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のんちゃん 便り

120  2006年6・7月

「わからない」ということ

6月8日に体育大会がありました。小学校の運動会と違い、残念ながら望の好きな団体演技などはありません。練習も入退場や体操が中心だったようです。それでも、望は一生懸命です。1年生の先生方が、望のラジオ体操や行進の練習のようすを話してくださいました。電動車椅子を巧みに操ってその場足踏みをしたり、小さな右腕を上げ下げして真剣にラジオ体操をしたりする姿を初めて目にする先生方には新鮮だったのでしょう。

1年生の団体競技はムカデ競争でした。体育の時間に充分に練習できないので、早朝練習がありました。強制ではありませんが、望は行きたいに決まっています。朝、学校に滑り込む日々ですが、ここは頑張らねばなりません。早起きして練習に行きました。望がどう入るのか、みんなが倒れても危険がないようにするにはどうしたらいいかと検討され、電動車椅子で一番後ろをついていくようにしたようでした。でも、ムカデの走る速さが早くなると、ついていけませんでした。この電動車椅子の法定速度、何とかならないかと思います。ムカデの速度が上がり、望がついていけなくなると、望を繋いでいる紐を離すようにしたようですが、それでは寂しいということで、手押しの車椅子を先生が押して一番後ろを行くことになりました。

体育大会前日、昨日の連絡ノートに早朝練習の予定が書かれていなかったので、私は勝手に前日だからないのだろうと決め込んでいました。ところが、7時45分に先生から電話がありました。そこで練習があることを知りましたが、間に合いません。自宅マンションのエレベータ乗り場から、中学校のグランドが見えます。望は、ムカデ競争の練習風景を見つけ「あ〜ぁ」と言いました。そして、遅れてはならぬとばかりに「いち、に、いち、に」と掛け声をしながら登校しました。でも、学校に着いた時、練習は終っていました。望は「体操服を着せて!早く!」と焦り、体操服を着せてもらえないので怒っていました。

私は怒る望を抱っこして、誰もいなくなったグランドに連れて行き、次に、友達が着替えをしている教室に連れて行き、練習が終ったことを伝えました。クラスメイトが望の気持ちを察したのか「のんちゃん、今日はいっぱいこけて練習にならんかったで」と声をかけてくれました。望はおとなしくなりました。腹は立つけれど、状況を理解し仕方ないとあきらめたのでしょう。言葉だけではわからない子どもですから、見ることで状況を伝えて理解させ、仕方ないと自分自身で納得をさせたのです。多分、理解できなければ、納得できずに怒りまくって、先生にぶつかっていったと思います。そして、その行為を先生に怒られて、また、その怒られたことに反抗をする、そんな悪循環に陥っていたと思います。

「嫌だ」「わからない」ということを相手に理解してもらえず、それをさせられる(あるいは止められる)時、言葉のない望は、自分の思いを全身で伝えてきます。それが「問題行動」になります。悪いことをしたら叱られるのは、障害のあるなしに関係ありません。ダメなものはダメなのです。それが社会で生きていくルールです。悪いことをしてはならないと厳しく教えることは大切なことです。腕白な望は、悪いことをよくして、叱られています。でも、「問題行動」には理由があります。時として「わからない」ことが原因になっていることがあるようです。そこに至るまでに解決できなかったのか、なぜ、その怒りの行為に至ったのか、そうなる前に、理解をし要求どおりにならないと自らあきらめることを選び取らせることも必要だと思います。人は、「わからない」時、笑ってごまかしたり、無視したり、納得できずに腹を立てたりします。私達は理解できるから仕方ないと我慢したりあきらめたりできるのです。「わからない」という状況は、障害のある無しに関わらず、誰にとっても同じことだと思います。

それにしても、望の屈しない態度には、先生方も驚いていらっしゃるようです。本当に頑固です。でも、その一方で、誤解を恐れずに言うならば、力でねじ伏せようとしても思い通りにならない「望」」でいいとも思うのです。介護されて生きていく望にとって、周りの力に抑えられて従うことは、望自身の人生を選び取っていく力を奪うことでもあると思っています。嫌なことでも、みんながしていれば頑張ってきた望です。嫌なことでも理解できれば自ら我慢する力はあると思います。その力を引き出していきたいと思います。確かに、社会に出れば「わからない」を理解してくれる人は少ないでしょう。だからこそ、地域の学校に行っているのです。理解してくれる人、してくれない人、いろんな人がいていいと思っています。社会に出て行く準備をする学校です。コミュニケーションをとって関係を築いていく中で、人間関係の取り方や社会のルールを学んで欲しいと思います。

体育大会当日は、曇りで暑くもなく、望にとってはいい天候でした。ムカデ競争の他に、60m走、100m走に出ました。これまた、時速6kmでは置いていかれ、一人ぼっちの走行でした。途中、首を振って「早く早く」と電動車椅子に言っているようでした。体育大会の日は、下校後、眠り続けましたが、翌日は疲れも見せず元気に登校して行きました。

体育大会の次の「イベント」は中間テストでした。テスト中、静かにできるかどうか、それが一番の課題でした。プリントやテストに、最初に名前を書くことはしっかりとしますから、問題ありません。勉強大嫌いの望が、どこまでテストに向かえるのか、こればかりはやってみなければわかりません。2日間にわたり、学校に行くとテストばかり。家でも難しいプリントをさせられ、望は限界のようでした。苦痛の連続だったと思います。2日目の最終時間、うるさくして教室から出されたようでした。他の生徒の迷惑になりますから仕方ありません。テストで問われていることさえもほとんどわからない中で、とりあえず、最後の教科まで試験を受けたことが、望の合格点だと思っています。単に苦痛を我慢するだけになってしまわないよう、これからどのようにテストを受けていくのか、課題です。試行錯誤しつついきたいと思います。

ひとこと

福祉を学ぶ学生に授業をすることがあります。子どもの頃、「当番」で障害児と関わらされた学生の「障害」に対するマイナスイメージの強さを感じます。主体的に関わっていくことの大切さを思います。共に居続ければ、必然的に手を貸さなければならない場面も出てきます。それは、嫌だとしても自ら関わることを選んだのですから、「当番」と異なります。そして、その関わりが小中学校で途切れてしまわないように続いていくことが、障害のイメージを変えていくことになると思います。

さあ、ムカデ競争が始まるよ!

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