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のんちゃん 便り

第2号 1996年3月 文:向井 裕子、WP:向井 宏、絵:静代

「いばって生きる」

1995年9月より大阪市西区の山口ヒロミさん(著書「寝たきり少女のが聞こえる」自然食通信社)から「あまね通信」を送っていただいております。天音ちゃんは14歳の重度の障害児です。その「あまね通信」の今年の新年号に「いばって生きてもいいよ」という文章がありました。15年前から体が不自由なヒロミさんのお父様と14歳の天音ちゃんは、ずっといばって生きているというのです。いい言葉だなぁ。心に浸透していきました。「いばって生きなさい」ではなく「いばって生きてもいいよ」に山口さんのやさしさを感じました。山口さんの文章が伝えたかったことと私が感じたことは少し違うかもしれませんがいろいろと考えさせられました。

そういえば、望もずっといばっていました。私達夫婦は時々、「望はえらそうに『ん、ん』と親をあごでこき使うね。」とか「望は我が家の大切なお姫様だから。」と言って笑ってきました。一日一日、いえその時その時を生きていくこと、それ自体が大変な、重い障害を持った人達や子ども達は、いばって生きていいんだと心から思いました。その日その時を生きることが、「すごいぞ」「えらいぞ」なのです。呼吸をすること、移動すること、食べること、話すこと、何の苦もなく生きている私達は必死に何かを成して、それでやっと重い障害を持った人達や子ども達のえらさに少し近づくことができるのかもしれません。

望は、医師に「産まれても育ちません。」「3日もつかどうか」「3ヶ月か6ヶ月か。1年はもたないかもしれません。」等々と言われながらも、私のおなかの中で、そして産まれてからも、ずっと私に「私は生きたいの!」と訴え続けてきました。望の心の叫びを受けとることができたのは、望を産んだ私だけでした。でも、その私も望が生まれた時、「この子はこんな身体をして、なぜこんなにも生きたいと訴えてくるのだろう。何のために生きていくのだろう。」と思いました。今思えば、望に対しとても失礼な問いかけだったと思います。こんなに一生懸命に産まれ生きているのに、障害を持って産まれたが由に生きる意味を問われるなんて。「望、ごめんね。望のがんばりには頭が下がります。今は、必死に生きて望のえらさに近づきたいなあと思っています。」

望は昨年末より著しい成長をしています。といっても1歳で歩き、2歳でおしゃべりをする普通の子どもの成長に比べれば著しいといえるものではありませんが、望は誰とも比べられないと思っていますので、望にしては著しい成長です。はいずり始めた頃からおてんばぶりを発揮して、身体を動かしてもらうことが好きになりました。療育センターで昨年までは絵本や紙しばいが好きなことで、糸まきまき(だっこしてぐるぐる回しをする)やタオルブランコ、トランポリンにエアマット等は苦手で泣いてばかりいました。今では、皆大丈夫です。タオルブランコ、すべり台は「私、私!私する!」とばかりに要求するようになりました。また「アッアッ」と声を出して、右手で手差しをして『あっちに連れていって』『あのおもちゃで遊んで』と訴えます。いやなものはいやいやと首を振ります。望は「ダイダイ」や「アウアウ」といった喃語以外には、要求を表したりする「アッアッ」という声を出す位で言葉は全く出ていません。でも、私達夫婦は望と大分コミュニケーションがとれるようになったと感じています。これから先、望が言語を使うことができるかどうかはわかりませんが、言葉がでないことが大きな不安となる社会であってほしくないと思います。望の「アッアッ」と手差しの欲求に回りの人が自然に手を差しのべてくれるようなそんな社会であって欲しいと思います。重い障害をかかえた子ども達がいばって生きていくことのできる社会であって欲しいと願っています。

繰り返し 繰り返し

療育センターの池田先生(望の担任の保母さん)に「子どもの喜ぶ同じ遊びを何度も何度も繰り返してやることが大切です。」と教えられました。望は、1歳の夏には連日40度以上に体温が上がり氷枕をして寝させて過ごすことが多かったことや3回の手術入院があったこと等から、よく絵本を読んでやっていました。でも、読んでいる私の方が飽きることもあっていろんな本を次から次へと読んでいましたので、望の好きな本を繰り返して読んでやればよかったと反省させられました。

繰り返しの大切さは、望の成長からもわかります。毎日見るテレビ番組「お母さんといっしょ」の「ぞうさんのあくび」の体操では、手を回して「ア〜ア」とあくびをする部分を時々真似るようになりました。 昨年の春から療育センターに通園していますが、通園の車の中でいつも同じCDをかけています。望にとって週3回片道40分以上の道中はとても長いと思います。退屈してぐずる望に信号待ちの時など、CDの手遊び歌をしてやっていました。最近では「パンダ・うさぎ・コアラ」や「おべんとうばこのうた」の曲になると手遊びをしてと私を見て「アッアッ」と要求しますし、「インディアンがとおる」の曲では腕を口にもってきて「アワワ」とするようになりました。毎朝、望に「バイバイ」をするお父さんにはバイバイと手を振るようになりました。繰り返し繰り返し、そして、ゆっくり成長している様です。でもその繰り返し繰り返しは、成果を期待して行ってはならないのだろうと思います。努力をしたら努力した分の良い結果が必ずあるわけでないことは、10年間の会社勤めで体得しています。まして望は重度の障害を持った子どもです。望の小さな成長は私達の喜びです。望が何かを理解するのに長い時間がかかるのなら、私達は繰り返し繰り返し望の相手をしていきます。けれど、必ずしも結果は良くなくてもいいのです。望は今のままで十分に愛しく尊いのですから。

ひとこと

2月1日に望は腎臓の検査をしました。造影剤を入れるための点滴を確保するのが大変でした(結局3回目に脇腹でとれました)。また、痛い思いをさせてしまいました。腎臓の検査結果は心配ないとのことでほっとしましたが、神経因性膀胱なので夜の導尿は続けなければなりません。

2月は、ボランティアの勘原さん、上野さん、小濱さん、津田さん、菊永さんが来て下さいました。ボランティアさんと望だけで遊ぶようにし、お母さんから離れるようにしました。ボランティアさんと望の笑い声が別室まで聞こえてきます。

今回より友人の静代ちゃんが望の絵を描いてくれることになりまいた。よろしくお願いします。

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