ソレイユエッセイ

音楽・教育・ひと・食・本・・・室長エッセイ♪

8月4日(土)基本を知るちゃんとした人
 幼少期から、いわゆる良質なものに触れておくのはとても大切です。芸術しかり、スポーツしかり。 小さい頃からその分野で卓越した人や物に触れていると、無意識に、そのようになろう、そう出来る ようにしよう、と育っていきます。  このエッセイを読んでくださっている大人の方たちの中には、部活などのスポーツや習い事に夢中に なって取組んだ励んだことのある方も多いでしょう。練習した割に結果が出なかったり、体を故障したり して、努力が形にならず不本意な経験をされた方はいらっしゃいませんか。  小さい頃から沢山の習い事してきた経験の中で、基本が分かっていらっしゃる先生に習ったお稽古事は、 たとえそれが趣味の範囲でも、物を見分ける視点が身につくなど、一本筋の通った素人(笑)が形成される のを実感しています。基本がいい加減な先生に習った習い事は、成果が得られなかったことも経験済みです。  プロを目指すなら、プロになるまでに与えられた時間は限られているので、基本をきちんと教えて下さる 先生探しが必須です。やり直している時間はないからです。大抵の習い事は、親の強力な意志がある場合を 除き、お友達がやっているから、近所に先生がいたから、など何らかの偶然からスタートします。始めて みたら楽しくて、一生懸命練習をする、例えば野球なら、もっと速く投げられるように、もっと力強く 打てるように、という意志を持って。  そうして練習を重ねていくうちにコントロール良く速く投げられるようになり、打率も上がっていきます。 しかし、学年が上がると無理な練習が祟って肩を痛め、腰を痛め、速度も球威も伸びず、悩むようになったり します。そこで初めて筋肉の柔軟性や体の使い方について勉強を始めることになる訳です。  フォームや体の使い方を直すことと、記録を伸ばすことは一度には出来ないですから、時間との追いかけっこで ジレンマに陥っていきます。  野球の世界では、基本が大切ということを、練習の初めから分かって育てられたのが、イチロー選手 でしょう。  恐らくイチロー選手の父親の失敗を糧に、体の使い方の第1歩から付きっきりで教えられたイチローは、 40歳を越えても故障なく、なお進化し続けています。  人間国宝である歌舞伎の坂東玉三郎丈が、基本について次のように語っています。   ちゃんとした人から、しっかりとした基本を教わることが重要です。“変な癖を付けない”ことが  大切ですから。身体に故障が起こさずに、こういう風にやっていけばどういう風にでも応用がきく、  というのが「基本」。それを身につけてから先に進もうとすると、どうしても時間がかかる。だから、  癖のほうに走りがちになるけれど、そうすると遅かれ早かれ行き詰まる時が来る。長期的に見れば、  どちらが得かは明らかなことなんです。  “基本を知るちゃんとした人”は、その道のスペシャリストな訳で、一生をその修練で過ごしてきて いますから、人間的にもピシッと筋が通っていて、人格的にも優れた魅力的な人が多いものです(そうで ない人も勿論います〔笑〕)。“基本を知るちゃんとした大人”に、小さい頃から接することはとても 大切なこと。何故なら人間は、傍にいる人に知らず知らずのうちに考え方や行動が似てくるからです。  『和楽』という女性誌の『すべては舞台の美のために 坂東玉三郎』というムック本を入手してパラパラ 読んでいたら、そこに掲載されていた含蓄ある言葉に引き付けられ、今月のエッセイを書きました。  何かをスタートしようとしている方に届けられた、人間国宝からの素敵なメッセージです。

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7月7日(土)「藝高の公開実技試験」見聞録
 6月17日(日)・22日(金)の両日、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(以下、藝高)の 公開実技試験に行ってきました。 1,102席の藝大奏楽堂はほぼ埋め尽くされていたことから、人々の藝高への関心の高さが窺えました。 藝高のレベルを知る絶好の機会と言えるコンサート形式の試験です。  2年前に初めて聴いた時には、17〜18歳の年齢の子達が、全員うち揃ってこのような水準で演奏 するのかと、鳥肌が立ち、恐怖感さえ感じました。正に命懸けの演奏といった感じの集中力。  これまで長年に亘り様々なコンサートやリサイタル、コンクール、そして試験等を聴きに行きましたが、 出演者全員が揃って“完璧”な演奏を目指して取り組んでいるのを見たのは、生まれて始めての経験と 言っても過言ではありません。  ピアノは持ち時間20分、弦は15分、それぞれの生徒が弾くのは、所謂、難曲と言われる曲ばかりです。 ミスなく弾くのは当たり前、時代や作曲家に相応しい曲想と音色で、時間をかけて練り上げた曲を演奏して いきます。  1,102席の広い広い奏楽堂が水を打ったように静まり返る中、舞台中央まで20数歩歩いて到達した 小さい藝高生(特に女の子は身長150p前後の子が多い!!)が舞台の大きさゆえか、より小さく見えます。 あまりの小ささに、大丈夫なのだろうか、プレッシャーに押し潰されてしまうのではないだろうかと心配に なるのですが、演奏を始めるとその堂々とした演奏ぶりに心配はスーっと解け、奏楽堂中に鳴り響く音に 圧倒されていきます。  藝高生の中には、休日など1日15〜16時間練習する子もいると聞きました(学校がある日は、帰宅後 すぐ寝て深夜1時過ぎに起き、学校に出掛けるまでの6時間を練習用に確保する子も!)。自分の練習の 時間帯や方法など、自分に合ったやり方で、休息をきちんと取って体調を整えながら、自分の意志で練習する、 正に修験者のような毎日を送っている子もいるようです。1日3時間しか練習しないという強者もいて、 そういう子は先生の指導が的確で、練習の集中力が凄まじいのだろうと想像しています。  先日は日本中がサッカーのワールドカップに湧きましたが、ワールドカップの出場選手にしても、 オリンピックの選手にしても、幼少期から青春期にかけて、1つのことにだけ集中して修業してきた 彼らの勇姿にはいつも感動を覚えます。  分野は何であれ、そういう濃密な時間を持つことができ、自分の持っている能力を極限まで高められる 環境が整っている人は本当に幸せだなぁ、と強く思います。修業を積み上げ、自分の能力を高めていける 幸せと、そうして高められた技を披露し、見聞して下さる人々と時を共有できる幸せ。  自分の能力の限界に挑戦する機会を17〜18歳で与えられた藝高生たちは、陰気な子など1人もいなくて、 皆、明るく晴れやかな気に満ちた、素敵な子たちばかりです。日々やり切っているから、後悔や不安といった 負の気持ちを持つことが無いのでしょうね。  毎年6月の3週目にこの公開実技試験は藝大の奏楽堂他で開催されます。10代の挑戦者たちの演奏を 実際に聴くことができますので、機会があったら是非お出掛けください。詳しくは藝高のHPで。  8月29日(水)18:00から、藝高ピアノ専攻3年生の鴨川孟平君が、太田市学習文化センター視聴覚ホールで ピアノリサイタルを行います。  ドイツ・ロマン派の曲を中心に、ショパン、フォーレも演奏するプログラムです。入場無料。入場には 整理券が必要です。整理券はソレイユ総合音楽教室で取り扱っています。お誘いあわせの上、大勢の方に ご来場いただけたらと思います。  

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6月2日(土)マクロビオティックは我が家のリセット食
 以前、著名なピアニストのレッスンを息子が受けた際、音色や音楽について、実に素晴らしい助言を いただいたのでしたが、楽曲についての注意とは別に、次のように言われたのが印象的でした。 「良い音楽を聴くのも勿論だけれど、絵を見たり、映画を観たり、本を読んだり、感触の良いものを  着たり、美味しいものを食べたりするのはとても大切なことです。脳は、五感のどの感覚も同じ部分に  感応するということですから、五感の色々な感覚を経験することが、ピアノで表現する上でとても  重要なのです。」    大ピアニストにそう言われたのだから、大手を振って美味しいものを食べましょう!と喜ぶのは 食いしん坊の母である私。  この欄で美味しいものについて書くと、必ずと言ってよいくらい色々な方から感想がいただけます。 私の周りにいらっしゃる方々は、食べることに対する関心が高く、大ピアニスト曰く、“五感(の一部?)が 研ぎ澄まされている”方たちばかりという訳です(笑)。  お肉や野菜で出汁を取り、濃厚なバターや生クリームと合わせたソースで食す伝統的なフランス料理や、 炒め物や揚げ物が多い中華料理も大好きですが、近頃は、お出汁でさえ、乾物や植物の恵みだけで料理する マクロビオティックにも嵌っています。  マクロビオティックは日本生まれの調理法ですが、健康に関心のある欧米人、例えばマドンナやトム・ クルーズなどが、マクロビオティックの料理人を日本から招いて料理を作らせているのは有名です。  マクロビオティックは、ふっくらと炊いた玄米ご飯と、干し椎茸や昆布でお出汁を取った根菜や海藻 たっぷりのお味噌汁、漬け始めてから3年以上経過した伝統的な製法による梅干と国産の黒すり胡麻の 取り合わせが基本。これに切り干し大根やひじきの煮物、牛蒡や蓮根のきんぴら、根菜の炊き合わせなどを 添えます。調味料に白砂糖とお酒類は使えないので、甘みは黒砂糖やお米から作った米糖などで補います。 野菜からも甘みが取れ、南瓜と小豆をミネラル塩だけで炊き合わせた小豆南瓜は、程よい甘みが美味しい 上に体が温まる万能薬です。  3年前、息子の受験期に体調を崩しボロボロだった折、この調理法を試したことですっかり元気を回復 してから、我が家のリセット食として定着しています。   フランス料理や中華料理、焼き肉ジュウジュウも捨て難く、殊に歌う前などはエネルギー補充に不可欠 ですが、体調を崩した時、体の何処かが痛い時などにはマクロビオティックは効果があります。  冷えは万病の元、と言いますが、太っていても手足がとても冷たい方がいて、そういう方は何かしら 不調を訴えているものです。マクロビオティックを実行すると手足がポカポカになります。冷え性の方には 特にお薦めです。  野菜だけのお出汁なんて、美味しくないのでは  ?と思うあなた、これが意外と美味しいのですよ。 干し椎茸と昆布のお出汁に牛蒡、里芋、人参、蓮根、大根、わかめなどを入れると、野菜の甘みと香り、 そして味噌の滋味とが相まって、一碗で多様な味を楽しめ、全く飽きることがありません。  伝統的な手法で作られた沢庵、高菜漬けも乳酸発酵した酸っぱさが、程よく食欲をそそります。  一食の食事に、塩辛さ、甘さ、酸っぱさを上手に取り合わせると、食べた量より満足感の方が大きい ことは、私のこれまでの経験から分かるのですが、自然にあるものだけの献立で、完璧にその取り揃えが できるのは有難いことです。  美味しいと感じることは幸せなこと。その喜びを感じながら、健康で精力的に、芸術的な日々が送れれば 最高の人生と言えましょう!  先日、お料理上手なお母さんから嬉しい報告をいただきました。  ソレイユに2歳から通ってきているお子さんが、中学入学後の実力テストで、学年1位!!!を取った とのこと。  こういうふうに勉強をしていくと良いですよ、とお薦めしていた勉強方法を、小さい頃から実行して くれた結果です!  嬉しいですね。  

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5月5日(土)生徒さんの結婚式で…
 4月の素晴らしく良く晴れた日、ソレイユの生徒さんの結婚式があり、お祝いに出掛けかけました。  近頃は地味婚というのでしょうか、大抵の結婚式は、親戚やごく親しい友人だけの披露宴が多いため、 結婚式に出席するのは15年振り。  矢鱈に派手なバブル婚もどうかとは思いますが、お祝い事は、かくありたいと思えるような、明るく 華やかな挙式と披露宴でした。  長くトレーンを引いた白いウェディングドレス、赤い打掛け、最後にキャンディカラーのカラードレス。 普段は控え目なお嬢さんなので、結婚式の豪華な衣装3連投とのギャップに驚きましたが、教会での挙式や ケーキカットなど、女の子好みの可愛らしく凝った趣向が、花嫁の美しさを際立させ、幸せ感満載の結婚式 となりました。  新郎が算盤の名手で、四十路ということもあり、九州から出席された同じ算盤仲間の友人の祝辞も、 友を祝う気持ちに溢れていて心を打ちました。  私の生徒さんである新婦は、ピアノ、声楽、ソルフェージュを5歳時から20数年続け、職業としても 音楽を専門としています。  どんなお相手と結婚するのかしら〜?とドキドキしていたら、やはりお相手の方も、銀行員ながら算盤を 幼少期から始め、中学時代から全国大会などに出場し、今でもその活動を続けていらっしゃる算盤のプロ のような方。  披露宴に出席されたご友人も、ギネス記録を持つ人など、全国から参集した錚々たる顔ぶれで、彼らが 競うフラッシュ暗算の妙技に圧倒されました。  そう、お二人は似たもの同士。お互いに向上する目標を持っているため、相手のことを理解し合える 素敵なカップルと言えましょう。  彼女のピアノの先生である細田秀一先生、ソレイユ時代の仲間であるヴァイオリンの森友紀さんと共に 演奏をプレゼントさせていただきました。  桜も満開で、新郎新婦がずっとニコニコ笑顔だった幸せいっぱいの結婚式、この幸せが未来永劫続きます ようにと輝く太陽に向かって祈りました。  この結婚式で懐かしいお顔に再会しました。  新婦の同級生で、小学生の時から高校3年生の3月までソレイユに通ってきてくれていたTさん。  Tさんは、太田女子高校から慶応大学に進学したのですが、高3の3月までピアノのレッスンを続けながら 慶応に合格した才女です。高校時代から美人のTさんでしたが、成長し、一層美しくなりました。  只今婚活中ということでしたから、彼女も良縁に恵まれることを願っています。  卒業生といえば、5歳から高校3年生の3月までレッスンに通いながら、歯科大学に合格したBさんから 歯科医師国家試験に合格したと連絡が入りました。  研修医として神奈川の病院に勤務しながら日々研修に励んでいるとのこと。卒業生の活躍はどの分野に 羽ばたいていっても嬉しいものです。  この春は東京藝大附属高校(ヴァイオリン専攻)をはじめとする音楽大学、音楽高校に4人が合格し、 長年育ててきた生徒さんの結婚、卒業生の活躍の報告など良いニュースが続きました。  人生良いことばかり起こるわけでは決してありませんが、良いと思う道を生徒さんたちと共にたゆまず 歩き続けた結果、こういう形で幸せが実感できるなんて、人生捨てたものじゃないと思える素敵な春と なりました。

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4月5日(土)藝大・奏楽堂のパイプオルガンで《インヴェンション》
 この20年間、ここ群馬でも気温が氷点下まで下がることは滅多になかったのですが、 昨年に引き続きこの冬も氷点下の日が何日も続きました。  昨年は花冷えでお花見に出掛けようという気になりませんでしたが、一気に暖かくなった 今春は、あっという間に桜が満開になり、そして気付いた時には散ってしまっていて、 今年もお花見ができなかったのは残念でした。  それにしても本当に暖かく過ごしやすい春になりました。今年の受験生4人も無事進学し、 春爛漫の中、入学式に臨むことでしょう。  春休み中、『東京藝大早期教育プロジェクト特別企画〜奏楽堂のパイプオルガンでJ.Sバッハ 《インヴェンション》を弾いてみよう』が開催されました。  過去3年間に『藝大早期教育プロジェクト』のピアノレッスンを受講した小・中学生がエントリー 資格を与えられ、事前のDVD審査に合格した人が藝大奏楽堂に設置してある大パイプオルガンを 弾くことができるという特別企画。その審査を見事通過し、K君(ぐんま国際アカデミー中等部2年)が 貴重な体験をしてきました。 この企画は、プロを志す子供たちのために、未来の優秀な演奏家の育成を目的として藝大が展開 しているプログラムの一環。ピアノを弾く人が親しんでいるバッハの《インヴェンション》を パイプオルガンで弾かせてもらえるという体験型学習です。  当日は、藝大内のパイプオルガンが設置してあるレッスン室で、事前の打ち合わせをしてから 本番に臨みました。指で音色や強弱を弾き分けるピアノと違い、音色や強弱を、ストップレバーと 呼ばれる取っ手のようなものの操作によって行います。ストップレバーの調整によりフルート系、 トランペット系などの音色を選んだり、同じくストップレバーの調整と弾く鍵盤の段を変えることで 強弱を表現します。ですから、演奏前のセッティングが重要です。  リード系の軽やかな音色を選んで《インヴェンション》のNo.10を弾いた蒼大君、ピヨピヨと鳴く 小鳥の啼き声も加わり(オルガンの操作によって発する音らしい・・・)、田園地帯を吹き渡る 春の風のような明るく可愛らしい曲に仕上がりました。あの大オルガンを弾く機会など、普通では 得られないので本当に貴重な経験でした。  なかなか無いこのような体験をすると、将来バッハを弾く時に、いつも弾いているモダンピアノの 音で弾くか、パイプオルガンで弾くようなかんじに弾くか、もしくはパイプオルガンよりもう少し 身近なチェンバロのような音色で弾くか、という音の選択肢が増えるでしょう。一度弾いたパイプオルガンが ぐっと近い存在になりますから、パイプオルガンの音楽をもっと聴こうという気も高まるでしょう。 最近よく演奏されているパイプオルガンの音楽はバロック時代の宗教音楽に集中していますから、 今まで興味をもつことが少なかったバロック音楽に急接近する好機になるかも知れません。  食べず嫌いの子供の、食の傾きを修正するために、その子の嫌いな野菜を育てることから始め、 自らの手で収穫させた野菜を使って料理すると喜んで食べるようになるというような実験結果が あります。それと同様、未来の音楽家たちに素敵な経験を与えることが、自発的に音楽と取り組む 力や豊かな発想を生む要因となるのは明らかです。  この経験が、未来の名オルガニストを誕生させるきっかけになるかも知れません。  子供の将来は素晴らしい経験により可能性が広がります。可能性を広げる経験を沢山させて あげたいものです。

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3月3日(土)『最後の秘境〜東京藝大』/玉三郎丈の教訓に学ぶ
 昨年、JRの中吊り広告で盛んに宣伝され、巷で話題沸騰した『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人著)を読みました。  藝大には音楽学部と美術学部がありますが、現役の藝大彫刻科の学生と結婚した著者が、 奥さんの日常の突飛さに衝撃を受け、次第に藝大に興味を持っていった導入部分が面白さを 誘います。  芸大の美術学部と音楽学部は、道を挟んで上野公園の一隅に存在します。互いの交流は 殆どありませんし、余程勇気を持って建物の中に踏み込んで行かない限り、他の教室との 行き来もありません。  上野公園の檻の前に付いている看板とそっくりなものを作成し、美術学部と上野動物園の 接する箇所に『ホモサピエンス』と掲示した話(美術の人たちは何から何まで手作りできる ・・・)など、学生時代に聞いたことがあるエピソードも載っていましたが、美術学部に 関しては殆ど知らないことばかり!  陶器を窯で焼くため、毎週学生が交互に泊まり込む(そのための2段ベッドや炊事施設 まであるらしい・・・)、鍛金、彫刻、鋳金という金属を扱う科は、新幹線の頭部などの 大物からアクセサリーまでが守備範囲で、町工場のような設備が整っている等々。  美術学部の人たちが、いつもそれ程綺麗な格好をせず学食でご飯を食べていた(失礼!) 理由がわかる内容です。  驚いたのは美術学部生が学部内で卒業までに取らなければならない学科の単位は20単位 (10科目だけ〜)と、破格の少なさ。1〜2年はほぼ毎日、朝9:00から夕方5:00 まで何かしらの授業が入り、3・4年も毎日大学に行かなければならなかった声楽科とは、 別の大学の様相です。  その代わり、空き時間は制作に充てることができ、家や大学で黙々と、提出作品を含む 何かを作っているというのは芸術家っぽくて良いですね。  一方、音楽学部についても興味深い内容が記されています。練習に何時間も費やさなければ ならないピアノ科については胸が痛くなるようなエピソードも載っていますが、可笑しみを 誘う記述も満載で、これから藝大受験を目指す人にも、そうでない人にも、藝大のカオスぶり が愉快に描かれたこの本、お薦めです!是非、読んでみてください!  話は変わりますが、ソレイユの今年度の受験も全て終了しホッと一息ついた昨日、 歌舞伎の女形の第一人者で人間国宝でもある坂東玉三郎丈の記事を読み、感銘を受けたので ご紹介しましょう。  玉三郎丈の美しい舞台姿を見たことのある方は多いでしょう。しかし美しい舞台姿とは 反面、1歳半で小児麻痺に罹患し、歩行ができないという障害をおっていた幼少期から人生を スタートしたことを知る人は少ないと思います。  梨園の生まれではない氏が人気女形となり、その美的センスと頭の良さで様々な分野の演劇に 出演し、演出家としても成功を収めたのは勿論、運の良さだけではないのです。  小学生の頃から大ファンだったため、東京で行う全ての公演を観に行っていた時期がありましたが、 連日公演があるために殆どの歌舞伎役者が舞台を御座成りに、客席を眺めながら、目の表情とは 全く違う台詞を言っていたのに対し、玉三郎丈と片岡仁左衛門(当時は孝夫)丈、中村勘三郎 (当時は勘九郎)丈だけはいつも真剣に舞台を勤めていました。 ○成功するには努力が大切です。努力と言っても並大抵の努力では駄目です。くだらないかも  知れない、役に立たないかも知れない色々な努力を散々して、努力の方向が定まっていく  (それでもなかなか見極められないものだけれど)、命や健康と引き換えになる寸前まで  努力しなければいけない。 ○何故やるかをしっかり理解してやるべきことをする。それは“行”と言い、“行”は究極まで  やらねばならない。 ○何のためにやるのか分からなくなる時には、天から見られていると思い、生真面目にやること。 ○傷つくことを恐れないこと。 ○体に良い純粋なものを食べること。  これらは人間国宝、玉三郎丈の教訓です。  この春、ソレイユから羽ばたいていく卒業生への餞に相応しい言葉ですね。  新しい世界に飛び立っていく18歳の大いなる飛躍を期待しています! 

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2月3日(土)ヴァイオリンでまた藝高合格!!
 1月25日(木)、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校の合格発表の日、 ソレイユは大きな歓声に包まれました。  2年前のピアノ専攻合格に続き、ヴァイオリン専攻のYさん(千代田区・ 麹町中学校)が、難関をくぐり抜け見事、藝高に合格しました。  Yさんは3歳からヴァイオリンの末永千湖先生が手塩に掛けて育ててきた 生徒さんということもあり喜びもひとしおです。  やはり小さい頃からきちんとした教育を受けてきた子は、成長の過程で テクニック等やり直す必要がなく、生まれてから受験までという限られた 時間の中でヴァイオリン技術を完成させるのに断然有利です。初めから良い 先生に出会えたということは運が良かったと言えるでしょう。  3歳から15歳までの12年という年月・・・。教育とはしみじみ時間の 掛かるものだと実感しています。  ヴァイオリンは、大人が使うサイズの16分の1サイズ(響板部分が24p!!) から存在するため、小さい子が自分にぴったりのサイズの楽器で習うことが できます。  フルートなども、U字形の就学前の子供用のものが存在するようですが、 殆どの楽器については、大人が使うサイズで習い始めなければなりません。 そのせいでしょうか、ヴァイオリン奏者の完成年齢は驚く程早く、15歳 から16歳といわれています。(勿論、もっともっと早熟な子も沢山いますよ!!)  日本音楽コンクールの参加年齢もヴァイオリン部門だけは15歳以上と 設定されているのもそのためでしょう。  藝高の受験は、2・3歳からヴァイオリンを始めて、10,000時間以上の 練習を重ねてきた子たちが、10人ちょっとという狭き門に挑戦するのですから、 本当に大変な関門です。  立ち姿や運弓の美しさ、音程、音楽性など、それまで受けてきた教育メソードや 音楽に対する情熱等、全てが審査の対象になる上、フィギュアスケートや体操競技と 同様、その場の1回だけで審査されるのですから、入念な準備は勿論のこと、 精神力の逞しさも必要となってきます。  ご自身の経験から、幼児期からの教育の大切さを説いていらした末永先生ですが、 基礎を重視したレッスンをし、生徒を藝高・藝大に入れたい、と仰っていた夢が一つ 叶えられたことになります。  ヴァイオリニストとして活躍されながらも、教育者としてのご自分の使命を熱く 語っていた10数年前が懐かしく感じられます。  先生と生徒さんが積み上げてきた12年という長い長い時間の蓄積を、良い結果に 結びつけることができたのは本当に喜ばしいことです。  Yさんは東京在住ということで、ソレイユの現在と以前の講師チームで、副科ピアノ ・ソルフェージュのレッスンを積み重ねてきました。また歌ごころを身に付けたいと、 声楽のレッスンも受講してきたのです!  これからの3年間、藝大の教授陣のレッスンが毎週受けられ、全国から集まってきた 精鋭たちと切磋琢磨しあえる環境の中で、持てる力を大きく大きく伸ばしいってほしいと 願っています。  東京から群馬までレッスンに通って来てくれている頑張り屋のYさんの今後の活躍を 期待しています!  Yさん、末永先生、藝高合格おめでとうございます!  

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11月4日(土)練習時間の差が能力の差に直結?!
 10月15(日) 第31回群馬県ピアノコンクール本選が開催されました。  今年から審査員の先生方が一変し、新しい体制での群馬県ピアノコンクール、 ソレイユから2名がエントリーしました。  小学3・4年生の部で優秀賞を受賞したのは木村幸希さん(ぐんま国際アカデミー 初等部3年)。中学生の部では、小畑蒼大君(ぐんま国際アカデミー中等部1年)が 同じく優秀賞を受賞しました。2人揃っての受賞、おめでとうございます!  木村さんは小学1年生でソレイユに入室、群馬県ピアノコンクールの予選を突破したい、 という強い思いを抱いてお友達のご紹介でソレイユに。レッスンで習ったことをお家で きちんと練習する頑張り屋さんで、音楽を表現したいという思いをいっぱい持っている 幸希さんは、夢だった予選突破だけでなく、見事優秀賞を受賞しました。発表時には、 ひょうひょうとしている本人よりご家族が涙を流して喜んでいたと聞き、この微笑ましい エピソードにソレイユ中が明るく和やかになりました。  小畑君はこれまで、出場した群馬県ピアノコンクールの全てのカテゴリーに入賞して きました(小学校3・4年生の部優秀賞、小学校5・6年生の部最優秀賞)。  今回は中学生の部に挑戦。Babyソレイユ時代からコツコツ積み上げてきた現在の 蒼大くんの進度に、エチュード以外の課題曲の水準が丁度ぴったりと合っていて勉強に なるからという判断で、今年もトライすることに(毎年エチュードは課題曲に取り上げ られません)。  コンクールに挑戦し続けるファイターの中には、殆どコンクール曲だけを綱渡りの ように練習し続ける子たちが多いということをよく聞きますが、ソレイユでは、ハノン等の 指の訓練の教本とエチュード、そしてバッハなどのバロック曲はコンクールの有無に 関わらず怠りなく進めています。  エチュードの練習により、運指の速度は勿論ですが、曲を表現する時に必要な筋肉・骨の 形成も促され、欠かすことはできません。どんな音でも出せるテクニックを身に付けるために、 目先のことを追うだけでなく、長いスパンで育てていくことは肝心です。  小畑君は今夏ピティナ・ピアノコンペティションD級地方本選でも優秀賞を受賞しました。 基礎を大切に、これからも頑張っていってほしいと思います。  フロリダ州立大学アンダース・エリクソン教授が、一流と超一流の違いを調査した 研究があります。  調査対象は、世界的な音楽家を数多く輩出しているベルリン芸術大学のヴァイオリン科の 学生です。  ベルリン芸大は入学するだけでも超難関な大学ですから、学生全員が一流と言えますが、 その中でも一流と超一流の差が出てくるのは、生まれつきの才能か、それとも積み重ねた 努力か、それを解明するために次のような研究を行いました。  ヴァイオリン科の教授に、@将来世界トップクラスのヴァイオリニストになることが 確実な生徒、A優秀だけれども世界で活躍する程ではない生徒、B教員コースに進む生徒、 をそれぞれ10人ずつ選出してもらい練習時間を調査しました。  結果は、18歳になるまでの練習時間の合計がそれぞれ @7410時間、A5301時間、B3420時間 で、 練習時間の差がそのまま能力の差?!に直結していることが明らかになりました。  全員がドイツ最高の音大に合格した才能ある学生ですが、その中でも練習時間の差が 能力の差に繋がっているという訳です。  彼らの中には比較的少ない練習時間で高い能力を獲得した、いわゆる天才はいなかった ということです。  人より優れた能力を得るためには人より多くの練習を積むしかないという研究結果です。  エリクソン教授は、ダンス・テニス・数学・チェスなど対象を変えて同様の研究を行い ましたが、能力の差は練習時間の差で説明できたそうです。  パリオペラ座バレエの伝説的エトワール、ノエラ・ポントワの娘ミテキ・クドーも、 両親が世界的なダンサーとはいえ、パリオペラ座バレエ学校の放課後の時間と土・日には、 自宅で父親の指導の下レッスンを受けていたと言いますし(勿論、難関パリオペラ座の バレリーナになりました)、イチローは小学3年生の時から、午後3時から寝るまでの時間、 父親が付きっ切りで野球の練習をしていたと言います。  生まれながらの天才はいないのです。  どうぞ皆さん、毎日時間を上手に配分し、自分を天才に育てていって下さい。

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10月7日(土)演奏の根源は鑑賞です!
 秋晴れの清々しい空の下、秋風に吹かれながら運動会で活躍する皆さんの姿が、 練習でたくましく日焼けした顔から想像され、微笑ましく思う昨今です。  芸術の秋、文化担当のソレイユチームは、コンクールで続々吉報が届いていて、 実りの秋に向かってラストスパート期に入りました。生徒の皆さんは目標に向かって 日々努力を重ねています。  一般に“芸術の秋”と言われますが、ヨーロッパでは野外での活動が終わる秋からが、 本格的な劇場のシーズンの到来です。  冷房が無かった時代のなごりなのか、それとも短い夏に野外で日を浴びる必要性が あったせいなのか、今日でもヨーロッパの夏のホールは演目が少な目です。しかし、 シーズンに突入すると一変し、どのホールも魅力的なプログラムでいっぱいになります。  音大の先生方が、近年、口を揃えて言っていたことをふと思い出しました。近頃の 音楽大学生はアルバイトで忙しく、コンサートやオペラに行かないのですよ、聴かないと 何も生み出せないのにね、と言っていたのを。その時はきっと時代の流れなのね、と 気にも留めなかったのですが、いやいや違う、全員がそういう訳ではない、ということを 知ったのは最近のことです。  コンサートに行くと、必ずと言っていいほど遭遇するのは、制服姿の藝大附属高校生。  課題をこなすために一日何時間も練習しなければならない彼らですが、本当によく コンサートを聴きに出掛けます。海外からの著名な演奏家のリサイタルなどでは会わない ことはないし、藝大の先生のリサイタル、先輩や同級生のリサイタルやコンサート、 同級生が出場するコンクールなどにもどんどん出向き、席にぞろっと陣取っている様子は 壮観です。  コンサートに行く、という環境や習慣が家庭の中に元々あったことも要因でしょう。 小さい頃から音楽好きな家族に連れられてコンサートに行く楽しみを知り、それが生活の 一部になっているのでしょうか。コンサートに行くことを奨励する素敵な先生との出会いが 習慣化したのかしら、とも想像しています。  いずれにしても、それが彼らの音楽の血や肉となっているのは確実です。  料理人が美味しいものの味を実際に味わったり、画家が沢山の美しいものを見たり、 小説家が本を読まずしてよい作品がつくれないのと同様、演奏の根源は鑑賞です。  今はDVDやCDも安値な上、場所を選ばず鑑賞できるようになりました。先達の芸術を 大いに見聞し、感性の豊かな子供たち(勿論大人も)に、吸収してもらいたいと願う ばかりです。

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9月16日(土)鴨川太郎先生・CD『写楽の鏡』リリース
 この夏、鴨川太郎先生が、日本歌曲のCDをリリースしたのでご紹介しましょう。題して『写楽の鏡』。  日本歌曲の古典のような《お六娘》や《蟹味噌》などの作品から、鴨川先生が新作初演した 《ビビンバのドドンパ》、《風の使者》、更には表題となっている日本歌曲の名作《写楽の鏡》など 全17曲が収録されています。  その中でも私がお薦めなのは、CDのリリースに先立って推薦文を寄稿して下さった小林秀雄先生 (《落葉松》や《まっかな秋》の作曲者)の代表作《写楽の鏡》と、日本語による日本オペラの創造に 一生を捧げた日本オペラ協会初代総監督で、京都生まれの大賀寛先生監修による、船場言葉のもの哀しい モノローグ風歌曲《空家の風鈴》です。  小林秀雄先生の傘寿のお祝いで鴨川先生がこの《写楽の鏡》を歌い、小林先生が喜んでくださったようですが、 残念なことに、このCDのリリースと時をほぼ同じくし、日本歌曲を支えてこられたこの2大巨頭が逝去され、 期せずして追悼のCDとなりました。  お二方にはこれまでのご厚情に感謝申し上げ、心よりご冥福をお祈りいたします。  ご興味がありましたら、是非お聴き下さい。  CDはソレイユで取扱っています。

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9月9日(土)プロ・ピアニストが舞台で味わう至高の体験とは
 婦人雑誌『家庭画報』の9月号のテーマは“楽器を愛す”。  ヴァイオリンの銘器ストラディヴァリウス、ピアノのスタインウェイ、 世界に誇る日本のフルートメーカー村松フルート製作所の純金製のフルート、 知る人ぞ知る福井県の青山ハープなど、製作過程や歴史についての記述と 美しい写真満載で、楽器好きには堪らない内容です。  音楽の楽しみ方は、演奏、鑑賞、そして楽器のコレクション等、様々です。  楽器好き、という方は確かにいらして、古木のヴァイオリンを見ると 欲しくてたまらなくなる、と仰っている方にお会いしたことがあります。  キラキラ輝く精巧なフルートなど、触りたい、欲しい!と私も思ってしまい ますものね。(決して純金だからという訳ではありません!)  プロにはならなかったけれど、美しい楽器に囲まれ、音楽に溢れた楽しい 日々を過ごしている方々が数人紹介されていて、見たこともない特別仕様の アニバーサリー・スタインウェイを自宅に置いてにこやかに弾いていたり、 24金製やプラチナ製のフルートを所有しているだけでなく、ご自分が 演奏を楽しむためのコンサート・サロンを建てた方も載っていました。 演奏とコレクションという2つの側面で究極の楽しみ方をされている方たちの、 このような音楽との関わり方、楽しみ方も良いものです。  『家庭画報』の同号に昨年直木賞と本屋大賞をダブル受賞した『蜜蜂と遠雷』の 作者、恩田陸さんのインタビューが掲載されていたのでご紹介しましょう。  『蜜蜂と遠雷』は、国際ピアノコンクールでの、細部に亘る登場人物や設定の描写、 音楽表現の語彙の豊富さに舌を巻いた作品でしたが、それもそのはず、モデルとなった 3年に1度開催される浜松国際ピアノコンクールに、4度足を運び、数度に亘る予選 から本選までその全ての演奏を聴き続けたというのですから、核心を突いた作品になった のも納得がいきます。  音楽に点数を付け順位づけするのは矛盾したこと、と言いながらも、その矛盾と残酷さを 含めてのコンクールは面白く、ドラマティックな見世物となっている、と言う恩田氏。  これだけどっぷりとコンクールにはまった作者が、プロのピアニストがステージで 味わう至高の体験とその幸福度の高さは、宗教的な体験に近いと結論づけているのには 共感できました。  著書の中で各コンテスタントが弾く曲のプログラミングに苦労したと述べていますが、 その苦労がよくわかる考え抜かれた素晴らしい曲目構成だったのは印象的でした。曲を よく知る人ゆえの悩みと言えましょう。  それが嵩じて『蜜蜂と遠雷音楽集』というCDもリリースしてしまったというのですから、 興味のある人は是非聴いてみてください。  小説家としての自分はこれまで読んできた本の引き出しから小説を書いている、 読まない人は書けないと思うと著者は言っていますが、それと同じく、人の演奏を 聴かない人は成長しないと思う、と音楽家に対して適確な意見を述べています。  一流の音楽家は他の人の演奏をよく聴いている、人の演奏を聴かない人は成長しない、 よく聴けない人はよく弾けない、作者のこのような考えを作中の4人のピアニストに 投影した『蜜蜂と遠雷』、このインタビューの読後、また違った角度からこの本を 楽しむことができそうです。  他の人の演奏を聴く人は音楽の引き出しがいっぱいになり上手になりますよ――、 恩田陸さんからの素敵なメッセージ、私も同感です!

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8月5日(土)大人も向上しましょう!子供に負けずに!
 連日うだるような暑さが続いています。  夏はコンクールのシーズン、ピアノ・ヴァイオリン・声楽の各部門、 5歳から18歳の生徒さんが挑戦する熱い夏がやってきました。  今の時点で全員予選を無事通過し、音楽の甲子園はまだまだ続きます。  ソレイユの生徒さんの中には、プロの演奏家目指して頑張っている人、 プロになるつもりはないけれど音楽が楽しくて習っている人がいます。 夏休みの間、将来の目的は何であれコンクールに向かって練習に励んで いる姿を見ると子供たちの生の躍動を感じます。  甲子園などを見ていると子供の頃から打ち込んできたことが高校3年の 夏で終わってしまう、というような言葉をよく聞きます。  プロに入団できる人はほんの一握りの人たちで、一部の人たちは大学や 実業団に入って今まで通り続けられるけれども、殆どの子たちは高校で 野球は卒業です。それは野球に限ったことではなく、バレーボールでも バスケットも同様。  勿論、子供の頃に一つのことに打ち込んできたという体験や仲間との コミュニケーションなど、大人になってからでは獲得が困難になる経験は、 かけがえのないものでしょう。  しかし、修業期間が限られてしまう分野は、将来に亘って続けることが 難しいという点で本当に勿体ないことであると思うのです。小さい頃から 練習して修得すると学習効率が良く、その土台の上に何年にも亘って 少しずつ積み上げてゆくと、ある年齢以上になった時の向上の度合いが 著しい訳で、その累積の愉悦は年月を掛けてきたことでしか味わえません。 それが味わえないのでは、ある意味人生の喜びを捨ててしまっているような ものです。  その点音楽は素晴らしいですね(手前味噌!)。  小さい頃から奏法の修得に充分な時間を当てることで技術力アップと 精神修養になる上、ここでおしまい、という年齢的な線引きがない。  逆に運動量を必要とする分野と違い、体力がなくなる年齢になっても できることも利点です。  自分の能力を、年齢という枠にとらわれることなく開発できる分野を 選んだソレイユの生徒さんたちは運が良いと言えるのではないでしょうか!  コンクールや発表会に出演するのは、人前でよい演奏をするための練習です。 趣味でやっているので…、という方の中には発表会に出演しない方もいますが、 部活などのスポーツで練習試合をするように、実際の試合を通して学ぶことは 多いはずです。  部活動で練習試合をしない部はありません。試合をすることでキャッチボールや ピッチング、バッティングなどの部分練習だけでは得られない試合の流れの中で、 コツやタイミングを掴んだり、自分の足りないところを知ったりする良い機会に なるからでしょう。  人前で恥をかくために習っているのじゃない、というご意見もあると思いますが、 恥ずかしがって試合に出ないと野球の腕前が向上しないことは誰の目にも明らかです!  恥をかくなんて、大人になったらなかなか経験できることではありませんし、 一念発起し、自己向上のためにここで一度羞恥心を捨ててみるのはいかがでしょうか?  ソレイユの大人の生徒さんの中には、60歳を過ぎて始めた声楽のリサイタルを 80歳で開催した方や、自主コンサートを企画して出演している方たちが沢山います。  向上するのは子供たちだけに任せてはおけない!  大人たちも高みを目指してどんどん上達しようではありませんか! 

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7月8日(土)「大きゅうなったらどうしてもせんならん」ということ
 小さい頃から教えてきた生徒さん達が中学生や高校生となり、簡単には できなかったことがスルッとできるようになるのを見るのは嬉しいものです。  技術的なことは勿論なのですが、精神的に大人になっている様子を見るのは 喜ばしいことです。先生に対して不貞腐れる、反抗する、ため息をつく、 (ため息をつきたいのはこっちの方だ!というのは教える先生方の言!)の連続 だった子が、素直、我慢強い、疲れた顔を見せない、少年少女に仕上がるのは 何とも不思議で愉快です。  発表会に向けての詰めの時期に、彼らの練習に付き合っていると、これまでの 数年に亘る修業が、彼らの精神性の向上に大いに役立っているのを感じずには いられません。  不貞腐れた時など、まるで心を許した家族に対する態度(どうしようもない!の意) のようだった子も、目上の人に対するキチンとした敬語なども使えるようになり、 その成長の落差に驚きます。  積み上げてきたことは必ず形になるのだということを彼らから日々教えられて います。  生来持って生まれた美点も放っておくと消失してしまいます。言われたことが すぐできる勘の良さや、生まれつき音程や音質を聞き分ける良い耳を持った幼児が 時々いますが、充分な訓練を施さないまま大きくなると小学3年生くらいで普通の 能力になってしまいます。  大人しく座っていられない、あるいは反対に何の反応も示さないなど、レッスン 受講に何らかの支障がある子も、5歳くらいでピシッと座っていられるようになり ますし(座れるようになると、それまでの受講内容を全て把握しているのが確認 できるから凄いものです!)、表情の少ない子も徐々に話し始めたり、笑顔を見せる ようになります。ある特定のこと、例えば、楽譜を読むとか音の聞き分けをすることを 異常に嫌う子は、数年続けているうちに、ある日突然にできるようになり、その上 苦手だったことができるようになると、小さな子供でも相当嬉しいようで、苦手な ものほど著しい成果を見せたりするのは面白い事象です。  レッスンを受けるのが何かしら楽しくて生徒さんたちは通ってきてくれていると 思うのですが、何かを修得するためには楽しいだけでは済みません。ステップを 上っていく度にできない箇所はどうしても現われる訳で、いつでも以前やったように スムーズには運ばないものです。  でも小さい頃から(大人ならば始めた時から)できない事をできるようにしてきた 経験を積むことで、少しずつですが一つ一つの階段を上っていくことができます。  小さな達成感の獲得はとても重要です。その小さな達成感の積み重ねにより、 気づいた時には様々なことができる人に成長しています。小さな達成感を獲得する ために大小の我慢をする経験を積み、諦めない心が育ちます。  ですから始めに述べたような、我慢力と諦めない心を持った、人格も優れた人間に 自然に成長していくという訳です。  発表会ではどんなに小さい子にもその時の状態より一歩背伸びした仕上がりを 求めます。3歳児でもそれを理解し必ず達成してくれます。楽しいだけじゃない、 そのステップを踏んでいるからソレイユの生徒さんたちは、一本筋が通っている のです。  近頃購入した佐藤愛子著『それでもこの世は悪くなかった』に、佐藤女史の人格形成に 影響を与えた様々な人々の格言が載っていました。その中で著者の乳母の言葉、 「なんぼお嬢ちゃんやかて、大きゅうなったらどうしてもせんならんということが、  世の中にはおますのやで」 がいいなぁと思いました。  お天道様に顔を向け、正々堂々と人生を歩んでこられた御年93歳の佐藤愛子さん。 その根幹をなす言葉は流石にシャキッと歯切れが良い。  でもホントにこの言葉、身に沁みます。やるときゃやるっきゃない、いいフレーズじゃないですか。  ソレイユの生徒さん、ピアノの鴨川孟平君がKクラシックピアノコンクールで第3位入賞、 声楽石橋怜奈さんが昭和音大主催高校生のための歌曲コンクールで入選しました。  実績を重ねているソレイユピアノチーム、ヴァイオリンチームに加え、声楽チームも始動です!

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6月3日(土)藝高生4人による華やかな演奏会
 大型連休中の5月4日(木)、ソレイユ2FホールにおいてQuartetto〜A〜 (クワルテット エース)第1回コンサートが開催されました。  東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(藝高)2年生4人による自主企画 コンサートでしたが、各人のソロあり、4手・8手の連弾ありと盛り沢山の プログラムで、16歳の若きピアニストの卵たちの意欲と情熱をひしひしと 感じたマチネ公演でした。  企画からコンサート当日までの期間、その取り組み方を間近で見ていて 驚いたのは、藝高生はとにかくよく練習するということでした。  ソロの曲はコンクールやコンサート(中には既にソロリサイタルデビュー 済みの人もいました!)、試験などで演奏するため入念に練習するのは当然 です。  連弾となると、日頃ソロばかりに偏りがちなピアノ奏者は、アンサンブル すること自体に幸福感を覚え、演奏の完成度を希求せず、合わせることだけで 満足してしまいがち。  しかし彼らは、このコンサートに向けて、数ケ月に亘り毎日アンサンブルの 練習を続けた上、連休中ということもあり、前日入りして、合宿状態で練習 していました。  連弾を中心に演奏する著名なピアニストのところに4人でレッスンを数回 受けに行ったり、合宿中、奏法や音楽表現について丁々発止、お互い譲らず 意見を出し合ったりと、自分たちの意志で行動する姿に頼もしさを覚えました。  それぞれに音楽に対して主体性を持っているので、対立したり融合したり しながら、立体的な音楽が出来上がっていく過程には緊張感と迫力が感じ られました。  「日本クラシック音楽コンクール中学校女子1位」の石川奈々歩さん、 「彩の国さいたまピノコンクール中学生部門第1位」の岩井亜咲さん、 「全日本学生音楽コンクール高校生の部東京大会奨励賞」の鴨川孟平君、 「ショパン国際ピアノコンクールin Asiaアジア大会銀賞」の竹内麻美さん、 各々が既に立派なコンクール歴を持つ4人、普段からの練習量の賜物なのか、 女子3名は疲れを見せず練習三昧。その体力に感心しきりでした。 (若干1名は発熱で前日ダウン!)  フォーレ作曲、組曲《ドリー》を愛らしくコケティッシュな音で表現できて いたこと、ローゼンブラット作曲《日本の歌によるファンタジー》においては、 8手連弾という大がかりな編成の中で、よく知られた日本の歌である〈さくらさくら〉 〈浜辺の歌〉〈赤とんぼ〉を、大胆さと繊細さを織り交ぜ、ジャズのリズムに乗って 演奏したことに感動を覚えました。  懐かしい日本の歌が主メロディだったせいもあるでしょうか、叙情的な音の繋がりに 心の奥底から揺すぶられた思いがしました。  お客様も涙ぐんでいる方もいらして、若者の演奏を心から楽しんでくださっている 様子でした。  アウシュヴィッツから生還した『夜と霧』の著者で、精神科医・心理学者の ビクトル・フランクルは、「芸術は人の魂を救い、生きる力を与えるものだ」 と言っています。良い音楽を聴いたことで、惨憺たる思いから脱却できたとか、 美しい絵を見て、人生を立て直す勇気が沸いたとかいう話をよく聞くものです。  小さい頃から恵まれた環境の中で育ち、色々な素晴らしいチャンスを与えられている 才能あるピアニストの卵たちが、人々を幸せにし、人々に活力を与えるエネルギーと スピリットを持った、真の音楽家に成長していくことを願ってやみません。  コンサートのMCの中で、唐突に次のコンサートについて予告をしていましたが、 もしまた次の機会がありましたら、是非、皆様お揃いで聴きにいらしてください。  そして、魂に触れる音楽を奏でる演奏家に近づいているかどうか、どうぞみて あげてください。 

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5月6日(土)辻井いつ子さんの講演会
 盲目のピアニスト辻井伸行氏のお母様、辻井いつ子さんの講演会が4月22日(土)、 太田駅南口に建設されたばかりのスクエビアル9階で開催されました。  元フリーアナウンサーという肩書きだけあり、聞きやすいトーンの声色と明瞭な語り口、 ずっと笑顔を絶やさない、お姿も美しい方で、内容共々魅了された講演でした。  辻井伸行氏は2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝以来、 マスコミにも多く取り上げられているピアニストです。その辻井氏を立派なピアニストに 育てあげたということで、最近ではお母様もメディアに頻繁に登場しています。    講演会のテーマは『明るく楽しくあきらめない』。    強く印象に残ったのは、視覚障害の息子さんが誕生し、その将来を憂いて落ち込みながらも、 息子のために良いと思うことを積極的に取り入れて、働きかける母の行動力でした。  『フロックスは私の目』という辻井氏を育てる標となった本に出会い、その著者で全盲の 福沢美和さんに、ご自身の思いを録音したカセットテープを送り、その後お会いすることに なった話、5歳の息子がピアニストになりたいと思うきっかけとなったという、サイパンの ショッピングセンターのピアノを息子に弾かせてほしいと交渉に行ったときの話、指揮者の 佐渡裕さんに息子のピアノを聴いてもらってアドヴァイスをいただきたいとの思いから、 友人の雑誌インタビュアーに息子の演奏の録音カセットテープを渡してもらった話・・・等、 その行動力には驚かされます。  講演会のテーマにあるように、明るく楽しそうなお母様のお人柄がとても魅力的で、この ようなお母様に育てられたら幸せだろうな〜と、思わずにはいられないような方でした。 いつも綺麗な声で語り掛けてくれる、温かく優しい、明朗で上品なお母様なんて理想です。 その上、常に一緒に戦い、考え、支え、行動してくれるのですから、その子供がよい子に 育たない訳はありません。  ご自分のことを調子に乗りやすいところがある、と仰っていましたが、息子さんがコンクールで 入賞したときなど、「大人になったら世界のコンクールに出られると思う!」など、夢を語る ことが好きというところも、辻井氏のやる気の着火剤になっていたと思われます。  赤ちゃんの時から、台所仕事などで目を離す時には、お母さんの存在を知らせるために いつも歌を歌っていたという習慣も、彼の音楽好きを育むのに大きな役割を担っていたこと でしょう。また、大好きなお母さんの歌う歌を真似て、ピアノで音を探り母子で遊ぶなど、 愛情いっぱいの最高のコミュニケーションを取られていたようです。  頑張ったプロセスを見た時など、良いところを見つけては褒めるようにし、悪いところは、 「もっと前から取り組んでいたらもっと良くなるね」、というふうに言ってあげると効き目が あるというお話も、先月号でご紹介した『学力の経済学』のエビデンス(科学的根拠)に準じた 正しい教育方法ですね。  息子さんが小さい頃に、視覚障害者はピアニストで大成しないからやめた方がよい、という アドヴァイスをする人がいたということです(本当に酷い話です!)が、「たとえ音楽家に なれなくても、いつでも私が伴走し、私たちが前例になるから大丈夫、と思ったんです」と 聞いたとき、しっかりとした信念と心の強さがある人なのだな〜、と感心し涙が出ました。  人間の可能性の素晴らしさを我が子から教わったとも仰っていて、このフレーズにも感動!  お母様の人柄の良さ、人間的な温かさ、そして“あきらめない”意志の力が結集し、子育ての 成功につながったのでしょう。  特性ある一人の子供と特別な母親により天才ピアニストができあがったという見方もできる でしょうが、特別なことではない、自分たちの子育てに役立つヒントがいっぱいの講演会でした。

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4月8日(土)教育のバイブル『「学力」の経済学』
教育経済学を専門とする中室牧子慶応大学教授による『「学力」の経済学』 という本を読みました。  個々の体験談ではない、主にアメリカで研究された科学的証拠(エビデンス)に 基づいた教育的示唆に溢れる本です。  あの人がこの方法が良いと言った、この人がこう言った…、という混乱から脱却 できる子育ての道標となる教育書と言えましょう。  この本の中に『子供は褒めて育てるべきなのか』という目次があり、思わず目が 止まりました。私が子育て真最中に流行ったのは『褒めて育てる』系の本。これらの 本に感化されてか、褒めるだけの決して叱ることのないお母さんが急増しました。 それってどうなの?と疑問に思っていたので即攻買い。他にも色々興味深い項目が あったので、ご紹介しましょう。  “自尊心の高い子は学力や意欲が高い”と聞くと、なる程その通りと思われる方も 多いでしょう。しかし実験の結果は “学力が高いという原因が、自尊心が高いという 結果をもたらしている”という因果関係だったということです。根拠無く子供を褒めると、 実力の伴わないナルシストになるだけ、だそうで、ああそういう人いるいる!とやけに納得。  “褒め方には方法がある”という項目も興味津々。元々の能力(頭の良さなど)を褒めると 努力をしなくなる上、良い結果の時には才能があるからだと思い、悪い結果の時には才能が 無いからだと思うようになる。結果を褒めると悪い成績を取ったときに嘘をつく傾向が高い。 最上の褒め方は「1時間勉強できたね」などと努力した内容を挙げること。そうすることで 悪い成績を取っても努力が足りないためだと自ら考えるようになるのだとか。  “ご褒美は効果があるのか”については、誰でも一度は考えたことがあるのでは ないでしょうか?「1時間勉強が終わったらご褒美をあげるよ」というように、 試験の結果に対してではなく、学習行為そのものに対して、それも近い将来 (この場合は1時間後)に対してのご褒美には効果があるのだそうです。  1960年代から現在も追跡が続いている有名な実験『ペリー幼稚園プログラム』は ご存知ですか?  低所得のアフリカ系米国人の3〜4歳児6人あたりに、修士号以上の学位を持つ児童心理学の 先生が1人ついて、1日2.5時間の読み書きと歌のレッスンを週に5日指導し、また、1週間に 1.5時間の家庭訪問(親に対しての積極的な介入)を2年間続け、入園を許可されなかった子と 比較するという実験です。  このプログラムを受講した児童たちの6歳時点でのIQや19歳時点での高校卒業率、あるいは 27歳での持ち家率や40歳の時の所得など、それら全てが高く、40歳時点の逮捕率が低い という結果がもたらされました。そしてこのグループの人たちには、やり抜く力、我慢する力、 社会性、リーダーシップ、創造性などの“生きる力”と言われる“非認知能力”が高いことも 証明されています。何をするにも成功に導く“やり抜く力”が高いということですね。幼児教育 恐るべし!です。それにしてもこのような実験を大々的に行い発表できるアメリカという国の 懐の深さというか大胆さに驚きです。  では、大きくなったら非認知能力は身につかないのか、というとそんなことはないようです。 中室教授は、具体的に子供への親の関わり方をクイズ形式で出題しています。  勉強をさせる上での効果的な親の関わり方は? @勉強するように言う A勉強したか確認する B勉強する時間を決めて守らせる C勉強を横について見ている  正解は、Cの横についてみている、なのだそうです。@の勉強するように言う、は全く効果が 無いということで、お手軽なものほど効果が得られないのだとか。親の役割って重要で、それに しても親って大変なんですね〜。  ノーベル経済学賞受賞のシカゴ大ヘックマン教授は、「親が働いていて時間を割けなければ、 それを出来るだけやりながらも、部分的に助っ人(塾や家庭教師)などで補えばよい」と述べて いて、これならなんとかやれると勇気が与えられます。  しかし、こういうふうに教育に関心を持って子育てをしようという風潮は日本の良いところなので、 できるだけ効率よく、人間の一生からみたら短い(と思われる)子育て期間中、親の時間を充分に 掛けて一生懸命子供を育ててみるのがよいと思います。  教育のバイブルのような『「学力」の経済学』、お薦めです!

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3月4日(土)要はヤル気になるきっかけ〜嶺先生の記事/大試演会の結果〜
この冬は寒暖の差が激しく体調を崩す人が多かったようですが、寒さの 峠も越し、各地からお花の便りが届き始めました。  寒さがなければ暖かさを心から有り難いと思えない訳で、どちらも必要 なのだけれど、やはり春の訪れは心が弾みますね。  便りといえば、2017年1月号で嶺貞子先生に関する記事について沢山の 反響をいただきました。生徒さんや保護者の方だけでなく、ソレイユニュースを 送らせていただいている生徒さん以外の方からもです。あのエッセイを読んで 涙が出ました、私も頑張らなくてはと思いました、とは皆様の感想です。  愉快だったのは、高校生の生徒さん。嶺先生の「私は40度の熱があっても レッスンに行った。熱があるからレッスンに行けないなんてことはない」という 言葉に共鳴したのでしょう、ボーッとした顔でレッスンに来ました。何を言っても 殆ど反応なし。その場では何の言い訳もなかったのですが、後で聞いたら熱があった とのこと。レッスン内容がどうであれその心意気を讃えました!良いと思ったことに 積極的に反応するのは素晴らしいことです!  最近ソレイユでは、中・高校生たちが頑張っています。1月末に行われた 大試演会では前年より進歩した演奏を聴かせてくれましたし、ソルフェージュ、 楽典の試験でも1年間の成果が示されました。  勿論、その演奏にはまだまだ充分に上手になる余地は残っていますし、 ソルフェージュ類も完璧には程遠い人もいるのですが、特に印象的だったのは、 試験が終わった後、自分の不足している部分を認識し、どうしたらその部分を 埋められるか真剣に考え行動し始めたことです。  できない部分が明らかにされるのですから、昔の生徒さんたちの中には諦めて しまうとか、ふて腐れてしまう人もいない訳ではなかったのですが、今回大試演会に 挑戦した人たちは、試験後、前向きな姿勢を崩さず、更にパワーアップして取り組み 始めました。  今ソレイユ在籍の中・高生は、ピアノ・ヴァイオリン・声楽と、専攻の違う人たちが バランスよく在籍していますが、どの専攻の生徒さんたちも、今回の試験で自らの課題を 見つけることができた様子です。  具体的には、演奏の場合、スケール・アルペジオなどの、どのようなパターンの音形でも、 正確に速度を上げて演奏出来るようにするとか、体の特定な癖を矯正する(これは脱力にも 繋がり最終的には音色や表現に結びついていく)、音楽表現のための音色の作り方を意識する などです。  一方、ソルフェージュは、はっきりと結果が出るので対策を練るのが楽。  楽典は、項目別に強化する(これは意識をもってやればできるようになるのであまり 問題はない)。聴音は、感覚的な部分が多く求められる科目なのですが、指導によって 向上する余地が充分あります。リズム・和声・音程をバラバラに分解して理解することで 取れるようにする(難手なことが片寄っている場合が多いので、何かひとつ強化すると 目覚ましい進歩が見られることがある)。視唱やリズム読み・クレ読みもコツがあるので、 できないところを入念に取り上げてレッスンする(やり方は企業秘密!?)。  難手なことは、これまであまりやってこなかった、という人が殆どです。やっていくうちに できるようになりますし、できるようになれば好きになる。要はヤル気になるきっかけが大切です。  今回の大試演会で、自分の苦手な部分が浮き彫りになり、皆一斉にヤル気に火が付いた様子。  頑張る仲間が周りにいると伸び方が違ってきます。  皆で切磋琢磨しながら、前向きに明るく名人!を目指して頑張ってほしいものです。    来年の大試演会に期待しています!

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2月4日(土)『蜜蜂と遠雷』〜フィクションからのヒント〜
「浜松国際ピアノコンクールを題材にしているらしいよ、                   面白いみたいだから読んでみてよ。」  2週間ほど前、息子から本を渡されました。  タイトルは『蜜蜂と遠雷』。  最近は本屋大賞と芥川賞受賞作品くらいしか小説は読まなくなっていて、 恥ずかしながらタイトル名も作者名も知らなかった私。(しかしこの作者、 2004年の本屋大賞を受賞している〜!)結構厚い本ですし、すぐに 読み切れる感じではなかったので、ペラペラと初めの方を読んで傍らに 置いておきました。  それから1週間ほどして直木賞が発表され、一躍話題の本になったこともあり、 息子の読んで〜!攻撃も激しくなったので、一日かけて読んでみることに。  名称は変えてありますが、やはり浜松国際ピアノコンクールを元に書いている と思われる作品で、設定や審査員はノンフィクションに近いものの、著者が創作 した、キャラクターがきっちり分類された個性的なピアニストたちが登場します。 キャラクター設定には漫画チックで現実離れした部分が残りますが、この小説が 描こうとしているテーマと言葉の多彩さに賛嘆すべき点がありました。  良いピアニストになるためには良い耳を持っていることが不可欠、というのが この小説の1つのテーマです。作者は音楽には全く素人のようですが、専門外の 方がこのことに着目したのは驚きでした。“良い耳をもっている”から音楽表現に 役立つ特別な音色や表現を導き出せる、勿論聴いた音を真似たり即興やアンサンブル、 編曲、作曲も自在にこなせる…などなど。  小説の中でも触れていますが、音楽家になる場合、必要と言われているいくつかの 要素があります。長時間練習できる体質、各々の楽器に適した肉体的特徴(ピアニストの 場合は、指が長い、手が大きい)、容姿(美人であるとか格好が良いなど、人気 ピアニストになるために必要ということでしょう)等の先天的なもの。そして、 経済的な基盤、良い先生に師事する、一緒に頑張る仲間がいる、音楽を始めるきっかけ などの、その人を取り巻く環境です。  しかしこの物語はそれらについて詳しく言及することなく(浜松国際ピアノコンクールの 入賞者はそこのところは揃っていて当たり前ということか…)“良い耳”を先天的に持って いることが、ピアニストとして一級かそうでないかと決める分水嶺であると著者は匂わせて います(勿論ライバルたちとの音楽による触れ合いで向上していくという、他の要素にも全く 触れていない訳ではありませんが…)。  ここに登場するピアニストたちは、生まれつき良い耳を持っているという設定なのですが、 研ぎ澄まされたような良い耳は元々生まれながらに持っていないと駄目なのかというと、 そうとも限らないというのが私の考えです。  努力で育てていける部分が色々とあるように“耳”も育てることができます。沢山の 素晴らしい音楽を聴いたり、訓練を行うことで良い耳を自分のものにすることができます。  この小説でもう一つ優れている点は音楽を表現する言葉の多様さです。曲の調性、 強弱、速度の変化を、様々な情景や色彩、そしてイメージを駆使して説明している くだりには瞠目します。  曲を自分の中でイメージする時に必要なのは、まず言葉です。音楽を言葉に置き換える ことで曲の性格がはっきりし表現が多彩になります。この曲を表現するのにこんな言葉が あるのね〜、と感心しきりです。演奏の役に立つ言葉の宝庫といえましょう。  構想12年、取材11年の年月を掛け書き上げたピアノコンクールドキュメントフィクション、 何か演奏のヒントが欲しい方にお薦めの1冊です。

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1月7日(土)奇跡の人・嶺貞子先生
 新年明けましておめでとうございます。  春を思わせる暖かな元旦の朝、輝かしい初日の出が拝めた幸先の良い歳のはじめと なりました。  昨年12月9日(金)、二期会イタリア歌曲研究会の例会で、夫がレスピーギの 歌曲についてレクチャーを行うということで、初めて参加してみました。  二期会イタリア歌曲研究会は、嶺貞子先生が立ち上げた研究会です。日本における イタリア歌曲研究の大家であり、イタリア政府からもその功績を認められイタリア 大統領から “イタリア共和国連帯の星コンメンダトーレ勲章” を受勲されている方。 藝大の教授でいらした時、私も大学院でイタリア古典歌曲研究の授業で師事しました。 久々の再会でした。嶺先生は御歳80歳。  例会後、一緒にお食事をしながら嶺先生が語ってくださった内容があまりに衝撃的で 感銘を受けたので、ここに記したいと思います。  先生が80歳まで齢を重ねられたのは、まさに奇跡的なことで、小学校時代は股関節炎に かかり3年間休学、大学卒業後、腎結核により腎臓摘出という大病を患われています。 股関節炎の後遺症で松葉杖の生活をされていたにもかかわらず、高校時代に毎日新聞主催の ピアノコンクールで第3位、藝大専攻科を修了した年に毎日音楽コンクール・声楽部門で 1位に入賞。コンクール入賞後演奏家としてのキャリアがスタートした矢先の腎臓摘出でした。 背中まで斜めに40pの筋肉が切断され、鍛えられた腹筋が奪われてしまいます。  細く長く生きていくために歌うことも結婚も禁じられましたが、トレーニングを続けた後、 1年半分の腎臓の薬を持ってイタリアに留学。本場のベルカントを学びました。帰国後、 本場仕込みの発声とディクション(発語)、情感溢れる感情表現、そして奥深い研究内容で イタリア歌曲の分野では世界に類するものがないほどの境地を開拓しました。  フランスの才媛、ピアニストで作曲家のピュイグ=ロジェ女史(パリ国立コンセルヴァトワール教授、 後に藝大客員教授)との運命的な出会いにより先生の才能は更に開花、嶺貞子の名は不動のものと なりました。お二人の演奏活動は、今や伝説です。  慈愛に満ちた輝くような笑顔の嶺先生ですが、ご自分にも、そして弟子たちにも厳しい人として 知られています。食事の間も叱咤激励の連続でした。 「いつでも勉強だよ、言い訳なんかしちゃいけない、できないなんてことはないんだよ。  倒れるまでやるんだ。私なんか40度の熱があったってレッスンに行ったんだ。熱があるから  レッスンに行けないなんてことはない。あんた(私のこと)も勉強続けなきゃだめだよ。」 「私の母がね、腎臓摘出の後トレーニングのため長野から東京に行くって言った時、だるまさんを  師に喩えて、『師よ、師よ、幾度起き上がるのですか、七度までですか、否!百度倒れても尚、  汝は起き上がらねばならぬ』って手紙を書いてよこしたんだよ」  先生のお説教を聞いていたら、母の顔が浮かびました。私たち姉妹を東京でのレッスンに車で 毎週連れて行ってくれた母でしたが、ある時高熱が出て、下熱のための注射を2本打ち、医師に 止められたにも関わらず、普段と変わらず車を運転してレッスンに連れて行ってくれました。 そんなこともあって、私も何があってもレッスンは休みませんでした。  ただの根性論と言ってしまえばそれまでですが、私は嶺先生のような粘り強い諦めない生き方が 好きなのです。  先生のお説教を聞きながら嬉しくて泣き通しでした。まるで母が生き返ってきたようだったから。  叱ってもらえるのって有難い。叱られないと怠けてしまう自分を知っているので、ピリッと背筋が 伸びた一夜でした。  愛情があるからこその叱咤激励。嶺先生の域に少しでも近づけるよう、私も勉強し続けたいと 思います。 「いつでも勉強だよ、倒れるまでやるんだ」

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12月3日(土)学生音コン東京大会奨励賞/東京藝大ジュニア・アカデミー
 第70回全日本学生音楽コンクールピアノ部門高校の部東京大会で、鴨川孟平君 (東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校1年)が奨励賞を受賞しました。 以前、この覧でもこのコンクールについて取り上げたことがありますが、日本国内 では最も歴史が古く権威ある学生コンクールです。小学校の部の予選を聴きに行っても、 予選の前に書類審査があるのではないかと思うくらい出場者のレベルが高く、予選に エントリーするのに先生の厳しいチェックが入っているのが想像できます。 鴨川君もこれまで何回かエントリーを諦め(理由は本人の名誉のために明かさないで おきますが…)、初挑戦で奨励賞を受賞することができました(良かったですね!)。 『音楽の友12月号』に『東京藝大ジュニア・アカデミー』新設にあたっての インタビュー記事が、カラーページに掲載されました。 中学1年生から中学3年生まで、藝大でレッスンが受けられる週末限定の学校です。 今年の募集は新中1生と新中2生を対象とする全楽器含めて定員10名(少ない!!)。 植田克己ピアノ科教授を校長とし、月に2回、主科のレッスン(各60分)ソルフェージュの レッスンを行います。藝大のスペシャルソリストプログラムで招聘している海外の著名演奏家の レッスンも受講可能にしていきたい、とインタビューの中で教授が答えていますから、またとない 勉強のチャンス到来です。  ゆくゆくは小中高一貫型の育成システムを目指すということで、これまで旧弊な藝大が 一番難手としてきた、演奏家として学生を世界に送り出す将来に亘るサポートまでを視野に 入れているようです。(例えばワーナーミュージックジャパン、Apple music、LINE Musicなどと 連携し配信するなど…。)  フィギュアスケートなど、オリンピック選手育成システムが確立し成果を出している分野では、 小学生の頃から選手を強化合宿形式で一箇所に集め指導しています。個人個人が日本各地で 頑張るのに比べ、優秀な仲間と刺激し合えるのは素晴らしいことですし、オリンピック入賞レベルの 選手の演技が身近で見られ理想像がはっきりする、ということも大事なポイントです。オリンピック 育成コーチから、完成形を視野に入れた指導を受けられれば、子供期という短い時期を無駄なく 過ごすことができます。  地方の小さい組織である我々の音楽教室でも、同じ目的意識を持つ者同士が同時期に集まる時は、 互いに切磋琢磨し合い、様々な良い結果を残してきました。  このような国家的プロジェクトを藝大で継続的に行ってもらえれば、地方にもその余波が伝わり、 音楽に対する情熱が益々燃え盛るでしょうし、世界的な音楽家輩出に大いに貢献することでしょう。  附属中学の設立の話も浮上しているということですので、演奏上のテクニックだけでなく、 ソルフェージュや聴覚訓練(これはジュニアアカデミーでも課題に組み入れられている)、音楽を 組み立て考えるための基礎となる文学などの素養、世界で活躍するために必修の数カ国の語学など、 オールマイティな訓練を取り入れていただきたいと熱望します。  なぜなら音楽家はスポーツ選手と違い、一生続けられる職業であるため、若さとテクニックで 結果を出すだけでは一生を乗り切ることができないからです。  確かな技術と充分な教養のマリアージュが、音楽家としての到達点と言えましょう。  そして小中高以前の教育の充実には、是非ソレイユ・システムを取り入れて もらいたいと願って止みません。  0歳児からの教育により子供たちの才能を充分に引き出すことができるのは、 これまでにBabyソレイユ出身の生徒さんたち全員により証明されてきました。 才能の芽を引き出し、やる気を培い、根気強さを育む、その上で適切な訓練を施せば、 好奇心の芽が育ち、自然と子供たちは花開いていきます。  インタビューの中で、迫昭嘉音楽学部長が、このプロジェクトはスーパーキッズの 発掘だけではなく、人それぞれに成長のタイミングが違い高校や大学で伸びる子もいるので、 藝大に入学した学生も早期プロジェクトの対象である、とも述べていました。教育の核心を 突いた的確な見解です。  子供から目を離さず楽しみながら育てていくと、グンと伸びる時期に遭遇します。仰る通り、 人によりその時期は様々です。  話は最初に戻りますが、教育の特性を知った先生方に囲まれ、恵まれた環境の中でその伸び時期を 見据えて頑張っている鴨川君の飛躍を、これから楽しみに見守っていきたいと思っています。  ソレイユの生徒さんたちも一緒に頑張っていきましょう!  入賞おめでとうございます!

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11月5日(土)成果が出たコンクールの日々
第30回群馬県ピアノコンクール小学生5・6年の部において、小畑蒼大君 (ぐんま国際アカデミー6年)が、最優秀賞を受賞しました! 小畑君は4歳の時、Babyソレイユクラスに入室、音感教育を中心にレッスンを 開始しました。 Babyソレイユのレッスンは楽しそうに通っていましたが、クラスの中で 取り入れているピアノ・歌・ヴァイオリンの中で特にピアノに強い興味を持った ことから、就学前からピアノのレッスンも取るようになりました。 Babyソレイユクラスは6ヶ国語の歌を原語で歌ってあげるのですが、音楽 だけでなく外国語にも強い関心を持っていました。 小畑君はコンクール歴が長く、群馬県ピアノコンクールは1・2年の部で奨励賞 (今年から制度が変わりましたが、この時は奨励賞が最高賞でした)受賞を皮切りに、 同3・4年の部で優秀賞、4年生の時に挑戦したピティナピアノコンペティション B級で地方本選優秀賞と、着実に成果を上げてきました。 今年8月の藝大早期プロジェクトin金沢では、ビデオ審査を通過し、藝大教授 迫 昭嘉先生のレッスンを受講する機会に恵まれました。 音楽は勿論ですが、勉強やスポーツなど全ての才能を開花させることをBaby クラスは目的にしていて、音楽以外の才能育成にも確実に結果を出しています。 小畑君も、ピアノだけではなく、テニスも順調に腕を上げ、ぐんま国際アカデミーで 磨いた英語力で英検も2級の成績。勿論ソレイユの力だけでなく、ご両親の教育方針や 学校の影響などもありますが、幼少期に少しの刺激を与える(教育する)ことで 持っている力が倍増するのは確かなようです。 小畑君はソルフェージュも良くでき、特に作曲の基礎である和声に興味を持って いる様子。遊びの延長で始めた音楽が、彼の世界観を広げる礎になっているのは 嬉しい限りです。 同じく第30回群馬県ピアノコンクール小学生1・2年の部において、Yさん (ぐんま国際アカデミー1年)が入選しました。 Yさんも3歳からBabyソレイユクラスに入室し、ピアノのクラスも併せて レッスンを受けています。レッスンで習ったことをコツコツ着実に習得してくる、 正に良い子の鏡!小学校1年生のYさんも英検準2級合格、バレエも頑張っていて、 これからが楽しみな女の子です。 大好きな歌を歌ったり聴いたりしながら、Yさんの中に芽生えた音楽の芽が 情緒溢れる豊かな花になるよう大切に見守っていきたいと思っています。 一方、ソレイユヴァイオリンチームも頑張っているのでご報告を。 第26回日本クラシック音楽コンクール中学校女子の部・高校女子の部で、 ソレイユの生徒さん2名が全国大会の出場を決めました。 全国大会は中学校の部が12月13日(火)かつしかシンフォニーヒルズ・ アイリスホールで、高校の部が、同日、横浜みなとみらいホール小ホールで 行われます。日頃積み重ねた力を遺憾なく発揮し、集中力のある音楽的な 演奏をしてきてくれることを祈っています。 今年も受験が終わったと思ったらコンクール、コンクール、コンクール!の 日々が続き、あっという間にあと2ヶ月になってしまいました。 昨年の今時分、コンサートを聴きに行きたい、オペラに行きたい、落語に 行きたい、と大騒ぎしていたのでしたが、今年はその願いが叶って、9月、 10月、11月、12月とコンサート三昧の日々。話題の反田恭平ピアノリサイタル、 ショパンコンクールの覇者チョ・ソンジンとチョン・ミュンフン指揮のピアノコンチェルト、 近藤伸子先生のピアノリサイタル(他にもいっぱい!)、どういう訳かそれが全部 ピアノのコンサートという偏りよう。 オペラに行きたいな〜、声楽のコンサート聴きたいな〜、などと無い物ねだりばかり 言っていては罰が当たる〜〜〜! この秋はピアノを満喫したいと思います! 芸術の秋に乾杯!  

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10月8日(土)イタリア紀行
 9/11〜9/18、イタリアに行ってきました。  まずは第1の目的である、北海道教育大学・実験劇場の新作オペラ《函館戦争》上演の ご報告を。  前回のソレイユエッセイでもお話しした通り、ロヴェレートはモーツァルトが初めて イタリアで演奏会をした街で、イタリア・モーツァルト協会が設置されています。また、 劇場名にもその名があるとおり、作曲家ザンドナーイ(これまでにも鴨川は頻繁に ザンドナーイの歌曲を歌ってきました!)の生誕地ということもあり、音楽にかける 並々ならぬ思いが随所から伝わってくる街でした。というのも、何の変哲もない街なのに、 劇場だけが超豪華!数年前に十二年かけた大改修が終わり、サイズは小さいものの、 ミラノのスカラ座やヴェネツィアのフェニーチェ座に勝るとも劣らない内部装飾の美しさ なのです。  今回はロヴェレートにおけるモーツァルトフェスティバルの一環としての上演でしたが、 室内楽、ピアノ、オペラ、講演会など、1週間に亘りモーツァルトの音楽を中心とした催しが ロヴェレート市内の各会場で行われていました。演奏家も聴衆もイタリア以外の方も多く、 色々な言語が飛び交う国際色豊かな雰囲気。ホテルの朝食で偶然隣り合ったフランス人と お話ししたら、講演会のためにいらしていた音楽学者だったり…、イタリア語だけでない、 久々の語学勉強にもなりました。  《函館戦争》は、幕末の旧幕府軍と新政府軍との戦争を扱った作品で、幕府軍の榎本武揚(鴨川)と 新政府軍の黒田清隆、そして語りの3人で演じられるマドリガーレオペラです。暗い舞台、 そして日本語での上演ということで、欧米人の反応が心配でしたが、満場の拍手で成功裡に 幕を閉じました。  この公演は北海道教育大学の塚田康弘先生(語り役で出演)とイタリア・モーツァルト協会との 数十年に亘る強い繋がりにより実現したものです。  日本におけるモーツァルト研究の第一人者である海老澤敏先生からの紹介状を握りしめ、 塚田先生が40代の頃にロヴェレートのモーツァルト協会をお訪ねになってからおよそ20年、 モーツァルト協会と毎年のように交流を持ち続ける中、宝石のように美しいザンドナーイ劇場で オペラ上演ができたら、という塚田先生の夢が今回叶えられた訳です。  モーツァルトの《バスティアンとバスティエンヌ》も一緒に上演したのですが、その中の 出演者の1人がオペラ公演の翌日にロヴェレート郊外で結婚式を挙げた際、 「夢は思い続け、努力をしていくと必ず叶うものですよ」 と仰っていた塚田先生の祝辞が胸に残りました。  それにしても20年という長い歳月を掛けて夢を現実にされたなんて素晴らしいことです! 同行させていただけた夫は、本当に幸せ者であると思いました。  イタリア最後の夜はヴェネツィア・フェニーチェ座でのオペラ鑑賞。これまで何度も観た ことがあるドニゼッティの《愛の妙薬》でしたが、衣装も演出もミュージカルのような 仕立て方で、音楽も、ムーティの時代のような原曲に忠実に演奏する原典主義とは真逆の 自由な崩し方をしていて、時代によって音楽の表現の方法が変化することを実感した次第。  アディーナ役のソプラノ、イリーナ・ドヴロウスカヤが、歌も演技も抜群で美しくもあり、 主役の座をさらっていました。  私たちがイタリア在住時代は、コンピューターでチケットの購入ができなかったことから、 フェニーチェ座のチケット入手は困難この上なかったため、初めて中に入ることができました。 ヴェルディの《椿姫》や《リゴレット》が初演された伝統あるオペラ劇場で、公演の質の高さ でも有名です。  1996年の不審火による火災により全焼してしまいましたが、フェニーチェ(不死鳥)の 名に相応しく、見事に再建されました。実際に聴くフェニーチェでのオペラはその名に恥じない 高水準な内容でした。  駆け足のイタリア滞在でしたが、夫のオペラ出演とフェニーチェ劇場でのオペラ鑑賞という、 人生最大級のイベントのお陰で、生きている幸せを満喫できた1週間でした!

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9月10日(土)オペラ《函館戦争》イタリア公演
 私はこの夏、受験生を抱えていた昨年同様のストイックな夏休みを過ごしました。 この数年、旅行に行っていないので、旅行にいきたいな〜、と願っていたら、 思いがけず今秋、良い機会が巡ってきました。  夫の所属する北海道教育大学・実験劇場が昨年の札幌オペラ祭で制作上演した 新作オペラ《函館戦争》を、イタリア・ロヴェレートのザンドナーイ劇場で再演 することになり、夫の出演に伴いそのお手伝いでイタリアに行くことができます。  オペラ《函館戦争》は、明治元年に始まった旧江戸幕府軍と明治新政府軍による 戦闘である、“箱館戦争”(日本最後の内乱)を描いた作品で、旧幕府軍総裁・ 榎本武揚と、新政府軍参謀・黒田清隆、そして語りの3人によって演じられる マドリカーレ・オペラです。  夫は榎本武揚役で出演、日本語で上演されます。  劇場があるロヴェレートはオーストリアからイタリアに入ってすぐの町で、両国の 間に聳えるアルプス山脈を越える峠の1つ、有名なブレンナー峠の近くに位置します。 ゲーテが憧れていたイタリアへの旅を綴る『イタリア紀行』の中で、希望に満ちた ブレンナー峠越えの記述がありますが、かのモーツァルトがイタリアに旅した際、 ロヴェレートに立ち寄りイタリアで初めてのコンサートを行ったことから、この地には イタリア・モーツァルト協会の本部が設立されています。  今回は、正味1週間の滞在で、稽古、GP、本番がある上、アルプスの麓という 地理のため、ミラノの友人に逢う、ウィンドーショッピング(イタリア人のセンスを 吸収したい…!)をする、美術館に行く、観光する…等、旅行らしいことややりたいことは 何もできないであろうと想像しています…嗚呼!  イタリアなので、どこに行っても料理は美味しいでしょうし、山の景色も美しいはず、 何でも欲求が叶えられたらバチが当たるので、程々に節度をもって行ってこようと思います!  イタリア最大の湖ガルダ湖畔にある、大詩人ダンヌンツィオの終の棲家ヴィットリアーレ・ デッリ・イタリアーニを見学し、オペラを上演し(私は裏方ですが…)、ヴェネツィアで 1本オペラを鑑賞し、と勉強会のような旅に行ってきます!  その間の1週間、私のクラスはお休みをいただきます。  宿題をたっぷり差し上げますから、しっかり練習しておいてくださいね!!

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9月3日(土)藝大「早期教育プロジェクト2016 in 金沢」
 夏休みをいかがお過ごしでしたでしょうか? 山や海へのキャンプ、 ご家族揃ってのご旅行など、レジャーやヴァカンスを楽しむ方がいる一方、 コンクール(学生コンクールは夏に集中している!)、草津音楽祭セミナーなどの 避暑地で行われる夏期セミナーや各音楽大学の夏期講習、スポーツを頑張っている 人は相次ぐ試合等々、大忙しでそれぞれの有意義な夏を過ごされたことと思います。  8月31日(水)、以前この欄でもご紹介したことがある、文部科学省国立大学 機能強化事業、東京藝術大学音楽学部『早期教育プロジェクト2016 in金沢』に、 ソレイユの生徒さんK君が事前のビデオ審査を通過し、受講してきました。  この企画は、地方に暮らす子供たちが都心部までレッスンに通わなければならない ハンディを少しでも解消し、夢を夢で終わらせないための支援事業です。2015年 からこれまでに、和歌山・浜松・仙台・北九州等、各地でピアノ、ヴァイオリン、 チェロのコースが開催されてきました。  残念ながら私は今回レッスンを聴きに行くことができなかったのですが、藝大の 迫 昭嘉 教授による、細かく効果的なレッスンはとても楽しかったと、K君から報告が ありました。  受講生は小学4年生から中学2年生までの7人、どの生徒さんも訓練が行き届いた 素晴らしい演奏をしていたそうです。  藝大教授から直接レッスンを受けられるだけでなく、優秀な生徒さんたちが受講する レッスンもたっぷり聴くことができ、しかも受講料は無料。受講生にとってはなんと 幸せな企画と言えましょうか!  迫先生が、子どもにも分かり易く明るく丁寧に教えてくださり、ピアノを弾くことが 益々好きになった!とは本人の感想です。

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8月6日(土)フィギュアスケートコーチの講演
 藝高で行われた、フィギュアスケートコーチ佐藤信夫氏の講演会に行ってきました。  佐藤氏はオリンピック銀メダリスト浅田真央のコーチとして有名ですが、ご自身も 全日本選手権を10連覇した実績を持ち、お嬢さんである佐藤有香、佐野稔、村主章枝、 中野友加里など、多くのオリンピック選手を育てたコーチです。  実直、真面目、という印象を受ける佐藤氏ですが、お話しになる内容も印象そのまま、 奇を衒ったことを仰ることなく訥々と語ってくださいました。    印象に残ったお話は次の6つです。 ○スケートは体力を使うので5時間半の練習が命の限界だが、自分はコーチになり13時間  スケート靴を履いたままだったことがある。いつでも人の3〜4倍練習してきた。今まで  楽だったことは一度もないというのが最終の思いだ。 ○有名な選手の滑り方を繰り返し繰り返し話し、理想像を伝えることにしている。 ○同じプログラムを1年半教えてもできるようにならなかった子がいた時、無理だから  諦めよう、と口にしたことがある。その後、その子は1ヶ月半練習をしなくなった。  しかし、密かに練習を再開し、完璧に跳べるようになった。1964年の東京オリンピックに  出場するまで成長した。どんなことがあっても諦めてはいけない、ということを  この子に教えられた。 ○陸トレが今ほど重要視されなかった時代、陸トレの必要性を感じて先生に教えを  請いに行った。スケート選手は教えたことがないので、と断られたが、無理を言って  トレーニングを始めてもらった。階段を100段以上駆け上るトレーニングは最後が  這い上がるような状態だったが、2週間目から上まで走って上ることができるように  なった。自分からお願いをして始めたので無理とは言えなかったのだがキツかった。  一度壁を破ると、自動的に動けるようになるということを知った。楽なことはない、  同じことを何百回、何千回とやってほしい。 ○一つの事ができるようになったら、それでよいと思わないこと。世界一になっても  終わりではない。走ると先に何かが見える。繰り返すと新しい世界が見え続ける。 ○1つのクラスを同程度の実力で2つのチームに分け、2〜3週間訓練する。  このチームが勝つに違いないと先生が思ったチームの方が勝つという統計がある。  どんな場合でも私の子は上手くいくと思った方がよい。ベストを尽くして!  世界一の選手を育成したコーチの言葉は1つ1つに含蓄があります。選手育成の 一つの流れができ、何年も同じことを繰り返し、少しは楽になることもあろうかと 周りの者は思うところですが、佐藤コーチは繰り返し「楽なことは無かった」と 発言されていました。  毎日の練習は自分の限界を超えて終わらせるようにしている。毎日の全力が何%か ずつ可能性を広げさせてくれる、と最後に述べられた言葉も印象的でした。  世界一は楽じゃないんです。  スポーツのコーチというより求道者の様相に見えるのは、そういう厳しい日々を 幼少時代から重ねてこられたからに違いありません。  信念を持って一生を掛けて道を究める大変さと楽しさ。  大変なことは当たり前のこと。  夢を語って生きる大切さを学びました。  諦めるのは1分でできること。諦めず頑張ることで、夢を持って一生続けることが できる。楽して生きた方が良いと考える人は人生の楽しみを放棄していると私は思います。  “諦めず頑張ることは楽じゃない”  頑張っている人の共通思いを聞いて何だかホッとした気分になりました。  でも夢を持って生きることは辛いだけじゃない。キラキラ輝いた目と顔と体を持ち、 結果を出し続けながら周りの人に希望と夢を与えることもできる!  素敵な生き方を再確認できた貴重な講演会でした。  

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7月2日(土)これこそ、“教育”の冥利
 ソレイユ総合音楽教室・前期行事の最大イベント『ソレイユコンサート』が、 6月26日(日)に行われました。  普段は、20代の時よりずっと元気で、20代とは比較にならないくらい動けていると 自負している私ですが、このソレイユコンサートの準備期間中に関しては、全ての力を 吸い取られるかと思う程、体力が消耗し、頬が痩け、体重が激減します。(実際、見た目は 全く変わりません!)  私が命を注ぎ込んで仕上げを手伝った生徒さん、ソレイユの先生に習ったことを、 自分1人の力で見事に習得し本番を迎えることができた精神的に大人の生徒さん、熱心な ママやパパの協力の下、一生懸命練習に励んできた生徒さん…等々、仕上げ方の形態は どうであれ、集中力漲る、高水準の演奏を披露してくれた生徒さん全員に、惜しみない 拍手をおくります。  発表会の選曲をする際、先生方は、現在のその子の実力や性格、プログラムの配列等を 考慮します。現在習っているレベルより少し背伸びした曲の方がヤル気が出る子もいれば、 逆にあまり難しい曲を与えると落ち込んでしまう子もいたり、習得しているテクニックの 中で演奏できる曲を選ぶか、人前で演奏するという機会を使って、習得していないテクニックを 頑張って手に修めさせようと試みるかによっても曲は変わってきます。  レッスンで接していると一人一人の性格は掴めていますから、どの程度の実力があり、 性格はこのようだから、今回はこの曲がよいであろうと、演奏する曲が決まっていく訳ですが、 今回は沢山の先生方が、難しい!曲を選び、その事により思いがけない苦労(!)と、喜びを もたらしてくれたのでした。  人は成長します。今回は2つのことでそれを実感させてもらいました。中には生徒さんが それを強く望んだ場合もあったようですが、複数の先生が、実力以上と思われる曲を課題として 選びました。  勿論、難曲を選んだ子たちにとって、それらの曲は技術的に非常に困難で、発表会の 10日程前になっても細かいパッセージの暗譜もままならず、いわゆるボロボロ…、な状態。 10日前に指が思うように動かず暗譜がおぼつかない、というのは、本人にとってかなりの プレッシャーです。(これがプレッシャーに感じないようだと克服できないので、プレッシャーに 感じるのは大正解!なのですが…。)そのような場合、問題点を指摘し、上達するための 10日間プログラムを組みます。今回、子供たちの成長を感じたのは、スペシャルプログラム 強制執行の際、相当キツい内容にも落ち込むことなく、反抗することもなく、なんとなく 嬉しそうにしている姿を見た時でした。  過去、数度となく同じような経験をしてきた時、散々泣いたり反抗したり落ち込んだりした後、 その局面を乗り越え、練習に励み、その結果良い演奏ができて、皆に褒められた経験が彼らを タフに変えたのでしょう。  このように小さな彼らの精神的な成長には目を見張るものがありました。精神的な面だけでなく、 今回は全員の実力がアップ、曲の難度が目に見えて上がったことでも成長を実感できました。 「発表会だけれどもコンサートの形式で行うので、プロの演奏家のようにお客様にベストの  演奏を聴かせてください」 「聴いた人の人生が変わるような、心のこもった、そして音楽的な演奏をしてください」 と話すと、幼児でもきちんと理解してくれます。今回も4歳児の初舞台の子たちから、 最後の生徒まで集中力の切れない魅力的な演奏を聴かせてくれました。  これこそ、“教育”の冥利です!  40秒間隔の切れ目ない生徒さんたちの演奏が続くおよそ4時間、1人の生徒も聞き 漏らすことなく私は舞台袖で聴き続けます。皆が上手に演奏してくれるので、興奮状態になり 疲れませんし、それはそれは楽しい時間です。  生徒さんたちは全員プロの音楽家になる訳ではありません。その子たちに命懸けでこの水準の 指導をするのは何故か。“ヤルと決めたことは必ず成し遂げられる”という経験が、将来どんな 状況におかれても人生の糧になると信じているからです。  同じ思いを共有して下さるソレイユの保護者の方々のご協力にはいつも感謝しています。 どんなに生徒さんのお尻を叩いても、保護者の皆さんが快く同じ方向を見て協力してくださる からです。  コンサートやコンクール、そして受験前にガリガリに痩せ細ろうと(本当はちっとも 痩せないが…)、これからも皆さんにエネルギーを注ぎ続けるのだわ、と決心させてくれた 素晴らしいコンサートでした。

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6月4日(土)上野界隈・雑感
 最近息子が母校の附属高校に入学したため、入学説明会、入学式、授業参観、総会、 在校生の音楽会等々…、まだ2ヶ月も経たないのに矢鱈と上野に足を運ぶ機会が増えました。  私が学生だった頃の上野駅周辺は、表参道、青山、銀座、六本木とは異次元の、 戦後っぽい雑踏の雰囲気が残る街でした。(今でもよい案配にアメ横はその雰囲気を残している…)  怪しげな映画館や古い食堂、インチキっぽい小物を並べる店舗は消えてお洒落なビルに 建て替えられ、浮浪者で溢れていた上野公園には今時のカフェが建ち並び、さながらパリの 様相です。外観は以前と変わらない公園内の美術館も、そんな周りのブラッシュアップに 刺激されてか、内装が一変し素敵な空間に様変わりしました。  美術館の企画展も魅力的で、今春、東京都美術館ではルネッサンスを代表する画家 ボッティチェッリ展が掛かり、以前から鑑賞したかった『東方三博士の礼拝』『美しき シモネッタの肖像』をじっくり堪能することができました。  ボッティチェッリ展後の若沖展は空前絶後の人気で、都美術館の周りを2回り半する 行列ができたと話題になりました。(残念ながらその行列に加わる体力ははかった!)  国立西洋美術館では6月12日までカラヴァッジョ展が開催されています。  国立西洋美術館の建物は7ヶ国の共同推薦を受け、『ル・コルビュジエの作品群』の 一つとして、ICOMOS(イコモス)から“世界遺産一覧表への記載が適当”と勧告が なされ、先日ニュースになりました。まさに今が旬!話題の建造物と言えます。  東京藝大の美術学部の校内も十数年前に整備され、私たちがいた頃とは全く別の スタイリッシュな校舎に生まれ変わりました。一般に公開されている藝大美術館は、 藝大コレクションの常設展をはじめ、色々な企画展が魅力的です。美術館内には オークラのカフェや藝大グッズ販売のブースもあり、藝大オリジナルのノートなどの 文具を購入することができます。  藝大は、意外にも谷中、根津、千駄木といった、いわゆる谷根千が至近距離。上野駅と 反対方向に向かうと、古き良き下町情緒たっぷりの庶民の町が広がっています。木造の しもた屋を改造した素敵なカフェ、昔からある手ぬぐいや筆の専門店などともに、お煎餅屋さん、 八百屋さん、肉屋さんも大繁盛で、人々の生活が息づいています。  藝大は数年前から新しい取り組みを始めました。地方に住んでいる小・中学生に藝大の 教授陣が出向いて教える“出張レッスン”、高校を卒業しなくても実力があれば藝大に 進級できる“飛び級制度”(この欄でも以前取り上げました)、他大学では当たり前に 行われていた“大学公開日”の開始など。  大学公開日には様々な音楽会やレクチャーも開催されるようですから、これから進学を 目指す学生の方もご家族も、是非見学してみることをお勧めします。  あまり知られていませんが、藝高(藝大附属高校)は公開の演奏会が多く、一年を通して 校内外で演奏会を催しています。  藝大の大学祭(いわゆる藝祭)、大学公開、藝高の公開演奏会などで、学生の演奏を聴いたり、 はたまた藝大客員教授に就任した阪東玉三郎と鼓童のコラボ演奏会をはじめとする藝大主催演奏会 (藝大校内奏楽堂で開催)や、美術館を鑑賞しがてら、新しく変身した上野での美味しいお食事や 谷根千の散策をお楽しみいただくのも一興ではないでしょうか。  先日、今は亡き巨匠リヒテルの録音を自動ピアノで復元し、その自動ピアノ演奏とベルリン フィルのメンバーが合奏するという企画による、シューベルト『鱒』を奏楽堂で聴いてきました。 自動ピアノへの打ち込みの調整をソレイユの名物講師だった春畑セロリ先生(ソレイユでは本名で 教えてくださっていましたが…)が行ったという記事を読み、興味を持って聴きに行った訳です。 幽霊リヒテルとの息の合った演奏は大変興味深いもので、機会があったらそのコンサートについて またこの覧で取り上げようと思っています。  終演後、春風に吹かれながら夜の上野公園を歩いて帰る気持ちよさといったら!  是非、皆様にも味わっていただくことをお勧めいたします!

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5月7日(土)ソルフェージュ教育の重要性
 最近コンクール流行りで、コンクールの課題曲を次から次に手掛け、練習曲や音階などの 基礎練習を全く習わないで成長する子が多いと聞きます(ソレイユの生徒さんではありませんよ!)。 色々なコンクールに入賞している子でも、小さい頃に習得しなくてはならない基礎を学ばず 大きくなるとしたら、コンクールで賞を獲ることに関して近道をしているようでいながら、 その時間的な損失は測り知れないものです。  同じことがソルフェージュ教育でも言えます。ソルフェージュを音大受験のために必要な 科目、と認識している人も多いと思います。確かに間違いではないのですが、ソルフェージュには、 大学受験の前にも後にも音楽的領域を拡げてくれる絶大な可能性が秘められています。聴音と 新曲視唱、楽典だけを入試のソルフェージュ課題にしている音大が多いため、入試対策というと、 聴音・新曲視唱に絞ってレッスンする先生もいます(というか、そういう方が圧倒的に多いでしょう)。 勿論、聞こえた音が何の音かを聴き取るとか、どのようなリズムかを聞き分け、書き取ることが できるのは大切ですし、見た譜を瞬時に把握し、正しい音程・リズムで歌うことはできなくては いけないことです。しかし、この入試課題は必要最小限、といえる内容です。  見た楽譜を瞬時に読み取りピアノ・ヴァイオリンなどの楽器で正確に弾くことができる 初見視奏の力も重要です。楽譜の音取りに費やされる時間の節約は、余分な練習時間の節約に 直結し、練習内容をより密度の濃いものにすることができます。  ある一定の年齢になると、膨大な量の曲目を一度にこなさなければいけなくなる時が来ますが、 初見能力が高いとそれも苦痛でなくなります。  音楽の知識を学習する“楽典”は、最低限、絶対知らねばならない事柄です。これは覚えて しまえば済む内容ばかりですが、肝心なのは、この知識をどう音楽に活用していくか−−、 という展開方法です。  曲の中の転調とか和音の変化を、和声学の知識を持ち合わせていると、自分の力で楽曲分析が できるようになります。  楽曲をきっちり分析できると、作曲家がどのような意図で作曲したのか、どのような音色や テンポ感を求めているのかが想像でき、演奏が一気に立体的に変わっていきます。楽譜を読んで 音にする、という段階から、自分で奏法や音色を組み立てて音楽を作る、という高度で魅力的な 領域に到達していきます。  和声学を駆使した楽曲分析となると、ソルフェージュ領域から逸脱した感もありますが、 和声学だけでは決して征服できないため、双方の能力が問われるのです。  ピアノを弾く人の場合、楽譜に書いてある調を移調して弾くことができたり、メロディだけの 譜に伴奏をつけることができたりするようになると、またまた違う世界が開けていきます。  他の楽器の音域や、歌を歌う人の声の高さに合わせて移調がすぐ様できたり、自分で伴奏が 付けられたら、アンサンブルが一層楽しくなります。  一口にソルフェージュといってもこのように幅が広いのです。  どのような分野でも基礎が大切と言いますが、基礎を侮らず積み重ねていくと、のちのち できることが相互に繋がり、大きな可能性の幅が生まれてきます。  ソレイユ出身の渋川ナタリ先生が、 「ソレイユのソルフェージュを小さい頃から習ったお陰で、音楽仲間に信頼されるようになり、   仕事に繋がっているのは本当に有難いです。」 と言っていました。  ナタリ先生は、私たちの理想が一つの形になった姿です。  侮ることなかれ、基礎練習とソルフェージュ!何事においても基礎は大切というお話しでした。  

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4月9日(土)日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会・入賞/入選
   第30回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会弦楽器部門中学生の部(於:かつしか シンフォニーヒルズ)で、ソレイユ総合音楽教室生徒の依田しほさん(千代田区立麹町中学校1年)が 審査員賞、新井瑞穂さん(佐野日本大学中等教育学校3年)が入選を果たしました。  今年も生徒さんたちがコンクール等に積極的に挑戦し、益々良い経験を積んでいってほしいと願っています。 依田さん、新井さん、おめでとうございます!

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4月8日(金)4月29日、Ph.バルベリア氏マスタークラス
 4月は新学期を迎え何かと行事が多い月ですが、久々にマスタークラス(公開レッスン)&講師による ミニコンサートを開催します。  講師はフィリップ・バルベリア氏。パリ国立コンセルヴァトワール修了後、現在パリ・モーツァルト コンセルヴァトワール教頭を務め、ピアニスト・指揮者として活躍している方です。  ソレイユの生徒からは、群馬県ピアノコンクール小学3・4年生の部優秀賞、第38回PTNAピアノ コンペティションB級地方本選優秀賞を受賞した小畑蒼大君(ぐんま国際アカデミー6年)が受講します。  ミニコンサートではショパン、ドビュッシー、サティなどの名曲を演奏していただきます。  マスタークラスは公開レッスン形式で、ミニコンサート鑑賞を含め、料金は大人¥2,000、学生¥1,000。  日時は4月29日(祝)14:00(マスタークラス開始)です。マスタークラス終了後引き続き ミニコンサートを開催いたします。  会場はソレイユ総合音楽教室2Fホール。  ゴールデンウィークはじめの爽やかな陽気の中、沢山の方にいらしていただき、頑張っている生徒さんの 演奏と素敵なフランス音楽をお楽しみいただければ幸いです。  マスタークラスを企画して下さった平松里枝子さん、ありがとうございます!

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4月7日(木)廣瀬麻名先生、新しいヴァイオリンのクラス始動!
 桜の季節となりました。気温も上がりすっかり春です。  この4月、また新しいヴァイオリンのクラスがスタートします。新しいヴァイオリンの 先生は、東京藝術大学大学院博士課程を修了し、音楽博士の称号をもつヴァイオリニスト、 廣瀬麻名先生。  廣瀬先生は岐阜県出身、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校(通称、藝高)、藝大を 経て、博士課程を修了するまで12年間藝大に通った藝大の生き字引のような方です。藝大 出身の音楽博士と聞くとコチコチの才女を想像するかも知れませんが、実際はその一般的な イメージとは掛け離れた、笑顔はじける大らかで素敵な女性です。  小さい頃から英才教育を受けるため遠方までヴァイオリンのレッスンに通っていたのかと 思い伺ってみると、廣瀬先生の家の近所に藝大出身のヴァイオリンの先生がいらして、小さい 頃から受験期までその先生に指導を受けていたということで、都会でキリキリ仕込まれたのでは ないところが、あの明るさの由縁かもしれません。  藝高に入学してからは博士課程までの12年間、清水高師先生から、基礎テクニックも含めた レッスンを徹底的に受けられたそうです。自分のテクニックを分析し直し、はっきりとした意識が 持てる年齢になってからテクニックを作り上げた経験のある方は、教えることも上手だという 共通点があります。ヴァイオリンの先生として、胸がワクワクするエピソードです。  廣瀬先生はコンクール歴も華やかです。  第46回・第47回全日本学生音楽コンクール名古屋大会小学校の部第1位、第48回全日本 学生音楽コンクール名古屋大会中学校の部第1位、日本演奏家コンクール高校の部最高位、 YBP国際音楽コンクール高校の部第1位等、枚挙に暇がありません。  ヴァイオリンのクラスは人気があり、希望時間がすぐ一杯になってしまいますから、 レッスン受講希望の方はお早めにお申し込みください。

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3月5日(土)耳に良薬を!
上手な人の演奏を鑑賞することは、私にとっての何よりの薬です。 ここ2年程、殆ど演奏会には行けず、悶々とした日々を過ごしてきました。 留学中、ミラノに住んでいた時はスカラ座、パリだった時は街中に点在する オペラ劇場やコンサート・ホールと、そこに掛かるオペラやコンサートは可能な 限り聴いていました。 パヴァロッティが出演する演目はチケット入手が困難で、1週間列に並ぶか、 平土間席かガレリア席の年間オペラシートを持っているか(これも日によって 当たらないことがある)でないと無理、パヴァロッティの生の声は残念ながら 結局聴けませんでしたが、それ以外の世界のトップ歌手のオペラやコンサート、 著名な楽器演奏者のリサイタル等々を、日本ほど高価でない料金で思う存分 聴くことができたのは幸せでした。  どの演奏がコレクトで、どのような演奏に問題があるのかを聴き分ける耳が 培われていないと、自分の演奏を客観的に聴いて自分の力で良い方向に持って いくことができません。  音とリズムとが正確に演奏できたらコレクト、のはずはなく(歌の場合は それを達成するのも充分難しいのですが…)、上手な人に比べて自分に何が 足りないのか考えながら聴いていたものです。それは今でも習慣になっています。  響鳴が良く、力まず、息も長く、幅広い強弱と音域を出せるテクニックを持ち、 それによって表現の可能性が広がり、神懸かった音楽性に繋げている…、そのような 演奏をする人が実在するのを目の当たりにするのは刺激的です。  他の人に出来ることが自分にできないはずがない、私はそう考えます。  私の場合、腹筋力と口腔内の筋肉コントロール能力が一流の人たちと比べ劣っている と判断しました。  響鳴は口の中の空間で変化しますが、口の中の随意筋を自分の意志でコントロール できなくてはいけません。更に腹筋が大切。平地の多い太田市育ちは山育ちの人に 比べて腹筋が劣っています。  しかし、劣っていることが分かればそこを中心に訓練ができます。その差に気付く ことが向上のポイントなのです。  「音楽性が無いとか、その時代のスタイルに合っていないって指摘されたのですが」と、 相談を受けることがあります(ソレイユの生徒さんではありませんよ!)。これも できるだけ小さい頃から優れた演奏家による様々な時代の音楽を聴いておくことによって (生の演奏ではなくCDでもDVDでもよいのです)、簡単に解決できます。大人になってからでも 遅いということはありません。   ただ、今やっている曲を練習と並行してCDなどで聴くよりは、先にCDを聞いて、その曲の リズム感や音の出し方などのニュアンスを体の中に入れてしまった方が、練習が楽になるのは 確かです。  お母様方から、どんなCDを聴いたら良いのでしょうか、という質問を受けます。ジャケットを 眺め、音楽雑誌等で情報を集め、コツコツとCDを買い集めた上、良い悪いを判断するのがレコード (CD)鑑賞の王道でしょうが、それでは時間もお金も掛かりすぎます。大都市に行けば図書館があり、 音楽CDを気軽に借りてくることも可能ですが、田舎ではそういう訳にもいきません。You tubeは 無料ですしCD販売されていない演奏も聴くことができますが、全てが良い演奏というわけでもなく、 音質もよくありません。効率よく良い演奏に出会うには、アドヴァイスが必要といえましょう。  それで、私たちは聴いた方が良いCDをリスト化し、できる限り対応するようにしています。  多くのヴァイオリニストを輩出した名教師ドロシー・ディレイ女史は、「この曲はこの人のCDを 聴きなさい」と、参考にするべき演奏家のCDを列挙して真似させた、と本に載っています。  私が師事した指揮者の先生方から、音楽作りも教え事、ということを習いました。しかし、 1音1音習っているとそれこそレッスン時間が何時間あっても足りません。真似られるところは 真似させて、自分で音楽が作れるように育てていく必要があります。  コンサートに行って良い演奏に出会うと耳がリセットされます。良薬を耳に(口ではなく…) する機会をどんどん作っていきたいものです。   

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2月6日(土)朗報!合格発表
 今年は年明け早々に合格の朗報です!  東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(藝高)ピアノ専攻にK君(太田西中)が 合格しました!  創立者・小林宏子がソレイユ総合音楽教室を始めた33年前、文化不毛の地と言われて いた群馬県太田市では、首都圏のそれとは全く異なる水準で、クラシック音楽の教育が 行われていました。子ども時代を太田で過ごし、いざ音大に進学したいと思い立って東京まで レッスンに通っても、進学できる音大には限りがあり、なかなか希望の音大には入れない というのが30年前の状況でした。先生の技術力だけでなく、今思うと、情報量も随分と不足 していたのでしょう。  娘2人を憧れの音大に進学させたいと願っていた小林は、少ない情報の中から持ち前の行動力で その現状を打破しようと試みます。  演奏会に足繁く通い、自分の耳でこのピアニスト、と思った方の楽屋に娘を連れて行き、直談判で レッスンをお願いし、弟子入りが叶いました。知人の紹介で弟子入りするのが常識のこの世界、如何に 知らないとはいえ、大胆な切り込み方と言えます。  娘が小学5年生からその先生に習い始めると、1音1音、音の出し方からやり直しをさせられる 地獄のレッスンが始まります。3ヶ月間ハノンを使ったタッチの修正ばかりが続いた後、音色が 見違えるほどブラッシュアップされていくのがわかり、それまで受けていたレッスンとの違いに 心底驚いた小林は、その指導力を持った先生方に太田に来ていただくよう奔走し、自分の仕事のために 購入したビルの2階と3階が空いているから丁度良いとばかり、音楽教室を設立したのでした。  子供の時から習った事を自然と積み上げていくだけで、東京藝大を初めとする主要音大に合格できる 充実した音楽教育、これを太田の子供たちに受けさせたいという小林の思いの種が33年前に蒔かれた のです。  その後、数名の東京藝大合格者(ピアノ科と声楽科)、そして毎年主要音楽大学・音楽高校への 合格者を送り出して設立の目的を果たす中、難関と言われる東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校の ピアノ専攻に生徒を送れないか、と小林の夢は膨らんでいったのでした。  音楽を専門とする唯一の国立の高校である藝高の募集人数は1学年40名(年によって数名増減する)、 28種類の楽器別の専攻募集があり、その中でピアノ専攻は毎年12名程合格します。首都圏(東京・ 神奈川・埼玉)からかなりの人数が入りますから、それ以外の地方からは毎年数名程度ということに なってしまいます。  15歳にして完成形を要求される藝高のヴァイオリン専攻も難関で、難度はピアノ専攻と双璧をなし、 1つの学年でピアノとヴァイオリンの専攻者が6割を占めます。  その他にヴィオラ・チェロ・フルート等、弦や管の楽器群と作曲、そして国立の音楽教育機関という ことで邦楽の長唄・三味線・箏・尺八等の専攻が加わります。  日本中から集まった精鋭たちが藝大と藝高の先生たちから毎週何かしらのレッスンを受け切磋琢磨し 合うのですから、刺激的で充実した3年間となることでしょう。  まだ柔軟性がある若いうちに理想的な音楽環境の中で思う存分勉強ができるのは本当に羨ましいこと です。  伸ばせるだけ音楽の力を伸ばし、一方で教養のある文化人となるよう、音楽以外の勉強にも励んで 欲しいと願っています。  藝高に入ることが人生の目的でないことは自明の理です。K君には恵まれたスタートが切れたことを 自覚し、夢に向かって歩んでいって欲しいものです。  ご指導いただいている先生方、応援して下さる方々に感謝申し上げます。  教育の大切さを説き続けた創立者が天国から微笑んでいる姿が見えるようです。  さぁ小さい皆さん、次はあなたたちの番ですよ!夢に向かって頑張っていきましょう!  

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1月9日(土)長時間の練習と気合い
 新年明けましておめでとうございます。  皆様、楽しい年末年始を過ごされましたでしょうか?  この年末年始は、全く休みを取らず練習に付き合って過ごしました。  年末年始の長期休み中、遊びに行かないで過ごすと思いの外たっぷり練習時間を 取ることができます。大抵の会社はお休みで、事務的な仕事の電話や訪問がないですし、 国中が一斉にお休みするので、お休みすることに後ろめたさを感じずにいられます。  部屋を暖かくして動きやすい格好をし、たっぷりの食料を冷蔵庫に詰め、いざ練習へ。  通しの練習の後、練習の計画を立てて細かく部分分けした練習を開始します。籠もって 集中し練習することができると驚くほど習得度がUP。全部付きっきりで聴いている訳では ないので、途中食事の準備をしたり、家の中の掃除をしたり、溜まっている事務仕事を 片付けたりと、色々なことが捗ります。  慣れてくると練習する本人も長時間の練習が苦痛ではなく当たり前な感じになってくる ようです。  昨年のクリスマスコンサート後のパーティで、プロを目指す人たちは、休みの日に1日 10時間を目標に練習しましょう!と呼びかけたところ、年末に中学生から、 「先生に言われたので8時間半練習しました。」 「毎日8時間やっています。」 という嬉しい報告を受けました。  3人の息子を東大理Vに合格させたお母さんによれば、冬休みは1日15時間勉強しなければ いけないのだそうです。流石に、楽器の練習においては1日10〜12時間が限界。開設32年の ソレイユ総合音楽教室ですが、「10時間練習しましょう」、と呼びかけて、 「はい、やっています!」 と答えてくれた生徒さんがいたことはなく、子供たちが素直な時代なのか、偶然そういう子たちが 揃ったのか、皆が競って頑張るという気運が高まっているのか、いずれにしても喜ばしいことです。  長時間練習できると、物理的に沢山の曲に取り組めるようになります。  ピアノやヴァイオリンの曲などは30分を超える曲がありますが、少ない練習時間だと納得の いくところまで細部に磨きがかけられません。  1曲3分くらいの練習曲なら1週間で4〜5曲仕上げていくことができるでしょう。  ピアノなら、指の訓練のためのメソッド(ハノンなど)、練習曲(ツェルニーなど)、バロック (バッハなど)、それ以外の古典、ロマン派、近現代の曲、というように、大まかに区切って 4種類の分野の曲を並行して練習する必要があります。できない箇所をできるように、例えば、 ゆっくりと、リズムを変えて、音形を変えて、など工夫する、先生に言われた音質や曲想になる ようによく聴きながら繰り返し練習する、全体的な流れを掴む練習をする・・・等、時間を掛ければ 1曲ごと丁寧に仕上げることができます。  長時間の練習は慣れでもあるのですが、やり始めよう!と決心する時には気合いが必要です。   仕事のコツは気合いだ   女にモテるコツは気合いだ   男にモテるコツは気合いだ   大概のことが上手くいかないのは   気合いが足りないからだ        斎藤一人      (この方がどんな方かは知りません・・・)   言われていること以外に   自分で何をするかです   それを苦痛と感じるかどうかが   一流になるかならないかの   分かれ道               井村雅代      (リオデジャネイロ五輪・シンクロナイズドスイミングヘッドコーチ)   人生は氣合いで生きてゆくんだ     加藤カヅエ   (女性初の国会議員)      加藤カヅエさんのこの言葉は男のお孫さんのお節句祝いの色紙に書いたもの。お祖母様の 男の子への力強いメッセージです。  それにしても皆さん、相当気合いを入れて生きている感じがしますね。  言われて直ぐに立ち上がり練習を始めた生徒さんたちの波に乗って、今年、皆さんが前向きな 気持ちで練習に取り組んで下さることを期待しています。

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12月5日(土)『コウノドリ』『のだめ』の効能
 ソレイユニュース巻頭エッセイが今月で200号となりました!  1999年5月にスタートして以来、17年近い歳月を経たことになります。  その時々で目に止まった “何か良いこと”を皆様にお伝えしたいというのが 書き始めた動機でしたが、ネタが尽きることなく続けることができたのは、月1回 というペースが丁度良かったからでしょう。  “書く”という機会を与えていただいたお蔭で、書き続けることができ、続ける ことができたお蔭で、書くことがおっくうにならなくなったというのは、幸せな ことだと実感しています。  近頃『コウノドリ』というテレビドラマが話題です。  「『コウノドリ』ってドラマ知ってる?僕のお父さんのお仕事と同じなんだよ、 先生見てよね。」  小学生の男の子が報告してくれました。それ以外にも色々な方から『コウノドリ』に ついてのお話を伺います。  今、家にテレビが無く(本当!?と驚かれる)、どうやって話題について行こうかと 思案していたら、今は探せばあるのですね・・・、インターネットにGYAOという映画や テレビの配信サイトがあって、早速見てみました。  舞台は病院の産婦人科。産婦人科医と助産師、新生児科(NICU)や周産期センターの 医師を中心とする医療スタッフが主な登場人物で、出産に関しての様々な難問が取り上げ られています。  未受診妊婦の出産、14才の女の子の妊娠と出産、交通事故に遭った妊婦の出産、 未熟児の出産、不妊症、妊娠中の風疹罹患による赤ちゃんの白内障と心臓疾患、助産院 での出産、胎盤早期剥離の手術等々。  現場を充分に取材したと思われるリアリティがあり、密度の濃いストーリーにグングン 惹きつけられていきます。  自分自身の出産体験は1回で、出産経験者と胸を張って言える立場ではありませんが、 昔から出産には非常に興味があり、子供がお腹に宿る前から出産に関する本や記事など よく読んでいました。安全に出産するための準備方法、また、自然に産むための出産時の 呼吸法や心得など、助産院の先生に数回特別に出産教室を開設してもらい、数ヶ月前から 通って出産の勉強もした程です(そこで何人もの出産をビデオで見せて戴いたので、 誰よりも沢山出産した気分でした〔笑〕)。  昔に比べ、出産で亡くなるお母さんも赤ちゃんも減ったのは目覚ましい医療技術の発展に よるもので、本当に素晴らしいことです。ただ周りの環境に恵まれ過ぎているために、 妊婦さんたちが、出産を受動的に捉え過ぎている、というドラマでの指摘も頷首できます。 出産を“産ませてもらうサービス”と受け止めている、と言ったらよいでしょうか。健康な 赤ちゃんを産むために、そしてなるべく自然に出産できるように、事前の主体的な勉強は 大切なことだと思います。  このドラマの中では数百グラムの赤ちゃんが登場します。出産シーンの赤ちゃんも生後数日の 新生児が出演しているそうで、そのリアリティに驚きの連続です。産まれて直ぐの新生児は産科に いるので、産婦人科には新生児科の医師も頻繁に出入りします。  僕のお父さんのお仕事!と言った小学生のパパはここで登場です。  ドラマを通して、夜間も働き続け人の命を救う病院の先生たちの姿を見ると、頭が下がります。 小学生の男の子が“僕のお父さん”の仕事の現場を知り、誇らしげなのは素晴らしいことだなあ と思います。  主人公サクラは産婦人科医師でありながら、Babyというアーティスト名を持つピアニストでも あります。緊急のベルで呼ばれると、たとえ本番中であろうと本番を中断して病院に駆けつける ため、ライブは貴重で、その正体は謎につつまれているという設定。  出産時に母が亡くなったため児童養護施設で育ち、施設の先生(先生役がジャズピアニストの 綾戸智恵!!これが本当だったら上手くならないはずはない!!)からピアノを習ってピアノが上達し、 医師兼プロピアニストになったという役柄は、生徒さんたちの向上心に火をつけたようです。 主人公が男性のためか特に男の子たちが、将来医師になってプロピアニストにもなる、とか、僕は プロヴァイオリニストになる、と言ってくれるのは嬉しいは反応です。  以前『のだめカンタービレ』というドラマに感化され、ピアノ人口が増え、音大に進学した 人たちが何人かいました(この時は主人公が女の子だったので感化されたのは女子たちでしたが・・・)。  あの刺激がなかったら、あの子たちはあのように頑張って音大には進まなかったのかもしれない と思うと、着火剤は必要なんだわ!と思う次第です。  早くも2015年は今月を残すのみとなりましたが、今後もソレイユニュースはまた新たな気持ちで 続けてまいります。どうぞご期待ください!  皆様、よいお歳をお迎え下さい。

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11月7日(土)やる気と熱意〜バレエの場合
 最近、やる気とか熱意について考えることがあります。  プロを目指して修行中の人たちにはその燃えるような気持ちが不可欠ですが、 練習を重ねていくにつれて当初の情熱が消えてしまうこともあり、熱い思いを 消さずに優れた能力を伸ばし続けて行くにはどうしたらよいのか、私たちは いつも考えています。  先日、バレエのDVDを2本購入しました。1本はジュニアのための世界2大 コンクールの1つと言われているユースアメリカグランプリ(YAGP)の出場者を 追ったドキュメンタリー映画『ファースト・ポジション』、もう1本は名門パリ オペラ座バレエ学校の1年間の生活を撮った『未来のエトワールたち』。  YAGPは世界6ヶ国で予選が行われ、毎年出場者が5000人を超える大規模な バレエコンクールで、上位の人たちは世界各国のバレエ団への入団やバレエ学校の 奨学金などが約束される、バレエダンサーの登竜門です。  映画の中で追うのは、幼児期より運動能力に優れた金髪で美しいアメリカ人の 11才の男の子、日本人の教育熱心な母を持ち、学業はバレエのため通信教育に 切り替えた12才のアメリカ人のハーフの女の子、シエラレオネの内戦で親や先生を 目の前で殺害された過去を持ち、白斑のため差別され、その後アメリカ人の養子に なった14才の黒人の女の子、貧しさから抜け出すために両親の熱い期待を背負って、 単身アメリカで修業するコロンビア人の16才の男の子、ニックネームが“バービー”で 美しさと経済的豊かさ、身体能力、何一つ欠けているようには見えないアメリカ人の 17才の女の子、の5人。  同じ志を持つ5人ですが、この極端な生育環境の違いは、まるでドラマを見ている ようです。唯一共通するのは驚く程の練習量。 この映画が撮影されたのは2010年で、その後5年経った現在の彼らを追跡することが できます。  このコンクールの審査をするのは、パリオペラ座バレエ学校の校長をはじめとする、 世界第一級のバレエ団やバレエ学校の先生たちです。世界中から集まった若いダンサーに 何を求めるのかという質問に対して、技術、芸術性、音楽性(リズム感等)は勿論のこと、 何より大切なのは熱意だと口を揃えて答えていました。  もう一方のパリオペラ座バレエ学校のDVDは、毎年1000人から選抜される合格者 20人ほどの入学式から始まります。入学試験では柔軟性、身長等、厳格に定められた 基準をクリアするのは勿論のこと、意志の強さや熱意を見出すことが大切と、試験官は 語っていました。  入学後、彼らはフランス国家による理想的なバレエ教育が受けられます。自らの上達度の 低さから弱気になるのか、認められないためにイヤになるのか、他の子と自分を比べて やる気が消えるのかは分かりませんが、精神的にぐずぐずになり、情熱を失っていく子が 結構いるのは驚きです。学年末の試験で毎年何人かは落とされ退学になります。  持って生まれた高い能力と理想的な環境だけでは、意志の持続が難しい、と思わせる ドキュメンタリーです。  YAGPの5人の現在がどうなっているか、興味のあるところでしょう。  シエラレオネ出身の黒人の女の子は、その生立ちとコンクール歴が全米で有名になり、 本も出版され(日本語訳もあり)、現在オランダ国立バレエ団の団員になりました。 コロンビア出身の男の子は奨学生となったロイヤルアカデミーを修了し、現在イングリッシュ ナショナルバレエの団員に。  この2人は逆境が意志力を強めた例といっていいでしょう。  日本人とアメリカ人とのハーフの女の子は、その後ヴァルナ国際とモスクワ国際で優勝して コンクールキャリアを重ね、今年からバーミンガムロイヤルバレエの団員になりました。 母親との協調関係が、この女の子の前向きな意志を持続させているようです。  理想的な運動能力を持つアメリカ人の男の子は、世界中のバレエ学校からのオファーを 受けながら、アメリカでレッスンを受け続けています。YOU TUBEなどで見ることができる 現在の彼は、美しく鍛えられた身体を持ちながら、つまらなそうに踊っている表情が印象的 でした。高い志を持ち続け、大成してほしい人材です。  バービーちゃんはどうなっているか?柔軟性の高い身体、金髪で美しい容姿、恵まれた 経済環境の彼女には、本番で必ず失敗する、という精神力の弱さがありました。学校で チアガールをしたり、ボーイフレンドと遊んだりという楽しみもあり、精神力の弱さ、 やる気の欠如を努力で補うことなく、バレエを辞めました。    逆境の2人のギラギラと輝く目、ハーフの子のニコニコ可愛らしい笑顔が印象に残る映画です。  のんびりとそれなりに生きるのも幸せなことでしょうが、強い意志を持ち続けて生きる 彼らのような生き方は、計り知れない魅力に溢れています。

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10月3日(土)今日は素敵なクリスマス
 本棚を整理していたら10年前に刊行された雑誌が出てきました。  その中に掲載されている巻頭エッセイを読み、10年前、滂沱の 涙を流したのを思い出しました。  結構知られている話なのでご存知の方もいらっしゃるかも知れません。 小学校の女性教師の経験談です。   その先生が5年生の担任をしていた時、服装が不潔でだらしがなく、  どうしても好きになれない少年がいた。その年の中間記録には、少年の  悪いことばかりを記入するようになっていた。   ある時、少年の1年生からの記録を目にし、書いてある内容に驚く。   1年生、「朗らかで友達が好きで人にも親切。勉強もよくでき将来が  楽しみ」、2年生、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻  する」、3年生、「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠り  する」、3年生後半、「母親が死亡。希望を失い悲しんでいる」、4年生、  「父親は生きる意欲を失いアルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」。   先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた少年が突然深い  悲しみを生き抜いている生身の人間として立ち現れた、と先生は感じた。  放課後、一緒に残って勉強していかないかと声を掛けると、少年は初めて  笑顔を見せた。それから毎日熱心に予習復習を続け、少年が初めて教室で  手を挙げた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始め  ていた。   クリスマスの午後、少年は先生に小さな包みを渡した。香水の瓶が入って  いた。亡くなったお母さんの物に違いない、と先生は思った。それを一滴つけ、  夕暮れに少年宅を訪れると、少年は飛んできて顔を先生の胸に埋め、「ああ、  お母さんの匂い!今日は素敵なクリスマスだ!」と叫んだ。   高校卒業時、その少年からカードが届いた。   そこには、「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって  とても幸せでした。お蔭で奨学金を貰って医学部に進学することができます」と   書いてあった。   10年を経て、またカードが届いた。そこには先生と出会えたことへの感謝と  父親に叩かれた経験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう  締めくくられていた。   「僕はよく5年生の先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を  救って下さった先生を神様のように感じます。大人になって医者になった僕に  とって最高の先生は、5年生の時に担任してくださった先生です」と記されていた。   そして1年後、結婚式の招待状が届く。その招待状には、「母の席に座って下さい」と  一行、書き添えられていた。  聖心女子大の名誉教授でクリスチャンである鈴木秀子先生が小学校の先生を されていた時代の実話です。  この話を初めて読んだ時、先生である以上、各々の生徒さんの心を理解し、 温かく接し、良いところを伸ばしていってあげられるこのような先生でありたい、 と思ったものです。  このエピソードは時折、心の中にフラッシュのように蘇ってきて、日々の反省の 材料になっています。  このエッセイは、藤尾秀昭著『小さな人生論@』(致知出版社)に掲載されています。  私に関わった方の人生が、よい方向に変わっていくお手伝いが出来れば…そういう 人生を歩みたいと思っています。

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9月5日(土)ピアノのお稽古はHQの向上効果大!
 先月号でドーパミンの分泌と練習成果の相関関係について 取り上げました。  元々子供はドーパミンの分泌量が多いので、嫌々練習しても 効果があるという、あのレポートです(笑)。  今月は脳科学者澤口俊之氏がテレビ『ホンマでっか!?』で 発言して話題になった、“ピアノは脳にいい”について書いて みましょう。  学術的に証明されている限りにおいて、ピアノほど脳に良い 習い事はない、と澤口氏は断言しています。ピアノを習うことで、 ピアノが弾けるようになるというスキルだけが身に付くだけではなく、 他の習い事にはない幾つかの優れた効果をもたらすのだそうです。  まとめて言うなら“ピアノは地頭を良くする”ということ。 どういうことかというと、脳の構造を劇的に変える効果がある、 ということです。  具体的には、前頭前野が構造的に発達しHQの長期的な発達に 繋がる(HQについては後述)、脳梁が太くなり左右の脳の バランスが良くなる、小脳が大きくなり運動機能や知的機能、 感情的機能もアップする、海馬が発達し記憶力がアップするので 学力向上に繋がる、などなど。  脳の機能を全体的にレベルアップすることができるので、 学問だけでなくスポーツにまで効果を及ぼすというのだから 本当に驚きです。  ピアノの何が脳の発達に効果をもたらすのか興味深いところですね。  ピアノは両手を並行かつ複雑に使いますが、その使い方は左右で 全く異なります。これが他にない非常に高度な行為なのだそうです。 その上、演奏と併行して楽譜を先読みしたり、暗譜して演奏したり する、いつも私たちが何げなくやっていることは、言葉で表すと この上なく難しいことなのだということがわかります。  スキル以外に能力(アビリティ)まで得られる習い事はピアノ以外 殆どないということで、先程述べたHQの向上にも目覚ましい効果が あるのだとか。  IQは一般的に知能の度合いを表す指数ですが、HQは潜在能力 (知恵を育てる能力)の度合いを示す指数です。HQとは、夢や 目的に向かって適切に行動する能力である“未来志向的行動力”と、 理性・思いやり・協調性を身に付けて上手く生きる能力である “社会関係力”のことで、HQの向上は、夢の実現や社会的成功、 良好な恋愛関係や結婚生活、更には運動能力や器用さ、言語能力、 IQの向上にまでも繋がるのだそう。  子供達にとって、学力や言語能力、運動機能が向上すると聞くと 心弾むでしょうが、“良好な恋愛関係が築ける”ってところが 大人にはなんとも魅力的ですね(笑)。  夢の実現と社会的成功という点において、ソレイユの先生方や 学生時代の友達、音楽関係の知人などを見ていると、皆楽観的で 明るいので、その明るさが夢の実現に繋がる元になっている気が します。HQ度が高いというのは“楽観的で根が明るい”という ことなのかも……、というのは私の考えです。  いつピアノを習うと効果的なのか、皆さん知りたいところでしょう。  HQを高めるには5〜8歳頃がより効果的で、週一回40分の レッスンで効果が現れるのだそうです。4ヶ月くらいで効果が 現れ始め、脳の構造を変えるには2年が必要。後はやればやる程…… という継続期間との相関になるそうです。  大人になっても効果が望めるということですから、大人の皆様も 夢の実現や社会的成功、良好な恋愛や結婚が現実のものになる 可能性大ですね(笑)。 冗談は兎も角として、習い事の王道、ピアノを、嫌でも習って 脳構造を改善しましょう!(とはいっても嫌々習うのなんかご免ですね〜。)  ソレイユの素晴らしいピアノの先生方に習って、可能性を広げることをお薦めします!  秋からピアノ、いかがですか?

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8月8日(土)練習とドーパミン
2015年ソレイユコンサートに出演なさった生徒さん、大変お疲れ様でした。  初出演の方たちも堂々とした良い演奏を聴かせてくれました。  皆さんの演奏から、コンサートに向けてどのような練習をするべきか、そして 本番にはどういう心構えで臨むべきか、ということを深く理解しているのが 伝わってきました。  音楽のプロを目指している人もそうでない人も、真剣な面持ちで自分の最大限の 力を発揮している姿は美しいものです。集中し、自分の一番良い演奏を披露しよう とするその意気込みが、聴いている人に感動を呼び起こします。今年もそういう 演奏でした。  終演後の写真撮影の時、演奏を終えた面々を見て、毎年皆さんの頑張りに泣いて しまうのですが、今年も涙を抑えることができませんでした。  リハーサルで上手にできず先生方に注意されてへこんでいた人、何回も呼び出され 練習を一緒にした人も、本番まで練習を重ね、素晴らしい演奏をしてくれましたし、 やる気スイッチが入っている人たちは、昨年を凌駕する息を呑む演奏をしてくれた のも嬉しい成果でした。  リハーサルが上手くいってしまったせいでしょうか、本番に間違えてしまい、 自分の出来に満足できず、苦い顔をして舞台袖で固まっていた子もいました。 納得いかなかった様子でしたが、気持ちを切り替え、次の出番では見事に リベンジを果たしたのは頼もしいことでした。ソレイユコンサート後の レッスンの時、次回のクリスマスではこういう失敗をしないんだと、本人が クリスマスコンサートの曲目を決めてやる気になっていると聞いたときには 思わず笑ってしまいました。本番が決められなかったのが余程悔しかったの でしょう。  練習に付き合って欲しいと自主的に申し出てきて、何回か本番前に見てあげた子は、 リハーサル時の自信の無さそうな演奏から一変、ミスもない上、実に勢いがある心の こもった演奏を聴かせてくれました。自らの上達度に満足するものがあったのでしょう。 中学に入ってからも続ける、とお母様に言ったそうで、達成感を得られやる気になったのか、 嬉しい成果です。  “褒め上手は育て上手”等の本が子育て本のベストセラーになっています。 欠点の指摘をしたり、叱ったりせず、良い点だけを褒めて育てる教育方法を 良しとするものです。  勿論、褒めるべき点は私も充分褒めるようにしていますが、明らかに不足 していること、またモラルに反する行いについては、年齢にもよりますが、 レッスンの中でもきちんと指摘するようにしています。  日常やレッスンの中でちょこちょこ褒められて得られる達成感も嬉しいもの ですけれど、本番に向けて出来ないところを指摘され、練習し、出来なくて 泣いたり等の数々のハードルを越えた後、本番で素敵な演奏ができた達成感ほど 爽やかな喜びはありません。もうこれはやる気を出させるための策略とか指導の 次元を越えた、自分自身で得たものだからでしょう。いつもこの覧で述べています が、この達成感を味わうことは、音楽の枠に留まらず人生の質の向上に繋がる、と 私は思っています。  “頑張ると良いことがある”ということを自らの経験で掴み取ると、 嫌々やっていた練習にも喜びが感じられるようになります。練習が好きで たまらない、などという人は子供に限って言えば今まで出会ったことが ありません。しかし、一度喜びを味わった人は、“練習は面倒臭い”と いう気持ちが薄らぐものです。  習い事をするとき、嫌々やっている場合と喜んでやる場合の効果の違い について、脳科学者澤口俊之氏が次のように述べています。  「楽しんでやる方がやはりより効果的です。ドーパミンが出た状態 (喜びを感じながら行う…)でないと基本的には効果は望めないからです。 しかし、子供は元々ドーパミンの数値が高いので、訓練と思って取り組んだり、 嫌でも取り組んだ方が良いと思います。」  子供は嫌でもやった方が良い・・・、のだそうですが、達成感を得、喜びを 知った後で行う練習は、より効果的ということです!  ドーパミンがドクドク出た状態で練習する次のコンサートが 楽しみになってきましたよ!

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7月4日(土)危機感を持って子供の教育を!
 子供たちの教育、日本の将来について考える時、 ヴェネツィア共和国の存亡を描いた塩野七生氏の 大作『海の都の物語』を思い出すことがあります。  塩野氏は、地中海世界を中心とするヨーロッパ、 オリエント(主にトルコ周辺)史を書いてきた作家 です。国が誕生する起源、栄華を極めた理由、消滅 するに至った経緯などを、国同士の政治的な駆け引き、 戦争の原因と戦略、また経済状況に絡め、雄大かつ 繊細に物語を展開しています。  国境の定義が今日のように決定していないその昔 (今日でも勝手に国境を変更しようとする国もあり ますが…)、力を持つ国がその国境を自由に拡大して いました。塩野氏の著作には、国土を失わないための 色々な知恵が、ところかしこに散りばめられています。  様々な知恵の中でも、『海の都の物語』において 特筆すべきは、国を維持する根本となる経済活動の 特異性です。  貴族が特権階級として君臨し、その地位に甘んじる ことなく、若い頃、一般国民と一緒に船に乗り貿易を 行う商人として働く習慣がありました。干潟(ラグーン)に 杭を打ち込んで都市を構築した、文字通り“海の都” ヴェネツィアには、海産物以外の資源はなかったから です。  ヨーロッパ中から集めた品物をオリエントに船で 運んで売り、逆にオリエントで仕入れた品々を ヨーロッパに運んで売る、という貿易業で成り立っている 国でした。  海水の通りが良くなるよう手をかけなければ 沈下してしまう国土を、公共事業によって整備し、 動きを止めると死んでしまう海の中の魚のように 国民が働き回って国を維持している…、そんな印象を 受けます。  資源がない国というと思い出すのはここ日本。 掘削すれば石油やシェールガス、鉱物が出て、 他国に売ることで外貨が稼げる国と違い、日本が 外貨を稼ぐには、他国の人達が欲しがる製品や サービスを作り出し、高い技術を習得する必要が あります。  今日本の学校で、盛んに理系科目の強化が謳われて いますが、宇宙開発から家電に至る様々な製品、 コンピューター他の新システムの創出など、様々な 製品やアイデアは理科的知識が土台になっていますから、 推奨すべき流れと言えましょう。  新しいシステムを考えることができる頭脳の育成 (大雑把な言い方ですが)は重視すべきことです。 奇想天外な発想はSF小説、また歴史や古典を読む ことで閃くかも知れません。言葉を駆使した文系の 勉強も勿論大切です。  何となく豊かなこの日本で、のんびり教育を受けて、 何となく就職し、人並みに生きる――特にここ太田市は 各種の産業が栄え、他の都市に比べて就職先も多く、 人々がそれなりに豊か――、これは有難いことだけれど、 よく考えてみるととても危険なことなのではないかと思う のです。  『Babyソレイユ』のクラスで、0歳からの子供たちに 接し教育のお手伝いをしていると、子供の吸収力、成長の 度合いにいつも驚かされます。  様々な刺激を与え、好奇心の芽を伸ばしてあげると、 どんどん色々なことができるようになっていきます。  小さい頃から歌ってあげると歌が上手に、笑いかけて あげると良く笑い、話しかけてあげるとよく話すように、 本を読んであげると本好きになる、といった具合に。 一人として例外はありません。  ピアノやヴァイオリンを通して、毎日少しでもよいから 練習する習慣をつけてあげると、個人差や男女の性差は ありますが、小学校3年生ぐらいになると、楽器の練習も 勉強もするのが当たり前と思うようになり、それに順応 できる体ができてきます。  音楽の技を積み上げて、それこそ海外で活躍する(外貨を稼げる) 音楽家になる道も開けていくことでしょうし、日々同じことを 繰り返す習慣と体ができると、その後どのような分野に進んでも 自分の力で生きていけるようになります。積み上げてきたことが、 ある時から増幅され、目覚ましいエネルギーに変化するようになる からです。  国の根幹が覆される出来事がなく一生を過ごせれば大いに結構ですが、 子供は育て方で持てる力を充分に発揮できるようになるのですから、 声高に、危機感を持って、教育の充実を喚起していきたいと思っています。

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6月6日(土)体のお守りは上手にしたいものですね……
 無理をして頑張るのにも程がある――、先月の経験から得た教訓です。  仕事をし、幼児だった息子を育て、介護認定4の母を自宅介護していた時に 身体が悲鳴を上げ、左上半身と右下半身が1年間麻痺したこともあったし、 イタリア留学から帰国した時の無理が祟り椎間板ヘルニアで8ヶ月間動けなかった こともあったし、大学院受験前に泥縄式で勉強した時も試験が終わった途端、 結膜炎、中耳炎、喉頭炎にいっぺんに掛かったし、譜が読めずピアノを弾いたこともない 受験生を高2の終わりに引き受けて国立音大に合格させた時も疲労で立ち上がれなくなった等、 無理をすると身体が悲鳴を上げるのは幾度も経験しているはずなのに(私の病歴を列挙しても 全然楽しくないですね!)、喉元過ぎれば熱さを忘れるの諺通り、このくらい大丈夫だろうと、 昔のことはすっかり忘れ邁進してしまうのはどうしたものかと反省することしきりです。  幸いいつも症状が分かり易く表面に出てくれるので、ここが限界と自覚し、それでセーブして 今まで生きてこられた感じですけれど。  手足が麻痺しようが、体の何処かが炎症で痛かろうが、頑張った自分への勲章と思い、 別段今までは仕方ないとやり過ごしていたのですが、今回は突然舌の左側が動かなくなって、 これに心底ショックを受けている自分に驚かされました。舌から喉奥まで繋がっている 左側の声帯も動かぬまま。声楽家としての活動を中心に生きているのではないのに、声を失う かもしれないという恐怖は、想像していたのよりずっとずっと深いショックでした。  のんびりできる時間に考えているのは、周りの人達がより幸せで心地よく過ごすには どうすればよいか、ということばかり。ソレイユの生徒さんたちが楽しく音楽を学べ、 楽しいだけでなく実力も向上する(受験生は志望校に合格する、コンクールに挑戦する人には 入賞する)よう、笑顔と希望でいっぱいの空間をつくっていきたいとか、先生方がより明るく 意欲的にレッスンができるようバックアップしたいとか、家の中では、楽しい会話がいっぱいで 美味しいものがあって笑いが絶えないようにしたい(とはいえ髪逆立てて息子を叱っている日々 ではあるのですが…)とか、自分以外の人の幸せを考えていることに何の不足も感じないので、 久々に自分のことを振り返ることになってみたら、声帯が動かないことへの喪失感の大きさに 愕然としたのでした。  歌を歌うことは私の人生修業そのもので、年々色々な技術を獲得し積み上げてきた私の作品です。 声変わりの最中の13歳の時、カスカスした声でレッスンに通い始め、30数年掛けて今の歌い方を 獲得してきました。  今回は10日程で自然治癒し、また元の状態に戻ったので幸いでしたが、このまま回復しなかったら、 これからどう生きていこうか、心のよりどころをどう見つけていこうか、と真剣に考えました。  苦楽を共にしてきた相棒を失う時、その現象をどう捉えたらよいのだろうかと、考え方を試されたような 10日間でした。  いつもヘラヘラと生きているようですが、時には真剣に人生を考える時もあるのですよ。  本人にとって辛くて仕方がないことでも、暗い顔をしていると場が暗くなり、周りによい影響を与えない、 ということも経験しました。周りの皆さんも一緒に暗くなってしまったのは申し訳ないことです。  ケガをして病院に行かない作家、沢木耕太郎氏と、女優、高峰秀子氏との対談を読んだとき、こんなことが 書いてありました。  高峰秀子氏が 「ケガをしたのだったら病院に行って早く治しなさい。痛いのはあなただけではなく、家族や周りの人達、  皆が同じように痛いのですから」と。 1人が病気で苦しんでいると、共鳴し合っている人たち皆が同じように苦しみを感じてしまうものなのですね。  誰でもそうでしょうけれど、病気になった、体が動かない、という理由でそうそう仕事は休めるものでは ありません。  時間を見つけて休息を取り、体のお守りを上手にしていきたいものです。周りの方々の温かさと思いやりに 助けられた5月でした。    すっかり良くなり心からの笑顔で皆さんをお迎えできそうです!

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5月2日(土)凄いピアノが……FAZIOLI !!
“評価が固定している分野で新境地を開拓−−。”  言葉で述べるとさらっとこんな風なのですが、実は幾重にも重なる固定観念を覆した 現代の偉人、パオロ・ファツィオーリ氏をご紹介しましょう。  “ファツィオーリ”と聞いて、あ!と思う人は余程のピアノフリーク。  イスラエルのテルアビブで2014年に開催された『ルービンシュタインコンクール』 での“事件”で一躍有名になったピアノメーカー名です。  イタリアで生活していた時、自宅に置くピアノをレンタルするためピアノショップに 足を運んだことがあります。日本ではYAMAHAとKAWAIが日本の各都市に専門ショップを 展開していて、ピアノと言えば2つのメーカーの独占状態。今でこそ複数のピアノを 展示しているピアノショップもありますが、そこに置かれているピアノも数社に留まって います。  イタリアのピアノショップで驚いたのは、100坪近い倉庫のような展示施設に所狭し と置いてあるピアノのメーカー名が、置いてある数だけ違っている程多種多様だったこと です。イタリアですからイタリア名のピアノもありましたが、隣国ドイツ他の、名も知らない メーカーのピアノが数多置いてありました。  日本での2大メーカー独占状態しか知らなかったので、世界にはこんな沢山のピアノメーカーが あるのかと心底驚きました。車のメーカーが各市町村ごとに存在するような驚きです。 (流石に車のメーカーはイタリアでも日本に知られている数社だけですが・・・)  ピアノは16世紀にイタリア人クリストーフォリが発明した楽器です。ピアノ(弱音) からフォルテ(強音)まで音量を調節することができる楽器ということで、イタリアでは “ピアノフォルテ”というのが正式名称。なた、実際にそのように呼ばれています。  名称としては長すぎるのでしょうか、他国では前半だけ取って“ピアノ”と呼ばれるのが 普通ですね。  その400年に及ぶピアノ製作の伝統を持つイタリアに、1人のピアノ製作者が出現しました。 それが先に紹介したパオロ・ファツィオーリ氏です。  ファツィオーリ氏は、ペーザロ音楽院でピアノの学位を取り、ノーベル賞受賞者を多数輩出 している国立ローマ・ラ・サピエンツァ大学で機械工学の学位も受領している多才な人。  100年以上の歴史を持つ老舗メーカーが殆どのピアノ製造業界、新参者が入り込む余地も、 未来の輝かしい需要も無いと思われたその業界に、1981年、ファツィオーリ氏は実家の 家具メーカーの一隅から切り込んでいきました。 「いつまでもピアノが変わらないなんておかしい。進化しないと」 という思いで、1音1音がクリアな『オペラの歌声』のような音色を追究しピアノ製作を 始めました。  最先端の音響工学を駆使し設計自体から見直すことは元より、チーク・マホガニーなどの 高級銘木を扱う実家の家具メーカーでの木枠素材の研究の他、木を自然乾燥し完成までに 3年を掛けるなど、手間暇を惜しまない取り組みを重ねた上、最後は自分で弾いて仕上がりを チェックするという、工学士と家具職人、そしてピアニストとしての英知を凝縮した氏の情熱は、 それまでに存在しなかったピアノを造り上げたのでした。  冒頭で述べた『ルービンシュタインコンクール』で、ファイナリスト6人のうち5人が STEINWAYではなくFAZIOLIを選ぶという異例の事態となったことがニュースになりました。  FAZIOLIは2010年からピアノコンクールの最高峰ショパンコンクールで、2011年からは チャイコフスキーコンクールでも『公式ピアノ』として採用されています。  34年という短い年月で、完成型を持つピアノの製作に取り組み、新境地を開拓して、 今まさに世界最高峰に登りつめようとする人が同時代にいるというのは、現代の奇跡と 思えてなりません。  知り合いのピアノの先生のお宅にFAZIOLI製のピアノがあり、その音色にたまたま親しんでいたこと、 また、大学の先輩、野原広子さんがプロデュースしている福井県美浜市のホールに、やはりFAZIOLI F308 (日本にまだ3台しかない奥行きが3mを越す世界最大のピアノで、4本目のペダルは音色を曇らすことなく 音量が減らせるというファツィオーリ氏の発明品です!)が設置されていることでこのピアノの存在を 知ってはいたのですが、4月13日発行の雑誌『AERA』にファツィオーリ氏の記事が掲載されていて、 経歴などを知り俄然興味を持ったのでした。  2013年の年間製造台数は125台、月10台ほどのペースで製作されている文字通り手作りピアノ。  ある1人のイタリア人の理想は、STEINWAY王国であるピアノ界に旋風を巻き起こし、新たな世界基準を 作ろうとしています。    1人の意志は岩をも通す・・・。見事な生き方です。

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4月4日(土)再生する春、爛漫。
 春爛漫。桜が一気に満開になり、雪が降らぬまま春がやってきました。  今年は受験生が多かったためでしょうか、冬の間2度熱を出しました。 一度目の発熱時は休めなかったので、熱が出たまま仕事をして、回復まで 随分手間どりました。  体力の限界まで受験生に付き合ってしまうというような仕事の仕方は、 年齢も年齢なので止めなければと思いながらも、とりかかりはじめると 止まらなくなってしまう性(さが)。  生徒さんは勿論大切ですが、倒れてしまうと息子の面倒を見る人が いなくなってしまうので(夫は北海道勤務!)頑張って元気でいなければ…、 と自分にムチ打つ日々です。  命を削って他人のお子様たちの指導しているので、万が一命を落とす ことがあったら、きっと自分の子は誰かが誠心誠意育ててくれる…とは 思っているのですけれど…(弱気発言)。  受験期はいつもこんな風、もっと手を抜けばよいと思うのですが、 手を抜かないところがソレイユの良いところなので、きっとこのまま いくのでしょう。体がいつまでももつことを願う日々です。  受験が終わって窓から外を覗いてみると、花は満開、新緑は芽吹き始め、 生命の躍動を感じます。  2年前、自宅の庭に植えたアオダモはまだ葉を付けていませんが、同じく 葉が芽吹いていないハウチワカエデの枝は赤く色づき、秋の真っ赤な葉を 連想させます。  先日植えたオトコヨウゾメは緑の葉をサワサワと風に靡かせ、アズキナシと カマツカは水を根に溜め芽吹きの時を待っています。枯れ木のようだった 白い紫陽花、アナベルもかわいい芽を出し始めました。  古かった隣家が解体されたことで、隣接する山が借景となり、山肌の桜が 覗められ“我が家で花見”ができるようになりました。受験生が卒業し、 自然が“お疲れ様”と労ってくれているようで、ひとときの幸せをかみしめています。  50年も生きていると(まだ50歳ではないけれど…)、家の寿命より私の方が 年をとり、幼い頃から見慣れていた近所の旧い家々が取り壊され始めました。 新たな住民さんが新しい家を建て始めています。見慣れた景観が変わるのは 少し悲しいけれど、暖かくなり始めた春に、トンカンと新築工事の槌音が 聞こえるのはなんとも言えない爽やかな気分です。  日本には再生する“春”という季節があるのが良いですね。自然からリズムを 与えられる感じがします。  中国の五行説に基づく考え方から、人生にも4つの期がある、と、昨日読んだ エッセイに書いてありました。  4つの期とは、青春、朱夏、白秋、玄冬(玄は玄米の玄、玄人“くろうと”の黒)。  普通は30歳くらいまでが青春、50歳までを朱夏…と分けているようですが、 人生を玄冬から始まって白秋で終わるとする考え方もあるようで、前半生は修業の冬、 そこで蓄えた精神力と技が、やがて芽吹きの力となり、大輪の花を咲かせ、充実した 稔りの秋で人生を終える…、これぞ理想の生き方と言えますね。  その時々の体力や環境に逆らわずに努力を続け、自然のリズムに添って生きることが できたらよい人生を送れることでしょう。  人生の四季とは別に、毎年繰り返される四季との邂逅。この循環のお陰で、 どれだけパワーを与えてもらっているか計り知れません。  新学期が始まり、ソレイユも新しい時間割がスタートしました。  新しく楽器や声楽のレッスンを始めたい!と思っている方たちにとっては、 まさに始まりの季節到来です。    ソレイユ入室者の80%は、生徒さんや元生徒さんたちからのご紹介による方々 (20%はHPを御覧になって入室された方!)。ソレイユの指導法を良いと感じて 下さり、知人をご紹介いただけるのは、指導者として何より誇らしいことです。  皆様が自信を持ってご紹介していただける指導と体制をこれからも維持し、 更に良い教室となるよう、努力していきたいと思います。  新学期、新たな気持ちでレッスンをスタートさせましょう!       

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3月7日(土)嬉しい春のニュース/「音大卒」は武器になる
 嬉しい春がまた巡ってきました。合格のニュースが続々届きます。 昨年秋から合格者が続出です。  小さい頃、ソレイユの生徒で音大に進学した某男子、自衛隊の “ピアノ専攻男子1名”の公募にエントリーし、見事合格しました。 試験前にソレイユにレッスンに来ていたのですが、ダルビッシュ似で 背の高い好青年は、40倍以上の倍率を見事突破(彼の受験番号が その辺だったのでもっと多いかも知れません…)、一生ピアノを 弾いてお給料を戴けるという何とも恵まれた職業に就くことになり ました。本人はその有難さが分かっているかどうか疑問ですが、 真摯に謙虚に取り組んでいってほしいと願っています。  1オクターブが届かない小さな手で、東京音大ピアノ創作コースに 合格したのは栗原柚莉乃さん。片目が斜視で両目で一度に見ることが できないというハンディを見事乗り越えての合格です。  本当に手が小さくて、その上骨が固く指が開かないため、オクターブが バンバン出てくる曲は無理、バッハやモーツァルト、ショパンの、速い パッセージの曲を情緒豊かに音楽的に弾くことができるようになり、合格と 相成りました。苦手な教科は絶対にやらない、という頑ななところがあった のですが、できないと思いこんでいたことができるようになるに従い、頑なな 気持ちも解け、苦手なことにも挑めるようになりました。  この経験は彼女がこれからの人生を生きてゆくのに何よりの宝物になる ことでしょう。  一緒に頑張ってきた大江有加さんも同じ大学、同じ科に難なく合格! 2人とも、将来ピアノの演奏だけでなく作曲やアレンジなどができる幅広い ピアニストになりたい、という強い意志を持っていたためピアノ創作コースを 受験しました。ピアノ科の枠を越えた様々な経験を積み、音楽家として 羽ばたいていってほしいと思います。  ソレイユ講師の渋川ナタリ先生も、今春受験をし、東京藝術大学大学院 博士後期課程(ピアノ専攻)に合格しました。  大学院を就職までの腰掛け、と認識している人も多いようですが、 東京藝大の大学院は難関です。博士後期課程ピアノ専攻は、昨年合格者無し、 今年6名受験し、2名の合格でした。ピアノ演奏と共に、県立前橋女子高校卒の その頭脳で、かつて無いピアノ演奏領域の研究をし、後世に残る論文をものして もらいたいと思っています。  先日、音楽の友社が出版した『「音大卒」は武器になる』という本を 購入しました。旧富士銀行で人事担当だった就職のスペシャリストが 武蔵野音大の就職課の講師になり、武蔵野音大を卒業する(した)人を対象に、 一般企業に就職させている実績を著した新刊です。  法学部や経済学部を卒業した全ての人が司法試験に合格したり公認会計士や アナリストにならないように、音大を卒業した人全てが演奏家や音楽教諭、 音楽教師にならなくてもいいのではないか、と提起しています。  一般企業に就職する際の音大卒の“武器”、それは、レッスンで先生との 接触が一般の学生とは段違いに多いため、年長者とのコミュニケーションに なれていること、時間厳守・身だしなみ・礼儀が叩き込まれていること、 叱られることに慣れているのでめげない精神力を持っていること、小さい頃から 楽器をやっている人に多く見られる、行動や発想にひらめきを持っていること、 だそうです。そのため一般企業の就職には適任だと述べています。  “演奏家や学校の先生になるのは初めから諦めましょう”、という話の流れは なかなか興味深く斬新です。  音楽の仕事に就けない音大卒者が多いと言いつつも、音楽の世界で勝者に なるための秘訣も書いています。自己マネジメントができ、演奏以外の スキルの高い人になる、ということだそうです。演奏以外に何か他人と違う ものを持っていることを売りにできる人になることが肝心なのだそうです。  私たちはその勝ち組(?)を目指して生きてきたので、初めから卒業したら 一般企業に…という道を薦めるのは余りに安直過ぎる気がしますが、 そういう考え方を持つ人が別の世界からやってきて、新境地を開拓した、 ということでしょうか。  前述した人の他にも、高崎経済大学附属高校普通科芸術コース(声楽)に 赤石咲希さん、武蔵野音大のサクソフォーン科に田島果苗さんが合格しました。 明るい未来に向かって精進を重ねていきましょう!

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2月7日(土)頑張れば必ずできるようになる!
 楽器が上手く弾けるようにならない、勉強の成績が上がらない、 仕事の成果が出ない、自分には才能が無いんじゃないだろうか、 そう思ったことがある人はいませんか。  ペンシルバニア大学心理学教授アンジェラ・リー・ダックワース氏は、 長年に亘る研究の中で、成功者が共通して持つある能力を見つけました。  博士は、27歳の時に経営コンサルディングの仕事から中学教師に転職 しました。中学教師として勤務する中で生徒のIQの数値と実際の成績が 一致しないことに着目しました。  その後大学院で心理学を専攻、様々な環境の中で難しい課題に挑戦する 大人や子供達を研究し始めました。  @アメリカの軍事教育学校《ウエスト・ポイント・ミリタリー・アカデミー》 A過酷な現場で働く教師 B一般企業のセールス担当者 C《ナショナル・スペリング・ビー》の生徒たち、この4つのカテゴリーに 属する人たちを“1番の成功者と、その理由”という共通のテーマで観察 しました。  成功した者が持っていた共通点、それは、知能の高さ、外見の良さ、 身体能力の高さ、という先天的なものでも、学歴、家族の所得、といった 環境や後天的なものでもなく、物事に対する情熱、即ち目的を達成するため、 “長期的継続的努力”ができること、それが唯一の共通点だったのです。  博士は夢や目標に向かって毎日毎日コツコツとそれを数年間に亘り夢中に なって頑張り続けることが、夢や目標を現実のものとする、と述べています。  講演などで保護者や先生方にこの話をすると、 「長期的継続的に努力することが成功を導く、ということはわかるが、  自発的に熱心に物事に取り組む子供に育てるのにはどうしたらよいか?」 「どうすれば子供たちのモチベーションを持続させることができるのか?」 と質問を受けるといいます。博士が、 「それについては正直分かりません。」 と答えると会場は笑いに包まれるそうですが、その後、スタンフォード大学 キャロル・ドゥエック博士が提唱している『グロースマインド・セット』という 考え方を引用し、子供達に、脳と知能の発達について予め学習させた上、 知能は生まれつきではなく、挑戦し続けること、努力することによって 幾らでも伸ばすことが可能である、と教えてから難しい問題を解かせると、 子供たちは難問に対して失敗を恐れず自ら進んで挑戦するようになる、という 研究結果を説明するそうです。  頑張れば必ずできるようになるとあらかじめ知らせておくと、頑張るモチベーションが 生まれ、それを維持させることができるようになるということですね。  何かに挑戦する前に、“長期的継続的に努力することで成功を得る”と 教えられている子とそうでない子では、努力する過程も、そして結果も 違ってくるのだとしたら、教育現場にいる人には是非子供たちに話して あげてほしい考え方です。  長年、音楽教育の世界で生きていると、普通の能力なのに“長期的継続的な努力”を 続けた結果、神の域!と思えるようなレベルにまで到達した方も見てきましたし、 小さい頃にはごく普通の子供だと思っていた子が、他の人達とは比べようもないほど 上達してしまったという事例も見てきています。ですからこの博士の言っていることは 全くもって正しいのです。  幸運なことに私はそのような考え方を持った母親に育てられました。声楽の 才能がそれ程ある訳ではなかった私に、母は声楽を志させたのでしたが、 「努力し続けたら上手になる」と毎日のように言ってくれたお陰で、その言葉を すっかり信じ、努力を続けることだけはできる人間になりました。本来は楽天的で チャランポランな性格なので、こうなったのも母の言葉のお陰です。  母が亡くなった後も、その言葉が常に私の耳元で語り続けてくれていて、何の 不安もなく生きていける礎になっています。  キャロル・ドゥエック博士の研究のように、勇気づけられながら育てられた子と そうでない子の結果が明らかに違ってくるのだとしたら、先生も親も周りにいる人たちも 勇気を与える言葉を常に投げかけてあげるべきです。  皆さんの夢や目標の達成に少しでも寄与できるよう、私は勇気を与える言葉を 投げかけていきたいと思っています。

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1月10日(土) 生きたお金の使い方
 年末の選挙で安倍政権の続投が決定し、様々な法案や政策が審議・決定されて いますが、相続税が増税になる反面、贈与税猶予の期間が延ばされたりするよう です。ソレイユに関連する内容についてピックアップしてみましょう。  住宅取得のための親から子供への贈与税免除(上限有り)のほか、子や孫への 教育費に関し、1,500万円以下を一括して銀行口座に振り込み、教育費に使われて いることが証明される領収書があれば、贈与税が免除されるようです。  毎年100万円以下の贈与税が免除になっていたと思いますが、それに比べると 大分お得感が増します。  祖父母世代の貯めているだけで使われないお金を、お金が掛かる子や孫世代に 譲ることで、世の中にお金を回そうという政策です。  戦後物が無く、食べ物にも困った時代を経験された年代の方々ですが、その後、 経済が順調に成長し、豊かな退職後の人生を送られている方が多いと思います。 (勿論、世間で騒がれているように老齢者の生活保護世帯も増えているようですが…) 年齢が上がり、お金はあるけれど、もう使う物と意欲が無いの…という声もよく聞きます。  一般の国家予算が90兆円の日本の国民の総貯蓄額は、1400兆円です。  これは15年間国を運営することができる巨大な額です。このお金が市場に回らず、 マネーゲームの資金になるだけだったり、ただ銀行に留めているだけでは経済が動き ません。  若い世代が作り出すものを購入するなどして市場にお金を回さないのであれば、 今回の政策のように、購入しなければいけないものも多く、子供の教育にもお金が 掛かる若い世代にお金を回すというのは良い方法だと思います。  亡くなった後、もの凄い相続税がやってきて支払うことが困難だったり、その課税額に 苦しんだりする方を沢山見てきています。亡くなった後、貯めておいたお金を税金払うなら、 貯蓄をジャンジャン回して子・孫の教育のために先に使う方が賢いお金の使い方ではない でしょうか。ましてや、3月から(?)相続税が増税になります。遺された人たちが苦しまない ためにも“貯め方”ではなく“使い方”を考える必要があるのではないでしょうか。  ただ、他人から貰った資金で教育を受けると、真剣さが違ってくるのも事実。自分が 働いたお金で通っていらっしゃる大人の方と子供の生徒さんとでは、取り組み方に違いが あると感じるのは私だけではないでしょう。  若い頃からおじいちゃんおばあちゃんが苦労して生み出してきたお金だということを 子供達によく言い聞かせ、感謝の気持ちを持つことを教えた上で、潤沢な資金を使って 教育を受けさせることができたら、双方が喜ぶ生きたお金の使い方と言えましょう。  教育にお金を掛けるというのは、次の代にも繋がる生きたお金の使い方です。物は いつか消滅してしまいますが、受けた教育は消えることなく、豊かな教養として次世代に 伝えてゆけるものですから。

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1月3日(土)新井瑞穂さん栃木県音楽コンクール入賞
/近藤伸子先生が芸術祭賞・優秀賞受賞!!!
新年明けましておめでとうございます! 年末年始、ゆっくりお休みになれましたでしょうか?  幸先よく、新井瑞穂さん(佐野日大中等教育学校2)が昨年12月、栃木県音楽コンクールの本選で 2位に入賞したニュースから、新年のソレイユニュースはスタートです!  Aさんは小学1年生の時にソレイユでヴァイオリンのレッスンを始めました。 それまで別のところで習っていたようで、弾き方に独特の癖があり、それも直す のに数年を要しました。  ソレイユでレッスンを始めて何年か経った時、ヴァイオリンを本格的に習いたい という気持ちが芽生え、レッスン時間を増やして、末永先生と真剣に取り組み始め ました。  Aさんは年の近いヴァイオリンのお友達と仲良く競いながら、加速度的に上達し、 12月のクリスマスコンサートでもバッハの無伴奏パルティータを見事に弾いてくれ ました。  2位に入賞した直後の写真を直ぐにメールで送ってくれたのですが、2位の トロフィーと賞状を持った不満そうな顔がそこには写っていて、2位だったことに 満足しない瑞穂さんの勝ち気な性格が見事に映し出されていました!“負けず嫌い” という性格は生まれつきのことが多いので、心強いかぎりです!その悔しい思いを糧に、 次なるステップに飛躍していってくれることを期待しています。  今年の努力の成果をここで発表できるのが楽しみです!  ソレイユの講師を務められた後、現在国立音大准教授でいらっしゃるピアノの 近藤伸子先生が文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞されました。  近藤先生は師である高良芳枝先生譲りの、細部まで行き届いた緻密なレッスンを される先生ですが、ご自分への要求度も限りなく高く、そのプログラミングのセンスと、 演奏の完成度の高さは比肩するものなしという高いレベルのもので、以前から私は予想 していたのですが、このたび芸術祭賞を見事、受賞されたことになります。  日本中の秋に催された演奏会の中で、大賞に次ぐ最高の演奏に与えられる賞です!  近藤先生の次回演奏会は11月4日に行われます。ライフワークとされてきた バッハ作品の集大成ともいえるリサイタルです。  今年も良いことが一杯ありそうな幸先のよいスタートです。沢山の努力ができる 幸せな一年となりますように。

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12月6日(土)東京藝大が「飛び級入学」と「早期英才教育」
東京藝大が、高校2年修了時からの大学への飛び級入学と、地方の小学4年〜6年生を 対象に藝大教授が直接出向き指導することを発表し、“藝大が早期英才教育に着手”と 話題になっています。 明治20年、音楽教員・音楽家・音楽鑑賞家を輩出するために設立された東京音楽学校 から続く、保守的な体制に革新の風です。 外国の音楽院や音楽大学を受験する時、そこに年齢制限という壁が立ちはだかります。 例えば、パリ国立音楽院ピアノ科に入学するためには日本の学校をストレートに進学 してきたとしても、大学4年の秋が入学のリミットになります。 以前は年齢制限がそれより若く、パリ国立コンセルヴァトワールへの留学は、日本の 大学を卒業してからでは不可能でした。現在は日本の大学の最後の数ヶ月、東京〜パリ間を 往復をすれば留学可能ですが、飛び級で進学していたら、その苦労がないことを思うと、 これは便利なシステムかな?という気がします。飛び級をした、という優越感が自信につながり、 演奏に研きがかかる…、のもメリットでしょうか? Facebookなどでは、藝大卒業生が色々述べています。1年先んじることが偉大な音楽家を 誕生させることには繋がらない、という意見が殆どでしたが、進む道が様々有り、方向を チョイスできるようになるのは悪いことではない、というのが私の考えです。 “藝大が早期英才教育に着手”する最初の方法は、地方(まずは福岡と札幌)の小学4年生 から6年生に、藝大教授が出向いて直接指導するというもの。地方に教授が足を運び指導する というのは、私立音大が長年行ってきた事ですが、いよいよ藝大お前もか、という感じです。 末永先生がご自身のブログで述べている通り、ピアノ・ヴァイオリンに関して言えば、 小学4年〜6年生では早期英才教育というには遅すぎる年齢です。勿論それまでに音楽の 早期英才教育を受けてきた子たちを集めてのレッスンになるのでしょうが、“早期教育”と 銘打つからには、もっと年齢の下の子たちを対象にしてほしい気がします。小学4年〜6年生では “初期仕上げ教育”というのが正確でしょう。 ただ、新しい風を起こす、という点で、今回の藝大の発表は大いに評価されるものです。 これまで優秀な学生が集まるに任せていた大学が、自らムーブメントを起こし始めました。  日本は資源が殆ど無い国です。各分野の優秀な人材が国の糧になります。外貨を稼ぐことが できる新しいシステム作りができる人材、世界の人々が求める製品を開発するエンジニア、 専門的な職人や他の国には存在しない高度な技術を持つ各分野のスペシャリスト、世界が 必要とするアーチストを育て、国を盛り立てていかねばなりません。  この藝大のムーブメントが、日本から世界の音楽界を席巻する多くの音楽家を出現させる 原動力になることを望んでいます。  近頃、早期教育のBabyソレイユから育ててきた子たちが、小学校高学年になり、いつ頃が 止め時なのか、と相談を受けることが多くなりました。  ピアニストになりたい、とかヴァイオリニストになりたいという子には関係ありませんが、 教養の一つとして趣味的に習ってきた子は、学校の勉強や部活が大変になるだろうと、中学校 入学時を境と考えている保護者の方がいらっしゃるようです。  先日、王子ホールに行った折、王子ホール発行の小冊子に一つの解答がありましたので ご紹介しましょう。  ミュンヘン国際コンクールで優勝したのを皮切りに国際的に活躍するフランス人ピアニスト、 アンヌ・ケフェレックさんのインタビュー記事に掲載されていました。ケフェレックさんは 2人の男の子のお母さんでもあり、その子たちと約束をしている、その内容がちょっとユニークです。  それは、「にこやかで情熱的なピアノの先生に習ったお陰で、自分には音楽がハッピーなものだ という意識が根付いたから、朗らかな先生に師事して何か1つ楽器を習うこと」「自分の兄弟を 見てきた経験から、あまりに早く楽器を止めてしまうと大人になって後悔することを知っているので、 14歳になったら自分の意志で続けるか止めるか選択してもよい」というものでした。  「今のあなたが簡単に習得できることは30歳のあなたでは非常に難しくなるか、あるいは 不可能になる」ということを伝えたいと思い、母親として「大人になったら、あの時無理にでも 続けさせてくれれば、と言わないでほしいと願ったのです」と述べています。また、「人間として 心と頭脳を育て、想像力を高めるために学業と音楽のバランスは大切、文学や美術と音楽の繋がりを 学ぶことも重要」とも語っています。  筋肉を通して覚える技術は、中学時代が大事です。読譜の力は訓練を止めても消えませんが、 演奏の能力は体の成長と共に消えていきます。  「昔ピアノやってたの、今弾けないけれど・・・」にならないために、14歳という線引きは あながちデタラメな年齢ではなさそうです。  12月、高校生以下の生徒さんはクリスマスコンサートの準備、受験生は仕上げの時期に 入ってきます。寒さ対策を入念にし、万全の体制で本番に臨みましょう。  皆様どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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11月8日(土)嬉しいニュース「群馬県教員採用試験」「オーディション/コンクール」
 嬉しいニュースが飛び込んできました。  幼少期からソレイユでレッスンを続けてきた生徒さんが群馬県教員採用試験に 合格したニュースです。  これまで様々な困難を乗り越えてきたのでしたが、試験で極度に緊張して、 思うような結果が出せない欠点を克服し、群馬大学教育学部音楽専攻に入学 したのがついこの間のように思い出されます。  同じ年に、ソレイユ開設当初からの悲願だった東京藝大ピアノ科に、 渋川ナタリさん(現在は東京藝大大学院在籍、ソレイユ講師)が合格し、 2人揃って合格の報告に来た時、当時病気療養中だった私の母(前社長)が、 「ナタリさんの合格よりYさんの合格の方が嬉しい」と、取り繕うことが できない程、はっきり言ったのに焦った記憶があります。母の名誉のために 補足するなら、それ程Yさんの受験準備と試験当日に向けての調整は大変 だったのです。  その後、頑張り屋のYさんは、高校・中学・小学校の音楽と司書の免許を 取って無事に大学を卒業した後、特別支援教育の免許も取得するため、群大の 専攻科も修了し、その後、臨時教員として就職します。  現在の教員採用試験は2次試験形式で、専門教科の筆記試験がある1次試験、 小論文と数度に亘る面接がある2次試験に分かれます。コツコツと勉強する Yさんは1次試験には合格するのですが、上がり屋さんのため臨機応変に 答えねばならない面接が大変苦手でした。  過去の面接で出題された問題集をみてみると、近頃話題となっている モンスターペアレント(無理難題を言ってくる親)への対応に関する質問が 圧倒的に多いのが分かります。また、態度が悪く言うことを聞かない児童・ 生徒たちの指導法などを問う内容も沢山あります。このような質問が多い ということは、現場がそういった問題に直面し、混乱・困惑している ということが想像できます。クレーム処理の達人を少しでも多く増員したい、 という状態でしょうか。  どうすれば子供達が各々の教科に興味を持つようになるか、とか、教科の 習得に成果をあげられる指導方法は?といった学力向上に関することや、 お互いを尊敬し認め合い、仲間意識を高めるクラスにするためには?という ような、より能動的なクラス運営に関する質問を教員の卵たちにしてゆけば、 専守防衛的な現在の教育現場ではなく、指導法に心を砕く、愛情や思いやりの ある先生方が増えてゆくのではないかと考えるのは私だけでしょうか?  Yさんは、ああ言えばこういう、といった類の丁々発止の問答は不得手ですが、 ソレイユの長期に亘る厳しいレッスンに耐えたその我慢強さは並ではありませんし、 どんな時でもいつもニコニコと笑顔を絶やさず、他人の心を和ませてしまう優しさも 彼女のチャームポイントです。  またYさんは、子供達が少しでも楽に覚えられるように、教科が好きになるようにと、 新しい教材を創作し手作りすることを厭いませんし、自分がそうであったように、 できるようになるまで子供達に付き合える辛抱強さもあります。  教育者として、上から畳み掛けることができる性格だけでなく、根気があり、 教育に地道に取り組める優しさを持つ彼女のような資質もくみ上げる採用試験の 幅の広がりを望みます。  嬉しいニュースは続きます。  ヴァイオリンの『小野アンナ記念会 夏のオーディション』に保育園年長の 辻 結理さん、小6の依田しほさんが合格しました。  ロシア出身で、武蔵野音楽大学等においてヴァイオリン教育に尽力され、 多くの日本人ヴァイオリニストを育てられた、最早伝説の人になっている 小野アンナ先生の門下生とその孫弟子の方たちにより運営されている オーディションです。中学生の合格者たちは東京藝大附属高校に進学する 人たちもいるレベルの高いオーディションですから、この合格は価値の高い ものです。  合格者による春の特別選抜演奏会が、来年2015年3月31日、 国立オリンピック記念 青少年総合センター・カルチャー棟 小ホールで 開催されます。  またヴァイオリンの新井瑞穂さん(佐野日大附属中2年)が栃木県音楽 コンクールで金賞を受賞しました。  ヴァイオリンのクラスもこれまでの蓄積がようやく表に出始めました。 小さな達成を積み重ね、大きな達成に繋げていってほしいと願っています。  10年前、この覧で“将来、渋川ナタリさんは素晴らしいピアニストに、 Yさんは素晴らしい教員になると確信しています”と書きました。渋川さんは 新聞を開くと毎月のようにコンサートの広告が載っているピアニストに成長し、 Yさんは努力の末、自分の夢を達成することができました。時間を掛け積み 上げてきたことが形になるということを、また一つ経験させてもらいました。 感慨も一入(ひとしお)です。

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10月4日(土)音楽を習うと人生が変わる
 今年に入りFacebookを始めたお蔭で、旧知の方々との距離がぐっと縮まりました。  私の世代の知人たちの中で、音楽を生業としている人たちのFace book加入率が高く、 昔の友人を検索するとかなりの頻度でヒットしてきます。同窓会でもしない限り連絡を 取り合わなかった友人、知人たちの日常や思考までもが手に取るようにわかるのは驚き です。  社会的なトピックスや思想性を帯びた記事などが、友人たちの興味ある情報として 「シェア」されてきますが、音楽関係者らしく、過去に自分が感動した往年の演奏家の ビデオ(今は何でも入手できる!)や注目のコンサート、楽器の情報やら音楽教育に 関する研究など、音楽に特化した記事が毎日のように送られてくるのは興味深いところ です。  その中から注目の記事を1つご紹介しましょう。  題して『7歳までに音楽を始めると人生が変わるって本当?』(NAVERまとめ)  *ピアニストとピアノ初心者で比較した場合、運動の学習や、力やタイミングの   調節に関わっている脳部位(小脳)の体積がピアニストの方が5%大きい。   【出典『ピアニストの脳を科学する』】  *脳梁の大きさは7歳までにピアノの訓練を始めた人の方がそれ以降に始めた人   よりも大きい。   【出典『ピアニストのための脳と身体の教科書』第15回 練習の生理学 (2)早期教育の効果】  ピアノを早期に始めたり、訓練を続けると、それをしなかった人に比べて脳が大きくなる という研究結果です。  *6歳児を3つのグループに分け、それぞれピアノ、声楽、演劇のレッスンを   1年間受けさせた。レッスンを受けなかった子供と演劇のレッスンを受けた   子供に比べて、ピアノと声楽のレッスンを受けた子供たちの方がIQテストの   成績の向上が著しかった。【出典『ピアニストの脳を科学する』】  *楽器の演奏と運動神経は無関係と思われがちだが、早い時期に音楽を始める人   ほど、わずかな練習時間で初めての運動を正確に習得できた。このような脳の   持ち主は計画実行能力に優れた人物とされ、運動神経が良いのもこのためらしい。   【出典:7歳前から楽器を習っている子は頭も運動神経も良くなると判明 カナダ大学調査】    楽器や声楽を早期に始めると、IQも上がり運動能力も向上するという研究結果です。  これらの研究に対しては、反論も上がっています。  *小さいうちから楽器を習えるくらい家庭環境的にも恵まれているということなので、   その結果成績が良い(にすぎない)。  *自分自身高い教育を受けた親が子供にそうした教育を施すため、子供のIQが高く   なり成績も良くなる。  *音楽を習う子供は収入の多い家庭で育っている。  外国ですと、親の学歴や貧富の差による学習環境の差異は日本以上でしょうから、 このような反論にも頷けるものがありそうです。  しかし、実際この12年間、乳幼児の早期音楽教育を実践してきて、家庭環境の 違いだけで線引きはできないとも言える結果が出ています。  例えば、同じ兄弟で1人だけ早期音楽教育を行った場合、他の兄弟と比べ勉強の 成績も運動の成績も優れた、器用な子に成長するのを何組か見てきています。ご両親 とも運動が苦手なご家庭で、鉄棒も跳び箱も縄跳びもよくできるんです!という姉妹 もいます。  何しろ、早期に音楽教育を受けた子たちが、何でもできる素敵な子供に成長して きているのを実際見てきているので、これらの研究は私の12年間の裏付けではないか と思うほどです。    音楽を習うということは、主目的である音楽技術習得や副産物的な成績や運動神経の 向上を図ることだけでないのは勿論です。  まずは、音楽の楽しさを知ってもらうことが第一なのは言うまでもありません。  これは早期教育に限らず、音楽を習っている全ての人への願いでもあります。  *多くの人々が芸術に関わる社会には恩恵がある。  音楽が溢れる平和な世の中が続くよう、充実したレッスンを続ける毎日です。

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9月6日(土)小畑君が優秀賞/春の茄子に秋茄子の味が
 小畑蒼大君が第38回PTNA・ピアノコンペティション、ソロ部門B級、 東日本埼玉1地区大会において優秀賞(副賞つき)を受賞しました。  小畑君は毎年この欄に登場しているコンクール入賞の常連さんですが、 今年は初めてのPTNA挑戦、今回も賞をいただいて帰ってきました。この コンクールは、全日本学生音楽コンクール(毎日新聞主催)と並び、 日本で最も権威あるコンクールの1つです。地区予選、地区本選を通過した 全国本選では、日本のトップレベルの演奏を聴くことができます。日本人 ピアニストが世界のコンクールで上位入賞している現状からみても、それは 世界レベルといえるでしょう。  小さく区分された日本中の各地区から本選に上がってくるので、 地方からの本選出場者が、オヤオヤ?と思うつたない演奏をする人も いますが、首都圏から上がってきた人たち数人のレベルは、流石、の 一言につきます。  小畑君は激戦地区埼玉県での地区本選で、4〜6位に値する優秀賞 (副賞つき)をいただきました。本人は口惜しくて仕方がない様子 でしたから、次回エントリーする際には、“本選出場”ではなく、 全国本選の上位入賞のレベルまで力をつけて臨んでほしいと思っています。  何が足りなかったのかを考え、次のエネルギーが生み出されてゆく、 という点で、“口惜しい”という気持ちは大切ですね。  これまで、コンクール出場毎に入賞を繰り返し、今回も受賞したのにも 拘わらず“口惜しがっている”小畑君、なんとも頼もしい小学4年生です。 来年に向けて益々の成長を楽しみにしています。  早いもので昨年の30周年記念コンサートから1年が過ぎようとしています。  先日DVDを観る機会があり、せっかく録画したのだから、沢山の方に聴いて いただきたいと、ふと思い立ち、プログラム最後の日本の歌メドレーをYou Tubeに UPしてみました。  ソレイユのHPトップページにも貼り付けましたので、ソレイユのHPをご覧いただくと 聴くことができます。  それとは別に、“花は咲く”だけ切り取ったバージョンも作りました。ピアノ8手連弾の “リベルタンゴ”、ヴァイオリン・ヴィオラの二重奏“パッサカリア”も今後UPしようと 思っています。  今年は雨が多く、早目に季節が進みそうです。梅雨の頃に、秋に多いはずの蚊が 矢鱈多かったことと、雨の降り方が例年にない様相だったことで、秋が早いと予測は していましたが、旧盆を過ぎたあたりから朝晩の気温が下がり、すっかり秋模様です。 運動会を過ぎても半袖でいなければいけなかったここ2〜3年の夏とは随分様子が 違います。  1994年の冷夏だった年、お米が不作で大騒ぎをしました。お彼岸までの暖かさを 予測して作付けされるでしょうから、この1ヶ月の涼しさにはお米作りの方々や、 それをいただく我々も用心が必要かも知れません。  二宮尊徳が、春に食べた茄子に秋茄子の味を感じたため、植えたばかりの稲を抜かせて、 稗や粟を植えるよう指導したところ、その指示に従った農家(お百姓)だけが生き残れた、 という話があります。  二宮尊徳は農業政策の専門家で、私たちのおかれている現在の状況よりずっと、農業に 関わること、例えば天候や天変地異などに敏感だったでしょうが、それでも人並み外れて 尊徳の感覚は鋭かったのでしょう。  そのような話を読んでいたからだと思いますが、今秋の訪れが早いという予想が当たった ことに、一人驚いています。あまり良い予想ではありませんでしたが、その予想が、何か 人の役に立てば、それに越したことはない訳です。そういった自然に関わる現象、状況を 敏感に把握し先を読んでゆく力は(鼻が利く、というのか)、現代においても必要だと 思うのです(自慢?!)。  日本は太平洋の中に辛うじて浮き上がっている島国です。災害にできるだけ遭わず 生き延びるためにも、敏感さは失わずにおきたいものです。  ほどほどの気温の低下を祈る今秋の日々です。

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8月2日(土)追悼マエストロ・ベルゴンツィ
 マリア・カラス、マリオ・デル・モナコ、レナータ・テバルディなどの スター歌手の台頭により、20世紀中盤はオペラの黄金時代でした。 ヨーロッパでの長い戦争が終結し平和を取り戻したこと、録音技術の 向上によりオペラ全曲が録音され、劇場以外でも演奏が楽しめるように なったこともオペラ熱に拍車を掛ける要因だったのでしょう。ニューヨークの メトロポリタン歌劇場が、ヨーロッパの歌手を集め、集客効果をもたらす 派手な宣伝を打ったのも奏効したと言えるでしょう。  兎に角、スターオペラ歌手の一挙手一投足は常にマスコミの関心事で、 モナコ大公とグレース・ケリーの結婚のように、マリア・カラスと テバルディのライバル関係、カラスと船舶王オナシスとの華麗な恋の 行方などが、戦後間もない東の果ての日本にまでも届いていた程でした。  20世紀初めは、まだプッチーニ、マスカーニなど、現在でも劇場の レパートリーになっているオペラを作った人気オペラ作曲家が生きていた 時代で、その劇場チックな感動的ストーリーと感傷的な音楽が相俟って 同時代の人々の心を魅了していました。  イタリア人指揮者セラフィンが、過去のものとなっていたロッシーニ、 ドニゼッティ、ベッリーニなどのオペラを、マリア・カラスという逸材を 得て続々と蘇らせていったのは有名な話です。  これらのプリマドンナオペラは、細かいパッセージのスケールやアルペジオ、 3点変ホの超高音などが頻出し、超絶技巧とその感情表出が要求されます。 この難しい技法を無理なく響かせて歌う方法を“ベルカント唱法”といい、 この時代の作品は総称してベルカントオペラと呼ばれています。ベルカントは、 その後の時代、ヴェルディのオペラでも(といいますが、本質的にはその後の イタリアオペラ総てに必要とされているのです・・・、今となっては全く違う 歌い方をされるワーグナーも、ベルカントを望んだと記録に残っています) 大切に継承され、ヴェリズモ時代の重く押し出すような発声と区別して認識 されています。  そのベルカントの真の継承者として、主にヴェルディを中心に70代まで 世界の檜舞台で活躍したテノールのカルロ・ベルゴンツィ氏が、7月25日 ミラノで亡くなりました。13日に90歳を迎えた直後のことでした。  若い頃は、カラスやテバルディ等と共演し、ミラノ・スカラ座とメトロ ポリタン歌劇場を中心に活躍、NHKが招聘した「イタリア歌劇団」でも 来日したテノール歌手でした。  1986年、63歳のベルゴンツィ氏が日本でリサイタルを行った際には、 ホロヴィッツのような大掛かりな前宣伝はありませんでしたが、60歳を 過ぎていたのにも関わらず、ベルカント唱法の余りの素晴らしさに、日本の 声楽界が蜂の巣をつついた様な大騒ぎになりました。  2001年、77歳での来日リサイタルはもはや伝説になっています。  年齢を重ねても第一線で歌うことができるベルカントの優れた発声法を 習いたいと、ベルゴンツィ氏のもとに世界中から若い歌手が押し寄せました。 日本でのリサイタルを聴いて感動したことと、ベルゴンツィ氏に学んで帰国した 先輩の強い勧めもあり、1991年から92年にかけて、私も氏の下で勉強 するためイタリアに留学しました。  ヴェルディゆかりの地ブッセートで、ベルゴンツィ氏のホテルに缶詰めになって 半年間受講するアカデミア・ヴェルディアーナと、シエナ市の伝統あるアカデミア・ キジアナ(キジアナ音楽院)での2コースの中で、私は2〜3日に1度の割合で 氏のレッスンを受け、その後スカラ座やメトロポリタンで主役を演じることになる 歌手たちの歌を、公開レッスン方式で毎日聴く幸運に恵まれた上、何より世紀の テノール、カルロ・ベルゴンツィの声にどっぷり浸かりました。  これによって、何に気を付けて声を出すか、という発声についての勉強も 勿論ですが、全声種の受講生の歌を聴き、良い声、正しい発声を聞き分ける “耳”が出来上がりました。  世紀のテノールの生活は恐ろしく地味で堅実でした。ご自分が経営する ホテル付のレストランで美味しいものは毎日召し上がりますが(ですから、 非常に立派な体つき!)、ブッセートに馴染む!!地味な洋服を着用、 世界中から集まる美女たちには見向きもせず、糟糠の妻アデーレ夫人と 仲睦まじくいつも一緒、朝はシャワーを浴びながら『愛の妙薬』のネモリーノの 一節「ランラランララン・・」を口ずさみ声の様子を探り、辛抱強く一日中 レッスンをする生活。イタリア男にありがちな軽口をたたいたり、女の子に 優しかったりという陽気な感じではなく(勿論イタリア人なので決して陰気 ではないが・・・)、厳格で頑固、昔気質の父親のようでした。  ですから、人気が出て遊び過ぎ、声を失って道を踏み外す他のテノールの ようなこともなく、70代まで元気で歌い続けられたのでしょう。  ジェームズ・レヴァインからメトロポリタンへのオファーの電話が直接 掛かってきたり、知人たち(有名人がいっぱい!)に直径35pもある パルメザンチーズの1/4!!をクリスマスプレゼントに何十個も発送したりする 様子は、流石、ベルゴンツィという感じでしたけれど……。(アメリカ人が、 あの量のパルメザンチーズを貰って、どうするのだろうかと、心配でしたが……。)  マエストロにお会いするずっと前から持っていた『スカラ座の名歌手たち』 という本に、貧農のパルメザンチーズ職人の家に生まれ、貧しさの中で歌の 勉強をし、バリトン歌手として成功、その後自力で勉強しテノールに転向した と記されています。  努力と厳しい自己管理で世界の宝となり、ヴァイオリンの名器ストラディバリにも その名を冠する、ベルカントオペラの一時代を築いたマエストロ カルロ・ベルゴンツィ。 その栄光の生涯を称え、晩年力を注いだ後進の指導の成果が世界中に広がり、継承されて ゆくことを願わずにいられません。  

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7月5日(土)2014ソレイユコンサート…Baby Soleilの成果現る
 6月22日 (日)、ソレイユコンサート(発表会)及びソレイユ講師 コンサートを開催いたしました。  毎年この覧に感想を書かせていただいていますが、今年も感動で むせび泣く(!?)、素晴らしい内容の演奏会となりました。  今年の出演者の中で特に進境著しかったのは、幼児たち。出演した 6人の幼児の殆どがBabyソレイユからの生徒さんですが、 基礎力の定着が強みとなり、また親御さんの意識の高いことも要因と なって、それぞれに音楽が体からほとばしり出てくる自発的な演奏を 聴かせてくれました。教えられたことを正確に再現するだけではなく、 自分が消化したものを、その子の感性を伴って表現している演奏は、 聴いていて本当に心地がよいものです。  幼児に限らず現在在籍している生徒さんたちは、2回のリハーサル (初舞台の人は3回)を経験すると、ミス(音を間違えたり、転ぶ箇所が あったり、暗譜を忘れたり)は克服されます。以前は、全員をこの段階 までもっていくのも一苦労だったのですが、近頃は、弾けない所が最後 まで残り、特訓が必要だという子は殆ど無くなりました。  これは何故なのかと考えるのですが、恐らく、現在の中学生たちが 赤ちゃん期からスタートしたBabyソレイユの成果なのではないかと 思っています。彼らにはソルフェージュの基礎力があり譜読みに苦労 しないことも一因でしょう。グループレッスンですから、毎週仲間の 前で演奏を披露するのも、演奏慣れする要因の一つとも考えられます。 仲間と一緒にレッスンする中で、皆が仲良しになり、良い意味で ライバル関係が生じているのも向上心に拍車を掛けているといえましょう。  この仲間同志の関係は、Babyソレイユ出身者でない子供たちにも 影響を与えていて、リハーサルやコンサート、そしてレッスン時間が 前後する折々に、同じ学年くらいの子たちの演奏を聴き、触れ合い、 お互いに刺激を受けている様子が見られます。  一緒のクラスでレッスンをしていなくても、著しい成長を見せている子が いる学年では、その子に影響を受け、周りの子たちもどんどん上手になって いることからもうかがえます。お友達の関係って大切なのですね。  ソレイユの子供たちが発表会で音楽的な演奏ができるようになったと 先程述べましたが、これも、やはりBabyソレイユが影響しているのでは ないでしょうか(手前味噌!)。  私は音楽の基本は“歌”、であると思っています。ですから、赤ちゃん期より、 毎週毎週Babyソレイユのレッスンの中で沢山の歌を聴いてもらっている のですが、弟くん、妹ちゃんになると、お母様のお腹の中にいる時から聴いて いることになり、まだ小さいのに長いお付き合いです(笑)。お腹の中から 聴いている子は、歌を歌い始めた時点から、全員、歌っている音程が正確な のですよ!レッスンの中でシューベルトのアヴェ・マリアを歌ってあげた時に、 0歳なのに犬の遠吠えのような声で私の歌と共鳴するようにして声を出して くれた子がいて、胎教って大切なのだと、思ったものです。(その子は完全に 私の声の響きに共鳴してくれていました。しかもちょっと上向きな体勢になって! 本当に犬の遠吠えのようで、生き物の“本能”をみるようでした。)  沢山の歌を聴いて育った子たちが、ピアノでもヴァイオリンでも自然と ニュアンスのある音楽を奏で、歌心たっぷりに演奏している様子をみると、 一朝一夕にはゆかない、積み重ねの大切さ、環境の大切さを思わずには いられません。  楽器の演奏だけではありません。小さい子たちの歌の演奏でも、その積み重ねが 効果をみせています。音域が広く、声量があり、歌心ある歌を楽しそうに歌って くれる小学生の生徒さんたち。高い声も楽々と出し、歌うことの難しさをちっとも 感じさせません。中には詩の内容表現、音域の広さ、声量と3拍子揃った歌唱で 多くのお客様の涙を誘った演奏もありました。大人を泣かせちゃうのですから 本当に大したものです!  今回はチェロクラス開講3年目にして初めてのチェロ演奏もありました。 何を隠そう、先程の遠吠えエピソードの赤ちゃんが小学校1年生になった 姿です。立派に4つのバリエーションが展開する『きらきらぼし変奏曲』を、 ぶれない弓使いで弾いてくれました。  中学生、高校生は、一緒に頑張る同じ学年の仲間に恵まれ、切磋琢磨している 真っ最中。これまで培ってきた感性を表現に繋げられるよう、益々練習に励んで いってほしいと願っています。  完成度の高い音楽的な演奏は聴いている人にエネルギーを与えます。皆さんの 演奏を全て聴いて、疲れが吹っ飛んだ素敵な一日となりました。  出演された生徒さん、保護者の皆様、聴きに来て下さったお客様方、6時間にも 及ぶ長時間コンサートにお付き合いいただき有難うございました!  コンサートが終わった週、まだ6日しか経っていないのに、次のクリスマス コンサートに向けて歌う曲の予約を元気に宣言した子がいます。更に、今日までの間、 4人がクリスマスの曲を決めてしまったのですから驚きですね。今回の夏のコンサートが 上手くできて、周りの方々から褒めていただき、益々やる気になっている面々。 次の目標に向かって目を輝かせているその様子からは、“達成感を得た人は、前向きに 歩み続ける”ことを確実に体現しているのがみてとれます。  大好きな音楽の力を、これからもよい形で伸ばしていってほしいものです。  

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6月7日(土)母親の特権・母親の役割
 『浅利妙峰の母親になるとき読む本』というタイトルの本の広告を 目にしました。  沢山のお子さんを育てながら、代々続く麹屋さんを切り盛りしている 方が書いた本なのですが(まだ読んでいない!)、このタイトルを見て、 そうそう!こういう本が必要なのよ!と溜飲が下がった思いがしました。  音楽教室で仕事をしていると、子供をどのように育てたら良いかとか、 音楽で進学させたほうが良いかどうか等、ウツウツと迷いながら子育てを している方に多く出会います。勿論、全く迷いがないという人はいないと 思いますが、異なる価値観の間を彷徨い色々なことを自分で決められず 揺れ動いている人を目にすると、子供を持つ前に、しっかりとした価値観の 決定、即ち自分自身のアイデンティティの確立を目指すべきだと思えてなりません。  親の価値観を継承していた時代、親子間の価値観の相異は今ほどなかった でしょう。親は自分が育てられたように子供を育てれば良かったからです。 職業や結婚を含め、何においても選択肢が無限にある現代では、親子間の 価値観の摺り合わせが困難になったり、自分が育てられた環境と家庭外の 環境との違いに悩むようになったりしました。  しかし、だからといって、戦前のように限られた価値観の中で生きる方が 幸せ、などというつもりはありません。職業も結婚も生き方も自由に選べる 素晴らしさを手放すなんて、それこそバカげているからです。  それではどうすればよいか    。  多様な価値観がこの世に存在するのだということを知るために、本を読む ことをお薦めします。特に、若い頃は小説を読んで欲しいと思います。 小説には、作者が経験したことや考えたこと、周りの人から訊いたり調べたり したことが、登場人物を通して描かれています。国や時代、登場人物の年齢も 多岐に亘り、普通に生きていては絶対経験できない様々な人間模様を見聞する ことができるのです。どのように考え、どのように行動すると、どのような 結果をもたらすのかを様々なパターンで教えてくれます。  生き方を模索するようになったら、哲学書や伝記を読むのも良いでしょう。 有名な著作を片っ端から読んでいくと、あっ、これだ!と自分の気持ちに ヒットする本に必ず出合えます。  尊敬する人物の伝記を読んで真似をして生きてみるのも1つの方法です。  今では、哲学書なども易しい言葉で書き直されているものが多く、生き方・ 考え方の指針になる本に出合いやすくなっています。  見つけるのが面倒くさい!とお思いなら、ビジネス本やHow to本を手に とってみるのも良いでしょう。ズバリ!知りたいことがタイトルになって いたりして、分かり易いからです。  自分と異なる価値観に出くわしたり、何かに不安を感じた時に、どうやって 切り抜けたらよいかを“本”が教えてくれます。  本を読む以上に必要だと思うこと、それは、お母さんになる前に、母親の役割 について学ぶことです。  戦後、女性は教育を受ける権利、男性と同等に働ける権利を獲得しました。 それは大変素晴らしいことですが、私たち人間は、母親から産まれ、母の乳で 成長するという当たり前のことを、女性たちに伝え忘れてしまっている気がして なりません。それは決して男女平等なことではなく、素晴らしい女性の特権だ ということを。新しく得た権利と同等に“母親の役割”を勉強してほしいと 考えます。子供の身体を育てること、社会性を持った人間になるよう教育を することは、母親の役目です。勿論父親や周りの方々の協力も大切ですが、 まず母親がしっかりとその役割を意識し責任を持つことが肝心です。 お母さんになってからその責任の重さにおののく人が多いことからみても、 今の日本の教育は、お母さんになる人に対して冷たい、と感じています。 何故なら、子供が一人前になるまでどれ程のことをしなければならないか、 どういう心構えで育てるべきかを産む前にしっかり教えるシステムがない のですから。  精神的な問題を抱えている子は、精神的に不安定な母親に育てられている 現実を多く見てきました。  充分な愛情、しつけ(教育)、そして寛容さ(許す心)、この3つを柱に、 確固とした価値観を持って子育てする…その心構えと方法を伝える学校が ほしいものです。  多様な価値観が混在する現代の日本、全ての子供が自分の持っている 素質を充分に発揮でき、充実した一生を送れるように、母親教育の必要性を 感じています。  

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5月3日(土)調号の付く順番と音階を決めたのは誰?
 「調号ってどうしてそういう順番になっているのですか?」  Babyソレイユのクラスで、調号を書いたボードを掲げて読み上げていたら、 お母様から質問を受けました。  可能な限りどのようなことにも答えられるよう準備してレッスンに臨んで いますが、とても素朴な質問なのに音楽理論の根底まで訊ねられたような気が して、どう答えて良いか分からなくなってしまいました。  ♯系の長音階ならば、各音間の全音と半音による規則的な音程の連なりで ピアノの白鍵数が多いものから並べていくと、♯1つのものはファ、♯2つは ファとド、♯3つはファ・ド・ソというように、調号がついていきます。 それがどうしてなのかと考えることなく、そのまま覚えてきたことを再認識。 調号の順番しかり、ドレミファソラシドの音列しかり、各音の高さ(ピッチ)しかり・・・。 その起源を知らないことに動揺してしまったのでした。  ひとまず宿題にしてもらって、『ニュー・グローヴ音楽事典』を引っ張り出して 調べてみることに。  調べてみてまず意外だったのは、音の高さ、いわゆるピッチが決められたのは 1939年と割合最近のことだったということ。イギリスBBC放送と米国スミソニア協会の 提案により国際会議で決定。理由は、放送のために録音したテープを接続する際、 一定のピッチが必要だったからだそうです。その時点で初めて世界基準が決定した ということは、それ以前、ピッチは一定していなかったということです。  例えば、《平均律クラヴィア曲集》という、調の見本市のような作品を作曲した バッハの時代、楽器や地域ごとにピッチが異なっていたということですから驚きです。 1点1点手作りだった楽器製作の技術も、ピッチの安定までは至らなかったようです。 色々な“ド”の「平均律」が存在したとするならば、バッハは今のような絶対音感を 持っていなかったということになります。  “倍音”はご存知ですか?1つの音を鳴らすだけで、1オクターブ上の音、 その完全5度上の音、さらにその完全4度上の音・・・というように、基の音の 整数倍の振動数をもつ音が、基の音の中に含まれていて、それを倍音と呼ぶのです。 この倍音列が基になり、ドレミファソラシドの音階が出来たと言われています。  この音階に名称を付け、4線譜(5線譜はその後誕生!)への記譜法を確立したのが、 11世紀イタリアの修道士グィード・ダレッツォ。この人が有名な“ドレミファソラシド”の 生みの親で、その出典は、ラテン語のグレゴリウス聖歌『洗礼者聖ヨハネの誕生』の中の ヨハネ讃歌第一番の歌詞です。 Ut queant laxis resonare fibris Mira gestorum famuli tuorum, Solve polluti labii reatum, Sancte Ioannes. 「汝のしもべが、弦をかきなでて、汝の妙なるわざを たたえ得るように、このけがれある唇の罪をのぞかせ たまえ、聖ヨハネよ。」(和訳) (太字のところがそれぞれut,re,mi,fa,sol,la…となっていて、siはずっと後の時代に 最後のSとIを組み合わせて作られたと考えられています。フランスでは今でもUtが “ド”を表す音名としてそのまま使われています。)    実際この曲は、Utはドの音、Reはレの音、Miはミの音で書かれていて、偶然なのか、 何なのか、音と読み方が一致しているのです!  先程述べた「平均律」、これは1オクターブを平均して12の音に分けたもので、 倍音で構成された純正比による美しい音の調和は望めないものの、全ての調に同じように 転調できるというメリットがあるため、自由な転調を織り交ぜたバッハの名作が生まれました。  ピアノの白鍵がドレミ…の音階で構成されていることからも自明ですが、現代のピアノは ドレミファソラシドを大本の音階として平均律で調律された楽器で、ドレミ…と音程間隔を 一定に保とうとすると、完全5度上の調に上がるごとに1つずつ♯の調号が増えることに なります(同じように完全4度上の音から始まる調では♭の調号が1つずつ増えていく)。  今回は、内容が専門的になってしまいました。音楽の専門家にとっても、ピッチの歴史や ドレミの名称の起源、音階の起源などは正に“トリビア!”ですが、お友達との話題に使って みたりすると、結構驚かれる上、自慢できるかも知れません(笑)。  あーこれで宿題が解決!解決!  そうそう、こんなことでもないと貴重な『ニュー・グローヴ』の音楽事典も紐解かれないので、 「?」なことがあったら何でも聞きに来て下さい!  

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4月5日(土)調律師の江森父子
 調律をしていただいた後、ピアノ調律師の江森浩さんとゆっくりお話する 時間をもつことができました。  江森さんは、(社)日本ピアノ調律師協会理事、ソレイユ開設時からピアノの メンテナンスやコンサート時の調律をお願いしている方です。  何がきっかけで知り合ったのかを覚えていないくらい昔の、それこそ30年来の お付き合いになります。  江森さんは、調律だけでなく、古いピアノの修理やメンテナンスのスペシャリストで、 武蔵野音楽大学や東京藝術大学所蔵の明治期に輸入されたピアノの修理等も行っています。 これまでの業績を改めて伺うと、凄い方なのだなぁ、と驚くのですが、その偉大さについて 実感が湧かない程、身近な存在です。  ピアノ調律師は、ピアニストとの関係が深い職業なのはどなたでも想像できますね。 ツィプリアン・カツァリスをはじめとするピアニスト・演奏家たちのリハーサルの情景や 練習方法など、先日のお話の中で楽しく伺うことができました。  ツィプリアン・カツァリスは、リハーサル時間中ステージ上のピアノの蓋(譜面台の 部分も!)をずっと閉めたまま練習し、本番だけ開けるという不思議な習慣を持つ ピアニストというお話や(これは一種のジンクスなのでしょうね)、カーチス音楽院 ヴァイオリン科教授のアーロン・ローザンドと、ピアニストのブローテンのリサイタルでは、 それぞれが本番までの時間、本番に乗せる曲は弾かずに終始一貫してスケール・アルペジオなど 指の練習だけを行うので、何故本番の曲を練習しないのですか、と訊ねると、これさえできれば 怖いものはないから、と答えたエピソードなど、楽器を習っている人たちが聞いたら刺激を 受けるだろうな、と思うお話しばかりです。(因みにその2人、合わせて弾いたのは 本番だけだったのだそう!)  カツァリスのリサイタルでは、コンサートの休憩時間に突然ステージに現れ、 自作の変奏曲を延々と弾き続けたとか・・・。演奏が終了するまでずっとステージ脇で 控えている調律師だからこその体験エピソードですね。(会場にいたお客さんも勿論 聴けた訳ですけれども…。)  調律師の専門学校に通わずピアノ調律技能国家検定1級に合格した息子さんと、 親子お2人で日本中を飛び回って活躍されています。この検定1級を親子で取得 している方は、日本中、江森さん親子以外他にはいらっしゃらないのだそうです。  江森さんは、NHKの『男の料理』という番組に出演されたこともあります。 お得意の薫製料理を披露されたそうで、番組名は『調律の心で作るソーセージ・ ベーコン』。  ピアノだけでなく、作る、直すという作業について多岐に亘る好奇心を持つ、 少年のような方です。  江森さんは、YAMAHA出版から音楽評論家の原明美さんとの共著も出版されて います。ピアノの本やピアノにまつわるエピソードをまとめた『知っているようで 知らない《ピアノおもしろ雑学事典》』。  この中にピアノの白鍵と黒鍵の配置の歴史が書いてあったのですが、今、丁度 それについて調べていたところだったので、大変有難く読ませていただきました。  このエッセイに書かせていただく許可を得るため江森さんに連絡を取ったところ、 近く日本調律師協会静岡支部に講演に行くのですよ、と話されていました。  きっと数々のエピソードで皆さんの興味をグッと掻き立てることでしょう。 皆さんに美しい音色を楽しんでいただくため、ソレイユのピアノは、これからも 江森さん親子にお任せです(笑)。  

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3月1日(土)ご飯は最高のコミュニケーションツール
 以前、料理について書いたことがありますが、そのことに今だにコメントを いただくことがあります。皆さん食べることに随分関心がおありなのだな、と 感じる機会が多いこの頃です。  ご多分に漏れず、私も食べることが大好き。年柄年中美味しいお店に出掛けて いられないので、自分で作って食べる日々です。色々恵まれないこともあった 私の人生ですが(ホント〜?)、食べることだけは非常に恵まれた前半生を過ごし てきました。  高校、大学時代は、丁度バブル真最中で、母の友人のご主人が、太田に銀座 レカンのシェフを引き抜いてレストランを開業したのを良いことに、店のマダム だった母の友人に誘われ、毎週末まかない料理を戴きに通っていました。まかない といってもレカン仕込みの料理ですから美味しいことと言ったらありません。  昭和59年、大学入学のお祝いに、お世話になった先生と御一緒に銀座レカンに 伺った時、いつも食べているものと同じ味だったのには心底驚いたものです。  妹と2人で住んでいたアパートに、たまたまインド大使館の書記官がお母様と 一緒に暮らしていて、彼女に誘われ3日に上げずインド料理をご馳走になっていた 時期がありました。お母様が料理上手な方で、作っているところも見せて下さって、 たっぷり本格インド料理を習ってしまいました。今でこそ料理本で色々インドカレー のレシピが紹介されていますが、当時は珍しく、日本のカレーの作り方とは全然違う 方法に好奇心の塊になったものでした。美味しかったし、ためになったし、本当に ツイていたご縁だと思います。  中華料理は大学院の同級生に習ったことがあります。芸大の大学院初の中国人 留学生として来日した3人のうちの1人が、中国で調理師の免許を持ち、 センチュリーハイアットの中華の名店、翡翠宮でもアルバイトをしていた人で、 皮から作る水餃子や、各種野菜と肉の炒め物など、簡単で日本のものとは全く 違う味の、もたれなくて美味しい中華料理を沢山教わりました。  イタリア料理は、留学中、料理上手のイタリア人と共同生活をしていた時、 様々な珍しいパスタソースと肉料理を教わりました。彼女のところにはメイド さんが通ってきていて、週に2度、掃除と洗濯、アイロン掛けをしてくれて いました。メイドさんが来る時には、私も自分の部屋の掃除をすることになって いて、彼女とメイドさんのやり方を見て、床の磨き方 、洗濯の仕方、アイロンの かけ方、ベッドメイキングの方法を本格的に習得しました。期せずして ヨーロッパ的主婦修業をさせてもらった訳です!  往年の大テノール、カルロ・ベルゴンツィのクラスに通っていた期間、生徒全員が 彼の経営するブッセートのホテルに合宿するのですが、そのホテルのレストランの シェフにスープやパスタソースを教わりました。  パリ時代は大学の先輩と後輩と3人で部屋をシェアしていて、歌手である彼女たちが 料理上手だったこともあり、奈良県出身の子に関西のお総菜の色々、例えば切り干し大根、 ひじきの煮付け、茶粥、はたまたお正月の白味噌雑煮などを習ったり、色々な料理本から 味を再現することが得意な子と情報交換し合ったりして、毎日沢山の料理を拵え、賑やかな 夕食三昧の日々を過ごしました。歌手は料理好きな人が多いのです。  日本では一般的ではない自宅でのパーティですが、ヨーロッパでは親しい仲間内の パーティがどこかで毎週開かれていて、そこで奥様のお料理を味わえたり(どこの家も レストランよりずっと旨い!)、新しい出会いがあったり、最高の時間を過ごすことが できます。  日本でも習慣になれば良いのにと思うことの一つです。    ご飯は体を作るだけでなく最高のコミュニケーションツールです。なるべく多くの方と ご一緒にご飯をいただく習慣を持ちたいものですね。そのような機会をマメに作っていき たいと思いつつ、さあ、今日も美味しいご飯を作るぞ!と腕まくりする私なのでした。 

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2月8日(土)向井先生のマリンバ作品/恩田さん最優秀賞
 作曲・ソルフェージュの講師である向井耕平先生のマリンバのための作品 《前奏曲とアレグロOp.19》が、今年開催される第31回日本管打楽器コンクール・ マリンバ部門第2次予選の課題曲に選出されました。  日本管打楽器コンクールは、管打楽器のコンクールとして歴史と権威ある 重要なコンクールです。この作品は向井先生がマリンビスト(マリンバ奏者) 小森邦彦さんから委託され、1998〜1999年に作曲された曲で、 マリンバという楽器で表現できる最高難度の技術を組み込んであるのだそうです。 これまでにもユニバーサル・ベルギー・マリンバ国際コンクール(2007年と2013年)、 世界マリンバ・コンクール(シュトゥットガルト)(2012年)など、世界の マリンバ・コンクールで数度に亘り課題曲として取り上げられてきました。  漂々としたキャラクターの向井耕平先生は昨年の3月からソレイユの作曲・ ソルフェージュの講師として着任されました。東京芸大の修士課程を修了された後 渡米し、ミズーリ大学大学院で博士号を取得、以来15年に亘りアメリカで活躍 されました。芸大在学中の安宅賞(学部3年生時の首席の人が貰える)を皮切りに 数え切れない程の受賞歴のある作曲家です。  こんなことを申し上げると大変失礼なのですが、華々しい経歴とその謙虚な人柄、 随分ミスマッチですね。あれだけの経歴を持っていたら、カリスマ作曲家として マスコミで取り上げられ、肩で風切って歩いていても少しもおかしくないのに、 先生本人は、淡々とした調子を崩さず、優しく微笑み、物静かに話をされる春風の ような方です。  「センス溢れる素敵な作品を作曲する方ですよ。」とは向井先生の作品を聴いた ことがある方々からの感想ですが、残念ながらこれまで聴かせていただく機会が ありませんでした。  向井先生は殊の外、生徒さんたちから慕われていて、丁寧に丁寧に解るまで 教えて下さる教え方に、人気は高まるばかり。さすがにアメリカで長年暮らして いらしただけあって知識は豊富で話術は面白く、音楽以外にも様々な話題を提供 して下さっている様子です。  《前奏曲とアレグロOp.19》は小森邦彦氏のマイスペースで検索するとさわりを 聴くことができます。小森邦彦氏のCD『Marimbist』には全曲が収録されている ようです。興味のある方は聴いてみてください。  毎年この覧に登場する常連の恩田真弥さん(ぐんま国際アカデミー中等部2年)が、 今年のジュニアピアノコンクール 北関東AブロックB課程で、セルバンテス作曲 《すごい衝撃》、ドビュッシー作曲《子供の領分》から《グラドゥス アド パルナッスム 博士》を弾き、念願の最優秀賞を受賞しました。  真弥さんはぐんま国際アカデミー中等部のバトミントン部に所属し、シーズン ともなると毎週大会に出場、マラソンランナーのお父様と長距離を欠かさず走って いるスポーツ女子でもあります。勉強の成績も良いようで、色々なことに才能を 持っている人です。  ピアノをやっているから成績が振るわない・・・という人がいるようですが、 ソレイユの生徒さんたちを見ていると、コンクールなどで頑張っている時には 学校の成績も比例して向上する子が多く、頑張っている時は何でも頑張れて しまうのだな、と感心してしまいます。  今回は親子ピアノ連弾部門でもお母様の由紀子さんと共に連弾し、最優秀賞を 受賞しました。  2歳からBabyソレイユクラスに入室し、お母様と一緒に本当に心から音楽を 楽しんで、伸び伸びとピアノと声楽に取り組んでいる真弥さん。その限りない 可能性を傍に居る私たちも一緒に見ていけるのは楽しみなことです。  ゆっくりゆっくり成長し、大輪の花を咲かせることを願っています。

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1月11日(土)ベストセラーに学ぶ音楽のレッスン法
 皆様新年明けましておめでとうございます。元旦からずっと良い天候が続き、 幸先の良い一年のスタートです。馬が天に駆け上がってゆくような、良い一年に したいものですね。  今回の年末年始は、お休みを充分いただいてゆっくり休むことができました。 大好きな朝寝坊ができたり、息子のスキーに付き合ったり(今年は連れていって 見ているだけでした!)、おせち料理を作ったり、5月からそのままだった引越しの 荷解きをしたり、読みたかった本をまとめて読んだり…、やらねばならないことや、 やりたかったことがまとめてできた貴重な時間となりました。  精神的充電は何といっても読書でした。400万部セールスの百田尚毅著 『永遠の0』、同じく百田氏の昨年第10回本屋大賞を受賞した170万部突破の 『海賊とよばれた男 上・下』、池上彰氏の新書『学び続ける力』の計3作。  時間をかけて読む程のことはなかったという感想を抱くベストセラーも多い中、 百田氏の著作は多くの教訓を含む読みごたえのあるものでした。日本の人口の 30分の1以上の冊数が売れた『永遠の0』と『海賊とよばれた男 上・下』を 年初に読めたことは実に有意義でした。  司馬遼太郎の長年に亘るベストセラー『坂の上の雲』は、日露戦争の日本の 海軍・陸軍の作戦とロシアとの攻防を著した傑作です。陸・海双方の作戦と行軍を 1つ1つ綿密に書くことで、計画と決断、そして時の運(ツキ)の大切さを浮き彫りに しています。  神田の古本屋街でトラック一杯、1回につき2000万円もの古書を購入し 勉強したと言われる司馬遼太郎氏。歴史書を徹底的に漁り、そのエッセンスを 結集させたものがあの膨大な作品群だった訳です。  司馬氏の著作に伍すると思われる力作『永遠の0』は、兎に角、感情論に偏りがちな 先の大戦での日本空軍(特に特攻隊)の攻防を、資料採集とインタビューにより、 どの作戦が誰の指示で行われ、誰の決断や行動によってどのような結果に至ったかを、 実名を載せ、描いています。(ミッドウェイ海戦しかり、ガダルカナル戦しかり、 沖縄の海・空戦の行動しかり・・・。)  今の平和な日本では、この本の中に書いてあることを戦争に結びつけて教訓と すべきことはありませんが、いかに作戦(事前調査と計画)が大切なものであるかを、 仕事や教育に置き換えて考えることは充分可能でしょう。  『海賊とよばれた男 上・下』は、出光興産を立ち上げ大企業に発展させた出光佐三の 人生を描きながら、日中戦争の攻防から日本の政治・外交・官僚の態勢や、世界の 石油業界の構造を描いています。佐三氏が大学出ではあるものの、戦前一介の油の 小売り商からスタートし、いかに人材を教育し、工夫を重ね、何事にも命懸けで 事業を拡大していったか、常に人のため日本人のためという“正義”を忘れず、 いかに私利私欲を追わない生き方をした人物であったかが描かれています。これも 1つのモデルになる生き方です。  『学び続ける力』も、教育や人に伝えることの意味と方法を教えてくれる作品です。 池上氏は“教養”という言い方で一括りにしていますが、何か事を起こすためには 数年前からの蓄積が大切だと説いています。語学しかり、法律、歴史、経済等の知識 しかり。ご自分の経験から、次のステップへ進む(池上氏の場合は転職)際に大切 だったのが、随分前から蓄積していたそれらの教養だったという訳です。  例えばこれを音楽のレッスンに置き換えてみると、新しい曲を先生からいただいて 音取りをする時、ソルフェージュ力があったら音取り自体に時間が取られることは ありません。前からCDなどを聴いている曲だったら、曲想から演奏スタイルまで 自然に自分の中から湧き上がってくるでしょう。その時代についての本を読んだり 映画を見ていたら、頭の中では曲と共に物語が出来上がっているはずです。語学が できたら日本に紹介されていないその曲や作曲家についてのエピソードが入手できます。 ですから、テクニック的に至らないところだけに時間を掛けて練習すれば良いという ことになります。このことは、いわんや人生の全ての事柄においてをやですね。  という訳で、これらの本からのメッセージを念頭に、この一年を過ごしていきたいと 思っています。  今年も宜敷くお願いいたします。

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12月7日(土)杉野麻美さんの思い出
 先日、大学時代の同級生が亡くなりました。 入学時の年齢が、18歳から31歳までと幅広い年齢層の学年の中、彼女とは同い歳で、 その後1年私が遅れて進学した大学院のオペラ科も一緒、大学院修了後に留学した場所と 期間も重なって、特に留学中とても仲が良かった友人でした。  彼女の名前は杉野麻美さんといい、大変上手なメゾソプラノ歌手でした。最初に彼女の 歌を聴いたのは、高校3年生の時で、NHKFMラジオから『日本学生音楽コンクール 高校生の部全国大会』の録音が偶然流れてきたのを聴いたのでした。こんなに成熟した 声質と表現力の人が同じ歳なのか、と愕然としたのを憶えています。その頃よく聴きに 行っていた二期会のプロ歌手たちの演奏より上手だと思いました。  大学に入学してみると、予想通り、あの歌声の主は同級生で、実際のその人は、目が ぱっちりとした頭の良い落ち着きのある人でした。  大学の練習室から聞こえてくるとても18歳の女の子とは思えない完成度の高い歌声に、 これから習得しなければいけない自分の具体的な目標を見る思いでした。  留学時代、彼女はもう既に上手かったのに、発声に関して非常に貪欲でした。彼女が 今まで習ってきた先生のそれぞれの教え方により何をどのように習得できたか、また、 逆にどのようなところが分からなかったかなど、具体的な例を挙げながらその経験を 語ってくれました。何となく雰囲気や流れで歌うのではなく、発声のテクニックを 自分自身の体で確認し言葉にできる人だったので、声楽教師としても優秀だったはずです。  杉野さんは、50歳目前で声楽を始めプロのソプラノ歌手になった池田理代子さんの 先生でもありました。  また、横浜の朝日カルチャーセンターの人気講師として、多くの生徒さんを育てて きました。  歌手としては、二期会のオペラに出演したり、晩年(というには若すぎる!!)は、 青島広志さん主催のコンサートの共演者として活躍し、『世界一受けたい授業』にも 出演していました。  底知れない悲しさを抱え参列したお通夜でしたが、意外にもご主人が笑顔で、 「麻美は、やりたいことを全てやり尽くして亡くなったので、悲しまないでください。」 と仰ったのです。 「歌い方で分からないところがなくなったし、これまで思う存分歌ってもこられた。  人にも恵まれ本当に幸せな人生だった。」 と語る、亡くなる数日前に録音した音声を聞かせてくれました。  人はいつか亡くなるものです。自分ができうる限りのことをしつくして人生の終焉を 迎える、後悔のない生き方は素敵だ、と思いました。  願わくば、自分の人生に心から満足し、周りの方々に感謝の言葉を述べ、彼女のように 人生の幕を閉じたいものです。  人生には終わりがあるからこそ、目標を持って懸命に生きられるのだと、麻美さんから 教えられた気がします。  生前の録画をYou tubeに載せてもらえるよう、ご主人にお願いをしました。Upされたら、 杉野さんの素晴らしい歌声を是非聴いて下さい。  今年もわずかとなりました。来年も素晴らしい歳になりますよう、皆様のご健康とお幸せを 願っています。

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11月2日(土)第27回 群馬県ピアノコンクール
 10月20日(日)、前橋市のテルサホールに於いて第27回群馬県ピアノコンクール(上毛新聞社主催)が 開催され、8月の予選を通過し本選にエントリーしていたソレイユの生徒さん2名が2名とも優秀賞を 受賞しました。  小学3・4年生の部に出場した小畑蒼大君(ぐんま国際アカデミー3年)は、1年生の時、 小学1・2年生の部に出場し奨励賞を受賞(1・2年生の部では最高賞)。2回目の挑戦の今回は、 本番で集中した演奏ができ、優秀賞を戴きました。  中学生の部に出場した鴨川孟平君(太田西中1年)は、小学3・4年生の部で入選、2回目の 挑戦で優秀賞を戴きました。  今回の中学生の部の本選課題曲はブラームスの《ラプソディ第2番》でしたが、初挑戦の ブラームス、独特の奥深い音色を出すのに大分苦慮しました。今回のコンクールに挑戦した ことで、中学時代に、ともするとスルーしてしまう可能性が高いブラームスにじっくり取り 組むことができたことは有意義な経験だったと思います。指が速く動くとか音楽的に演奏する という、通常コンクールで求められる観点だけでなく、音の幅が徹底的に要求されるブラームスに 触れることは、将来に亘ってピアノに係わっていく子供達にとって、貴重な技術習得のチャンスに なりました。ピアノが専門でない私にとってもブラームスを勉強する良いきっかけになりました。  私が子どもの頃、ドイツ歌曲は日本でも世界でも大流行していて、フィッシャー・ディスカウや ペーター・シュライヤー、シュヴァルツコップフ、ヤノヴィッツ、アメリンク、日本でも二期会の 重鎮たちによるドイツリート(歌曲)のコンサートが目白押しでした。盛んにテレビ放映されまし たし、『音楽の友』誌やテレビ放映で憶えた名前の歌手のリートを東京までよく聴きに行きました。  のはずなのに…ヤノヴィッツやアメリンク、シュバルツコップフの、チャーミングで、変幻自在な 言葉と声のモーツァルトやシューベルト、シューマンは憶えているのに、ブラームスを聴いた記憶が …ないのです!! 自分でもドイツリートを歌ったことは勿論あったけれど、そういう訳でブラームスが レパートリーになることもありませんでした。音楽史的には重要な人物であるし、ピアノ曲・歌曲 など限定した分野だけを作曲した人という訳ではないのに、管弦楽曲もピアノ曲さえ触れずに今まで きてしまっていました。  今回の課題曲ラプソディ第2番の楽曲分析も試みました。池辺晋一郎氏のブラームス作品の 解説書を読むと、この作品の楽曲分析のさわりが書いてあるのですが、書いてあることを理解 することはできても和声中級レベルの私の和声力では分析は到底ムリで、向井先生の力をお借り してきちんと分析して戴きました…数音ごとに重複して転調しているため(両義的調性)、 分析は複雑になり、2つの調性の和声進行が重なっていく部分が多数あり、さわりは古典派の ようでいて、やはり後期ロマン派の作品なのはそこが違うのね、と合点がいったりしたのでした。  両義的和声の進行やその結果作られる偶成和声にも驚きましたが、やはり先に述べたように “ブラームスの音”には最後まで近づくことは難しかったと思います。  88鍵、7オクターブ以上ある鍵盤の、一番下の1オクターブが随所に現れるその低音を、 フォルテで充分に響かせて演奏するには、それなりの体の大きさと腕や指の太さが必要です。 中学生が小さな体であの音を出すには、迫力ある深い低音のイメージをしっかりと持って、 脱力ができた上で腕を乗せていくテクニックが必須、とはピアノの先生から繰り返し言われた アドヴァイスでした。しかしながら、まずその低音のイメージを持つのがなかなか難しかった ようです。  ピアノは、時代や作曲家の国籍などレパートリーが多岐に亘っていて、作品が無尽蔵にあり、 勉強のしがいがある楽器なのだということを改めて知った機会となりました。  今回受賞した小畑君・鴨川君も(勿論、頑張っている皆さん全員!!)、これから様々な曲に 挑戦し、上達していってほしいと願っています。 受賞、おめでとうございました!!

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10月5日(土)芸術の秋にDVD
日本列島を縦断した大型の台風や頻繁に起きた竜巻で、天地創造のような 大荒れの9月が過ぎ、例年より過ごしやすい秋らしさの感じられる10月に なりました。  大きな行事が一段落し、少しゆっくりできるかと思いきや、数ヶ月に亘って 溜まっていた仕事がドッと押し寄せたり、子供たちのコンクールの仕上げをしたり、 急に決まった夫の転勤のため北海道に行ってきたりで、ドタバタの9月を過ごしました。 100%自分の時間だった20代の、学校に行って勉強と練習だけしていればよかった時代は 遠い昔なのだわ、とセンチメンタルになるには余りにせわしなく、それでいてそのせわしなさを 楽しみながら日々を送っています。  それにしても、読書や映画のDVDを観る余裕くらいは欲しい。本屋さんに行って 本を選んでいると眠くてフラフラするし、ましては本を読み始めたりDVDをONにすると 洋服のまま朝を迎えてしまったりして(直ぐ寝てしまうという意味)、不眠症克服法だけは 完全にマスターしていると胸を張って言える現在の状況です(困ったことですね)。  時間と体力がある時によく観るのは、息子に付き合わされることが多い 『ハリー・ポッター』シリーズなどのファンタジーや『シャーロック・ホームズ』などの サスペンスミステリーですが、『007』や『ミッション・インポッシブル』などのアクション、 何も考えていないとき観るのに一番よいのがコメディで、『メリーに首ったけ』や 『シコふんじゃった』はあまりにくだらなくてホントに可笑しいですよ。 近頃笑っていない人にはお勧めです。  『きみに読む物語』『レ・ミゼラブル』などの純愛映画やドラマに涙したり、『フラガール』などの 根性サクセス・ストーリーも大好きです。語学の勉強に、フランス映画・イタリア映画も見ます。 フランス映画は現実をそのまま映画にしたような内容が多く、ハリウッド映画のように勧善懲悪・ ハッピーエンドという訳にいかなくて、「これで終わり?」という感想になってしまう作品が 多いのですが・・・。  イタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』『木靴の木』は胸にジーンとくるものがあり、 是非観てほしい作品です。ウンベルト・エーコ原作の『薔薇の名前』や、ダン・ブラウン原作の 『ダヴィンチ・コード』も、絵画や事象を読み解いていくという記号論やイコノロジー学の サスペンス映画ですが、本と照合しながら観ることができる上、内容も奥深いので面白いですね。  歴史上の音楽家が主人公の映画は必ず観るようにしています。時代考証がされていて時代背景が よく分かり有益です。その当時の楽器の音であったり、服装であったり、風俗が即、解るのが 良いですね。タイトルは忘れてしまいましたが、昔観た映画の中に作曲家ドビュッシーが出てきて、 歌手とアンサンブルをする場面がありました。アップライトピアノの上に譜面を照らすロウソクの灯、 ロウソク以上の明るさがない暗がりの中で響くドビュッシーの歌曲は、あの和声のイメージが増幅され、 ゾクゾクするようなパリのサロンの雰囲気(匂いまで感じ取れるような臨場感)の中で、 本来の輝きを放っていました。  一回目に観たときは感動したのに、何度も観ると結末の意外さに驚かされていただけだったことに 気づかされたり、逆に何回観ても初回に観たときの感動が蘇る映画もあります。『サウンド・オブ・ ミュージック』『ローマの休日』は映画の定番ですが、全編に亘って感動的な上、場面ごとにも 見どころ満載です。  今年は、春の『ラファエロ展』も落語も、大好きなマリエッラ・デヴィーアの来日公演も行けず 悶々としていたので、芸術の秋ということもあり、絵画も古典芸能(不思議と三味線や長唄を聴くと 疲れが消える…)もオペラも映画も観賞するぞ〜、と息巻いています。  芸術は自ら行うのも勿論よし、されど鑑賞するのも殊の外良いものです。色々な芸術に触れて 充実した秋をお過ごし下さい。

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9月7日(土)ソレイユ30周年記念コンサート大成功!!
 ソレイユ総合音楽教室30周年記念コンサートが無事終了しました。 元気だけが取り柄の私もちょっと抜け殻のようになっています。  プログラムにも書いたように、常に生徒さんたちとのレッスンに明け暮れ、 対外的な活動を殆どせず、世間に不義理をしがちな日常を送っているので、 こういう企画の時にお客様をお誘いする方法が見つからず、本当のところ 途方に暮れてしまっていたのでした。   808席の会場が100席に満たなかったらどうしよう!ガラガラの会場で “記念コンサート”と銘打って開催しても演奏する人たちのモチベーションは 上がらないだろうし……。    実際1ヶ月前までそんな状態だったので、裏方の心配の種は消えませんでした。  このエッセイを始めた頃に大工の棟梁である田中文男氏の話を書いた ことがあります。 「一生食える職人技なんてないんですよ。私は10代で覚えたことで  20代を食った。20代に覚えたことで30代に女房子供を養いながら、  40代50代まで食える勉強をした。30代を安穏と過ごしたやつは、  だめじゃないかな。年相応にやることを考えつかないと、50代になったら  ポンコツだぞ。」  私はこの言葉を今回のコンサートの座右の銘にしてきました。私の30代 40代を掛けて磨いてきた技と、そしてその年月に築いてきた生徒の皆さんとの 信頼関係が確かなものであったなら、このコンサートはきっと成功すると、 そういう気持ちを持っていたのです。  この棟梁はこんなことも言っています。 「真面目にコツコツとやってきた者だけが、『これはやるんじゃねぇ』、  『ここで一丁賭けてみろ』と、[天の声]を聞くことができるんです。  これだけ精一杯やったんだから、あとは天の声に任せてみようか、という  心境になり肝が据わってくるんですよ。」  まさにそんな心境でした。  当日までどうなるか分かりませんでしたが、お天気にも恵まれ、皆様のご協力で 大勢の方に聴いていただくことができました。  終演後、沢山のアンケートもいただきました。それぞれの方がそれぞれの観点から 感動した曲やその内容、又は改善した方がよいと思う点などを記入して下さいましたが、 全体的な感想だけでなく、12曲全てについて、どなたかが感想を書いて下さっていた のには驚きました。  司会について「くだらないダジャレはいらない」、「解説が長すぎる」という人も いれば(苦笑)、曲の解説があったので何も分からなくても楽しむことができた、と書いて 下さる方もいました。  入場口の混雑をチクリと指摘されたり、様々な楽器や歌とその組み合わせ、 また舞曲の形式(タンゴ、ワルツなど)が多彩で曲順も良く、飽きなかったと 書いて下さった方もいます。何より嬉しかったのは、アンサンブルの息が合っていて、 全員の和と愛と音楽に対する情熱が伝わってきた、と書いてあったことです。 私たちが大切にしている、音楽に対する“思い”を感じていただけたのが一番嬉しいことでした。  いずれにせよ、大掛かりな催しで裏方に徹する人がいないというのは、なかなか大変なことなのだ ということを学んだ機会でもありました。  次回は5年後になるか10年後か・・・、ソレイユの生徒の中から、中心になってやってくれる 演奏家がどんどん育っていくと思うので、その人たちに舞台は任せ、私は裏方に徹底できるように、 指導に力を入れていきたいと思います。  定期的に同じようなコンサートを開催してほしいと仰って下さる方もいました。有難いことです。 コンサートについても前向きに進んでいけたらと思っています。

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8月10日(土)群馬県ピアノコンクール中間報告/ソレイユ30周年の響き
 《30周年記念コンサート》の準備で慌ただしく過ごすうち、8月がやって きました。 10年振りの大掛かりなコンサートということもあって、あちこち飛び回って 準備しています。 夏は子供たちのコンクールの季節でもあり、その指導でも精力を注ぐ毎日です。 8月初旬に行われた群馬県ピアノコンクールの予選では、エントリーした ソレイユの生徒2人が共に予選を通過、本選出場が決まりました。  小学生3・4年の部にエントリーした小畑蒼大君は79名の中から15名、 中学生の部にエントリーした鴨川孟平君は39名の中から12名の入選者の中に入り、 10月20日(日) 前橋テルサホールでの本選に出場します。夏休み中も練習に精を出し、 周到な準備をし、充分体調を整えて力を出してきて欲しいと思っています。  一方、30周年の準備に余念がない12名の出演者たちは、今回のプログラムに アンサンブルが多いことから、時間を作っては集まって合わせの練習をしています。  今回、特筆すべき演目はピアノの4手と8手のアンサンブルです。普段ソロで弾く ことが圧倒的に多いピアニストたちの、息の合った競演が楽しみです。お互いに意見を 出し合いながら、丁々発止のやりとりの中、一つの音楽に練り上げていっている様子。 お互いをぶつけ合いながらも調和を生み出して、きらめきのある音を紡ぎ出して欲しいと 願っています。  弦楽四重奏はアンサンブルの基本ですが、チャイコフスキーの弦楽セレナーデは ファンも多いことから、アンサンブルのプロたちも一層真剣に取り組んでいます。 末永千湖先生の1stヴァイオリン率いる4人の奏者は、2ndの森友紀さんをバック・アップ しながら練習に余念がありません。きっとステキなワルツが奏でられることでしょう。  弦楽四重奏とピアノと歌の競演も熱い音が重厚さを醸し出し、心地よい響きを作り 上げています。  演奏者自身が楽しんでしまっている演奏会は、お客様には居心地悪く感じられるもの ですが、練習では美しい音の重なりを心ゆくまで楽しませていただいています。  7月末にようやく出来上がってきた《日本の歌メドレー》は、向井耕平先生が3ヶ月を 掛けて編曲した力作だけあって、こちらも重なり合う音が得も言われぬ美しい作品に 仕上がりました。これを演奏して具現化してゆくのは私たちの力量ですが、編曲に 負けないように、複雑な和声をセンスよく演奏していきたいと思っています。  思えば、指導力ある優秀な講師を太田に招く形で始まり、太田の子供たちに、 レッスンの中で腕前が上がっていくことを実感してほしいと願ったあの時から、 30年の歳月が流れたことになります。  今回の30周年記念コンサートには出演しませんが、時々このエッセイでも 紹介しているように、大勢の素晴らしいソレイユの卒業生たちが、日本中、世界中で 活躍しています。30年の間に育った卒業生たちが一堂に会するコンサートも、 企画していきたいと思っています。  日々同じことを繰り返す中で蓄積されたエネルギーは、思いがけず大きいものに なっていました。これからも、前を向いて歩んでいきたいものです。

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7月7日(日)アイドル誕生!
 先週の芸能ニュースをご覧になり、あれっ、と気付いた人がいたでしょうか・・・? 以前この欄でもお伝えしたことがある、中学3年生のあの神宮沙紀ちゃんが、何と、 《東京パフォーマンスドール》というアイドルグループでデビューしました!!  以前篠原涼子が所属していたグループの再生だということで、デビュー記者会見から 芸能ニュースに取り上げられるなど、注目を浴びています。  ソレイユでのピアノとソルフェージュのレッスンも、中学校の管弦楽部での ヴァイオリンもきちんとこなしてきた、全然出しゃばりじゃないキャラクターの 沙紀ちゃんが、アイドルグループで歌って踊っているなんて、ちょっと信じられない 感じがしています。  3月から東京で暮らし始めることになりソレイユを卒業した沙紀ちゃんですが、 中学生になってから2年間受けた神谷尚先生のヴォイストレーニングレッスンが 奏功したのでしょう、歌も上手になり、きっとグループの中でも歌をリードして いるのではないかと思われます(あくまで私の希望的観測ですが・・・)。  新曲の初見などのソルフェージュ力もあるので、音楽で仲間を引っ張っていって くれたら良いですね。でも何せのんびりしている人なので、自分から恐らく アピールしないでしょうけれど・・・。  パフォーマンス集団ということで、渋谷の《CBGKシブゲキ!!》という劇場で、 常に舞台に立ちパフォーマンスをしているそうです。  観にいらっしゃれる方は、是非渋谷に行って応援してあげて下さい。  クラッシックだけじゃない!ソレイユから育った人がまた一つ芽を出しました。  どの分野においても、ソレイユで培った“トコトンやる精神”をもって、辛抱強く 頑張っていってほしいと願っています。

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7月6日(土)ソレイユコンサート(旧称 発表会)
   6月23日のソレイユコンサートでは、出演された生徒の皆さんが、 集中度の高い、大変素晴らしい演奏を聴かせてくれました。  殆どの生徒さんが、ミスのない音楽的な演奏で、緊張感のあるコンサートの 成功に寄与してくれました。  生徒さんたちの発表会なのに、”発表会”という名称を使わなくなって 数年になります。完成度の高いコンサートのような仕上がりを目指すという 思いを込めて”ソレイユコンサート”と銘打って、その意図を皆さんに伝え、 指導してきました。  3〜4歳の幼児から大人まで、年齢や志望する進路に関係なく、それぞれの レベルで最高の力を発揮するよう求めてきました。  「あなた達の演奏を聴くためにわざわざ時間を割いて来てくださったお客様の、 人生観が変わるような演奏をするのよ」、「今日死んじゃおうと考えていた人が、 あなたの演奏を聴いたら死ぬのがばからしくなった、余りに素晴らしくて人生に 希望が沸いた、っていわれるような演奏をするの」とか、「お客様は、間違った 演奏を確認するために来た訳じゃないのだから、もしミスがあっても何もなかった ように繋げていくのよ」等、3・4歳児に解る訳が無いじゃないか、と思えるような 要求をしても、しっかりと理解した上で、パフォーマンスをしてくれるのです。  そのような指導を続けているうちに、いい加減ではない仕上げ方が習慣になり、 それほどキツい要求と思われなくなってきたのでしょうか、何だか当たり前のように、 数回のリハーサルを重ね、真剣で密度の濃い本番を迎えることができるようになりました。  勿論、蔭で支えてくださっているご家族の応援あっての、あの完成度です。 いつもながら、ご協力くださっているご家族の皆様に感謝いたします。  コンサートの最後にアナウンスさせていただいたように、これからコンクールに 臨む人は、あの演奏を最上とせず、コンサートの反省点を踏まえ,更に心に滲みるような 良い演奏ができるよう、一層の鍛錬を期待しています。  

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6月8日(土)ソレイユ30周年!!!
《ソレイユ 30周年記念コンサート》のチラシとポスターが 出来上がってきました。 1年前から企画していたのに、のんびりしていたら、チラシと ポスターが刷り上がってきたのがコンサート3ヶ月前の5月末、 ポスターを抱え、貼っていただける会社や商店や学校を慌てて 回らせていただいています。  ポスターが届いた翌日、市内の本町通りや大門通りにある 知り合いの商店に、貼って下さいとお願いすると、皆さん 「ポスター綺麗!!」と喜んで下さり(笑)、2つ返事で快諾、 店先や店内がピンクで彩られています。(有難いです!)    今回のコンサートは、ソレイユが1983年4月の創立から 今年で30年を迎えるに当たって、卒業生と講師の先生で記念の 演奏を行うというもので、ソロやアンサンブルを取り混ぜ、合間を おしゃべりで繋ぎながら、皆さんに楽しんでいただけるよう、 趣向を凝らしています!!  ソレイユのコンサートでは初出場となるサックスの須永和宏先生や、 昨秋ドイツ留学から帰国し、帰国後、既に日本国内で2回のリサイタルと コンサート等に出演している大活躍のピアニスト・渋川ナタリ先生 (渋川先生はソレイユの卒業生ですが、今春から講師としてもソレイユで 後進の指導に当たっています!)など、今話題のフレッシュな音楽家の 演奏もお聴きいただけます。  須永先生と渋川ナタリ先生は、各々、ミヨー作曲《スカラムーシュ》、 ショパン作曲《英雄ポロネーズ》を、ソロで演奏します。  ソロ演奏もさることながら、今回のコンサートの妙味は、出演者12名の アンサンブルが愉しめるところにもあります。  ベテランの域に入った(!!)細田秀一先生と、小林ゆみ先生による2台ピアノ版の ラヴェル作曲《ラ・ヴァルス》では、流麗な大人の音楽をお楽しみいただきましょう!  乗りの良いラテンのリズムが私たちを南アメリカへと誘う、ピアソラ作曲 《リベルタンゴ》は、細田秀一先生・小林ゆみ先生・渋川ナタリ先生・卒業生の 小暮牧子先生の4人による、豪華な2台ピアノ8手連弾で演奏します。4人の 情熱的なピアニストの熱気が皆様に伝わることでしょう!  弦楽器チームも最強の布陣です!! チャイコフスキー作曲《弦楽セレナード》の第2楽章を、1stヴァイオリンに 末永千湖先生、2ndヴァイオリンに卒業生の森友紀さん、そして、ヴィオラ・ 酒井雅の先生、チェロ・斎藤章一先生という、まさにゴールデン・カルテットで お送りします!  その他にも、末永先生のヴァイオリンと酒井先生のヴィオラによるヘンデル作曲 《パッサカリア》、細田先生(ピアノ)・末永先生(ヴァイオリン)・酒井先生 (ヴィオラ)によるバッハ作曲《イタリア協奏曲》(ピアノ・トリオ・ヴァージョン)など、 楽器の編成を変え、多彩にお届けします。  声楽組3人は、ピアノと弦楽器に支えられ、信じ難い程の贅沢な環境で歌わせて いただきます。  テノールの神谷尚先生が、弦楽四重奏と一緒にヘンデル作曲《オンブラ・マイ・フ》を、 私ソプラノの小林真衣子が、グノー作曲オペラ『ロミオとジュリエット』より 《ジュリエットのワルツ(私は夢に生きたい)》を、バリトンの鴨川太郎先生が、 ロッシーニ作曲《ダンツァ》を、そして神谷先生と私で、オペラ『椿姫』より《乾杯の歌》を ご披露します。  最後には、東日本大震災復興のテーマソングである《花は咲く》やドラマ『坂の上の雲』の テーマソング他、美しい日本の歌を入れたメドレーを、ピアノ、弦楽器、歌のアンサンブルで お聴きいただきます。  このコンサートのために、様々な編成で編曲して下さるのは、作曲の向井耕平先生。 向井先生の素敵なアレンジにもご期待下さい!  今回の曲のラインアップをご覧になり、何かお気づきでしょうか?  そう、今回のコンサートのテーマは『舞曲』。副題の通り、30周年の 祝祭気分を舞曲にのせてお送りします。  一般の方にも喜んでいただけるように、鴨川先生と私が1曲ごとに お話を入れ、盛り上げていきます!  8月30日(金)大泉町文化むらホールにて、18:30開演です。  夏の夜、お子様から大人の方まで、来て良かったね、いい音楽会だったね、 といっていただける愉しいコンサートにしていこうと思っています。  チケットは、大泉文化むら、鈴木楽器、ソレイユ総合音楽教室で取り扱って います。ご希望の方には託児もいたします(10日前までに要連絡)。  皆様のご来場をお待ちしています。 

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