主宰ご挨拶
 「一人旅」にものすごくあこがれています。

 気の向くままに電車に乗って、車窓を楽しみながら行ったことのない所へ行く。何をしようというのではなく、なんとなく知らない駅を降りてみる。駅弁なんかを買ってみたりもして、温泉入ったり、仏閣巡りをしてみたりして何日も過ごしてみたいと思うのです。ものすごくジジくさい趣味かもしれませんけど。

 こんな風に思い始めたのはごく最近のことです。なかなか一人になりたいと思っていても、そうそう一人でのんびり過ごせる時間なんて無くって、いろんな人たちといろんな事をして、そうしているうちに「人」疲れしている自分にふっと気が付くのです。人間関係がけっこう自分の中では、自分を疲れさせるものになっている気がしたのです。仕事をしていても、家庭にいても、そして劇団にいても。

 劇団なんぞをやっていると「人」疲れもより一層といった感じで、芝居全体のクオリティを上げるという意識とともに、誰と誰が最近仲が良くって、誰は仲間外れになっていると感じていたりしていて、精神的に参っているなと明らかに分かる奴もいたりして、そんなことに気を回しているうちに「ふーっ」とため息を吐く自分に気が付いたりしています。

 徐々に自分にとっての一人だけでいる時間、団体行動を必要としない時間というものがなくなっているという気がするのです。なにげなく一人で喫茶店に行ったりして、コーヒーを飲んだり漫画を読んだりしてみたり、ゲーセンに行って気が済むまで思いっきりビートマニアやったりする時間が無くなってきたと思うのです。僕はどこにいっても誰かといて、そこで僕は何かを期待されているのではないかと思ってしまうのです。

 その期待がものすごく恐くて、ものすごいプレッシャーで、それこそ何度も放り出そうと思って、何度も逃げ出そうとして、何度もぶち壊してやろうと思って、だけどそんなことは芝居を愛してしまった、恋人を愛するように芝居を愛してしまった僕にはできませんでした。そして今でもできずにいます。

 「芝居さえできればいい人なのよ。どんなに怒っていても、どんなに憎んでいても芝居さえちゃんとできればいいの。そういう人なのよ、あなたは」と昔付き合った彼女に言われたことがありました。確かにそうなのかもしれません。僕はいつだっていい芝居を作るにはどうしたりいいんだろうとか、今みんなは何を面白いと感じているんだろうかとかそんなことを考えつづけています。

 思えば僕が芝居にやられてしまったのは高校1年生のことでした。それからというもの僕は日常のあらゆる瞬間を、臭く言えば青春の1ページどころではなく、何十ページも芝居にぶつけてしまいました。柔軟に、腹筋に、発声練習に、エチュードに、そして稽古の時間におおくのエネルギーは割かれてしまいました。もうこうなってみると親の敵なんかよりも強い因縁を感じずにはいられません。

 劇団CHAN’Tは今年の4月でめでたく5周年を迎えることになります。僕は社会人になってからオフィスラブも経験せずに、慰安旅行で温泉に入った経験あって、とにもかくにも5年もこんな事をしてきてしまいました。まあ今年は節目の年ということで、かなり派手に花火を数多く打ち上げてやろうと思っています。どんなに疲れきっていても、どんなに参っていても、自分の中にある「お祭り屋」の血は収まらないでいるので、

 そして、そんな「祭」を繰り返すたびにきっと僕は舞台に上がりつづけると思っています。30になっても、40になっても、自分の本質なんて早々簡単に変わるものではないなということも僕にはちゃんとわかっています。「一人旅」をずっと夢見るものの、いそがしっくてそんな暇なんかちっともできないと思っています。だけど、因縁持った芝居をやっている今この瞬間こそが、僕が生きている瞬間なのかも知れません。

 「一人旅」はもう少し先送りにしましょう。そして、今できることを僕は精一杯走りつづけようと思うのです。そんなメッセージが今回の台本です。演劇というメディアをチョイスしてしまった以上、僕はその因縁と一生を共にする覚悟を持っているつもりでいます。いや、持たされてしまっていると思うのです。

 狭いところで毎度のごとくご迷惑をおかけしています。この劇団CHAN’Tという集団が5年も続いたのは皆さんのおかげだと僕は思っています。本当にありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。今日は最後までごゆっくりお楽しみください。では、
劇団CHAN'T 佐藤 武