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のんちゃん 便り

第31号 1998年     文:向井 裕子、絵:静代

残暑お見舞い申し上げます。

プール

7月7日の七夕に、「毎日元気で保育所に通えますように」「プールにたくさん入れますように」と短冊に書いて、保育所の大きな笹に結びました。でも、6月末から下り坂だった望の体調は、7月に入っても横ばい状態で、体温は毎日38度2分位でした。汗が少なく体温が高めなことを除けば食欲も機嫌もいつも通りでしたので、保育所には通いましたが、七夕の翌日のプール開きではプールに入れず、その後もしばらくプールに入ることができませんでした。ようやくプールに入ることができたのは14日でした。保育所のプールは浅いので、子ども達は、ハイハイの格好で足は伸ばして、手でプールの中を歩きます。望は、大好きなK君の背中に乗せてもらい気持ちよさそうにしていたようでした。この日から4日ほどプールに入ることができました。

18日は、夏祭り。ずいぶん暑くて心配しましたが、二枚貝の形をした手作りのお神輿に乗ってご機嫌でした。ちょっと得意そうな表情をしていました。ほんとは毛糸で作った長いピンクの髪のカツラをつけてビーナスになるつもりだったようですが、あまりの暑さに保母さん達はあきらめたようでした。青いはっぴに豆絞りで神輿に乗りました。最後の盆踊りは、楽しそうで保母さんに抱っこされて踊っているつもりなのか、手を上げたり前に出したりしていました。夏祭りの後で、暑さと疲れでダウンするのではと心配していましたが、19,20日と自宅でゆっくりと過ごし、21日からは元気で登所することができました

21日の昼前に保育所に行くと、プールから上がったばかりの子どもたちが、「望ちゃん、顔つけしたんやで。」と口々に私に教えてくれました。去年、望は顔つけにチャレンジしたので、私は驚きもせず子どもたちの声にうなずいていました。でも、今年の顔つけは去年とはどうも違うようです。保母さんも興奮気味で「望ちゃん、顔つけすごかったんですよ。」とおっしゃいました。その日の保育所との連絡ノートには次のように書いてありました。「今日のプールはほんとにがんばりました。さて何回顔つけをしたでしょうか。5回以上はしたのではないでしょうか。去年は、みんなが入っているプールに入るのはいやで、みんなの休憩時間が望ちゃんのプールタイムだったんだけどなあ。今年は一緒に入って顔つけが出来るようになりました。」お友達が、数人ずつ一本の棒を握って伏し浮きで顔つけの練習をしているところをじっと観察していて、それから突然に顔つけを始めたとの事でした。

翌22日、また昼前に保育所に行くと、望のクラスと年長さんがプールに入っている最中でした。そして、「望の顔つけ」を見ることが出来ました。保母さんが望の胴を持って、平泳ぎのような格好で進みます。望は顔をしっかり上げて前を見ています。保母さんが「望ちゃん行くでー」と声をかけると、少しおいて、自分から顔を水中にザブンとつけたのです。年長クラスの保母さん方も驚いていらっしゃいました。私も思わず拍手して目が潤みました。望は、一瞬ですが息を止めるというコツをつかんだようでした。23日の連絡ノートには「たてわりのグループ(3〜5歳のグループ)でのプール遊び。顔つけを何度も何度も。プールの端から端まで行くのにも5回以上は自分でつけたりあげたり。また1日ですごい進歩です。みんなに注目されてほめられると、ますます張り切る望ちゃんなのです。」望の様子を想像すると、息継ぎの長い平泳ぎという感じでしょうか。

水しぶきが大嫌いだった望がすごい進歩で、プールがすごく楽しみになりました。プールでがんばりすぎたのか、24日金曜日の夕方にいきなり40度の熱を出しました。慌てて時間外診察に行きましたが、夏風邪のようですぐに治りました。七夕の短冊に書いたように、たくさんプールに入れる夏になって欲しいと思いました。でも、その願いは、はかなく消えるのです。それについては、次の章で。

医療的ケア

望は、2歳になる前頃に、神経因性膀胱と診断されました。神経因性膀胱は、自分で膀胱を収縮させて排尿をするというコントロールができない症状です。望の場合、尿が膀胱に多く溜まるため、腎臓に支障が出てきます。1日に1回導尿(自己導尿・細い管を尿道に挿して管の内側を伝わってくる尿を採る)をして残尿量をみていたのですが、この春から、残尿が多くなり、腎臓が肥大してきていました。1日1回の導尿が、2回になり3回になっていました。朝起きて導尿し、保育所から帰って導尿し、夜に望が寝てから導尿していました。

しかし、望の腎臓はますます肥大(水腎症)していました。7月13日の泌尿器科の診察で、医師は険しい顔で腎臓のエコーを診て、「お母さん、導尿を定期的にやってもらえるか。」と私に聞きました。「やっぱり。」と私は思いました。そういう予感と、覚悟のようなものは出来ていました。医師は私の負担を考慮してか「4時間おきにできる?」と聞かれました。でも、望の日ごろの排尿の状況を考えると私は「4時間おきでは意味がない」と思い、「先生、2時間おきにやります。」と言いました。望の腎臓を守ることが最優先でした。私の労力は後で何とか解決しようと思いました。「そうか、じゃ2時間おきにやってくれる?」と言う医師に、それでもなるべく負担は軽減しようと思った私は、「はい。でもお願いがあります。カテーテル(導尿をするための細い管)を1日1本で1ヶ月に30本ではなく、家の外では使い捨てにさせてください。二分脊椎症児を守る親の会の人に聞いた話では、1ヶ月に150本もらっている人もいるということだったのですが。」と言いました。私の言葉に、医師は「えっ。150本?」と驚きながら、保険点数を計算してくれ、たくさんのカテーテルを出してくれました。

その日から、2週間、2時間おきの導尿が始まりました。望の行っている保育所には、看護婦さんがいません。すぐ近くの保育所には看護婦さんがいるのですが、個人や一保育所の判断では動くことができません。また、大阪市の保母さんは、医療的ケアを行ってはならないとのことでした。ちなみに、治療などに伴い医師や看護婦が行うものは「医療行為」で、「医療的ケア」とは継続的に必要なために医師の指導の下に患者や家族が行うよう委ねられた行為のことで、例えば、大阪市の養護学校では教師の手で行われています。

夫と望との3人だけの核家族で、夫は帰宅の遅い会社員、親や親戚も近くにない我が家では、結局、望の導尿はすべて私の肩にかかることになりました。朝7時に始まって、望を保育所に連れて行って9時20分頃、11時半と13時半に保育所まで行って導尿し、15時半に保育所に行って導尿し16時まで待って望を連れて帰宅し、17時半、19時半、21時半、23時半に導尿をして一日が終わるという日々が始まりました。2時間おきといっても、望が保育所に行っている間は保育所まで行ってしなければならないので、自宅にいる時間は、1回1時間半弱ずつが3回となりました。時計とにらめっこの生活です。あっという間に1日が過ぎ、疲れた状態のまま、また眠れぬ夜がやってきます。2時間おきの導尿でも私の予想通り200cc位の尿が溜まっており、回数を減らすことは無理だと思いました。これでは私の体がもたないと感じました。

私は、まず区の保健所に行きました。保健婦さんたちにも解決策がないようでしたので、区内の訪問看護ステーションについて聞きました。区役所の健康福祉サービス課(以前は福祉事務所だった)にも行きましたが、利用できそうなサービスは無いようでした。保健婦さんも健康福祉サービス課も親切に対応はしてくださいましたが、訪問看護ステーションのサービス内容については把握されておらず、子どもがサービスの対象になっているかどうかは分かりませんでした。「電話で尋ねてみましょうか。」とおっしゃいましたが、電話の向こうで「やっていません。」と断られればそれで終わりです。やっていないのならやってもらうように頼まなければと思い、「自分で尋ねてみます。」とお断りしました。

区内の3つの訪問看護ステーションを回りました。保育所に一番近いM訪問看護ステーションは、子どもでもいいですが、自宅に行くことが原則なので保育所に行くことはできないと言われ、粘ってお願いしたのですが断られました。帰り際に「障害児のお母さんたちは、がんばりすぎるからねえ。体を大事にしないと。子どもさんの主治医に相談して導尿のこと何とかしてもらったら。」とおっしゃいました。でも、無理をしたくて、無理をしているわけではないのです。介護する側の都合だけで介護の内容を決めることはできないと思うのです。私は悲しくなりました。

私は、次にT訪問看護ステーションに行きました。Mステーションで、保育所にはどこのステーションも行かないだろうと言われたので、「保育所には行ってもらえないかもしれませんが。」と断られることを覚悟で言うと、「いいですよ。医療機関なら無理ですが、看護婦さんのいない保育所は自宅に近いものとみなして行きますよ。ただ、週2日までにしていだたきたいのですが。」とおっしゃいました。そして、「お母さんの体調が悪いとか、用事があるときには何とか都合をつけて、訪問予定でない日でも伺いますから。」と言ってくださいました。帰り際、「一緒にがんばりましょう、といっても、もう十分にがんばっていらっしゃるとは思いますが。体に気をつけてくださいね。」と言われました。

最後に、区の医師会がやっている訪問看護ステーションに行きました。Tステーションで良い答えがあったので、気持ちが楽でした。医師会のステーションは、新しくできた区の在宅サービスセンターの中にありました。センターの中には、他に区の社会福祉協議会(社協)やボランティアビューローなどが入っています。訪問看護ステーションの看護婦さんたちは、皆出払っていて留守でしたので、以前にボランティアさんを紹介していただいた社協のUさんと話をして帰りました。その結果、ステーションの看護婦さんは、保育所に週3日行って頂けるとの事で、電話で手続きや料金について説明してくださいました。また、ボランティアビューローのコーディネータのNさんからも電話があり、区のボランティア募集一覧のチラシに加えていただくことになりました。

訪問看護ステーションというと、老人を対象にしていると思われがちですが、意外と子どもからお年寄りまで対応してくれるということが分かりました。また、望は、身体障害者手帳の一級を持っているので、70歳以上の老人と同じ一回(2時間以内)250円でサービスを受けることができることも分かりました。T訪問看護ステーションにお願いするか、区の医師会訪問看護ステーションにお願いするか迷った末、医師会のステーションにお願いすることにしました。障害児も訪問看護ステーションを利用しているということを広め、他の障害児の家族も利用しやすくするには、医師会のステーションのほうが良いと思ったからでした。

7月27日、再び泌尿器科で腎臓のエコーをとりました。腎臓の肥大が治まっていないため、膀胱から腎臓への尿管逆流を起こしていないかの検査をしました。幸い、尿管逆流はないようでした。医師に、悪いのは膀胱だけだと思っていたのだが、急に腎臓が肥大して導尿をしても治まらない原因をきちんと調べておかなければ、5年後、10年後によくないことになるからと言われ、膀胱にカテーテルを留置して尿がたまらないようにして、腎臓の様子を見ることになりました。望は、留置カテーテルをつけ、尿のパックをつけて生活することになってしまいました。パックに溜まった尿を捨てるだけの対応になり、自己導尿のための訪問看護ステーションからの看護婦さんの訪問は必要なくなってしまいました。そして、自己導尿がなくなり、私の介護負担は減りました。

しかし、私の気持ちは、2時間おきの導尿をすることになったときよりも、ずっと落ち込んでいました。望は、1歳前後に半年間程、人口肛門をつけていました。人口肛門がついたとき、これで望の命がつながったと胸をなでおろしましたが、人口肛門が取れたときには、ほっとしました。体に異物をつけることは、そのようにして暮らしている人もたくさんいるのですが、やはり、大変なことです。また、望ならではの問題も多く出てきます。望には足がありませんから、腰からおなかを包み込むような座位保持装置を使用しています。小さなパックでも支障がでます。尿のパックがあるために、スタビライザーの使用はできなくなりました。電動カートにも乗れないのではと心配しています。それから、排便が自力でできないため、私がおなかを揉んだり押したりして毎朝出していたのですが、それも難しくなりました。留置カテーテルは、カテーテルが抜けないように膀胱内にバルーンがあるため、しっかり押さえることが出来ず(医師は押さえても大丈夫とおっしゃいましたが、望は嫌がりました)、便が十分に出てきません。1度浣腸をしましたが、ずいぶん苦しがってかわいそうでした。保育所の生活では、まず、プールに入れなくなりました。たかがプールされどプールなのです。あんなにがんばっていたのにと残念であると共に、ずりばい位しか運動できない望にとっては、プールは大切な運動なのです。また、尿が溜まらなくなっても夜の起き方は、変わりませんでした。むしろ、望が眠ったままで寝返ったりずりばいしているために、カテーテルが引っ張られていたり、ねじれたり折れ曲がっていて、私はわずかな睡眠時間すら安心して眠れなくなってしまいました。困ったことはそれだけではありませんでした。留置カテーテルにはよくありがちな感染を起こしてしまい、抗生剤を飲みつづけることになりました。

一見、望は元気にしています。導尿が増えた頃から以前のようなすごい汗をかき始め、体温も37度後半で安定しています。留置カテーテルが付いた当初は、とても機嫌が悪かったのですが、今は落ち着いて、時々お腹のあたりを見ています。生まれてから次から次に問題が出てきた望ですが、それはまだまだ続きそうです。8月のお盆明けに腎臓の検査をすることになりました。今回ばかりは私も少しがっくりしています。でも、できるだけ普通に、家族で楽しく過ごそうと自分に言い聞かせているところです。

ひとこと

今月は、量が多くなりました。暑い中、読んでいただきありがとうございました。いろいろなことがあって大変な1ヶ月でした。私は、身体も頭もフル回転して少し疲れました。

今回、我が家では、訪問看護ステーションの利用は見送ることになりましたが、この情報がどなたかの役に立つとうれしいと思います。また、障害児やその家族のためのサービスがもっと充実することを願っています。「かわいい子どもと楽しく暮らしたい。」それはごく普通の欲求ではないのでしょうか。


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