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のんちゃん 便り

第151号 2010年 7月
暑中お見舞い申し上げます。

猛暑が続きます。ご自愛ください。

ジュネーブへ!(その2)

ジュネーブ報告続編(番外編?)です。お待たせしてすみません!ジュネーブ出発にむけ、航空会社との交渉が難航しました。抱っこもベビーベッドも体重オーバーでダメとのことで、自力で座れない望の「座り方」と、電動車椅子の乗せ方が問題となりました。国際線のF航空会社の対応は、Iさんの知人の旅行会社の方がしてくださいました。「初の海外旅行だから、今後も海外旅行を楽しんでもらうために、いい形を作っておかねば」と熱く頑張ってくださいました。

伊丹から成田までのA航空では、望は座席に寝かされて、私の膝の上に頭を乗せて、シートベルトを身体に斜めに締めて乗りました。電動車椅子はバッテリーの回線を外して荷物として預けました。座り方は課題ありですが、スタッフの対応は良く、搭乗口まで自分の車椅子に乗ることができました。空港では、早くに空港用の車椅子に乗せ換えさせられることが多いのです。成田空港の待ち時間は、お茶をしたり、飛行機を眺めたり、それから、望は、海外旅行初体験の前に、マッサージチェア初体験をしました。うっとりしていました。

成田からパリ行きのF航空では、座席に座位保持椅子を取りつけて乗ることができました。交渉の時は、座位保持椅子を取りつけるならビジネスクラスに乗るよう言われ、拒否していたのですが、エコノミークラスに乗ることができました。電動車椅子からバッテリーを取りはずして預け、ジュネーブで受取りました。飛行機の中の狭いトイレの小さな高いベビーベッドで導尿しましたが、逆に、その狭さと高さが少々の揺れでも安定して導尿できる環境でした。

乗り継ぎのパリ空港では、空港の車椅子に座位保持椅子をとりつけて乗りました。望がお茶を欲しがったのですが、早朝で売店は開いておらず自販機は無く(といっても、円でもスイスフランでも買えないのですが)困りました。移動介助のスタッフが紙コップに水を入れて持ってきてくれました。「この水は、飲んでも大丈夫なのかな〜」とドキドキしつつ飲みました。しばらくして、カフェが開いたので、Iさんがユーロでペットボトルのお水を買ってきてくれました。待合所で、ジュネーブに傍聴に行く日本の方々に会い、望は早速、名刺交換をしていました。

ジュネーブ行きの飛行機に乗り込むと、望の電動車椅子が移しかえられているのが窓から見えました。乱暴に扱われていて、ヒヤヒヤしました。パリからジュネーブ行きの飛行機は小型だったため、望の座位保持椅子はビジネスクラスに取り付けられました。といっても、それに気づいたのは、飛行機を降りてからです。乗務員から説明もなく、望と一緒に前方の席に座らされたOさんが、朝食が出たと報告。後方の席に座らされたIさんと私はチョコレートクロワッサンと飲み物だけだったので、ビジネスとエコノミーに分けられ乗せられたことが判りました。

5月26日、ジュネーブ空港着。電動車椅子のバッテリーを取りつけ、案内されて移動しているうちに、入国審査に気づかず、いつの間にか外に出てしまいました。そして、ジュネーブ中央駅まで列車に乗ろうとキップを買ったものの、改札がありませんでした(無賃乗車が見つかると高い罰金をとられる仕組みとか)。なんだか、不思議な感覚でした。駅員さんが見当たらないので、車椅子で乗れる列車を探すのに一苦労しました。一両がバリアフリー車両になっている列車に乗車。車椅子利用者だけではなく、聴覚障害の方や高齢者や妊婦さんなどに配慮された車両でした。ホテルでは、チェックインの前に部屋を見せてくれました。電動車椅子でも出入りできる部屋で、広いベッド。夜中に望がベッドから落ちる心配はありません。

ホテルに荷物を置いて、ジェッドー(大噴水)を眺めながら、ベルグ橋を渡り、レマン湖のほとりで軽くランチを食べました。カフェが多く、陽射しを求めるかのように路上にテーブルと椅子を並べています。建物も、天窓や出窓が多く、陽を取り入れる作りが多かったです。気温は日本と同じ位でしたが、昼間は、多くの人が肌を露出して、日光を浴びようとしているかのようでした。ランチ後、街を散策しました。時計屋とチョコレート屋も多かったです。私たちは、文具店とスーパーに立ち寄って、ホテルに戻りました。

夕方、ホテルロビーにて、NGOレポート連絡会議の方々と打ち合わせをし、その後、スーパーに買い出しに行きました。デパ地下のようなスーパーで、様々な惣菜が並んでいました。チーズの種類も豊富でした。Oさんが望をお風呂に入れてくれ、その後、4人でホテルの部屋で夕食を取りました。望は疲れたのか、夕食中に寝てしまいました。夜9時になっても外は明るかったです。

27日午前中と28日午前中の審議会のようすは、前号に書いたとおりですが、望は、静かに熱心に()傍聴し、休憩時間には権利委員のところに行って活発にアピールし、初めての場面に臆することなく(望には、日本語だろうが、英語だろうが、フランス語だろうが、関係ないのです)、自分の「仕事」をしました。導尿は、審議会の前と後に、車椅子対応のトイレに椅子を持ち込んで行いました。

27日午後は傍聴できなかったので、Oさんと望と私はホテルに帰り、導尿した後、外出しました。陽射しが厳しくて、望はスーパーでエーデルワイスの刺繍の入った帽子とカフェオーレを購入しました。望がバスに乗りたがったのですが、路線図を見ても行き先がわからず、行き先不明のバスに乗る勇気はありませんでした。ジュネーブ中央駅近くのノートルダム寺院の庭で、カフェオーレを飲みました。レマン湖のほとりを散策しながら、結局、審査会場のパレ・ウイルソンまで戻りました。そこからジュネーブ中央駅までバスに乗ろうとしたのですが、車椅子対応のバスが来ず、あきらめて、トラムの駅を探して歩きました。審査会終了の時刻になっていました。トラムの駅で、権利委員の女性に出会い声をかけられました。バスに乗れずに怒っていた望は、トラムに乗ってようやく納得しました。トラムは、スロープ板の設置してあるドアに車椅子マークがついていました。夕食は、チーズフォンデュを食べに行きました。でも、ワインの香りがきつくて、嗅覚の敏感な望は口にすることができず、ジャガイモの卵とじとサラダとパンを食べました。

28日の夕方、ヨーロッパ国連本部(パレ・デ・ナシオン)からジュネーブ中央駅まで、望が前日から待ち望んでいたバスに乗ることができました。大阪のノンステップバスと違い、スロープは引き出す形ではなく、床に折りたたんである形で、乗客でも操作できます。夕食は、審査会傍聴で出会ったEさんと通訳をしてくれたSさんと6人でレストランに行き、レマン湖でとれる白身魚の料理(フィレ・ド・ベルシェ)、生牡蠣、サラダなどを食べました。Sさんと一緒に食事して、イケメン好きの望はとても嬉しそうでした。

最終日の29日は、夕方まで自由時間でした。朝食後、スーパーに土産物を買いに行きました。朝市が開かれており、色とりどりの野菜が並んでいました。服や下着も売っていました。スーパーでチョコレートなどのお土産を購入し、ホテルに戻りました。ホテルをチェックアウトの後、ジュネーブ中央駅へ行き、荷物をコインロッカーに入れ、観光に出かけました。観光はできないだろうと下調べなく行ったので、現地でガイドブックを見ながらの行き当たりバッタリの散策でした。旧市街に行き、石畳の道を登り、旧兵器庫、サン・ピエール大聖堂を見学し、バスチオン公園を散歩して、宗教改革記念碑を見て、ルソーの家へ行きました。石畳の坂道、緑も多く、異国情緒たっぷりでしたが、車椅子には振動が大きく、望は「う〜!あ〜!」と怒っていました。ルソーの家のトイレに椅子を運び入れて導尿しました。ランチは、公園の木陰のカフェで。望は『おにぎり!』と訴えていましたが無理な注文です。でも、ジュネーブは、パンが美味しかったです。その後、レマン湖のほとりを散歩。土曜日だからか大勢の人でした。旧市街をのんびりと散策できましたが、レマン湖観光船や市内ツアーのミニトレインに乗れなかったのが残念でした。

夕方、ジュネーブ中央駅から空港へ列車で行く予定でしたが、車椅子は1時間前に予約が必要と言われて断念し、バスで移動しました。到着した日に列車に乗れたのは偶然だったのか?始発だったからか?F航空でジュネーブからパリ経由で成田へ。今度は、電動車椅子はバッテリーの回線を外すだけでOKでした。パリでの乗り継ぎは2時間。空港が広く、車と電車で移動しました。パスポート確認の際に、警官が車椅子を調べると言われ長時間待たされました。空港の車椅子を検査?理解できず、車椅子を置いて抱っこで行くと訴えましたが、聞き入れられませんでした。搭乗口に着いたのは、一般客搭乗の直前で、その上、座位保持椅子を取り付けることが機内に伝わっておらず、機内でまた説明したり座席移動したり。慌しくて疲れ、離陸までのわずかな間に4人共眠ってしまいました。

飛行機の中では、食べるか寝るかで、ひたすら休養し、30日18時に成田空港に着きました。成田空港でIさんと別れ、Oさんと望と私は、成田エキスプレスで東京駅に行き、新幹線で帰阪しました。最終の新幹線には乗らなければと焦っていましたが、成田空港から成田エキスプレスの駅までと、東京駅構内ではスタッフが案内してくれたので、スムーズに乗換えができ、予定より早い新幹線に乗ることができました。前日から「おにぎり」を欲求していた望は、新幹線の中で買った駅弁で満足し、食べ終わると爆睡しました。

帰国した翌日からは普段どおりの生活が始まりました。帰国の勢いで元気だったのか、2日程して疲れがみえましたが、すぐに復活し、また元気な望です。

ひとこと

国連・子どもの権利委員会からの総括所見(最終見解)が出ました。「障害あるこども」について、これまでよりも多くの具体的な勧告がありました。望がジュネーブに行った成果があったかなぁ。次は、この勧告をどうフォローアップしていくかが課題です。

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