| 歴史のロマンを訪ねてハイキング!町石道 町石道
天皇や法皇の御参詣も多かったため御幸道とも呼ばれる。 今も奥の院まで1町(約109m)おきに216基の 卒塔婆石がたっています。 一町おきに並ぶ道標で、五輪塔型の石柱に各尊の浄土を表す梵字と 施主の名を、典雅な字体で深く掘り刻んだ供養塔でもある。 町石道は上の慈尊院の180町石から始まり高野山大塔まで180基 そこから36基奥の院まで続きます。 町石道ハイキングコース 180町石から計算して約21km程のかなりの健脚コースとなります。 途中南海上古沢駅に降りる12km程のコースもあります。 慈尊院を出発して、136町石の近くに六本杉といわれる大杉の見事な並木の続いた場所があり 高野山上や丹生都比売神社へ通じる峠として、昔日常の利用者が多かったと言われてます。 120町石の近くに2基並んだ高野山の両明神の一の鳥居として建てられた二ツ鳥居があり 60町石のある矢立は、かつて細川と花坂の出村として栄えた宿場の一つであり 町石道はここで高野山道路を横断します。 55町石の先には、袈裟掛石という弘法大使が袈裟を掛けられたという岩があり この石から先は高野山の清浄結界となり、この石の下をくぐれば長生きすると言われています。 52町石付近にある大岩で押し上げ石という大師が火の雨から母を守るためにこの岩を押し上げたと 言われる大岩があります。 27町石近くの険しい所には面が鏡のように平らな石で、この石の角に座って真言をとなえると 必ず成就すると言われる鏡石があります。 このような歴史のロマンの中、町石道は高野山奥の院へと続いていきます。 慈尊院・町石道は歴史街道に指定されいてます。
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