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教王寺梵鐘−−−−−−−−−−−−−教王寺半鐘
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−如意山教王寺は、高野山真言宗の寺で、江戸時代には新田、山田、勢多、足利四郡の真言宗および百か寺の触頭の寺格を持ち、冠稲荷の別当寺であった。寺伝によれば、延徳2年(1490)金山城の横瀬国繁の開基とされるが、五輪塔の銘文などから、それ以前にすでに寺院が形成されていたと考えられる。
−梵鐘は、総高123cm、口径70cmで、下野国(栃木県)佐野天明の鋳物師、恩田甚助・長谷川弥市の両人により鋳造され、江戸時代の思想家・高山彦九郎(延享4年〜寛政5年(1747〜1793))の祖父、蓮沼(高山)伝左衛門貞正が延享5年(1748)4月に寄進したものである。
−乳の間に、五字四行を一区とし、全体で五区百字の梵字による真言が陽鋳されており「百字真言鐘」と呼ばれる。池の間には、天下の安穏や仏法の功徳をうたう銘文を刻み、ついで先祖11人の法名と命日を彫り、菩提を弔っている。
−半鐘は、総高78cm、口径43cmで、彦九郎の祖母高山りんが明和3年(1766)に没した夫の高山左衛門貞正の供養のために寄進したものである。
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