上杉家・二人の養子物語

えっとだな、上杉謙信って知ってるだろ?この人がまたエラく変わりモンでなー、生涯結婚せずに子供がいなかったのよ。
これがアタシなんぞだったら、おかーさん孫の顔見せられなくてゴメンナサイ、くらいで済む話なんだけど、沢山の家臣を抱えてる身分のおエラいさんだったらそうは行きません。

もし自分が死んだら後継者はどうするか? これをしっかり決めておかないとどうなるか?・・・これが本日のお題です。
先代主君がしっかりと「もしオレが死んだら跡継ぎは○○だからな!」と宣言しておかなかないまま死んじゃうとこんなことに・・・


>>>それでは「上杉家・二人の養子物語」の始まりです<<<


★二人の養子

自らを毘沙門天の化身と信じる義の猛将、上杉謙信。
この人には実子はいなかったけど、自分の後継者候補として養子を二人取っておりました。
1人は自分に何度も歯向かって来て最後は殺されちゃった政景オジさんの子供の景勝。
かつてのライバルの子供をしっかり引き取って可愛がるあたり謙信さん器大きいっす(><)

そんでもってもう1人の養子の話はこう。
かつて謙信は、関東の覇王北条氏康の守る「前回小田原物語の舞台」小田原城を10万の大軍で囲みながら、結局落城させることは出来ずに引き上げて行ったんだけど、

氏康:「今回は追っ払うこと出来たけど、謙信やっぱおっかねえwwwww
アイツ義のため正義のためとか言って、自分の損得勘定抜きで攻めてくるから始末におえねーよ(><)
これが信玄なんぞだったら、打算的で自分の損になるようなことはしないから、そんなに無茶はして来ないんだけどなあ。

今後ああいうバカと関わらずに済むにはどうすれば・・・そうだ逆転の発想で友達になればイイじゃん! オレ頭良くね?wwww
でも俺アイツの友達にひでーことしたから狙われてる訳だし・・・こりゃあ息子の1人を人質に差し出すくらいしないとダメだよなあ・・・
でもアイツ、バカな分だけ義理固いから、そこまでして頭下げてくれば悪いようにはしないだろ☆」

そんなこんなで謙信に息子を1人人質に差し出して、氏康は目出度く謙信のお友達にしてもらえました☆ この人質ってのがもう1人の養子、景虎さん。
義の人謙信は人質だろうが何だろうが差別せずに可愛がり、なんとかつて自分が名乗っていた景虎の名を与えたくらい気に入ってしまった訳さ。
もっとも、それから何年かたって氏康と謙信は仲違いしちゃうんだけど、(もちろん悪いのは氏康)それでも決して景虎を粗略に扱ったりはしませんでした。さすがに義の人だ謙信(><)

★後継者はいずこ?

・・・で、それから色々あったけど、結局謙信は、この景勝と景虎どっちも同じくらいに可愛がりながらも、どちらが後継者かをハッキリ決めないまま、脳溢血で急死してしまいました。
ココで起こったのが御館(おたて)の乱。これはたぶん天地人のハイライトの一つだったんじゃないかな?
簡単に言うと、上杉家の面々が景勝派vs景虎派の真っ二つ分かれての後継者争いになってしまったのさ。
このとき、天地人の主人公樋口兼続や、お船の方の前夫、直江信綱は、景勝陣営に味方しました。

結果としてこの御館の乱は景勝側が勝利した訳だけど、最初は景虎側の方が優勢ですた。
何故なら、北条氏康の子供にして景虎の実の兄である北条氏政が景虎陣営をバックアップしてたから。(氏康はもう死んでいる)氏政にしてみれば

「え!謙信が死んだってマジ!? オヤジがヘタこいて謙信怒らせちゃってたけど、弟の景虎が跡継いでくれれば、また上杉家と仲良くできるじゃん☆ 
最近あの信長とかって野郎とその子分の徳川家康ってガキが力付けてきて調子コイてるし、隣の武田勝頼(亡き信玄の子供な)は何考えてるかよう分からんし、やっぱ信じられる身内が味方にいてくれれば頼もしいよなw
よし!これは是非とも弟が上杉家を継げるように支援してやろう!」

って感じだったんじゃないかな?
ちなみに当時の勢力図はこんな感じ↓
数字はエミールスカウターで計測した戦闘力ね。
あくまで「エミールスカウター」の数字なんで、鵜呑みにはしないように(^^;


織田 | 上杉:3
信長 |-----------
10  | 武田|北条
    | 3  |
    |----- | 氏政 
   |徳川 :2 |  5


信長と武田が怖いってのは北条のみならず上杉方にしても事情は同じだったから、北条と上杉の兄弟タッグが成立すれば、お互いメリットがあったんだ。
(また参考までに、この北条氏政ってのが、前回の小田原物語に出てきた北条一族の親玉です)

それに対し、当時上杉謙信から春日山城を預っていたほどの重臣だった直江信綱(お船の方の前夫)や樋口兼続が何故景勝に味方したのかは、たぶんこんな感じ?

「もし景虎の方が跡を継いじゃったら、今まで景勝様の世話役やってたオレらの立場やべーじゃん。
今でこそ筆頭家老としてエラそうにしてられるけど、オレらの運命は景勝様あってのもの。もし景虎が後継者になったら、アイツ絶対今まで自分の世話役だったヤツらを重臣に取り立てて、かつての景勝派を干すに決まってるよな。オレだったらそうするし。
こりゃあ是が非でも景勝様に跡を継いで貰わないとだぞ!」

・・・こういう事態になってしまうからこそ、後継者ってのは最初からしっかり決めておかなきゃイカンのよ(^^;
こうして上杉家は、春日山城の景勝派と、御館に居を構える景虎派の真っ二つに別れて争うことになりました(><)

★みんなの問題

ちなみにこういうのって、例えば同じ直江家でも、頭首の兄が景勝派で、現在その家来に甘んじている弟が景虎派だったりとかするわけ。
あるいは筆頭家老の直江家が景勝派だけど、次席家老の本庄家は景虎派だったりね。
・・・で、直江家頭首のポストは一つしか無いわけだから、弟にしれみれば、アニキを蹴落としてエラくなる絶好のチャンスだし、あるいは、筆頭家老の家が没落すれば、次席家老の家は筆頭に上り詰められる訳だから、両陣営とも必死になるんだな。
こうして一つの組織が真っ二つになる。これがお家騒動ってヤツなのさ。最初からどっちがNo1かハッキリ分かっていれば、こんなことにはならないんだけどねえ・・・

・・・で、最初に言ったとおり、この御館(おたて)の乱、最初は関東の覇王、北条氏政を味方につけた景虎派が優勢だったけど、最終的には景勝派が勝ちました。なぜ? どうやって? それからなぜ樋口兼続は直江兼続になったん? 信綱はどうなったみたいな?
多分それは、天地人をしっかり見てれば分かってたんじゃないかと思う(笑)

ちなみに春日山城のてっぺんまで行くと、かつて景虎が篭っていた御館跡を目印付きで見下ろすことが出来るらしい。春日山城跡から、当時の景勝、兼続の立場になって御館跡を見下ろしながら、当時の彼らの気持ち想像したら面白そうじゃね? 春日山城跡って建物とか何も残っていないそうだけど、目に見える史跡よりも面白いだろこっちの方が☆ ってことで、二人の養子物語はこれでおしまい☆



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