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2004・10・24 新潟中越地震がありました。当園のある地域、新潟県下越では、地震による揺れは、確かに大きかったのですが、大きな被害は、私の知る限りありませんでした。ご心配をお掛け致しました。 さて本日、妻の実家のある刈羽村へ行って来ました。刈羽村といえば、新潟県中越にある原子力発電で有名な村ですが、妻の実家はその近くのため、地震発生時より大変心配しておりましたが、幸いにも原発は、地震による影響はなかったとのことで一安心しました。最近の私は、世の中のいろいろな不祥事により根性が悪くなってしまったかも知れませんが(笑)、情報の隠ぺいがないことを信じております。 状況としては、私の家とは約50キロ程しかはなれておりませんが、昨晩は電気、ガス、水道が全て止まってしまい、集落センターに集まったとのこと。そして地域の皆さんの多くは、夜は寒いので車の中で一夜を過ごしたそうです。翌日の今日は、電気とガスは復旧致しましたが、水道は私の見た限りでは、もう数日かかりそうな感じでした。 妻の実家の近くの下水道のマンホールが訳50センチほど隆起しておりましたし、場所によっては、陥没しておりました。国道は閉鎖されており、通れる道が限られれているため、道路は大渋滞。それに伴い、救援物資は大幅に遅れてしまうという状況でした。泊めてあるトラックはお互いにぶつかり合って傷んでました。また多くの皆さんが昨晩は車で一晩を過ごしたため、ガソリンスタンドは大賑わい、近くのコンビニでは弁当が売り切れ、、というなんとなく今年は何度もテレビで見た光景を、目の当りにしました。私が行った刈羽村はテレビで放送されている地域より被害が小さいと思われますので、小千谷市では大変な状況であると思われます。妻の弟は、地元の消防団として朝から危険箇所の確認や交通整理をし、疲れきった感じでした。 地震は誰が悪い訳でもなく、また逃げることもできません。どうしようもなく、なるようにしかなりません。出来ることは、当たり前ですが準備だけ。(こんな私がいうことでもないのですが。。。) 毎年、年末になると今年の出来事というような内容の特番番組がありますが、本当に今年は、日本中で天災の多い年だと感じております。私は新潟県に住んでおりますが、大雨による洪水、台風による強風、そして地震という私の考えられる天災がすべて起こった年でした。また県外では浅間山が噴火しました。不景気でお金がない、仕事が少ない、または残業やスレレスが溜まる、野菜が高いなどいろいろな悩みがあるとは思いますが、これらはすべて,被災者の方から見れば小さな悩みで、”今、自分が生きていられるという幸せ”を私は感じております。”たかが”ですが、コップ一杯の水でも、今日の私には、飲めることの幸せ、というものを感じてしまいます。綺麗な言葉でいうと、”自然が、生きることの出来る幸せを教えてくれた”そんな年になりそうな気がします。 2004・10・12 接客業の方は、意見が分かれる物事に対し、どちらか一方に偏らないように、一般的にはバランスをとり言葉を濁すことが多いと思われます。私は基本的には、そうありたくないと思っています。最近の私が気になる話題の一つが、日本郵政公社vsクロネコヤマトです。さきほど偶然見つけたのですが、8月26,27日付の新聞掲載の意見広告とのこと。アドレスは・・・ http://www.kuronekoyamato.co.jp/news/h16_30_00news.html がんばれ、民間! ちなみに、私は楽天よりライブドアです。^^ 2004・10・4 稲刈りが終わり、秋風を感じる季節になりました。私は仕事から解放され、麻雀を楽しむことのできる季節になったことを嬉しく思ってます。 農業に関係する職業の方々はご存知かとは思いますが、今年の農家の収入減は大きく、私の知っている限り、非常に厳しい冬になりそうです。直接の原因は台風による風害で、果樹の果実落下、スレ果、枝折等。稲作では、沿岸部の潮風による塩害のための大幅な収量減。それに加えて大きな話では、先ほどのテレビのニュースの話題より、県知事選を控え、県の財政難のことについて、早ければ3年後には、、、??言葉は忘れてしまいましたが、企業でいう倒産とのこと。今の新潟は、明るい話題もなく、ただイチローとサッカーのアルビレックスの活躍がテレビでも中心に流れている感じです。 昔の人の言葉とは、非常に人間の心理をついた言葉であると思うのですが、「隣の芝は、青く見える」。田舎である私の地域の農家の一般的な話題は、「近所のどこどこさんの家は、お金がありそうだね。」です。たぶん、この話題はどこの世界でもあると思いますけど。(笑) さてそんな風潮の中、私はというと、たしかにお金はないので、頭を抱え日々を暗〜く過ごしたこともありましたが、これは天災でありどうしようもないということで、気持ちを入れ替え、この状況・環境・条件の中で、頑張るぞという気持ちでおります。 幸いにしてお金はないけど時間はあるので、以前から気になっていた畑の隅の大穴を埋めたり、石を拾ったりと畑の整備に力を入れ、また時間がなくてあまり出来なかった農機具の点検を時間を掛けてしっかり行いました。そして、本を読んで、ちょっと勉強してみたり。そして麻雀したり。 今は確かに大変なときでこんなことをいうと、馬鹿かもしれないけど(笑)、実は結構幸せかな?なんて思っているのです。^^; 仕事に追われ一生懸命働く日々、一日一日が充実し心地よい疲れ。そういった幸せも感じましたが、最近の私はそれとは違う幸せを感じています。子供と接する時間が増え、子供の成長を感じることの出来る幸せ。今日は下の子の優衣・10ヶ月と一緒にお風呂に入ったけど、昔は小さかったからお風呂に落とさないように気をつけましたが、今はつかまり立ちが出来るようになったので、水面より顔が上に出るくらいに大きくなっていることに気がつき、びっくりしたのと同時に、嬉しくなりました。また今月上の子の運動会もあるので、それも楽しみ。 以前にテレビで見ましたが、会社をリストラされた方々のその後を追った番組があり、その後の対応も人それぞれだったのですが、その中の一人は、リストラ前は仕事が中心で家族と接する時間の少なかった方が、リストラ後に家族との時間が出来て良かったかもね、なんて言っていたことを最近は思い出しています。 前ばかり見ず、たまには後ろを振り返り、修正して、そしてまたバネのように飛び跳ねるような、、山あり谷あり、それもまた人生。なんてねっ。(笑) 2004・8・27 独身の頃、秋といえば読書がしたくなる季節でした。今は子供がいて独りの時間が少ないため、本を読むことは出来ませんが、なんとなく昔からですが、私は季節の移り変わりにおいて、自発的に、つい”行動”したくなる行為を大切にしております。その意味ではコラムを書くことも、なんとなくそんな気分になってしまう、ということなのです。 『ここ数年の時代の流れ』 ☆私があくまで感じていることです。(笑) どうも時代は、イケメンとかホストとかという外観重視に傾いている気がします。外観は悪いよりは、良い方がいい、と単純に思いがちですが、私の農業や麻雀からの経験からですと、一つの分野や能力が突出してしまうと、他の分野や能力が劣ってしまい、バランスが悪くなりがちです。 だからといって長所を伸ばすな、というわけではなく、あくまでバランスをとりながら、長所を伸ばす方がよいということになります。ですが、最近は学歴社会でもわかるとおり、この分野さえ分かれば、他の分野はどうでも良い、という風潮になっている気がするのです。 偉そうなことを言ってますが、私がこのようなことを感じたきっかけは、ここ数年の桃に対する、生産者の”桃”ということに対する意識の変化を感じたからなのです。 私はやはり桃といえば、”旨い桃”を作る、そしてそれをお客様にお届けすること、までが桃作りの一連の流れとして捉えております。 私が違和感を感じたことは、お客様にお届けする、という行為に対して、クレームを極端に恐れすぎているためだと思われますが、外観重視になりすぎているのでは?ということです。 先ほども述べましたが、桃の場合は外観は良いに越したことはないですが、それ以上に内容の方が重要であると私は思っております。そして”旨い桃”は、やはり傷みやすい、これは否めませんが、この部分に対して敏感になりすぎていて、内容よりクレームがこないようにすることに重点が置かれるようになってしまった、ということです。 これは、単純に時代の流れという言葉でまとまりますが、要は景気が悪くなり、物が売れなくなってしまい、少ない需要をみんなで取り合うようになってしまった、それに対する販売者の一つの”知恵”なのだと私は考えます。ですが、私は桃に関しては逆効果であると思います。 どこかの消費者交流会での誰かの言葉ですが、すごく印象に残っている言葉があります。 「こんな世の中になったのは、私たちが悪いのよね・・・」 私が学生時代の頃、お金はなかったのですが、携帯や飲み代はしっかりと残し、食費を削ったものでした。これも今思えばバランスが悪いです。今現在の生活においても、お金がないと言いながら、携帯や家族旅行に行ったりする。(笑)結局はいつか自分自身に跳ね返ってくることでしょう。 理性と欲望。バランスが難しいです。 2004・7・15 新潟県のテレビニュースでは、集中豪雨の話題が続いております。私は農家ですから、農作物の被害について気になりますが、被害のあった地域では、かなりの被害が出ているそうです。 仕事柄ラジオをよく聴きながら仕事をしておりますが、昨日の段階では、水が引かないため被害状況が確認出来ない、ということでした。私の想像ですが、泥水に潜ってしまった野菜と果物は、多分全部腐ってしまうと思われます。もし我が家が同じような状況になっていたら、ほぼ一年間分の売上げがなくなり、またここまでの間に使用した経費がすべて赤字分になります。 かつて、雲仙普賢岳での噴火や阪神淡路大地震、関東での大雨による被害などがありました。私の心のどこかに、テレビの世界、という気持ちがあったと思っています。 川が決壊した日、13日の朝のことですが、いつもと同じように朝起きて、雨が降っていましたが桃の収穫に行き、親と休憩しているときに、「畑に水が上がってるな、いっぱい雨が降ったな」「自分達の地域が一番被害が大きいかもね」というような会話をしたことを覚えています。 今はただ、被害に遭われた地域の方々に対して、お見舞いを申し上げます。 2004・7・14 お昼12時の状況 当園のある白根市茨曽根では、雨が降った翌日、というような状況で、いつもと変わらない日常風景です。しかし中之口川の水は多く、昨晩に大雨が降っていたなら、かなり危険な状況でした。 お客様には大変ご心配をお掛けして、メールやFAXなどをいただきました。本当にありがとうございました。 桃やル・レクチェなどの果樹やコシヒカリに関しましては、当園では雨が降った翌日の状態、例年のこの時期のよくある天候という認識でおり、大した心配はしておりません。ご心配をお掛け致しました。 2004・7・14 深夜1時の状況 『新潟県の集中豪雨について』 我が家のある白根市茨曽根は中之口川沿いのため、被害は今のところ園地が約10cm程灌水した程度です。しかし信濃川沿いの河川敷の園地では、桃の樹やハウスが水で水没したそうです。 中之口川は信濃川の支流であり、他の地域の被害の大きさに比べると、畑が灌水した程度で済みました。 私は先ほどの深夜の12時過ぎまで、地元の消防団として中之口川の堤防が決壊する恐れがある場所への土のう作りをしておりました。 白根市の街の中心部、白根大凧合戦の行われる堤防とそのもう少し下流の堤防が決壊の恐れがあるそうです。今はただ、後の状況を見守っております。大変乱筆になってしまい、申し訳ありません。 2004・6・20 『やまこし闘牛』 昨年より私は、新潟県長岡市にある高龍神社へ参拝に行くようにしております。きっかけは、妻が長女を出産した産婦人科の近くにあったからです。私はそもそも縁起をかつぐことが好きな方で、趣味の一つに麻雀がありますが、そこから来ているのかもしれません。 高龍神社は境内に入ると、名詞が沢山残してあるので、最初は訳が分からなかったのですが、後で分かったことなのですが、商売繁盛の祈願に行く方が多いそうです。それ以来、季節の移り変わりと共に、年に何度か参拝するようにしており、今日は桃の収穫期前ということで参拝してきました。 その後天気が良かったためドライブを少ししようと思い、さらに山の方へ向かったら、闘牛の看板がありその開催日が本日とのこと。今日は一人だったし、一度も見たことがなかったので、行くことにしました。世間知らずで気の小さい私は、予定外の行動により持ち合わせのお金が足りるのかと心配しておりましたが、入場料は1000円であったため、なんとか観覧出来ました。(笑) 始まるまで少し時間があったため、露天商のおじさんとお話をしておりました。その話の中で、闘牛のいうイベントを行っている地域は、全国で6ヶ所しかないとのことでした。よって偶然ではありましたが貴重なイベントに出会えたことに感謝♪(参拝した運を使い切ってしまったかな?笑)またこの闘牛のオーナーさん達は、商売で牛を飼っているのではなく、ただの”道楽”であるとのこと。これにもビックリでした。 しかし一部ではありますが、闘牛のオーナーさんが東京の方で、飼育をしておられる方が地元の方、という形態もありました。これに対しては場内放送で説明があり、地元を離れて東京で仕事をして、成功した方が地元を懐かしく想い、オーナーさんになられたとのことでした。 この地区では、闘牛とは家族3世代で代々引き継がれていくとのことで、今日は保育園の年長さんくらいでしょうか、その子とその祖父が二人で牛を引き連れて闘牛場に入ってくる方もおられました。 この地域は雪が沢山積もる地域でもあり、田植えも山ですので遅いと思います。長い冬が終わり、春が来て、やっと田植えも一段落ついた、そんな中で闘牛が行われるんだと思います。私の住んでいる場所も東京からみれば、田舎かもしれませんが、こういった昔ながらの農村のイベントは、時代の流れと共に減ってきております。 農村で行われるイベントは、昔から伝わるものです。職業も田舎だから農家が大多数。よって気にすることといえば、天候とその年の農作物の出来。だから大抵の地域には春祭りと秋祭りがあるのだと思います。そしてその他に田植え後の”楽しみ”として、闘牛があったり、白根市では凧合戦があったりするのかな?なんて思います。 ですが、先程も述べたとおり、時代の流れとともに、問題も生じております。春祭り、秋祭りは、昔は曜日ではなく、この日という決められた日がありましたが、最近は兼業農家も増えたため、日曜日に変更するかどうするか、というのは聞いたことがあります。また最近では、後継者や農家の軒数が減ったため、神社のしめ縄をどうする?なんてのもあるそうです。 そういったことを考えながら、今日はやまこしの素晴らしい闘牛を見てきました。 2004・5・27 『農業は儲かるのか?』 多分、お客様は興味のある話題であると思います。そこで私なりの観点で述べたいと思います。 まず農業とは、なにか? ”農業”と言いましても、栽培している作物や取り扱い品種によっても異なります。だから一言でいうのは、大変難しいことであると思います。私が想像できるのは、自分が栽培している果樹や稲作の分野が中心となります。そしてその中でも桃と梨に偏ってしまいます。 結論から言いますと、儲からないと思います。”儲かる”とはなにか? 職業柄、食べ物作っておりますので、儲からないと言っても、お米はあるし野菜も作ればありますので、食べていくことは出来ると思います。そういった意味では、”安定”していると思います。その上で、生活していくには、食べるだけでは、成り立たないことも少なからずあります。 よって農家は”農作物”を作り、栽培に掛かったコストよりも高く売ることにより、生活を成り立たせております。つまりここの部分が重要になります。 儲からないのではないか?と言いましたのは、要は一人の人間が一日に働ける時間は決まっておりますから、一人の人間当りの栽培限度も必然的に決まります。そして単価的にも、下がることはあっても、標準の価格より数倍も高く販売することは難しいと思われるからです。 つまり、栽培している耕作面積で、幅は確かにありますが、概ねの収入が決まってくるということになります。 以上のことは、私の考えですが、地域が異なれば当然販売環境や単価も異なると思います。私は、新潟県という米どころで稲作をしておりますが、米の価格は、他の県の方からみれば、高いかもしれません。逆に果樹といえば、山梨や福島が中心になりますので、同様のことが言えると思います。また高原の地域は、その温度差を生かした高原野菜があります。 よってその地域により、認識が異なるということになります。これから農業を行う方は、他県の栽培構成をただ単に取り入れるのではなく、その値域・環境の特色・特徴を生かすように、考えたほうがいいと思います。 2004・5・23 『ラーメンのどんぶりとイチロー』 実は私、刺身が食べられません。魚が嫌いというわけではなく、単に”生の料理”がダメなのです。当然?ながら生卵や煮卵も無理です。新潟は刺身が自慢!ということになっておりますが私には全く分かりません。 外食の際、そんな私が家族と行く場所は決まっていて、余程のことがない限りは、ラーメン屋へ行きます。ちょっとした自慢になると思いますが、ラーメンの本に載っている私の近くのラーメン屋はすべて行きました。(笑) こんな私、今日も一杯食して来ましたが、ある発見をしました。そのラーメン屋は新潟で流行のお店でスープが無くなり次第終了という最近の営業形態であり、いわゆる行列の出来るお店でした。杏仁豆腐のサービスもあり、私は大変美味しく満足して食してきましたが、その際にあることに気がつきました。 最近の流行のラーメン屋のどんぶりは、底が深く、口が狭いどんぶりが多くありませんか? これは私の想像ではありますが、ラーメン本に載せた際に綺麗で、美味しそうで、量が多く見えるようにそのようなどんぶりを使用しているのではないかな?と思いました。チャーシューが器の外に出るような盛り付け方法もその器があればこそ、の盛り付けだと思いました。 単に私の想像なので、実際はスープが冷めにくい為、などそのお店ならではの考えがあり、そのどんぶりを選んで使用していることと思いますが、私の経験ではこのような底が深く、口の狭いどんぶりのラーメンが増えてきている気がします。 私の知り合いの方で、ラーメン好きの方々がおりまして、その方々のこだわりは、ラーメンはスープまで食す、ということなのです。私はこってり派なので、それは厳しいのですが、その方々は醤油ベースが基本の為、昔からそのように食べてきたとのことでした。 私も果物を作っておりますので、やはりお客様に美味しいとおっしゃってもらえることは大変嬉しいですし、綺麗に食べてもらえるとこれも喜びを感じます。その意味では、ラーメンをスープまで食することは、お店の方々に対する”敬意”になるのでしょうか。 先程もいいましたが、私はこってり派で希望は背油多めですので(笑)、スープまで食すると私の胃袋が悲鳴を上げてしまうため、申し訳ないですが気持ちだけ。 さて、イチローとの関係ですが、ここからが重要です。 イチローが日本にいた頃、オフの練習で私がテレビで見かけた時、彼は黙々と自分の走法を確認、修正していました。野球の基本は、投げる、打つ、走るであると。ただ、イチローは走法に対して、足の上げ方や足の裏のつき方、手の振り方、スパイクのピンの位置にまで気を使っていました。 要は、そこまで細かく気を使っていたことに驚きました。基本の大切さ、これは当たり前ですが、それが要であるということ。 たかがラーメンのどんぶりですが、ラーメンの基本は、スープまで食すること、と私の中では理解しており、私のイメージでは昔のラーメンは、底がそこそこで口の広い、スープの飲みやすいどんぶりが多い記憶があります。最近の流行のどんぶりは、どうもその方向とは違う方向に進んでいる気がしております。それはラーメン自体が変わってきていることなのかもしれません。 2004・4・23 今回は、私が気になるコラムを掲載しようと思います。本来なら自分の言葉で書けば良いのでしょうが、私自身上手くまとめられないと思いますし、これを読んで下さる方々が、この問題に関心を持って頂けたら幸いですので、今回はこの形で行きたいと思います。 『児童虐待について』 ここ1〜2週間『イラク邦人人質事件』が新聞の紙面を賑わせていが、近頃、児童虐待の新聞記事を見ないことが、少なくなってきているように感じられる。それにしても親の信じられないような虐待が多い。 一体、どうしてこんなにもあちこちで、幼児虐待が起こるのだろうか?どうしていとも簡単に(?)、親が子供を死に至らしめるのだろうか? 過日、某新聞のコラムで『虐待で、我が子を死に至らしめる事件が起こったとき、「人間の出来ることではない」とよく耳にするが、それはまったく逆である。人間だから出来るのだ。なぜなら、およそ人間以外の動物は、決して自分の子供を虐待することはないのだから。』という内容の文章が載っていた。まさしくその通りだと思う。人間という種の繁栄のために、すさまじい進化を遂げているはずの人間は、なぜに、我が子を虐待する者が出現するのか? 幼児虐待の歴史は、意外と古い。 一番古いであろう報告例は1946年にさかのぼる。確かに、近年は幼児虐待が増加の一途を辿ってはいるが、虐待は決して新しいものではない。しかし虐待は、個々の家庭内で行われていることが多く、その性質から実際に表面化された『幼児虐待』は氷山の一角だと言われている。また、周りのご近所さんが、「ちょっとおかしい」と気がついても、躾か虐待かを見分けることが難しい場合も多く、また親に「うちの教育方針!」といわれてしまったら、疑念を持ちながらも何もすることができないうちに、事は取り返しのつかない事態にまで発展してしまうことがとても多いのだ。 日本には、虐待されている子供の周囲の、通報義務に対する罰則規定はない。今、まさに法整備が叫ばれ、政府も改正児童虐待防止法を成立させたばかりだが、児童相談所の立ち入りを親が拒否した場合の「警察官の強制立ち入り」を、改正法の規定に盛り込まなかった。また、虐待通報を怠った場合の罰則規定も見送られた。 そうしている間にも、今日もまたどこかで虐待を受けている幼児がいる。世に生まれ出たばかりの赤ちゃんは、頼るべきものは親しかいない。唯一のよりどころの、親からの愛情を受けたい一心で必死で生きている。小さい身体から、その必死さがにじみ出ていると、思う。その必死の訴えを、たったひとつのよりどころを拒絶されたら・・・。大人になってから、本人はまったく覚えていないと思っていても、確実にその記憶は深層心理に残っているはずである。 虐待された幼児が大人になり、そして気づかぬうちにかつての親と同じ事を我が子にしてしまう。そんな虐待の連鎖も、虐待の増加の一因となっているように思う。愛情を注がれなかった子は、愛情の注ぎ方が分からないまま成長してしまうことが多い。 親自身が虐待の連鎖を止められないのなら、またとめる気がないのならば、悲しいことではあるが、法律という枠で子供を保護するしかないと思う。本来であれば、普通の道徳観念において充分足りるであろう事で、親は子供に愛情を注げるのだろうが、どんどん根が深く複雑になり、そうは言っていられなくなった世の中を寂しいと思う。 また、望まない妊娠の結果、生まれた子供を虐待してしまうということは更に悲しいことだ。 アメリカ・フランス・日本の3国で比較した場合、望まない妊娠または、意図しなかった妊娠は日本が圧倒的に多い。「おぎゃぁ」と生まれ出る前から既に親の愛情を受けられず、また生まれ出てからも疎まれる。少なくともそういう不幸は、自身のきちんとした避妊で回避可能なはずだ。妊娠に無責任な親が少しでも減ってくれることを切に願う。 世の中には、子供が欲しくても授かることができない人も沢山いる。子供がいることが当たり前ではない。どんなに望んでも子供ができない人たちからみれば、我が子を虐待する親はどんな風に見えるのか?想像に難くない。 生後4ヶ月の男児の下腹部を、カミソリで切った母親。男性不信からの衝動と報道されていたが、4ヶ月の子供のその将来が、あまりにも可哀相でならない。自身の過去の辛い経験がそのような行動に走らせたのだといっても、自身が不信に陥った男性と、4ヶ月の赤ちゃんを同じ『男』扱いするのはあまりにもひどいと思う。 1歳児が泣き止まないからと、骨が折れるまで殴る親というのにもびっくりだ。1歳の赤子が泣き止まないからって・・・いったいどこの1歳児が、親のいうことを全て理解できる天才児だというのだろう? ・・・虐待の記事をあげればきりがないが、虐待を減らす手段として、一日も早い、更なる法改正を望む。そして、子供の親が虐待をしない努力を行わないのであれば、周囲のサポート体制、監視の目も更に強化していくしかないと思う。(それは本当に寂しい世の中ではあるが。。。) 2004・4・2 今日は天気が良く仕事をしたいのですが、風が強く桃の”てきらい作業”をしていても、脚立に上ったまま倒れそうなほどなので、仕事をやめました。そこで最近の多四郎果樹園の様子について、まだまだ若輩者の私ですが、少しだけ果樹農家の春について、述べたいと思います。 果樹農家といってもいろいろな果樹があり、また栽培作物の構成によっても、作業の組み立てはいろいろあると思われますが、白根市の農家は、概ね桃や梨、そして稲作をしております。また切花やきのこを栽培されている農家の方もいますが、基本的には以下の作業を行うと思われます。理由は農業という職業が自然相手のため、必然的に仕事も天候に合わせて行わなければならないからです。 <稲作> 田植えの日にちを決め、そこから逆算してすじ蒔き、侵種を行います。すじ蒔きとは、芽が出た籾を育苗箱に蒔く作業で、要は種蒔きのことです。侵種とは、籾の状態の”種”に、芽を出させるための作業です。 多四郎果樹園では、田植え日を5月10日に予定しておりますので、すじ蒔きは4月20日前後、侵種は4月2日より行っております。作業的には、すじ蒔き前では、育苗するための準備を行います。具体的には、育苗するためのハウスや灌水の準備、育苗箱に詰める培土や覆土の用意。すじ蒔き後は育苗を行うため、気温や風の強さ、そして苗の育ち方に応じて、ハウスの換気を朝昼晩と定期的に行い、また灌水量にも注意して作業します。 このほかに、トラクターや田植え機の整備を行い、田んぼに基肥を蒔いたりトラクターによる耕起や代かきを行います。そして田植えを行います。 <果樹> 桃・梨ともに剪定を行います。その後に桃はてきらい、梨は枝つけを行います。てきらいとは、蕾を落とす作業です。枝つけとは、梨の枝を棚に固定する作業です。これらの作業を開花前に行えるように頑張ります。 開花前になると花粉取りを行い、開花後に花粉付けを行います。この作業は、果樹栽培においての要の作業になります。 花粉付けは、花粉を付けなければ実がならない品種に行いますが、多四郎果樹園でいうと、桃の浅間白桃・川中島白桃・あきぞら、和梨の豊水・新興、洋梨のル・レクチェが該当します。 花粉付けはただ行えば良いと言う訳ではなく、天候と温度が適した時しか行えません。要は開花した花に人工的に受精させるため、日陰で気温が15度以上の時間帯にしか行えません。時間にすると9時過ぎから3時くらいでしょうか。当然雨ならこの作業は行えません。また花が散ってしまってもダメなのです。 よって果樹農家は、この時期だけは、いつでもスタンバイ状態で天候を見守っています。(と私は思っております) ミツバチが沢山いた頃は、この作業は必要がなかったのです。ミツバチが自由に飛び回り、勝手に受精してくれたからです。果樹をハウスで栽培されてられる方は、ミツバチをハウスの中に放す方法もあります。 余談ですが、農業は自然と共にある職業なので、自然が破壊されていけば、回りまわってでも自分に跳ね返ってくるということを、この時期になると毎年のように感じています。 <今年> 一通りの作業を述べましたが、難しい問題もあります。果樹の開花日前の数日とその後の一週間は、果樹を中心とした作業となり、稲作は行うのは大変なのですが、今年の果樹の開花が4月15日前後になりそうなので、稲作のすじ蒔きと重なりそうなのです。 それでは稲作をずらせば良いのですが、私が田植えを5月10日に行う理由は、お米の品質が下がることを避けるためだからです。この日より早すぎると品質が下がると思われますし、遅いと果樹栽培と重なり、忙しいからです。ただ本年の場合は2,3日早めるか遅らせるようにしないといけないような状態になってきました。 新潟県は昔ながらの米どころではありますが、ここ数年の温暖化による気温の上昇により、お米の品質が下がっております。農業が自然相手の職業である以上、これはどうしようもない現実であり、また技術で何とかするという程の技術も私にはないのです。 ただ温暖化による品質低下を避けるには、田植えの時期を5月10日以降に行う、要は出穂時期を8月1日以降になるようにするのが良いといわれています。よって私は、このような日程を本年度も組みました。 田植えが終わるまで、多四郎果樹園の春は、自然の移り変わりと共に、過ぎていきます。 2003・11・30 実は私、ついに2児の親になりました。先週の24日の早朝に長女が生まれたのです。この日は、私にとって仕事以外ではまれに見る”忙しい一日”となりました。 23日は私にとって待ちに待った日で、新潟のJ2のサッカーチーム・アルビレックス新潟の最終節で、昇格が決まるかどうか、という運命の一戦の日でもあったのです。当然、普段は放送しない地方試合でも新潟では放送され、私は楽しみにしておりましたが、放送が始まる1時間前くらいから、軽い陣痛が起きて、試合どころではなくなってしまったのです。まだ軽い陣痛であったため、私は妻と長男を車に乗せて、とりあえず妻の実家へ向かいました。 夜7時過ぎくらいから、いよいよ陣痛の間隔が狭まってきて、8時過ぎくらいに病院へ。それからは、、、(よく覚えていません)、、時間が過ぎ、日付が変わった24日の00:46に待望の長女が生まれました。後日カレンダーをみると、その日は大安。 その後、病院で約1時間の仮眠を取り、3時過ぎに我が家へ帰宅し、長男を寝かせ、ほっと一息ついたら、なんと!!! 外ではサイレンの音がしてきました!!! なんと、なんと、火事が起きたのです。私は地元の消防団として消火へ向かいました。 帰宅したら5時くらいだったかな?すぐに寝て、また2時間後の7時くらいに母親に起こされて、今度は両親を連れて、また病院へ。ゆっくりベットへ横に慣れたのは、午後の1時過ぎでした。