Assistant Athletic Trainer (University of
Kansas)
プロフィール
| 子供の頃からキックベースボール(これはスポーツ???)ソフトボール、水泳、剣道、バスケ、陸上など様々なスポーツを掛け持ちして、小学校5年の時に新体操という競技に出会う。高校卒業まで8年間新体操を続け、卒業後1年'大学に
いながら(ほとんどサボっていたが、結局は中退)山崎浩子さんのクラブでコーチとして新体操指導に携わり、その後水泳のコーチとしても1年間3才児から70才までの指導に携わる。 1991年アメリカ渡米。University of Kansasでスポーツジャーナリズムを勉強するつもりだったが、1994年アスレチックトレーニングという分野に出会い、興味半分で授業を受け始める。 1996年教育学部体育学科運動科学アスレチックトレーニング学で学士を取得、そのまま運良くトレーニングルームでGraduate Assistant(大学院生アシスタントトレーナー)として残り、1999年同大学教育学部体育学科Biomechanicsとスポーツ経営管理学で修士学取得。修士論文は"Current Statusof Athletic Trainers in Japan and the United States" アメリカのメジャーのトレーナーと日本のアスレチックトレーナーの相違を歴史的、文化的、社会的背景などを基に比較。今後のアスレチックトレーナーの方向性を示唆するという形で締めくくっている。 学生時代は女子サッカー、水泳高跳-、アメリカンフットボールを担当、大学院生としてはフットボールを中心に全てのチームのリハビリを管理指導、水泳/高跳-チームも担当。 将来はアスレチックトレーナーとしてだけではなく青少年教育、ジャーナリスト、映像関係にも手を広げたいと、密かに野望を秘めカンザスで充電中。夢を見るのは人に迷惑かけないでしょ。 |
ATC取得年
1996年
就職の経緯
| 大学側から残留を頼まれアシスタントのポジションを今年より追加してそこに運よく残ることに、、、。 1999年7月12日付けでアシスタントトレーナーに昇格。 |
仕事の内容
| 女子バスケ、バレーボール、フットボール、水泳/高跳-チーム(総アスリート数217名)を担当、全体のリハビリの管理指導(大学総アスリート数約750名)、それに加え学生トレーナー(学生トレーナー数約50名)の指導も行なう。 |
拘束時間
| 契約上は週40時間(でもその通りにいかないのがこの世界。) |
契約の形態
1年契約。ビザの関係もあるので更新は年次更新。
アスレティックトレーナーを目指す方へメッセージ
| アスレチックトレーナーを目指す方へ、、、、うーむ。年々アスレチックトレーナーにな
りたいという人の急速度での増加に目を見張るばかりなのだが、そういった人達へのメッ
セージ、、、ですか。私は基本的に自分のそのときの感覚で生活して、方向を決めてきて
たいした努力もせずに今ここにたどり着いたのでこれといったアドバイスというのもない
のですが、毎日を楽しむことかな。苦しいこともあるだろうし、悩むこともたくさんある
と思う。ただ自分の目標を3年後に置いた時、その目標にたどり着くために1日に自分がや
らなくてはいけないことはほんのわずかな努力。目標を決めた上で短期の目標と長期的目
標を建てれば一日に自分がやらなくてはいけないことが少しは明確になると思う。今日で
きることは明日に延ばさない事。アスレチックトレーナーである前に人間、私でありたい
、と常々言っているのだが、自分らしく多くの人と接して信頼関係を築ける人間がアスレ
チックトレーナーとして成功していけるのではないでしょうか。(アスレチックトレーナ
ーだけでなく、どの世界でも必要な事ですが、、、)アスレチックトレーナーだけに自分
を没頭させるのではなく、若いうちになんでも出来ることは経験してください。無駄なこ
となどこの世にはないと私は思っています。10人10色といいますが、自分という色を持て
る人間になりたいものです。私の言いたいことは多くはホームページに書いてありますの
でそちらを参考にしてください。一人でも多くの人にいつか会えることを願っています。 Good Luck!! |