いつまでも、大衆の心の中に

生き続ける

悲劇の武将.....真田幸村

真田庵
ぼたんが咲き乱れる真田庵

mar_0.gif (81 バイト)真田幸村・十勇士関連年譜

 

 

 

真田幸村と真田庵

真田父子と九度山

真田昌幸は信濃国上田城主で、武田氏が亡んでからは

徳川氏に属したが、家康と対立、慶長五年関ヶ原の戦いで西軍に味方して

敗れ、高野山に入り、その冬九度山に閑居した。

九度山で、晴耕雨読して敵を欺き、十勇士に真田紐の行商をさせ諸国の

情報を集めると共に、武術の鍛錬に余念がなかった。

十四年間の閑居の後元和元年大阪夏の陣に奮戦し

壮烈な最後をとげました。

.......真田庵(善名称院)

九度山の町花、ぼたんが咲き乱れる真田庵

真田昌幸・幸村父子隠れ住んだ屋敷跡として県の史跡に指定されている。

創建は江戸中期寛保元年大安上人による。

六文銭の紋が刻まれた門をくぐると、八つ棟造りの重厚な三層城閣風の

本堂、軒の瓦には菊花の紋章が入っている。

本尊は地蔵菩薩。境内には、開山堂、土砂堂、宝物館や

真田昌幸の墓、それに与謝蕪村の句碑があります。

五月にはぼたんの花が咲き、同月五日には、真田祭が催されます。

本当に物静かな落ち着いた庵ですので、ゆっくりと真田一族のロマンに

浸って欲しいと思います。