12 大熊忠義

 大熊の現役時代は64年から81年です.しかし,私は77年以降の阪急ブレーブスの試合しか知りません.そしてレフトのポジションは78年から簑田の定位置となるので,私の大熊の思い出は77年限りとなります.

 といっても,特に印象に残ってるシーンはありません.守備に関していうと山森,簑田の方がうまかったと思います.しかし,私のベストナインではレフトには大熊を選びたいと思います.それは,大熊が史上最高の2番打者だと想像するからです.
 70年代の1番センター福本,2番レフト大熊の全盛時代,阪急にはノーヒットでも得点というシーンが多くあったそうです.(私が知っている77年のシーズンにも数回ラジオで聴いたか,テレビで観たかしました.)ノーアウトで福本が四球を選び,すかさず盗塁.2番大熊が送って,3番加藤秀の犠牲フライで一点.
 こういう得点パターンが可能だったのはもちろん福本の足によるところが大きいのですが,2番大熊も重要な役割を果たしていたと思います.この頃の福本・大熊コンビはほとんどノーサインだったようです.1塁ランナー福本のスタートが悪い時はカットしてファールにする.際どい時はボール球でも空振りする.時には一二塁間にランエンドヒットで1塁3塁とチャンスを広げる.77年のシーズン,1番の福本が塁に出ると必ずといっていいほどラジオ・テレビの実況アナウンサーや解説者が大熊の紹介でこういう話をしていました.
 盗塁を助けるための空振りは今でも時々見ることがあります.ただ,最近の2番打者というのは送りバント・右打が上手くて,ランナーを2塁に送れることが条件のようになっています.大熊の場合ノーサインで走る福本を見て,その時の状況によりそれをアシストする.最終的に福本を2塁に送るのではなくて,ランナー3塁福本とチャンスを広げるのが大熊の仕事だったようです.
 大熊の試合を生で見たこともないし,テレビでは福本のスタートがどうだったかわかりません.こういう大熊の状況次第のバッティングというのが事実かどうかわかりません.
 しかし,その後の簑田,弓岡,福良などの阪急ブレーブスの2番打者,そして他のチームの2番打者でそのようなテクニックを見たことがないし,実況アナウンサーや解説者が話しているのを聞いたことはありません.そういうことで,大熊は史上最高の2番打者と想像するわけです.

 イブシ銀大熊のこのバッティングテクニックを一度でいいから生で見たかったものです.

bravie 98/11/15

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