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のんちゃん 便り

第81号 2002年11月号


カヌーにチャレンジ

10月5日土曜日、琵琶湖に行ってきました。冬にスキーをサポートしてくれた方々が、カヌーもやっているので、「これも縁」とばかりに、カヌーにチャレンジしてきました。望だけではなく、私たちもカヌーははじめてとあって、期待いっぱいに出かけました。朝早くに自宅を出発し、渋滞もなくスムーズに奥琵琶湖に到着しました。懐かしいスタッフの方々に再会して、早速、湖畔に行きました。

お天気は良く、暑すぎるくらいの天候でした。風もなく、奥琵琶湖は穏やかで、「この秋いちばんのコンディションだよ」と言われました。カヌーは、1人乗り用と2人乗り用がありました。2人乗り用の前の座席に望の座位保持椅子を取り付けて、ライフジャケットを椅子に付け、望が乗れるようにしました。私たち親は、漕ぎ方や諸注意を受けた後、ライフジャケットを着て、それぞれ1人乗り用に乗りました。その後、スタッフの方に、望をカヌーに乗せてもらおうとしたのですが、望は、何が起こるのかと怖がって大きな声で叫びました。私は、自由に身動きできないカヌーの上ですから、望を説得に行くことができません。「お母さん、どうしましょう?」とスタッフの方に聞かれ、「いいですから乗せてください」と、答えました。スパルタな親と思われたかもしれません。でも、何が起こるかわからないで叫んでいる望に説明ができない状況なら、実際にやって「何」なのかがわかれば、やりたいのか嫌かが判断できると、私は思ったのでした。

椅子に座らされ、おお泣きしていた望でしたが、案の定、カヌーが動き始めると泣きやみ、「これは楽しそうだぞ」と思ったのか、きょろきょろ。私たちに大きな声で呼びかけ、スタッフの方々や他の利用者の方に声をかけて、楽しみはじめました。だんだんと調子に乗って、大きな声を出して、後ろでカヌーを漕いでくださっているNさんに『あっちに行け。こっちに行け』と欲求し、『お母さんを追っかけろ』なんて、はしゃいでいました。「釣りをしている人にご迷惑かなあ」と思うほどの大きな声で、奥琵琶湖の水面に、近くの山々に、響き渡っている感じでした。

しばらくして、私たちもカヌーを漕ぐのに慣れてきました。休憩のあと、少し離れた湖畔まで、カヌーで移動し、そこで昼食をとることになりました。カヌーそれぞれに「個性」があるようで、進み方、水面の感じ方が違います。私は、最初に乗ったカヌーでは、悪戦苦闘して頭をひねりひねり乗ったのですが、その後、他のカヌーでは、頭を使うこともなく楽しむことができました。湖畔にはコスモスが咲いて、水面には水鳥もたくさんいて、青い空の下で、1人カヌーを漕いでいると、心が解き放されたような気持ちになりました。何も考えることなく、身体だけが動いていて、とても自由を感じるところは、少しスキーに似ていると思いました。

昼食時、望はすでに疲れているようでしたが、ご飯を食べ終わると、『行こう。行こう』とカヌーに乗る催促。望の座位保持椅子を2人乗りのカヌーの前席に取り付けると、後ろに乗る人は漕ぎにくく、体力に自信のあるNさんも、「ちょっと待って〜」という感じでした。Nさんが、望に「今度は誰と乗る?」と聞くと、『Fさんと』と欲求をして、今度は望の後ろにFさんが乗ってくださいました。望は楽しくて仕方ないという感じでハイになっていて、はしゃぎ続けていましたが、そろそろ望の体力も限界と判断し、午後3時頃にカヌーから上がりました。スタッフの方々とスキーでの再会を約束して別れました。帰りは大津で一泊し、翌朝、のんびりと帰宅しました。

奥琵琶湖での1日は、日常とは違った時間が流れているように感じました。私は、また望のおかげで楽しい体験ができたと思いました。望は、10月に9歳になりました。この9年間、いろんなことにチャレンジをしてきました。カヌーにしても、それは単に「する」だけのことなのに、望と一緒だと、「チャレンジ」になりました。障害者のことを「チャレンジド」と呼ぶ人たちがいます。「挑戦する人」という意味の米語です。挑戦というと、がんばって乗り越えていくようなイメージがありますが、私たちのチャレンジは、いつも楽しいものでありました。シンクロナイズドスイミング、劇団「態変」の舞台、スキー、カヌーなど、もしかしたら普通の子どもでもしないような体験をしてきたかもしれません。「する」だけのことが「チャレンジ」になって、楽しさが倍増した場合も多々あります。そういう意味では、チャンレンジする機会を与えられたことはラッキーに思います。これからも、いろんなチャレンジを楽しんでいきたいと思っています。

ひとこと

9月下旬から望のクラスメイトが我が家に遊びに来てくれるようになりました。春におにごっこを始めた女の子達が、2人また2人と来てくれました。おやつを買って来ると言うので、何も持たずにおいでと言ったのですが、小さなドーナツやクリーム入りの焼き菓子などを買ってきてくれました。近くのスーパーに行って、自分たちで「のんちゃんは、すっぱいのがダメだし、柔らかい方が食べやすいかと思って」と選んだそうです。

我が家に入ったとたんに、「この椅子に座ってるの。学校と同じだ。家では抱っこかなあと思ってた」と言った子どもがありました。みんなでおやつを食べた後、遊びました。遊びながら、子ども達が私に質問してきます。「のんちゃん、どこで寝てるの?」「おしっこは、どこでしてるの?」望は、学校では、洗面台のある小さな部屋にベビーベッドを置いてもらって、そこで導尿をしています。「のんちゃん、お風呂はお父さんとお母さんと2人で入れないと入れないね。」「お休みの日は、お父さんと入ってるけど、普段はおばちゃん1人で入れてるよ。」「へえ、1人でどうやって髪洗うの?」自宅での様子を細かく聞いてきます。

ひとつひとつに答えながら、私は、きっと大人だったら「いろいろと大変でしょう」と一言で終わることなのだろうと思いました。その「いろいろ」の中身は、きっとよくわからないままに。でも、この子ども達は、いつも望と一緒に過ごしているために、我が家に来て見て、望の生活のようすが具体的に思い浮かび、子どもの好奇心からいろんな「?」が出てきているようです。

女の子達の質問に答えながら、私は、クラスの中に漠然といるのではなく、クラスの中で、子ども達一人一人と向き合って、しっかりと存在している望を感じていました。

どっちが早いか競争だ!(ごきげんの望です)

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