アカエイが釣れた

 4回の釣行で6匹のアカエイが掛かったのです。もちろん、それなりの仕掛に違いは無いのですが・・・・・
第一回目はアナゴ釣りに出かけたのですが、
イワシの切り身にシロギスが針掛かりし、巻き上げ途中でこいつにアカエイが飛びついたのです。 
これは途中で吐き出しましたが、シロギスはボロボロになってました。
 しばらくして、今度は餌のイワシ切り身にアカエイが掛かりました。
どうにか足元まで引き寄せたのですが、アナゴ仕掛けでは抜きあげることができません。
道糸を持って引き上げようとしたんですが、ハリスを切って逃げていきました。

 二回目もアナゴ釣りです。場所を変えて狙ったのですが、大きなアタリでびっくりしました。
これは・・・外れました。
アナゴは釣れず、ヒトデばっかりです。
 
 三回目は太刀魚を狙っての釣行です。
小あじの生き餌で足元に泳がせ釣りを一本入れておきます。
間違ってヒラメやスズキが釣れる事があるからです。・・・・でも、小あじを呑み込んで釣れてきたのはアカエイでした。
 隣の釣り人が玉網入れてくれたので取り込みました。
 玉網の中でナイフを入れて尻尾を切り取ります。
次に目と目の間にナイフを付きいれ血を出します。
裏返してみるとメスでした。片翼だけ切り取り、海水に浸します。
アンモニアが水に流れて臭みが取れるんだと教えられたことを思い出しました。
 玉網入れをしてくれた釣り人が残りの片翼を切り離し、血だらけの堤防に水をかけてきれいに洗い流してくれました。
どうやらしっかりと血抜きができたようです。
和歌山港でエイが釣れる場所

くれぐれもエイの棘には気をつけて

 アカエイには鋭い棘があり、これに刺されると激痛が襲います。
普段は逃げてくれるのを期待しているのですが今日は持ち帰って食卓に上げましょう。
 ヌメリ取りが必須です。タワシで丹念に擦り取るとか、包丁で擦るとかしたあと、粗塩をたっぷり使ってヌメリを取ります。
定番は煮物です。皮付きでぶつ切りし甘辛く煮付けます。
軟骨魚ですので、これが一番美味しいと思うのですが、地抜きをしっかり行ってヌメリを取ればアンモニア臭はありません。
気になる人は生姜などを入れて煮付けるとよいでしょう。
 皮を剥けば刺身でも食べられますし、から揚げなども美味しいです。
我が家ではカレー味のから揚げが出されます。ちなみに今回の料理は煮付けと竜田揚げで饗されました。

 釣り上げても捨てられることの多いアカエイですが、美味しいことは間違いありません。
縄文時代の貝塚からアカエイの骨が出ています。昔から食べられていたことに違いありません。
 ある種の病には、「美味しいエイを食べるのを断って快癒を願った」と説明があります。
その病とは・・・・痔です。
①と②の長田神社と廣田神社は立地条件が似ています。
河口地域に祀られた土地の神様・・・・「地の神」から「痔の神」となったという説もあります。

③と④と⑤の蛇穴神社、永尾神社、熊本(天草)三天宮はエイに乗ってやってきた女神伝説が共通で、海洋民族の来訪が想像されます。

アカエイを祭る神社があります。①と②は大昔の大阪湾の入り口にあり、古刹「四天王寺」の寺領であったことから痔良の効能ありしとか
①長田神社摂社・楠宮稲荷社
②廣田神社
③蛇穴(じゃけつ)神社(姫路市香寺町香呂) 厳島姫が夢枕にたち
④永尾神社(えいのおじんじゃ)別名を「剣神社」-熊本県宇城市不知火町永尾615
713年和銅6年)、元命天皇の勅願により、国郡鎮護のため創建された。また、かつて海童神が「エイ」の背中に乗ってはるかかなたより鎮座された
⑤三天宮(熊本県天草市五和町二江)エイに乗ってきた弁才天を祭る神社

エイの雌雄

 腹側、尾の付け根を見ると一目で雌雄がわかります。
なんとエイのオスは2本のチンチンを持っているのです。「交接器」と言うそうですが、使うのは一本。使われない方は待機なんですって。なぜ2本もあるのか不思議ですが・・・・。
 メスの方は当然コレがありません。
其処には口に出して言えないなんとも卑猥な箇所が備わっています。
「総排泄口」と言うのですが、いやはやコレは悩ましい!

 漁夫がエイと交わったという民話がいくつか残されています。
「妖異風俗」昭和34年 雄山閣-----伊勢の浦の小僧円魚の子
 応仁の乱で紫野大徳寺の僧が散在してしまった。
牛庵という大徳寺の使者が近国の寺々を探しているうち、伊勢の国の海辺の漁村の山中で景色のよい小庵に立ち寄った。庵主が小僧を呼んでお茶を出してくれた。が、子の小僧の風態がどうもおかしい。
庵主が言うには、この漁村の漁夫が大きなエイを釣り上げた。
家に持ち帰ってエイの腹面を上にして置いたところ、
排泄口が女のモノとよく似ており、ピクピク動いているので変な気分になり犯してしまった。
とても具合がよかったので情が移ってしまい再び海に返してやると、うれしそうにひれをばたつかせて海底に消えていった。
 やがて十ヶ月が過ぎた晩のこと、
夢にエイが現れて「あなたの子を生みました。海岸の岩の間に置きますから引き取ってくださいませ」という。
いわれた場所へ行くと、やはりいた。
人とするにはどこかおかしい顔付や姿だが、まったく心当たりが無いわけでもないので連れ帰って育てることにした。
だんだん人らしくなり今年で18歳になった。そこで頼まれてこの庵においている・・・・
 牛庵は笑って帰っていった。

「滑稽雑談」正徳三年
 漁人乱淫のものありて、エイの腹下の口と交合をなせり。
その儀、女の前陰に同じ、ただその口より声を発して男陰に移る。
この音声さらに止むことなし。件の漁人、一生これを苦しめりとなり、はなはだ笑うべし」と、かかる行為をいましめてある。

沖縄宮古島の「龍宮の瑠璃の壷」という伝説
 荷川取北宗根の湧川という所の漁師「真々佐利」は釣ったカマンタというエイが美しい女と見えて性交したところ、
三ヶ月ほどして「お父さん、龍宮へ案内しましょう」とエイの子供がやってきて美しいところへ行ったという浦島伝説である。
 そして瑠璃の壷をもらって帰ってきたが、その壷には不老不死の神酒が入っていて、飲んでも飲んでもいつもいっぱいだった。
                                          「魚の民俗」矢野憲一著 昭和56年刊 から抜粋