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−この拝殿は、間口3間、奥行3間の高床式入母屋造り平入り建物である。棟札から寛政11年(1799)11月に上棟したことがわかる。建築当初の平面形式は、棟通りを境にして、裏側を板張り床のままとして土足で上がる吹き放ち空間の向拝部分にしたものである。これは県下でもめずらしく古風な拝殿の平面形式を示している。天井は、屋内札拝所及び向拝部分とも格天井で、極彩色の花鳥絵が描かれている。また特に屋内札拝所の中央部の天井は鏡天井となり、下田島在住の「新田源朝臣道純(岩松道純)」によって描かれた立派な龍の墨絵が残されている。
−建築様式や細部の手法に江戸時代中期の特徴をよく表現しており、建造後の改造も少なく、保存状況も良好である。従って、本県における江戸時代中期を代表する拝殿建築として極めて重要なものである。
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