79年カルビーの野球カード
17 山田久志

 平凡ですが,私が阪急ブレーブスでまっさきに思い出す選手といえばやはり山田久志投手です.私がブレーブスを応援し始めた77年には山田はブレーブスのみならずプロ野球界一のサブマリン投手でした.アンダースロー(サイドスロー)の名投手はたくさんいますが,その中で一番投げるフォームが美しかったのは山田だと思います.そのフォームは先輩の足立から山田,そして今では里中へと受け継がれていきました.

 200勝達成の時,84年の広島との日本シリーズの第4戦,そして284勝目など西宮球場で生で見た試合は結構あるんですが,私が一番印象に残ってる山田は生で見たこれらの試合ではなく,テレビで見た2試合です.
 ひとつめは86年.この年は,結構印象に残っているシーズンです.前半戦首位だったブレーブスは7月に入って失速し,近鉄に首位を明け渡してのオールスター前の3連戦.相手はその近鉄です.何戦目か忘れましたが,もう全盛期の球の切れはないもののまだ大事なところでは頼りになるベテラン山田が登板しました.試合は,近鉄のリードで中盤に.もう1点もやれない場面で迎えたピンチに近鉄の打者の打球はその頃はもうレフトに回っていた福本の正面へ.しかし,福本はその打球を後逸し追加点を奪われ山田降板.その時山田はマウンドを蹴って怒っていたました.まだまだ気合十分のその姿はとても頼もしく思えました.
テレホンカード

 しかしもう一つのシーンはその逆です.その翌年,場面は忘れましたが8月頃だったと思います. ノックアウトされて降板する際,山田がにっこり笑ってリリーフのピッチャーにボールを渡す姿を見て,これでもう引退かなと私はとてもさみしく感じました.結局300勝を目指すということで88年も現役を続けますが,その夢かなわず阪急ブレーブスの消滅と共に現役選手としての仕事を終えます.

 右上の野球カードは79年のもので,裏には「君達が選んだスター・ベスト40!!」とあります.山田は7月第16位となっています.コメント欄には「やっぱりパ・リーグを代表する大投手.いつのまにか白星を重ねてトップラインに追いつきました.今季も20勝は確実だ.後期優勝目指してガンバレ山田投手.」とあります.結局21勝して最多勝を取ったものの,プレーオフで近鉄に負けて日本シリーズに出ることはありませんでした...

bravie 98/10/29

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