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のんちゃん 便り

第80号 2002年10月号


自分で踊るよ

9月29日(日)、望の学校の運動会でした。お天気はくもり。でも、天気予報では、傘のマークもでていました。昨年は、入場行進の時に雨が降り出して延期になったこともあり、今年は何とかもちますようにと、どんよりとした空を見上げながら思いました。今年も望は、電動車椅子で入場行進をしました。整列すると、最前列に並ぶ子ども達の中に車椅子に乗った子どもが3人。他の学校に比べると、きっと多いでしょう。でも、各学年に120人以上の児童がいるわけですから、もっといてもいいのかもしれません。

準備体操が終わるとすぐに、3年生の80メートル走です。1、2年の時は、直線のかけっこですが、3年生からはトラック半周程を走ります。望は、3組目のスタートでした。電動車椅子のスピードでは、スタートすぐから皆に置いていかれます。負けん気の強い望は皆についていきたい気持ちでいっぱいでしょうし、近視といわれているのでラインも見えているかどうかわかりません。トラックをきちんと回らないで近道するのではとヒヤヒヤしつつ、そんなハプニングもおもしろいかもなどと思っていましたが、先生が望の前を走ってくださり、無事に走ることができました。望が、半分ほど走ったあたりから、観客席で拍手がおこり始めました。拍手の中を走り続けゴールしました。実は、昨年までのかけっこは、望が走っている間、私の目には望しか見えなくて、私の耳には周囲の音が聞こえなかったのです。多分、昨年も拍手はあったのです。私の気持ちに全く余裕がなかったのだと思います。望は、拍手をどう感じて走ったのでしょう。自分ひとり遅れてゴールすることをどう思ったのでしょう。「わたしはわたし。これがわたし」と思ってくれたらいいのですが、それは親の都合のいい期待にすぎません。

望の次の出番は、団体演技でした。望の大好きな踊りです。昨年までは、先生に抱っこされて、自分で手を動かし、先生の身体を借りて全身いっぱい表現しているように踊っていました。最初、先生方は今年も抱っこで踊ろうと思われたようでした。ところが、ある日、先生から「のんちゃんが、電動(車椅子)で自分で踊ると言うんです」と言われました。えっ、のんちゃんは話せないでしょう?と、思われるかもしれませんね。でも、先生のおっしゃっている内容は、私には充分に通じました。練習の時に、『電動車椅子に乗る!』と訴えた望が目に浮かぶようでした。どうするかは先生にお任せしました。結局、電動車椅子で踊ることになったようでした。そして、またある日、先生が「のんちゃん、踊りを間違えたんですよ。」「2回踊って回るところを1回だけ踊ったところで回ってしまったんです。ということは、友だちのを見て踊っているのではなくて、自分で覚えてるんですね」と報告してくださいました。

そして、本番。望は、電動車椅子で移動したり、手を上げたり下げたり回したりして、友達と一緒に一生懸命に踊っていました。私は、写真を撮るのも忘れて『うまい、うまい』と見入っていました。私の近くで、「あの子、うまいこと踊っとるなあ」「去年も、上手に踊っとったよ」と年配の方の会話が聞こえました。望のことかしらなんて思ってしまいました。ほんとに親ばかです。

お昼前後に雨が降ったものの、なんとかもって、演技がすすみました。望は、午後は、綱引きに出ました。望の学年には、もう1人車椅子に乗ったAくんがいます。望とAくんは赤白敵同士。それぞれ1番前で引っ張ります。1番前でも他の子ども達が倒れこんできたら危ないので、大綱に細い綱を赤白双方に結びつけて、皆から少し離れる格好で引っ張りました。安全と参加とを考えてのことのようでした。2人とも綱を持つことができないので、細い綱をリング状にして手にかけ、望は先生の抱っこで、Aくんは車椅子に乗ったままで先生と一緒に、それぞれの方法で引っ張りました。2人とも大喜びでした。

運動会の競技の中には、障害を持つ子どもが競うのは難しい種目がたくさんあります。いえ、ほとんどがそうかもしれません。運動会は、参加することにも意義があるけど、勝つことにも意義があると、昔運動会大好き少女だった私は思っています。勉強は苦手だけど、運動会では力が発揮できる子どももいます。障害児がいるから、種目を変える、観戦や応援とする、種目を変えないで参加させる、いろんな方法があると思います。考えもなく障害児は観戦というのは困るけれど、どの方法をとったとしても、そこに考えや工夫があって、子ども本人が納得して楽しく参加できていれば、それでいいと思います。速さを競うもの、皆で力をあわせてやるもの、それぞれの競技にどう対応していくのかを教師だけでなく、児童自身が考え取り組んでいける運動会であれば、結果がどうであれ、いい運動会だったといえるのではないでしょうか。

望の学年以外の演技や競技の時、私は、養護学級在籍の子ども達は楽しんでいるかしら、がんばっているかしらと、探しました。車椅子の子はすぐに見つかるのですが、その他の子どもを捜すのに時間がかかりました。探せないで終わったこともありました。それだけ、他の児童の中に溶け込んでいるということだと思いました。Bさんは、クラスの中に入ることができない子どもです。本人の意思で、たいていの時間を養護学級で過ごしています。演技の練習も、結局、一度も皆と一緒にできませんでした。でも、先生と練習をして彼女なりに努力していたのです。そして、彼女は当日、信頼できる先生と一緒に皆の中で演技をしたのです。彼女の「場所」は準備してありました。先生も彼女の隣で一緒に演技をしていました。彼女も先生も楽しそうでした。演技が終わって「おばちゃん」とやってきた彼女に、「すごくよかったよ〜。おばちゃん、感激しちゃった」というと「またまた、うまいこと言って」などと言いながらも、まんざらではなさそうで、他の先生のところに行っては、また、誉めてもらっていました。

毎日通える場所があること、信頼できる先生方がいること、受け容れてくれるクラスメイトがいること、学校ってそういうところだと、私は彼女から教えられた気がしました。それは、それぞれがいろんな思いを抱えながら、つまずきながらも根気よく作り上げてきたものです。小学校の中にあたり前に障害児がいることは、今の教育体制では決して簡単なことではなく、子ども達の力と教師の努力の結果なのです。運動会を見ていると、学校の中が見えてくるように思います。今年も、楽しい運動会でした。

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