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のんちゃん 便り

143  2009年

高校受検&入学

この春、望は公立の工業高校の定時制の普通科に入学しました。定時制なので、年齢も容姿も様々で、制服も制カバンもありません。ただ、年齢が様々といっても、公立高校の倍率が高かった影響か、普通科はほとんど10代の若い生徒です。入学式も夕方からでした。望はこの高校に通うことを理解したのか、少し緊張しつつも楽しそうでした。式の翌日に、入学式で着たアンサンブルを指して、「ガッコ!(学校に行く)」と訴えていました。自宅から電車で40分程かけて、夕方5時半から9時まで通っています。登校の道程もすぐに覚え、電車にスロープをかけてくれる駅員さんに行き先の駅名(?)を告げています。親は電車賃を払う役だと思っているようです。

望の高校受検の準備のことは、この通信でも書いてきましたが、受検はこちらが準備すればそれで良いというものではありません。教育委員会の対応次第で、障害をもつ生徒の受検の仕方が決まるのです。結果からいえば、無事に高校生になれたので良かったのですが、本当に厳しい受検でした。高校との話し合いには中学の校長先生が必ず付き添ってくださいました。担任をはじめ、障害児担当の先生も進路指導の先生も、望の進路を一生懸命に考えてくださいました。中学校のサポートと運動体の方々の応援と、そして何より、望のがんばりが高校への道を開いたのです。

大阪では公立の高校入試が前期と後期の2回に分けて行なわれます。前期は、工業科や商業科、総合科などの選抜があり、後期は、普通科や単位制や定時制の選抜があります。今年は不況と府知事の私学助成削減政策が大きく響き、私学を避けて公立高校を志願する生徒が多く、公立高校の受検は過去最高の倍率となりました。障害の有無に関わらず、どの子にとっても厳しい受検となりました。

前期試験は、自宅から徒歩25分の高校の国際教養科を受検することにしていました。受検に特別な配慮を希望する場合は、出願開始前に、教育委員会に配慮受検希望校を連絡しなければなりません。前期試験の受検校は早くから決めていたので、出願初日、望は友達と一緒に高校へ志願書を出しに行きました。望の受検は、別室で、パソコンで回答し、中学校の先生が介助に入り、教育委員会の方が代筆をするという方法です。志願書提出後に、教育委員会を交え、高校と受検についての話し合いをしました。導尿に必要な控え室の環境は文書だけでは伝わらなかったようで、実際に話し合うことで準備が整いました。パソコンを使用するための机も選ぶことができました。2月24日、大雨の中、望を高校に送っていきました。私は送迎だけで、中学の先生と2人だけで臨んだ受検でした。一生懸命に回答し、見直しまでしたそうです。ただ、休憩時間は大騒ぎしていたようですが。倍率2.09倍。半数以上が不合格です。高き門へのチャレンジでした。3月3日、合格発表を友達と一緒に見に行きました。自分の受検番号が無いことを確認した望は「あ〜」と大きなため息をついて、中学までの帰り道、ずっと無言だったそうです。不合格だった友達と帰校しながら、何を思ったのでしょう。

そして、後期試験。先に書いたように、受検のための配慮をしてもらうには、出願開始の前日までに教育委員会に配慮受検希望校を提出しなければなりません。でも、知的障害があって、試験で点数の取れない望は、倍率が高ければ、配慮をしてもらっても合格できないのが現実です。中学の先生方に進学の強い意思を伝え、話し合いの結果、出願状況を見ながら出願最終日に願書を提出することにしました。つまり、配慮受検を希望した高校ではない高校を受検することも覚悟したのです。出願が始まると、ベテランの先生方の予想を超えるほどの競争率となりました。配慮受検を希望した高校も定員を大きく超えました。出願最終日、昼間に通える高校は全て定員を超えました。先生方のアドバイスで受検校を決め、私が志願書を出しに行きました。事前の話し合いどころか、見学にさえ行ったことのない高校です。これほど準備してきたのに、本当に予想外のことでした。高校では、志願書の望の写真を見て、「ん?」という顔をされましたが、本人はいないので質問されることもなく願書は受付けられました。

配慮受検希望校でないところに志願したので、受検上の配慮はなくなります。インフルエンザなど体調を崩した生徒と同じく、受検室の準備などは、高校対応でしてもらえます。高校は受検室と控え室の準備をして、できる限りの対応をしてくださいました。けれど、介助者は付き添えない受検です。つまり、手のない望は、試験用紙さえ開くことができないのです。中学の担任の先生は、配慮なしの受検が、人を使って生きてきた望に精神的なダメージを与え、人間不信になるのではないかと心配をされました。試験を受けたいと望が訴えても、試験監督には何もしてもらえないのです。本人は受検する気満々なのに、試験を受ける介助をしてもらえないことに怒って騒いだら、試験放棄とされる可能性もありました。要求を拒否されて、その要求を希望していないと判断されるなんて、まるで虐待です。それが制度なのです。望がどんなに辛い思いをするか、どんな結果を出されるか、たくさんの不安を抱えた受検となりました。

3月17日、試験当日、晴天。今回も私は送迎だけで、中学の先生が控え室で導尿や水分補給ができるように待機してくださいました。望は、2人の試験監督と3人だけの部屋で受検をしました。3教科です。1時間目、受検室に入った望は、試験用紙を前に、何を要求することもなく、じっとしていたそうです。前期試験の体験から、介助者や代筆者がいないから、静かにしているしかないと判断したのでしょうか。20分位して、姿勢が崩れてきたこともあり、試験監督の方から控え室に行きますかと聞かれ、控え室に移動したそうです。控え室では、昨年の試験問題をパソコンで回答して、「受検した気持ち」になるようにしました。今回も、休憩時間は大きな声を出していたようですが、2時間目も3時間目もおとなしく受検室に入り、1時間目と同様、しばらくして控え室に移動しました。3時間目は英語で、最後のヒヤリングでまた受検室に戻り、試験終了までじっとしていたそうです。帰り道はいつもの望でした。

望の態度は周囲の誰も予想しなかったことでした。受検したい自分への不条理な対応に対しての無言の抗議だったのかもしれません。友人が、「のんちゃんは、ちゃんとみんな解ってるんだって」と言いました。3月24日、合格発表。同級生2人が一緒に見に行ってくれました。番号を確認して嬉しそうでした。中学に行くと、先生方が待ち構えてくださっていて、一緒に喜んでくださいました。障害をもつ子どもが差別を受けているという社会の現実を突きつけられ、望を取り巻く周囲の方々の温かさを感じた受検でした。

講堂は2階。エレベーターが無いので、久々の手押し車椅子で。

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