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のんちゃん 便り

第144号 2009年 6月

高校生活スタート

入学して2ヶ月が経ち、5月の大型連休やインフルエンザ騒動の休校などもありましたが、望は夜間定時制単位制高校の授業の形態にも友達や介助の先生にも慣れて楽しく高校生活を送っています。順応性の高い子ですし、どんな環境でもやっていくだろうと予想はしていました。でも、親にしてみれば、「毎晩9時前に就寝していた望の生活リズムを思えば、昼間の高校に行かせてやりたかった」「大勢のクラスメイトと常時かかわりながらの学校生活を思えば、全日制の高校に行かせてやりたかった」と思います。けれど、「こうだったら良かった」「ああなれば良かったのに」なんて思っても、今は変わりません。今はココにいるのです。様々なことを前向きに受け入れていくのが「望」ですから、親も振り返ってはいられません。

正門で迎えてくださる先生方に『こんにちは』と挨拶して登校しています。挨拶なしでそそくさと通り過ぎる日もありますが、「恥ずかしくてソッポを向いてしまう」のが今までの望でしたから、挨拶をするのは大きな成長です。小中学校の先生方が見られたら驚かれると思います。登校すると、たいてい、食堂で持参の弁当を食べてから授業に入ります。5時半から9時前まで、1日4時限の授業です。全ての授業に介助の先生が付くという、小中学校では考えられないような手厚い介助体制です。普段のお転婆な望からは想像できないほど静かに授業を受けています。

定時制は昼間の高校と同じ教室を使用するので、毎日、授業前後に望用の机や椅子を運んでいます。同じ授業を受ける友達に手伝ってもらうこともあります。多くは声をかけると自然体で手伝ってくれます。対応のようすを見ていると、時として、その人の内面を垣間見ることがあり、なかなか面白いです。望は、友達の顔をすぐに覚え、駅や道で会うと大きな声で呼んでいます。それに対して、「なんやこいつ」というような表情を見せることもなく、ほとんどの生徒が自然に返事をしてくれます。望の「指示」に苦笑いしながら、付き合ってくれたりもします。突っ張ったり、先生に反抗的な態度をとったりして、大人の顔色をうかがうことなく開き直っているような感じの生徒が、さりげなく優しかったり、最後まで気配りしてくれたりします。それは、人から評価されるためにとる行動ではないからだと感じます。自主的に判断したり行動したりするには、まだまだ関わりが浅いのですが、どう関わろうかという戸惑いを持ちながらも、望の声かけに対し、聞こう、向き合おうとしてくれる生徒の感性の柔らかさは、本当にステキです。

生活は大きく変わりましたが、望は体調を崩すこともなく、元気に日々を送っています。2つの福祉作業所(就労支援事業所や無認可作業所)に、週に2〜3日、お弁当を持って昼食時から行っています。日中活動の場として利用させてもらっています。様々な人と関わって楽しんだり、仕事を体験したりしています。大学の研究会にも顔を出しました。月2回程度、参加できそうです。これから、生活リズムもできたら、もう少し活動範囲を広げ、いろんな人と関わりながらの職場体験もできればと思います。バイトもできたらいいです。お金は「お小遣い」を貰って使うばかりではなく、「稼ぐ」ことも知って欲しいです。

まずは、元気に日々を過ごすことが一番ですから、望の体調を見ながら、2、3年かけて試行錯誤しようとワクワクしています。ただ、これは親の勝手な思いなので、本人の意思を様々な形でいろんな人がキャッチしながら、意志確認しつついきたいと思います。定時制の高校ではいろんな人との出会いや関わりが生まれます。また、昼間に職場体験を含めた様々な体験もできます。学校中心ではなくなった今の生活は、少し大人に近づいた感じです。学校から社会へという一つの区切りによって大きく変わるのではなく、生徒でもあり社会人でもあるような今の状況は、自立への模索をするのに適していると考えています。4年間の高校生活を送りながら、親から離れて暮らすことを視野に入れ、他の人の生活を見たり体験したりして、自分の好きな暮らし方を見つけて欲しいと思います。望の「周りの人を巻き込んで生きていく力」を思えば、高校卒業と同時に親から離れ自立できるのではないかと、私は本気で思っています。

ただ、その自立への道に課題が1つあります。それは、医療的なケアの対応です。そのために、現在、親が学校待機を強いられています。3歳で保育所に入所して以来、保育所入所時の1週間と小学校入学時の1週間の2回しか、私は付き添いや待機をしたことがありません。校外(所外)学習には一度も行ったことがありません。医療的ケアの手技を先生に伝えるためにしばらく学校に通うことはしてきました。それは、事故のないよう、先生方が不安でないよう、望の学校生活がスムーズにいくようにと考えて、医療専門職ではなく、親の私がお伝えするほうが確実で信頼関係も築けると思ったからでした。でも、今回は、ケアする人(労力)としての待機です。望にとっては、そこに何のプラスの意味もありません。それどころか、親から離れられない状況が起こるという、自立に向かってきたはずが、環境は逆行しています。高校生が、親が学校にいることを喜ぶでしょうか?「障害児だから」ではなく、普通の感覚で考えて欲しいと思います。親が子どもの学校生活に常時付き合わなければならない状況が、高校生にもなって起きるとは驚きです。高校に重度といわれる障害児がほとんど入ってこなかったことが、このような事態を引き起こしている理由だと思います。出会わなければ、知ることも考えることもないのです。望と関わって考えて模索していただきたいと思います。私が、望から多くを学んできたように。

中学の先生方が、望を「高校」へと送り出すことができたのはなぜでしょう?それは、障害児教育の専門職でもなく、医療の専門職でもない教員が中心になって、中学校生活を支えてきたという思い、自分たちがやってきたのだから高校でも社会(どこ)でもできますよと言える自信を持たれたのだと思いました。中学校で一人の生徒として向き合い、胸を張って、我が校の卒業生だと送り出す、そういう先生方と出会えたことは、本当に幸せだと思いますし、望の自信にもなりました。今、望がいろんな先生や生徒に積極的に声をかけることができるのは、これまで培ってきた力が自信によって発揮されている感じです。

地域で生きていくということは、専門職にコントロールされたり依存させられたりしてはならないのだと改めて思いました。自分の意思をもって周りを動かし生きていく力を望は持っています。あとは、周りの人たちの力が問われています。

ひとこと

望が楽しく学校生活を送っているのは嬉しいことですが、私の待機分の消費時間は睡眠を削って補うしかありません。私の体力は消耗の一途です。私が倒れたら、望は学校生活を送れなくなります。「親亡き後、この子はどうなるの?」と、障害児の親達を苦悩させる社会の仕組みが見えた気がしました。

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