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吉田武史,兵庫県,西脇市,アマチュア無線局,ハム,AMATEUR,RADIO,HAM,HYOGO,KINKI,KANSAI.
消滅カントリーの QSLカード #1

私がQSOした360のDXCCカントリーの内29が消滅カントリーとなっています
(2000年6月現在)。 その中から主だったカードをご紹介します。


1970年 Gus W4BPDによる第5回目のDXペディション

Ac9a_Ac0a-2.jpg 40Kb Vq9s_Fh0-2.jpg 54Kb
  ■1970年 W4BPDによるDXペディ * 5枚のQSLデータ
   FH0VP     Comoro Island     1970/05/31 13:40z  14 CW 569 
   VQ9/A/F   Farquhar Island   1970/07/04 21:01z  14 CW 579
   AC9A/BR   Blenheim reef     1970/07/22 13:49z  14 CW 589 
   VQ9/A/A   Aldabra Island    1970/08/04 14:17z  14 SB 58 
   AC0A/GR   Geyser Reef       1970/08/06 14:27z  14 SB 57 

  ◆インド洋の消滅カントリー
   Blenheim Reef    1967/05/04 - 1975/06/30 の期間だけカウント 
   Geyser Reef      1967/05/04 - 1978/02/28 の期間だけカウント 
   Comoros                     - 1975/07/05 で消滅 
   Aldabra Island              - 1976/06/28 で消滅 
   Farquhar Island             - 1976/06/28 で消滅 
  (Desroches Island            - 1976/06/28 で消滅) 
   * 私の持っている消滅カントリーの中にはこれ等の全てがある

Gus Browning W4BPD にとっての事実上の最後のビッグDXペディションとなってインド洋を廻った時QSOして得たQSLカードです。

私はこの時一挙に5カントリーをニューとして獲得出来た。
後年これ等は全て消滅カントリーとなった。 (現存する FH は Comoros でなく Mayotte)。
この当時、彼は 59/599 ではなく信号強度に応じたリポートを送っていた。

(NDXA 会報 1991年5月号の掲載記事から)
★ 1)「DXペディショナーの第1人者W4BPD(故Gus Browning)」
 私が10年間のQRTの後1969年末にカムバックしてから6ケ月経った1970年5月、私にとって初めてGusのビッグDXペディ(彼の第5回目のDXペディ)に遭遇、彼の廻ったインド洋の7カントリーの内、幸いにも私にとってのニュー5カントリーを全て獲ることが出来ました。 FH0VP、VQ9/A/F、AC9A/BR、VQ9/A/A、AC0A/GR。(これら5カントリーは、のちにすべて消滅。)

 此のDXペディの初QSOはFH0VPでしたが、私は使用したFT−400トランシーバーに外付けVFOを持っていなかったので、ダイアルを30Khz程行ったり来たりさせ、辛うじてQSO。 しかしこれでは今後が覚束ないと、慌てて外付けVFOを買いに走りました。(SSBでは、何とQSX150〜180Khzアップ。 彼の周波数は 14,105Khz 辺り)
 そんな中で最も苦労したのはGR(ガイザーリーフ)で、6月の実施時にGusがガソリンを流失して途中引き返したりしましたが、計5日間のQRVでもQSO出来ず、1時は諦めたのですが、多くのアンコール・リクエストに応え、2ケ月後再度トライしてくれたので胸をなで下ろしました。(ニューではない3B6CPの時は、台風で当局のマストが曲がり、ANTがお辞儀してしまってQSO出来ず。)

 私のGusとの出会いはこのビッグペディ1回きりで、その後にもDXペディの計画があったのですが、どうやらこれが最後となったようです。


旧シッキム王国 (のちにインドに併合)  * ナムギャル国王のAC3PT

AC3PTs.jpg  39Kb
AC3PTs_back.jpg 41Kb
QSO= 1974/08/17 17:35z 14 SSB 59

◆SIKKIM (アジア州)   - 1975/04/30 で消滅

 (NDXA 会報 1991年5月号掲載の私の記事から)
★ 2)「AC3PT(OP:ナムギャル国王)」
 同局のQRVとしては、前掲のW4BPDがゲストオペで2度程、あとは国王が極く稀にと云ったわけで、QSOのチャンスが殆どなかったのですが、1974年に入ってから急にアクティブにQRV。 同年8月に14SSBでQSO。 2週間あとに2度目のQSOをした時、国王の方から手紙を受け取ったからQSLを送るとのこと。もうCFM出来たのも同然と思っていたのですが、「待てど暮らせど来ぬカードを」。

 再度出したが、なしの粒手。 3年が経ち、もう駄目と諦めていた処、CQ誌にJA1の局が最近やっとカードを受領したとあり、大急ぎで配達証明付き書留便を発送、2ケ月程経って受領証明が、その1ケ月のちにカードが到着。

 国王の運命の変化を予感させるような、突然のアクティビティの急上昇。 その国王がインドによるシッキム王国の併合と同時に幽閉させられ・・、その後アメリカ人のXYLの離別(本国へ帰国)、ジュニアーの死、そして新聞の片隅に載った元国王のサイレントキーの記事。 人の世の無常を(そして無情をも?)思わずにはいられません。

 QSLカード裏側の文面の最後に 「・・・ HOPE TO MEET UP WITH YOU ONE DAY IN JAPAN.」 と書かれてあり、これを読みますと今でも胸にジンと来ます。


沖の鳥島 * 7J1RL

JARL 創立50周年を記念して沖の鳥島から運用、ブランドニューとなったが、一部のJAから DXCCルールに合致しないとクレームがつき4年半の寿命に終わった。 それ以降は JD1/小笠原諸島としてカウント。

7J1RL_fs.jpg 23Kb
QSO= 1976/05/30 11:33z 14 CW 599

◆OKI-NO-TORISHIMA * 1976/05/30 - 1980/11/30 の期間だけカウント


Edited: 2000/06/30


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