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     2005萩往還マラニック140Kmの部完踏記
               (ほんまは「250Km」を走りたかった!)

                             「B−4」 田処壱久(ダブル@怪速亭)

 ウルトラマラソンを走っている人なら、おそらく誰もが知っている「山口100萩往還マラニック大会」略して「萩往還」.。その萩往還に出場して完走(この大会では完走のことを「完踏」という)をすることが、ウルトラランナーの目標であり、夢でもある。今回、その萩往還に初出場して走って、歩いてきた。


 実は、昨年のこの大会の「250Kmの部」に出場しようと思い、一昨年の年末にはすでに申込書は書いており、あとは参加料を振込むだけとなっていた。ところが、萩往還と同じ日に「関西夢街道スーパーラン320Km」という大会を開催すると「日本100マイルクラブ」から発表された。
 どちらの大会に参加しようかと迷ったあげく、第1回目の大会ということもあり「関西スーパーラン」に参加を決めた。そして次回の萩往還250Kmの部を走ろうと思っていた。しかし、今回からの大会規則で「この大会に初めて参加する人は250Kmの部には出場できません。まずは140Kmの部に出場し、経験をしてから250Kmの部に出場してください。」とのことになった。

 何で〜!と、事務局に問い合わせたりもしたが、規則ということなのでしかたなく、今回は140Kmの部に出場することにして、大会参加を申し込んだ。というものの140Kmといっても生半可な距離ではなく、軽い気持ちでは走りきれるものではないことは十分わかっている。250Kmの部に参加できないのはほんとうに残念だが、ここはしっかりとした気持ちを持って、140Kmに挑戦することにした。そして内心では、250Kmに出場できなかったからには、140Kmのトップで瑠璃光寺に戻ってきてやろうと、ちょっと高い目標を持っていた。

 それには初めてのコースなので、どれくらいのタイムで走れるかは全く予想もつかなかったが、この大会の過去の記録からすれば、トップでゴールするには16時間前後で走りきる必要があると思っていた。また、厳しいと噂の往還道の往復も、過去に出場した人に聞くと「関西周遊や関西スーパーランのコースに比べたら、それほど厳しいコースではない。」とのことなので、少し安心した。
 本番までの準備といっても、普段からの練習を大きく変えることはしなかったが、大会まで気持ちを切らさないように、心の準備に十分気をつけた。コース図は、おおひらさんやKadoさんが作ってくれたものを何回も見て、できるだけ覚えるようにした。また、間違えやすいところは昨年140Km走ったふきこさんに教えてもらった。地図の上で見るのと実際のコースでは違うと思うが、何回も繰り返して見ていると、何となくコースの状況が見えてきたような気がした。


 大会当日は、140Kmに出場するジェイさん、おおひらさん、やまさん、こがみちゃんとの5人が、朝8時にJR明石駅に集合し、ジェイさんの車で山口へ向かった。GWでもあり山陽道は混雑していて、広島あたりで少し渋滞にあったために、予定より少し遅れて受付の瑠璃光寺に到着した。
 今まで写真だけで、実物は見たことのなった五重塔は静かに建っていた。ここへは昨年来るはずだったが、やっと来ることができたかと思うと感慨深かった。
  

 本堂の横で受付を済ました後、お賽銭を奮発して無事完踏を祈りお参りしたが、勉強不足で瑠璃光寺の宗派や御本尊様は何だったかわからなかった。

 近くの洞春寺の本堂が着替えと荷物置場になっているので、そこに一旦荷物を置いた後、こがみちゃんと説明会場の教育会館へ向かった。着いた時間が遅かったので、競技説明はほとんど終わっていたが、やっほーさんやF家さん、カラヤン、うえちゃんなどにお会いすることができた。

 洞春寺に戻り、スタート時間の午後6時までの間、走る準備の着替えや腹ごしらえ、荷物の整理などをした。140Kmの部は、途中2回着替えなどを預けることができるが、今回は天気もよさそうなので、途中は着替えはしないと決めていたので、預ける荷物は作らなかった。走るスタイルは、上は夜間走に備えて白色の長袖Tシャツ、下はハーフタイツにした。帽子は、お馴染みの怪速亭オレンジ帽子で、着替えは持たないし預けないのでゴールまでこのままのスタイルで走ることになる。リュックには念のための防寒衣とナイロンカッパ、地図、アンパン、カロリーメイトの非常食、薬類、ライト類などを入れて、準備万端整った。(防寒衣とナイロンカッパは使わなかった)
  

 午後5時30分ごろ、スタート地点の瑠璃光寺へ行くと、すでに多くのランナーは集まっていた。それぞれに写真を撮ったり、仲間同士で話をしたりしてスタート時間を待っていた。スタートは、本堂前参道から50人ずつのウェーブスタートである。140Kmの部の参加者は200人余りなので、4グループに分かれた。どのグループに入ろうかと思ったが、後方から追いかけたほうが走りやすいと思い、最後のグループでスタートすることにして、やっほーさんやうえちゃんたちと雑談しながら時間を過ごした。
  

 午後6時ちょうどに最初のグループが、小野さんの「エイ・エイ・オー」の掛け声とともにスタートをして行った。それから6時5分、6時10分と5分ごとにスタートして行き、自分達のスタート時間の6時15分、同じく小野さんの「エイ・エイ・オー」の掛け声で瑠璃光寺から長くて遠いコース、再びこの瑠璃光寺のゴールをめざしてスタートを切った。このグループには、強敵のやっほーさんやうえちゃんも一緒だった。

 コースは一旦は南へ向かって走り、防府市で折り返して瑠璃光寺前を通り過ぎて、今度は萩に向かって往還道を走り、萩から再び往還道を通って、この瑠璃光寺に戻ってゴールである。
 最初は集団でゆっくりだったが、自分のペースで走ったほうが楽なので国道9号線の地下道を過ぎると、いつの間にかグループの先頭に出てしまった。そして山口福祉センター前では早くも5分前にスタートした最後尾に追い着いてしまった。この福祉センターは、帰りのエイドと着替えなど荷物を預けることができるが、何も預けないのでそのまま通過した。
 昼間に防府インターから受付の瑠璃光寺へ向う時、このコースを車で走ってきたので、地図を見なくても瑠璃光寺から防府までの折り返しコースは間違いなく行けると思い、地図はリュックに入れたままである。山口駅前を通過して歩道橋を渡った後は、単調で真っ直ぐな道路を、体感では5分を少し切るくらいのペースで走った。次々と先にスタートしていた人たちを追い抜きながら走った。

 突然、防府方面に向かっている車から「ダブルさん」と呼ばれたので見ると、それはふじもっちゃんだった。250Kmの部のエイドの手伝いをすると聞いていたのと、明日が出勤日ということだったので、その帰りだろう。その少し先で、車を停めて応援してくれた。ふじもっちゃん、ありがとう。
 中国自動車道の高架下を通過してしばらくすると、こがみちゃんややまさんに追い着いて、そしておおひらさんにも追い着いた。
 先にスタートしているランナーを次々と追い越していくと、滅入りそうな単調なコースも、気分が変わって順調に走ることができた。鯖山トンネルの手前で旧道の峠道に入る。そこは、「しゃもじ」という食事エイド(14Km・1時間07分)があったが、帰りに寄ることにして通過した。通過するときにスタッフから「先頭から2番目だ」と教えてくれたので、ここに来るまでに先にスタートした人を先頭の1人を除いてすべて追い越したことになる。
 すでに前後には全くランナーの姿は見えず、単独走になってしまった。このころには日も暮れていたので、ライトを点けて峠道を上った。車ではトンネルを通ったので旧道の状態はわからなかったが、峠は意外と低く簡単に越えられた。
 再び国道に出て歩道を快調に走った。防府市内に入り、間違いやすいと思っていた佐波地下道もスタッフの案内でスムーズに通過することができた。市内は信号も多く、しばしば足止めを食うが先も長いので、のんびりと走る。長崎ちゃんめん前交差点にもスタッフの人がいてくれて、右折するように案内してくれた。
 折り返し点の英雲荘に近づくと、それぞれライトを手に持ってリュックを背負った大勢の歩行者とすれ違った。最初は今ごろの時間、集団でどこへ行くにだろうと思っていたけど、それは英雲荘を20:00にスタートして、萩までを歩く「60Km歩の部」の人たちだった。その人たちからもたくさん応援してもらった。

 先頭を走っているランナー折り返してきてすれ違った後、まもなく折り返し点の英雲荘(22.4Km・1時間48分)に到着し、チェックシートにパンチをした。スタートしてから、初めて食べ物のバナナやパンをもらって食べた。
 ここまでは1Km5分ペースと、ほぼ予定どおりで走れたように思う。そして再び来たコースを戻った。まもなくやっほーさんやうえちゃんなどの5〜6人とすれ違い声をかけた。その差はあまり離れていなくて、ペースを落とすとすぐに追着かれそうな距離だった。
 次々と折り返し点に向かうランナーと会い、声を掛け合ったが、暗いために顔まではわからなかった。たくさんのランナーが走ってくるために歩道では譲り合わなくてならないので、左折する長崎ちゃんめん前を走りやすい道路の反対側に渡って右側の歩道を走った。右側はすれ違うランナーがいないためにちょっと寂しいが、ずいぶんと走りやすかった。
 佐波川を渡る手前から再び道路の左側の歩道を走った。すれ違うランナーも徐々に少なくなり、最後のほうでジェイさんや慎ちゃんとすれ違った。
 
 帰りの鯖山峠は、勾配もきつくてペースが落ちたが、追いついてくる人もいなかった。峠を越して、しゃもじエイド(30.8Km・2時間34分)に到着した。
 美味しそうないなり寿司もあったが、油揚げが消化に悪そうなので我慢して、うどんと普通のおにぎりをもらった。そして梅干もお願いした。ここまでが2時間34分とまずまずである。食べ終わったころに、5〜6人の後続を到着したが、その中にやっほーさんやうえちゃんの姿もあった。
 ここを出れば、瑠璃光寺下を過ぎるまでの約15Kmは、ほぼ平坦で一定のペースで走れそうである。これまで同じような1Km5分くらいのペースで走った。一人が先に走っているが、どれくらいの差なのか全くわからないし、さっきのエイドでもその姿が見えなかったので、自分よりだいぶ先を行っているようである。全く単調な直線道路を一定のペースで淡々と走った。

 歩道橋を渡り、山口駅前を通過して福祉センター前に到着(43.3Km・3時間49分)した。福祉センターに入ろうかと迷ったが、預けてある着替えなどもないし、先ほどのエイドでおにぎりとうどんを食べたし、リュックにはパンなどの非常食も入れていたので、そのまま通過した。水分補給が心配だったが、それも道端の自販機で買えば問題ない。
 瑠璃光寺下を通過する時、誰かの応援をもらえるかなと思っていたが、残念ながら誰もおらずちょっとがっかりした。街並みを抜けると、まわりは真っ暗で街灯もなくなってきた。明日の朝には無事に、この坂を下っていることを思い浮かべながら、ダムへの上り坂もペースが落ちたものの走って上った。
 往還道も近くなり、ペットボトルの中身が少なくなってきたので、次の自販機で買おうと思っていたが、自販機が見当たらなかった。ダム湖沿いを過ぎて上流へ向かって走っていたが、往還道入り口が現れなかったので、ここで初めて地図を確認したが、道は間違ってないようである。

 しばらく進むと、萩往還道の標識が現れ、左の往還道に入っていった。そこは聞いていたとおりの石畳で勾配もきつく走れるようなところではなかった。これから先、佐々並市エイドまでは給水できるところはないと予想して、往還道横の小溝を流れる水をペットボトルに入れた。ライトを照らして見た感じでは、飲むのに支障がないと一口飲んでみたが、悪い水ではなさそうである。これで水分補給の心配はなくなった。食料もリュックの中に入っており、しばらくは大丈夫である。
 いつものことながら、走っても歩いても上りがほんとうに弱い。やはり、下のほうからライトの明かりがチラチラと見えてきた。それも2人いるようだった。やっほーさんとうえちゃんかなと思っていたが、そのうちに追いつかれて追い越されてしまった。やっほーさんともう一人は若い人だったが、ゼッケンすらも覚えていない。2人に付いて行こうと思ったが、速くてとてもついていけなかった。まだまだ先が長いので、ここは無理をせずにそれまでのペースで歩いた。
 舗装道路を横切り、やっほーさんのライトの見えなくなりそうになった時、このコースの最高地点の板堂峠に着いた。ひとまずは、ヤレヤレである。ここからは得意の下りであり、すぐに先行する2人に追いつき、先に行かせてもらった。

 往還道からアスファルト道路に出ると、緩やかな下りのために益々ペースが上がり、振り返っても2人のライトが見えなくなってしまった。夏木原キャンプ場前を過ぎて、川沿いをしばらく走っていたが首切れ地蔵へ曲がるところが出てこない。先ほどの2人も追いついてくる気配も感じられない。コースがこれで合っているのかと少し不安になり、蛍光灯の点いていた所で止まって地図を確認した。コースは間違ってないようなので、地図を見ている間に追いついてきた若い人と一緒に再び走り始めた。
 周りは真っ暗で、空には満天の星が見え、夏になると蛍が乱舞するような川沿いの道を、少しペースを上げて走った。彼のライトの電池が切れかかっているらしく、消したまま走っていたので、自分のライトの光を彼の足元と交互に照らしながら一緒に走った。まもなく地図で確認していた首切れ地蔵方面へ左折する。ここにははっきり白線が引かれていた。これからの先も曲がり角や間違いやすそうな所には、ほとんど白線が引かれていたので、この白線さえ見落さなければ、コースを間違うことはないだろう。
 右側に首切れ地蔵と思われる小さな庵があったが、お地蔵さんをあえて確認しなかった。

 国道262号線に出て、緩い下りを走っていると、前方にこちらに向かってくるライトが見えた。近づくと「ダブルさん」と先に声をかけてもらった。それは250Km出場のおシオさんだった。もう少し先で出会うかなと思っていたが、さすがに速い!おシオさんはゴールしてから再び70Kmの部にスタートする。もうすでにスタートしてから2晩目で240Kmくらいも走っているのに、まだまだ元気だった。お互いに声をかけあって別れたが、こうして仲間と会うと嬉しいし、元気をもらえる。
 おシオさんが初めて会った250Kmのランナーだったが、後で聞くとまだ先に1人いたらしいく、板堂峠は往還道を通らずアスファルト道路を通って天花畑へ下りたらしい。

 まもなく国道から分かれて佐々並市の家並みに入って行った。前方に明かりが見え、近づくと佐々並市エイド(58Km・5時間38分)だった。ここで140Kmの先頭を走っていることを教えてくれたが、トップの人はここへは寄らずに通り過ぎたかもしれない。
 エイドではバナナやおにぎりをもらったが、萩市内までコンビニもないと聞いていたし、そろそろエネルギー切れを起こしかけていた時だけに、夜中にこうした食べ物をもらえるなんて、ほんとうにありがたかった。
 
一緒に到着した人は、ライトの電池を入れ替えていたので、エイドスタッフの人達にお礼を言い先に出発して、再び山の中の往還道に入った。真っ暗な山道を、ライトを頼りにして進むが、上りはほとんど走れないし、下りも足元が悪くてゆっくりしか走れない。
 転倒でもして怪我をしたら元も子もないので慎重に進んだ。小さな川沿いの畦道のようなところもあり、石畳もあり、一歩一歩足元を照らしながら進まなければならなかったので、走っていても全くペースが上がらない。

 急な土手のような所を登ると国道に出た。やはりアスファルト道路に出ると走りやすい。ふきこさんから教えられていた、間違いやすい釿切の手前は往還道へ行かずに国道を進むよう白線が引いてあった。  ここで2人連れのランナーと会ったが、1人はひろっさんだった。すれ違った250Kmのランナーの4人目と5人目だった。ライトの中にひろっさんの元気な笑顔があった。ひろっさんんもゴールしてから70Kmを走るはずである。「がんばって!」と声をかけて別れた。
 そして、前回ふきこさんが間違ったという釿切に来たが、白線が引いてあったため間違わずに一升谷に入っていった。
 上りはすぐに終わったが、長い下りが始まった。下っても下っても同じような石ころだらけの山道が続く。石ころを踏むと足の裏がむちゃくちゃ痛い。足元に注意しながらも走って下ったが、転倒すれば大怪我をしそうである。
 前方のから上ってくる人のライトが見えてきた。「ダブルさん!」の声は縞猫さんだった。大村湾以来の再会に嬉しくて熱い抱擁となったが、それも先を急ぐのでお互いの健闘を祈って別れた。

 それからの下りも長かったが、やっと明木市の町並みに出てきた。町並みといっても夜中なので人が通っているわけではなく、街灯の明かりがところどころにあるだけだった。突き当りを右折して、しばらく行ったところに楽しみにしていた明木市エイド(67.7Km・6時間50分)があったが、まだテントの足は立てていなくて、その奥に飲み物だけのエイドがあった。
 スタートしてからここまでで、コースの半分を約7時間と、ほぼ予定どおり到着できた。これからの約70Kmは、少々へばっても大きなアクシデントさえ起こらなければ目標の16時間でのゴールは、なんとなくできそうな気がした。
 このエイドの開設時間になっていなかったので、食べ物は飴だけだったが、その飴を3個もらいお礼を言って早々に出発した。エイドの開設時間でもないのに、こうして飲み物などをもらえたのは、ほんとうにありがたかった。
 エイドを出てからしばらくして何となく時計を見ると、タイマーが動いていないで止まったままになっていた。間違って違うボタンを押してしまったようである。時計はストップウォッチにして、瑠璃光寺をスタートした時からエイドごとにラップをとっていた。しかたがないのでストップウォッチから時計に戻した。

 もらった飴を口に含んで平坦なコースを走ったが、疲れはそれほど感じなかった。まもなく萩有料道路の高架下を通って川の堤防の道に出た。時々空を見上げると満天の星が見えた。再び往還道の山道に入り、歩きを入れながら上って行った。250Kmの人とは、縞猫さんから誰にも会っていないので、コースを間違ったのではと思ったが、所々に白線が引かれていたのでそれほど心配もしなかった。
 峠を過ぎて石の階段を下ると、萩有料道路の休憩所があったが、ここのエイドもまだ開設されていなかった。休憩所はそのまま通過したが、ここでコースを少し迷ってしまった。結果的に、まさか有料道路上を走るとは思いもよらなかったためである。
 料金所を過ぎてから、脇道を探したが見つからないし、白線も引いていなかったので、道路を渡ったり戻ったりしながら探したが結局わからなかった。地図を確認して萩方面を行けば何とかなると、しかたなく有料道路を走った。すると右斜めに下る脇道があり、中国自然歩道の標識があった。コースは合っていたようでほっとした。

 緩やかな下りを、ペースを上げて走って行くと、前方にこちらに向ってくるライトが見えた。久しぶりに会う250Kmランナーだったが、近づくと「ダブルさん!」と声をかけてくれた。それは濱ちゃんだったが、嬉しくて手を握り合った。そして写真を撮ってもらい、声を掛け合って別れた。O友さんが少し前にいたらしいが、料金所のところで迷っていた時にすれ違ったのかもしれない。(後で聞くと、O友さんはNAMIさんと一緒に料金所から往還道を通らず、アスファルト道路を行ったらしい。)
  

 涙松跡を過ぎると萩市内が近い。コースは平坦になって走りやすい。変電所前は間違いやすそうだったが、きっちりと白線が引いてあった。白線はスタッフの皆さんが手分けして書いてくれたと思うが、ほんとうにありがたい。
 萩駅側へ左折して萩城へ向かうが、約30Km後に再びこの場所へ戻ってくる。そして、ここまで来た同じコースを瑠璃光寺まで戻ってゴールである。ここから玉江駅までの約3Kmは意外と長く感じた。エネルギー切れも起こしかけていたのかも知らない。この区間は250Kmのコースになっていないのでランナーにも会わないし、真夜中なので車も全く通らない。
 前方に玉江駅エイドが見えたときは嬉しかったし、やれやれと思い駅の待合室に入っていった。そして、エイドに並べてある食べ物のうち、バナナを一切れ食べようとすると、自分が付けているナンバーを見たスタッフが「ここは140Kmのエンドじゃない。250Kmだけのエイドだよ。」と、大きな声で注意された。その言葉はきつく、あわてて手に持ったバナナをトレイに返し、そして「すみませんでした」と、そのスタッフに謝って、早々にそのエイドを出た。
 あとで地図を確認すると、確かに玉江駅は「140Kmの部」のエイドにはなっていなかった。自分の注意不足もあったが、同じコース上にあるエイドで区別されたのには、少しがっかりした。140Kmは、萩城跡のチェックポイントにエイドがあるので、そこまでがんばろうと気を取り直して走った。

 常盤大橋の手前で250Kmランナー1人を「お先に!」と声をかけて追い抜いた。その後もゴールまでに、何人もの250Kmの部のランナーを追い越したが、さすがに長い距離を走っているため誰もが相当疲れていたようだった。
 お堀沿いから指月端を渡って萩城跡・石庭公園へ入って行き、チェック表にパンチを入れた。2人のスタッフがまだ到着したところで、ランナー達が預けている、着替えなどの荷物を並べていた。スタッフに「140Kmのトップですよ」と教えてもらい、ここで初めてトップを走っていることを確認した。
 防府折り返す手前で、先頭を走っていた人とすれ違ったが、その人を追い越した覚えがないので、おそらくリタイヤしたかどこかで休んでいたのかも知れない。
 この萩城跡のエイドにおにぎりがあるはずだったが、残念なことにまだ開かれていなかったのでチェックをしただけで出発した。時間をメモしようと思ったが、何かわずらわしかったので書かなかった。その後も、ゴールまでのポイント通過時間も全く書かなかった。この完踏記を書いていて、やはり時間を書いておけばよかったと後悔している。

 再び指月橋まで戻り、萩城跡を出て堀端を走ったが、昼間であれば、萩城の情景も見えると思うが、真っ暗な中なので全く見えなかった。突き当りを右折して東に向って走ったが、このあたりは旅館や土産物店が多く、昼間なら賑わっていると思うが今は誰一人もいなかった。
 いよいよエネルギー切れを感じたので自販機で紅茶を買い、リュックに入れたあったアンパンとカロリーメイトを出して歩きながら食べた。往還道の上り以外で歩いたのは初めてのような気がする。
 Y字路をどちらに行こうか迷った。直進すれば24時間営業のスーパーもあるし、少し距離が短いと聞いていたが、正規の大会コースのとおり左折して菊ヶ浜沿いに進んだ。釣りをしている人と会ったので、「こんばんは、釣れますか。」と声をかけると「ダメです」と返事が返ってきたが、何か不思議なものを見るようにこっちを見ていた。
 雁島橋を渡って笠山をめざしたが、時々250Kmのランナーを追い越した。必ず「お先に!」と声をかけると、中には「がんばって!」と逆に応援してくれる人もいた。途中の萩焼会館を探したが、それらしい建物は見つけられなかった。

 笠山の入り口までは道なりで、間違いやすいところもなかったが、意外に遠く感じた。途中で「ダブルさん、速いね。Kaisanが、もうちょっと前にいるよ。」と声をかけてくれた250Kmランナーがいたが、暗くて顔と名前を確認できず、そのまま通り過ぎた。ナンバーだけでも確認しておくべきだったが、これはいつも後で思うことである。
 時々道路の反対側を笠山、虎ヶ崎から帰ってきた250Kmのランナーが、東光寺をめざしていた。越ヶ浜入口三叉路を左折して、笠山方面へ向かった。明神池を過ぎて旅館が何軒かあり、そのあたりから上りがきつくなってきた。笠山頂上まで歩いて上ったが、意外と遠く感じた。笠山チェックポイントには赤い点滅灯が点いており、場所はわかりやすかった。昼間であれば景色もよく見えると思うが、まわりが真っ暗なので遠くに明かりが見えるだけだった。

 チェックを終わり下り始めてから間もなく、下から上ってくるライトが見えた。それは横ちゃん、Kaisanともう一人だった。名前を呼び合い、がっちり両手で握手をしたが、横ちゃんもKaisanも暖かい手だった。途中で追い越した覚えもなかったので聞くと、どこかで休んでいたとのことだった。
 3人と別れた後、背中から大きな声で応援してもらった。それから少し下って右に曲がり、左に暗い海を見ながら虎ヶ崎に向かって走った。カーブの多いコースだったが、カーブの所々に赤い点滅灯が点いて、崖などの危険な場所を知らせてくれていた。横ちゃんやKaisanの会ったためか、ここは快調に走れたので虎ヶ崎は意外と近く感じた。


 椿の館に到着したのが3時24分だったと思うが、まずチェックシートにパンチを入れ、時間を記帳してから店内に入った。中には映画村さんやO村さん、T山さん、慎ちゃんが美味しそうにカレーを食べていた。自分もカレーをもらおうかなと思ったが、何か胃にもたれそうだったので、うどんとおにぎりをもらった。ビールを飲んでいる人もいたので自分もと思ったが、ここはぐっと我慢することにした。
 食べ終わり、皆さんに挨拶をしてお先に出発した。来たコースとは違い、今度は細い遊歩道で舗装もしていない、とても走りづらかった。ちょっと油断した時に、木の根か何かに足を引っ掛けて転倒してしまった。幸いにどこも怪我をしなかったが、こんなところで怪我をして走れなくなっては大変と思い、それからはより慎重に走った。
 足元をライトで確かめながら緊張して走っていると、いつの間にか舗装道路に変わり、明神池手前の三叉路に出てきた。やれやれである。ここで笠山に向かっている、たまゴンさんとすれ違った。たまゴンさんは、秘密兵器のストック2本を杖代わりに坂を上っていた。
 ここから萩焼会館までは来たコースを戻る。この区間、来る時は長く感じたが、帰りは次々にすれ違うランナーに声をかけて走っていると意外と近く感じた。すれ違うのは250Kmの人ばかりで、140Kmの人とは不思議と会わなかった。後続と差が開いているのか、虎ヶ崎を回っている間に後ろに来ているのか、後の状況は全くわからなかった。

 笠山に向かう時も萩焼会館を見つけられなかったが、帰りも左折する萩焼会館がわからない。探しながら走っていると、前方から来た250Kmの人が「東光寺へ行くのはこっちではないよ」と、先に声をかけてくれた。
 萩焼会館から300mくらい行き過ぎていたので、引き返すと反対側の歩道に左折を示す白線が引かれていた。間違ったのは、すれ違うランナーと会うのが嬉しくて右側(海側)の歩道を走ったのと萩焼会館がわかりづらかったためだった。
 ミスコースを教えてくれたのにはほんとうに助かったが、地図をもっと見ていかなければと、ちょっと反省もした。ここからはすれ違うランナーもいなくなり、前後にもその姿は全く見えなくなってしまった。ふきこさんに教えてもらったとおり、小さな橋を渡って左折するとコース脇の足元には電灯が点々と灯されており、その明かりを辿って行くと東光寺山門脇のチェックポイントに到着した。
 チェックポイントは、このパンチですべてが終わり、ここからゴールの瑠璃光寺までが約35Km、気分を新たにしてスタートした。


 徐々に夜が明けてきて、大きな通りに出るころにはライトも消した。松蔭大橋は新しくて大きな橋だったのですぐにわかり、橋を渡るころには明るくなっていた。 持っていた地図もライトなし見えるようになってきた。
 御許町交差点を信号機の表示板で確認して左折したが、エネルギー切れ気味で走るペースが落ちてきた。左側にちょうどコンビニがあったので、何か妙な取り合わせだが、アンパン、チューハイ、アイスクリームを買い、歩きながら飲んで食べた。橋本橋を渡るときに食べ終わったので再び走り始めたが、ガス欠状態から復活したようで少し楽に走れるようになっていた。

 JR跨線橋手前交差点からゴールの瑠璃光寺までは、すでに明るくなってまわりもよく見えるようになっていたのと元の来たコースを戻るために、これからは地図を見ることはないと思い、地図はリュックのなかに入れた。
 250Kmランナーを追い越したり、萩市内に向かう140Kmランナーとすれ違ったりしたが、その都度声をかけて走った。涙松跡を過ぎたあたりで、前方にオレンジ帽子が見え、やまさんとこがみちゃんがやってきた。手前から大きな声で呼び合い、お互いに励ましあった。
 萩有料休憩所エイドは、まだ開設されていなかったのでそのまま通り過ぎた。階段を上がり再び本格的な往還道に入った。上りは歩き、下りは足元に注意して走る。小石を踏むと足の裏が飛び上がるほど痛い。そういえばここまで痛み止め薬は飲んでいない。ウルトラの大会では、必ず途中で何回か痛み止め薬を飲んでいた。今回はそれほど痛くならなかったのか、これまで痛みを忘れるくらい夢中で走っていたのかわからないが、不思議と飲んでいなかった。ここで飲もうかと思ったが、我慢できるだけ我慢をしようと結局痛み止めはゴールまで飲まなかった。
 川の土手に出てきたところで、ジェイさんともも組の慎ちゃんに会ったが、2人は楽しそうにのんびり走っているようだった。慎ちゃんののことだから、いつものようにビールを飲みながら走っているのだろうと思う。


 明木市のエイドは行くときと同じで、まだ正式に開設されていなかった。スタッフから「もうすぐおにぎりが届く」と聞いたが、何分後かわからないので飲み物だけをもらって出発した。このあたりまで来ると、今まですれ違っていた140Kmのランナーも見えなくなった。
 長い一升坂に入ったが、緩やかな走れるところは走って上った。聞いたところによると、昔この坂を上るのに「水を1升飲んだ」ことから名づけられたらしい。それほどだらだらと長い坂である。
 ここで、ウィローさんに追いつき、二言三言話をして先に行かせてもらった。ウィローさんはネイチャーも走っており、10日足らずでこの250Kmに参加していた。ほんとに凄い人だ。
 石畳の長い坂を上りきり、少し下ったところで35Kmのトップのランナーとすれ違ったが、さすがに速く、坂を駆け上がって行った。長かった一升坂の往還道からやっと釿切の国道に出た。
 それからは次々と35Kmや70Kmのランナーが勢いよく走り過ぎて行った。

 往還道は田んぼの畦道のようなところや小さな峠を越えたりしたが、昨晩は真っ暗で足元ばかり見て走っていたので、初めて通るような感じのところもあった。35Kmや70Kmのすれ違うランナーの一人ひとりに声をかけていると、走るペースが落ちてはいるが気持が切れることなく、いつの間にか佐々並市エイドに着いた。
 エイドは、萩に向かうランナーで賑わっていたが、まず名物の豆腐をもらった。ちょっと硬めだったが美味しくて3個もいただいてしまった。おにぎり、バナナなどももらって食べた。 ここからゴールまでは約15Kmなので、もう少しがんばろうとお礼を言ってエイドを出発した。
 首切れ地蔵前でレッツランの若ちゃんと会い、応援してもらった。歩の部の人達とも会うようになってきた。中には「140Kmのトップですよ」と応援してくれる人もいた。
 おシオさんやNAMIさん、ひろっさんともすれ違った。3人は250Kmを完走した後70Kmをスタートしており、合計320Kmをめざしていた。うららさんも遠くから手を振ってくれて、近くに来ると写真を撮ってくれた。
 有名な草餅エイドが左側にあったが、萩方面に向かうたくさんの人が立ち寄っており、忙しそうにしていたのでそのまま通過した。時々250Kmランナーを追い抜きながら、緩やかな上りを走ったり歩いたりしてゴールの瑠璃光寺をめざした。

 ゴールが近くなったこともあると思うが、疲れや眠気はあまり感じなかった。夏木原キャンプ場前まで来ると、すれ違う人はまったくいなくなってしまった。舗装道路から再び往還道へ入ったところで、N村さんに会った。N村さんは足を痛めて走れなくなったとのことで、足を引きづりながら歩いていた。
 往還道の最高点、坂堂峠ではT中さんと岩クマさんに会った。後は下るだけだと教えてもらい、「お先に」と声をかけて先に下り始めたが、2人には後ろから大きな声で応援してもらった。
 ガードマンの案内で、舗装道路を2回横切って、ペースよく下った。石畳の下りになると、走りにくく足の裏が痛かったが、この下りが最後の往還道だと思い、ここは我慢して足元に注意しながら走った。石畳の急な下りも終わり、舗装道路の天花畑へ出た。

 ここからゴールまで残り約3.5Km、20分くらいで瑠璃光寺に着けそうであるが、時計を見ると8時50分だった。この時点で15時間切りはあきらめたが、目標であった16時間は楽々達成できそうで、15時間前半でゴールできそうだった。
 しばらく右にダム湖を見て平坦だったが、一ノ坂ダムを過ぎて下りになったところで、15時間前半でのゴールは間違いないと、これまでずっと応援してくれていたFさんに、歩きながら「もう少しでゴールする」と携帯メールを書いた。そしてそのメールを送った後、下り坂の途中から再び走り始めた。
 ゴールも近くなり、少しペースを上げて走っていると、前方の山裾にあの瑠璃光寺の五重塔が見えてきた。そして橋を渡って右折し、ゴールに向かって坂道を一気に駆け上がった。
 この坂道を上る時はもっと感激するかと思っていたが、自分でも意外なほど冷静だった。これは250Kmの部ではなく、140Kmの部だったかも知れない。ゴール前には出迎えの人はほとんどいなかったが、スタッフの誘導で左に曲がってゴールテープを切った。こうして初めて参加した萩往還マラニック140Kmが終わった。


 時計を見ると、9時16分だったので、記録は15時間15分ちょっとでのゴールだと思っていた。そしてスタッフから140Kmのトップであることが知らされた。ゴール地点には、少し前にゴールしていた大阪のくわちゃんが休んでいたので、しばらく話をしていると「完踏証」ができあがった。
 その完踏証には「15時間00分26秒」と記入されていた。そうなんです。午後6時にスタートと思っており、ウェーブスタートの「15分」を全く忘れていたのです。天花畑で時計を見た時も、15時間はとても無理とあきらめたが、その時に15分の時差スタートのことを覚えていれば、十分15時間を切ってゴールできていたと思う。これも愛嬌でしょう。
  

 しばらくゴールのところで待っていたが2位の選手も帰ってこないので、とりあえず着替えようと荷物置き場の洞春寺へ行き、水道ホースの水で体を洗った。本堂で着替えていると2位の選手が帰ってきたが、今まで面識のなかった京都のY田さんで、30分余りの差だったらしい。Y田さんはウチの息子より若く、着替えてからすぐに京都へ帰るらしい。


 足や体調に大きなダメージもなく、お腹が空いていたので国道を渡ったところにあるコンビニへ行き、ビール(もちろん発泡酒)500mlと焼きそばを買って空腹を満たした。その後、瑠璃光寺に戻る途中で3位のやっほーさんが帰ってきたので、健闘を称えあった。水道水で体を洗ったことを教えて、自分は瑠璃光寺前で、続々とゴールへ向かうランナーを出迎えた。
 まだまだ元気そうな人、疲労困憊の人、それぞれ一人ひとりの萩往還がそのゴールで終わろうとしていた。

  

   

  

 最終ランナーまで出迎えたらよかったのですが、目標を達成したのでほっとしたのか、疲れたのかわからないが、急にしんどくなってきた。(単なる飲み過ぎかも?)
 タラさんに教えてもらったA田さんの焼き魚(美味しかった!)をアテに一杯やったし、おシオさんとも一杯飲んだ。縞猫さんとも飲んだような気がするが、あまり覚えていない。

 今回、うららさんがお世話をしていただいた湯田温泉のホテルへ、うえちゃんとタクシーで先に行かせてもらった。ホテルの部屋に入ってシャワーを浴びた後、ベッドで横になるといつの間にかウトウトしてしまった。電話のベルで目が覚め、みんなと一緒に晩ご飯をいただきました。もちろん、そこでもしっかりとビールをいただきました。
 うららさん、濱ちゃん、今回もいろいろとお世話になりました。おかげさまで、翌朝までゆっくり寝かせていただきました。また青馬会の皆さん、怪速亭のみなさん、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
 ジェイさん、帰りも明石まで送っていただき、ほんとうにお世話になりました。
 

 今回の結果は、幸いにも目標であった「140Kmの部」で優勝することができたが、最初に書いたようにほんとうは「250Kmの部」で出場したかった。
 正直に書くと、昨年の大会が終わった後、今回の規則(初参加の人は250Kmには出場できず、まず140Kmから出場すること。)が発表される前に「250Kmの部」に申し込んでいた。ところがその後、このような規則ができたために申し込んでいた「250Kmの部」が無効となり、参加費が現金書留で返送されてきた。
 どうしようかと迷ったが、1度「140Kmの部」に出場しなければ萩往還が続く限り、永遠に「250Kmの部」には出場できないとのことなので、改めて「140Kmの部」に申し込んだ。幸いにも仲間の応援や気候にも助けられ、140Kmの部の大会記録(正式な大会記録があるかどうかはわかりませんが)を書き換えることができました。
 これも小野委員長はじめ大会関係者の皆様、参加されたランナーの皆様、地元の皆様、その他たくさんの方々のおかげと、心から感謝いたします。


 これで、次回からは晴れて「250Kmの部」に参加できることになりました。来年もぜひこの「萩往還」に参加させていただこう思っておりますので、皆さんどうかよろしくお願いいたします。

長い拙文を読んでいただいてありがとうございました。
 (写真は、濱ちゃん・うーさんからいただきました。ありがとうございました。)