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のんちゃん 便り

第21号 1997年 10月 文:向井 裕子、WP:向井 宏

障害児を育てる

のんちゃん便りのホームページを開設して、いろんな方からインターネットで感想が送られてきました。ありがとうございました。ホームページを見られた方は、私達の知り合いの方ばかりではありますが、初めてのんちゃん便りを読まれた方、初めて望を知った方が多くて望の誕生のあたりのインパクトが強かったのか、涙が出ましたという感想や随分勇気が必要だったでしょう(ホームページの開設に)という感想がとても多かったです。

ホームページ開設は、創刊号の頃より竹中ナミさん(12号に登場)から勧められていたのですが、労力を惜しんで延び延びになっていたのです。夫がプロップステーションというボランティア団体でチャレンジド(障害者の米語。プロップでは障害者のことをチャレンジドという)にホームページの作り方などを教えている立場上、そろそろ重い腰を上げねばとやっと作ったホームページです。「のんちゃん便り」が既に多くの人に読まれ、コピーされて見知らぬ人のところに行ったり、講演に使われたりしているので、ホームページ開設にさほど勇気は必要ありませんでした。ただ、望に会ったことのない人に、私達の思いや望のかわいさがどれほど伝わるだろうかという不安はありました。いろんな感想を頂いたのですが、この夏に先天性四肢障害児父母の会の総会に行った時、父母の会の会員さんで2才の女の子のお母さんのFさんが、「ホームページ見ました。望ちゃん、保育所楽しそうに行ってるんですねぇ。」とかわいい笑顔で声をかけてくれたのが一番うれしかったです。

この通信を発行するきっかけとなったのが望のずりばいであるように、私は、この通信で望の成長とともに望の強さやかわいさ、望と共に暮らす楽しさを伝えたいと思っています。「のんちゃん便り」を毎月読んできて下さった方々や、望を見守ってきて下さった方々には伝わっているだろうと思っているのですが、ホームページを見て、初めて望を知った方々にその思いは伝わっているのでしょうか。私達はけんかもするし笑いもする、子供と一緒に遊びにも行くし、我が子がどの子より一番かわいいと思っている普通の親であり家族です。これから先、月々読んで頂ければ、私達の思いは伝わっていくと思います。

障害児を出産すると、ほとんどの人はショックを受けます。医師でさえも、その「不幸な出来事」をどう伝えようかと悩むようです。そして、親達は、障害児を産んだことや障害児を育てていることをなかなか人に話すことができないのです。それはなぜでしょうか。かしこい子を産み育てることが自慢となることの裏返し、つまり、障害児を育てていくことが暗く悲しく大変なことだという偏見や障害児を産んだことでプライドが傷つけられてなんだかカッコワルイという思いが「障害児の出産」=「不幸なこと」にしているのだと思います。

望を産んでしばらくしたある日、ある医師がこう説明してくれました。「子供が障害を持って産まれたのは、子供が悪いんじゃない。お母さんのせいでもない。お母さんがどんなに気をつけていても産まれるんですよ。たまたま障害児が産まれ、たまたま障害を持たない子が産まれるんです。」長い間、子供の欲しかった私は良い子が産まれるように妊娠していない内から薬の服用はなるべく避け、早くに妊娠に気付いた後は、添加物や農薬の少ない食物をバランスよくとるように気をつけて、つわりはきつかったものの快適な妊婦生活を送っていました。ですから、その医師の言葉は、心にしみわたり、納得することができました。それから、望も私もありのままに生きていけばいいのだと思ったのです。

子供が障害を持って産まれたのは、「親が悪いのでも子が悪いのでもない」だけではなく、今では「障害児が産まれること自体が悪いことではない」と思っています。もちろん薬害や公害、農薬、添加物等によって胎児が危険な状態にさらされることはなくさなければなりません。しかし、人間は一人当たり異常な遺伝子を約10個持っているそうですから、どの夫婦にも障害児が産まれる可能性があるわけです。胎児診断がどんなに進んでも、出産時のトラブルにより子供が障害児になる場合もあるわけです。障害児が産まれることは自然なことなのです。

この4年近く望を育て成長を見守ってきて、私は強がりでなく、障害児を育てることは決して不幸なことではないと確信しています。「早くしなさい」と子供を叱りつけることもなければ、他の子と比較してあせることもありません。望は「はやく」することもできないし、他の子とあまりに違いすぎて比較できないからです。望の少しの反応や小さな成長は、即「エライ」「スゴイ」につながって大きな喜びとなりますし、それに何より望はかわいくていとおしい存在です。こんなにかわいいヨと自慢したいくらいの子供です。私は楽しく子育てをしています。望の出生直後、NICU(未熟児センター)で驚きとともに望を受け取り、生後3週間、望を看護して下さった看護婦さんがのんちゃん便りを読み続けてくれているのですが、望の保育所での様子を読み、「『望ちゃんも普通の子供だったんだ。』と思った。」とお便りをくださいました。医療現場の方々、出産の時「不幸」と思った家族が、どんなふうに変り、どんな日々を送っていくのか、成長していく子供や家庭での子供の様子をどうか知って下さい。確かにバラバラになっていく家族もいます。でも、きっとその子を育てている母親あるいは父親、もしかしたら里親はその子供から多くの幸せをもらっていると思うのです。事実、ある養護学校では、「わが子よありがとう」という親の文章が出ています。私自身、毎日の忙しさに多くのことを見落とし、様々なことを考えているふりをしながら生きてきました。望の誕生により、わが子に「人間の価値とは」「生きる意味は」という難題を与えられ、考えざるを得ない状況に置かれ、ゆっくり歩かなければならない状況に置かれ、命の尊さを教えられ、今まで気づかずに来たことが見えてきました。子供のこれからのことを考えるとともに自分の生き方が見えてきました。障害を持って産まれた望には申し訳ないのですが、生きていくのに一番大切なことが解り、おろかだった自分に気づかされました。これは一般論ではなく私個人のことなのです。世の中には、子育てと仕事を両立させながらしっかりとした考えを持ってがんばっている女性もいれば、障害児を育てながらも仕事を続ける女性もいて、本当にエライなあと思います。一方で、子供が障害を持って産まれたためにわが子を受け入れることのできない親もいます。それは、人それぞれです。私の場合、望が障害を持って産まれたことで、失ったものもあるけれど、それ以上に得たものが大きいということなのです。多くの人に出会いつながり生きていくことができるようになりました。もし、望が障害を持たずに産まれていたら、今ほど望を愛せたかどうか私には自信がありません。私は望に感謝しています。

障害を持って生まれた子どもは、確かに幸せとは言えないかもしれません。苦しみや悲しみを負うことも多いです。でも、それらの多くは社会が作り出していることを忘れないで欲しいと思います。障害児を受け入れることのできる豊かな社会となれば、子供達の精神的な苦しみは取り除くことができます。「障害児よ、頑張れ。障害児の家族よ、頑張れ。」ではなく、皆でがんばって楽しく生きたいものです。

しかし、望の子育てを楽しんでいるという私も、いつも楽しいわけではありません。夜中に何度も望に起こされて眠れない日々、座ることもできない望を一人で風呂に入れるためにいつもからすの行水のお風呂、制限されている自分のための時間、大変なことも多くあります。子供かわいさで頑張っているものの、核家族で障害児を育てるのは体力的にはかなりきついのが正直なところです。療育センターを卒園する時、卒園児のお母さんの何人かが、まず歯医者に行きたいと言いました。私などはご近所の人に望を預けたり、ボランティアの方にお願いして病院に行っていたのですが、そのお母さん達は、走り回ったり冷蔵庫を勝手に開けたりする動きの激しい子供を近所の人に預けることはできないと言うのです。それほど、母親達の時間は奪われているのです。体力的な疲れは精神にも影響します。いくらわが子がかわいくても、クタクタの身体ではどうしようもないことがあります。でも、それは行政の力や地域の力でかなり改善されることなのです。ホームヘルパーの派遣や一時預かりが障害児のいる家族にも適用されれば、働いている人間がもっと家事や育児に協力できれば、地域の人が共に考えてネットワークができれば、かなり楽になるのです。児童福祉法で在宅福祉について定められたり、労働時間の短縮が叫ばれても、現実問題、ほとんど改善されていないのです。「豊かな社会とは程遠いよなあ」とため息が出ます。なんだか難しい話になりそうなので話を我が家のことに戻します。

一回きりの人生、他人と同じじゃつまらないと思っていた私にとって、障害児を育てるということは案外適した仕事なのかもしれないと思ったりしています。望しか育てたことのない私です。それもまだわずか4年足らず。そんな私の意見ですが、子供に障害があろうともなかろうとも、子供はかわいくて子育ては楽しくて大変なことだと思います。ただ、その大変さが障害児を育てる場合、少し大きいのです。だから、少しだけ手を貸して下さい。手を貸して下さったあなたもきっと心豊かになると思います。望を育てることによって、かけがえのない人生を送っている私は、これ以上求めては欲張りかなと少し遠慮がちにそんなふうに思っています。

(大好きな保育所の帽子とリュック)

ひとこと

今回は、望が2才になる頃、つまり、2年前位に私が考えていた障害児を育てるということについて書きました。ホントは、「望はかわいいヨ。障害児を育てることは楽しいこともあるんだヨ。」なんて言わなくても、私達の思いは伝わっていると思っているのです。改めて肩肘張って書くこともない、私達の暮らしを見ていてもらえば分かって頂けると思ってきたのですが、ホームページ開設にあたり、望の障害が偏見をもたれやすいことや、「のんちゃん便り」を部分的に読む方も増えましたので、迷った末に書くことにしました。もし、これを読んで、私達にどう接したらいいのか分からない方は、どうぞ望に会いに来て下さい。

望は、9月中旬からは、元気でした。釣りにも行きました。鯵が、100匹も釣れました。次から次に釣れるので、望にも魚を釣るということが分かったのか、竿を触ったり、鯵が釣れる度に「フフッ」と笑って、飽きもせずにずっと釣り糸の先を見ていました。

私は、9月に近くの総合福祉施設で開かれた、ボランティア講座を受講してきました。乳児院で3日間だけですが、ボランティアをしてきました。子供は、どんな子でも本当にいとおしいと改めて感じました。

10月4日は、運動会です。気温の変化が大きく、望は、2、3日前から風邪気味です。運動会がちょっと心配です。どうなることやら。次号をお楽しみに。

付録(インターネット情報)

久しぶり登場のお父さん(宏)です。ちょっと一言。のんちゃん便りをホームページにする少し前に、先天性四肢障害児父母の会でもホームページを作りました。大きな団体なので、ホームページの立ち上げにあたり多くの難題を抱えていますが、全国の会員でホームページ委員会を作り現在準備作業中です。会の紹介、賛助会員の募集などを載せています。

URL:http://park.coconet.or.jp/hubonokai

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