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のんちゃん 便り

第101号 2004年 8月

林間学習

5年生の大きな行事に、2泊3日の林間学習があります。泊を伴う初めての行事です。5年生には、車椅子使用の子どもが2人いるので、年度始めから、先生方の体制、リフトバスの手配、看護師の確保、登山の方法など、いろんな課題が山積みでした。

まず、望に関しては、医療的ケアのことが大きな問題でした。特に、夜間は、留置カテーテルをして尿パックを付けるので、看護師の派遣が必要です。昨年度末から校長先生にお願いしてきましたが、教育委員会から返事がないという回答のまま日が過ぎていきました。看護師が必要な理由を手紙に書き、校長先生にお渡しして、再度、看護師派遣のお願いをしました。次に、看護師の同行が必要であるという内容の主治医の診断書を提出しました。6月末になってようやく看護師同行の予算が出ることになりましたが、同行してくれる看護師を探さなければならないとのことでした。いつも利用している訪問看護ステーションと相談をしている時、教育委員会のほうから、同行できる看護師が見つかったとの連絡が入りました。看護師さんは、泌尿器科の経験のある方で、スムーズに話し合いが進みました。主治医に看護師への指示書を書いていただきました。これで、医療的ケアの問題はクリアです。先生方も、望のケアのことだけでなく、てんかんや喘息の子どもの対応など、心強く思われたのではないでしょうか。

でも、多くの重度障害児が地域の学校に通い、泊を伴う行事に参加している大阪市のはずなのに、医療的ケアの必要な子どもへのわずか3日間の看護師の派遣が、なぜこんなに困難なのかと不思議でした。

もう1つの課題は、登山でした。ストレッチャーに寝たきりの障害児が富士山に登るこの時代、片道30分ほどの山に、体重11キロの望が登れないはずはありません。でも、先生方が決められたルートは、険しいものでした。障害児がいるから登山はやめようなんて決してして欲しくはありませんが、障害児が2人いるのに、なぜ選んだのだろうと思われるコースでした。でも、「今さらそれを聞いてもどうしようもない。登る手段を考えなければ」と、私は思ってしまいました。先生方に「自分達は連れて登ることができそうにありません」「どうしますか」と聞かれました。もう1人の障害児のお母さんと話したら、「みんなと一緒に登らせたい」と私と同意見でした。そこで、先生方に「子どもは、みんなと一緒に登りたいと思っていると思います。何とかして登らせたい」とご返事をしましたが、その方法や費用については、親が対応することになりました。

私の心の中に、「おかしい、何か変だ」という思いがどんどん大きくなってきました。夏休みの自由意志参加の行事とはいえ、ほぼ全員が参加する学校の行事です。登山は、障害をもたない子どもなら、嫌でも登らなければならないのに、障害児だと、登りたいと意志を表明し、親がその段取りをしなければならないのでしょうか。それでは、「特別に」みんなについていくという感じになってしまいます。同じ学校の生徒ならば、「みんなと一緒に登る」ことが基本にあって、その上で、障害や疾病に配慮してどうするかという話し合いになるはずなのに、「登らない」ことが基本にあるような話し合いでした。

でも、対応できないと言われる先生方を説得しても、時間だけが過ぎて「できませんでした。登れませんでした」で終わる可能性が大きいと、私は判断してしまいました。望の林間は、今年しかないのです。そして、後に続く障害をもつ子ども達もいます。とにかく、何とか「登る」。その実績を作った上で、おかしい点を学校と話し合い、修正してもらい、来年につないでいくしかないと考えました。

私たちは、知人が参加している登山ボランティアの事務所を尋ねました。障害者登山のビデオを見せていただきました。望なら、背負子でいけるのではないかと言われました。その日は、代表の方が不在だったので、背負子だけお借りして帰りました。問題は、担いでくれる「人」です。後日、代表の方から電話がありました。「今まで、いろんな学校から林間の相談を受けてきたが、担当の先生方が来られて、皆で力をあわせて一緒に登るために、コース設定からアドバイスをしてきた」、「登山は、1人ひとりに頑張らせることが目的ではなく、みんなで力をあわせて頑張って登るということが大事なのだ」と「先生ともう一度話し合うように」と説教をされました。

登山ボランティアの方のおっしゃるとおりです。私も本当にそう思います。でも、もう下見も終わり、林間までに時間はなく、こういう事態になってしまっているのです。けれど、登山ボランティアの方の電話の声を聞きながら、もう一度、私の心の中にある疑問を先生方に話してみようと決心しました。そして、再度、5年生の先生と養護学級の先生方とお話をしました。コース設定は、障害児がいることを考慮して決めたとのことでしたが、それで、「障害児を連れて登ることができない」のは、私には納得のいかないものでした。話し合っていくうちに、先生方も、「親が負担する」のはおかしいことを言われました。費用のことなどもう一度話し合うとおっしゃってくださいました。そして、子ども達に話し合いをさせ、みんなで考えさせることの大切さに気づいてくださいました。いきなりどっかの知らないおじさんが来て、望を担いで登ったのでは、一緒に登る意味を持ちません。みんなで考えて、自分達の力だけでは望を登らせることができないから、誰かにお願いしようということで、助っ人が来てくれるのであれば、それは意味を持ってきます。側わんのある望が使用する背負子の改造は、いつもお世話になっている車椅子業者にお願いをし、スキーチェアの作成担当をしてくださったメンバーの1人、Mさんが作ってくださる事になりました。

子ども達が話し合いをした結果、当然のように、「のんちゃんも一緒に登る」、「みんなで担いで登る」ことになりました。自分達で背負子を担いでみることになり、Mさんに学校に来ていただき、グランドで体験をしました。背負子に、望が使用している座位保持椅子のバケット部分を取り付けてもらいました。その作業の間、私は、望の障害、特に、林間ではお風呂に一緒に入るので、排尿のこと、つまり、オムツのことなどをクラスの子ども達に話しました。真剣に聞いてくれました。

背負子が出来上がり、まず、望のかわりにぬいぐるみを乗せて、子どもが担ぎました。次に、望の体重と同じくらいの荷物を乗せました。背負子は、20キロくらいになったでしょうか。担ぎたい子ども達が、次々にチャレンジしました。かなり足元が危ない子どもが多く、最初は、「登山だから階段を上ってみる!」と張り切っていた子ども達でしたが、グランドから校舎へのスロープを登るのがやっとという感じでした。担任の先生が、実際に望を乗せて、自分が担いでみたいと言われ、その場にいらした先生方が、望を実際に担いでみました。担任の先生は、「できるものなら私が担ぎたいけれど、自信がない」と言われました。確かに、女性の先生方は、見ていても危ない感じで、私もやめられた方がよいと思いました。皆で体験をした結果、Mさんが林間に同行して、現地で背負子を準備して、担いでいただくことになりました。

それでも、障害児が2人いることを考えると人手は足りません。同行する教師が増えることになり、望が3年生の時の担任の先生が参加を希望してくださいました。これで、なんとか登山できるのではという体制が取れました。もう1人の障害をもつ子どもも、抱っこベルトで、男の先生が交代で抱いて、登ることになりました。これで、ようやく「一緒に登る」というスタートラインに立ったと思いました。結果が、たとえ山頂まで登れなくても、登ろうとする努力をしてくださったので、それはそれでいいと思いました。

「なぜ、そこまでして登るの?」と思われる方もあるでしょう。きっと学校の先生方も最初はそう思われたのではないかと思います。それは、悪意ではなく、きっと善意として。でも、その言葉の次に「障害児なのに」という言葉が続くことに、自分自身で気づいていないのだと思います。「障害児だから」登らなくてもいいと思うことが、差別や排除につながることに気づいていないのでしょう。全員が登るということがまず基本にあることが、登りたいという思い以前の問題であることに私は気づきました。「思い」以前にある「権利」、それが人権なのではないかと思います。

「何かあったら」という言葉もよく使われます。それは、考え挑戦することを放棄し、「だから、しない」ための言い訳に使われることが多いと感じます。そんなことを言っていたら、望のような子どもは、病院のベッドで暮らしていくしかありません。いえ、医療ミスだってある可能性はあります。「何か」は「何」なのかを考え、それが起こらない体制をとっていくことや、起こった時の対応を準備していくことの大切さに気づいて欲しいのです。それが、障害をもちながら、ともに地域で生きていくことだと気づいて欲しいと思います。今回の林間開始までのいろんな出来事は、私にとって、多くの反省と勉強になりました。「おかしい」と思ったことを声に出すことの大切さ、「それは排除につながる」ときちんと訴えていくことの必要性、「人権とは何か」を今また考えさせられました。

7月21日。望は、友達と一緒にリフト付きのバスに乗って、林間学習へと出発しました。仕事を休んでボランティアで同行してくださったMさんが、望のようすを写真入携帯メールで知らせてくださいました。便利な世の中になったものです。便利すぎて、ちょっと楽しみがないかなと思った私は贅沢なのかもしれません。望は、お風呂もみんなと一緒に入り、就寝も最初だけ班の部屋で友だちと布団に入り、しばらくして看護師さんと先生の部屋で留置カテーテルをして就寝することになっていました。私は、安心して、夕方から仕事に出かけ、仕事先の方々と食事もして楽しみました。

2日目の朝から登山です。朝、「のんちゃんは元気」とメールが入りましたが、その後、メールはきませんでした。しばらくして、先生から、全員揃って山頂まで登りましたと、携帯電話で報告がありました。望が元気そうで安心しましたが、「全員揃って」が何より嬉しい知らせでした。子ども達は嬉しかったでしょう。そして、みんなで一緒に登るという実績ができ、来年につながったと、私はホッとしました。お昼近くになって、Mさんから次々と撮りおいていた山の写真が送られてきました。登山中は曇りで、心配していた望の体温上昇も大丈夫だったようです。登山の出発地点の草原の所では、クラスメイト5人が順番に100m位ずつ望を背負って歩いてくれたそうです。こけても大丈夫なように、大人が望の椅子をサポートしてのチャレンジです。あとは、Mさんが担ぎ、養護学級の先生が望の表情を見ながら体温調整や水分補給を気遣ってくださったようでした。下りでは、3年の時の担任の先生も担いでくださったそうです。下山して、スイカを食べる頃は、陽が強くなり暑くなったようでした。スイカにかぶりつく望の写真を見て、笑ってしまいました。なんだか、涙が出そうになりました。

林間に行くまで、親は、「なんで」と多くの疑問を抱えながら、何とかしようとバタバタとしたのですが、登山が終わってみれば、クラスメイトと、望のことが大好きなMさんと、かつて担任だった先生が担いでくださり、友達や先生みんなのサポートで登山をして、結局、望が人を呼び動かし、自分自身の力で登ったのだと思いました。

登山の後は、みんなでカレーを作り、昼食。その後、まが玉作りをしたようです。夜には星を見て花火をしたようでした。満天の星空を望はしっかりと見たでしょうか。望は楽しくて、案の定、ハイになり、なかなか就寝せず、夜中も何度も起きたようです。今でも何度か起きますが、望が幼い頃、そういう夜を続けてきた私には、先生の大変さがわかります。本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。最終日は、望はさすがにパワー切れで、朝食途中から眠ってしまったようですが、まん丸ピンクの美しいまが玉を嬉しそうに首にかけて、元気に帰校してきました。出発までは、いろんなことがありましたが、終わってみれば大満足の林間学習で、ホントにあなたはすごいよと、あいかわらずの親ばかで、望を誉めてしまいました。

ひとことメッセージ

えみちゃん、まほちゃん、こうへいくん、たかひろくん、りゅうすけくん、望は重かったでしょ。でも、みんなが感じた重さは、「のんちゃんの体重」の重さだけじゃないんだよ。「のんちゃんのいのち」の重さもあるんだよ。「こけたら自分も痛いけど、のんちゃんもけがをする」って、しっかりと責任をもって担いでくれたよね。みんな、スゴイです。望はとっても嬉しかったと思います。本当にありがとう。そして、Mさん。帰校して、開口一番「ああ、楽しかった!」と言われましたね。「あなたのために」から「自分のために」、「恋をするようにボランティア」。これぞボランティアというステキなお手本を見せていただきました。感謝です。ありがとうございました。

<林間携帯写真オンパレード>

着いたよ!涼しいよ ファイト! 乗り心地は? スイカ、だいすきー
初日の夕食すき焼き よいしょ よいしょ 頂上に着いたよ! しっかり食べるぞ〜


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