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のんちゃん 便り

第100号 記念特大号  2004年 7月

メッセージ

「のんちゃん便り」100号、おめでとうございます!望ちゃんが右腕で初めてずりばいをした時に「のんちゃん便り」はスタートしたのでしたね。毎号、毎号読むのが楽しみでした。はじめて望ちゃんに会ったのはまだ望ちゃんが1歳のお誕生日を迎える前でした。小さくてかわいくて、でも意志の強そうな力のある目、じっと見みつめられると嘘がつけないような気持ちにさせられる瞳がとても印象的でした。

裕子さん、1号1号、よく頑張って積み重ねてこられましたね。地域でみんなと一緒に楽しく暮らしていきたい、という気持ちを実践に移していくことがどんなに大変なことか分るだけに、100号の重みを改めて今私はかみしめています。「のんちゃん便り」は望ちゃんとお父さん、お母さんの歴史でもあるし、望ちゃんご家族とたくさんの人たちとの出会いの記録でもありますね。そして同時に優れた療育記録であり教育実践の記録だと思います。望ちゃんの学校生活の様子を読むたび、子どもたちって素適だなあ、と思います。望ちゃんという女の子の不思議ないのちのパワーが子どもたちと響き合って、みんながしっかりと、そこにいる、ってことが伝わってきます。「存在する力」の魅力です。裕子さんにしか書けない「のんちゃん」とみんなのお話をこれからも私たちに届けてください。でも疲れたらときどき休んでいいですからね。無理しないでね。

 それでは、8月に開かれる先天性四肢障害児父母の会の総会でお会いできるのを楽しみにしています!(野辺明子さん)
 

「のんちゃん便り」が100号になるという。1号からすべてファイルしているが、50号分で1冊になるので、これで2冊となる。本棚に占める空間は大きくはないが、その2冊には、8年を超える時間が詰まっている。しかも毎月の連続的な時間である。いろんな会の機関誌が8年続くのは珍しくはないが、一人の少女の成長を一人の母親が毎月途絶えることなく綴った記録は貴重である。それは少女の姿だけでなく、日本という国がどのように歩んでいるかを映し出しているにちがいない。ちょっと続けるのがしんどいというような記事もあった。こうした率直な表現がなされているからよいのである。よそ行きの言葉で語られていない、本音で文章になっている。100号は結果であり、通過点であるから、あまり意識しないで今後とも続けてほしいと思う。(高谷清さん)
 

100号おめでとう! よく出してくれましたこの通信! 毎号楽しみに読んできました。

何より産まれて間もない、命かそけき(と思われた)のんちゃんの成長記録はすごい!あなたの書いている通り、医療や福祉、教育の現場の人はそんなこと考えれなかったでしょう。私自身もです。のんちゃんの生きようそのものが、私たちの教材です。普通に楽しく生きるということが困難になりつつある現代。是非、多くの人に知って欲しいと思います。(西村子さん)
 

 『5年生になったのんちゃんへ』

 お母さんと一緒に、はじめて保育所を訪ねてくれた日から早8年が経とうとしています。あれからお会いする機会も作れないまま過ぎているのに、5年生だと聞くと、あの日小さくて弱々しく見えたのんちゃんが、5年生になった少女の顔で浮んでくるのです。それは、お母さん達が毎月きちんとのんちゃんのことを知らせてくださっているからです。本当にすごいことだと思います。

 のんちゃんの生きる姿は周りの人たちはもとより、「のんちゃん便り」を読んでいる私やその他の多くの人たちを励まし、力づけてくれています。小さな身体の大きな存在ののんちゃんなのです。

お友達に囲まれ、やんちゃぶりも発揮しながら楽しく学校生活を送っているのんちゃんのことをいつも嬉しく読んでいます。入所式を待たずに転勤になってしまい、保育所で一緒に遊んだり、生活したりすることはできなかったけれど、のんちゃんやのんちゃんのお母さん達と会うことが出来、「のんちゃん便り」の読者にしていただいて、たくさんの事を学ばせてもらっていることをうれしく思っています。これからもいろんな体験を積みながら、益々、のんちゃんらしさを光らせてください。 (田中富子さん)
 

のんちゃん便り第100号おめでとうございます。27号から送っていただいております。のんちゃんとは、たった1年間のおつきあいでした。たしか3歳の時だったと思います。今は5年生。お母さんとお父さんの「命ほど重いものは無い」「あるがままの姿で、人生の向上に向けてのあくなき追求」の姿勢と行動力の発揮、この姿勢と行動力が、日本の社会を草の根から改革していくものでしょうね。いつも学ばせてもらっています。そして、命ある限り、よりよく生き続けていくことに努めていきます。より良く生き続けていくことに懸命の努力をしている人々の後を追いながら。

我が家では、我が子は32歳、障がい者、妻は、アルツハイマー病にかかって5年目。我が子のあるがままの姿は、あまりかわりません。妻は今では地理不案内、時刻・時間・時の流れが無理解、記憶喪失、言葉も失われていっていますが、自分のことは自分でしていますし、我が子の着替えもしています。今出来ることは、出来るだけ長く続けられることを願って話しかけています。週2回ホームヘルパーさんに来てもらって、掃除・洗濯・片付けなどを妻と一緒にしてもらっています。

受容という言葉は、頭の中には詰まっているのですが、あるがままの姿が、日々徐々に変わっていくショックを如何に受けとめ発散させていくことのしんどさを味わっています。未知との遭遇であり、いらだちとケセラセラの交差の繰り返しでもあります。でも、大切なことは、「ケセラセラなるようになる」の気持ちで生きていくことだと思っているのですが…。いつもいつも、がんばって生きていけばつぶれる気がありますし、がんばらなければ親子3人生きていけません。だから、毎日を仲間や元同僚や同期生たちに愚痴を聞いてもらったり、楽しい楽しい日々を送りながら、ちょっとでも前に進めていく気持ちで生きていきたいと願っています。 (出雲さん)
 

のんちゃん便り100号発行おめでとうございます。毎月届く「のんちゃん便り」を孫が会いに来てくれるような気持ちで楽しみに待つようになっています。書かれている文言は勿論ですが、その時々の写真を日々成長変化していくのんちゃんの様子、万感の思いで何度も繰り返し見つめています。

のんちゃんに初めて会ったのが、早くも5年以上前になります。その時に感じたのは、のんちゃんの持っている意欲、意志、そして生きるという力強さでした。初対面の人には抵抗があると聞いていましたが、すぐに馴れ、その日からかかわりを持たせてくれました。私の要らない心配を取り除きホッとさせてもらったのでした。

わずか1年のかかわりで、それも月2〜3回の訪問でしたが、所外保育に一緒に行けたのは忘れることが出来ません。二人で大笑いもしました。そしてのんちゃんの内面に持っているものは皆同じ。唯表現型が違うだけということを私が頭の中で画いているものでなく、身を持って感じ教えられたことでした。そして、それが私の仕事の中で大きな役割を果たしてくれました。

私に、今5才になる孫がいますが、俗に世間では遅れた子と云われる子どもなんですが、のんちゃんと出逢い、お母様と出逢い、毎月の「のんちゃん便り」これ等のことがどれ程この母、子、家族、周りの友だちの指針になっていることでしょうか。本当に感謝します。

そして、この「のんちゃん便り」が、不安になり、迷ったり悩んだりしている人たちの助力となることを祈願し、いつまでも、いつまでも「のんちゃん便り」が続きますように。そして、のんちゃんの、のんちゃん便りの更なる発達、成長と活躍を期待します。  (森田勝榮さん)
 

「のんちゃん便り」100号おめでとうございます(^-^) 

ネットの海をあてもなく放浪していて、偶然たどりついた「のんちゃん便り」。バックナンバーを読み進めていくうちに、ちょうどその日が、のんちゃんの5才のお誕生日であることを知りました。以来、5年8カ月の間、その出会いに勝手に「運命的なもの」を感じ、毎月、更新を楽しみにしてきました。

のんちゃんママが綴られる文章に、いろいろ考えさせられることも多く・・・と言いたいところですが、ただ単純に「今月ののんちゃんは、どんな毎日を送ったのかな〜?」と、気持ちは「親戚の子の成長を楽しみにしているおばちゃん」という感じです。

 毎月、トップページの「産まれても育たないだろうと医師に告げられた・・・」と一文を読んでは、のんちゃんの命の重さを感じています。

 のんちゃん。これからも、楽しいことがいっぱいいっぱいありますように。生きてるって面白いなあ・・・っていう毎日でありますように。 (やまがみさん)
 

「のんちゃんだより」100号、誠におめでとうございます。

命いっぱいに、のんちゃんの花を咲かせてくれている様子を「のんちゃん便り」から感じています。連日、暗いニュースばかりが報道される昨今ですが、のんちゃんの一挙手一投足が求心力となって、ご両親をはじめ、お友達、学校、地域社会に、大きな輪(和)を広げているように思います。100号を通過点として、のんちゃんのますます大きく成長される様子を、これからも楽しみに拝読していきたいと思っています。のんちゃん、ありがとう!

最後に、相田みつをの「心の詩」の一節を紹介して、お祝いのメッセージに代えさせていただきます。 (山下章さん)

 
  みんな本物

トマトがね

トマトのままでいれば

本物なんだよ

トマトをメロンにみせようとするから

偽物になるんだよ

みんなそれぞれに本物なのに

骨を折って偽物になりたがる

     みつを 
 

コンピュータ画面の中にある一文一文を見つめながら、時に食い入り、時に回想し、時に顔がほころぶ。読み終えたあとは、決まってどこからか爽やかな風が吹いてくる。僕にとって、「のんちゃん便り」は、そんな存在です。

96年2月、望ちゃんの"ずりばい"エピソードからはじまったエッセイ風の日誌は、みずみずしく透き通った「いのちの物語」をいつもいつも読む側に提供してくれます。今年に入り、児童虐待の現場に向き合う日々が続き精神的に消耗していたとき、「のんちゃん便り」に綴られた色褪せることのないメッセージを読み返すのが、心の救いでした。「私たちは、たまたま障害をもって生まれた望に、『いのち』の尊さや重さを教えられてきました」と向井さんは言います。では、読者はどうか。彼女の「いのち」にどれほど多くの人々が元気づけられ勇気づけられているのか計り知れない、と僕は思うのです。

第100号を機にお礼を申し上げます。「望ちゃん、ほんとうにありがとう!」 (井本里士さん)
 

 『ダウンヒラーのんちゃんとスキーに行くの巻!』

人が他人に何かをするのには、何かの必要性や理由や意義が要ります。何かの因果か、スキーにご一緒できる機会がありました。初めは「四肢欠損の子どもさんにスキーさせて“楽しい”の理解できるのん?乗せて楽しいと思っているのは親だけとちゃうんかな?」と乗り気ではありませんでした(ゴメンナサイ)。

でも、のんちゃんに初めて会って右手とあごで「外行こう、外行こう!」と言われて、ゲレンデでまたもや右手とあごで「おまえ先に行け」と言われた時は大変うれしくなりました。あ〜っ!この人は「楽しいと嫌」を伝えられるんや!応対するのに何の遠慮もする事無いんや。

そして、のんちゃんの熱意を感じました(お母さんの熱意とちゃいますよ)。まだ確認はできていないけど、のんちゃんとボクとの関係があるのです。確かめながらのコミュニケーションかな?そうなると意義とか理由とか関係無くなります。だって他人じゃないから。「のんちゃんが望むなら、自分ができる事はしよう。」

ゲレンデの坂を駆け下りてきた時に、のんちゃんとボクと回りの人はみんな同じ気持ちになります。それは、教えたれへん!知りたかったら一緒においで!

のんちゃんはボクの友達です。ボクはのんちゃんの友達なのかなぁ?  (松田靖史さん)
 

のんちゃん便り100号おめでとうございます!文は人を表わすです。僕が「のんちゃん便り」を読みつづけている理由は、もちろん、主人公である望さんの日々体験している世界と、それを糧にしながら成長している姿を感じて、ついつい微笑んでしまいたくなるからです。でも、それ以上に僕が楽しみにしているのは、望さんについて語ることを通して、親である向井さん自身を感じとれるからだと思います。親という立場になったことのない僕は、親としては語れません。あくまでも障害をもつ当事者として語れるだけです。そんな僕が好きなのは、向井さんが、ある時は親として、でも、その前に向井さん自身として考え、悩み、揺れながら、望さんが望んでいることについて、本当にこれでいいのかなと、ある意味、子どもであっても他者である望さんのことについて決定せざるを得ない怖さを常に引き受けて、それでも選び、決めていると感じるところです。人と出会ってたじろぎ、その感覚の違いに戸惑い、こころ揺れながら、とりあえずは選択していく。のんちゃん便りを読むたびに、そこに映る望さんの姿と向井さんの文章との間に、人にとって大切であると同時に絶対でもない自己決定の深さを感じます。望さん、これからもお母さん、お父さんをたじろがせて、戸惑わせて、そして選んでいってください。向井さん、これからもおおいに揺れて、悩みましょうね。  (カン・パックさん)
 

高校生のときに不登校だったぼくは、学校の制度や教師の体質など学校という空間そのものにどうしても疑いの目をもってしまいます。家族関係が最悪だったこともあり、「一番分かり合えるのは家族」「何かあったときに最終的に頼りになるのも家族」といった、家族をめぐる「常識」にも距離感を感じています。そんなぼくが「のんちゃん便り」をいつも楽しく読んでいるのだから不思議なものです。ぼくは必死になって「ぼくの生き方に口出しするな」ということを親や教師にぶつけ、自分の生き方を模索していきました。そして、「のんちゃん便り」を読んでいると、望さんも体まるごとを使って、あるいは親や友だちなどありとあらゆる関係を使って、「学校に行きたい」「友だちと同じ時間、同じ空間を共有したい」ということを主張しているように聞こえてきます。向井さんの文章を通して、あるいは友だちの言葉を通してですが、それが望さん自身の言葉にも聞こえてきます。考えてみると、ぼくはこの「自分の気持ちに対する正直さ」に共感しているのかもしれません。だから、学校や家族に対するぼくの距離感は相変わらずですが、望さんがつくりあげている家族や友だち、そして学校との関係は素直に素敵だなと思えてくるのでしょう。

 同時に、ぼくは「のんちゃん便り」に次のようなことも感じています。それは、向井さんや友だちの言葉が望さん自身の言葉に聞こえてくると共に、それはやはり向井さん自身の言葉(文章)でもあるという当たり前のことです。しかし、このように感じることのできる文章に出会う機会はなかなかありません。特に、健常者や親による障害者の代弁・代行の問題を考えればその難しさは尚更です。だからこそ、「のんちゃん便り」に見る、望さんを中心とした親や友だち、学校との関係は、ぼく自身に家族との関係や学校、そしてぼくが発している「言葉」とは何かということについて考えさせる一つのきっかけとなっているのです。

 最後になりましたが、「のんちゃん便り」の100号発行おめでとうございます。そして、これからも「のんちゃん便り」を楽しみにする一読者であり続けたいと思います。  (松永真純さん)
 

感謝を込めて

日記も家計簿も三日坊主で、「続ける」ということの苦手な私が、この通信だけは、何とか続けています。それは、読んでくださる方々のおかげと、感謝しています。メッセージを寄せてくださった方々、そして、そっと私たちを見守って下さっている方々に、心よりお礼申し上げます。ありがとうございます。

望との暮らしは、大変なところもありますが、それ以上に面白いことがたくさんあります。「ほんま、笑わせてくれるわ」という「のんちゃん」との変化に富んだ日々を楽しみながら、障害児の母の醍醐味を味わっています。改めて望に「生まれてくれてありがとう」と言いたいと思います。望が与えてくれたパワーと皆さんからいただいたパワーで、気負わず、気を抜かず、この通信を続けていきます。今後もよろしくお願い申し上げます。
 


5年生では、米作りの授業があります。田植えの日、望は、大好きな体操服に着替え、張り切って電動車椅子を飛ばして、みんなについて行ったら、その先にあったのは田んぼ。気づくや否や、ピタッと電動車椅子を止め、硬直し、抱っこされるのも拒否だったようです。

保育所の頃も、泥んこ遊びが大嫌いでした。今でも、泥に触るのは嫌なようす。100号記念号なのに、こんな赤ちゃんみたいな写真を載せて!と望は怒るかもしれませんが、望らしい100号写真だと私は1人ニヤニヤしています。

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