市指定重要文化財(建造物(建築))
4.正法寺仁王門並びに仁王尊 ●指昭和54年1月18日
●所在地太田市大字脇屋字スワノ下甲562

13a.JPG仁王門
13c.JPG--13b.JPG仁王像

13d.JPG
仁王尊吽形顔面・裏側の墨書銘
脇屋山正法寺は高野山真言宗の寺で、寺伝によると、山城国醍醐寺開山の聖宝が源経基の請願を受け延喜年間(901〜923)に開山し、古くは聖宝寺と呼んだと伝えられる。
元暦年間(1184〜1185)源義重が堂塔を修理し、元弘年間(1331〜1334)には脇屋義助が脇屋郷及び大般若経600巻を寄進したと伝えられ、脇屋氏の菩提寺ともなり、境内には義助の遺髪塚がある。
仁王門は、間口5間、奥行4間の重層楼門入母屋造りの桟瓦葺である。正面下層中央は通路になり両側には仁王尊を安置している。二階には高欄つきの回縁がついている。貞享2年(1685)に建立、享和3年(1803)に改築されたと伝えられ、現在の門は昭和28年に解体、基礎の打ち直しを行い、茅葺きであったものを桟瓦葺に葺替えしたものである。東毛地方では古い仁王門に属し江戸時代の特徴を伝えている。
ニ体の仁王尊は共に2.6m程の木像で彩色されている。金剛力士像とも呼ばれ寺門の左右に立ち仏法の護持にあたり、右側は開口し「阿」を、左側は閉口し「吽」を表現している。写実的な彫刻技法には中世の作風がうかがえる。昭和63年の解体修理の際、顔面裏側の銘文から京都の大仏師右京入道a3.gif法眼康祐の作と確認された。

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