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のんちゃん 便り

126  2007年


中学1年を振り返って

期待と不安を抱えながら入学した中学校も1年が経ちました。入学当初、友達との関係は期待大でしたが、先生との関係や勉強のことなどに不安を感じていました。望は、大勢の友達とともに育ってきたので、知的な能力以上の適応力を持っていて、言葉ではない状況理解の仕方をしています。望と初めて会った先生方は、その望の理解力を過大評価されたのだと思いますが、意思疎通がうまくいかず、お互いストレスを感じている状況でした。やがて、先生方は望の言葉ではない想いを受けとめることに気づいてくださいました。場の雰囲気を読む望は、中学校の指導の仕方にも慣れていき、良くも悪くもその場逃れの方法も覚え、先生との関係を作っていきました。

私の方も、入学後しばらくは、学校との関係に困惑していました。クラブ活動の問題や人権学習の授業では、学校の対応に疑問を感じたり、先生方と意見が食い違ったりしました。その一方で、望を信頼関係の中で育てたいという思いから、先生方の「評価」や「学校という組織」が大きな驚異に感じられました。わが子を排除されたくないと身構えてしまいました。しっかりとした話し合いがなかったことが原因だったと思います。

そんな不安を抱えてのスタートでしたが、望は本当に友達といい関係を作り、大きく成長をしました。望のクラスは明るい雰囲気で、望は楽しそうに一日も休まず登校しました。振り返ってみればいい1年だったと思います。5月の一泊移住の校外研修では2日間をパワフルに過ごし、春の体育大会ではムカデ競争の早朝練習に励み、秋の文化祭では大きな声で歌い、ずっと友達と一緒にやってきました。百人一首大会では、班長をして張り切っていました。

今月はマラソン大会がありました。近くの大きな公園で、まず男子が3週を走り、その後、女子が2週を走りました。望は前日からやる気満々でした。電動車椅子は時速6キロで、早足の速さしかありません。状況を見て手押しの車椅子で走るかもしれないとのことでしたので準備していましたが、とりあえず、電動車椅子でスタートしました。1週目が終わり帰ってきた時、付き添っていらした先生が「○○君達が押して走ると言っています!」とおっしゃったので、大急ぎで手押しの車椅子に乗せかえていると、クラスメイトの男子生徒4名が走ってやってきました。私が車椅子のベルトや転倒防止レバーやブレーキレバーなどの安全確認をするや否や、私から車椅子を奪い取るようにして、「抜くぞー」と叫んで走り始めました。4名が順番に押しながら一緒に走ってくれました。付き添って走り出した先生は「ついて行けませんでしたー」と、途中から見守り担当の先生の自転車で伴走して帰って来られました。見ていた先生方はきっとヒヤヒヤ、お転婆の望は大喜び、男子生徒たちは「3人抜いたぞー」と嬉しそうにゴールしました。生徒達は指名されたわけではなく自分たちからすすんで、善意でもボランティアでもなく面白いから車椅子を押して走っただけ、友達だから走っただけ、そんな関係がいいなあと思いました。

行事だけではなく、日々の学校生活も楽しいものでした。望は、後期は公民委員になり、時々、登校時に校門に立ちました。毎朝、滑り込みの登校ですから、親は朝の登校準備が大変でしたが、望は張り切って委員の仕事をしていました。休憩時間は男子と外を駆け回って遊んでいました。授業もまじめに受けていたようです。授業用連絡ノートに書かれていた内容を少しご紹介します。「『空中ブランコ乗りのキキ』。教科書を本読みしている人とともに声を出して(目線を教科書に向けて)まるで一緒に音読しているようでした。Aさんがページがかわるところをめくってくれています。B君がお茶を飲ませてくれ、Cさんが自分の分と2回ノートを書いてくれました。向井さんは、D君やE君が後ろを向いた時の注意役です」「『起立』『礼』をFさんが抱っこしてしてくれています」「友達に声をかけてページをめくってもらっていました」などなど。「注意役」は、望が勝手にしているのです。「A君とB君の授業態度を注意していました」というのもありました。

小学校と大きく変わったことの1つに定期テストがあります。初めての中間テストでは、最後の5教科目、2日目の2時間目に教室で騒いで外に出されていました。そこが望の我慢の限界だったのでしょう。次の期末テストでは、また最後のテスト科目で寝たふりをして名前も書いていませんでした。ところが、望は徐々に変わっていきました。配られたテスト問題を見渡して、選択問題を自分から選んで解答したり、試験監督の先生を呼んだりと自分のテスト時間の過ごし方を作ってきました。先生を呼ぶ時は静かにということも理解してきたようです。早く試験が終わった時は、「望用のテスト」を解いていたり絵を描いたりしていました。

後半の実力テストや期末テストになると、全問を解答しようと頑張り始めました。解答用紙を集めてきた後ろの生徒が、「俺よりたくさん書いとる」と言ったそうです。正解がわかっているわけではなく、問題にある文字を写しているだけだったりするので、選択問題が少し合っているだけで、ほとんど×なのですが、先生が連絡ノートに「とにかく解答用紙を埋めようと頑張る姿勢・努力はすごいです」「時間いっぱい頑張りましたが全部の問題に答えることができず残念そうでした。途中、ベルトで鉛筆をつけて自分で何度も書き直しをしながらもあきらめずにやりきりました」と書かれていました。返ってきた×の並ぶ解答用紙を見て、望は「あ〜ぁ」と言いました。○の大好きな望にすれば、「なんで×なの?」という感じでしょうか。そんな望を見ながら、本当に良く頑張ったねと私は涙があふれそうになりました。

学力だけで点数評価する教育や社会に傷つけられています。望の勉強できないという障害が悲しいのではなく、その頑張りが学力でしか評価されない社会を辛く思います。障害のある無しに関係なく、傷ついている子どもたちがいると思います。中学、高校、大学と学力で選抜をされ、受験競争の中で良い点数を取ることだけが勉強なのかと疑問を持ち、勉強が好きになれなかった私自身が、社会に傷つけられてきたのだと、望を育てながら気づきました。

望はこの一年で、私が思ってもみなかったほど成長しました。勉強が嫌いだった望が、50分の試験を何時間も頑張るなんて、本当にすごいことです。友達がやっているから望も頑張ってきたのだと思います。一緒に勉強するんだという想い、勉強したという満足感、わからないから意味がないのではなく、ともに学ぶことに大きな意味があると感じた1年でした。高校入試という学力選抜まであと2年。高い高い壁がやってきます。でも、一緒に壁に向かってくれる先生方がいてくださることを心強く思っています。この壁も友達とともに乗り越えていくことができればいいのになあと、またまた期待と不安が入り交じる春がやってきます。

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