九条道家
よみ:くじょうみちいえ
時代:平安時代
年代:1193年〜1252年2月21日
内容:
鎌倉前・中期の公卿。京都生れ。九条良経の長男、母は一条能保の娘。元久2年(1205)従三位権中納言。翌年父の死後家を継ぐ。累進して、建保6年(1218)左大臣。この背景には関東申次を務めた岳父西園寺公経の存在があった。承久元年(1219)幕府の請により四男九条頼経を鎌倉に下向させる。同3年摂政となるが、承久の乱後罷免。安貞2年(1228)関白。寛喜3年(1231)関白を長男九条教実に譲るが、その後も実権を握った。貞永元年(1232)娘藻壁門院所生の四条天皇が即位、外祖父となる。嘉禎元年(1235)教実が夭逝すると、摂政に還任。暦仁元年(1238)出家、法名は行慧。その後も寛元2年(1244)公経没後関東申次となり、のち後嵯峨院政に重きをなすが、同4年幕府から嫌疑をかけられ関東申次を罷免。建長3年再び幕府転覆の嫌疑をかけられ、不遇のうちに没。日記『玉蘂』がある。