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−わが国の竹工技術は、その素材の種類に恵まれ、簡素な美しさと強靭で弾力性に富む材質の特色をいかんなく発揮してきたもので、その技法の種類は多く、編組物、丸竹物、丸竹組物等に分類される。わが国の竹工技術は、奈良時代に唐(中国)の技法が導入され進歩したが、中世に茶の湯が流行するにつれて、わが国独特の作風を示すようになった。さらに明治以降高い芸術性をめざす創作作品が制作され、多くの竹工芸家が輩出した。
−大正8年5月6日東京本郷に生まれる。伝統的、実用的な竹細工を美的で観賞性に富んだ美術工芸へと高めた竹工芸家飯塚琅 齋を父に持つ。昭和17年東京美術学校(現東京芸術大学)油絵科卒。戦後父の指導のもとで祖父からの家業であった竹工芸に進む。日展審査員を経て日本伝統工芸展鑑査員・審査員、正倉院宝物調査員を歴任。昭和56年太田市金山町に転居。昭和57年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。昭和59年紫綬褒章、平成元年勲四等旭日小綬章を受ける。平成6年パリで開かれた人間国宝展に参加し講演と実演を行なう。
−師の技法として知られるものに「束編」がある。これは12〜16尺の一本の竹を細かく裂いて、底から縁まで節の部分がずれないように束ねて編むものである。また黒や茶に着色された竹で緻密に編んだ「刺し編」や近代的な造形感覚を表現した「氷裂編」なども特色がある。
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