飛翔伝説のはじまり
 神に選ばれしギタリスト、マイケル・シェンカーは1955年1月10日、ドイツ北部、ハーバー郊外のサーステッドで、父ハインリッヒ・シェンカーとウルスラ・シェンカーの間に次男として生まれました。

ギターとの出会い
 マイケルが9才のとき、兄ルドルフがギターをはじめたことに触発されて、彼もギターを手にするようになる。シャドウズやビートルズのコピーをはじめる。2ヶ月でシャドウズのアルバム1枚を丸ごと完コピしてしまう天才ぶりを発揮、11才のときに初めてのバンド、「イノヴェイツ」を結成。その後、「クライ」、「コペルニクス」といったバンドで活動する。

スコーピオンズ
 16才になったマイケルはルドルフのバンド「スコーピオンズ」に加入。1971年ドイツ大手レーベル、メトロノームと契約、わずか7日間でアルバム「恐怖の蠍団」を完成させる。これがマイケルにとって初めてのレコードデビューだった。マイケルはスコ−ピオンズのメンバーとしてドイツ国内をツアーしていたが、UFOのサポートアクトを務めた際にUFOの中心人物フィル・モグの目にとまる。そしてUFOのギタリストだったミック・ボルトンが失踪したときに見事に代役をこなしたことがきっかけになり、正式参加を要請される。そしてUFOに勝負を賭け、単身イギリスへ乗り込む。

UFO
 イケルを迎えたUFOはクリサリス・レーベルに移籍し、'74年に名盤「現象」を発表した。そしてマイケルはハードロック史上に輝く名曲「ドクター・ドクター」「ロックボトム」を提供する。フィルのツインリード構想により、もう1人のギタリストとしてポール・チャップマンが加入。それがマイケルに不安感を抱かせる。また母国語と英語の言葉の壁に悩み、75年に初めての失踪。メンバーはライブにおいてポール・チャップマンをアンコールになってから登場させるなどマイケルに気を使うようになる。結局、かわいそうなのはポールだった。その後「フォース・イット」「ノー・ヘヴィ・ペッテイング」といった好盤を発表し、名曲「ライツアウト」収録の「新たなる殺意」を発表。しかしマイケルの精神状態は悪化する一方でついにピークに達してしまい、全米ツアー直前に失踪。UFOはポールチャップマンを代役に立ててピンチを切り抜けた。(ポールって人が良すぎるのでは・・・)結局マイケルが復帰し、アルバム「宇宙征服」を発表。そのまま全米ツアーを開始した。そのときの模様は「UFOライブ」として発表されている。しかしマイケルの精神状態は極限に達し、またもや失踪。ついにUFOから解雇処分をうける。

MSG
 ドイツに戻ったマイケルはスコーピオンズに参加するが、神経性過労でダウン、結局脱退。リハービリテーションをうけてクリーンになったマイケルはソロプロジェクト作業に着手。ゲイリー・バーデン(Vo)、モ・フォスター(B)、サイモン・フィリップス(Dr)、ドン・エイリーを迎え、'80年これまたハードロック史上に残る名盤「神(帰ってきたフライング・アロウ)」を発表する。
 その後このソロプロジェクトは本格的なバンドへと発展。コージー・パウエル(Dr),ポール・レイモンド(Kb.G)、クリス・グレン(B)そしてゲイリー・バーデン(Vo)という布陣で「神話」「飛翔伝説MSG武道館ライブ」を発表。しかし、マイケルとコージーが対立。コージーが脱退したのに続いてポールも脱退、ゲイリーもクビになった。ボーカルにグラハム・ボネットを迎え、名盤「黙示録」を完成させるが、コージーといっしょに仕事が出来ると思ってたグラハムは'82年8月のレディング・フェスティバルの前日に一方的に脱退、そしてレディングにはクビになったはずのゲイリーが立っていた。しかし失速したMSGは結局空中分解してしまう。新ボーかリストにレイ・ケネディを迎え'スーパーロック’84インジャパンでMSG久々にファンの前に姿を現すが、ろくに歌詞を覚えていないレイ・ケネディにファンは失望させられる。いや1番失望したのはマイケルだったのだろう。またしばらく姿を消してしまう。

つづき
TOPに戻る