武田勝頼物語 〜父の幻影〜


甲斐の虎、武田信玄には二人の息子がおりました。兄は正妻の子にして今川義元の娘を妻とする嫡男(正妻の子のことを言う)義信。一方の弟は、諏訪地方の豪族出身の側室の生んだ勝頼。…って何処かで見たような出だしだけど、これはお家騒動の物語ではありませんw
跡目相続にまつわる悲劇と言う話ではあるんだけど、御館の乱のそれとは悲劇の意味合いが全く違います。
後継者争いとは違った形での武田勝頼を襲った悲劇とは?
それでは、物語の始まりです。


>>>武田勝頼物語 〜父の幻影〜<<<


義信と勝頼・・・二人は8つ違いの兄弟でしたが、その身分には大きな差がありました。信玄は早くから嫡男の義信を後継者と定め、勝頼の方は最初から義信を支える家臣の1人として育てようとしていたのです。

信玄:
「よいか昌景よ信房よ。余の後継者は義信と定め、勝頼には諏訪の性を名乗らせる。そして諏訪勝頼には家臣団の一員としてヌシらと一緒に武田家を支えて行って貰おうと思う。
勝頼のことは余の息子とは思わず、ビシバシと鍛えてやってくれ。」

昌景&信房:
「しかし勝頼様とて、母親が違っても同じお屋形様のご子息。そのような扱いをされるのは・・・」

信玄:
「なるほどお前達の言うことはもっともだ。しかし、いつかワシが倒れたとき、後継者になれるのは1人だけなのだ。もしも義信と勝頼を同じように育ててみい。どちらかを後継者と決めたその時、後継者になれなかった方は必ず不満を持つだろう。それならワシの目の黒いうちから立場の差をハッキリとさせておいた方がお互いのためではないか。」

昌景&信房:
「なるほど、後々を考えればその方が勝頼様のため、敷いては武田家のためなのですな。」

信玄:
「それにヌシら家臣団の立場で見ても、義信と勝頼、最終的にどちらの側に付くかなど、余計な悩みを抱える必要が無くてよかろう?(ニヤリ)」

昌景&信房:
「は、ははははは。」

信玄:
「よいかこれは命令だ。勝頼のことはくれぐれも、ヌシら家臣団と対等の立場として扱うのだぞ。将来、義信の片腕として武田家を支えられる人材となれるよう、容赦無くシゴいてやってくれ。」

昌景&信房
「ははーっ! 我ら家臣一同、武田家の将来のために全力を尽くします!」

★歪んだ英才教育

こうして信玄の命を受けた武田家重臣の山県昌景(やまがたまさかげ)と馬場信房(ばばのぶふさ)は、絶対の忠誠を誓う主、信玄の命令に忠実に、勝頼のことを後輩の1人として遠慮なく扱って行きます。

昌景:
「此度の戦、拙者は勝頼殿とコンビを組むことになりましたが、勝頼殿はまだまだ若輩ゆえ後から付いて来なされ。拙者の戦い、とくとご覧あれ。」

勝頼:
「心得た。よろしゅう頼むぞ山県殿。」
(内心:いかに山県が歴戦の勇士とは言えど、信玄の息子のオレが家臣に若輩者呼ばわりされるとは・・・ええい今に見ておれ!)

信房:
「勝頼殿! 先の戦での貴殿の動きはどうかと思いますぞ!
・・・あのような場ではこのように・・・なんちゃらどーたらこーたら・・・(以下略)」

勝頼:
「すまぬ、馬場殿の言うとおりであった。次の戦では必ずや改めようぞ。」
(内心:いつもいつも小うるさいヤツめ。義信には何も言えないクセに俺のことは庶子と侮りやがって・・・)

昌景&信房:
「そのようなことではお屋形様には到底及びませぬぞ!」

(勝頼:二言目にはお屋形様お屋形様・・・うるさい!オレは四郎勝頼だ!!)

常勝無敗、戦国最強と恐れられる武田軍団の中でも最強と目される山県昌景と馬場信房の容赦ない英才教育を受けながら、持ち前の反骨心をバネにして、勝頼はメキメキと強くなって行きます。
・・・でも同時に、偉大なるお屋形様、信玄を絶対視するがあまり、常々父信玄と見比べながら必要以上にキツく当たる昌景と信房の態度は、いつしか勝頼の胸の内に、父信玄に対する大きなコンプレックスの心を植え付けてしまいました。

★勝頼殿から若殿様へ

こうして勝頼は、内政面外交面に関してはともかく、こと戦に関してだけは、父信玄に勝るとも劣らない実力を身につけます。その身分はあくまで信玄の家臣ですが、武田家家臣団の中枢である「武田二十四将」の1人として、昌景や信房と肩を並べる存在となりました。
そんな勝頼に大きな転機が訪れます。なんと!身分の違う兄にして自分の将来の主として仕えるべく存在だった義信が、父信玄と仲違いして殺されてしまったのです。
この辺の経緯についての詳細は省きますが、とにかく、この一件によって勝頼は、武田二十四将の諏訪勝頼から武田家皇太子の武田勝頼に格上げされることになりました。
そうなると昌景も信房も、今までは同僚の勝頼殿と呼んでいた相手を若殿勝頼様と呼ばなくてはならなくなり、勝頼の方も、山県殿、馬場殿と呼んでいた相手を、昌景、信房と呼び捨てることになります。
やがて戦国の巨星、武田信玄は京に上り天下に号令する志半ばにして倒れ、ついに武田勝頼が正式に家督を継ぎ、武田家当主となる日がやって来ました。

武田勝頼:
「今まで俺のことを侮っていた連中・・・昌景よ信房よ見ていろよ。俺は父信玄よりも上だってことを思い知らせてやる!」

★信玄でも落とせなかった城

勝頼:
「昌景、信房、戦の準備をしろ。徳川との国境(遠江とうとうみ:静岡県)にある高天神城を攻めるぞ!」

昌景:
「何を申されますか若殿。あの城は亡きお屋形様でも落とせなかった城ですぞ。」

勝頼:
「すると何か? 父に出来なかったことが俺に出来る訳が無かろうと、お前はそう言いたいのか昌景よ。」

昌景:
「い、いえ、決してそのようなことは・・・」

勝頼:
「あの武田信玄ですら落とせなかった高天神城を勝頼が落とした・・・そうなれば徳川にかかるプレッシャーは尋常ではあるまい。」

信房:
「恐れながら申し上げますが、あの城は街道から大きく外れた険しい山にあり、落とすにしても多大なる損害を覚悟せねばならず、でもその割りに得る物の少ない、無駄の多い戦となりましょう。お屋形様もそのようにお考えでした。」

勝頼:
「俺はあの城を攻め落とすことによって武田家の武威を徳川に知らしめてやると言っているのだ。その見返りは決して小さくはあるまい。」

信房:
「若殿・・・亡きお屋形様なら、そのような犠牲を払う無理な戦は決してされません。」

勝頼:
「ええい貴様ら、なんださっきから若殿若殿と。父信玄亡き後のお屋形はこの俺だ!いつまでも諏訪四郎勝頼と思うな!! さあ戦の準備をしろ!!!」

昌景&信房:
「ははっ、仰せのままに・・・」

勝頼:
(なあに、コイツらは俺が高天神城を落とせないと思っているから難癖付けていやがるんだ。父でも落とせなかったあの城を落とせば、アイツらも俺のことを認めざるを得んだろ。)

かつては勝頼のことを後輩として叱り飛ばした昌景と信房でしたが、義信が死んだあの日に立場が逆転してしまってからは、昔のように強いことは言えなくなっておりました。
勝頼としては、以前は後輩だったからと言ってナメられないようにと、必要以上に昌景や信房たちに強がって当たり、両者の関係はギクシャクしたものとなっていたのです。

★認めてくれない家臣

こうして勝頼は、父信玄が落とせなかった(正確には、無理に落とす必要も無いので早々と攻めるのを止めた)高天神城を攻め、苦労の末、ついに落城させることに成功します。

勝頼:
「どうだ見たか! 父信玄ですら落とすことの出来なかったこの城を、俺は見事落城させてやったぞ!!」

家臣たち:
「お、お見事です勝頼様・・・」

そうは言うものの家臣たちの目はどう見ても、自分を尊敬するものではありません。てっきりみんなに賞賛されるかと思いきや、表向きは戦勝を祝っていても、心の奥底では明らかに不満があるように見えます。
また実際、家臣達にしても、どうしても偉大なる先代主君信玄と比べ、元々は同格だった勝頼を侮る気持ちがあったことも事実なのでした。

勝頼:
(なんだコイツら・・・父信玄ですら出来なかったことを俺はやったんだぞ!?何故俺のことを認めてくれないんだ?)

昌景:
(此度の戦であるが、なんとか城を落とすことに成功したものの、亡きお屋形様の予言通り、莫大な犠牲を払うことになってしまった。若殿は兵士の命を何と心得るのだ・・・)

信房:
(戦そのものには勝つことが出来たが、今回の長期遠征のための戦費を全て、年貢の臨時徴収で賄ったために民から不満の声も出ている。亡きお屋形様なら決してそのような無理はなされなかったのに・・・)

勝頼は確かに戦に関して言えば、昌景と信房の英才教育により、父信玄ですら為しえなかった高天神城攻めを成功させるほどに才能を開花させておりました。しかし、もともと「武将」として育てられた勝頼は、内政・外交と言った政治的なことに関しては、まるで学んでいなかったのです。
また、父信玄の代にはザクザクと黄金が掘り出された金山も、勝頼の代になってからは枯渇してしまっていたことも、大きな不幸でした。

★勝頼の空回り

勝頼は戦に関する才能に関して言えば、父信玄に勝るとも劣らない物を持っています。しかし、信玄の落とせなかった高天神城を落としても、家臣達は自分のことを認めてくれませんでした。自分は父信玄よりもデキる男を自負したい勝頼は、そのことが面白くありません。それならばと勝頼は、今まで以上に戦に没頭して行きます。戦で勝ちまくって城を落として領土を増やしていけば、みんな自分のことを認めざるを得ないだろうと信じながら・・・

でも現実はそううまくは行きません。戦には滅法強い勝頼は、戦えば連戦連勝なのですが、そのための戦費をいつも重税で賄うため、次第に領民や豪族達の支持を失って行きます。
また、いくら領土を奪っても、重税を課せられた上に戦にばかり借り出されたのでは、新しい領土の豪族や領民は勝頼には心服せず、勝頼が去るとすぐさま隣の北条や徳川に寝返ってしまい、それをまた取り返すために甲斐や信濃の民に臨時税を課して出兵するという悪循環。
これが亡き武田信玄や北条氏康なら、まずはしっかり地固めをし、占領先の新領土の民をしっかりと手なずけ、決して自国の民を粗末に扱ったりしなかったのですが・・・

★長篠の戦い

そんなある日、徳川との国境付近(三河・愛知県)の豪族が1人、徳川方に寝返ったとの報が届きました。

伝令:
「大変です! 長篠城の奥平信昌が徳川方に寝返ってしまいました!」

勝頼:
「なんと!今すぐ出撃の準備をしろ! 裏切り者は決して許さん!」

昌景:
「お待ちくだされ若殿。続きに続く戦に民は疲弊しきっております。これ以上の遠征は考え直しくださいませ。」

信房:
「それに奥平が寝返ったのも、最前線の城主だからと過酷な戦ばかりさせたのが原因と存じます。亡きお屋形様なら・・・」

勝頼:
「ええい黙れ! 俺には俺のやり方がある! 常勝武田軍団は、戦に勝ち続けなくてはならんのだ!」

こうして勝頼は15000の兵を率いて長篠城に出陣して行くのですが、長篠城の守りは堅く、そうこう攻めあぐねているうちに、織田信長と徳川家康の連合軍が30000の大軍で救援に向っているとの報が入ります。

信房:
「若殿!我が軍の15000に対し、敵は30000の軍勢で押し寄せて来ております。
それに敵は3000丁もの鉄砲を用意し、戦力的に見て明らかに我が軍が劣勢です。」

昌景:
「増して遠征軍の我々は長期の対陣で疲れ切っております。亡きお屋形様でもこの状況では退却している所でしょう。」

勝頼:
(!!親父でも勝てない状況だと!? ならばココで織田・徳川軍を撃退すれば、今度こそコイツらも俺のことを認めざるを得まい!)

勝頼:
「ココで引いてしまったら、我が武田家はここいらの豪族達に完全に見切られてしまうだろう! でも逆に、この状況で織田・徳川を倒すことが出来れば、もはや武田家に逆らおうとする者もおるまい! 武田騎馬軍団の恐ろしさを見せ付けてやるぞ!!」

昌景:
「戦うだけではダメだと何故分かってくださらないのですか若殿!」

信房:
「お屋形様なら決して・・・」

勝頼:
「うるさい!今のお屋形様はこの勝頼だ!!!」

こうして世に名高き長篠の戦いが起こりました。
結果、3000丁の鉄砲を有した織田・徳川連合軍が、戦国最強を誇った武田の騎馬隊を完全に粉砕してしまいます。

昌景:
「もはや武田家の運命もこれまで・・・お屋形様、武田家を守り切ることが出来ませんでした・・・申し訳ありません・・・」

信房:
「勝頼様・・・戦だけでは何も解決しませぬぞ・・・どうか分かってくださいませ・・・」

この戦いで武田二十四将筆頭の山県昌景、馬場信房も戦死し、戦国最強と謳われた武田騎馬隊も多くの兵が討ち死にして壊滅状態に陥り、勝頼は命からがら甲斐に逃げ帰りました。

勝頼:
「昌景・・・信房・・・お前達の言うとおりだった・・・すまぬ、この俺がバカだった許してくれ!!!!!」

勝頼は多大なる犠牲によってようやく己の過ちに気付き、大人しく甲斐に引き篭もることにしたのですが、もはや時すでに遅し。長篠の敗戦後も、信濃も駿河も一応、武田家の勢力範囲ではあったけど、領民や豪族達の心は勝頼からは離れ、いつ他勢力に寝返ってもおかしくありませんでした。
そうした状況下、勝頼は隣の北条氏政に泣きついて妹を貰い受け、同盟することに成功。これでなんとか豪族達を引き止め、織田・徳川を牽制しつつ、武田軍団の再建を目指します。

勝頼:
「昌景よ信房よ見ていてくれ・・・俺はもう力だけには頼らんぞ!」


☆☆☆閑話:戦国のヘンタイ外伝☆☆☆


なお、長篠で武田軍メッタ負けの報を受けた越後では、家臣が上杉謙信に対し、これを好機と武田を攻めることを進言するのですが、

「確かに今武田に攻め入れば、信濃はおろか甲斐までも簡単に取ることが出来るであろう。だが敵の弱り目を突いて攻めるなど私の本意では無い。」

こう言って謙信は最後まで武田領に攻め入ることはしませんでした。
そればかりか勝頼に対し、

「心配せずともお前は弱いから攻めない。兵が必要ならいつでも言え。私が助けよう」

なんて言ってやったとかw
また、長篠以前・・・信玄死すの報を受けた際にも、家臣達から同様の進言があり、同じようにそれを退けていたそうな。それどころか好敵手の死を惜しみ、喪に服したりもしておりました。さすがに戦国のヘンタイは一味違いますねw


☆☆☆ってことで閑話休題☆☆☆


★御館の乱 〜武田勝頼と北条氏政の場合〜

昌景や信房ら多くの重臣と兵たちを失った長篠の敗戦から3年・・・
無理な戦を止めて内政に勤しみ、少しずつ勢力を回復しつつあった勝頼の元に、妹を迎え入れ義弟として貰うことで同盟者となった北条氏政から一通の書状が届きます。

氏政:
「最近、越後の上杉謙信が死んだのは知っているよな? で、オレの弟の景虎が謙信の養子やっているってことも知っているよな? 今その弟が、もう1人の養子・景勝と跡目争いをやっているんだよ。
オレ達からすれば、上杉一門の景勝が跡を継ぐより、オレの弟の景虎が跡を継いでくれた方が何かと都合いいだろ。そゆ訳でお前ちょっと越後まで出向いて景虎のこと支援して来てくんない? ほらオレん家は越後から遠いからさ。
これで景虎が上杉家の当主となってくれれば、氏政勝頼景虎の3者義兄弟ユニット結成で織田信長なんぞも怖くないぜ! ってことで越後のことよろしく。」

勝頼:
「なるほどそう言うことなら話は分かった。長篠の敗戦時に弱り目の俺を支援してくれた氏政アニキの頼みなら聞かない訳にはいかんし、それに俺の立場としてみても、上杉家が味方でいてくれれば徳川家康相手に全力投球できるからな。
あれからずっと戦もしてなかったことだし、ここいらで織田徳川へのリベンジ前の訓練がてら出撃してやるか。それに今回の戦は、俺達が全力で戦わずとも、武田勝頼が大軍で支援していると言う宣伝だけで景勝陣営に圧力をかけることも出来るし、ただ兵を出したと言う事実だけで上杉家に恩を売ることも出来ることだし、ココは一つ、全軍で出撃してハッタリかましつつ恩を着せてやることにしよう。」

こうして勝頼は20000の大軍を率いて甲府を出発しました。

★御館の乱 〜上杉景勝と樋口兼続の場合〜

舞台は変わって春日山城。

上杉景勝:
「兼続よ大変なことになった。甲斐の武田勝頼が景虎を支援するべく20000の大軍でこちらに押し寄せて来ている。いずれ北条氏政の介入もあるであろうし、もはや我等の運命もココまでであろうか・・・」

樋口兼続:
「殿、まだ諦めることはございませぬぞ。幸いこの春日山城には、不識庵謙信公の残した莫大な黄金が残っております。どうかこの兼続めにこの黄金の全てをお預けくださいませ。したれば必ずやこの兼続めが道を切り開いてご覧に入れましょう。」

※不識庵(ふしきあん)謙信とは上杉謙信の法号。

景勝:
「確かに、この身が無くなってしまえば、いくら大量の黄金が残ろうかと何の意味も持たぬこと。よかろう、お主に全てを託す。この黄金、思う存分に使ってみせよ。」

兼続:
「ははっ、仰せのままに」

こうして2万7千両とも言われる莫大な黄金を託された兼続は、そのうちの2万両を持って武田勝頼の下に赴きました。
なお、この2万7千両がどれくらの額かと言うと、江戸時代の1両が5万円〜10万円くらいだったらしいので、単純に低く見積もっても、10億〜20億円になるかな? また、大坂城が落城した際に城内に残されていた黄金が28万両だったというので、この2万7千両ってのはかなりの額と思っていいです。

ちなみになぜ、勝頼以上に戦に明け暮れていた謙信がそんなに沢山の貯金が出来たかと言えば、恩賞を感状と席次でケチっていたという事情もありますが(笑)謙信は何気に内政に関しても天才的な手腕の持ち主で、当時の衣装原料であったカラムシの栽培(なんと当時日本一の栽培量だった!)、金山銀山からのアガりや直江津港姫川港を拠点とした交易などで荒稼ぎしていたのでした。

★御館の乱 〜兼続vs勝頼〜

春日山城の全財産を任せるほどに太っ腹な大将の絶大なる信頼を胸に、兼続は武田勝頼と対面します。

勝頼:
「おヌシが上杉景勝の懐刀、樋口兼続か。分かっているとは思うが、余は上杉景虎を支援して上杉家を継いでもらい、その後北条氏政殿を併せた3者で同盟するつもりでココに来ている。残念ながら当方には、おヌシと話すことなどない。」

兼続:
「おお、嘆かわしや、甲斐の虎・武田勝頼様ともあろう方が北条氏政ごときの使いっパシリとは・・・」

勝頼:
「キサマ今何と申した! この俺が使いっパシリだと!?」

兼続:
「恐れながら申し上げますが。たかが長篠の一度の戦に負けただけで北条氏政の軍門に下り、あげくその命令でこの越後まで出陣させられるなど、北条氏政の子分と言われても仕方ないではございませぬか。」

勝頼:
「誰が北条氏政の子分だと!? おい、この無礼者を叩き斬れ!」

兼続:
「いやこれは言葉が過ぎました、どうかお許し下され。でもこの兼続は悲しいのでございます。あの堅固な要塞、高天神城をも攻め落とし、甲斐の虎の再来とも言える采配ぶりを発揮していた勝頼様の今のお姿を見るのは・・・」

勝頼:
「なに・・・?」
(こいつは俺のことを認めてくれているのか?)

兼続:
「我が殿上杉景勝も嘆いております。かの不識庵謙信公と互角に戦った武田信玄公、その信玄公をも上回る弓取りの勝頼様と共になら、天下も夢では無かろうにと考えていたところで今回のこの出兵なのですから・・・」

勝頼:
「俺とて天下の夢を捨てている訳ではない。今はただ、織田信長と徳川家康を倒すために北条氏政殿と力を合わせているだけの話だ。」
(ピクっ)

兼続:
「・・・果たしてそうでしょうか? いくら勝頼様がそう申したところで、世間はそうは思いますまい。北条の舎弟の武田勝頼が鉄砲玉として使われている、此度の遠征はそう見られていることでしょう。」

勝頼:
(コイツ、痛いところ突いてきやがる・・・)

兼続:
「それにこのまま勝頼様の後押しで景虎が上杉家当主となってみたときのことを考えてみてくだされ。確かに北条・上杉・武田の大同盟が成立し、織田信長とて簡単に手出しは出来なくなることでしょう。

・・・だがしかし、その時にその同盟の盟主となるのは誰ですか!(ドンっ!)
まさか勝頼様とは申されますまい。上杉景虎の実兄にして武田勝頼の義兄である北条氏政が大同盟の頂点に立ち、勝頼様はずっと北条氏政めの風下に甘んじることになりましょう。」

勝頼:
「・・・なるほど、悔しいがお主の言うことはいちいちもっともだ。反論できん。だが残念ながら、現在の武田家は多くの兵を失い軍資金も底を尽き、北条の力を借りなければ再建できんのだ。俺はこのまま武田家再興のために氏政殿と力を合わせ、上杉景虎擁立を全力で支援する。
お主の忠告はありがたく受け取った。次は戦場で会おう。」

兼続:
「これは我が殿景勝の見込み違いでありましたか残念です・・・景勝は勝頼様なら武田信玄も無し得なかった京都上洛を果たして天下を収められるものと、その身の全てを捧げる覚悟を持って兼続を遣わせましたのに・・・」

勝頼:
「・・・なに?今なんと申した?」
(その身を全て捧げる・・・だと?)

兼続:
「景勝は勝頼様にの手足となり、天下取りのために全力でお手伝いしたいと申し上げているのです。」

勝頼:
「景勝がこの俺の配下になっても良いと、そう申しているのか? だが口でなら何とでも言える。お主はそうしてこの俺を景虎との争いに利用したいだけではないとどうして言い切れる?」
(でももし本当なら・・・父でも為しえなかった越後制覇をこの俺の手で・・・)

兼続:
「ウソではございません。その証拠に勝頼様に使って貰うべく、春日山城にある全ての黄金を持って参りました。これでもまだ我が主の決意を疑うのですか?」

そう言って兼続は、持ってきた2万両の黄金を勝頼に見せました。

勝頼:
「こ、これが景勝の誠意だというのか・・・」

兼続:
「景勝はこの黄金を、自分が使うよりは勝頼様に使って貰った方が天下のためになると、そう申されておりました。また、この黄金だけでなく、上野の我が領土も全て勝頼様に差出し、これからは勝頼様の臣下として振舞いたいと、そのようにも申しておりました。」

勝頼:
(宿敵上杉家がこの俺の配下に!? 父信玄でも屈服させることが出来なかった上杉をこの俺が・・・それにこれだけの黄金があれば、武田騎馬隊完全復興も夢ではない・・・もう北条氏政の助けも借りなくてすむ。それに何よりこの男・・・この俺の実力を分かってくれている!)

勝頼:
「そこまで言われたのではこの勝頼、景勝殿の誠意に報いない訳にはいかん。
よかろう、北条とは縁を切り、景勝殿と共に天下を目指すとしよう!」

兼続:
「ははーっ、ありがたき幸せにござりまする。」
(ニヤリ)

勝頼:
(親父よ昌景よ信房よ見てくれたか!この俺の戦ぶりが上杉家を動かし、屈服させることが出来たぞ! 北条氏政も織田信長もきっと倒し、俺は天下人に昇り詰めてやるぞ!)

さてさて勝頼の家来になるとまで言った兼続の真意が何処まで本気だったのかは分かりません。でもまずは景虎を倒さないことにはどうしようも無いのだから、一時的にプライドを捨てることと、黄金2万両支払うことくらい、安い物だったのでしょう。

★2万両の対価

こうして樋口兼続の巧みなプライドくすぐり術と現ナマ攻勢に乗せられた勝頼が景勝支援に回ってしまったことにより、それまで景虎優勢だった御館の乱の形勢は大逆転。上杉景勝が勝利することになりました。
んがしかし、それを聞いた北条氏政が黙っている訳はありません。

北条氏政:
「あぁ〜!? 勝頼の野郎が心変わりして上杉景勝について、あげく景虎が殺されただと!? テメェが長篠でメッタ負けしたとき何て言ったぁ?キサマが弟にしてくれっつーから助けてやったんだろーがあああああ!!!!
あんのボゲェエェェ〜〜〜〜〜!!!!! 絶対許さんブっ殺す!!!織田信長と同盟してでもブっ殺す!!!!」

こうして勝頼は、上杉景勝を味方に出来たものの、北条氏政を完全にブチ切れさせてしまいました。

一方、武田家再興のために動き出した勝頼でしたが、

勝頼:
「この黄金があれば騎馬軍団の再興は出来る。が、分かっていたとは言え、やはり北条が敵に回るのは苦しいな。抑えの城を作らなくてはならん。
でもそれにはこの2万両では及ばない・・・やむを得ん。武田家再興のために、臨時税を課すことにしよう。」

ココに来てまた悪いクセが出てしまいます。
これで最近は大人しくしていた勝頼を少し見直していた武田領の領民と豪族達の心が、大いにグラつくことになりました。
これを知って大喜びしたのが徳川家康です。家康はさすがに後に天下人となるだけあって、こんな好機を逃すはずがありません。早速、武田領の豪族達の篭絡作戦に掛かります。

徳川家康より:武田家についてる豪族さんたちへ
「あれだけ世話になった北条氏政を私利私欲のために裏切った勝頼ってロクでもねーって思わね? おかげで氏政さんブチギレで武田につくヤツ皆殺しだって息巻いてまっせ。織田信長様も畿内の敵一掃して、これからは武田攻めに専念するって言ってるし、ハッキリ言ってもう武田勝頼は風前の灯よ?あげくそのツケを豪族の皆さんのフトコロから捻出しようだなんて勝頼のアホは・・・豪族の皆さんには本当皆さんには同情いたしますよ。

・・・でもどうぞご安心☆ 今なら大サービス!期間限定で織田徳川陣営に降ってくれれば、新規入会費無料で会員になれちゃうよ(^^) 会員証持ってないヤツは容赦無く殺るからねw 申込みはお早めに☆」

このタイミングでこんなことを言われたんでは、裏切るなって方がムリでしょう。
武田領の豪族達は雪崩を打って織田、徳川や北条に内通して行ったのです。

★荒野の甲斐信濃

慎重派の信長と家康は、それでもまだ勝頼の武力を恐れていました。
満を持し、武田討伐の軍を出したのは御館の乱から2年も過ぎてからのこと。織田信長、徳川家康と北条氏政の3者が同時に、3方から武田領に攻め入ったのです。
2年に渡る切り崩し工作が効を為し、甲斐と信濃の豪族達の心はてんでバラバラ。勝頼の呼びかけに応えることはありませんでした。家臣としたはずの上杉景勝も、自身も織田信長からの圧力を受けている上に領内でも豪族の反乱があったりで、甲斐信濃に兵を出すことなど出来ません。
こうなっては是非も無し。勝頼は2万両の黄金と豪族からの臨時税により築城中だった新府城に火をかけ、僅かな共を引き連れて信濃の山奥に逃げて行きました。

美濃(岐阜県)から攻め入った織田信長の軍勢は、殆ど抵抗らしい抵抗も受けること無く信濃の地を進み、逃げる武田勝頼の一団を天目山にて捕捉します。このとき勝頼に従っていた軍勢は、たったの100人程度だったそうです。

勝頼:
「残念ながら俺はやはり、父には到底及ばなかったようだ・・・すまん昌景、信房・・・あの世で詫びようぞ・・・」

武田勝頼享年37歳。夫人、嫡子と共に天目山の地に自害して果てました。

「おぼろなる 月もほのかに雲かすみ 晴れて行くへの西の山のは」


×  ×  ×


勝頼は無理な戦いに明け暮れず、着実に力を蓄えておけば、長篠で信長に壊滅させらるようなことも無かったのでしょうか?

御館の乱で北条氏政と共に上景影虎を助け、三者義兄弟同盟を結んでいれば、滅ぼされることは無かったのでしょうか?

それでもやはり、勝頼の一番の悲劇は、本来継ぐはずの無かった家督を継いでしまったことなのではないでしょうか。

主君義信の下で武将として戦の才を存分に発揮できていれば・・・昌景や信房たちとの関係もまた違ったものとなり、勝頼の人生はこんな悲劇を辿ることは無かったように思えてなりません・・・


− 武田勝頼物語 〜父の幻影〜 完 ―




戻る