1 福良淳一
福良について一番印象に残っているのは,86年の9月の近鉄戦のことです.福良はまだ背番号51で西武の清原がいなければ新人王(入団2年目だが,権利はあった)間違い無しの活躍でした.
その年阪急は6月頃まで首位を独走していていましたが,7月になり失速,近鉄に首位を奪われてそのまま9月に突入しました.9月の頭の西宮球場での近鉄3連戦を前にして首位の近鉄とのゲーム差が4か5ぐらいで,何としても3連勝したいところ,これはぜひとも応援にいかなくてはと見にいった初戦のことです.
2点を追いかけるブレーブスは7回裏の攻撃でワンアウト満塁のチャンスを迎えます.相手のピッチャーは石本.この頃の石本といえば近鉄の押えの切り札で,今の横浜の佐々木ぐらい信頼が厚かったピッチャーです.そして,迎えるバッターは2番セカンドの福良.とにかくゲッツーだけはやめて次のブーマーにまわしてくれよなと祈るような気持ちで応援をしていました.
ボールカウントなんかは忘れてしまいましたが,福良の打った球が,前進守備の二遊間をセンター前に抜けていったのは今でも鮮明に覚えています.3塁ランナーに続いて2塁ランナーもホームインして同点です.そして,次のバッターが1塁に出て(多分ブーマーが四球を選んだのだと思う),ふたたびワンアウト満塁で4番の石嶺の満塁ホームラン!!!その回の攻撃が終わった後,ファンのコールに手を挙げて応えていた福良.忘れない試合の一つです.
マルカーノの後阪急のセカンドは元大リーガーの割に期待外れのバンプ,守備は完璧福原,ガッツプレーの岩本といろいろな選手がいましたが,この年から数年間セカンドは福良の定位置となります.
bravie 98/11/2
山森さんに続いて福良さんの社会人時代の後輩の方からメールをいただきまいた.
『私は、福良さんと社会人野球時代(大分鉄道管理局)に3年間、二遊間を組んでいた者です。
・・・中略・・・私は福良さんの2年後輩で、いつも彼が目標でした。野球に対する考え方・技術、そして最もすばらしいのは人間性です。きっと今後、選手に信頼される指導者として永く球界に携わっていくことでしょう。これからも陰ながら応援していきたいと思っています。きっといつか、どこかの監督で指揮をとることを夢見ています。』
こういったメールをいただくと,野球のプレーだけでなく,人間的にもすばらしい福良さんを改めて応援したくなります.
福良さんは現在ブルーウェーブのコーチとして御活躍中です.選手時代,どちらかというと地味な選手だったと思いますが,チームになくてはならない存在でした.とりたて派手なプレーをするわけではなかったけど,いつも当たり前のように守って打って...
スター選手だけでなく,こういう選手がいるかいないかというのが優勝争いをするための大事な要素のような気がします.阪急ブレーブス(そしてブルーウェーブ)が毎年のようにAクラスをキープできるのはこういう選手がたくさんいるおかげだと思います.
福良さんが今後どんどんいい選手を育ててくれるものと期待しております.
bravie 99/2/20
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