見出しへ戻る

のんちゃん 便り

第42号 1999年 7月     文:向井 裕子

望の学校選択

就学時健康診断というものが秋にありますが、望のように「特別の配慮が必要な子」は、今の時期から相談(あるいはお願い)に行くことが慣例のようです。私達の市では小学校の校長先生が窓口となっていて、希望する人には養護学校を紹介するようなので、いずれにしても、まず校区の小学校を尋ねることから始まります。そこで、6月4日に親子3人で校区の小学校へ行き、小学校入学の意志を伝えてきました。望は、養護学校ではなく校区の小学校に行くことに決めたのです。そして、「養護学級在籍でもいいですが、できるだけ通常学級で過ごさせて欲しい」とお願いをしてきました。「養護学級在籍でも」というのは、そうでなければ全介助の必要な望のために教師の確保ができないのが現状ということを聞いていたからです。「できるだけ」というのは、体温調整が難しい望にとって、夏にクーラーのない所に居続けることは身体への負担が大きく、かといって望のクラスだけにクーラーをつけてとお願いするわけにも、望の学年だけにとお願いするわけにもいかないと思ったからです。蛇足ですが、養護学級にもクーラーはありません。体調の事や医療的ケアの事、いろいろ困難があることを承知で小学校に決めました。

学校選択については、あまり悩んだり他人に相談することなく夫婦の間で自然と決まりました。以前に「障害児の親は、子どもを皆と一緒に小学校に行かせたいとよく言うけれど…」という発言を何度か聞きました。「けれど…」の後にくる言葉は何でしょう。「学校に来てもついて行けないでしょう?自分の子の能力を認識したら」でしょうか。それとも「他の子の勉強の迷惑になるから問題だわ」でしょうか。でも、子どものことを一番理解しているのは親ですし、障害児を迷惑と思うことの方が問題だと私は思います。親の見栄で小学校に行かせたがっているわけではありません。

望が校区の学校に行くことについて、「養護学校に行ったらいろんなことができるようになるけれど、小学校に行ったらお姫様ね」と言った人がありました。また、「小学校を選択したということは、訓練などよりも社会性が重要と考えたのですね」と言う人もありました。養護学校に行けば発達保障がされるけれど、小学校だと社会性を身につけるだけということでしょうか。保育所に行った時、最初はものめずらしさで望の周りに寄ってきてあれもこれもと手伝っていた子ども達は、やがて望の気持ちを考えたり、手助けのタイミングを学んでいっています。小学校でも、あれもこれもと手伝って望をお姫様にしてしまうようなことにはならないと思います。また、社会性をつけることと能力を伸ばすことが相反することだとは、私は思いません。望は、保育所に入ってとても成長しました。療育センターでの2年間の母子通園が保育所での成長の基盤になっていた可能性は大きいですが、望が保育所に行くと決めた時に、たぶん時期が早いと思われたであろう療育センターの先生方は、望が保育所に行って1年と経たないうちに口々に「保育所に行ってよかったねえ」とおっしゃいました。望の成長に一番影響を与えたのは、周りの子ども達の力です。そして、その環境を作ってくれたのは保母さん達です。保育所の保母さん達は、保育のプロであっても療育のプロではありません。ただ、保母さんの創造性の豊かさと、さまざまなことを受け入れることの柔軟性は、すばらしいものがありました。私は、入所時に「工夫して参加させてください。楽しんで工夫してください」とお願いしただけでした。楽しむどころではないかもしれませんが、楽しい方がいろんな工夫がうまれると思いました。小学校の先生が、たとえ障害児についての知識がなかったとしても、工夫次第で望の力を伸ばすことができると私は思っています。私自身、望を産んで初めて障害児と出会い、手探りで育ててきました。でも、「保育所とは違い、学校は、教育をする所だから」という声もあります。教育とはなんでしょうか。教科を勉強することだけが教育ではないと思いますし、能力を伸ばすことだけが目的でもないと思います。教育って人間形成をしていくことなのではないでしょうか。それは、障害児にとっても必要なことですし、他の子ども達にとっても障害児がいることは大切なことだと思います。保育所で、隣の校区の学校に行く子のお母さんが「こっちに引っ越して来てよ。このまま一緒の教室で勉強できるよ。うちの子のためにも」と言ってくれました。うれしかったです。

私は養護学校を否定するつもりはありません。重症心身障害児にとって、現在の教育体制のあり方では、養護学校を必要とする人達がいますし、訪問教育などにより教育を受けることができる子ども達がたくさんいることも知っています。私は、共学の理論や発達保障の理論に惑わされることなく、自分の目で見て体で感じて学校を選択しようと、昨年、何度か養護学校を見学に行きました。その結果、望にとっての学校選択を考えた時、発達保障の面においても、もちろん社会性においても、小学校の方が合っていると思いました。そして、発達とか社会性とか言う以前に、保育所に入れることを決めた時と同じように、親として望の将来を考えた時、生きていくのに必要な力をつけるところは、皆と一緒に入学する学校だと思ったのです。

ただ、小学校にもたくさん問題はあります。つい先日の出来事です。望と遊んでくれることもある近所の小学校低学年の子が2人、通り掛かりに望に声をかけてくれました。「のんちゃんS小学校に行くんだって」とAちゃん。私が「行ったらよろしくね。仲良くしてね」と言うと、「ウン」と言うAちゃんの横で「きっと、ようどやで」とBちゃん。私は、それが養護学級のことだとすぐにわかりましたので、その子の蔑んだような表情に言葉を返すことができませんでした。子ども達は、成長とともに差別することを覚えて行きます。私の心の中にも差別観は入りこんできます。でも、その差別がいけないことだと教えなければならない学校が、養護学級という線を引くことで子どもに差別することを教えているのだと、この時初めて私は気づいたのです。先生方が、障害児を軽蔑したり邪魔者扱いしたりしているはずはないと思います。家庭で母親が、養護学級の子ども達のことを差別して言っていることはないと思います。それらがなくても、養護学級の存在が子どもに差別することを教えているのだと解りました。

望が本当に小学校の児童の一員となるのは、いかに友達と一緒に居る時間が長いかにかかっているようです。私達は、望を子ども達と「交流」させるためでなく、子ども達と「共に」育ってほしいと思って、小学校を選択したのです。無理して肩肘張って、健常児の中に入れようとしているのではありません。私は、望を健常児に近づけようと思って育ててはいません。望は、重い障害を持って生きていかなければなりません。どんなにがんばってもできないことがたくさんあります。周りの人に助けてもらわなければ生きていくことはできません。「できる」「できない」の結果より、その過程で心を育てていって欲しいと思っています。だからこそ、望に、普通の社会の中で育って欲しいと思っているのです。

なんだかんだと私が校区の小学校選択の理由を並べてみても、お友達が大好きで、皆と同じようにやりたがり、苦手なことでも友達の中ではがんばれる望は、小学校の方が楽しくて、皆と一緒に行きたいに違いないと思います。それが一番の理由です。夫は、「だから最初から小学校だって言ってたろ」と悩むこともありませんでした。悩むのは、入学してからのお楽しみというところでしょうか。

再び腎臓肥大

 5月からの暑さに望の水分摂取量が随分増えました。連日、体温が38度となりました。熱くてたまらない体に冷たいお茶を入れて落ち着かせようとしているようです。尿量も2時間おきでも200ccを超えるようになりました。私は、いやな予感がしていました。

 6月7日の泌尿器科での診察で腎臓が肥大していることがわかりました。今年は留置カテーテルを避けたいと、私は、身体に鞭打って2時間おきの導尿を続けてきたのに、努力の甲斐がなかったとガックリして、どっと疲れが出てくるようでした。その日から夜だけ簡易の留置カテーテルをつけることになりました。このカテーテルは、私の夜中の導尿が大変だろうからと泌尿器科の医師が業者に小さなサイズを特注してくれ作っていたものです。でも、夜中の尿量が少なくなっていたので、これを使っていませんでした。夜は、留置カテーテルで尿を溜めないようにし、昼間は2時間おきの導尿をして、導尿と導尿との間にも何度か保母さんにお尻をトントンしてもらって排尿をうながしました。夜間の留置を始めてしばらくは、カテーテルが外れたり折れたりしていないかと心配で、夜中に何度も目がさめました。

 6月23日、再び診察に行きました。私は、常時留置の覚悟をしていました。感染や抗生物質の使用を考えると、なんとか避けたいけれど、腎臓を守るためにはやむをえないと心の中で言いきかせていました。でも、エコーの結果、肥大が少し治まっていました。医師に「いい方向だから今の調子で様子を見ましょう。尿の方もきれいです」と言われて、私はホッと胸をなでおろしました。

 最近は簡易の留置カテーテルにも慣れてきました。夜遅くまで導尿のために起きていなくてもよくなり、夜中に望がお茶を欲しがって泣く時も納得いくまで飲ませて寝させてやることができるようになりました。感染とトラブルに注意すれば、今までより負担が少なくなりました。現時点ではいい方向に行っています。今月は、プールにも入れます。

ひとこと

 6月20日、昼食の歯磨きの時、下の左の歯が抜けました。その後ろから、2本目の永久歯が伸びてきました。

 6月22日、保育所からプラネタリウムを見に行きました。朝からお弁当を見て張りきっていた望。現地に着いてもルンルンだっようですが、会場が暗くなると「えっ、何?」と緊張し、プラネタリウムが始まると『世の中にこんなものがあったのかとばかりに大泣き』だったそうです。久々のショックで、しばらく感情が揺れているようでした。  

いやーな泥んこ遊びの季節。スコップ持ってなら

ちょっと触ってもいいけど…あ〜あ。(望)

41号 見出しへ戻る 43号