主宰ご挨拶
 兵庫県で大きな地震が起きました。震度6というものでしたから、かなりのものだろうと思います。ただ実際に震度6を体験したことがないので、かなりのものと言っても、どのくらいすごいのはわかりませんけど。

 湾岸戦争にしても、今回の地震にしてもそうなのですが、人間という生き物は実際に体験しないと、全くといっていいほど「他人事」です。テレビの中だけでの戦争・災害はまるで光栄のシミュレーションゲーム「三国志」や「信長の野望」シリーズのように映ってきます。

 マスコミの力というものの怖さがこんな人間(特に日本人はマスコミ依存症的なところがありますけど)像を見ることによってわかってくるようです。死人を一つの数値としてしか考えない。その考えこそが「ゲーム世代」と言われる今の時代の無機質・恐怖を象徴しています。

 そこで「生の時代」を僕は強調します。実際に見えることこそが信じられる彼らにとって、ブラウン管を通さない、生の刺激はきっと恐怖に違いない、そう思うのです。

 だから、演劇なのです。一瞬の「生」にこそ価値があると考えてこその演劇なのです。テレビはテープに残ります。映画もしかりです。音楽はCDになることで生を失います。しかし芝居は故意にビデオ等へ録画をしない限り、その「生」は逃げようがないのです。

 そんなこんなで1年ぶりのお芝居です。このお芝居がもしあなたにとって「生の魅力」を満たすものならば幸せです。もし、もしそうならば打ち上げには「生ビール」を1杯おごってください。
 狭いところでご迷惑をおかけします。どうぞごゆっくりお楽しみください。では、
劇団CHAN'T主宰 佐藤 武

考えられるかぎりのイヤなこと 演出ごあいさつ
 稽古をしていくうちに、「予想していなかったこと」というのが、いくつか起こりました。
 ひとつは、私が台本を書いて演出をしていること。もうひとつは、私が役者をしていること。最後に、ここまで公演日が伸びたことです。
 台本を書いて演出、というのは、正直、今回を含めて何回かは佐藤にやってもらって「すきをみて」「あわよくば」やらせてもらおう、とたくらんでいました。それが少し早くになりました。でも、この仕事は楽しい。
 もうひとつの役者については、望んでもいなかったし、ましてたくらんでもいなかったのですが、やることになりました。役者志望の人間は世にごちゃまんといるのに、もったいない話です。私は、演出の仕事がスキなので、それに集中できなくなるのは、イヤなのです。でも、公演日はもう伸ばせないし、やれなくなるのはもっとイヤなので、こういう事になりました。
 公演日は、本来なら、去年の十月を予定していました。びっくりです。よく、みんなやってこれたものだと思います。他のみんなはどうだかわかりませんが、私がここまでやってこれたのは、「ここで中止になったら、カッコわるすぎるじゃないか」という、見栄と意地があったからだと思っています。私は、見栄っ張りで意地っ張りな自分はキライですが、その自分のおかげで、こうして今日を迎えられたと思うと、不思議な気持ちがします。

 何かを始めようとするとき、人が思うよりたぶん怖がりの私は、考えられるすべでの「起こるかもしれないイヤなこと」を考えてしまいます。
 人に嫌われること。
 恥をかくこと。
 ひとりになること。
 これで最後になること。
 今回、考えついたのはその四つでした。もっと他にいろいろ起こるでしょうが、「こわいと思うこと」というのはその四つでした。
 今でも怖いし、イヤです。
 でも、それでもやりたかったら、やるしかないでしょう。

 来てくださった皆さんへ。ほんとうにどうもありがとう。
 できれば、アンケートにご協力ください。
 今日、ここから、できるだけたくさんの何かが、生まれることを願って。
佐々木 亜希