”フィレンツェ貴族の優雅な生活”文芸春秋「本の話」1998年10月号より


       「特別対談」島田雅彦(作家)VS 山下史路(作家)





ルネッサンスを興したメーディチ、陶器のジノーリ、イタリアワインで有名なアンティ

ノーリ。フィレンツェで千年の歴史をもつ貴族の末裔は、どんな暮らしをしているのだ

ろう。


島田 この本は、貴族のコルシーニ家で開かれたコーラスの場面から始まって、14のイタリアの名家が紹介さ

れていますね。

山下 その頃、フィレンツェに住んでいたんですが、ある日偶然、そのコーラスグループのことを知って、最初

は音楽好きの仲間ができればいいな、なんて軽い気持ちで行ったんです。ところが、集まっている人々がみんな

貴族だった。30人ぐらいの中年男女のほとんどがフィレンツェで千年ぐらい続いている貴族の末裔だったんで

す。本人が貴族でなければ、貴族と婚姻関係にある人々でした。結局それが今回本を書くきっかけになったんで

すが、そのときはもう信じられないという気持ちの方が強くて・・・。陶器のジノーリや、マキャヴェッリと並

び称される歴史家のグイッチャルディーニとか、そんな名前を持つ人々ばかりだったんです。

島田 アマチュアのコーラスグループのメンバーがほとんど貴族というのが、印象的でした。というのも、イギ

リスでは「アマチュア」という言葉はもともとは紳士という意味に限りなく近いんです。アマチュアリズムとい

うときには、中庸の意識状態を保ちつつ、紳士として社交を行っていく人、あるいは、その社交術、というよう

なニュアンスがあるそうです。だから、イタリア人もそれを地でいっているのかなと思って読みましたよ。アマ

チュアの一線というのを持っているからその分、プロのアーティストや優秀な学者に対して尊敬の念を持って彼

らに接し、保護しょうという考えが出てくるのでしょう。

山下 それが、芸術家を支えてきたという貴族のパトロン精神になっているんですね。

島田 個人でパトロンになるのはなかなか難しいでしょう。日本では広告代理店がビジネスとして、誰も喜ばな

いようなことをやっている(笑い)。

山下 でも、広告代理店は、芸術家を育てるという精神は持っていませんでしょう。貴族は企画運営だけでなく

、スポンサーとしてお金も出していましたし・・・。

島田 そこが違うところでもありますね。ここに登場する貴族は日本でいえば、戦前の財閥にあたるのでしょう

が、日本のある一族のライフスタイルが、たとえばメーディチ家のようにクローズアップされたことは今までな

かったと言っていいでしょうね。それをやってきたのは全部、株式会社です。何々家という代りに、法人が最前

線に出ていて、すべては会社経営として行っている。そうすることで、個人が勝手に動けないように縛っている

。同時に、もし誰かが会社の存亡の危機につながるような不祥事をおこしたときに、誰も責任をとらないですむ

ように機能していると思います。そうやって考えてみると、ここに登場する貴族の当主は、家に関わることには

無限責任を負うという立場ですよね。だから覚悟もあるし、誇りもあるんだろうと思います。彼らと日本の法人

の代表とは、比べようもないですね。


                               



家訓の話

島田 僕がもうひとつ興味深かったのは、それぞれの家に代々伝わっているという家訓です。

山下 ジノーリ家には「三つのことが揃えば全て完全だ」、イタリア統一運動に関わったリカーゾリ家には「善

人は善人と、悪人は悪人と」という家訓が伝わっています。これは、「一本の矢は折れるが三本なら折れない」

とか「類は友を呼ぶ」といった日本の諺にも似ているんじゃないかしら。

島田 でも、日本で家訓というのは、ある種の倫理としも働いているんじゃないかと思うのです。いわゆる道徳

とか倫理というのは、宗教的、法的な世界からも出てくると思いますが、そこにもう一つ家の教えからで出てく

るものもあったんだということに気づきました。これはイギリスの話ですが、ラッセル卿が社会に背いて自らの

正義を貫く時、先祖の名に恥じぬように、と思った。結局は牢に入れられてしまうのだけれど、「ラッセル家の

家訓に従って」というのはラッセル卿の行動範囲でもあるわけです。これはある種の倫理と言ってもいいんじゃ

ないかと思います。

山下 フィレンツェ貴族たちの家訓は、その家の人々が苦難の時、とても支えになっただろうと思いますね。一

族の特徴というか、性格をよく表しているように感ずるものもあれば、家訓によってその家の行動が決められて

きたようなこともあるんでしょうね。

島田 たとえば、わが一族の名は、あの悲恋によって知られているから、家訓として破滅的な恋はしてはならぬ

とか(笑い)。もっと単純に、ジノーリ家はマイセンは使わないとか。

山下 やっぱりジノーリ家でマイセンなんていったらムッとするんじゃないかしら(笑い)。

島田 古伊万里は?

山下 古伊万里はいいみたいですよ。日本のものは美しいと、彼らも言っていましたから。

島田 しかし、彼らもよく続いたもんだなというのが素直な驚きです。長い歴史の中にはどうしょうもない末裔

も現れただろうし、巧をなし名を遂げた人が現れると、その反動みたいに家が根絶しちゃうような悪人が出たり

、あるいは同性愛者で子孫が絶えたり・・・。それでも名前を継いできているんですね。

山下 メーディチ家の場合は、無理やり続かせているというような感じでしたが。

島田 徳川家だって、水戸家に紀州家、尾張家とかいろいろあって、世継ぎが絶えると、接ぎ木したりして、か

ろうじて十五代続いたというところがありますよね。財閥だって、みんながみんな、直系が優秀とは限らないの

で、どこからか引っ張ってきているでしょう。


                              



跡継ぎの問題

山下 そういう意味では、ワイン御三家の一つアンティノーリ家は、お嬢さんばかり三人だし、ジノーリ家の場

合はお子さんがいないので、これからどうするんだろうと、思いますね。たぶん養子をとることになるのでしょ

うが。

島田 養子ってどうやって選ぶんですか?

山下 やっぱり貴族の家からでしょうね。過去にその家と深い関係があったとか、その血がいくらか混ざってい

るとか。アンティノーリ家のお城なども、昔、他家へ取られていたものが、ゲラルデスカ家と結婚することで、

また戻ってきたりしています。経済というか物理的な面からのアプローチもあるんじゃないでしょうか。

島田 あそこと親戚になれば、そのネットワークを利用して、もっとワインが売れるとか(笑い)。でも、平民

と結婚する場合もあるでしょう。

山下 あります。けれどもやっぱり、相手はかなりのお金持ちです。

島田 こうすれば貴族と結婚できるなんていう「ハウ・トゥ・ゲット・玉の輿」なんてないのかな(笑い)。ア

ンティノーリ家の娘と結婚するには、どうしたらいいだろう。

山下 私が見た限りですが、一般のイタリア家庭では、持参金とか財産を娘にしっかり渡すんです。その代わり

に、お婿さんにくる人は、いい仕事についていることが条件のようです。

島田 例えば、ブラジルのサッカー選手ロナウドなんてどうかな。ちゃんとした仕事についているし、お金持ち

だけど。

山下 うーん、スポーツ選手はわかりませんが、例えば銀行を持っているとか、国営企業に勤めているとか・・
・。

島田 オーナーじゃなきゃいけないのか。アーティストや学者はどうですか? やっぱりノーベル賞をとってな

いとだめかな(笑い)。

山下 ジノーリ家はプッチーニのパトロンでしたから、芸術関係の方がすごくお好きみたいですよ。

島田 プッチーニに匹敵しなきゃいけないのか。

山下 島田さん、結婚していらっしゃるんでしょう。

島田 え、結婚ですか。あ、そういえば続いています。でも慰謝料を払ってもらうというのはダメかな(笑い)。

山下 島田さんだったら、私、仲をとりもちますよ(笑い)。

島田 だけど奴隷として売られていくという感じかな。毎日お茶いれて持っていったり、「あ、割っちやった」

って、掃除したり(笑い)。

山下 ちゃんと使用人がいますから(笑い)。

島田 使用人に使われたりして。


                            



資産はどうやって守られてきたか

山下 他の国の貴族がどうか私にも具体的にはわかりませんが、イタリアの貴族たちはかなりいい暮らしを今で

もしているように思います。たぶん、戦後の農地改革法が日本とは違っていたでしょうし、相続税も軽かったん

でしょうね。フィレンツェの街の中でも、通りの建物の七割ぐらいがその家の持物だとか、とにかく貸家を多く

持っています。

島田 それに田舎の方にはいいワインがとれる葡萄畑を持っている。

山下 ワイン、ワインビネガー、オリーブオイルは彼らの重要な収入源になっているでしょうね。

島田 でも、ワインに関してはバチカンが一番だそうです。いい葡萄畑はみんな押さえているのでしょう。それ

に、美術品の数だってバチカンに並ぶところはない。主なミケランジェロとか、主なラファエロとか(笑い)。

山下 フィレンツェも、教会、橋、宮殿と、街そのものが貴族たちで創りあげた美術品みたいなものですね。貴

族の家にも高価な絵画や彫刻、調度品などがたくさんあります。メーディチ家に次ぐ名家、コルシーニ家では、

競売で骨董品を売ったら七億円になったとか。

島田 そういう物が無造作に壁に掛かっていたりするんでしょうね。骨董や美術品を安く買おうと思ったら、所

有している個人に近づくことなんだそうです。コルシーニ家やジノーリ家と個人的な知遇を得て、「いいわね、

これ」というふうにして、譲り受けるというのがよさそうです(笑い)。

山下 彼らの家には昨日買ってきた、なんていうものはないんです。少なくとも何十年、何百年も前からある高

価なものばかり。だから、盗難を非常に恐れているんです。写真一枚撮るのにも、とても神経質な人が多かった

ですよ
   。

島田 館にある美術品の写真を撮って全部発表しちゃったら「盗んでください」って言っているようなものです

よね(笑い)。

山下 アンティノーリ家に行ったとき、小部屋で事務の人が働いていて、チラッとですが彼らが作っている一覧

表を見たんです。それには、所有している絵画や彫刻の名前と作者名、それから時価が書いてあったんですよ。

いま売ったらいくらぐらいするという一覧表は、その家の財産目録なんでしょうね。

島田 時価ねぇ。オークションに出したらそれに五割増しとかね(笑い)。山下さん、彼らの城を案内されたあ

とに、自分の家に帰ってうちで一番高いものはどれかなんてやりませんでしたか?

山下 ないですよ、そんなもの(笑い)。でも、これだけの財産をいまだに持っている家というのはそう多くな

いと思いますが。

島田 きっとみんな商売が上手なんですよ。

山下 なにしろ、ほとんどの貴族が元はといえば商人で、貴族の称号を与えられた後も、銀行業や農業などで経

済活動を続けてきたのですから。

島田 今、名前だけという家は、どういう暮らしをしているんだろう。まさか浮浪者をやっているわけじゃない

でしょう。いや、案外、移民たちと一緒に地下鉄なんかに住んでて、男爵とか呼ばれたりして(笑い)。

山下 島田さん、取材に行きます?

島田 じゃあ、今度は僕が落ちぶれた貴族たちにインタビューをしてみょうかな(笑い)。