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戦国時代の中期、関東甲信越地方に3人の英雄がおりました。まずは本編の主人公、越後の竜こと長尾景虎、甲斐の虎:武田晴信(信玄)、相模の獅子:北条氏康。なんだか少年ジャンプのバトルモノみたいなノリだけど、ごめんこれ本当に当時そんなふうに呼ばれていたみたいなんだよな。でも実際、景虎はともかくとして、氏康と晴信は自らこんなはずかちー通り名を名乗ってもおかしくない暴走族みたいな連中でな、そこらへん一体をブイブイ暴れてた訳さ。とりあえず謙信のことを知るには、そのライバルのことを少し知っておく必要がありますので、まずはその話から。
★相模の獅子とお坊ちゃま
関東地方を所狭しと暴れ周り、相模(神奈川県)の獅子と呼ばれた男、北条氏康。当時の氏康のシマの北限は武蔵(東京・埼玉)までで、次のターゲットとして上野(こうずけと読む:群馬県)の地を狙っておりました。関東一の暴れん坊にロックオンされた上野の地を支配していた不幸者の名は上杉憲政。いちおう室町幕府の役職上は、関東地方で2番目にエラい「関東管領」を代々名乗る家柄なんだけど、そういう名門の金持ちボンボンなんてのは、成り上がりのイジメっ子からすれば一番のカモだわな。氏康はこのお坊っちゃまをさんざんにイジメぬき、ついにその城を奪ってしまいました。
さてさて城を失いホームレスとなってしまった上杉憲政。上杉氏にとって北条氏は祖父の代からの宿敵で、これは悔しいどころの話ではありません。とは言ったものの自力で仕返しするような力も根性も無し。こうなったら誰かの力を借りて氏康に復讐してやろうかと心に誓い、ここいら一帯では義に厚く戦上手と評判の長尾景虎のいる越後に亡命して行きました。
憲政:
「ひーん、氏康がイジメるよ〜景虎クン助けて〜」
景虎:
「おお、なんと言うことだ、関東地方を束ねる幕府高官の関東管領がこのような有様に・・・憲政ぼっちゃん、あとはこの景虎にお任せくだされ! 関東の平和を脅かす極悪人氏康を、必ずや成敗してくれましょうぞ!」
上杉憲政はイジメられっ子とは言え幕府での役職上は関東地方で2番目にエラい関東管領。景虎って人は将軍とか天皇とかって権威をとても大切にする人だったんで、そのエラいエラい関東管領を脅かす北条氏康は、景虎からすれば極悪人と映ったわけさ。もっとも氏康からすれば、関東管領なんざ権威ばかりで何も出来ないからこんなに世の中乱れてるんだろうが!ってことなんだろうけどね。
かくして長尾景虎vs北条氏康の、上野の地を巡っての血で血を争う抗争が始まりました。
なお、後に長尾景虎は上杉憲政より正式に家督と役職を譲り受け、関東管領上杉謙信と名乗ることになります。
★甲斐の虎、北へ
武田晴信が名門武田家の家督を継いだ際に支配していたのは甲斐(山梨県)一国。後に甲斐の虎と呼ばれる英雄が、貧しい山国の甲斐一ヶ国に押し込められている現状に満足するはずがありません。
晴信がその領土をもっと拡張しようとした場合、そのルートは大きく分けて3つあるんだけど、まず東の武蔵(埼玉・東京)に居座るは相模の獅子こと北条氏康。南の駿河(静岡県)に構えているのは海道一の弓取りと呼ばれる今川義元。(これまた本当にそう呼ばれていたw)当時の晴信の力ではこの二人に勝つのはかなり苦しい。それに比べると北西に広がる信濃(長野県)は小さな豪族がワラワラしているカオス状態。晴信は強敵二人とぶつかることを避け、信濃に侵攻して行きました。
「オラオラオラー晴信様のお通りだー!!! 」
「げえっ、晴信!!!」
こうして晴信は信濃の地に割拠する弱小大名を蹴散らして勢力範囲を広げて行ったんだけど、蹴散らされた方もただ黙って指を咥えていた訳ではありません。
「なあ、越後の長尾景虎って知ってるか?」
「ああ、関東管領のエラい人をかくまったヤツだっけ?」
「なんでも戦上手で義理堅い正義の御仁との評判らしいぞ。」
「だったら、俺達のことも助けて貰えないかな?」
「それじゃあみんなで武田晴信被害者の会でも結成して頼みに行ってみる?」
こうして信濃の弱小豪族達がこぞって景虎のところに駆け込んで行くと、
「逆賊晴信なにするものぞ! この景虎が信濃の地に平和を取り戻してくれよう!」
正義感の強い景虎は、快く?武田晴信被害者の会の頼みを聞いてくれました。
★景虎のモグラ叩き
憲政ぼっちゃんと晴信被害者の会が景虎を頼ったのはほぼ同じ時期で、律儀な景虎は二者の願いを同時に聞き入れるため、かたや上野かたや信濃と出兵して行くことになります。
「我こそは毘沙門天の化身なるぞ! 氏康覚悟〜〜〜〜!!!!!」
「ぎやあああ景虎だー!!!!皆の者引け引け引けーーーーい!!」
氏康も決して弱くは無いんだけど、景虎の強さはキチガイじみていて、憲政ぼっちゃんのいた上野を瞬く間に取り返してしまいます。上野の地で氏康に従っていた豪族達は、
「すみませんすみませんもう氏康はシカトブッチっす。これからは景虎様に従います。」
景虎にしっかり詫びを入れ、
「とりあえず上野の悪党は追い払った。次は信濃の平和を取り戻す番だ。全軍続け!」
てな感じに景虎は上野を平定して信濃に旅立って行くんだけど、
氏康:
「なに?景虎が信濃に出撃していったって?アイツさえいなけりゃ怖くないぜオラオラオラー!!!!!」
鬼のいぬ間の洗濯とは正にこのこと。氏康は再び上野に向けて小田原城を出撃して行きました。
氏康:
「おいてめえら、この上野の主は誰だぁ? あ〜〜〜〜ん????」
上野の豪族達:
「イヤだなあ、そんなの氏康さまに決まってるじゃないッスか〜」
氏康:
「うむ、分かればよろしい。」
上野の豪族達:
「今度景虎のヤローが攻めてきたらトっちめてやりましょうぜ〜!」
氏康:
「景虎ナンボのもんじゃー!!!!!」
こうして上野の豪族達を再び従えると、氏康は小田原城に帰って行きました。
一方その頃景虎は、かの有名な川中島まで進出し、晴信被害者の会のために晴信と戦いながら、じわじわと信濃の豪族達の旧領を奪還して行くんだけど、
「なんと! 上野に再び氏康の魔手が伸びているというのか許せん! 全軍続け〜!」
こうして信濃の地から景虎が去ると今度は晴信が
「景虎めよくも我が信濃の地を荒らしてくれたな! それ取り返せ〜!」
その頃、景虎上野に発つの報を聞いた小田原城・・・
氏康:
「ぎゃあああ景虎のヤツもう戻って来やがった! でも今から上野まで行っても手遅れっぽいし、それに正直、勝つ自信ねーってのアイツつえーもん。なーに暫くすりゃアイツも飽きて帰るだろ・・・ってか帰ってくれお願い!!!」
一方、上野では・・・
景虎:
「上野の豪族達よもう安心だ! この景虎さえ来れば氏康などに指一本触れさせん!」
上野の豪族たち:
「景虎様、お待ち申しておりました! これで上野の地に平和が戻ります! オレたちも本当は氏康なんかに従いたくは無かったんスよ助かりました!!」
そんな景虎の元にまた伝令が・・・
伝令:「景虎さま大変です! 先般奪い返した信濃の一部が再び武田晴信の下に!!!!」
景虎:「・・・ええい晴信め!今度こそトドメを刺してくれようぞ!」
こうして景虎が上野を去ると再び氏康が鬼の居ぬ間に(^^;
氏康:
「豪族たちよ豪族たち・・・上野で一番エラいのはだ〜れ?」
上野の豪族:
「それはもちろん、氏康さま〜☆」
そんでもって川中島で晴信と戦っている景虎のもとに上野からの伝令が・・・ってキリがねーよwwwww
長尾景虎の一生はマジでこんな感じでした(^^; 景虎はその生涯で、武田晴信とは川中島で5回戦い、関東には8回出兵し、そのうち一度は小田原城を取り囲んだりもしています。また、信濃と上野のケリもついてないってのに越中(富山県)にも進出してってモグラを増やしたりもしているし。
なお、氏康と晴信は能天気にポコポコ出撃していた訳では無く、お互い連絡を取り合って、意図的にモグラ叩き状態を作っていたようです。
それにしてもこの上野の豪族達のダブルスタンダード、一見ひでえなと思うだろうけどw当時の地方の豪族なんてみんなそんなモンなんだな。当時の大大名は氏康しかり景虎しかり、領土の中心部はキッチリ押さえることは出来たけど、辺境の隅々まで直接支配していた訳ではなく、そこいらの豪族達を一応従えているだけって形だったのさ。当時は電話もFAXも新幹線も無いんだからそれも止むを得ないだろ。だって隣の国から敵が攻めて来たってすぐに助けに行ける訳ではないからな↑の事例のように。小田原城から上野越後国境付近まで、新幹線でも2時間以上かかるんだから。
そう言う事情があるから、大大名同士の国境付近ってのはどうしても、こういうカオス状態にならざるを得ないわけ。アタシが大概、大名の「領土」と書かずに「勢力範囲」と書くのにはこういう事情があったんだ。大名同士の勢力範囲を正確に区切るのは不可能ってのも同じ理由ね。また、その弱小豪族の家中でも、更に上杉派と北条派に別れた御館の乱みたいな争いが起こっているってことも言うまでもありません。
★家なき子
このように上杉謙信の一生はあっち叩いてこっち叩いてのモグラ叩きに終始していたんだけど、何もこれは上野と信濃と言った他国に限った話ではなかったり。
いくら上野信濃での単身赴任生活が長いとはいえ、謙信だってたまには地元春日山に帰ることもあります。謙信も実家にいるときくらいはノンビリしたいと思っているであろうに、残念ながら家臣どもは全然空気を読んでくれません。
「景虎さま、ウチの弟が遺産相続分配に不満を持って、それに追随する家中のモノも出て来て、このままじゃあ家中真っ二つになりそうなんです。何とぞご仲裁のほどを!」
「景虎さま、隣に住んでる家臣Bが新しく畑を開発したんスけど、それが微妙にウチの敷地越えて来てやがるんスよ。注意してやってくれません?」
「景虎さま、隣に住んでる家臣Aが草むしりサボってるからウチの畑との境界線が草ボーボーなんです。仕方ないからウチの一族で草刈ったらなんか文句言ってくるし。ありえねーっすよ。」
「景虎さま、オレはこないだの戦で敵のクビ4つも取ったのに、なんで家臣Dの方が所領が多いんですか!?」
「景虎さま、家臣Cのヤツ最近生意気じゃありません? アイツの先祖なんて大した家柄でもないのに、こないだの戦でちょっと活躍したからって調子ノリすぎです!」
「景虎さま、同僚Cが貸した金を全く返してくれません!」
「景虎さま、隣の町内会が稲刈りの共同作業サボりまくりで何もしてくれません!」
・・・ブチっ!(何かが切れた音)
「前略:オレもうお前らの自分勝手にはついていけん。こんな俗世界は離れて高野山行って仏門の修行することに決めたんで、後はお前ら勝手にしろ:景虎」
なんと!あまりに身勝手なケンカばかりする家臣達に嫌気の差した景虎は、こんな書置きを残して家出してしまいました(^^;
「ちょwwwww それ困るwwwww こんな自分勝手身勝手なオレ達をまとめて引っ張って行くなんて、景虎さま以外ムリwwwww」
これにはさしもの家臣達も大弱り。一見すると、ボスがいなくなったんなら、どっかで誰かが「よし!次のボスはオレだ!」とかってなりそうなものなんだけど、世の中そう単純なものではありません。景虎みたいな戦は強いカリスマ性はあるみたいなリーダーの下にいるのって、ある意味凄く楽なことだからね。例えばだ、これがもし、上杉憲政みたいな軟弱者が自分達のリーダーだったら、↑で述べた上野の豪族達みたいな情け無いことになっちゃうからな。
戦国時代の武士達ってみんながみんな、天下人に・・・オレはなる!って感じに野望の王国なヤツばかりだった訳ではなく、自分達の土地や地位、財産を守ってくれる強力な親分を求めているってタイプも多かったのです。
さてさてこうして景虎の家臣のみんなはそれぞれの身勝手ワガママ放題な自分達の行いを反省し、景虎を追っかけてって謝り通し、なんとか越後の国主として帰って来て貰いました。なお、この一件を機に景虎の家臣団の団結力は深まり、越後軍団は今まで以上に強力になりましたとさ☆
★正義の戦い
さてさて当時の戦国大名や配下達は、どんなモチベーションで戦をしてたんでしょう?
まずは武田晴信軍の武将に聞いてみましょう。
晴信軍の武将A:
「お屋形様は最高の大将だぜ。城を落としたときは略奪し放題。城ん中のモンは全部奪ってってイイんだから、そりゃあテンション上がるだろ。それに手柄を立てれば黄金ザックリ貰えるし。金山いっぱいの甲斐ならではのことだな。」
全部が全部略奪OKだった訳では無いけれど、晴信が金に女にとガメツいヤツだったのは事実。独自技術の金山開発で軍資金はたんまりあって、武田軍団はいつでも欲望全開のやる気マンマン状態。そりゃあ強いよ武田軍。
次に北条氏康領の農民に聞いてみます。
相模の農民:
「氏康様は本当優しいお方です。隣の甲斐の国より税金が全然安いし、地元の自治権を結構認めてくれながらも管理がしっかりしてるんで、お侍様がイバり散らすことも無く領民とも仲良くうまくやって行けてるし。北条王国は天国ですよ。」
北条領の人たちは上から下まで北条家にしっかり懐き、北条王国を守るためならエンヤコラって感じですね。また、手柄を立てれば、切り取った領地を元出にしっかり恩賞も出るし、戦意は旺盛のようです。
それでは最後、長尾景虎さんに聞いてみましょう。
インタビュアー(以下イ)
「景虎様は上野と信濃に遠征を繰り返しておりますが、その切り取った領土はどのように分配されるのですか?」
景虎:「元の持ち主に返すに決まっている。」
イ:「手柄を立てた部下に配ったりはしないんですか?」
景:「そんなことをしたら私が横領したのと同じではないか。元の持ち主からすれば、自分の手に戻らなければ意味の無いこと。」
イ:「それじゃあ景虎様は戦費をまるまる持ち出しで、得るものは何も無いのでは?」
景:「我が戦うのは正義のためであり、何かを得るためでは無い!」
イ:「家臣達はそれで納得するのですか?」
景:「手柄を立てた者には我が直筆で礼状(正式には感状と言う)を出しているし、整列時の席順を上げてやっておる。」
イ:「そ、それだけですか!!!!」
景:「何か問題があるか? 皆それで納得しておるぞ。」
イ:「・・・・・・・」
l今度は景虎軍団の兵士達に話を聞いて見ましょう。
兵士1:「毘沙門天オラエーーーー!!!!!!」
兵士2:「景虎様ばんざーい!!!!!!」
イ:「・・・・・・・」
なんなんだよこの軍団は。さすがにここまでヤバくは無かっただろうけど、景虎を軍神と信じてテンションが高かったことと、さすがにそれだけってことは無いだろうけど、感状と席次が主な恩賞だったってのは事実のようです。
★敵に塩を送る
武田晴信改め信玄の領国、甲斐と信濃は山国で、いつか海に出るのが信玄の悲願でした。そんな中、海道一の弓取りこと駿河(ほか遠江・三河(静岡県・愛知県)三カ国)の領主、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られ、その後を継いだのは戦国一のバカ殿と評判の今川氏真。義元がいるうちは駿河侵攻はムリってことで仲良くしてたんだけど、氏真なら話は別とばかりに信玄は駿河に出撃して行きました。
もしそのまま今川が負けて武田の支配下におかれたりしたら、今度は武田と今川どちらとも国境を接している北条がピンチです。今までは武田今川北条の3すくみ状態だったのが、パワーバランスが一気に武田に傾くからね。そこで氏康は一計を案じます。
氏康:
「そう言えば信玄の領国に海って無いよな。よし!それならアホの氏真と一緒に商人共に命じて武田領に対して塩を売るのを禁止してやれ! あのバカも戦で信玄に勝てずとも、これなら出来るだろ。」
信玄:
「なんと! 氏康めそういう手で来るか!! 今川氏真ごとき、戦でなら楽勝と思っていたけど、こういう攻めをされると流石のオレもキツいぞ・・・」
甲斐の領民:
「お屋形〜塩無いと死んじゃいますよ〜何とかしてくださいませ」
こういう攻めはボディーブローのようにじわじわ効くもので効果は絶大。戦では負け無しの信玄も、この搦め手からの攻めにほとほとまいっていると、何やら北方からガラガラと大量の荷車が。その荷車になびくのは毘の1文字。言わずと知れたかの宿敵上杉謙信の旗印です。
信玄:
「なんなんだ謙信のヤツ! 何の嫌がらせをしようってんだよ!!こんなにワサワ爆弾でも送ってきやがったか!?」
おそるおそる積荷を改めてみると、その中身はずっと見ることの無かったサラサラの白い粉ではありませんか!!
信玄:
「こ、これはまさか・・・」
領民:
「し、塩だーーーー!!!!!」
謙信:
「宿敵信玄は倒すべき相手だが領民には何の罪も無い。それに武人なら正々堂々戦場で勝負をつけるべきであろう」
当時の信玄と謙信は、川中島で4回も戦っている間柄。その宿敵とも言える相手に塩を送った謙信は、正に義の武将だな(><)
★敵ながらアッパレ
それでは最後、上杉謙信の宿命のライバル、北条氏康と武田信玄の述べた謙信評を書いて終わりにしましょう。
北条氏康:
「信玄と信長は表裏常なく、頼むに足りぬ人物だ。謙信だけは請け合ったら骨になっても義理を通す人物だ。それ故、肌着を分けて若い大将の守り袋にさせたい」
武田信玄:
(子の勝頼に対し)「謙信は義理がたい武将なので、人に頼られれば決して見捨てる事はない。自分の死後は謙信を頼れ」
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さてさて戦国のヘンタイ:上杉謙信伝、楽しんで頂けたでしょうか?
この物語を通じて、新潟県にもこんなに凄い人がいたんだってことを少しでも分かって貰えて、尚且つ上杉謙信のことが、引いては歴史のことが好きになって貰えたら嬉しいところです。
ところでアタシは北条氏康のことが大好きで、そもそもこのシリーズを書き始めたきっかけは、何故アタシが相模小田原に行きたいのか?の説明からだったかと思うんだけど、・・・とりあえずこの物語を読む限り、北条氏康はエラく小物でイヤなヤツにしか見えないな(^^;
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