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今坂喜好さんといっても誰のことかわかる人は阪急ファンの中でもほとんどいないのではないでしょうか.私自身も「ブレーブス人間の遺書」を読むまでは今坂喜好という名前は知りませんでした.
私自身も西宮球場で今坂さんと一緒に応援するのは本当に楽しいものでした.そんな今坂さんのことで記憶に残っていることといえば.
阪急ブレーブスが無くなってから,もうあの特徴ある声を聞いたことはありませんが,西宮球場の内野席で一緒にブレーブスの応援ができたことは私の楽しい思いでの一つです.
bravie 98/10/30
マルカーノの思い出をいただいたkzmさんから今坂団長の思い出のメールをいただきました.
ヤジの想い出 (1/3話) 今坂さんのしゃがれ声とは、どんな声かというと、「威勢のいい魚屋さん」が 「はぁい、らっしゃい、らっしゃい」というあの声でしたね。 ある時、小学校低学年の少年3人が応援台の前を通りかかり、 「あっ、魚屋のおっちゃんや!」と言いました。 今坂さんは「鮮魚商と呼んでくれぇ!」と応えておられました。 その子達は何度か応援台の前を行き来し、その都度その会話は 繰り返されていました。 「魚屋のおっちゃんや!」−−「鮮魚商と呼んでくれぇ!」 あの日の試合では、そのほほえましさが何よりの「みどころ」でした。 阪急電車社員だった今坂さん・・。ブレーブスを応援に来ている少年達を いとおしく思われたのでしょう。 今坂さんのヤジで不快な思いをする人は、絶対にいませんでした、 聞いていた私達観客も、ヤジられていた張本人も。 ほほえましく、心温まる「ヤジの名手」でした。 ヤジの想い出 (2/3話) 球場では時々迷子になる子がいます。 そんなときは、その子を応援台に連れていきます。 そうすると団長さんがその子をひょいと持ち上げ「迷子だっせぇ」と <たかい、たかい>します。 すぐに保護者が現れます。 団長さんは「ちゃんと見とかなあかんで〜ぇ。気をつけや〜ぁ。」との 言葉を添えて子供を返します。 ヤジの想い出 (3/3話) 「○アウト、ランナー○塁」(カウントすっかり忘れましたけど) ランナーが3塁にいたことだけは確かです。緊迫した試合でした。 ピッチャー第一球を/3塁にけん制球。みんな「ふぅ」っと一息。 ピッチャー間をおいて/3塁にけん制球。緊張が増します。 さて、次の球/けん制球。 そして、次の球/けん制球。観客はちょっとイライラ。 さらに、次の球/けん制球。観ているのがだるくなってきた。 それが繰り返され、球場全体が本当にいやな感じになった時、 団長さんは選手に向かって言いました。 【守備こうたーい(交代)。 キャッチャーは3塁へ行けぇ〜ぇ。】 その絶妙のタイミング。 観客の「嫌気」はどこかへ飛んでいって、 選手達も「よっしゃ、野球しよう」という雰囲気にみえました。 ひとことのヤジが球場全体を引き締めたのです。 これは今坂団長さんのヤジの中でも特に記憶に残っているものです。 ヤジの想い出 (付録) 団長さんはよく、相手チームの選手に声をかけていましたね。 「○○!!(名前を呼ぶ) こっち向いてぇ〜。こっち向いてぇ〜。」って。 選手はたいがい団長さんに振り向きます。 そうすると「ありがとう。ありがとう。」って、嬉しそうにお礼を言って おられました。 ----------------------------------------------------------------------------- たくさんの今坂さんの思い出どうもありがとうございました.どれも今坂さんならではの野次のように思います.誰かを不快にするのではなく敵も味方もつい笑ってしまったり,堅い雰囲気をほぐしてくれたり.あの応援台の上で子供とよく一緒に応援もしてましたよね.ほんとに今坂さんは野次の名手だったと思います. bravie 99/11/20
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