のくれあいるじおん

ご主人たちは、まだ戻ってこない。
おかげで、部屋の中も寒いままだ。
もうじき日も沈む時間なのに餌の皿も水の器も空っぽのまんま、
放っておいてくれるのは嫌いじゃないんだけど
寒いのは好きじゃない。
一日中ベッドに潜り込んで夢を見てたんだと思うけど、
どんな夢だったかは覚えてない。
眠って時間をやり過ごすのも、もう飽きたな。
息を止めて、前足を揃えたまま力一杯前へ伸ばし、
大きなあくびを一つ。
はぁ、気持ちいい。
尻尾で体を包むようにして座ってみる。後足で耳の後ろをかいて
みる、別に蚤がいるわけじゃないけど。
爪の間をきれいにしてから背中から腰にかけて丁寧に舐めながら
毛繕いする。
自分でも自分の毛皮の模様気に入ってるんだ。
頭から背中まで、つながったキジ模様と胸から腹まで真っ白、
尻尾はクッキリした縞模様。
人間流だと白・キジって呼び方になるらしい。
ご主人様たちは、アサリ貝みたいだなんて笑ってたっけ。
ふむん、髭の先がムズムズする。
風が強くなってきた、窓ガラスが鳴ってる。
今夜は天気が悪くなりそうだ。
やだな、このまま寒いのは…
ご主人様たち、早く帰ってこないかな。
小さいほうのご主人様は、細い白い指先で喉をなでてくれる。
膝の上で丸くなると、すっぽりとカーディガンで包んでくれる。
大きいほうのご主人様は、ちょっと煙草臭い指で背中をなでて
くれる。小さいほうのご主人様には内緒だよって笑いながら
大好きな煮干しをこっそり分けてくれる。
こうやって、じっと耳を澄まして待ってるんだ。
そしたら、いつもみたいに遠くから二人の笑い声が近づいて来て
ガチャリとドアが開いて、柔らかい暖かい空気で部屋中が一杯に
なる。
いつもは、そうだったから。
でも、どうしてだろう。今、聞こえてくるのは風の音ばかり。
窓から覗いてれば、ご主人様たちの帰ってくるのが見えるかな?
でも、窓の外は怖いからやだ。部屋の外はマックロケだから
やだな。
けど、どうしたんだろう。前は、もっと違ってた様な気がする。
確か、うんと小さい頃、窓って大好きだったンだけどな。
雀や色ンな鳥がいて、たくさん人が歩いてて、車もいっぱい走り
回って、雨が降ると茸みたいな傘がふらふらして、留守番も全然
退屈じゃなかった。
夕方になると、どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってきた
り、夏になると小さな虫が部屋の中に飛び込んできたり、
朝から晩まで、とにかくにぎやかで、すごく楽しかったっけ…
ガシャン。
ひどく大きな音がした。
ひときわ強い風が、部屋全体を揺さぶってる。
窓に何かがぶつかって、ガラスを残らず床にばらまいたらしい。
尻尾が倍に膨らんで思いがけず太い唸り声が漏れる。
何かが部屋に入り込んだ?
ご主人様たちじゃない??もっと、空っぽで冷たい何かだ。
誰?
もう、部屋の外には何もないはずなのに。
そう、痛いほど白い光に包まれた、あの朝からずっと。
たくさん過ぎて一つ一つを聞き分けられない、
大きすぎて本当に聞いているのかわからない悲鳴のような音が
して、慌てて窓に近づいた。
遠くから、真っ白な光がゆっくり近づいてきて…
道路を並木を町を、そして見える範囲すべてのものを
塗込めてった。
前脚が、光に取り込まれたと思った瞬間には、髭も尻尾も
何かにがっちりと抑え込まれたように動かなくなってた。
そして、それから?
そう、ご主人様たちは帰ってこなくなった。
あれから、窓の外を覗いて見たのは一度だけ。
何もかもが真っ黒けの世界。
適当に地面に突き立てた半分焦げた電信柱、
道路に溶け込んでる自動車の群れ、
窓ガラスが全部ないからスポンジの塊のように見える大きなビル
崩れてぐちゃぐちゃになった道ととろけた飴みたいにねじくれた
信号機。
あたり一面に投げ出された訳のわからない炭の塊。
自分で動けるものは何もない。
風の音がするだけ。
だから、嫌いだ窓の外は。怖いもの…
ずっと待ってるんだ。こうして、ご主人様たちが帰ってくるのを
あ、なんだ?
鼻先を真っ白いものが、ひらりと掠めて逃げた。
窓の外から入り込んできたのかな?
前脚の上にも、ひとひら。
冷たい。
びくっと脚を引っ込めると、もう消えてる。
ふと、誰かに呼ばれるような気がして顔を上げる。
ご主人様たちに似てる。包み込むようなやさしい気配。
誰かいるの?
大きく「ニャーウ」と鳴いてみる。
返事はない。
でも、窓の外の気配は、どんどん大きくなってるみたいだ。
部屋の中にも、さっきの白いものがたくさん入ってきてる。
変だな、
最初は冷たいだけだったのに、
たくさんになると不思議に暖かいし明るいや。
何だか、ご主人様たちにすごく優しく抱かれてるようだ。
心が広がってく。
あぁ、すごくいい気持ち。
窓の外も、ほのかに明るく光ってる。
あれ、真っ黒けじゃない?
さっきまで、黒くて気もち悪くていやだった化け物たちが
いなくなってる。
窓から見えるのは、柔らかそうな暖かそうな白い世界。
そうか、帰ってきたんだ皆。
元に戻ったんだ。
良かった、きっとご主人様たちも帰ってくる。
じゃあ、もう少しだけ待ってようかな。
このまま、この暖かな白いものに包まれて…


破壊された町が迎える初めての冬。
雪が、廃虚を真っ白に隠してくれる。
崩れかけたアパートの一室にも、破れた窓から雪が降り込んで
床に焼き付けられた染みのような猫の影も、
真っ白に塗込めていく。
世界は、ほのかに輝く真っ白な雪に抱かれて眠る。
そして、時間の止まった町の中、
微かな心地よさそうな猫の喉を鳴らす声が
聞こえたような気がする。

Fin.

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