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のんちゃん 便り

第71号 2001年12月

コミュニケーション

「のんちゃんと、どうやってコミュニケーションをとっているの?」とか「のんちゃんはどんなふうに自分の思いを伝えるの?」という質問を受けることがあります。その度に私は返答に困ります。言葉がほとんど出ていない望は、言葉によってコミュニケーションを十分にとることはできません。手足はほとんどありませんから、身体で表現することも難しいです。頬や口に少しマヒもあるようなので、表情も豊かではありません。でも、私自身は、望とのコミュニケーションが結構とれていると思ってきました。

望と初めて会った人は、望が何を訴えているのかわからないことが多いです。でも、親しくなった方は、「のんちゃんの言ってること、ようわかるわ」とおっしゃいます。望と関わった保育士さん方も先生方もそうおっしゃいました。望がどんなふうに自分の欲求を伝えているかというと、「チャ」(茶)とか「ヌーヌー」(牛乳)といった少しの言葉と、何かよくはわからない呼びかけの声、手差しやあごでクイッと指すしぐさなどです。望の右腕は、電動車椅子のジョイスティックを操作したり、コップを支えたりと魔法の手ですが、おしゃべりな手でもあります。「あれして、これ取って、そっちに連れて行って」と次から次と訴えます。そして、いやなことは、首を振ったり、横を向いたり、時には全身で拒否です。私の方からは、身振りやカードや言葉をはっきりと話すこと(望は唇を見ています)で、望とやり取りをしています。

望の意思の伝え方を言葉で表すことは難しいのですが、一緒にいると望の欲求がだんだんとわかるようになります。特に、子どもの集団の中にいるときは、友達と同じことをしたがるので、単純明快な欲求でわかりやすいようです。友達が体操服を着ると「はやくはやく、わたしも体操服を着せて」とか、友達が連絡帳を持って担任の先生のところに並ぶと、「わたしも並ぶ」という具合です。一緒にいるクラスメイトも少しずつ、望の思いがわかり始めたようです。望に尋ね話しかけてくれています。

望は欲求の多い子です。もともとそういう性格なのかもしれませんが、親としては、そういう方向に育てているつもりなのです。YES、NOは早くからはっきりしていましたが、3歳までは内弁慶で、受身で消極的な子でした。それが、おもちゃの電動カートで自分の意志で動くことを体験し、保育所で大勢の友達の中に入った頃から、積極的で自己主張の強い子になりました。また、私達は、知的障害や難聴や口の機能の悪さをもつ望に、ハードな訓練によって話し言葉を身につけさせようと思ってはきませんでした。望の移動に早くから電動車椅子を使用したように、目的を達成するための手段は、望自身を頑張らせることではなく、あらゆる方法を使ってと考えてきました。その様々な手段を提供することが望の周りの大人の役割だと考えています。その中から自分にあった方法を選ぶのは望です。自分がどうしたいのかを選択・決定できることが大切だと考えてきました。

11月23日から25日までの3日間、京都で「ATACカンファレンス」が開かれました。私達は、3年前からこのカンファレンスに参加しています。AAC(コミュニケーション技法)やAT(支援技術)についてのセミナーが開かれます。このATACの、使える道具(ハイテクでもローテクでもノンテクでも)を使って、コミュニケーションをとったり、自分の思いをかなえるという考え方が、私達の子育ての方向に近いと感じ、毎年参加をしてきました。セミナーだけでなく、託児をお願いしたり、懇親会にも参加したりしているので、スタッフや講師の方々とも顔見知りになってきました。

スタッフのN先生は、昨年は「去年はもっと恥ずかしがり屋さんだったのにね・・・」と望をよく覚えていてくださり、今年は、電動車椅子で来てくれてうれしいと言われ、望に出会う度に「は〜い。のんちゃん。ボク、Kちゃんだよ」と友達のように声をかけられました。また、S先生は、セミナーで自分の失敗談をおもしろく話されて、話はたいてい子どもが怒ったり失禁したりして終わるのですが、必ず最後に「子どもはぜんぜん悪くない」とおっしゃいます。悪いのは子どもの思いをキャッチできなかった自分、つまり、周りの大人だということです。S先生は、望の欲求の多さに気づかれて、今使っているコミュニケーションエイドでは足りないのでは、欲求の全てがきちんと相手に伝わっていないのでは、と指摘してくださいました。きっかけと長い時間が必要と思うけれど、望は自分の思いを自分の言葉(話し言葉という意味ではない)で伝えられるようになるのではと言ってくださいました。望の周りの大人たちは、望の欲求の一部だけを理解して、よくわかったような気持ちになっているのかもしれません。私も、最近は、望の言おうとしていることがわからないことがあるのです。成長とともに望の「伝えたいこと」は、広がり複雑になりました。もっときちんと思いを受け止める方法を考えようと思いました。

望が3歳の頃から電動カートのことなどで相談をさせていただいてきた某リハビリテーションセンターのエンジニアのHさんが、ATACカンファレンスのオープニングセッションで話をされました。コミュニケーションは「私と他者の間で行われる相互作用」であり、「場や時間の共有がなされること」もコミュニケーションと捉えることができると言われました。重度障害児の「こえ」を母親が聞き取っていることはよくあることです。長い時間一緒にいることで、わかりあえることがあります。

私は、ボランティア講座や「障害」や「ノーマライゼーション」などについてのセミナーを時々引き受けているのですが、その中でコミュニケーションの大切さとコミュニケーションは言葉だけではなく心の交流と話してきました。「時間や場の共有」は、「いただき!」という感じでした。コミュニケーションは、心を通わせあうこと、場や時間を共有することと、次からは話そうと思っています。もちろん、「共有する」時には豊かな感性と想像力を持って欲しいと言うつもりです。皆さんも改めてコミュニケーションについて考えてみませんか。

ひとこと

夏からあっという間に年末になってしまいました。のんちゃん便りの発行が毎月遅れてしまいました。夫も私も、忙しさに望とのコミュニケーションを手抜きしていなかったかと、振り返りながら、反省もしつつ、今年を締めくくろうと思います。

<作品展> ちょっとできすぎ?

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