主宰ご挨拶
 すごく嬉しく、幸せな風景というものがあります。

 それは人それぞれ違いますが、きっとおじいちゃんおばあちゃんから、ちっちゃな子どもにもあると思います。1、2歳の子どもなんかはきっと無意識のうちにその風景を知っていて、パパとママのいる風景を求めているんじゃないか、と考えてみたりもします。あなたの幸せな風景はどんな風景ですか?誰がそこにはいますか?どんな瞬間ですか?

 僕は欲張りなせいかその「風景」がけっこういくつもあがってきます。好きな女の子なんかとお互いの話をしている瞬間や、お気に入りの喫茶店で好物の「うどん焼」を食べている瞬間や、すごいちっちゃい事を言っていったらきりがないくらい、その「風景」を僕は持っています。というか、こうしてみて初めて気がついた「風景」もありました。

 劇団の中にもその「風景」があります。ついこの前のことなんですが、劇団の「新人歓迎会」という名目の飲み会がありました。飲み会は浦和駅東口の庄や(お店の人へのお詫び 大変やかましい集団で申し訳ありません)が会場で行われました。普段の稽古の時にはめったにお目にかかれない幽霊団員なんかもこういう飲み会だと妙に集まりが良く、14人もの大人数でがやがやと宴会は始まりました。

 料理を食べて、お酒を呑んでいるうちに(うちの劇団には一気文化がまだ生き残っていて、僕は契機付けにあまり好きじゃないビールを一気飲みさせられたのですが、)いいかげんに酩酊状態になってきました。起きているのかすら良く分からない状態で、ふと店内を見てみるとその「風景」は確かに僕の目の前にありました。

 内山が突然一気を始めて、幸子は陽気に笑っている。亜希ちゃんや戸塚はまるで保護者のような眼差しをしながら、成田のよく分からないボケにつっこみをかましてて、隅の方からは今川の絶叫に近い仕切りが入っている。「どうしたんですか?」という紫紀ちゃんの声でふっと戻った時に、僕はものすごい幸せを感じていました。

 18歳で僕は劇団を旗揚げしました。そして今年で5年目に突入しています。もちろんその軌跡は順風満帆なんかではなく、逆に言えばサーファーみたいに高い波、強い波を選んで、その波に喧嘩を吹っかけるようなものでした。公演の度に信じられないような問題が起きて、嫌気が差して、だけど進んできました。

 そして、なんてことのないその飲み会の風景に僕は感動していたのです。いつ壊れてしまってもおかしくはなかった。八方塞りどころか、十六方塞りぐらいの心境だったのに、だけどこうやって僕たちには楽しい瞬間が、幸福な風景が確かに存在していたのです。

 その時、僕は内山がなぜか持っていたカメラを奪って、みんなを撮っていました。ずっとこうだったらいいのになぁと思って、僕の大切な「風景」を僕はずっと持っていたくて、写真を撮り、そして「集合写真をとろう!」と良く訳の分からないことをみんなに言っていました。みんながそこまでわかったかどうかは今でも疑問なんですけど。

 例えば、僕の高校時代の演劇部関係の人だとかで、劇団を作ろうとものすごい意気込みをしている人がいました。だけど、その人は劇団を結局作ることが出来ませんでした。ものすごく志は高くかっこいいのですが、現実に起こる問題に負けてしまうのです。劇団員が恋愛をして「デート」を「稽古」よりも優先してしまったり、「バイト」を優先してしまったり。そうしているうちにその劇団は一回も芝居が出来ないままで終わってしまったのです。

 僕もそうだったから良く分かるのですが、「やってみたい」と「やる」ということは本質的に違うものです。それがわかるのにはものすごい時間が必要で、どんなスタンスでならその人はそこに居続けることが出来るかを考えなくてはいけないのです。そんな意味で僕はやっと劇団が幸せな「風景」になってきたと感じることが出来たのです。

 よく人に「どうして今回内山は出ていないの?」とか「成田君の演技がみたい」とか「今回台本が佐々木さんの台本じゃない、そんなの嫌」と言われますが、僕も見たい人間の1人なのです。ただ、そこにはどうにも出来ないその人なりの事情があって、それにあわせて芝居を続けることを劇団がチョイスしてしまった以上どうにもならないのです。だから「見せてあげられなくってごめんね」っていう気持ち一杯で僕は芝居を作っています。そんなわけですので、ぜひ劇団CHAN’Tを見てみてください。とっても僕にとっては幸せな「風景」のある集団ですから。

 本日はご来場本当にありがとうございます。舞台から見える客席に人がいる風景も、僕の大好きな、幸せな「風景」です。
 狭いところですが、最後までごゆっくりお楽しみください。では、
劇団CHAN'T 佐藤 武