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![]() 真田父子と九度山真田昌幸は信濃国上田城主で、武田氏が亡んでからは 徳川氏に属したが、家康と対立、慶長五年関ヶ原の戦いで西軍に味方して 敗れ、高野山に入り、その冬九度山に閑居した。 九度山で、晴耕雨読して敵を欺き、十勇士に真田紐の行商をさせ諸国の 情報を集めると共に、武術の鍛錬に余念がなかった。 十四年間の閑居の後元和元年大阪夏の陣に奮戦し 壮烈な最後をとげました。 .......真田庵(善名称院)九度山の町花、ぼたんが咲き乱れる真田庵真田昌幸・幸村父子隠れ住んだ屋敷跡として県の史跡に指定されている。 創建は江戸中期寛保元年大安上人による。 六文銭の紋が刻まれた門をくぐると、八つ棟造りの重厚な三層城閣風の 本堂、軒の瓦には菊花の紋章が入っている。 本尊は地蔵菩薩。境内には、開山堂、土砂堂、宝物館や 真田昌幸の墓、それに与謝蕪村の句碑があります。 五月にはぼたんの花が咲き、同月五日には、真田祭が催されます。 本当に物静かな落ち着いた庵ですので、ゆっくりと真田一族のロマンに 浸って欲しいと思います。 |