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印象に残るDX局の QSLカード #1

私の印象に残るDX局からのカード。
でもあなた方にとっては全然興味がない内容かも知れません。


80メーター・バンド WAZ の最難関ゾーン2 * VE2EDK

ve2edk-z02.jpg 32Kb
QSO= 1987/12/30 11:40z 3.5 CW 599

ローバンドの WAZ を得る際、難しいのはゾーン2、34、40辺りかと思われますが、最難関は矢張りゾーン2。理由は過疎地でアクティビティーが低い。 高緯度のため冬場の活動が一層鈍い。日本から見て極地パスとなり電波伝搬が悪い。コールサインからゾーン2の判断が付きにくい等が考えられます。

私がローバンドに注力するようになったのは、故郷に戻って来た後の 1991年。それまでは年に2、3回程度帰郷した時に仮のワイヤーアンテナで 40M や 80M に出た位であった。
此の時も正月前に地上高10mの7メガ用ダイポールをロングワイヤーとして 3.5メガで遊んでいたところ、 JA局のパイルアップがあった。良く聞いてみると VE2EDK が相手で、何でパイルなんかになっているんだろうと取りあえず QSOした。 あとで判ったが何とゾーン2であった。 よくぞヘボ電波を拾ってくれたと感謝。
(丁度今 VB2V, VY0/7K1WLE がゾーン2から QRV 中。 Oct/2001)



ベトナム戦争最中のスプラトリー島 DXペディ * 1S1A

1s1a-s.jpg 24Kb
QSO= 1973/02/21 09:25z 14 CW 599

★1S1A's QRV: 1973/02/20-02/24
スプラトリー島の初回ペディションは Don Millor による 1965年10月の実施. (1964年ベトナム戦争勃発)。 そして此の第2回目は ベトナム戦争の最中、既に厭戦気分が高まってきた1973年2月。
チームを載せた"YANKEE"号(中古の Qボート 米軍上陸用舟艇)は スプラトリー島周辺の波高く一旦ベトナムに引き返し、再度挑戦。 船のエンジン故障などで1日遅れの2月20日08:00Zスプラトリー島の沖に到着。

翌日の朝、本ペディションのネット周波数(14,342Khzで XV5、VS6、DU1、KA6局等が参加)を聞いていると、メンバーの1人が前夜ボートから海に転落、行方不明になった由。 本船 YANKEE号からは、沖縄の KA6局を通じフォーン・パッチで KADENA RESCUE(沖縄の嘉手納米軍基地 の救助隊) に救助を依頼、YANKEE号の1人が懸命に転落時の状況を説明。
応対の基地救助隊員の全く感情を交えないビジネスライクな応答振り (必要最小限の言葉しか発しない) には、只感心するばかり。 位置を何かのコードで伝えていたが、多分グリッドロケータだと随分後に思った。 夜間 8時間も漂流の後、DU のクラーク空軍基地から彼を救助。
私は CMのため出勤し、夕方帰宅急いでワッチ、救助された本人が何食わぬ顔?でCWのオペレート。 さすがはヤンキー、大したタフガイである。
数年続いたベトナム戦争がこの 2年後終結された。 (以上は、私のメモ及び記憶から)

 *1S1A メンバー;     	此のDXペディの実績;
  Scott   WB4VBY		Band ->  10M   15M   20M  40M  80M   QSOs 
  Pete    W5ZSX 		CW         1   276   637  449   61   1424 
  Don     K7CBZ 		SSB      242  1007  1515   93  101   2958 
  Chester XV5AC 		T/L      243  1283  2152  542  162   4382 
  Frank   WB4UZP		(QSO 実績は 1974年「電波科学」誌より) 


CQ WW DX Contest * 3V8BB on 160M

3V8BB_160m-s.jpg 29Kb
QSO= 1998/11/28 21:48z 1.8 CW 599

私の 160M は「聞こえない、飛ばない」ので CQ もあまり出さないが、日の出後 JA局も少なくなった頃に、時たま CQ を叩く事がある。
此の時も西日本局だけが未だ出ており、CQ 出すと強くはないがヨーロッパに混じって 3V8BB が呼んで来た。 一瞬悪戯かと思ったが QSO を終えた。 他の JAが QSOした様子はない。 あとで DX-Summitのクラスターをチェックすると1件だけヨーロッパからのリポートが上がっていた。
兎も角 QSLを YT1AD に出し待つ事3ケ月、やっと 160M - 3V8 をコンファーム出来た。\(^o^)/



棚からぼた餅のひとつ * FM7AD/FS7

FM7AD_FS7s.jpg 14Kb
QSO= 1972/07/26 11:21z 14 CW 599

当時 DXCC を追いかけていない時は良くW 局と CWでQSOしていた。 此の時も別のW 局との交信中に顔なじみの Joe K3JH がブレークを掛けてきて FS7が要るかと問うた。 私には一度 21 CW で聞いただけのカントリー。 即だに「欲しい」と云ったら、14,0xx kHz に来いと言われついて行くと Joe が相手と話しているが 信号がかすかすで弱い。 暫くするとビームを JAに振ってくれたのか少し強く 549になり、549/559 で QSOを完成、ニューワンを得た (自分のログは FS7 からは 559、貰ったカードには 599)。 シャックの中で「サンキュウ・ジョー」と2、3回言った。 今回もJA局は誰も FS7 に気が付かなかった。


Edited: 2000/06/30 → 2001/10

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