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のんちゃん 便り

第137号 2008年 8月

どんな時も

7月初旬に授業参観がありました。望のクラスは、英語、理科、社会でした。3年生になり、学習内容も難しく、受験も控えているため、望にとっては辛い内容かもと少し思っていたのですが、望は楽しそうに受けていました。観ている私にも面白い授業でした。障害の有無にかかわらず、子どもたちをひきつける授業ができる先生方だったということかもしれません。参観だからといって、特別な内容なのではなく、いつもどおりの授業を観てもらおうという感じでした。

障害児教育の専門家の中には、「わからない授業を受け続けることは子どもにとって苦痛に他ならない」と言われる方がありますが、決めつけないで欲しいと、やってみなけりゃわからないと、望の授業風景を観ながら思いました。ともに育ちあっているのは、学校行事の時ばかりではありません。介助の先生がいない授業の時は、水分補給が頻繁に必要な望にお茶を飲ませたり、教科書をめくったりは周りの子どもたちが自然としてくれ、誰かがあたりまえにノート介助に入っています。望も雰囲気を感じながら、友達と一緒に大きな声で笑ったり、静かにノートを取ったりしています。ノートが取れないうちに黒板が消されると、隣の友達に「あっ、あっ」と言い、友達が無言のままそっと、望に自分のノートを渡すという場面も見られました。言葉が無くても、ちゃんと通じ合っています。

望は知的にも重度の障害がありますから、授業の内容は解りませんが、マッチングは得意なのでノートを取ることはできます。それに教育的な意味があるのかと言われると、答えはNOかもしれません。個人の能力だけを重視する教育の視点から見ると、ノートを取る望の労力も介助する友達の労力も無駄なことかもしれません。でも、望は一生懸命にノートを取り、「勉強した〜!」と満足しています。友達は誰かに指示されてではなく、自主的にノート介助に入ります。ともに学びあい育ちあう教育という視点で見れば、大きな意味があると思っています。何かが「わかる」ということは、確かに大切なことです。望もわかった時は嬉しそうです。でも、わらないけど頑張って勉強したという満足感も、また、子どもの力になっていくと感じています。

授業中ずっと楽しいことばかりではありません。苦痛だったり、退屈だったり。でも、それは、今の日本の教育制度の中では、障害の有無に関係なく、どの子にもあることだと思うのです。「学校教育」が大きく変わり、大学において、どんな子どももあたりまえにクラスに居ることのできる授業ができるような教員の養成が行われない限り、子ども達−本人と周りの子ども−のもつ力が頼りの「ともに育ちあう教育」だと感じています。

障害児教育の専門家に、望のクラスの授業を見ていただきたいと思います。高校の先生方に望の中学校生活のようすを見に来ていただきたいと思います。高校でも同じようにやっていけるのではないかと思っています。確かに、中学校は小学校からの積み重ねがあります。高校で出会う多くの友達が、障害をもつ生徒とともに育ちあってきたかどうかもわかりません。周囲の環境により、学校生活は大きく変わるのだろうとは思います。でも、望の人と関わる力は、どんな時もどこに行っても発揮されるのではと思わされます。

7月下旬に、義父が亡くなり、望は遺体には会えましたが、葬儀には参加しませんでした。障害児が冠婚葬祭に出られない問題を言われると辛いものがありますが、私は腰痛がひどく、嫁としての役割を果たすのが精一杯の状態でした。望には申し訳ないと思いながら、子ども病院で預かってもらいました。どこでも過ごせる力をもっている望ですが、緊急時の宿泊で、その上、医療的ケアが必要なので、最後の手段の病院にお願いしたのです。望は、帰宅後、「また入院する!」と訴えていました。看護師さん達にいろいろ指示を出して、その空間を楽しんできたのでしょう。元気な望に指示され、仕事が増えた看護師さん達、ありがとうございました。嫌な顔もせず、「また来てね」と見送ってくださいました。病院で過ごすなんてかわいそうと思ったのは周囲ばかりで、本人はどんな時でもその場を楽しんで切り抜けていきます。

8月初旬には先天性四肢障害児父母の会の総会が、静岡でありました。出発の前日、ついに私はぎっくり腰をやってしまいました。結局、望はお父さんと2人で静岡まで1泊2日で行ってきました。『行ってきます!』「またね」とコミュニケーションエイドで言って、元気に出発していきました。総会では他の子どもたちとの交流も、ボランティアとの関わりも楽しんだようです。苦手な水族館見学も、担当ボランティアがイケメンの学生さんだったため、ルンルンで行ってきたようでした。

母親がいなくても、全く問題なしのようで、寂しくもあり、嬉しくもありです。この頃は、余暇を過ごすのに、友達と遊ぶのは言うまでもなくですが、ヘルパーさんと出かけたり、父親と出かけたりするほうが楽しいようで、母は「留守番をする人」と思っているみたいです。私と出かけると、きっと注意が多くうるさいと思っているのでしょう。ますます自我が強くなりました。どんな時にも主体的に積極的に楽しい時間を創りだしていきます。

読売新聞「育ちささえる」 8/12朝刊から

夏休みになり、外出が大好きな娘(14)は、毎日のように電動車いすに乗って、電車やバスで出かけています。娘には四肢障害があります。小さな子どもに指さされ、一緒にいるお母さんが慌ててとめることもあります。でも、「見ちゃダメ」とは言わないで。子どもはきっと「違う」ことが不思議なだけなのです。社会にはいろんな人がいることを教えてほしいと思います。

 小さなころからたくさんの人の中で育てば、自分の身体を障害とは感じないで、それが自分だと受けとめることができるのでは、と思い、地元の保育所や学校を選び、地域に出てきました。言葉が通じなくても「そのままのあなたはステキだ」と伝えてきました。

 地下鉄の中で、下校途中の小学生に取り囲まれることもしばしば。娘はそっぽを向いたり、見返したりしています。好奇な視線を浴びることは、重度の知的障害があっても十分に感じとっています。それでも娘はまちへと出て行きます。じろじろと見られても堂々としている娘の姿は、誇らしいとさえ感じます。

 近所では、いろんな人に声をかけられます。私より顔が広いようです。もうすぐ盆踊りの季節です。お祭り大好きな娘は、今年も近くの公園の盆踊りの輪の中に入っていくことでしょう。そして、地域の方々は当たり前に、その輪に娘を招き入れてくれることでしょう。

 自分自身を受け入れ、人との関係を作っていく、その力こそが、娘の「生きる力」なのだと感じています。



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