藤原経清
よみ:ふじわらつねきよ
時代:平安時代
年代:????年〜1062年9月17日
内容:
平安後期の武将。関東の名族秀郷流藤原氏に出自を持ち、父頼遠は
下総国住人であったといわれる。安部頼時の婿となり、亘理権大夫
と称した。前九年の役では初め源頼義に従ったが、間もなく安部氏側
に走り、頼時の戦死後は貞任らとともに安部氏側の中心的存在となった。
黄海の戦いの後、頼義が再攻の力を失っていた時、経清は数百の兵を
進出させ諸郡に使いを放って、国印の押された赤符を用いさせず私徴符
の白符を用いて税を徴収し、公然と律令的権威を踏みにじった。源頼義
は恨みが深かったらしく厨川柵の陥落後、経清を鈍刀で斬殺した