作者ごあいさつ(上演の手引き)
 この度は劇団CHAN’T第6回公演上演台本「春にして君の瞳に」をご購入いただき、誠にありがとうございます。劇場へご来場いただいただけでも感謝感激のところですが、上演台本をご購入いただきましたことは、感謝感激雨あられといった感じです。本当にありがとうございます。
 いつも劇場では、あわただしく狭っ苦しい思いをさせているかと思いますが、ぜひ、ごゆっくりコーヒーの一つでも飲みながら、お楽しみいただければと思います。

 さて、今年劇団CHAN’Tは旗揚げから5周年を迎えることになりました。この台本は劇団CHAN’Tがどんな5年間を過ごしたか、今の私たちはどこにいるのかというメッセージを詰め込んだ台本です。上演台本を読むにあたって、また上演を考えているという方がいるとしたらと思い、補足(蛇足でなければいいのですが)させていただこうと思います。

 ここまで、劇団CHAN’Tの過去についてはあまり僕は話してはきませんでした。過去のことについてあれこれ言うことはナンセンスだと思うし、前へ進むこと意識の方が圧倒的に必要だと思ったからです。現在のメンバーでも旗揚げからの課程を知っている人間はそうはいないと思います。今回、少しだけそのことについてここで書いておこうと思います。

 劇団CHAN’Tが産声を上げたのは平成6年の4月のことでした。僕は高校を卒業し、社会人として新しい生活をはじめた時のことでした。高校時代に演劇部に所属していた僕は、演劇のもつ麻薬性ともいえる魅力にすっかり取り付かれ、学校へは部活をしに行くような状態でした。そんな状態から社会人というフィールドに出てもた僕は演劇を断ち切れないでいました。どうしたらいいんだろうと思い悩んでいた時に、同じように高校演劇のフィールドから卒業しようとしていた亜希ちゃん(=佐々木亜希)に「卒業して、就職・進学する前に一緒に芝居やってみない?」と声をかけられたのです。「いいよ」と僕が答えたのを受けて、彼女は僕にムサオ(=戸塚 修)を紹介してくれました。そしてムサオの行っていた高校の先輩・後輩を巻き込んだ形で芝居を行うことになりました。最初、亜希ちゃんに「台本と演出はやらないの?」と聞かれましたが、僕は自分の本分は役者にあると思っていたので、それを断りました。結局ムサオの先輩が台本と演出は担当して、「イエローシェリー」という芝居が完成しました。しかしこの芝居は台本も演出意図も僕にはわからずに、当日の劇場で台詞覚えをするというひどいありさまでした。僕はあまりにも不満足感といらだちから亜希ちゃんとムサオに愚痴ばっかり言っていました。自分はもう舞台に立つことができないかもしれない。なのに、その最後の作品が自分にとって面白くもないもので良かったのだろうかと。

 すると亜希ちゃんもムサオも同じような思いを持っていたことがわかりました。そしてきちんとやりたいという気持ちで僕たちは意気投合して、劇団を作る約束をしたのです。翌月(4月)になって僕は自分の高校時代の部活仲間であった荒川(=荒川真寿美)や鱶田さん(=宮田裕子)、亜希ちゃんの後輩、幸子(=加藤幸子)と今川(今川恵理子)さらにムサオの後輩百武(=百武 勝)らを集めることに成功しました。そして劇団CHAN’Tの前身である「劇団俺は猫ぢゃない」が旗揚げしました。
 あ、劇団名に意味はありません、なんとなくです。しかしながら、その運営は順風満帆とは行きませんでした。旗揚げ公演をやろう!と意気込みだけはあったのですが、ちっとも意見がまとまりません。台本を作っても、果たして旗揚げに見合う台本なのか?ということを考えるとなかなか一歩目が踏み出せないままで止まってしまっていました。結局は稽古といっても何をするわけでなく、自分の近況や面白かったこと、ひどい時はトランプをしたりして時間をつぶす毎日でした。そして、旗揚げ集会の時には12人いた人間も徐々にいなくなっていきました。
 このままではいかんと思い直して、とにかく公演を一回打とう。台本の出来栄えに文句が出るのだったら既作の台本をやろうと路線変更になったわけです。その路線変更のミーティングの席上で劇団名も変えて、気分一新しようじゃないかという話になって、劇団CHAN’Tという劇団名に変更になりました。旗揚げから半年以上も経った11月のことでした。劇団名はそのまんまで「ちゃんとやろう」という意味を取りました。上演台本には第三舞台の代表作である「朝日のような夕日をつれて」をチョイスすることにして、亜希ちゃんが台本を潤色して演出を担当することになりました。本番直前になってスタッフが足りなくなって、大慌てでかき集めてきたのが紫紀(=猪股紫紀)とイチロー(=森下壮一郎)でした。そして劇団を作って10ヶ月後、ようやく旗揚げ公演を実施することができたのです。
 難産の末に出産した劇団CHAN’Tは長いインターバルながらもここまでの5年間6回の公演(特別公演1回)を実施することができました。劇団員も少しずつ増えてきて、現在では20人というそこそこの大所帯になってきました。つい最近のことですが、劇団の旗揚げ公演から参加しているイチローは「だんだんまともな集団になってきた」と言うし、劇団は昨年2本の公演を成功させて、今年は現時点で3本の公演が決定しています。やっとこれで勝負できる舞台に登り始めた気がするのです。

 この台本は、とある劇団を舞台としていますが、僕の中ではここまでの5年間を総括して、整理して作り上げた台本です。僕にとっての劇団が詰まった台本です。劇団に希望を持って入って来るものもいれば、劇団を去っていくものもいれば、劇団を引っ掻き回すのもいれば、劇団を自分の居場所と決めたものもいます。最近までの僕はこの集団に対して、本質的な魅力が欠けているように思えたし、これ以上行くための方法が見えないままでいました。そして、趣味として演劇をやろう。この集団を作り上げてきた人間としてこの集団と心中してやろうと割り切りかけたときに、ふとうちのお客さんである職場の先輩に僕はこんなことをいわれました。
 「今やっていることは趣味なんかじゃないだろう、それは未来への通行手形なんだよ。未来へ続けていくための必須条件なんだ。」はっとしました。もっと楽で、もっと自由な趣味なんて山ほどある。その中で僕たちが演劇を選んでしまったと言うことは、メッセージを送る手段として、自分が居続けるための手段として、いろんなものをひっくるめて選んでいたんです。台本はその時に大幅に書き換えを行いました。そして、僕は台本に満足しています。僕はこの台本を劇団CHAN’Tの5周年にやるべきものだと思っているんです。

 さて、この台本をもし上演しようとする人がいましたら、その人のためにヒントを送りたいと思います。この芝居のランニングタイムは1時間15分です。これでもずいぶん台本は削りました。丸々やっていたら2時間近くかかってしまったと思います。ですので、これを更に削るとなると至難の技だと思います。だとしたら、役者を減らすか、シーンを丸々削ってしまうかの2つになると思います。
 今回の芝居を書くに当たってはかなり「あてがき」の作業を僕は行ってきました。イチローのばあちゃんや目玉のオヤジ、和泉田(=和泉田誠一)のギャランデュー、小森(=小森里志)のプータローの歌なんかはその役者への役割期待として作った台詞です。そんなところはやる人間が違うのであればすぱっと切っていいと僕は思っています。そして芝居ごとに決めているイメージソングは「春よ、こい」(松任谷由美)。本番の時はオープニングの客入れの際、僕としのちゃん(=山口 忍)がキーボード演奏を行いました。ラストにかかっている曲もこれです。
 とりあえずはこんなものでしょうか、あくまでもヒントなんですけど。もし、上演する方はぜひ連絡してください。台本使用料を徴収するつもりはありませんので、

 公演へのご来場、上演台本のご購入と本当にありがとうございます。心から御礼申し上げます。僕たちはこれからも上に登っていくために、劇団CHAN’Tという運命共同体が幸福のステージに上がることができるように、ひたすら前進していきたいと考えています。
 もし、あなたが私たちを見続けてもらえるのなら、幸せです。
 そこで生まれる、空間を僕は愛しています。劇団CHAN’Tがお客さんを巻き込んだ瞬間、本番の日の舞台の上で僕は思うことができるのです。僕も一人ぼっちじゃない。そう、これからも。
劇団CHAN'T 佐藤 武