあい、市
内の殆どを焼け野原にされた。(原因については諸説あり)
その為、埼玉県唯一の戦災復興都市の指定を受け、市街地は整然とした道路を配した都市に生まれ変わって
いる。
現在は、上越、長野両新幹線の停車駅として、更には北部の中心地として、色々な役割を果たしてはいるが、
人口の増加は市町村合併によるものであり、都市の活性化が望まれている。
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19981223作製 19991230更新 20000831更新 20010525更新 20030501更新
20080415更新