ソレイユエッセイ

音楽・教育・ひと・食・本・・・室長エッセイ♪

5月6日(土)辻井いつ子さんの講演会
 盲目のピアニスト辻井伸行氏のお母様、辻井いつ子さんの講演会が4月22日(土)、 太田駅南口に建設されたばかりのスクエビアル9階で開催されました。  元フリーアナウンサーという肩書きだけあり、聞きやすいトーンの声色と明瞭な語り口、 ずっと笑顔を絶やさない、お姿も美しい方で、内容共々魅了された講演でした。  辻井伸行氏は2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝以来、 マスコミにも多く取り上げられているピアニストです。その辻井氏を立派なピアニストに 育てあげたということで、最近ではお母様もメディアに頻繁に登場しています。    講演会のテーマは『明るく楽しくあきらめない』。    強く印象に残ったのは、視覚障害の息子さんが誕生し、その将来を憂いて落ち込みながらも、 息子のために良いと思うことを積極的に取り入れて、働きかける母の行動力でした。  『フロックスは私の目』という辻井氏を育てる標となった本に出会い、その著者で全盲の 福沢美和さんに、ご自身の思いを録音したカセットテープを送り、その後お会いすることに なった話、5歳の息子がピアニストになりたいと思うきっかけとなったという、サイパンの ショッピングセンターのピアノを息子に弾かせてほしいと交渉に行ったときの話、指揮者の 佐渡裕さんに息子のピアノを聴いてもらってアドヴァイスをいただきたいとの思いから、 友人の雑誌インタビュアーに息子の演奏の録音カセットテープを渡してもらった話・・・等、 その行動力には驚かされます。  講演会のテーマにあるように、明るく楽しそうなお母様のお人柄がとても魅力的で、この ようなお母様に育てられたら幸せだろうな〜と、思わずにはいられないような方でした。 いつも綺麗な声で語り掛けてくれる、温かく優しい、明朗で上品なお母様なんて理想です。 その上、常に一緒に戦い、考え、支え、行動してくれるのですから、その子供がよい子に 育たない訳はありません。  ご自分のことを調子に乗りやすいところがある、と仰っていましたが、息子さんがコンクールで 入賞したときなど、「大人になったら世界のコンクールに出られると思う!」など、夢を語る ことが好きというところも、辻井氏のやる気の着火剤になっていたと思われます。  赤ちゃんの時から、台所仕事などで目を離す時には、お母さんの存在を知らせるために いつも歌を歌っていたという習慣も、彼の音楽好きを育むのに大きな役割を担っていたこと でしょう。また、大好きなお母さんの歌う歌を真似て、ピアノで音を探り母子で遊ぶなど、 愛情いっぱいの最高のコミュニケーションを取られていたようです。  頑張ったプロセスを見た時など、良いところを見つけては褒めるようにし、悪いところは、 「もっと前から取り組んでいたらもっと良くなるね」、というふうに言ってあげると効き目が あるというお話も、先月号でご紹介した『学力の経済学』のエビデンス(科学的根拠)に準じた 正しい教育方法ですね。  息子さんが小さい頃に、視覚障害者はピアニストで大成しないからやめた方がよい、という アドヴァイスをする人がいたということです(本当に酷い話です!)が、「たとえ音楽家に なれなくても、いつでも私が伴走し、私たちが前例になるから大丈夫、と思ったんです」と 聞いたとき、しっかりとした信念と心の強さがある人なのだな〜、と感心し涙が出ました。  人間の可能性の素晴らしさを我が子から教わったとも仰っていて、このフレーズにも感動!  お母様の人柄の良さ、人間的な温かさ、そして“あきらめない”意志の力が結集し、子育ての 成功につながったのでしょう。  特性ある一人の子供と特別な母親により天才ピアニストができあがったという見方もできる でしょうが、特別なことではない、自分たちの子育てに役立つヒントがいっぱいの講演会でした。

▲エッセイの先頭に戻る

4月8日(土)教育のバイブル『「学力」の経済学』
教育経済学を専門とする中室牧子慶応大学教授による『「学力」の経済学』 という本を読みました。  個々の体験談ではない、主にアメリカで研究された科学的証拠(エビデンス)に 基づいた教育的示唆に溢れる本です。  あの人がこの方法が良いと言った、この人がこう言った…、という混乱から脱却 できる子育ての道標となる教育書と言えましょう。  この本の中に『子供は褒めて育てるべきなのか』という目次があり、思わず目が 止まりました。私が子育て真最中に流行ったのは『褒めて育てる』系の本。これらの 本に感化されてか、褒めるだけの決して叱ることのないお母さんが急増しました。 それってどうなの?と疑問に思っていたので即攻買い。他にも色々興味深い項目が あったので、ご紹介しましょう。  “自尊心の高い子は学力や意欲が高い”と聞くと、なる程その通りと思われる方も 多いでしょう。しかし実験の結果は “学力が高いという原因が、自尊心が高いという 結果をもたらしている”という因果関係だったということです。根拠無く子供を褒めると、 実力の伴わないナルシストになるだけ、だそうで、ああそういう人いるいる!とやけに納得。  “褒め方には方法がある”という項目も興味津々。元々の能力(頭の良さなど)を褒めると 努力をしなくなる上、良い結果の時には才能があるからだと思い、悪い結果の時には才能が 無いからだと思うようになる。結果を褒めると悪い成績を取ったときに嘘をつく傾向が高い。 最上の褒め方は「1時間勉強できたね」などと努力した内容を挙げること。そうすることで 悪い成績を取っても努力が足りないためだと自ら考えるようになるのだとか。  “ご褒美は効果があるのか”については、誰でも一度は考えたことがあるのでは ないでしょうか?「1時間勉強が終わったらご褒美をあげるよ」というように、 試験の結果に対してではなく、学習行為そのものに対して、それも近い将来 (この場合は1時間後)に対してのご褒美には効果があるのだそうです。  1960年代から現在も追跡が続いている有名な実験『ペリー幼稚園プログラム』は ご存知ですか?  低所得のアフリカ系米国人の3〜4歳児6人あたりに、修士号以上の学位を持つ児童心理学の 先生が1人ついて、1日2.5時間の読み書きと歌のレッスンを週に5日指導し、また、1週間に 1.5時間の家庭訪問(親に対しての積極的な介入)を2年間続け、入園を許可されなかった子と 比較するという実験です。  このプログラムを受講した児童たちの6歳時点でのIQや19歳時点での高校卒業率、あるいは 27歳での持ち家率や40歳の時の所得など、それら全てが高く、40歳時点の逮捕率が低い という結果がもたらされました。そしてこのグループの人たちには、やり抜く力、我慢する力、 社会性、リーダーシップ、創造性などの“生きる力”と言われる“非認知能力”が高いことも 証明されています。何をするにも成功に導く“やり抜く力”が高いということですね。幼児教育 恐るべし!です。それにしてもこのような実験を大々的に行い発表できるアメリカという国の 懐の深さというか大胆さに驚きです。  では、大きくなったら非認知能力は身につかないのか、というとそんなことはないようです。 中室教授は、具体的に子供への親の関わり方をクイズ形式で出題しています。  勉強をさせる上での効果的な親の関わり方は? @勉強するように言う A勉強したか確認する B勉強する時間を決めて守らせる C勉強を横について見ている  正解は、Cの横についてみている、なのだそうです。@の勉強するように言う、は全く効果が 無いということで、お手軽なものほど効果が得られないのだとか。親の役割って重要で、それに しても親って大変なんですね〜。  ノーベル経済学賞受賞のシカゴ大ヘックマン教授は、「親が働いていて時間を割けなければ、 それを出来るだけやりながらも、部分的に助っ人(塾や家庭教師)などで補えばよい」と述べて いて、これならなんとかやれると勇気が与えられます。  しかし、こういうふうに教育に関心を持って子育てをしようという風潮は日本の良いところなので、 できるだけ効率よく、人間の一生からみたら短い(と思われる)子育て期間中、親の時間を充分に 掛けて一生懸命子供を育ててみるのがよいと思います。  教育のバイブルのような『「学力」の経済学』、お薦めです!

▲エッセイの先頭に戻る

3月4日(土)要はヤル気になるきっかけ〜嶺先生の記事/大試演会の結果〜
この冬は寒暖の差が激しく体調を崩す人が多かったようですが、寒さの 峠も越し、各地からお花の便りが届き始めました。  寒さがなければ暖かさを心から有り難いと思えない訳で、どちらも必要 なのだけれど、やはり春の訪れは心が弾みますね。  便りといえば、2017年1月号で嶺貞子先生に関する記事について沢山の 反響をいただきました。生徒さんや保護者の方だけでなく、ソレイユニュースを 送らせていただいている生徒さん以外の方からもです。あのエッセイを読んで 涙が出ました、私も頑張らなくてはと思いました、とは皆様の感想です。  愉快だったのは、高校生の生徒さん。嶺先生の「私は40度の熱があっても レッスンに行った。熱があるからレッスンに行けないなんてことはない」という 言葉に共鳴したのでしょう、ボーッとした顔でレッスンに来ました。何を言っても 殆ど反応なし。その場では何の言い訳もなかったのですが、後で聞いたら熱があった とのこと。レッスン内容がどうであれその心意気を讃えました!良いと思ったことに 積極的に反応するのは素晴らしいことです!  最近ソレイユでは、中・高校生たちが頑張っています。1月末に行われた 大試演会では前年より進歩した演奏を聴かせてくれましたし、ソルフェージュ、 楽典の試験でも1年間の成果が示されました。  勿論、その演奏にはまだまだ充分に上手になる余地は残っていますし、 ソルフェージュ類も完璧には程遠い人もいるのですが、特に印象的だったのは、 試験が終わった後、自分の不足している部分を認識し、どうしたらその部分を 埋められるか真剣に考え行動し始めたことです。  できない部分が明らかにされるのですから、昔の生徒さんたちの中には諦めて しまうとか、ふて腐れてしまう人もいない訳ではなかったのですが、今回大試演会に 挑戦した人たちは、試験後、前向きな姿勢を崩さず、更にパワーアップして取り組み 始めました。  今ソレイユ在籍の中・高生は、ピアノ・ヴァイオリン・声楽と、専攻の違う人たちが バランスよく在籍していますが、どの専攻の生徒さんたちも、今回の試験で自らの課題を 見つけることができた様子です。  具体的には、演奏の場合、スケール・アルペジオなどの、どのようなパターンの音形でも、 正確に速度を上げて演奏出来るようにするとか、体の特定な癖を矯正する(これは脱力にも 繋がり最終的には音色や表現に結びついていく)、音楽表現のための音色の作り方を意識する などです。  一方、ソルフェージュは、はっきりと結果が出るので対策を練るのが楽。  楽典は、項目別に強化する(これは意識をもってやればできるようになるのであまり 問題はない)。聴音は、感覚的な部分が多く求められる科目なのですが、指導によって 向上する余地が充分あります。リズム・和声・音程をバラバラに分解して理解することで 取れるようにする(難手なことが片寄っている場合が多いので、何かひとつ強化すると 目覚ましい進歩が見られることがある)。視唱やリズム読み・クレ読みもコツがあるので、 できないところを入念に取り上げてレッスンする(やり方は企業秘密!?)。  難手なことは、これまであまりやってこなかった、という人が殆どです。やっていくうちに できるようになりますし、できるようになれば好きになる。要はヤル気になるきっかけが大切です。  今回の大試演会で、自分の苦手な部分が浮き彫りになり、皆一斉にヤル気に火が付いた様子。  頑張る仲間が周りにいると伸び方が違ってきます。  皆で切磋琢磨しながら、前向きに明るく名人!を目指して頑張ってほしいものです。    来年の大試演会に期待しています!

▲エッセイの先頭に戻る

2月4日(土)『蜜蜂と遠雷』〜フィクションからのヒント〜
「浜松国際ピアノコンクールを題材にしているらしいよ、                   面白いみたいだから読んでみてよ。」  2週間ほど前、息子から本を渡されました。  タイトルは『蜜蜂と遠雷』。  最近は本屋大賞と芥川賞受賞作品くらいしか小説は読まなくなっていて、 恥ずかしながらタイトル名も作者名も知らなかった私。(しかしこの作者、 2004年の本屋大賞を受賞している〜!)結構厚い本ですし、すぐに 読み切れる感じではなかったので、ペラペラと初めの方を読んで傍らに 置いておきました。  それから1週間ほどして直木賞が発表され、一躍話題の本になったこともあり、 息子の読んで〜!攻撃も激しくなったので、一日かけて読んでみることに。  名称は変えてありますが、やはり浜松国際ピアノコンクールを元に書いている と思われる作品で、設定や審査員はノンフィクションに近いものの、著者が創作 した、キャラクターがきっちり分類された個性的なピアニストたちが登場します。 キャラクター設定には漫画チックで現実離れした部分が残りますが、この小説が 描こうとしているテーマと言葉の多彩さに賛嘆すべき点がありました。  良いピアニストになるためには良い耳を持っていることが不可欠、というのが この小説の1つのテーマです。作者は音楽には全く素人のようですが、専門外の 方がこのことに着目したのは驚きでした。“良い耳をもっている”から音楽表現に 役立つ特別な音色や表現を導き出せる、勿論聴いた音を真似たり即興やアンサンブル、 編曲、作曲も自在にこなせる…などなど。  小説の中でも触れていますが、音楽家になる場合、必要と言われているいくつかの 要素があります。長時間練習できる体質、各々の楽器に適した肉体的特徴(ピアニストの 場合は、指が長い、手が大きい)、容姿(美人であるとか格好が良いなど、人気 ピアニストになるために必要ということでしょう)等の先天的なもの。そして、 経済的な基盤、良い先生に師事する、一緒に頑張る仲間がいる、音楽を始めるきっかけ などの、その人を取り巻く環境です。  しかしこの物語はそれらについて詳しく言及することなく(浜松国際ピアノコンクールの 入賞者はそこのところは揃っていて当たり前ということか…)“良い耳”を先天的に持って いることが、ピアニストとして一級かそうでないかと決める分水嶺であると著者は匂わせて います(勿論ライバルたちとの音楽による触れ合いで向上していくという、他の要素にも全く 触れていない訳ではありませんが…)。  ここに登場するピアニストたちは、生まれつき良い耳を持っているという設定なのですが、 研ぎ澄まされたような良い耳は元々生まれながらに持っていないと駄目なのかというと、 そうとも限らないというのが私の考えです。  努力で育てていける部分が色々とあるように“耳”も育てることができます。沢山の 素晴らしい音楽を聴いたり、訓練を行うことで良い耳を自分のものにすることができます。  この小説でもう一つ優れている点は音楽を表現する言葉の多様さです。曲の調性、 強弱、速度の変化を、様々な情景や色彩、そしてイメージを駆使して説明している くだりには瞠目します。  曲を自分の中でイメージする時に必要なのは、まず言葉です。音楽を言葉に置き換える ことで曲の性格がはっきりし表現が多彩になります。この曲を表現するのにこんな言葉が あるのね〜、と感心しきりです。演奏の役に立つ言葉の宝庫といえましょう。  構想12年、取材11年の年月を掛け書き上げたピアノコンクールドキュメントフィクション、 何か演奏のヒントが欲しい方にお薦めの1冊です。

▲エッセイの先頭に戻る

1月7日(土)奇跡の人・嶺貞子先生
 新年明けましておめでとうございます。  春を思わせる暖かな元旦の朝、輝かしい初日の出が拝めた幸先の良い歳のはじめと なりました。  昨年12月9日(金)、二期会イタリア歌曲研究会の例会で、夫がレスピーギの 歌曲についてレクチャーを行うということで、初めて参加してみました。  二期会イタリア歌曲研究会は、嶺貞子先生が立ち上げた研究会です。日本における イタリア歌曲研究の大家であり、イタリア政府からもその功績を認められイタリア 大統領から “イタリア共和国連帯の星コンメンダトーレ勲章” を受勲されている方。 藝大の教授でいらした時、私も大学院でイタリア古典歌曲研究の授業で師事しました。 久々の再会でした。嶺先生は御歳80歳。  例会後、一緒にお食事をしながら嶺先生が語ってくださった内容があまりに衝撃的で 感銘を受けたので、ここに記したいと思います。  先生が80歳まで齢を重ねられたのは、まさに奇跡的なことで、小学校時代は股関節炎に かかり3年間休学、大学卒業後、腎結核により腎臓摘出という大病を患われています。 股関節炎の後遺症で松葉杖の生活をされていたにもかかわらず、高校時代に毎日新聞主催の ピアノコンクールで第3位、藝大専攻科を修了した年に毎日音楽コンクール・声楽部門で 1位に入賞。コンクール入賞後演奏家としてのキャリアがスタートした矢先の腎臓摘出でした。 背中まで斜めに40pの筋肉が切断され、鍛えられた腹筋が奪われてしまいます。  細く長く生きていくために歌うことも結婚も禁じられましたが、トレーニングを続けた後、 1年半分の腎臓の薬を持ってイタリアに留学。本場のベルカントを学びました。帰国後、 本場仕込みの発声とディクション(発語)、情感溢れる感情表現、そして奥深い研究内容で イタリア歌曲の分野では世界に類するものがないほどの境地を開拓しました。  フランスの才媛、ピアニストで作曲家のピュイグ=ロジェ女史(パリ国立コンセルヴァトワール教授、 後に藝大客員教授)との運命的な出会いにより先生の才能は更に開花、嶺貞子の名は不動のものと なりました。お二人の演奏活動は、今や伝説です。  慈愛に満ちた輝くような笑顔の嶺先生ですが、ご自分にも、そして弟子たちにも厳しい人として 知られています。食事の間も叱咤激励の連続でした。 「いつでも勉強だよ、言い訳なんかしちゃいけない、できないなんてことはないんだよ。  倒れるまでやるんだ。私なんか40度の熱があったってレッスンに行ったんだ。熱があるから  レッスンに行けないなんてことはない。あんた(私のこと)も勉強続けなきゃだめだよ。」 「私の母がね、腎臓摘出の後トレーニングのため長野から東京に行くって言った時、だるまさんを  師に喩えて、『師よ、師よ、幾度起き上がるのですか、七度までですか、否!百度倒れても尚、  汝は起き上がらねばならぬ』って手紙を書いてよこしたんだよ」  先生のお説教を聞いていたら、母の顔が浮かびました。私たち姉妹を東京でのレッスンに車で 毎週連れて行ってくれた母でしたが、ある時高熱が出て、下熱のための注射を2本打ち、医師に 止められたにも関わらず、普段と変わらず車を運転してレッスンに連れて行ってくれました。 そんなこともあって、私も何があってもレッスンは休みませんでした。  ただの根性論と言ってしまえばそれまでですが、私は嶺先生のような粘り強い諦めない生き方が 好きなのです。  先生のお説教を聞きながら嬉しくて泣き通しでした。まるで母が生き返ってきたようだったから。  叱ってもらえるのって有難い。叱られないと怠けてしまう自分を知っているので、ピリッと背筋が 伸びた一夜でした。  愛情があるからこその叱咤激励。嶺先生の域に少しでも近づけるよう、私も勉強し続けたいと 思います。 「いつでも勉強だよ、倒れるまでやるんだ」

▲エッセイの先頭に戻る

12月3日(土)学生音コン東京大会奨励賞/東京藝大ジュニア・アカデミー
 第70回全日本学生音楽コンクールピアノ部門高校の部東京大会で、鴨川孟平君 (東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校1年)が奨励賞を受賞しました。 以前、この覧でもこのコンクールについて取り上げたことがありますが、日本国内 では最も歴史が古く権威ある学生コンクールです。小学校の部の予選を聴きに行っても、 予選の前に書類審査があるのではないかと思うくらい出場者のレベルが高く、予選に エントリーするのに先生の厳しいチェックが入っているのが想像できます。 鴨川君もこれまで何回かエントリーを諦め(理由は本人の名誉のために明かさないで おきますが…)、初挑戦で奨励賞を受賞することができました(良かったですね!)。 『音楽の友12月号』に『東京藝大ジュニア・アカデミー』新設にあたっての インタビュー記事が、カラーページに掲載されました。 中学1年生から中学3年生まで、藝大でレッスンが受けられる週末限定の学校です。 今年の募集は新中1生と新中2生を対象とする全楽器含めて定員10名(少ない!!)。 植田克己ピアノ科教授を校長とし、月に2回、主科のレッスン(各60分)ソルフェージュの レッスンを行います。藝大のスペシャルソリストプログラムで招聘している海外の著名演奏家の レッスンも受講可能にしていきたい、とインタビューの中で教授が答えていますから、またとない 勉強のチャンス到来です。  ゆくゆくは小中高一貫型の育成システムを目指すということで、これまで旧弊な藝大が 一番難手としてきた、演奏家として学生を世界に送り出す将来に亘るサポートまでを視野に 入れているようです。(例えばワーナーミュージックジャパン、Apple music、LINE Musicなどと 連携し配信するなど…。)  フィギュアスケートなど、オリンピック選手育成システムが確立し成果を出している分野では、 小学生の頃から選手を強化合宿形式で一箇所に集め指導しています。個人個人が日本各地で 頑張るのに比べ、優秀な仲間と刺激し合えるのは素晴らしいことですし、オリンピック入賞レベルの 選手の演技が身近で見られ理想像がはっきりする、ということも大事なポイントです。オリンピック 育成コーチから、完成形を視野に入れた指導を受けられれば、子供期という短い時期を無駄なく 過ごすことができます。  地方の小さい組織である我々の音楽教室でも、同じ目的意識を持つ者同士が同時期に集まる時は、 互いに切磋琢磨し合い、様々な良い結果を残してきました。  このような国家的プロジェクトを藝大で継続的に行ってもらえれば、地方にもその余波が伝わり、 音楽に対する情熱が益々燃え盛るでしょうし、世界的な音楽家輩出に大いに貢献することでしょう。  附属中学の設立の話も浮上しているということですので、演奏上のテクニックだけでなく、 ソルフェージュや聴覚訓練(これはジュニアアカデミーでも課題に組み入れられている)、音楽を 組み立て考えるための基礎となる文学などの素養、世界で活躍するために必修の数カ国の語学など、 オールマイティな訓練を取り入れていただきたいと熱望します。  なぜなら音楽家はスポーツ選手と違い、一生続けられる職業であるため、若さとテクニックで 結果を出すだけでは一生を乗り切ることができないからです。  確かな技術と充分な教養のマリアージュが、音楽家としての到達点と言えましょう。  そして小中高以前の教育の充実には、是非ソレイユ・システムを取り入れて もらいたいと願って止みません。  0歳児からの教育により子供たちの才能を充分に引き出すことができるのは、 これまでにBabyソレイユ出身の生徒さんたち全員により証明されてきました。 才能の芽を引き出し、やる気を培い、根気強さを育む、その上で適切な訓練を施せば、 好奇心の芽が育ち、自然と子供たちは花開いていきます。  インタビューの中で、迫昭嘉音楽学部長が、このプロジェクトはスーパーキッズの 発掘だけではなく、人それぞれに成長のタイミングが違い高校や大学で伸びる子もいるので、 藝大に入学した学生も早期プロジェクトの対象である、とも述べていました。教育の核心を 突いた的確な見解です。  子供から目を離さず楽しみながら育てていくと、グンと伸びる時期に遭遇します。仰る通り、 人によりその時期は様々です。  話は最初に戻りますが、教育の特性を知った先生方に囲まれ、恵まれた環境の中でその伸び時期を 見据えて頑張っている鴨川君の飛躍を、これから楽しみに見守っていきたいと思っています。  ソレイユの生徒さんたちも一緒に頑張っていきましょう!  入賞おめでとうございます!

▲エッセイの先頭に戻る

11月5日(土)成果が出たコンクールの日々
第30回群馬県ピアノコンクール小学生5・6年の部において、小畑蒼大君 (ぐんま国際アカデミー6年)が、最優秀賞を受賞しました! 小畑君は4歳の時、Babyソレイユクラスに入室、音感教育を中心にレッスンを 開始しました。 Babyソレイユのレッスンは楽しそうに通っていましたが、クラスの中で 取り入れているピアノ・歌・ヴァイオリンの中で特にピアノに強い興味を持った ことから、就学前からピアノのレッスンも取るようになりました。 Babyソレイユクラスは6ヶ国語の歌を原語で歌ってあげるのですが、音楽 だけでなく外国語にも強い関心を持っていました。 小畑君はコンクール歴が長く、群馬県ピアノコンクールは1・2年の部で奨励賞 (今年から制度が変わりましたが、この時は奨励賞が最高賞でした)受賞を皮切りに、 同3・4年の部で優秀賞、4年生の時に挑戦したピティナピアノコンペティション B級で地方本選優秀賞と、着実に成果を上げてきました。 今年8月の藝大早期プロジェクトin金沢では、ビデオ審査を通過し、藝大教授 迫 昭嘉先生のレッスンを受講する機会に恵まれました。 音楽は勿論ですが、勉強やスポーツなど全ての才能を開花させることをBaby クラスは目的にしていて、音楽以外の才能育成にも確実に結果を出しています。 小畑君も、ピアノだけではなく、テニスも順調に腕を上げ、ぐんま国際アカデミーで 磨いた英語力で英検も2級の成績。勿論ソレイユの力だけでなく、ご両親の教育方針や 学校の影響などもありますが、幼少期に少しの刺激を与える(教育する)ことで 持っている力が倍増するのは確かなようです。 小畑君はソルフェージュも良くでき、特に作曲の基礎である和声に興味を持って いる様子。遊びの延長で始めた音楽が、彼の世界観を広げる礎になっているのは 嬉しい限りです。 同じく第30回群馬県ピアノコンクール小学生1・2年の部において、Yさん (ぐんま国際アカデミー1年)が入選しました。 Yさんも3歳からBabyソレイユクラスに入室し、ピアノのクラスも併せて レッスンを受けています。レッスンで習ったことをコツコツ着実に習得してくる、 正に良い子の鏡!小学校1年生のYさんも英検準2級合格、バレエも頑張っていて、 これからが楽しみな女の子です。 大好きな歌を歌ったり聴いたりしながら、Yさんの中に芽生えた音楽の芽が 情緒溢れる豊かな花になるよう大切に見守っていきたいと思っています。 一方、ソレイユヴァイオリンチームも頑張っているのでご報告を。 第26回日本クラシック音楽コンクール中学校女子の部・高校女子の部で、 ソレイユの生徒さん2名が全国大会の出場を決めました。 全国大会は中学校の部が12月13日(火)かつしかシンフォニーヒルズ・ アイリスホールで、高校の部が、同日、横浜みなとみらいホール小ホールで 行われます。日頃積み重ねた力を遺憾なく発揮し、集中力のある音楽的な 演奏をしてきてくれることを祈っています。 今年も受験が終わったと思ったらコンクール、コンクール、コンクール!の 日々が続き、あっという間にあと2ヶ月になってしまいました。 昨年の今時分、コンサートを聴きに行きたい、オペラに行きたい、落語に 行きたい、と大騒ぎしていたのでしたが、今年はその願いが叶って、9月、 10月、11月、12月とコンサート三昧の日々。話題の反田恭平ピアノリサイタル、 ショパンコンクールの覇者チョ・ソンジンとチョン・ミュンフン指揮のピアノコンチェルト、 近藤伸子先生のピアノリサイタル(他にもいっぱい!)、どういう訳かそれが全部 ピアノのコンサートという偏りよう。 オペラに行きたいな〜、声楽のコンサート聴きたいな〜、などと無い物ねだりばかり 言っていては罰が当たる〜〜〜! この秋はピアノを満喫したいと思います! 芸術の秋に乾杯!  

▲エッセイの先頭に戻る

10月8日(土)イタリア紀行
 9/11〜9/18、イタリアに行ってきました。  まずは第1の目的である、北海道教育大学・実験劇場の新作オペラ《函館戦争》上演の ご報告を。  前回のソレイユエッセイでもお話しした通り、ロヴェレートはモーツァルトが初めて イタリアで演奏会をした街で、イタリア・モーツァルト協会が設置されています。また、 劇場名にもその名があるとおり、作曲家ザンドナーイ(これまでにも鴨川は頻繁に ザンドナーイの歌曲を歌ってきました!)の生誕地ということもあり、音楽にかける 並々ならぬ思いが随所から伝わってくる街でした。というのも、何の変哲もない街なのに、 劇場だけが超豪華!数年前に十二年かけた大改修が終わり、サイズは小さいものの、 ミラノのスカラ座やヴェネツィアのフェニーチェ座に勝るとも劣らない内部装飾の美しさ なのです。  今回はロヴェレートにおけるモーツァルトフェスティバルの一環としての上演でしたが、 室内楽、ピアノ、オペラ、講演会など、1週間に亘りモーツァルトの音楽を中心とした催しが ロヴェレート市内の各会場で行われていました。演奏家も聴衆もイタリア以外の方も多く、 色々な言語が飛び交う国際色豊かな雰囲気。ホテルの朝食で偶然隣り合ったフランス人と お話ししたら、講演会のためにいらしていた音楽学者だったり…、イタリア語だけでない、 久々の語学勉強にもなりました。  《函館戦争》は、幕末の旧幕府軍と新政府軍との戦争を扱った作品で、幕府軍の榎本武揚(鴨川)と 新政府軍の黒田清隆、そして語りの3人で演じられるマドリガーレオペラです。暗い舞台、 そして日本語での上演ということで、欧米人の反応が心配でしたが、満場の拍手で成功裡に 幕を閉じました。  この公演は北海道教育大学の塚田康弘先生(語り役で出演)とイタリア・モーツァルト協会との 数十年に亘る強い繋がりにより実現したものです。  日本におけるモーツァルト研究の第一人者である海老澤敏先生からの紹介状を握りしめ、 塚田先生が40代の頃にロヴェレートのモーツァルト協会をお訪ねになってからおよそ20年、 モーツァルト協会と毎年のように交流を持ち続ける中、宝石のように美しいザンドナーイ劇場で オペラ上演ができたら、という塚田先生の夢が今回叶えられた訳です。  モーツァルトの《バスティアンとバスティエンヌ》も一緒に上演したのですが、その中の 出演者の1人がオペラ公演の翌日にロヴェレート郊外で結婚式を挙げた際、 「夢は思い続け、努力をしていくと必ず叶うものですよ」 と仰っていた塚田先生の祝辞が胸に残りました。  それにしても20年という長い歳月を掛けて夢を現実にされたなんて素晴らしいことです! 同行させていただけた夫は、本当に幸せ者であると思いました。  イタリア最後の夜はヴェネツィア・フェニーチェ座でのオペラ鑑賞。これまで何度も観た ことがあるドニゼッティの《愛の妙薬》でしたが、衣装も演出もミュージカルのような 仕立て方で、音楽も、ムーティの時代のような原曲に忠実に演奏する原典主義とは真逆の 自由な崩し方をしていて、時代によって音楽の表現の方法が変化することを実感した次第。  アディーナ役のソプラノ、イリーナ・ドヴロウスカヤが、歌も演技も抜群で美しくもあり、 主役の座をさらっていました。  私たちがイタリア在住時代は、コンピューターでチケットの購入ができなかったことから、 フェニーチェ座のチケット入手は困難この上なかったため、初めて中に入ることができました。 ヴェルディの《椿姫》や《リゴレット》が初演された伝統あるオペラ劇場で、公演の質の高さ でも有名です。  1996年の不審火による火災により全焼してしまいましたが、フェニーチェ(不死鳥)の 名に相応しく、見事に再建されました。実際に聴くフェニーチェでのオペラはその名に恥じない 高水準な内容でした。  駆け足のイタリア滞在でしたが、夫のオペラ出演とフェニーチェ劇場でのオペラ鑑賞という、 人生最大級のイベントのお陰で、生きている幸せを満喫できた1週間でした!

▲エッセイの先頭に戻る

9月10日(土)オペラ《函館戦争》イタリア公演
 私はこの夏、受験生を抱えていた昨年同様のストイックな夏休みを過ごしました。 この数年、旅行に行っていないので、旅行にいきたいな〜、と願っていたら、 思いがけず今秋、良い機会が巡ってきました。  夫の所属する北海道教育大学・実験劇場が昨年の札幌オペラ祭で制作上演した 新作オペラ《函館戦争》を、イタリア・ロヴェレートのザンドナーイ劇場で再演 することになり、夫の出演に伴いそのお手伝いでイタリアに行くことができます。  オペラ《函館戦争》は、明治元年に始まった旧江戸幕府軍と明治新政府軍による 戦闘である、“箱館戦争”(日本最後の内乱)を描いた作品で、旧幕府軍総裁・ 榎本武揚と、新政府軍参謀・黒田清隆、そして語りの3人によって演じられる マドリカーレ・オペラです。  夫は榎本武揚役で出演、日本語で上演されます。  劇場があるロヴェレートはオーストリアからイタリアに入ってすぐの町で、両国の 間に聳えるアルプス山脈を越える峠の1つ、有名なブレンナー峠の近くに位置します。 ゲーテが憧れていたイタリアへの旅を綴る『イタリア紀行』の中で、希望に満ちた ブレンナー峠越えの記述がありますが、かのモーツァルトがイタリアに旅した際、 ロヴェレートに立ち寄りイタリアで初めてのコンサートを行ったことから、この地には イタリア・モーツァルト協会の本部が設立されています。  今回は、正味1週間の滞在で、稽古、GP、本番がある上、アルプスの麓という 地理のため、ミラノの友人に逢う、ウィンドーショッピング(イタリア人のセンスを 吸収したい…!)をする、美術館に行く、観光する…等、旅行らしいことややりたいことは 何もできないであろうと想像しています…嗚呼!  イタリアなので、どこに行っても料理は美味しいでしょうし、山の景色も美しいはず、 何でも欲求が叶えられたらバチが当たるので、程々に節度をもって行ってこようと思います!  イタリア最大の湖ガルダ湖畔にある、大詩人ダンヌンツィオの終の棲家ヴィットリアーレ・ デッリ・イタリアーニを見学し、オペラを上演し(私は裏方ですが…)、ヴェネツィアで 1本オペラを鑑賞し、と勉強会のような旅に行ってきます!  その間の1週間、私のクラスはお休みをいただきます。  宿題をたっぷり差し上げますから、しっかり練習しておいてくださいね!!

▲エッセイの先頭に戻る

9月3日(土)藝大「早期教育プロジェクト2016 in 金沢」
 夏休みをいかがお過ごしでしたでしょうか? 山や海へのキャンプ、 ご家族揃ってのご旅行など、レジャーやヴァカンスを楽しむ方がいる一方、 コンクール(学生コンクールは夏に集中している!)、草津音楽祭セミナーなどの 避暑地で行われる夏期セミナーや各音楽大学の夏期講習、スポーツを頑張っている 人は相次ぐ試合等々、大忙しでそれぞれの有意義な夏を過ごされたことと思います。  8月31日(水)、以前この欄でもご紹介したことがある、文部科学省国立大学 機能強化事業、東京藝術大学音楽学部『早期教育プロジェクト2016 in金沢』に、 ソレイユの生徒さんK君が事前のビデオ審査を通過し、受講してきました。  この企画は、地方に暮らす子供たちが都心部までレッスンに通わなければならない ハンディを少しでも解消し、夢を夢で終わらせないための支援事業です。2015年 からこれまでに、和歌山・浜松・仙台・北九州等、各地でピアノ、ヴァイオリン、 チェロのコースが開催されてきました。  残念ながら私は今回レッスンを聴きに行くことができなかったのですが、藝大の 迫 昭嘉 教授による、細かく効果的なレッスンはとても楽しかったと、K君から報告が ありました。  受講生は小学4年生から中学2年生までの7人、どの生徒さんも訓練が行き届いた 素晴らしい演奏をしていたそうです。  藝大教授から直接レッスンを受けられるだけでなく、優秀な生徒さんたちが受講する レッスンもたっぷり聴くことができ、しかも受講料は無料。受講生にとってはなんと 幸せな企画と言えましょうか!  迫先生が、子どもにも分かり易く明るく丁寧に教えてくださり、ピアノを弾くことが 益々好きになった!とは本人の感想です。

▲エッセイの先頭に戻る

8月6日(土)フィギュアスケートコーチの講演
 藝高で行われた、フィギュアスケートコーチ佐藤信夫氏の講演会に行ってきました。  佐藤氏はオリンピック銀メダリスト浅田真央のコーチとして有名ですが、ご自身も 全日本選手権を10連覇した実績を持ち、お嬢さんである佐藤有香、佐野稔、村主章枝、 中野友加里など、多くのオリンピック選手を育てたコーチです。  実直、真面目、という印象を受ける佐藤氏ですが、お話しになる内容も印象そのまま、 奇を衒ったことを仰ることなく訥々と語ってくださいました。    印象に残ったお話は次の6つです。 ○スケートは体力を使うので5時間半の練習が命の限界だが、自分はコーチになり13時間  スケート靴を履いたままだったことがある。いつでも人の3〜4倍練習してきた。今まで  楽だったことは一度もないというのが最終の思いだ。 ○有名な選手の滑り方を繰り返し繰り返し話し、理想像を伝えることにしている。 ○同じプログラムを1年半教えてもできるようにならなかった子がいた時、無理だから  諦めよう、と口にしたことがある。その後、その子は1ヶ月半練習をしなくなった。  しかし、密かに練習を再開し、完璧に跳べるようになった。1964年の東京オリンピックに  出場するまで成長した。どんなことがあっても諦めてはいけない、ということを  この子に教えられた。 ○陸トレが今ほど重要視されなかった時代、陸トレの必要性を感じて先生に教えを  請いに行った。スケート選手は教えたことがないので、と断られたが、無理を言って  トレーニングを始めてもらった。階段を100段以上駆け上るトレーニングは最後が  這い上がるような状態だったが、2週間目から上まで走って上ることができるように  なった。自分からお願いをして始めたので無理とは言えなかったのだがキツかった。  一度壁を破ると、自動的に動けるようになるということを知った。楽なことはない、  同じことを何百回、何千回とやってほしい。 ○一つの事ができるようになったら、それでよいと思わないこと。世界一になっても  終わりではない。走ると先に何かが見える。繰り返すと新しい世界が見え続ける。 ○1つのクラスを同程度の実力で2つのチームに分け、2〜3週間訓練する。  このチームが勝つに違いないと先生が思ったチームの方が勝つという統計がある。  どんな場合でも私の子は上手くいくと思った方がよい。ベストを尽くして!  世界一の選手を育成したコーチの言葉は1つ1つに含蓄があります。選手育成の 一つの流れができ、何年も同じことを繰り返し、少しは楽になることもあろうかと 周りの者は思うところですが、佐藤コーチは繰り返し「楽なことは無かった」と 発言されていました。  毎日の練習は自分の限界を超えて終わらせるようにしている。毎日の全力が何%か ずつ可能性を広げさせてくれる、と最後に述べられた言葉も印象的でした。  世界一は楽じゃないんです。  スポーツのコーチというより求道者の様相に見えるのは、そういう厳しい日々を 幼少時代から重ねてこられたからに違いありません。  信念を持って一生を掛けて道を究める大変さと楽しさ。  大変なことは当たり前のこと。  夢を語って生きる大切さを学びました。  諦めるのは1分でできること。諦めず頑張ることで、夢を持って一生続けることが できる。楽して生きた方が良いと考える人は人生の楽しみを放棄していると私は思います。  “諦めず頑張ることは楽じゃない”  頑張っている人の共通思いを聞いて何だかホッとした気分になりました。  でも夢を持って生きることは辛いだけじゃない。キラキラ輝いた目と顔と体を持ち、 結果を出し続けながら周りの人に希望と夢を与えることもできる!  素敵な生き方を再確認できた貴重な講演会でした。  

▲エッセイの先頭に戻る

7月2日(土)これこそ、“教育”の冥利
 ソレイユ総合音楽教室・前期行事の最大イベント『ソレイユコンサート』が、 6月26日(日)に行われました。  普段は、20代の時よりずっと元気で、20代とは比較にならないくらい動けていると 自負している私ですが、このソレイユコンサートの準備期間中に関しては、全ての力を 吸い取られるかと思う程、体力が消耗し、頬が痩け、体重が激減します。(実際、見た目は 全く変わりません!)  私が命を注ぎ込んで仕上げを手伝った生徒さん、ソレイユの先生に習ったことを、 自分1人の力で見事に習得し本番を迎えることができた精神的に大人の生徒さん、熱心な ママやパパの協力の下、一生懸命練習に励んできた生徒さん…等々、仕上げ方の形態は どうであれ、集中力漲る、高水準の演奏を披露してくれた生徒さん全員に、惜しみない 拍手をおくります。  発表会の選曲をする際、先生方は、現在のその子の実力や性格、プログラムの配列等を 考慮します。現在習っているレベルより少し背伸びした曲の方がヤル気が出る子もいれば、 逆にあまり難しい曲を与えると落ち込んでしまう子もいたり、習得しているテクニックの 中で演奏できる曲を選ぶか、人前で演奏するという機会を使って、習得していないテクニックを 頑張って手に修めさせようと試みるかによっても曲は変わってきます。  レッスンで接していると一人一人の性格は掴めていますから、どの程度の実力があり、 性格はこのようだから、今回はこの曲がよいであろうと、演奏する曲が決まっていく訳ですが、 今回は沢山の先生方が、難しい!曲を選び、その事により思いがけない苦労(!)と、喜びを もたらしてくれたのでした。  人は成長します。今回は2つのことでそれを実感させてもらいました。中には生徒さんが それを強く望んだ場合もあったようですが、複数の先生が、実力以上と思われる曲を課題として 選びました。  勿論、難曲を選んだ子たちにとって、それらの曲は技術的に非常に困難で、発表会の 10日程前になっても細かいパッセージの暗譜もままならず、いわゆるボロボロ…、な状態。 10日前に指が思うように動かず暗譜がおぼつかない、というのは、本人にとってかなりの プレッシャーです。(これがプレッシャーに感じないようだと克服できないので、プレッシャーに 感じるのは大正解!なのですが…。)そのような場合、問題点を指摘し、上達するための 10日間プログラムを組みます。今回、子供たちの成長を感じたのは、スペシャルプログラム 強制執行の際、相当キツい内容にも落ち込むことなく、反抗することもなく、なんとなく 嬉しそうにしている姿を見た時でした。  過去、数度となく同じような経験をしてきた時、散々泣いたり反抗したり落ち込んだりした後、 その局面を乗り越え、練習に励み、その結果良い演奏ができて、皆に褒められた経験が彼らを タフに変えたのでしょう。  このように小さな彼らの精神的な成長には目を見張るものがありました。精神的な面だけでなく、 今回は全員の実力がアップ、曲の難度が目に見えて上がったことでも成長を実感できました。 「発表会だけれどもコンサートの形式で行うので、プロの演奏家のようにお客様にベストの  演奏を聴かせてください」 「聴いた人の人生が変わるような、心のこもった、そして音楽的な演奏をしてください」 と話すと、幼児でもきちんと理解してくれます。今回も4歳児の初舞台の子たちから、 最後の生徒まで集中力の切れない魅力的な演奏を聴かせてくれました。  これこそ、“教育”の冥利です!  40秒間隔の切れ目ない生徒さんたちの演奏が続くおよそ4時間、1人の生徒も聞き 漏らすことなく私は舞台袖で聴き続けます。皆が上手に演奏してくれるので、興奮状態になり 疲れませんし、それはそれは楽しい時間です。  生徒さんたちは全員プロの音楽家になる訳ではありません。その子たちに命懸けでこの水準の 指導をするのは何故か。“ヤルと決めたことは必ず成し遂げられる”という経験が、将来どんな 状況におかれても人生の糧になると信じているからです。  同じ思いを共有して下さるソレイユの保護者の方々のご協力にはいつも感謝しています。 どんなに生徒さんのお尻を叩いても、保護者の皆さんが快く同じ方向を見て協力してくださる からです。  コンサートやコンクール、そして受験前にガリガリに痩せ細ろうと(本当はちっとも 痩せないが…)、これからも皆さんにエネルギーを注ぎ続けるのだわ、と決心させてくれた 素晴らしいコンサートでした。

▲エッセイの先頭に戻る

6月4日(土)上野界隈・雑感
 最近息子が母校の附属高校に入学したため、入学説明会、入学式、授業参観、総会、 在校生の音楽会等々…、まだ2ヶ月も経たないのに矢鱈と上野に足を運ぶ機会が増えました。  私が学生だった頃の上野駅周辺は、表参道、青山、銀座、六本木とは異次元の、 戦後っぽい雑踏の雰囲気が残る街でした。(今でもよい案配にアメ横はその雰囲気を残している…)  怪しげな映画館や古い食堂、インチキっぽい小物を並べる店舗は消えてお洒落なビルに 建て替えられ、浮浪者で溢れていた上野公園には今時のカフェが建ち並び、さながらパリの 様相です。外観は以前と変わらない公園内の美術館も、そんな周りのブラッシュアップに 刺激されてか、内装が一変し素敵な空間に様変わりしました。  美術館の企画展も魅力的で、今春、東京都美術館ではルネッサンスを代表する画家 ボッティチェッリ展が掛かり、以前から鑑賞したかった『東方三博士の礼拝』『美しき シモネッタの肖像』をじっくり堪能することができました。  ボッティチェッリ展後の若沖展は空前絶後の人気で、都美術館の周りを2回り半する 行列ができたと話題になりました。(残念ながらその行列に加わる体力ははかった!)  国立西洋美術館では6月12日までカラヴァッジョ展が開催されています。  国立西洋美術館の建物は7ヶ国の共同推薦を受け、『ル・コルビュジエの作品群』の 一つとして、ICOMOS(イコモス)から“世界遺産一覧表への記載が適当”と勧告が なされ、先日ニュースになりました。まさに今が旬!話題の建造物と言えます。  東京藝大の美術学部の校内も十数年前に整備され、私たちがいた頃とは全く別の スタイリッシュな校舎に生まれ変わりました。一般に公開されている藝大美術館は、 藝大コレクションの常設展をはじめ、色々な企画展が魅力的です。美術館内には オークラのカフェや藝大グッズ販売のブースもあり、藝大オリジナルのノートなどの 文具を購入することができます。  藝大は、意外にも谷中、根津、千駄木といった、いわゆる谷根千が至近距離。上野駅と 反対方向に向かうと、古き良き下町情緒たっぷりの庶民の町が広がっています。木造の しもた屋を改造した素敵なカフェ、昔からある手ぬぐいや筆の専門店などともに、お煎餅屋さん、 八百屋さん、肉屋さんも大繁盛で、人々の生活が息づいています。  藝大は数年前から新しい取り組みを始めました。地方に住んでいる小・中学生に藝大の 教授陣が出向いて教える“出張レッスン”、高校を卒業しなくても実力があれば藝大に 進級できる“飛び級制度”(この欄でも以前取り上げました)、他大学では当たり前に 行われていた“大学公開日”の開始など。  大学公開日には様々な音楽会やレクチャーも開催されるようですから、これから進学を 目指す学生の方もご家族も、是非見学してみることをお勧めします。  あまり知られていませんが、藝高(藝大附属高校)は公開の演奏会が多く、一年を通して 校内外で演奏会を催しています。  藝大の大学祭(いわゆる藝祭)、大学公開、藝高の公開演奏会などで、学生の演奏を聴いたり、 はたまた藝大客員教授に就任した阪東玉三郎と鼓童のコラボ演奏会をはじめとする藝大主催演奏会 (藝大校内奏楽堂で開催)や、美術館を鑑賞しがてら、新しく変身した上野での美味しいお食事や 谷根千の散策をお楽しみいただくのも一興ではないでしょうか。  先日、今は亡き巨匠リヒテルの録音を自動ピアノで復元し、その自動ピアノ演奏とベルリン フィルのメンバーが合奏するという企画による、シューベルト『鱒』を奏楽堂で聴いてきました。 自動ピアノへの打ち込みの調整をソレイユの名物講師だった春畑セロリ先生(ソレイユでは本名で 教えてくださっていましたが…)が行ったという記事を読み、興味を持って聴きに行った訳です。 幽霊リヒテルとの息の合った演奏は大変興味深いもので、機会があったらそのコンサートについて またこの覧で取り上げようと思っています。  終演後、春風に吹かれながら夜の上野公園を歩いて帰る気持ちよさといったら!  是非、皆様にも味わっていただくことをお勧めいたします!

▲エッセイの先頭に戻る

5月7日(土)ソルフェージュ教育の重要性
 最近コンクール流行りで、コンクールの課題曲を次から次に手掛け、練習曲や音階などの 基礎練習を全く習わないで成長する子が多いと聞きます(ソレイユの生徒さんではありませんよ!)。 色々なコンクールに入賞している子でも、小さい頃に習得しなくてはならない基礎を学ばず 大きくなるとしたら、コンクールで賞を獲ることに関して近道をしているようでいながら、 その時間的な損失は測り知れないものです。  同じことがソルフェージュ教育でも言えます。ソルフェージュを音大受験のために必要な 科目、と認識している人も多いと思います。確かに間違いではないのですが、ソルフェージュには、 大学受験の前にも後にも音楽的領域を拡げてくれる絶大な可能性が秘められています。聴音と 新曲視唱、楽典だけを入試のソルフェージュ課題にしている音大が多いため、入試対策というと、 聴音・新曲視唱に絞ってレッスンする先生もいます(というか、そういう方が圧倒的に多いでしょう)。 勿論、聞こえた音が何の音かを聴き取るとか、どのようなリズムかを聞き分け、書き取ることが できるのは大切ですし、見た譜を瞬時に把握し、正しい音程・リズムで歌うことはできなくては いけないことです。しかし、この入試課題は必要最小限、といえる内容です。  見た楽譜を瞬時に読み取りピアノ・ヴァイオリンなどの楽器で正確に弾くことができる 初見視奏の力も重要です。楽譜の音取りに費やされる時間の節約は、余分な練習時間の節約に 直結し、練習内容をより密度の濃いものにすることができます。  ある一定の年齢になると、膨大な量の曲目を一度にこなさなければいけなくなる時が来ますが、 初見能力が高いとそれも苦痛でなくなります。  音楽の知識を学習する“楽典”は、最低限、絶対知らねばならない事柄です。これは覚えて しまえば済む内容ばかりですが、肝心なのは、この知識をどう音楽に活用していくか−−、 という展開方法です。  曲の中の転調とか和音の変化を、和声学の知識を持ち合わせていると、自分の力で楽曲分析が できるようになります。  楽曲をきっちり分析できると、作曲家がどのような意図で作曲したのか、どのような音色や テンポ感を求めているのかが想像でき、演奏が一気に立体的に変わっていきます。楽譜を読んで 音にする、という段階から、自分で奏法や音色を組み立てて音楽を作る、という高度で魅力的な 領域に到達していきます。  和声学を駆使した楽曲分析となると、ソルフェージュ領域から逸脱した感もありますが、 和声学だけでは決して征服できないため、双方の能力が問われるのです。  ピアノを弾く人の場合、楽譜に書いてある調を移調して弾くことができたり、メロディだけの 譜に伴奏をつけることができたりするようになると、またまた違う世界が開けていきます。  他の楽器の音域や、歌を歌う人の声の高さに合わせて移調がすぐ様できたり、自分で伴奏が 付けられたら、アンサンブルが一層楽しくなります。  一口にソルフェージュといってもこのように幅が広いのです。  どのような分野でも基礎が大切と言いますが、基礎を侮らず積み重ねていくと、のちのち できることが相互に繋がり、大きな可能性の幅が生まれてきます。  ソレイユ出身の渋川ナタリ先生が、 「ソレイユのソルフェージュを小さい頃から習ったお陰で、音楽仲間に信頼されるようになり、   仕事に繋がっているのは本当に有難いです。」 と言っていました。  ナタリ先生は、私たちの理想が一つの形になった姿です。  侮ることなかれ、基礎練習とソルフェージュ!何事においても基礎は大切というお話しでした。  

▲エッセイの先頭に戻る

4月9日(土)日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会・入賞/入選
   第30回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会弦楽器部門中学生の部(於:かつしか シンフォニーヒルズ)で、ソレイユ総合音楽教室生徒の依田しほさん(千代田区立麹町中学校1年)が 審査員賞、新井瑞穂さん(佐野日本大学中等教育学校3年)が入選を果たしました。  今年も生徒さんたちがコンクール等に積極的に挑戦し、益々良い経験を積んでいってほしいと願っています。 依田さん、新井さん、おめでとうございます!

▲エッセイの先頭に戻る

4月8日(金)4月29日、Ph.バルベリア氏マスタークラス
 4月は新学期を迎え何かと行事が多い月ですが、久々にマスタークラス(公開レッスン)&講師による ミニコンサートを開催します。  講師はフィリップ・バルベリア氏。パリ国立コンセルヴァトワール修了後、現在パリ・モーツァルト コンセルヴァトワール教頭を務め、ピアニスト・指揮者として活躍している方です。  ソレイユの生徒からは、群馬県ピアノコンクール小学3・4年生の部優秀賞、第38回PTNAピアノ コンペティションB級地方本選優秀賞を受賞した小畑蒼大君(ぐんま国際アカデミー6年)が受講します。  ミニコンサートではショパン、ドビュッシー、サティなどの名曲を演奏していただきます。  マスタークラスは公開レッスン形式で、ミニコンサート鑑賞を含め、料金は大人¥2,000、学生¥1,000。  日時は4月29日(祝)14:00(マスタークラス開始)です。マスタークラス終了後引き続き ミニコンサートを開催いたします。  会場はソレイユ総合音楽教室2Fホール。  ゴールデンウィークはじめの爽やかな陽気の中、沢山の方にいらしていただき、頑張っている生徒さんの 演奏と素敵なフランス音楽をお楽しみいただければ幸いです。  マスタークラスを企画して下さった平松里枝子さん、ありがとうございます!

▲エッセイの先頭に戻る

4月7日(木)廣瀬麻名先生、新しいヴァイオリンのクラス始動!
 桜の季節となりました。気温も上がりすっかり春です。  この4月、また新しいヴァイオリンのクラスがスタートします。新しいヴァイオリンの 先生は、東京藝術大学大学院博士課程を修了し、音楽博士の称号をもつヴァイオリニスト、 廣瀬麻名先生。  廣瀬先生は岐阜県出身、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校(通称、藝高)、藝大を 経て、博士課程を修了するまで12年間藝大に通った藝大の生き字引のような方です。藝大 出身の音楽博士と聞くとコチコチの才女を想像するかも知れませんが、実際はその一般的な イメージとは掛け離れた、笑顔はじける大らかで素敵な女性です。  小さい頃から英才教育を受けるため遠方までヴァイオリンのレッスンに通っていたのかと 思い伺ってみると、廣瀬先生の家の近所に藝大出身のヴァイオリンの先生がいらして、小さい 頃から受験期までその先生に指導を受けていたということで、都会でキリキリ仕込まれたのでは ないところが、あの明るさの由縁かもしれません。  藝高に入学してからは博士課程までの12年間、清水高師先生から、基礎テクニックも含めた レッスンを徹底的に受けられたそうです。自分のテクニックを分析し直し、はっきりとした意識が 持てる年齢になってからテクニックを作り上げた経験のある方は、教えることも上手だという 共通点があります。ヴァイオリンの先生として、胸がワクワクするエピソードです。  廣瀬先生はコンクール歴も華やかです。  第46回・第47回全日本学生音楽コンクール名古屋大会小学校の部第1位、第48回全日本 学生音楽コンクール名古屋大会中学校の部第1位、日本演奏家コンクール高校の部最高位、 YBP国際音楽コンクール高校の部第1位等、枚挙に暇がありません。  ヴァイオリンのクラスは人気があり、希望時間がすぐ一杯になってしまいますから、 レッスン受講希望の方はお早めにお申し込みください。

▲エッセイの先頭に戻る

3月5日(土)耳に良薬を!
上手な人の演奏を鑑賞することは、私にとっての何よりの薬です。 ここ2年程、殆ど演奏会には行けず、悶々とした日々を過ごしてきました。 留学中、ミラノに住んでいた時はスカラ座、パリだった時は街中に点在する オペラ劇場やコンサート・ホールと、そこに掛かるオペラやコンサートは可能な 限り聴いていました。 パヴァロッティが出演する演目はチケット入手が困難で、1週間列に並ぶか、 平土間席かガレリア席の年間オペラシートを持っているか(これも日によって 当たらないことがある)でないと無理、パヴァロッティの生の声は残念ながら 結局聴けませんでしたが、それ以外の世界のトップ歌手のオペラやコンサート、 著名な楽器演奏者のリサイタル等々を、日本ほど高価でない料金で思う存分 聴くことができたのは幸せでした。  どの演奏がコレクトで、どのような演奏に問題があるのかを聴き分ける耳が 培われていないと、自分の演奏を客観的に聴いて自分の力で良い方向に持って いくことができません。  音とリズムとが正確に演奏できたらコレクト、のはずはなく(歌の場合は それを達成するのも充分難しいのですが…)、上手な人に比べて自分に何が 足りないのか考えながら聴いていたものです。それは今でも習慣になっています。  響鳴が良く、力まず、息も長く、幅広い強弱と音域を出せるテクニックを持ち、 それによって表現の可能性が広がり、神懸かった音楽性に繋げている…、そのような 演奏をする人が実在するのを目の当たりにするのは刺激的です。  他の人に出来ることが自分にできないはずがない、私はそう考えます。  私の場合、腹筋力と口腔内の筋肉コントロール能力が一流の人たちと比べ劣っている と判断しました。  響鳴は口の中の空間で変化しますが、口の中の随意筋を自分の意志でコントロール できなくてはいけません。更に腹筋が大切。平地の多い太田市育ちは山育ちの人に 比べて腹筋が劣っています。  しかし、劣っていることが分かればそこを中心に訓練ができます。その差に気付く ことが向上のポイントなのです。  「音楽性が無いとか、その時代のスタイルに合っていないって指摘されたのですが」と、 相談を受けることがあります(ソレイユの生徒さんではありませんよ!)。これも できるだけ小さい頃から優れた演奏家による様々な時代の音楽を聴いておくことによって (生の演奏ではなくCDでもDVDでもよいのです)、簡単に解決できます。大人になってからでも 遅いということはありません。   ただ、今やっている曲を練習と並行してCDなどで聴くよりは、先にCDを聞いて、その曲の リズム感や音の出し方などのニュアンスを体の中に入れてしまった方が、練習が楽になるのは 確かです。  お母様方から、どんなCDを聴いたら良いのでしょうか、という質問を受けます。ジャケットを 眺め、音楽雑誌等で情報を集め、コツコツとCDを買い集めた上、良い悪いを判断するのがレコード (CD)鑑賞の王道でしょうが、それでは時間もお金も掛かりすぎます。大都市に行けば図書館があり、 音楽CDを気軽に借りてくることも可能ですが、田舎ではそういう訳にもいきません。You tubeは 無料ですしCD販売されていない演奏も聴くことができますが、全てが良い演奏というわけでもなく、 音質もよくありません。効率よく良い演奏に出会うには、アドヴァイスが必要といえましょう。  それで、私たちは聴いた方が良いCDをリスト化し、できる限り対応するようにしています。  多くのヴァイオリニストを輩出した名教師ドロシー・ディレイ女史は、「この曲はこの人のCDを 聴きなさい」と、参考にするべき演奏家のCDを列挙して真似させた、と本に載っています。  私が師事した指揮者の先生方から、音楽作りも教え事、ということを習いました。しかし、 1音1音習っているとそれこそレッスン時間が何時間あっても足りません。真似られるところは 真似させて、自分で音楽が作れるように育てていく必要があります。  コンサートに行って良い演奏に出会うと耳がリセットされます。良薬を耳に(口ではなく…) する機会をどんどん作っていきたいものです。   

▲エッセイの先頭に戻る

2月6日(土)朗報!合格発表
 今年は年明け早々に合格の朗報です!  東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(藝高)ピアノ専攻にK君(太田西中)が 合格しました!  創立者・小林宏子がソレイユ総合音楽教室を始めた33年前、文化不毛の地と言われて いた群馬県太田市では、首都圏のそれとは全く異なる水準で、クラシック音楽の教育が 行われていました。子ども時代を太田で過ごし、いざ音大に進学したいと思い立って東京まで レッスンに通っても、進学できる音大には限りがあり、なかなか希望の音大には入れない というのが30年前の状況でした。先生の技術力だけでなく、今思うと、情報量も随分と不足 していたのでしょう。  娘2人を憧れの音大に進学させたいと願っていた小林は、少ない情報の中から持ち前の行動力で その現状を打破しようと試みます。  演奏会に足繁く通い、自分の耳でこのピアニスト、と思った方の楽屋に娘を連れて行き、直談判で レッスンをお願いし、弟子入りが叶いました。知人の紹介で弟子入りするのが常識のこの世界、如何に 知らないとはいえ、大胆な切り込み方と言えます。  娘が小学5年生からその先生に習い始めると、1音1音、音の出し方からやり直しをさせられる 地獄のレッスンが始まります。3ヶ月間ハノンを使ったタッチの修正ばかりが続いた後、音色が 見違えるほどブラッシュアップされていくのがわかり、それまで受けていたレッスンとの違いに 心底驚いた小林は、その指導力を持った先生方に太田に来ていただくよう奔走し、自分の仕事のために 購入したビルの2階と3階が空いているから丁度良いとばかり、音楽教室を設立したのでした。  子供の時から習った事を自然と積み上げていくだけで、東京藝大を初めとする主要音大に合格できる 充実した音楽教育、これを太田の子供たちに受けさせたいという小林の思いの種が33年前に蒔かれた のです。  その後、数名の東京藝大合格者(ピアノ科と声楽科)、そして毎年主要音楽大学・音楽高校への 合格者を送り出して設立の目的を果たす中、難関と言われる東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校の ピアノ専攻に生徒を送れないか、と小林の夢は膨らんでいったのでした。  音楽を専門とする唯一の国立の高校である藝高の募集人数は1学年40名(年によって数名増減する)、 28種類の楽器別の専攻募集があり、その中でピアノ専攻は毎年12名程合格します。首都圏(東京・ 神奈川・埼玉)からかなりの人数が入りますから、それ以外の地方からは毎年数名程度ということに なってしまいます。  15歳にして完成形を要求される藝高のヴァイオリン専攻も難関で、難度はピアノ専攻と双璧をなし、 1つの学年でピアノとヴァイオリンの専攻者が6割を占めます。  その他にヴィオラ・チェロ・フルート等、弦や管の楽器群と作曲、そして国立の音楽教育機関という ことで邦楽の長唄・三味線・箏・尺八等の専攻が加わります。  日本中から集まった精鋭たちが藝大と藝高の先生たちから毎週何かしらのレッスンを受け切磋琢磨し 合うのですから、刺激的で充実した3年間となることでしょう。  まだ柔軟性がある若いうちに理想的な音楽環境の中で思う存分勉強ができるのは本当に羨ましいこと です。  伸ばせるだけ音楽の力を伸ばし、一方で教養のある文化人となるよう、音楽以外の勉強にも励んで 欲しいと願っています。  藝高に入ることが人生の目的でないことは自明の理です。K君には恵まれたスタートが切れたことを 自覚し、夢に向かって歩んでいって欲しいものです。  ご指導いただいている先生方、応援して下さる方々に感謝申し上げます。  教育の大切さを説き続けた創立者が天国から微笑んでいる姿が見えるようです。  さぁ小さい皆さん、次はあなたたちの番ですよ!夢に向かって頑張っていきましょう!  

▲エッセイの先頭に戻る

1月9日(土)長時間の練習と気合い
 新年明けましておめでとうございます。  皆様、楽しい年末年始を過ごされましたでしょうか?  この年末年始は、全く休みを取らず練習に付き合って過ごしました。  年末年始の長期休み中、遊びに行かないで過ごすと思いの外たっぷり練習時間を 取ることができます。大抵の会社はお休みで、事務的な仕事の電話や訪問がないですし、 国中が一斉にお休みするので、お休みすることに後ろめたさを感じずにいられます。  部屋を暖かくして動きやすい格好をし、たっぷりの食料を冷蔵庫に詰め、いざ練習へ。  通しの練習の後、練習の計画を立てて細かく部分分けした練習を開始します。籠もって 集中し練習することができると驚くほど習得度がUP。全部付きっきりで聴いている訳では ないので、途中食事の準備をしたり、家の中の掃除をしたり、溜まっている事務仕事を 片付けたりと、色々なことが捗ります。  慣れてくると練習する本人も長時間の練習が苦痛ではなく当たり前な感じになってくる ようです。  昨年のクリスマスコンサート後のパーティで、プロを目指す人たちは、休みの日に1日 10時間を目標に練習しましょう!と呼びかけたところ、年末に中学生から、 「先生に言われたので8時間半練習しました。」 「毎日8時間やっています。」 という嬉しい報告を受けました。  3人の息子を東大理Vに合格させたお母さんによれば、冬休みは1日15時間勉強しなければ いけないのだそうです。流石に、楽器の練習においては1日10〜12時間が限界。開設32年の ソレイユ総合音楽教室ですが、「10時間練習しましょう」、と呼びかけて、 「はい、やっています!」 と答えてくれた生徒さんがいたことはなく、子供たちが素直な時代なのか、偶然そういう子たちが 揃ったのか、皆が競って頑張るという気運が高まっているのか、いずれにしても喜ばしいことです。  長時間練習できると、物理的に沢山の曲に取り組めるようになります。  ピアノやヴァイオリンの曲などは30分を超える曲がありますが、少ない練習時間だと納得の いくところまで細部に磨きがかけられません。  1曲3分くらいの練習曲なら1週間で4〜5曲仕上げていくことができるでしょう。  ピアノなら、指の訓練のためのメソッド(ハノンなど)、練習曲(ツェルニーなど)、バロック (バッハなど)、それ以外の古典、ロマン派、近現代の曲、というように、大まかに区切って 4種類の分野の曲を並行して練習する必要があります。できない箇所をできるように、例えば、 ゆっくりと、リズムを変えて、音形を変えて、など工夫する、先生に言われた音質や曲想になる ようによく聴きながら繰り返し練習する、全体的な流れを掴む練習をする・・・等、時間を掛ければ 1曲ごと丁寧に仕上げることができます。  長時間の練習は慣れでもあるのですが、やり始めよう!と決心する時には気合いが必要です。   仕事のコツは気合いだ   女にモテるコツは気合いだ   男にモテるコツは気合いだ   大概のことが上手くいかないのは   気合いが足りないからだ        斎藤一人      (この方がどんな方かは知りません・・・)   言われていること以外に   自分で何をするかです   それを苦痛と感じるかどうかが   一流になるかならないかの   分かれ道               井村雅代      (リオデジャネイロ五輪・シンクロナイズドスイミングヘッドコーチ)   人生は氣合いで生きてゆくんだ     加藤カヅエ   (女性初の国会議員)      加藤カヅエさんのこの言葉は男のお孫さんのお節句祝いの色紙に書いたもの。お祖母様の 男の子への力強いメッセージです。  それにしても皆さん、相当気合いを入れて生きている感じがしますね。  言われて直ぐに立ち上がり練習を始めた生徒さんたちの波に乗って、今年、皆さんが前向きな 気持ちで練習に取り組んで下さることを期待しています。

▲エッセイの先頭に戻る

12月5日(土)『コウノドリ』『のだめ』の効能
 ソレイユニュース巻頭エッセイが今月で200号となりました!  1999年5月にスタートして以来、17年近い歳月を経たことになります。  その時々で目に止まった “何か良いこと”を皆様にお伝えしたいというのが 書き始めた動機でしたが、ネタが尽きることなく続けることができたのは、月1回 というペースが丁度良かったからでしょう。  “書く”という機会を与えていただいたお蔭で、書き続けることができ、続ける ことができたお蔭で、書くことがおっくうにならなくなったというのは、幸せな ことだと実感しています。  近頃『コウノドリ』というテレビドラマが話題です。  「『コウノドリ』ってドラマ知ってる?僕のお父さんのお仕事と同じなんだよ、 先生見てよね。」  小学生の男の子が報告してくれました。それ以外にも色々な方から『コウノドリ』に ついてのお話を伺います。  今、家にテレビが無く(本当!?と驚かれる)、どうやって話題について行こうかと 思案していたら、今は探せばあるのですね・・・、インターネットにGYAOという映画や テレビの配信サイトがあって、早速見てみました。  舞台は病院の産婦人科。産婦人科医と助産師、新生児科(NICU)や周産期センターの 医師を中心とする医療スタッフが主な登場人物で、出産に関しての様々な難問が取り上げ られています。  未受診妊婦の出産、14才の女の子の妊娠と出産、交通事故に遭った妊婦の出産、 未熟児の出産、不妊症、妊娠中の風疹罹患による赤ちゃんの白内障と心臓疾患、助産院 での出産、胎盤早期剥離の手術等々。  現場を充分に取材したと思われるリアリティがあり、密度の濃いストーリーにグングン 惹きつけられていきます。  自分自身の出産体験は1回で、出産経験者と胸を張って言える立場ではありませんが、 昔から出産には非常に興味があり、子供がお腹に宿る前から出産に関する本や記事など よく読んでいました。安全に出産するための準備方法、また、自然に産むための出産時の 呼吸法や心得など、助産院の先生に数回特別に出産教室を開設してもらい、数ヶ月前から 通って出産の勉強もした程です(そこで何人もの出産をビデオで見せて戴いたので、 誰よりも沢山出産した気分でした〔笑〕)。  昔に比べ、出産で亡くなるお母さんも赤ちゃんも減ったのは目覚ましい医療技術の発展に よるもので、本当に素晴らしいことです。ただ周りの環境に恵まれ過ぎているために、 妊婦さんたちが、出産を受動的に捉え過ぎている、というドラマでの指摘も頷首できます。 出産を“産ませてもらうサービス”と受け止めている、と言ったらよいでしょうか。健康な 赤ちゃんを産むために、そしてなるべく自然に出産できるように、事前の主体的な勉強は 大切なことだと思います。  このドラマの中では数百グラムの赤ちゃんが登場します。出産シーンの赤ちゃんも生後数日の 新生児が出演しているそうで、そのリアリティに驚きの連続です。産まれて直ぐの新生児は産科に いるので、産婦人科には新生児科の医師も頻繁に出入りします。  僕のお父さんのお仕事!と言った小学生のパパはここで登場です。  ドラマを通して、夜間も働き続け人の命を救う病院の先生たちの姿を見ると、頭が下がります。 小学生の男の子が“僕のお父さん”の仕事の現場を知り、誇らしげなのは素晴らしいことだなあ と思います。  主人公サクラは産婦人科医師でありながら、Babyというアーティスト名を持つピアニストでも あります。緊急のベルで呼ばれると、たとえ本番中であろうと本番を中断して病院に駆けつける ため、ライブは貴重で、その正体は謎につつまれているという設定。  出産時に母が亡くなったため児童養護施設で育ち、施設の先生(先生役がジャズピアニストの 綾戸智恵!!これが本当だったら上手くならないはずはない!!)からピアノを習ってピアノが上達し、 医師兼プロピアニストになったという役柄は、生徒さんたちの向上心に火をつけたようです。 主人公が男性のためか特に男の子たちが、将来医師になってプロピアニストにもなる、とか、僕は プロヴァイオリニストになる、と言ってくれるのは嬉しいは反応です。  以前『のだめカンタービレ』というドラマに感化され、ピアノ人口が増え、音大に進学した 人たちが何人かいました(この時は主人公が女の子だったので感化されたのは女子たちでしたが・・・)。  あの刺激がなかったら、あの子たちはあのように頑張って音大には進まなかったのかもしれない と思うと、着火剤は必要なんだわ!と思う次第です。  早くも2015年は今月を残すのみとなりましたが、今後もソレイユニュースはまた新たな気持ちで 続けてまいります。どうぞご期待ください!  皆様、よいお歳をお迎え下さい。

▲エッセイの先頭に戻る

11月7日(土)やる気と熱意〜バレエの場合
 最近、やる気とか熱意について考えることがあります。  プロを目指して修行中の人たちにはその燃えるような気持ちが不可欠ですが、 練習を重ねていくにつれて当初の情熱が消えてしまうこともあり、熱い思いを 消さずに優れた能力を伸ばし続けて行くにはどうしたらよいのか、私たちは いつも考えています。  先日、バレエのDVDを2本購入しました。1本はジュニアのための世界2大 コンクールの1つと言われているユースアメリカグランプリ(YAGP)の出場者を 追ったドキュメンタリー映画『ファースト・ポジション』、もう1本は名門パリ オペラ座バレエ学校の1年間の生活を撮った『未来のエトワールたち』。  YAGPは世界6ヶ国で予選が行われ、毎年出場者が5000人を超える大規模な バレエコンクールで、上位の人たちは世界各国のバレエ団への入団やバレエ学校の 奨学金などが約束される、バレエダンサーの登竜門です。  映画の中で追うのは、幼児期より運動能力に優れた金髪で美しいアメリカ人の 11才の男の子、日本人の教育熱心な母を持ち、学業はバレエのため通信教育に 切り替えた12才のアメリカ人のハーフの女の子、シエラレオネの内戦で親や先生を 目の前で殺害された過去を持ち、白斑のため差別され、その後アメリカ人の養子に なった14才の黒人の女の子、貧しさから抜け出すために両親の熱い期待を背負って、 単身アメリカで修業するコロンビア人の16才の男の子、ニックネームが“バービー”で 美しさと経済的豊かさ、身体能力、何一つ欠けているようには見えないアメリカ人の 17才の女の子、の5人。  同じ志を持つ5人ですが、この極端な生育環境の違いは、まるでドラマを見ている ようです。唯一共通するのは驚く程の練習量。 この映画が撮影されたのは2010年で、その後5年経った現在の彼らを追跡することが できます。  このコンクールの審査をするのは、パリオペラ座バレエ学校の校長をはじめとする、 世界第一級のバレエ団やバレエ学校の先生たちです。世界中から集まった若いダンサーに 何を求めるのかという質問に対して、技術、芸術性、音楽性(リズム感等)は勿論のこと、 何より大切なのは熱意だと口を揃えて答えていました。  もう一方のパリオペラ座バレエ学校のDVDは、毎年1000人から選抜される合格者 20人ほどの入学式から始まります。入学試験では柔軟性、身長等、厳格に定められた 基準をクリアするのは勿論のこと、意志の強さや熱意を見出すことが大切と、試験官は 語っていました。  入学後、彼らはフランス国家による理想的なバレエ教育が受けられます。自らの上達度の 低さから弱気になるのか、認められないためにイヤになるのか、他の子と自分を比べて やる気が消えるのかは分かりませんが、精神的にぐずぐずになり、情熱を失っていく子が 結構いるのは驚きです。学年末の試験で毎年何人かは落とされ退学になります。  持って生まれた高い能力と理想的な環境だけでは、意志の持続が難しい、と思わせる ドキュメンタリーです。  YAGPの5人の現在がどうなっているか、興味のあるところでしょう。  シエラレオネ出身の黒人の女の子は、その生立ちとコンクール歴が全米で有名になり、 本も出版され(日本語訳もあり)、現在オランダ国立バレエ団の団員になりました。 コロンビア出身の男の子は奨学生となったロイヤルアカデミーを修了し、現在イングリッシュ ナショナルバレエの団員に。  この2人は逆境が意志力を強めた例といっていいでしょう。  日本人とアメリカ人とのハーフの女の子は、その後ヴァルナ国際とモスクワ国際で優勝して コンクールキャリアを重ね、今年からバーミンガムロイヤルバレエの団員になりました。 母親との協調関係が、この女の子の前向きな意志を持続させているようです。  理想的な運動能力を持つアメリカ人の男の子は、世界中のバレエ学校からのオファーを 受けながら、アメリカでレッスンを受け続けています。YOU TUBEなどで見ることができる 現在の彼は、美しく鍛えられた身体を持ちながら、つまらなそうに踊っている表情が印象的 でした。高い志を持ち続け、大成してほしい人材です。  バービーちゃんはどうなっているか?柔軟性の高い身体、金髪で美しい容姿、恵まれた 経済環境の彼女には、本番で必ず失敗する、という精神力の弱さがありました。学校で チアガールをしたり、ボーイフレンドと遊んだりという楽しみもあり、精神力の弱さ、 やる気の欠如を努力で補うことなく、バレエを辞めました。    逆境の2人のギラギラと輝く目、ハーフの子のニコニコ可愛らしい笑顔が印象に残る映画です。  のんびりとそれなりに生きるのも幸せなことでしょうが、強い意志を持ち続けて生きる 彼らのような生き方は、計り知れない魅力に溢れています。

▲エッセイの先頭に戻る

10月3日(土)今日は素敵なクリスマス
 本棚を整理していたら10年前に刊行された雑誌が出てきました。  その中に掲載されている巻頭エッセイを読み、10年前、滂沱の 涙を流したのを思い出しました。  結構知られている話なのでご存知の方もいらっしゃるかも知れません。 小学校の女性教師の経験談です。   その先生が5年生の担任をしていた時、服装が不潔でだらしがなく、  どうしても好きになれない少年がいた。その年の中間記録には、少年の  悪いことばかりを記入するようになっていた。   ある時、少年の1年生からの記録を目にし、書いてある内容に驚く。   1年生、「朗らかで友達が好きで人にも親切。勉強もよくでき将来が  楽しみ」、2年生、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻  する」、3年生、「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠り  する」、3年生後半、「母親が死亡。希望を失い悲しんでいる」、4年生、  「父親は生きる意欲を失いアルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」。   先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた少年が突然深い  悲しみを生き抜いている生身の人間として立ち現れた、と先生は感じた。  放課後、一緒に残って勉強していかないかと声を掛けると、少年は初めて  笑顔を見せた。それから毎日熱心に予習復習を続け、少年が初めて教室で  手を挙げた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始め  ていた。   クリスマスの午後、少年は先生に小さな包みを渡した。香水の瓶が入って  いた。亡くなったお母さんの物に違いない、と先生は思った。それを一滴つけ、  夕暮れに少年宅を訪れると、少年は飛んできて顔を先生の胸に埋め、「ああ、  お母さんの匂い!今日は素敵なクリスマスだ!」と叫んだ。   高校卒業時、その少年からカードが届いた。   そこには、「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって  とても幸せでした。お蔭で奨学金を貰って医学部に進学することができます」と   書いてあった。   10年を経て、またカードが届いた。そこには先生と出会えたことへの感謝と  父親に叩かれた経験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう  締めくくられていた。   「僕はよく5年生の先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を  救って下さった先生を神様のように感じます。大人になって医者になった僕に  とって最高の先生は、5年生の時に担任してくださった先生です」と記されていた。   そして1年後、結婚式の招待状が届く。その招待状には、「母の席に座って下さい」と  一行、書き添えられていた。  聖心女子大の名誉教授でクリスチャンである鈴木秀子先生が小学校の先生を されていた時代の実話です。  この話を初めて読んだ時、先生である以上、各々の生徒さんの心を理解し、 温かく接し、良いところを伸ばしていってあげられるこのような先生でありたい、 と思ったものです。  このエピソードは時折、心の中にフラッシュのように蘇ってきて、日々の反省の 材料になっています。  このエッセイは、藤尾秀昭著『小さな人生論@』(致知出版社)に掲載されています。  私に関わった方の人生が、よい方向に変わっていくお手伝いが出来れば…そういう 人生を歩みたいと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

9月5日(土)ピアノのお稽古はHQの向上効果大!
 先月号でドーパミンの分泌と練習成果の相関関係について 取り上げました。  元々子供はドーパミンの分泌量が多いので、嫌々練習しても 効果があるという、あのレポートです(笑)。  今月は脳科学者澤口俊之氏がテレビ『ホンマでっか!?』で 発言して話題になった、“ピアノは脳にいい”について書いて みましょう。  学術的に証明されている限りにおいて、ピアノほど脳に良い 習い事はない、と澤口氏は断言しています。ピアノを習うことで、 ピアノが弾けるようになるというスキルだけが身に付くだけではなく、 他の習い事にはない幾つかの優れた効果をもたらすのだそうです。  まとめて言うなら“ピアノは地頭を良くする”ということ。 どういうことかというと、脳の構造を劇的に変える効果がある、 ということです。  具体的には、前頭前野が構造的に発達しHQの長期的な発達に 繋がる(HQについては後述)、脳梁が太くなり左右の脳の バランスが良くなる、小脳が大きくなり運動機能や知的機能、 感情的機能もアップする、海馬が発達し記憶力がアップするので 学力向上に繋がる、などなど。  脳の機能を全体的にレベルアップすることができるので、 学問だけでなくスポーツにまで効果を及ぼすというのだから 本当に驚きです。  ピアノの何が脳の発達に効果をもたらすのか興味深いところですね。  ピアノは両手を並行かつ複雑に使いますが、その使い方は左右で 全く異なります。これが他にない非常に高度な行為なのだそうです。 その上、演奏と併行して楽譜を先読みしたり、暗譜して演奏したり する、いつも私たちが何げなくやっていることは、言葉で表すと この上なく難しいことなのだということがわかります。  スキル以外に能力(アビリティ)まで得られる習い事はピアノ以外 殆どないということで、先程述べたHQの向上にも目覚ましい効果が あるのだとか。  IQは一般的に知能の度合いを表す指数ですが、HQは潜在能力 (知恵を育てる能力)の度合いを示す指数です。HQとは、夢や 目的に向かって適切に行動する能力である“未来志向的行動力”と、 理性・思いやり・協調性を身に付けて上手く生きる能力である “社会関係力”のことで、HQの向上は、夢の実現や社会的成功、 良好な恋愛関係や結婚生活、更には運動能力や器用さ、言語能力、 IQの向上にまでも繋がるのだそう。  子供達にとって、学力や言語能力、運動機能が向上すると聞くと 心弾むでしょうが、“良好な恋愛関係が築ける”ってところが 大人にはなんとも魅力的ですね(笑)。  夢の実現と社会的成功という点において、ソレイユの先生方や 学生時代の友達、音楽関係の知人などを見ていると、皆楽観的で 明るいので、その明るさが夢の実現に繋がる元になっている気が します。HQ度が高いというのは“楽観的で根が明るい”という ことなのかも……、というのは私の考えです。  いつピアノを習うと効果的なのか、皆さん知りたいところでしょう。  HQを高めるには5〜8歳頃がより効果的で、週一回40分の レッスンで効果が現れるのだそうです。4ヶ月くらいで効果が 現れ始め、脳の構造を変えるには2年が必要。後はやればやる程…… という継続期間との相関になるそうです。  大人になっても効果が望めるということですから、大人の皆様も 夢の実現や社会的成功、良好な恋愛や結婚が現実のものになる 可能性大ですね(笑)。 冗談は兎も角として、習い事の王道、ピアノを、嫌でも習って 脳構造を改善しましょう!(とはいっても嫌々習うのなんかご免ですね〜。)  ソレイユの素晴らしいピアノの先生方に習って、可能性を広げることをお薦めします!  秋からピアノ、いかがですか?

▲エッセイの先頭に戻る

8月8日(土)練習とドーパミン
2015年ソレイユコンサートに出演なさった生徒さん、大変お疲れ様でした。  初出演の方たちも堂々とした良い演奏を聴かせてくれました。  皆さんの演奏から、コンサートに向けてどのような練習をするべきか、そして 本番にはどういう心構えで臨むべきか、ということを深く理解しているのが 伝わってきました。  音楽のプロを目指している人もそうでない人も、真剣な面持ちで自分の最大限の 力を発揮している姿は美しいものです。集中し、自分の一番良い演奏を披露しよう とするその意気込みが、聴いている人に感動を呼び起こします。今年もそういう 演奏でした。  終演後の写真撮影の時、演奏を終えた面々を見て、毎年皆さんの頑張りに泣いて しまうのですが、今年も涙を抑えることができませんでした。  リハーサルで上手にできず先生方に注意されてへこんでいた人、何回も呼び出され 練習を一緒にした人も、本番まで練習を重ね、素晴らしい演奏をしてくれましたし、 やる気スイッチが入っている人たちは、昨年を凌駕する息を呑む演奏をしてくれた のも嬉しい成果でした。  リハーサルが上手くいってしまったせいでしょうか、本番に間違えてしまい、 自分の出来に満足できず、苦い顔をして舞台袖で固まっていた子もいました。 納得いかなかった様子でしたが、気持ちを切り替え、次の出番では見事に リベンジを果たしたのは頼もしいことでした。ソレイユコンサート後の レッスンの時、次回のクリスマスではこういう失敗をしないんだと、本人が クリスマスコンサートの曲目を決めてやる気になっていると聞いたときには 思わず笑ってしまいました。本番が決められなかったのが余程悔しかったの でしょう。  練習に付き合って欲しいと自主的に申し出てきて、何回か本番前に見てあげた子は、 リハーサル時の自信の無さそうな演奏から一変、ミスもない上、実に勢いがある心の こもった演奏を聴かせてくれました。自らの上達度に満足するものがあったのでしょう。 中学に入ってからも続ける、とお母様に言ったそうで、達成感を得られやる気になったのか、 嬉しい成果です。  “褒め上手は育て上手”等の本が子育て本のベストセラーになっています。 欠点の指摘をしたり、叱ったりせず、良い点だけを褒めて育てる教育方法を 良しとするものです。  勿論、褒めるべき点は私も充分褒めるようにしていますが、明らかに不足 していること、またモラルに反する行いについては、年齢にもよりますが、 レッスンの中でもきちんと指摘するようにしています。  日常やレッスンの中でちょこちょこ褒められて得られる達成感も嬉しいもの ですけれど、本番に向けて出来ないところを指摘され、練習し、出来なくて 泣いたり等の数々のハードルを越えた後、本番で素敵な演奏ができた達成感ほど 爽やかな喜びはありません。もうこれはやる気を出させるための策略とか指導の 次元を越えた、自分自身で得たものだからでしょう。いつもこの覧で述べています が、この達成感を味わうことは、音楽の枠に留まらず人生の質の向上に繋がる、と 私は思っています。  “頑張ると良いことがある”ということを自らの経験で掴み取ると、 嫌々やっていた練習にも喜びが感じられるようになります。練習が好きで たまらない、などという人は子供に限って言えば今まで出会ったことが ありません。しかし、一度喜びを味わった人は、“練習は面倒臭い”と いう気持ちが薄らぐものです。  習い事をするとき、嫌々やっている場合と喜んでやる場合の効果の違い について、脳科学者澤口俊之氏が次のように述べています。  「楽しんでやる方がやはりより効果的です。ドーパミンが出た状態 (喜びを感じながら行う…)でないと基本的には効果は望めないからです。 しかし、子供は元々ドーパミンの数値が高いので、訓練と思って取り組んだり、 嫌でも取り組んだ方が良いと思います。」  子供は嫌でもやった方が良い・・・、のだそうですが、達成感を得、喜びを 知った後で行う練習は、より効果的ということです!  ドーパミンがドクドク出た状態で練習する次のコンサートが 楽しみになってきましたよ!

▲エッセイの先頭に戻る

7月4日(土)危機感を持って子供の教育を!
 子供たちの教育、日本の将来について考える時、 ヴェネツィア共和国の存亡を描いた塩野七生氏の 大作『海の都の物語』を思い出すことがあります。  塩野氏は、地中海世界を中心とするヨーロッパ、 オリエント(主にトルコ周辺)史を書いてきた作家 です。国が誕生する起源、栄華を極めた理由、消滅 するに至った経緯などを、国同士の政治的な駆け引き、 戦争の原因と戦略、また経済状況に絡め、雄大かつ 繊細に物語を展開しています。  国境の定義が今日のように決定していないその昔 (今日でも勝手に国境を変更しようとする国もあり ますが…)、力を持つ国がその国境を自由に拡大して いました。塩野氏の著作には、国土を失わないための 色々な知恵が、ところかしこに散りばめられています。  様々な知恵の中でも、『海の都の物語』において 特筆すべきは、国を維持する根本となる経済活動の 特異性です。  貴族が特権階級として君臨し、その地位に甘んじる ことなく、若い頃、一般国民と一緒に船に乗り貿易を 行う商人として働く習慣がありました。干潟(ラグーン)に 杭を打ち込んで都市を構築した、文字通り“海の都” ヴェネツィアには、海産物以外の資源はなかったから です。  ヨーロッパ中から集めた品物をオリエントに船で 運んで売り、逆にオリエントで仕入れた品々を ヨーロッパに運んで売る、という貿易業で成り立っている 国でした。  海水の通りが良くなるよう手をかけなければ 沈下してしまう国土を、公共事業によって整備し、 動きを止めると死んでしまう海の中の魚のように 国民が働き回って国を維持している…、そんな印象を 受けます。  資源がない国というと思い出すのはここ日本。 掘削すれば石油やシェールガス、鉱物が出て、 他国に売ることで外貨が稼げる国と違い、日本が 外貨を稼ぐには、他国の人達が欲しがる製品や サービスを作り出し、高い技術を習得する必要が あります。  今日本の学校で、盛んに理系科目の強化が謳われて いますが、宇宙開発から家電に至る様々な製品、 コンピューター他の新システムの創出など、様々な 製品やアイデアは理科的知識が土台になっていますから、 推奨すべき流れと言えましょう。  新しいシステムを考えることができる頭脳の育成 (大雑把な言い方ですが)は重視すべきことです。 奇想天外な発想はSF小説、また歴史や古典を読む ことで閃くかも知れません。言葉を駆使した文系の 勉強も勿論大切です。  何となく豊かなこの日本で、のんびり教育を受けて、 何となく就職し、人並みに生きる――特にここ太田市は 各種の産業が栄え、他の都市に比べて就職先も多く、 人々がそれなりに豊か――、これは有難いことだけれど、 よく考えてみるととても危険なことなのではないかと思う のです。  『Babyソレイユ』のクラスで、0歳からの子供たちに 接し教育のお手伝いをしていると、子供の吸収力、成長の 度合いにいつも驚かされます。  様々な刺激を与え、好奇心の芽を伸ばしてあげると、 どんどん色々なことができるようになっていきます。  小さい頃から歌ってあげると歌が上手に、笑いかけて あげると良く笑い、話しかけてあげるとよく話すように、 本を読んであげると本好きになる、といった具合に。 一人として例外はありません。  ピアノやヴァイオリンを通して、毎日少しでもよいから 練習する習慣をつけてあげると、個人差や男女の性差は ありますが、小学校3年生ぐらいになると、楽器の練習も 勉強もするのが当たり前と思うようになり、それに順応 できる体ができてきます。  音楽の技を積み上げて、それこそ海外で活躍する(外貨を稼げる) 音楽家になる道も開けていくことでしょうし、日々同じことを 繰り返す習慣と体ができると、その後どのような分野に進んでも 自分の力で生きていけるようになります。積み上げてきたことが、 ある時から増幅され、目覚ましいエネルギーに変化するようになる からです。  国の根幹が覆される出来事がなく一生を過ごせれば大いに結構ですが、 子供は育て方で持てる力を充分に発揮できるようになるのですから、 声高に、危機感を持って、教育の充実を喚起していきたいと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

6月6日(土)体のお守りは上手にしたいものですね……
 無理をして頑張るのにも程がある――、先月の経験から得た教訓です。  仕事をし、幼児だった息子を育て、介護認定4の母を自宅介護していた時に 身体が悲鳴を上げ、左上半身と右下半身が1年間麻痺したこともあったし、 イタリア留学から帰国した時の無理が祟り椎間板ヘルニアで8ヶ月間動けなかった こともあったし、大学院受験前に泥縄式で勉強した時も試験が終わった途端、 結膜炎、中耳炎、喉頭炎にいっぺんに掛かったし、譜が読めずピアノを弾いたこともない 受験生を高2の終わりに引き受けて国立音大に合格させた時も疲労で立ち上がれなくなった等、 無理をすると身体が悲鳴を上げるのは幾度も経験しているはずなのに(私の病歴を列挙しても 全然楽しくないですね!)、喉元過ぎれば熱さを忘れるの諺通り、このくらい大丈夫だろうと、 昔のことはすっかり忘れ邁進してしまうのはどうしたものかと反省することしきりです。  幸いいつも症状が分かり易く表面に出てくれるので、ここが限界と自覚し、それでセーブして 今まで生きてこられた感じですけれど。  手足が麻痺しようが、体の何処かが炎症で痛かろうが、頑張った自分への勲章と思い、 別段今までは仕方ないとやり過ごしていたのですが、今回は突然舌の左側が動かなくなって、 これに心底ショックを受けている自分に驚かされました。舌から喉奥まで繋がっている 左側の声帯も動かぬまま。声楽家としての活動を中心に生きているのではないのに、声を失う かもしれないという恐怖は、想像していたのよりずっとずっと深いショックでした。  のんびりできる時間に考えているのは、周りの人達がより幸せで心地よく過ごすには どうすればよいか、ということばかり。ソレイユの生徒さんたちが楽しく音楽を学べ、 楽しいだけでなく実力も向上する(受験生は志望校に合格する、コンクールに挑戦する人には 入賞する)よう、笑顔と希望でいっぱいの空間をつくっていきたいとか、先生方がより明るく 意欲的にレッスンができるようバックアップしたいとか、家の中では、楽しい会話がいっぱいで 美味しいものがあって笑いが絶えないようにしたい(とはいえ髪逆立てて息子を叱っている日々 ではあるのですが…)とか、自分以外の人の幸せを考えていることに何の不足も感じないので、 久々に自分のことを振り返ることになってみたら、声帯が動かないことへの喪失感の大きさに 愕然としたのでした。  歌を歌うことは私の人生修業そのもので、年々色々な技術を獲得し積み上げてきた私の作品です。 声変わりの最中の13歳の時、カスカスした声でレッスンに通い始め、30数年掛けて今の歌い方を 獲得してきました。  今回は10日程で自然治癒し、また元の状態に戻ったので幸いでしたが、このまま回復しなかったら、 これからどう生きていこうか、心のよりどころをどう見つけていこうか、と真剣に考えました。  苦楽を共にしてきた相棒を失う時、その現象をどう捉えたらよいのだろうかと、考え方を試されたような 10日間でした。  いつもヘラヘラと生きているようですが、時には真剣に人生を考える時もあるのですよ。  本人にとって辛くて仕方がないことでも、暗い顔をしていると場が暗くなり、周りによい影響を与えない、 ということも経験しました。周りの皆さんも一緒に暗くなってしまったのは申し訳ないことです。  ケガをして病院に行かない作家、沢木耕太郎氏と、女優、高峰秀子氏との対談を読んだとき、こんなことが 書いてありました。  高峰秀子氏が 「ケガをしたのだったら病院に行って早く治しなさい。痛いのはあなただけではなく、家族や周りの人達、  皆が同じように痛いのですから」と。 1人が病気で苦しんでいると、共鳴し合っている人たち皆が同じように苦しみを感じてしまうものなのですね。  誰でもそうでしょうけれど、病気になった、体が動かない、という理由でそうそう仕事は休めるものでは ありません。  時間を見つけて休息を取り、体のお守りを上手にしていきたいものです。周りの方々の温かさと思いやりに 助けられた5月でした。    すっかり良くなり心からの笑顔で皆さんをお迎えできそうです!

▲エッセイの先頭に戻る

5月2日(土)凄いピアノが……FAZIOLI !!
“評価が固定している分野で新境地を開拓−−。”  言葉で述べるとさらっとこんな風なのですが、実は幾重にも重なる固定観念を覆した 現代の偉人、パオロ・ファツィオーリ氏をご紹介しましょう。  “ファツィオーリ”と聞いて、あ!と思う人は余程のピアノフリーク。  イスラエルのテルアビブで2014年に開催された『ルービンシュタインコンクール』 での“事件”で一躍有名になったピアノメーカー名です。  イタリアで生活していた時、自宅に置くピアノをレンタルするためピアノショップに 足を運んだことがあります。日本ではYAMAHAとKAWAIが日本の各都市に専門ショップを 展開していて、ピアノと言えば2つのメーカーの独占状態。今でこそ複数のピアノを 展示しているピアノショップもありますが、そこに置かれているピアノも数社に留まって います。  イタリアのピアノショップで驚いたのは、100坪近い倉庫のような展示施設に所狭し と置いてあるピアノのメーカー名が、置いてある数だけ違っている程多種多様だったこと です。イタリアですからイタリア名のピアノもありましたが、隣国ドイツ他の、名も知らない メーカーのピアノが数多置いてありました。  日本での2大メーカー独占状態しか知らなかったので、世界にはこんな沢山のピアノメーカーが あるのかと心底驚きました。車のメーカーが各市町村ごとに存在するような驚きです。 (流石に車のメーカーはイタリアでも日本に知られている数社だけですが・・・)  ピアノは16世紀にイタリア人クリストーフォリが発明した楽器です。ピアノ(弱音) からフォルテ(強音)まで音量を調節することができる楽器ということで、イタリアでは “ピアノフォルテ”というのが正式名称。なた、実際にそのように呼ばれています。  名称としては長すぎるのでしょうか、他国では前半だけ取って“ピアノ”と呼ばれるのが 普通ですね。  その400年に及ぶピアノ製作の伝統を持つイタリアに、1人のピアノ製作者が出現しました。 それが先に紹介したパオロ・ファツィオーリ氏です。  ファツィオーリ氏は、ペーザロ音楽院でピアノの学位を取り、ノーベル賞受賞者を多数輩出 している国立ローマ・ラ・サピエンツァ大学で機械工学の学位も受領している多才な人。  100年以上の歴史を持つ老舗メーカーが殆どのピアノ製造業界、新参者が入り込む余地も、 未来の輝かしい需要も無いと思われたその業界に、1981年、ファツィオーリ氏は実家の 家具メーカーの一隅から切り込んでいきました。 「いつまでもピアノが変わらないなんておかしい。進化しないと」 という思いで、1音1音がクリアな『オペラの歌声』のような音色を追究しピアノ製作を 始めました。  最先端の音響工学を駆使し設計自体から見直すことは元より、チーク・マホガニーなどの 高級銘木を扱う実家の家具メーカーでの木枠素材の研究の他、木を自然乾燥し完成までに 3年を掛けるなど、手間暇を惜しまない取り組みを重ねた上、最後は自分で弾いて仕上がりを チェックするという、工学士と家具職人、そしてピアニストとしての英知を凝縮した氏の情熱は、 それまでに存在しなかったピアノを造り上げたのでした。  冒頭で述べた『ルービンシュタインコンクール』で、ファイナリスト6人のうち5人が STEINWAYではなくFAZIOLIを選ぶという異例の事態となったことがニュースになりました。  FAZIOLIは2010年からピアノコンクールの最高峰ショパンコンクールで、2011年からは チャイコフスキーコンクールでも『公式ピアノ』として採用されています。  34年という短い年月で、完成型を持つピアノの製作に取り組み、新境地を開拓して、 今まさに世界最高峰に登りつめようとする人が同時代にいるというのは、現代の奇跡と 思えてなりません。  知り合いのピアノの先生のお宅にFAZIOLI製のピアノがあり、その音色にたまたま親しんでいたこと、 また、大学の先輩、野原広子さんがプロデュースしている福井県美浜市のホールに、やはりFAZIOLI F308 (日本にまだ3台しかない奥行きが3mを越す世界最大のピアノで、4本目のペダルは音色を曇らすことなく 音量が減らせるというファツィオーリ氏の発明品です!)が設置されていることでこのピアノの存在を 知ってはいたのですが、4月13日発行の雑誌『AERA』にファツィオーリ氏の記事が掲載されていて、 経歴などを知り俄然興味を持ったのでした。  2013年の年間製造台数は125台、月10台ほどのペースで製作されている文字通り手作りピアノ。  ある1人のイタリア人の理想は、STEINWAY王国であるピアノ界に旋風を巻き起こし、新たな世界基準を 作ろうとしています。    1人の意志は岩をも通す・・・。見事な生き方です。

▲エッセイの先頭に戻る

4月4日(土)再生する春、爛漫。
 春爛漫。桜が一気に満開になり、雪が降らぬまま春がやってきました。  今年は受験生が多かったためでしょうか、冬の間2度熱を出しました。 一度目の発熱時は休めなかったので、熱が出たまま仕事をして、回復まで 随分手間どりました。  体力の限界まで受験生に付き合ってしまうというような仕事の仕方は、 年齢も年齢なので止めなければと思いながらも、とりかかりはじめると 止まらなくなってしまう性(さが)。  生徒さんは勿論大切ですが、倒れてしまうと息子の面倒を見る人が いなくなってしまうので(夫は北海道勤務!)頑張って元気でいなければ…、 と自分にムチ打つ日々です。  命を削って他人のお子様たちの指導しているので、万が一命を落とす ことがあったら、きっと自分の子は誰かが誠心誠意育ててくれる…とは 思っているのですけれど…(弱気発言)。  受験期はいつもこんな風、もっと手を抜けばよいと思うのですが、 手を抜かないところがソレイユの良いところなので、きっとこのまま いくのでしょう。体がいつまでももつことを願う日々です。  受験が終わって窓から外を覗いてみると、花は満開、新緑は芽吹き始め、 生命の躍動を感じます。  2年前、自宅の庭に植えたアオダモはまだ葉を付けていませんが、同じく 葉が芽吹いていないハウチワカエデの枝は赤く色づき、秋の真っ赤な葉を 連想させます。  先日植えたオトコヨウゾメは緑の葉をサワサワと風に靡かせ、アズキナシと カマツカは水を根に溜め芽吹きの時を待っています。枯れ木のようだった 白い紫陽花、アナベルもかわいい芽を出し始めました。  古かった隣家が解体されたことで、隣接する山が借景となり、山肌の桜が 覗められ“我が家で花見”ができるようになりました。受験生が卒業し、 自然が“お疲れ様”と労ってくれているようで、ひとときの幸せをかみしめています。  50年も生きていると(まだ50歳ではないけれど…)、家の寿命より私の方が 年をとり、幼い頃から見慣れていた近所の旧い家々が取り壊され始めました。 新たな住民さんが新しい家を建て始めています。見慣れた景観が変わるのは 少し悲しいけれど、暖かくなり始めた春に、トンカンと新築工事の槌音が 聞こえるのはなんとも言えない爽やかな気分です。  日本には再生する“春”という季節があるのが良いですね。自然からリズムを 与えられる感じがします。  中国の五行説に基づく考え方から、人生にも4つの期がある、と、昨日読んだ エッセイに書いてありました。  4つの期とは、青春、朱夏、白秋、玄冬(玄は玄米の玄、玄人“くろうと”の黒)。  普通は30歳くらいまでが青春、50歳までを朱夏…と分けているようですが、 人生を玄冬から始まって白秋で終わるとする考え方もあるようで、前半生は修業の冬、 そこで蓄えた精神力と技が、やがて芽吹きの力となり、大輪の花を咲かせ、充実した 稔りの秋で人生を終える…、これぞ理想の生き方と言えますね。  その時々の体力や環境に逆らわずに努力を続け、自然のリズムに添って生きることが できたらよい人生を送れることでしょう。  人生の四季とは別に、毎年繰り返される四季との邂逅。この循環のお陰で、 どれだけパワーを与えてもらっているか計り知れません。  新学期が始まり、ソレイユも新しい時間割がスタートしました。  新しく楽器や声楽のレッスンを始めたい!と思っている方たちにとっては、 まさに始まりの季節到来です。    ソレイユ入室者の80%は、生徒さんや元生徒さんたちからのご紹介による方々 (20%はHPを御覧になって入室された方!)。ソレイユの指導法を良いと感じて 下さり、知人をご紹介いただけるのは、指導者として何より誇らしいことです。  皆様が自信を持ってご紹介していただける指導と体制をこれからも維持し、 更に良い教室となるよう、努力していきたいと思います。  新学期、新たな気持ちでレッスンをスタートさせましょう!       

▲エッセイの先頭に戻る

3月7日(土)嬉しい春のニュース/「音大卒」は武器になる
 嬉しい春がまた巡ってきました。合格のニュースが続々届きます。 昨年秋から合格者が続出です。  小さい頃、ソレイユの生徒で音大に進学した某男子、自衛隊の “ピアノ専攻男子1名”の公募にエントリーし、見事合格しました。 試験前にソレイユにレッスンに来ていたのですが、ダルビッシュ似で 背の高い好青年は、40倍以上の倍率を見事突破(彼の受験番号が その辺だったのでもっと多いかも知れません…)、一生ピアノを 弾いてお給料を戴けるという何とも恵まれた職業に就くことになり ました。本人はその有難さが分かっているかどうか疑問ですが、 真摯に謙虚に取り組んでいってほしいと願っています。  1オクターブが届かない小さな手で、東京音大ピアノ創作コースに 合格したのは栗原柚莉乃さん。片目が斜視で両目で一度に見ることが できないというハンディを見事乗り越えての合格です。  本当に手が小さくて、その上骨が固く指が開かないため、オクターブが バンバン出てくる曲は無理、バッハやモーツァルト、ショパンの、速い パッセージの曲を情緒豊かに音楽的に弾くことができるようになり、合格と 相成りました。苦手な教科は絶対にやらない、という頑ななところがあった のですが、できないと思いこんでいたことができるようになるに従い、頑なな 気持ちも解け、苦手なことにも挑めるようになりました。  この経験は彼女がこれからの人生を生きてゆくのに何よりの宝物になる ことでしょう。  一緒に頑張ってきた大江有加さんも同じ大学、同じ科に難なく合格! 2人とも、将来ピアノの演奏だけでなく作曲やアレンジなどができる幅広い ピアニストになりたい、という強い意志を持っていたためピアノ創作コースを 受験しました。ピアノ科の枠を越えた様々な経験を積み、音楽家として 羽ばたいていってほしいと思います。  ソレイユ講師の渋川ナタリ先生も、今春受験をし、東京藝術大学大学院 博士後期課程(ピアノ専攻)に合格しました。  大学院を就職までの腰掛け、と認識している人も多いようですが、 東京藝大の大学院は難関です。博士後期課程ピアノ専攻は、昨年合格者無し、 今年6名受験し、2名の合格でした。ピアノ演奏と共に、県立前橋女子高校卒の その頭脳で、かつて無いピアノ演奏領域の研究をし、後世に残る論文をものして もらいたいと思っています。  先日、音楽の友社が出版した『「音大卒」は武器になる』という本を 購入しました。旧富士銀行で人事担当だった就職のスペシャリストが 武蔵野音大の就職課の講師になり、武蔵野音大を卒業する(した)人を対象に、 一般企業に就職させている実績を著した新刊です。  法学部や経済学部を卒業した全ての人が司法試験に合格したり公認会計士や アナリストにならないように、音大を卒業した人全てが演奏家や音楽教諭、 音楽教師にならなくてもいいのではないか、と提起しています。  一般企業に就職する際の音大卒の“武器”、それは、レッスンで先生との 接触が一般の学生とは段違いに多いため、年長者とのコミュニケーションに なれていること、時間厳守・身だしなみ・礼儀が叩き込まれていること、 叱られることに慣れているのでめげない精神力を持っていること、小さい頃から 楽器をやっている人に多く見られる、行動や発想にひらめきを持っていること、 だそうです。そのため一般企業の就職には適任だと述べています。  “演奏家や学校の先生になるのは初めから諦めましょう”、という話の流れは なかなか興味深く斬新です。  音楽の仕事に就けない音大卒者が多いと言いつつも、音楽の世界で勝者に なるための秘訣も書いています。自己マネジメントができ、演奏以外の スキルの高い人になる、ということだそうです。演奏以外に何か他人と違う ものを持っていることを売りにできる人になることが肝心なのだそうです。  私たちはその勝ち組(?)を目指して生きてきたので、初めから卒業したら 一般企業に…という道を薦めるのは余りに安直過ぎる気がしますが、 そういう考え方を持つ人が別の世界からやってきて、新境地を開拓した、 ということでしょうか。  前述した人の他にも、高崎経済大学附属高校普通科芸術コース(声楽)に 赤石咲希さん、武蔵野音大のサクソフォーン科に田島果苗さんが合格しました。 明るい未来に向かって精進を重ねていきましょう!

▲エッセイの先頭に戻る

2月7日(土)頑張れば必ずできるようになる!
 楽器が上手く弾けるようにならない、勉強の成績が上がらない、 仕事の成果が出ない、自分には才能が無いんじゃないだろうか、 そう思ったことがある人はいませんか。  ペンシルバニア大学心理学教授アンジェラ・リー・ダックワース氏は、 長年に亘る研究の中で、成功者が共通して持つある能力を見つけました。  博士は、27歳の時に経営コンサルディングの仕事から中学教師に転職 しました。中学教師として勤務する中で生徒のIQの数値と実際の成績が 一致しないことに着目しました。  その後大学院で心理学を専攻、様々な環境の中で難しい課題に挑戦する 大人や子供達を研究し始めました。  @アメリカの軍事教育学校《ウエスト・ポイント・ミリタリー・アカデミー》 A過酷な現場で働く教師 B一般企業のセールス担当者 C《ナショナル・スペリング・ビー》の生徒たち、この4つのカテゴリーに 属する人たちを“1番の成功者と、その理由”という共通のテーマで観察 しました。  成功した者が持っていた共通点、それは、知能の高さ、外見の良さ、 身体能力の高さ、という先天的なものでも、学歴、家族の所得、といった 環境や後天的なものでもなく、物事に対する情熱、即ち目的を達成するため、 “長期的継続的努力”ができること、それが唯一の共通点だったのです。  博士は夢や目標に向かって毎日毎日コツコツとそれを数年間に亘り夢中に なって頑張り続けることが、夢や目標を現実のものとする、と述べています。  講演などで保護者や先生方にこの話をすると、 「長期的継続的に努力することが成功を導く、ということはわかるが、  自発的に熱心に物事に取り組む子供に育てるのにはどうしたらよいか?」 「どうすれば子供たちのモチベーションを持続させることができるのか?」 と質問を受けるといいます。博士が、 「それについては正直分かりません。」 と答えると会場は笑いに包まれるそうですが、その後、スタンフォード大学 キャロル・ドゥエック博士が提唱している『グロースマインド・セット』という 考え方を引用し、子供達に、脳と知能の発達について予め学習させた上、 知能は生まれつきではなく、挑戦し続けること、努力することによって 幾らでも伸ばすことが可能である、と教えてから難しい問題を解かせると、 子供たちは難問に対して失敗を恐れず自ら進んで挑戦するようになる、という 研究結果を説明するそうです。  頑張れば必ずできるようになるとあらかじめ知らせておくと、頑張るモチベーションが 生まれ、それを維持させることができるようになるということですね。  何かに挑戦する前に、“長期的継続的に努力することで成功を得る”と 教えられている子とそうでない子では、努力する過程も、そして結果も 違ってくるのだとしたら、教育現場にいる人には是非子供たちに話して あげてほしい考え方です。  長年、音楽教育の世界で生きていると、普通の能力なのに“長期的継続的な努力”を 続けた結果、神の域!と思えるようなレベルにまで到達した方も見てきましたし、 小さい頃にはごく普通の子供だと思っていた子が、他の人達とは比べようもないほど 上達してしまったという事例も見てきています。ですからこの博士の言っていることは 全くもって正しいのです。  幸運なことに私はそのような考え方を持った母親に育てられました。声楽の 才能がそれ程ある訳ではなかった私に、母は声楽を志させたのでしたが、 「努力し続けたら上手になる」と毎日のように言ってくれたお陰で、その言葉を すっかり信じ、努力を続けることだけはできる人間になりました。本来は楽天的で チャランポランな性格なので、こうなったのも母の言葉のお陰です。  母が亡くなった後も、その言葉が常に私の耳元で語り続けてくれていて、何の 不安もなく生きていける礎になっています。  キャロル・ドゥエック博士の研究のように、勇気づけられながら育てられた子と そうでない子の結果が明らかに違ってくるのだとしたら、先生も親も周りにいる人たちも 勇気を与える言葉を常に投げかけてあげるべきです。  皆さんの夢や目標の達成に少しでも寄与できるよう、私は勇気を与える言葉を 投げかけていきたいと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

1月10日(土) 生きたお金の使い方
 年末の選挙で安倍政権の続投が決定し、様々な法案や政策が審議・決定されて いますが、相続税が増税になる反面、贈与税猶予の期間が延ばされたりするよう です。ソレイユに関連する内容についてピックアップしてみましょう。  住宅取得のための親から子供への贈与税免除(上限有り)のほか、子や孫への 教育費に関し、1,500万円以下を一括して銀行口座に振り込み、教育費に使われて いることが証明される領収書があれば、贈与税が免除されるようです。  毎年100万円以下の贈与税が免除になっていたと思いますが、それに比べると 大分お得感が増します。  祖父母世代の貯めているだけで使われないお金を、お金が掛かる子や孫世代に 譲ることで、世の中にお金を回そうという政策です。  戦後物が無く、食べ物にも困った時代を経験された年代の方々ですが、その後、 経済が順調に成長し、豊かな退職後の人生を送られている方が多いと思います。 (勿論、世間で騒がれているように老齢者の生活保護世帯も増えているようですが…) 年齢が上がり、お金はあるけれど、もう使う物と意欲が無いの…という声もよく聞きます。  一般の国家予算が90兆円の日本の国民の総貯蓄額は、1400兆円です。  これは15年間国を運営することができる巨大な額です。このお金が市場に回らず、 マネーゲームの資金になるだけだったり、ただ銀行に留めているだけでは経済が動き ません。  若い世代が作り出すものを購入するなどして市場にお金を回さないのであれば、 今回の政策のように、購入しなければいけないものも多く、子供の教育にもお金が 掛かる若い世代にお金を回すというのは良い方法だと思います。  亡くなった後、もの凄い相続税がやってきて支払うことが困難だったり、その課税額に 苦しんだりする方を沢山見てきています。亡くなった後、貯めておいたお金を税金払うなら、 貯蓄をジャンジャン回して子・孫の教育のために先に使う方が賢いお金の使い方ではない でしょうか。ましてや、3月から(?)相続税が増税になります。遺された人たちが苦しまない ためにも“貯め方”ではなく“使い方”を考える必要があるのではないでしょうか。  ただ、他人から貰った資金で教育を受けると、真剣さが違ってくるのも事実。自分が 働いたお金で通っていらっしゃる大人の方と子供の生徒さんとでは、取り組み方に違いが あると感じるのは私だけではないでしょう。  若い頃からおじいちゃんおばあちゃんが苦労して生み出してきたお金だということを 子供達によく言い聞かせ、感謝の気持ちを持つことを教えた上で、潤沢な資金を使って 教育を受けさせることができたら、双方が喜ぶ生きたお金の使い方と言えましょう。  教育にお金を掛けるというのは、次の代にも繋がる生きたお金の使い方です。物は いつか消滅してしまいますが、受けた教育は消えることなく、豊かな教養として次世代に 伝えてゆけるものですから。

▲エッセイの先頭に戻る

1月3日(土)新井瑞穂さん栃木県音楽コンクール入賞
/近藤伸子先生が芸術祭賞・優秀賞受賞!!!
新年明けましておめでとうございます! 年末年始、ゆっくりお休みになれましたでしょうか?  幸先よく、新井瑞穂さん(佐野日大中等教育学校2)が昨年12月、栃木県音楽コンクールの本選で 2位に入賞したニュースから、新年のソレイユニュースはスタートです!  Aさんは小学1年生の時にソレイユでヴァイオリンのレッスンを始めました。 それまで別のところで習っていたようで、弾き方に独特の癖があり、それも直す のに数年を要しました。  ソレイユでレッスンを始めて何年か経った時、ヴァイオリンを本格的に習いたい という気持ちが芽生え、レッスン時間を増やして、末永先生と真剣に取り組み始め ました。  Aさんは年の近いヴァイオリンのお友達と仲良く競いながら、加速度的に上達し、 12月のクリスマスコンサートでもバッハの無伴奏パルティータを見事に弾いてくれ ました。  2位に入賞した直後の写真を直ぐにメールで送ってくれたのですが、2位の トロフィーと賞状を持った不満そうな顔がそこには写っていて、2位だったことに 満足しない瑞穂さんの勝ち気な性格が見事に映し出されていました!“負けず嫌い” という性格は生まれつきのことが多いので、心強いかぎりです!その悔しい思いを糧に、 次なるステップに飛躍していってくれることを期待しています。  今年の努力の成果をここで発表できるのが楽しみです!  ソレイユの講師を務められた後、現在国立音大准教授でいらっしゃるピアノの 近藤伸子先生が文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞されました。  近藤先生は師である高良芳枝先生譲りの、細部まで行き届いた緻密なレッスンを される先生ですが、ご自分への要求度も限りなく高く、そのプログラミングのセンスと、 演奏の完成度の高さは比肩するものなしという高いレベルのもので、以前から私は予想 していたのですが、このたび芸術祭賞を見事、受賞されたことになります。  日本中の秋に催された演奏会の中で、大賞に次ぐ最高の演奏に与えられる賞です!  近藤先生の次回演奏会は11月4日に行われます。ライフワークとされてきた バッハ作品の集大成ともいえるリサイタルです。  今年も良いことが一杯ありそうな幸先のよいスタートです。沢山の努力ができる 幸せな一年となりますように。

▲エッセイの先頭に戻る

12月6日(土)東京藝大が「飛び級入学」と「早期英才教育」
東京藝大が、高校2年修了時からの大学への飛び級入学と、地方の小学4年〜6年生を 対象に藝大教授が直接出向き指導することを発表し、“藝大が早期英才教育に着手”と 話題になっています。 明治20年、音楽教員・音楽家・音楽鑑賞家を輩出するために設立された東京音楽学校 から続く、保守的な体制に革新の風です。 外国の音楽院や音楽大学を受験する時、そこに年齢制限という壁が立ちはだかります。 例えば、パリ国立音楽院ピアノ科に入学するためには日本の学校をストレートに進学 してきたとしても、大学4年の秋が入学のリミットになります。 以前は年齢制限がそれより若く、パリ国立コンセルヴァトワールへの留学は、日本の 大学を卒業してからでは不可能でした。現在は日本の大学の最後の数ヶ月、東京〜パリ間を 往復をすれば留学可能ですが、飛び級で進学していたら、その苦労がないことを思うと、 これは便利なシステムかな?という気がします。飛び級をした、という優越感が自信につながり、 演奏に研きがかかる…、のもメリットでしょうか? Facebookなどでは、藝大卒業生が色々述べています。1年先んじることが偉大な音楽家を 誕生させることには繋がらない、という意見が殆どでしたが、進む道が様々有り、方向を チョイスできるようになるのは悪いことではない、というのが私の考えです。 “藝大が早期英才教育に着手”する最初の方法は、地方(まずは福岡と札幌)の小学4年生 から6年生に、藝大教授が出向いて直接指導するというもの。地方に教授が足を運び指導する というのは、私立音大が長年行ってきた事ですが、いよいよ藝大お前もか、という感じです。 末永先生がご自身のブログで述べている通り、ピアノ・ヴァイオリンに関して言えば、 小学4年〜6年生では早期英才教育というには遅すぎる年齢です。勿論それまでに音楽の 早期英才教育を受けてきた子たちを集めてのレッスンになるのでしょうが、“早期教育”と 銘打つからには、もっと年齢の下の子たちを対象にしてほしい気がします。小学4年〜6年生では “初期仕上げ教育”というのが正確でしょう。 ただ、新しい風を起こす、という点で、今回の藝大の発表は大いに評価されるものです。 これまで優秀な学生が集まるに任せていた大学が、自らムーブメントを起こし始めました。  日本は資源が殆ど無い国です。各分野の優秀な人材が国の糧になります。外貨を稼ぐことが できる新しいシステム作りができる人材、世界の人々が求める製品を開発するエンジニア、 専門的な職人や他の国には存在しない高度な技術を持つ各分野のスペシャリスト、世界が 必要とするアーチストを育て、国を盛り立てていかねばなりません。  この藝大のムーブメントが、日本から世界の音楽界を席巻する多くの音楽家を出現させる 原動力になることを望んでいます。  近頃、早期教育のBabyソレイユから育ててきた子たちが、小学校高学年になり、いつ頃が 止め時なのか、と相談を受けることが多くなりました。  ピアニストになりたい、とかヴァイオリニストになりたいという子には関係ありませんが、 教養の一つとして趣味的に習ってきた子は、学校の勉強や部活が大変になるだろうと、中学校 入学時を境と考えている保護者の方がいらっしゃるようです。  先日、王子ホールに行った折、王子ホール発行の小冊子に一つの解答がありましたので ご紹介しましょう。  ミュンヘン国際コンクールで優勝したのを皮切りに国際的に活躍するフランス人ピアニスト、 アンヌ・ケフェレックさんのインタビュー記事に掲載されていました。ケフェレックさんは 2人の男の子のお母さんでもあり、その子たちと約束をしている、その内容がちょっとユニークです。  それは、「にこやかで情熱的なピアノの先生に習ったお陰で、自分には音楽がハッピーなものだ という意識が根付いたから、朗らかな先生に師事して何か1つ楽器を習うこと」「自分の兄弟を 見てきた経験から、あまりに早く楽器を止めてしまうと大人になって後悔することを知っているので、 14歳になったら自分の意志で続けるか止めるか選択してもよい」というものでした。  「今のあなたが簡単に習得できることは30歳のあなたでは非常に難しくなるか、あるいは 不可能になる」ということを伝えたいと思い、母親として「大人になったら、あの時無理にでも 続けさせてくれれば、と言わないでほしいと願ったのです」と述べています。また、「人間として 心と頭脳を育て、想像力を高めるために学業と音楽のバランスは大切、文学や美術と音楽の繋がりを 学ぶことも重要」とも語っています。  筋肉を通して覚える技術は、中学時代が大事です。読譜の力は訓練を止めても消えませんが、 演奏の能力は体の成長と共に消えていきます。  「昔ピアノやってたの、今弾けないけれど・・・」にならないために、14歳という線引きは あながちデタラメな年齢ではなさそうです。  12月、高校生以下の生徒さんはクリスマスコンサートの準備、受験生は仕上げの時期に 入ってきます。寒さ対策を入念にし、万全の体制で本番に臨みましょう。  皆様どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

▲エッセイの先頭に戻る

11月8日(土)嬉しいニュース「群馬県教員採用試験」「オーディション/コンクール」
 嬉しいニュースが飛び込んできました。  幼少期からソレイユでレッスンを続けてきた生徒さんが群馬県教員採用試験に 合格したニュースです。  これまで様々な困難を乗り越えてきたのでしたが、試験で極度に緊張して、 思うような結果が出せない欠点を克服し、群馬大学教育学部音楽専攻に入学 したのがついこの間のように思い出されます。  同じ年に、ソレイユ開設当初からの悲願だった東京藝大ピアノ科に、 渋川ナタリさん(現在は東京藝大大学院在籍、ソレイユ講師)が合格し、 2人揃って合格の報告に来た時、当時病気療養中だった私の母(前社長)が、 「ナタリさんの合格よりYさんの合格の方が嬉しい」と、取り繕うことが できない程、はっきり言ったのに焦った記憶があります。母の名誉のために 補足するなら、それ程Yさんの受験準備と試験当日に向けての調整は大変 だったのです。  その後、頑張り屋のYさんは、高校・中学・小学校の音楽と司書の免許を 取って無事に大学を卒業した後、特別支援教育の免許も取得するため、群大の 専攻科も修了し、その後、臨時教員として就職します。  現在の教員採用試験は2次試験形式で、専門教科の筆記試験がある1次試験、 小論文と数度に亘る面接がある2次試験に分かれます。コツコツと勉強する Yさんは1次試験には合格するのですが、上がり屋さんのため臨機応変に 答えねばならない面接が大変苦手でした。  過去の面接で出題された問題集をみてみると、近頃話題となっている モンスターペアレント(無理難題を言ってくる親)への対応に関する質問が 圧倒的に多いのが分かります。また、態度が悪く言うことを聞かない児童・ 生徒たちの指導法などを問う内容も沢山あります。このような質問が多い ということは、現場がそういった問題に直面し、混乱・困惑している ということが想像できます。クレーム処理の達人を少しでも多く増員したい、 という状態でしょうか。  どうすれば子供達が各々の教科に興味を持つようになるか、とか、教科の 習得に成果をあげられる指導方法は?といった学力向上に関することや、 お互いを尊敬し認め合い、仲間意識を高めるクラスにするためには?という ような、より能動的なクラス運営に関する質問を教員の卵たちにしてゆけば、 専守防衛的な現在の教育現場ではなく、指導法に心を砕く、愛情や思いやりの ある先生方が増えてゆくのではないかと考えるのは私だけでしょうか?  Yさんは、ああ言えばこういう、といった類の丁々発止の問答は不得手ですが、 ソレイユの長期に亘る厳しいレッスンに耐えたその我慢強さは並ではありませんし、 どんな時でもいつもニコニコと笑顔を絶やさず、他人の心を和ませてしまう優しさも 彼女のチャームポイントです。  またYさんは、子供達が少しでも楽に覚えられるように、教科が好きになるようにと、 新しい教材を創作し手作りすることを厭いませんし、自分がそうであったように、 できるようになるまで子供達に付き合える辛抱強さもあります。  教育者として、上から畳み掛けることができる性格だけでなく、根気があり、 教育に地道に取り組める優しさを持つ彼女のような資質もくみ上げる採用試験の 幅の広がりを望みます。  嬉しいニュースは続きます。  ヴァイオリンの『小野アンナ記念会 夏のオーディション』に保育園年長の 辻 結理さん、小6の依田しほさんが合格しました。  ロシア出身で、武蔵野音楽大学等においてヴァイオリン教育に尽力され、 多くの日本人ヴァイオリニストを育てられた、最早伝説の人になっている 小野アンナ先生の門下生とその孫弟子の方たちにより運営されている オーディションです。中学生の合格者たちは東京藝大附属高校に進学する 人たちもいるレベルの高いオーディションですから、この合格は価値の高い ものです。  合格者による春の特別選抜演奏会が、来年2015年3月31日、 国立オリンピック記念 青少年総合センター・カルチャー棟 小ホールで 開催されます。  またヴァイオリンの新井瑞穂さん(佐野日大附属中2年)が栃木県音楽 コンクールで金賞を受賞しました。  ヴァイオリンのクラスもこれまでの蓄積がようやく表に出始めました。 小さな達成を積み重ね、大きな達成に繋げていってほしいと願っています。  10年前、この覧で“将来、渋川ナタリさんは素晴らしいピアニストに、 Yさんは素晴らしい教員になると確信しています”と書きました。渋川さんは 新聞を開くと毎月のようにコンサートの広告が載っているピアニストに成長し、 Yさんは努力の末、自分の夢を達成することができました。時間を掛け積み 上げてきたことが形になるということを、また一つ経験させてもらいました。 感慨も一入(ひとしお)です。

▲エッセイの先頭に戻る

10月4日(土)音楽を習うと人生が変わる
 今年に入りFacebookを始めたお蔭で、旧知の方々との距離がぐっと縮まりました。  私の世代の知人たちの中で、音楽を生業としている人たちのFace book加入率が高く、 昔の友人を検索するとかなりの頻度でヒットしてきます。同窓会でもしない限り連絡を 取り合わなかった友人、知人たちの日常や思考までもが手に取るようにわかるのは驚き です。  社会的なトピックスや思想性を帯びた記事などが、友人たちの興味ある情報として 「シェア」されてきますが、音楽関係者らしく、過去に自分が感動した往年の演奏家の ビデオ(今は何でも入手できる!)や注目のコンサート、楽器の情報やら音楽教育に 関する研究など、音楽に特化した記事が毎日のように送られてくるのは興味深いところ です。  その中から注目の記事を1つご紹介しましょう。  題して『7歳までに音楽を始めると人生が変わるって本当?』(NAVERまとめ)  *ピアニストとピアノ初心者で比較した場合、運動の学習や、力やタイミングの   調節に関わっている脳部位(小脳)の体積がピアニストの方が5%大きい。   【出典『ピアニストの脳を科学する』】  *脳梁の大きさは7歳までにピアノの訓練を始めた人の方がそれ以降に始めた人   よりも大きい。   【出典『ピアニストのための脳と身体の教科書』第15回 練習の生理学 (2)早期教育の効果】  ピアノを早期に始めたり、訓練を続けると、それをしなかった人に比べて脳が大きくなる という研究結果です。  *6歳児を3つのグループに分け、それぞれピアノ、声楽、演劇のレッスンを   1年間受けさせた。レッスンを受けなかった子供と演劇のレッスンを受けた   子供に比べて、ピアノと声楽のレッスンを受けた子供たちの方がIQテストの   成績の向上が著しかった。【出典『ピアニストの脳を科学する』】  *楽器の演奏と運動神経は無関係と思われがちだが、早い時期に音楽を始める人   ほど、わずかな練習時間で初めての運動を正確に習得できた。このような脳の   持ち主は計画実行能力に優れた人物とされ、運動神経が良いのもこのためらしい。   【出典:7歳前から楽器を習っている子は頭も運動神経も良くなると判明 カナダ大学調査】    楽器や声楽を早期に始めると、IQも上がり運動能力も向上するという研究結果です。  これらの研究に対しては、反論も上がっています。  *小さいうちから楽器を習えるくらい家庭環境的にも恵まれているということなので、   その結果成績が良い(にすぎない)。  *自分自身高い教育を受けた親が子供にそうした教育を施すため、子供のIQが高く   なり成績も良くなる。  *音楽を習う子供は収入の多い家庭で育っている。  外国ですと、親の学歴や貧富の差による学習環境の差異は日本以上でしょうから、 このような反論にも頷けるものがありそうです。  しかし、実際この12年間、乳幼児の早期音楽教育を実践してきて、家庭環境の 違いだけで線引きはできないとも言える結果が出ています。  例えば、同じ兄弟で1人だけ早期音楽教育を行った場合、他の兄弟と比べ勉強の 成績も運動の成績も優れた、器用な子に成長するのを何組か見てきています。ご両親 とも運動が苦手なご家庭で、鉄棒も跳び箱も縄跳びもよくできるんです!という姉妹 もいます。  何しろ、早期に音楽教育を受けた子たちが、何でもできる素敵な子供に成長して きているのを実際見てきているので、これらの研究は私の12年間の裏付けではないか と思うほどです。    音楽を習うということは、主目的である音楽技術習得や副産物的な成績や運動神経の 向上を図ることだけでないのは勿論です。  まずは、音楽の楽しさを知ってもらうことが第一なのは言うまでもありません。  これは早期教育に限らず、音楽を習っている全ての人への願いでもあります。  *多くの人々が芸術に関わる社会には恩恵がある。  音楽が溢れる平和な世の中が続くよう、充実したレッスンを続ける毎日です。

▲エッセイの先頭に戻る

9月6日(土)小畑君が優秀賞/春の茄子に秋茄子の味が
 小畑蒼大君が第38回PTNA・ピアノコンペティション、ソロ部門B級、 東日本埼玉1地区大会において優秀賞(副賞つき)を受賞しました。  小畑君は毎年この欄に登場しているコンクール入賞の常連さんですが、 今年は初めてのPTNA挑戦、今回も賞をいただいて帰ってきました。この コンクールは、全日本学生音楽コンクール(毎日新聞主催)と並び、 日本で最も権威あるコンクールの1つです。地区予選、地区本選を通過した 全国本選では、日本のトップレベルの演奏を聴くことができます。日本人 ピアニストが世界のコンクールで上位入賞している現状からみても、それは 世界レベルといえるでしょう。  小さく区分された日本中の各地区から本選に上がってくるので、 地方からの本選出場者が、オヤオヤ?と思うつたない演奏をする人も いますが、首都圏から上がってきた人たち数人のレベルは、流石、の 一言につきます。  小畑君は激戦地区埼玉県での地区本選で、4〜6位に値する優秀賞 (副賞つき)をいただきました。本人は口惜しくて仕方がない様子 でしたから、次回エントリーする際には、“本選出場”ではなく、 全国本選の上位入賞のレベルまで力をつけて臨んでほしいと思っています。  何が足りなかったのかを考え、次のエネルギーが生み出されてゆく、 という点で、“口惜しい”という気持ちは大切ですね。  これまで、コンクール出場毎に入賞を繰り返し、今回も受賞したのにも 拘わらず“口惜しがっている”小畑君、なんとも頼もしい小学4年生です。 来年に向けて益々の成長を楽しみにしています。  早いもので昨年の30周年記念コンサートから1年が過ぎようとしています。  先日DVDを観る機会があり、せっかく録画したのだから、沢山の方に聴いて いただきたいと、ふと思い立ち、プログラム最後の日本の歌メドレーをYou Tubeに UPしてみました。  ソレイユのHPトップページにも貼り付けましたので、ソレイユのHPをご覧いただくと 聴くことができます。  それとは別に、“花は咲く”だけ切り取ったバージョンも作りました。ピアノ8手連弾の “リベルタンゴ”、ヴァイオリン・ヴィオラの二重奏“パッサカリア”も今後UPしようと 思っています。  今年は雨が多く、早目に季節が進みそうです。梅雨の頃に、秋に多いはずの蚊が 矢鱈多かったことと、雨の降り方が例年にない様相だったことで、秋が早いと予測は していましたが、旧盆を過ぎたあたりから朝晩の気温が下がり、すっかり秋模様です。 運動会を過ぎても半袖でいなければいけなかったここ2〜3年の夏とは随分様子が 違います。  1994年の冷夏だった年、お米が不作で大騒ぎをしました。お彼岸までの暖かさを 予測して作付けされるでしょうから、この1ヶ月の涼しさにはお米作りの方々や、 それをいただく我々も用心が必要かも知れません。  二宮尊徳が、春に食べた茄子に秋茄子の味を感じたため、植えたばかりの稲を抜かせて、 稗や粟を植えるよう指導したところ、その指示に従った農家(お百姓)だけが生き残れた、 という話があります。  二宮尊徳は農業政策の専門家で、私たちのおかれている現在の状況よりずっと、農業に 関わること、例えば天候や天変地異などに敏感だったでしょうが、それでも人並み外れて 尊徳の感覚は鋭かったのでしょう。  そのような話を読んでいたからだと思いますが、今秋の訪れが早いという予想が当たった ことに、一人驚いています。あまり良い予想ではありませんでしたが、その予想が、何か 人の役に立てば、それに越したことはない訳です。そういった自然に関わる現象、状況を 敏感に把握し先を読んでゆく力は(鼻が利く、というのか)、現代においても必要だと 思うのです(自慢?!)。  日本は太平洋の中に辛うじて浮き上がっている島国です。災害にできるだけ遭わず 生き延びるためにも、敏感さは失わずにおきたいものです。  ほどほどの気温の低下を祈る今秋の日々です。

▲エッセイの先頭に戻る

8月2日(土)追悼マエストロ・ベルゴンツィ
 マリア・カラス、マリオ・デル・モナコ、レナータ・テバルディなどの スター歌手の台頭により、20世紀中盤はオペラの黄金時代でした。 ヨーロッパでの長い戦争が終結し平和を取り戻したこと、録音技術の 向上によりオペラ全曲が録音され、劇場以外でも演奏が楽しめるように なったこともオペラ熱に拍車を掛ける要因だったのでしょう。ニューヨークの メトロポリタン歌劇場が、ヨーロッパの歌手を集め、集客効果をもたらす 派手な宣伝を打ったのも奏効したと言えるでしょう。  兎に角、スターオペラ歌手の一挙手一投足は常にマスコミの関心事で、 モナコ大公とグレース・ケリーの結婚のように、マリア・カラスと テバルディのライバル関係、カラスと船舶王オナシスとの華麗な恋の 行方などが、戦後間もない東の果ての日本にまでも届いていた程でした。  20世紀初めは、まだプッチーニ、マスカーニなど、現在でも劇場の レパートリーになっているオペラを作った人気オペラ作曲家が生きていた 時代で、その劇場チックな感動的ストーリーと感傷的な音楽が相俟って 同時代の人々の心を魅了していました。  イタリア人指揮者セラフィンが、過去のものとなっていたロッシーニ、 ドニゼッティ、ベッリーニなどのオペラを、マリア・カラスという逸材を 得て続々と蘇らせていったのは有名な話です。  これらのプリマドンナオペラは、細かいパッセージのスケールやアルペジオ、 3点変ホの超高音などが頻出し、超絶技巧とその感情表出が要求されます。 この難しい技法を無理なく響かせて歌う方法を“ベルカント唱法”といい、 この時代の作品は総称してベルカントオペラと呼ばれています。ベルカントは、 その後の時代、ヴェルディのオペラでも(といいますが、本質的にはその後の イタリアオペラ総てに必要とされているのです・・・、今となっては全く違う 歌い方をされるワーグナーも、ベルカントを望んだと記録に残っています) 大切に継承され、ヴェリズモ時代の重く押し出すような発声と区別して認識 されています。  そのベルカントの真の継承者として、主にヴェルディを中心に70代まで 世界の檜舞台で活躍したテノールのカルロ・ベルゴンツィ氏が、7月25日 ミラノで亡くなりました。13日に90歳を迎えた直後のことでした。  若い頃は、カラスやテバルディ等と共演し、ミラノ・スカラ座とメトロ ポリタン歌劇場を中心に活躍、NHKが招聘した「イタリア歌劇団」でも 来日したテノール歌手でした。  1986年、63歳のベルゴンツィ氏が日本でリサイタルを行った際には、 ホロヴィッツのような大掛かりな前宣伝はありませんでしたが、60歳を 過ぎていたのにも関わらず、ベルカント唱法の余りの素晴らしさに、日本の 声楽界が蜂の巣をつついた様な大騒ぎになりました。  2001年、77歳での来日リサイタルはもはや伝説になっています。  年齢を重ねても第一線で歌うことができるベルカントの優れた発声法を 習いたいと、ベルゴンツィ氏のもとに世界中から若い歌手が押し寄せました。 日本でのリサイタルを聴いて感動したことと、ベルゴンツィ氏に学んで帰国した 先輩の強い勧めもあり、1991年から92年にかけて、私も氏の下で勉強 するためイタリアに留学しました。  ヴェルディゆかりの地ブッセートで、ベルゴンツィ氏のホテルに缶詰めになって 半年間受講するアカデミア・ヴェルディアーナと、シエナ市の伝統あるアカデミア・ キジアナ(キジアナ音楽院)での2コースの中で、私は2〜3日に1度の割合で 氏のレッスンを受け、その後スカラ座やメトロポリタンで主役を演じることになる 歌手たちの歌を、公開レッスン方式で毎日聴く幸運に恵まれた上、何より世紀の テノール、カルロ・ベルゴンツィの声にどっぷり浸かりました。  これによって、何に気を付けて声を出すか、という発声についての勉強も 勿論ですが、全声種の受講生の歌を聴き、良い声、正しい発声を聞き分ける “耳”が出来上がりました。  世紀のテノールの生活は恐ろしく地味で堅実でした。ご自分が経営する ホテル付のレストランで美味しいものは毎日召し上がりますが(ですから、 非常に立派な体つき!)、ブッセートに馴染む!!地味な洋服を着用、 世界中から集まる美女たちには見向きもせず、糟糠の妻アデーレ夫人と 仲睦まじくいつも一緒、朝はシャワーを浴びながら『愛の妙薬』のネモリーノの 一節「ランラランララン・・」を口ずさみ声の様子を探り、辛抱強く一日中 レッスンをする生活。イタリア男にありがちな軽口をたたいたり、女の子に 優しかったりという陽気な感じではなく(勿論イタリア人なので決して陰気 ではないが・・・)、厳格で頑固、昔気質の父親のようでした。  ですから、人気が出て遊び過ぎ、声を失って道を踏み外す他のテノールの ようなこともなく、70代まで元気で歌い続けられたのでしょう。  ジェームズ・レヴァインからメトロポリタンへのオファーの電話が直接 掛かってきたり、知人たち(有名人がいっぱい!)に直径35pもある パルメザンチーズの1/4!!をクリスマスプレゼントに何十個も発送したりする 様子は、流石、ベルゴンツィという感じでしたけれど……。(アメリカ人が、 あの量のパルメザンチーズを貰って、どうするのだろうかと、心配でしたが……。)  マエストロにお会いするずっと前から持っていた『スカラ座の名歌手たち』 という本に、貧農のパルメザンチーズ職人の家に生まれ、貧しさの中で歌の 勉強をし、バリトン歌手として成功、その後自力で勉強しテノールに転向した と記されています。  努力と厳しい自己管理で世界の宝となり、ヴァイオリンの名器ストラディバリにも その名を冠する、ベルカントオペラの一時代を築いたマエストロ カルロ・ベルゴンツィ。 その栄光の生涯を称え、晩年力を注いだ後進の指導の成果が世界中に広がり、継承されて ゆくことを願わずにいられません。  

▲エッセイの先頭に戻る

7月5日(土)2014ソレイユコンサート…Baby Soleilの成果現る
 6月22日 (日)、ソレイユコンサート(発表会)及びソレイユ講師 コンサートを開催いたしました。  毎年この覧に感想を書かせていただいていますが、今年も感動で むせび泣く(!?)、素晴らしい内容の演奏会となりました。  今年の出演者の中で特に進境著しかったのは、幼児たち。出演した 6人の幼児の殆どがBabyソレイユからの生徒さんですが、 基礎力の定着が強みとなり、また親御さんの意識の高いことも要因と なって、それぞれに音楽が体からほとばしり出てくる自発的な演奏を 聴かせてくれました。教えられたことを正確に再現するだけではなく、 自分が消化したものを、その子の感性を伴って表現している演奏は、 聴いていて本当に心地がよいものです。  幼児に限らず現在在籍している生徒さんたちは、2回のリハーサル (初舞台の人は3回)を経験すると、ミス(音を間違えたり、転ぶ箇所が あったり、暗譜を忘れたり)は克服されます。以前は、全員をこの段階 までもっていくのも一苦労だったのですが、近頃は、弾けない所が最後 まで残り、特訓が必要だという子は殆ど無くなりました。  これは何故なのかと考えるのですが、恐らく、現在の中学生たちが 赤ちゃん期からスタートしたBabyソレイユの成果なのではないかと 思っています。彼らにはソルフェージュの基礎力があり譜読みに苦労 しないことも一因でしょう。グループレッスンですから、毎週仲間の 前で演奏を披露するのも、演奏慣れする要因の一つとも考えられます。 仲間と一緒にレッスンする中で、皆が仲良しになり、良い意味で ライバル関係が生じているのも向上心に拍車を掛けているといえましょう。  この仲間同志の関係は、Babyソレイユ出身者でない子供たちにも 影響を与えていて、リハーサルやコンサート、そしてレッスン時間が 前後する折々に、同じ学年くらいの子たちの演奏を聴き、触れ合い、 お互いに刺激を受けている様子が見られます。  一緒のクラスでレッスンをしていなくても、著しい成長を見せている子が いる学年では、その子に影響を受け、周りの子たちもどんどん上手になって いることからもうかがえます。お友達の関係って大切なのですね。  ソレイユの子供たちが発表会で音楽的な演奏ができるようになったと 先程述べましたが、これも、やはりBabyソレイユが影響しているのでは ないでしょうか(手前味噌!)。  私は音楽の基本は“歌”、であると思っています。ですから、赤ちゃん期より、 毎週毎週Babyソレイユのレッスンの中で沢山の歌を聴いてもらっている のですが、弟くん、妹ちゃんになると、お母様のお腹の中にいる時から聴いて いることになり、まだ小さいのに長いお付き合いです(笑)。お腹の中から 聴いている子は、歌を歌い始めた時点から、全員、歌っている音程が正確な のですよ!レッスンの中でシューベルトのアヴェ・マリアを歌ってあげた時に、 0歳なのに犬の遠吠えのような声で私の歌と共鳴するようにして声を出して くれた子がいて、胎教って大切なのだと、思ったものです。(その子は完全に 私の声の響きに共鳴してくれていました。しかもちょっと上向きな体勢になって! 本当に犬の遠吠えのようで、生き物の“本能”をみるようでした。)  沢山の歌を聴いて育った子たちが、ピアノでもヴァイオリンでも自然と ニュアンスのある音楽を奏で、歌心たっぷりに演奏している様子をみると、 一朝一夕にはゆかない、積み重ねの大切さ、環境の大切さを思わずには いられません。  楽器の演奏だけではありません。小さい子たちの歌の演奏でも、その積み重ねが 効果をみせています。音域が広く、声量があり、歌心ある歌を楽しそうに歌って くれる小学生の生徒さんたち。高い声も楽々と出し、歌うことの難しさをちっとも 感じさせません。中には詩の内容表現、音域の広さ、声量と3拍子揃った歌唱で 多くのお客様の涙を誘った演奏もありました。大人を泣かせちゃうのですから 本当に大したものです!  今回はチェロクラス開講3年目にして初めてのチェロ演奏もありました。 何を隠そう、先程の遠吠えエピソードの赤ちゃんが小学校1年生になった 姿です。立派に4つのバリエーションが展開する『きらきらぼし変奏曲』を、 ぶれない弓使いで弾いてくれました。  中学生、高校生は、一緒に頑張る同じ学年の仲間に恵まれ、切磋琢磨している 真っ最中。これまで培ってきた感性を表現に繋げられるよう、益々練習に励んで いってほしいと願っています。  完成度の高い音楽的な演奏は聴いている人にエネルギーを与えます。皆さんの 演奏を全て聴いて、疲れが吹っ飛んだ素敵な一日となりました。  出演された生徒さん、保護者の皆様、聴きに来て下さったお客様方、6時間にも 及ぶ長時間コンサートにお付き合いいただき有難うございました!  コンサートが終わった週、まだ6日しか経っていないのに、次のクリスマス コンサートに向けて歌う曲の予約を元気に宣言した子がいます。更に、今日までの間、 4人がクリスマスの曲を決めてしまったのですから驚きですね。今回の夏のコンサートが 上手くできて、周りの方々から褒めていただき、益々やる気になっている面々。 次の目標に向かって目を輝かせているその様子からは、“達成感を得た人は、前向きに 歩み続ける”ことを確実に体現しているのがみてとれます。  大好きな音楽の力を、これからもよい形で伸ばしていってほしいものです。  

▲エッセイの先頭に戻る

6月7日(土)母親の特権・母親の役割
 『浅利妙峰の母親になるとき読む本』というタイトルの本の広告を 目にしました。  沢山のお子さんを育てながら、代々続く麹屋さんを切り盛りしている 方が書いた本なのですが(まだ読んでいない!)、このタイトルを見て、 そうそう!こういう本が必要なのよ!と溜飲が下がった思いがしました。  音楽教室で仕事をしていると、子供をどのように育てたら良いかとか、 音楽で進学させたほうが良いかどうか等、ウツウツと迷いながら子育てを している方に多く出会います。勿論、全く迷いがないという人はいないと 思いますが、異なる価値観の間を彷徨い色々なことを自分で決められず 揺れ動いている人を目にすると、子供を持つ前に、しっかりとした価値観の 決定、即ち自分自身のアイデンティティの確立を目指すべきだと思えてなりません。  親の価値観を継承していた時代、親子間の価値観の相異は今ほどなかった でしょう。親は自分が育てられたように子供を育てれば良かったからです。 職業や結婚を含め、何においても選択肢が無限にある現代では、親子間の 価値観の摺り合わせが困難になったり、自分が育てられた環境と家庭外の 環境との違いに悩むようになったりしました。  しかし、だからといって、戦前のように限られた価値観の中で生きる方が 幸せ、などというつもりはありません。職業も結婚も生き方も自由に選べる 素晴らしさを手放すなんて、それこそバカげているからです。  それではどうすればよいか    。  多様な価値観がこの世に存在するのだということを知るために、本を読む ことをお薦めします。特に、若い頃は小説を読んで欲しいと思います。 小説には、作者が経験したことや考えたこと、周りの人から訊いたり調べたり したことが、登場人物を通して描かれています。国や時代、登場人物の年齢も 多岐に亘り、普通に生きていては絶対経験できない様々な人間模様を見聞する ことができるのです。どのように考え、どのように行動すると、どのような 結果をもたらすのかを様々なパターンで教えてくれます。  生き方を模索するようになったら、哲学書や伝記を読むのも良いでしょう。 有名な著作を片っ端から読んでいくと、あっ、これだ!と自分の気持ちに ヒットする本に必ず出合えます。  尊敬する人物の伝記を読んで真似をして生きてみるのも1つの方法です。  今では、哲学書なども易しい言葉で書き直されているものが多く、生き方・ 考え方の指針になる本に出合いやすくなっています。  見つけるのが面倒くさい!とお思いなら、ビジネス本やHow to本を手に とってみるのも良いでしょう。ズバリ!知りたいことがタイトルになって いたりして、分かり易いからです。  自分と異なる価値観に出くわしたり、何かに不安を感じた時に、どうやって 切り抜けたらよいかを“本”が教えてくれます。  本を読む以上に必要だと思うこと、それは、お母さんになる前に、母親の役割 について学ぶことです。  戦後、女性は教育を受ける権利、男性と同等に働ける権利を獲得しました。 それは大変素晴らしいことですが、私たち人間は、母親から産まれ、母の乳で 成長するという当たり前のことを、女性たちに伝え忘れてしまっている気がして なりません。それは決して男女平等なことではなく、素晴らしい女性の特権だ ということを。新しく得た権利と同等に“母親の役割”を勉強してほしいと 考えます。子供の身体を育てること、社会性を持った人間になるよう教育を することは、母親の役目です。勿論父親や周りの方々の協力も大切ですが、 まず母親がしっかりとその役割を意識し責任を持つことが肝心です。 お母さんになってからその責任の重さにおののく人が多いことからみても、 今の日本の教育は、お母さんになる人に対して冷たい、と感じています。 何故なら、子供が一人前になるまでどれ程のことをしなければならないか、 どういう心構えで育てるべきかを産む前にしっかり教えるシステムがない のですから。  精神的な問題を抱えている子は、精神的に不安定な母親に育てられている 現実を多く見てきました。  充分な愛情、しつけ(教育)、そして寛容さ(許す心)、この3つを柱に、 確固とした価値観を持って子育てする…その心構えと方法を伝える学校が ほしいものです。  多様な価値観が混在する現代の日本、全ての子供が自分の持っている 素質を充分に発揮でき、充実した一生を送れるように、母親教育の必要性を 感じています。  

▲エッセイの先頭に戻る

5月3日(土)調号の付く順番と音階を決めたのは誰?
 「調号ってどうしてそういう順番になっているのですか?」  Babyソレイユのクラスで、調号を書いたボードを掲げて読み上げていたら、 お母様から質問を受けました。  可能な限りどのようなことにも答えられるよう準備してレッスンに臨んで いますが、とても素朴な質問なのに音楽理論の根底まで訊ねられたような気が して、どう答えて良いか分からなくなってしまいました。  ♯系の長音階ならば、各音間の全音と半音による規則的な音程の連なりで ピアノの白鍵数が多いものから並べていくと、♯1つのものはファ、♯2つは ファとド、♯3つはファ・ド・ソというように、調号がついていきます。 それがどうしてなのかと考えることなく、そのまま覚えてきたことを再認識。 調号の順番しかり、ドレミファソラシドの音列しかり、各音の高さ(ピッチ)しかり・・・。 その起源を知らないことに動揺してしまったのでした。  ひとまず宿題にしてもらって、『ニュー・グローヴ音楽事典』を引っ張り出して 調べてみることに。  調べてみてまず意外だったのは、音の高さ、いわゆるピッチが決められたのは 1939年と割合最近のことだったということ。イギリスBBC放送と米国スミソニア協会の 提案により国際会議で決定。理由は、放送のために録音したテープを接続する際、 一定のピッチが必要だったからだそうです。その時点で初めて世界基準が決定した ということは、それ以前、ピッチは一定していなかったということです。  例えば、《平均律クラヴィア曲集》という、調の見本市のような作品を作曲した バッハの時代、楽器や地域ごとにピッチが異なっていたということですから驚きです。 1点1点手作りだった楽器製作の技術も、ピッチの安定までは至らなかったようです。 色々な“ド”の「平均律」が存在したとするならば、バッハは今のような絶対音感を 持っていなかったということになります。  “倍音”はご存知ですか?1つの音を鳴らすだけで、1オクターブ上の音、 その完全5度上の音、さらにその完全4度上の音・・・というように、基の音の 整数倍の振動数をもつ音が、基の音の中に含まれていて、それを倍音と呼ぶのです。 この倍音列が基になり、ドレミファソラシドの音階が出来たと言われています。  この音階に名称を付け、4線譜(5線譜はその後誕生!)への記譜法を確立したのが、 11世紀イタリアの修道士グィード・ダレッツォ。この人が有名な“ドレミファソラシド”の 生みの親で、その出典は、ラテン語のグレゴリウス聖歌『洗礼者聖ヨハネの誕生』の中の ヨハネ讃歌第一番の歌詞です。 Ut queant laxis resonare fibris Mira gestorum famuli tuorum, Solve polluti labii reatum, Sancte Ioannes. 「汝のしもべが、弦をかきなでて、汝の妙なるわざを たたえ得るように、このけがれある唇の罪をのぞかせ たまえ、聖ヨハネよ。」(和訳) (太字のところがそれぞれut,re,mi,fa,sol,la…となっていて、siはずっと後の時代に 最後のSとIを組み合わせて作られたと考えられています。フランスでは今でもUtが “ド”を表す音名としてそのまま使われています。)    実際この曲は、Utはドの音、Reはレの音、Miはミの音で書かれていて、偶然なのか、 何なのか、音と読み方が一致しているのです!  先程述べた「平均律」、これは1オクターブを平均して12の音に分けたもので、 倍音で構成された純正比による美しい音の調和は望めないものの、全ての調に同じように 転調できるというメリットがあるため、自由な転調を織り交ぜたバッハの名作が生まれました。  ピアノの白鍵がドレミ…の音階で構成されていることからも自明ですが、現代のピアノは ドレミファソラシドを大本の音階として平均律で調律された楽器で、ドレミ…と音程間隔を 一定に保とうとすると、完全5度上の調に上がるごとに1つずつ♯の調号が増えることに なります(同じように完全4度上の音から始まる調では♭の調号が1つずつ増えていく)。  今回は、内容が専門的になってしまいました。音楽の専門家にとっても、ピッチの歴史や ドレミの名称の起源、音階の起源などは正に“トリビア!”ですが、お友達との話題に使って みたりすると、結構驚かれる上、自慢できるかも知れません(笑)。  あーこれで宿題が解決!解決!  そうそう、こんなことでもないと貴重な『ニュー・グローヴ』の音楽事典も紐解かれないので、 「?」なことがあったら何でも聞きに来て下さい!  

▲エッセイの先頭に戻る

4月5日(土)調律師の江森父子
 調律をしていただいた後、ピアノ調律師の江森浩さんとゆっくりお話する 時間をもつことができました。  江森さんは、(社)日本ピアノ調律師協会理事、ソレイユ開設時からピアノの メンテナンスやコンサート時の調律をお願いしている方です。  何がきっかけで知り合ったのかを覚えていないくらい昔の、それこそ30年来の お付き合いになります。  江森さんは、調律だけでなく、古いピアノの修理やメンテナンスのスペシャリストで、 武蔵野音楽大学や東京藝術大学所蔵の明治期に輸入されたピアノの修理等も行っています。 これまでの業績を改めて伺うと、凄い方なのだなぁ、と驚くのですが、その偉大さについて 実感が湧かない程、身近な存在です。  ピアノ調律師は、ピアニストとの関係が深い職業なのはどなたでも想像できますね。 ツィプリアン・カツァリスをはじめとするピアニスト・演奏家たちのリハーサルの情景や 練習方法など、先日のお話の中で楽しく伺うことができました。  ツィプリアン・カツァリスは、リハーサル時間中ステージ上のピアノの蓋(譜面台の 部分も!)をずっと閉めたまま練習し、本番だけ開けるという不思議な習慣を持つ ピアニストというお話や(これは一種のジンクスなのでしょうね)、カーチス音楽院 ヴァイオリン科教授のアーロン・ローザンドと、ピアニストのブローテンのリサイタルでは、 それぞれが本番までの時間、本番に乗せる曲は弾かずに終始一貫してスケール・アルペジオなど 指の練習だけを行うので、何故本番の曲を練習しないのですか、と訊ねると、これさえできれば 怖いものはないから、と答えたエピソードなど、楽器を習っている人たちが聞いたら刺激を 受けるだろうな、と思うお話しばかりです。(因みにその2人、合わせて弾いたのは 本番だけだったのだそう!)  カツァリスのリサイタルでは、コンサートの休憩時間に突然ステージに現れ、 自作の変奏曲を延々と弾き続けたとか・・・。演奏が終了するまでずっとステージ脇で 控えている調律師だからこその体験エピソードですね。(会場にいたお客さんも勿論 聴けた訳ですけれども…。)  調律師の専門学校に通わずピアノ調律技能国家検定1級に合格した息子さんと、 親子お2人で日本中を飛び回って活躍されています。この検定1級を親子で取得 している方は、日本中、江森さん親子以外他にはいらっしゃらないのだそうです。  江森さんは、NHKの『男の料理』という番組に出演されたこともあります。 お得意の薫製料理を披露されたそうで、番組名は『調律の心で作るソーセージ・ ベーコン』。  ピアノだけでなく、作る、直すという作業について多岐に亘る好奇心を持つ、 少年のような方です。  江森さんは、YAMAHA出版から音楽評論家の原明美さんとの共著も出版されて います。ピアノの本やピアノにまつわるエピソードをまとめた『知っているようで 知らない《ピアノおもしろ雑学事典》』。  この中にピアノの白鍵と黒鍵の配置の歴史が書いてあったのですが、今、丁度 それについて調べていたところだったので、大変有難く読ませていただきました。  このエッセイに書かせていただく許可を得るため江森さんに連絡を取ったところ、 近く日本調律師協会静岡支部に講演に行くのですよ、と話されていました。  きっと数々のエピソードで皆さんの興味をグッと掻き立てることでしょう。 皆さんに美しい音色を楽しんでいただくため、ソレイユのピアノは、これからも 江森さん親子にお任せです(笑)。  

▲エッセイの先頭に戻る

3月1日(土)ご飯は最高のコミュニケーションツール
 以前、料理について書いたことがありますが、そのことに今だにコメントを いただくことがあります。皆さん食べることに随分関心がおありなのだな、と 感じる機会が多いこの頃です。  ご多分に漏れず、私も食べることが大好き。年柄年中美味しいお店に出掛けて いられないので、自分で作って食べる日々です。色々恵まれないこともあった 私の人生ですが(ホント〜?)、食べることだけは非常に恵まれた前半生を過ごし てきました。  高校、大学時代は、丁度バブル真最中で、母の友人のご主人が、太田に銀座 レカンのシェフを引き抜いてレストランを開業したのを良いことに、店のマダム だった母の友人に誘われ、毎週末まかない料理を戴きに通っていました。まかない といってもレカン仕込みの料理ですから美味しいことと言ったらありません。  昭和59年、大学入学のお祝いに、お世話になった先生と御一緒に銀座レカンに 伺った時、いつも食べているものと同じ味だったのには心底驚いたものです。  妹と2人で住んでいたアパートに、たまたまインド大使館の書記官がお母様と 一緒に暮らしていて、彼女に誘われ3日に上げずインド料理をご馳走になっていた 時期がありました。お母様が料理上手な方で、作っているところも見せて下さって、 たっぷり本格インド料理を習ってしまいました。今でこそ料理本で色々インドカレー のレシピが紹介されていますが、当時は珍しく、日本のカレーの作り方とは全然違う 方法に好奇心の塊になったものでした。美味しかったし、ためになったし、本当に ツイていたご縁だと思います。  中華料理は大学院の同級生に習ったことがあります。芸大の大学院初の中国人 留学生として来日した3人のうちの1人が、中国で調理師の免許を持ち、 センチュリーハイアットの中華の名店、翡翠宮でもアルバイトをしていた人で、 皮から作る水餃子や、各種野菜と肉の炒め物など、簡単で日本のものとは全く 違う味の、もたれなくて美味しい中華料理を沢山教わりました。  イタリア料理は、留学中、料理上手のイタリア人と共同生活をしていた時、 様々な珍しいパスタソースと肉料理を教わりました。彼女のところにはメイド さんが通ってきていて、週に2度、掃除と洗濯、アイロン掛けをしてくれて いました。メイドさんが来る時には、私も自分の部屋の掃除をすることになって いて、彼女とメイドさんのやり方を見て、床の磨き方 、洗濯の仕方、アイロンの かけ方、ベッドメイキングの方法を本格的に習得しました。期せずして ヨーロッパ的主婦修業をさせてもらった訳です!  往年の大テノール、カルロ・ベルゴンツィのクラスに通っていた期間、生徒全員が 彼の経営するブッセートのホテルに合宿するのですが、そのホテルのレストランの シェフにスープやパスタソースを教わりました。  パリ時代は大学の先輩と後輩と3人で部屋をシェアしていて、歌手である彼女たちが 料理上手だったこともあり、奈良県出身の子に関西のお総菜の色々、例えば切り干し大根、 ひじきの煮付け、茶粥、はたまたお正月の白味噌雑煮などを習ったり、色々な料理本から 味を再現することが得意な子と情報交換し合ったりして、毎日沢山の料理を拵え、賑やかな 夕食三昧の日々を過ごしました。歌手は料理好きな人が多いのです。  日本では一般的ではない自宅でのパーティですが、ヨーロッパでは親しい仲間内の パーティがどこかで毎週開かれていて、そこで奥様のお料理を味わえたり(どこの家も レストランよりずっと旨い!)、新しい出会いがあったり、最高の時間を過ごすことが できます。  日本でも習慣になれば良いのにと思うことの一つです。    ご飯は体を作るだけでなく最高のコミュニケーションツールです。なるべく多くの方と ご一緒にご飯をいただく習慣を持ちたいものですね。そのような機会をマメに作っていき たいと思いつつ、さあ、今日も美味しいご飯を作るぞ!と腕まくりする私なのでした。 

▲エッセイの先頭に戻る

2月8日(土)向井先生のマリンバ作品/恩田さん最優秀賞
 作曲・ソルフェージュの講師である向井耕平先生のマリンバのための作品 《前奏曲とアレグロOp.19》が、今年開催される第31回日本管打楽器コンクール・ マリンバ部門第2次予選の課題曲に選出されました。  日本管打楽器コンクールは、管打楽器のコンクールとして歴史と権威ある 重要なコンクールです。この作品は向井先生がマリンビスト(マリンバ奏者) 小森邦彦さんから委託され、1998〜1999年に作曲された曲で、 マリンバという楽器で表現できる最高難度の技術を組み込んであるのだそうです。 これまでにもユニバーサル・ベルギー・マリンバ国際コンクール(2007年と2013年)、 世界マリンバ・コンクール(シュトゥットガルト)(2012年)など、世界の マリンバ・コンクールで数度に亘り課題曲として取り上げられてきました。  漂々としたキャラクターの向井耕平先生は昨年の3月からソレイユの作曲・ ソルフェージュの講師として着任されました。東京芸大の修士課程を修了された後 渡米し、ミズーリ大学大学院で博士号を取得、以来15年に亘りアメリカで活躍 されました。芸大在学中の安宅賞(学部3年生時の首席の人が貰える)を皮切りに 数え切れない程の受賞歴のある作曲家です。  こんなことを申し上げると大変失礼なのですが、華々しい経歴とその謙虚な人柄、 随分ミスマッチですね。あれだけの経歴を持っていたら、カリスマ作曲家として マスコミで取り上げられ、肩で風切って歩いていても少しもおかしくないのに、 先生本人は、淡々とした調子を崩さず、優しく微笑み、物静かに話をされる春風の ような方です。  「センス溢れる素敵な作品を作曲する方ですよ。」とは向井先生の作品を聴いた ことがある方々からの感想ですが、残念ながらこれまで聴かせていただく機会が ありませんでした。  向井先生は殊の外、生徒さんたちから慕われていて、丁寧に丁寧に解るまで 教えて下さる教え方に、人気は高まるばかり。さすがにアメリカで長年暮らして いらしただけあって知識は豊富で話術は面白く、音楽以外にも様々な話題を提供 して下さっている様子です。  《前奏曲とアレグロOp.19》は小森邦彦氏のマイスペースで検索するとさわりを 聴くことができます。小森邦彦氏のCD『Marimbist』には全曲が収録されている ようです。興味のある方は聴いてみてください。  毎年この覧に登場する常連の恩田真弥さん(ぐんま国際アカデミー中等部2年)が、 今年のジュニアピアノコンクール 北関東AブロックB課程で、セルバンテス作曲 《すごい衝撃》、ドビュッシー作曲《子供の領分》から《グラドゥス アド パルナッスム 博士》を弾き、念願の最優秀賞を受賞しました。  真弥さんはぐんま国際アカデミー中等部のバトミントン部に所属し、シーズン ともなると毎週大会に出場、マラソンランナーのお父様と長距離を欠かさず走って いるスポーツ女子でもあります。勉強の成績も良いようで、色々なことに才能を 持っている人です。  ピアノをやっているから成績が振るわない・・・という人がいるようですが、 ソレイユの生徒さんたちを見ていると、コンクールなどで頑張っている時には 学校の成績も比例して向上する子が多く、頑張っている時は何でも頑張れて しまうのだな、と感心してしまいます。  今回は親子ピアノ連弾部門でもお母様の由紀子さんと共に連弾し、最優秀賞を 受賞しました。  2歳からBabyソレイユクラスに入室し、お母様と一緒に本当に心から音楽を 楽しんで、伸び伸びとピアノと声楽に取り組んでいる真弥さん。その限りない 可能性を傍に居る私たちも一緒に見ていけるのは楽しみなことです。  ゆっくりゆっくり成長し、大輪の花を咲かせることを願っています。

▲エッセイの先頭に戻る

1月11日(土)ベストセラーに学ぶ音楽のレッスン法
 皆様新年明けましておめでとうございます。元旦からずっと良い天候が続き、 幸先の良い一年のスタートです。馬が天に駆け上がってゆくような、良い一年に したいものですね。  今回の年末年始は、お休みを充分いただいてゆっくり休むことができました。 大好きな朝寝坊ができたり、息子のスキーに付き合ったり(今年は連れていって 見ているだけでした!)、おせち料理を作ったり、5月からそのままだった引越しの 荷解きをしたり、読みたかった本をまとめて読んだり…、やらねばならないことや、 やりたかったことがまとめてできた貴重な時間となりました。  精神的充電は何といっても読書でした。400万部セールスの百田尚毅著 『永遠の0』、同じく百田氏の昨年第10回本屋大賞を受賞した170万部突破の 『海賊とよばれた男 上・下』、池上彰氏の新書『学び続ける力』の計3作。  時間をかけて読む程のことはなかったという感想を抱くベストセラーも多い中、 百田氏の著作は多くの教訓を含む読みごたえのあるものでした。日本の人口の 30分の1以上の冊数が売れた『永遠の0』と『海賊とよばれた男 上・下』を 年初に読めたことは実に有意義でした。  司馬遼太郎の長年に亘るベストセラー『坂の上の雲』は、日露戦争の日本の 海軍・陸軍の作戦とロシアとの攻防を著した傑作です。陸・海双方の作戦と行軍を 1つ1つ綿密に書くことで、計画と決断、そして時の運(ツキ)の大切さを浮き彫りに しています。  神田の古本屋街でトラック一杯、1回につき2000万円もの古書を購入し 勉強したと言われる司馬遼太郎氏。歴史書を徹底的に漁り、そのエッセンスを 結集させたものがあの膨大な作品群だった訳です。  司馬氏の著作に伍すると思われる力作『永遠の0』は、兎に角、感情論に偏りがちな 先の大戦での日本空軍(特に特攻隊)の攻防を、資料採集とインタビューにより、 どの作戦が誰の指示で行われ、誰の決断や行動によってどのような結果に至ったかを、 実名を載せ、描いています。(ミッドウェイ海戦しかり、ガダルカナル戦しかり、 沖縄の海・空戦の行動しかり・・・。)  今の平和な日本では、この本の中に書いてあることを戦争に結びつけて教訓と すべきことはありませんが、いかに作戦(事前調査と計画)が大切なものであるかを、 仕事や教育に置き換えて考えることは充分可能でしょう。  『海賊とよばれた男 上・下』は、出光興産を立ち上げ大企業に発展させた出光佐三の 人生を描きながら、日中戦争の攻防から日本の政治・外交・官僚の態勢や、世界の 石油業界の構造を描いています。佐三氏が大学出ではあるものの、戦前一介の油の 小売り商からスタートし、いかに人材を教育し、工夫を重ね、何事にも命懸けで 事業を拡大していったか、常に人のため日本人のためという“正義”を忘れず、 いかに私利私欲を追わない生き方をした人物であったかが描かれています。これも 1つのモデルになる生き方です。  『学び続ける力』も、教育や人に伝えることの意味と方法を教えてくれる作品です。 池上氏は“教養”という言い方で一括りにしていますが、何か事を起こすためには 数年前からの蓄積が大切だと説いています。語学しかり、法律、歴史、経済等の知識 しかり。ご自分の経験から、次のステップへ進む(池上氏の場合は転職)際に大切 だったのが、随分前から蓄積していたそれらの教養だったという訳です。  例えばこれを音楽のレッスンに置き換えてみると、新しい曲を先生からいただいて 音取りをする時、ソルフェージュ力があったら音取り自体に時間が取られることは ありません。前からCDなどを聴いている曲だったら、曲想から演奏スタイルまで 自然に自分の中から湧き上がってくるでしょう。その時代についての本を読んだり 映画を見ていたら、頭の中では曲と共に物語が出来上がっているはずです。語学が できたら日本に紹介されていないその曲や作曲家についてのエピソードが入手できます。 ですから、テクニック的に至らないところだけに時間を掛けて練習すれば良いという ことになります。このことは、いわんや人生の全ての事柄においてをやですね。  という訳で、これらの本からのメッセージを念頭に、この一年を過ごしていきたいと 思っています。  今年も宜敷くお願いいたします。

▲エッセイの先頭に戻る

12月7日(土)杉野麻美さんの思い出
 先日、大学時代の同級生が亡くなりました。 入学時の年齢が、18歳から31歳までと幅広い年齢層の学年の中、彼女とは同い歳で、 その後1年私が遅れて進学した大学院のオペラ科も一緒、大学院修了後に留学した場所と 期間も重なって、特に留学中とても仲が良かった友人でした。  彼女の名前は杉野麻美さんといい、大変上手なメゾソプラノ歌手でした。最初に彼女の 歌を聴いたのは、高校3年生の時で、NHKFMラジオから『日本学生音楽コンクール 高校生の部全国大会』の録音が偶然流れてきたのを聴いたのでした。こんなに成熟した 声質と表現力の人が同じ歳なのか、と愕然としたのを憶えています。その頃よく聴きに 行っていた二期会のプロ歌手たちの演奏より上手だと思いました。  大学に入学してみると、予想通り、あの歌声の主は同級生で、実際のその人は、目が ぱっちりとした頭の良い落ち着きのある人でした。  大学の練習室から聞こえてくるとても18歳の女の子とは思えない完成度の高い歌声に、 これから習得しなければいけない自分の具体的な目標を見る思いでした。  留学時代、彼女はもう既に上手かったのに、発声に関して非常に貪欲でした。彼女が 今まで習ってきた先生のそれぞれの教え方により何をどのように習得できたか、また、 逆にどのようなところが分からなかったかなど、具体的な例を挙げながらその経験を 語ってくれました。何となく雰囲気や流れで歌うのではなく、発声のテクニックを 自分自身の体で確認し言葉にできる人だったので、声楽教師としても優秀だったはずです。  杉野さんは、50歳目前で声楽を始めプロのソプラノ歌手になった池田理代子さんの 先生でもありました。  また、横浜の朝日カルチャーセンターの人気講師として、多くの生徒さんを育てて きました。  歌手としては、二期会のオペラに出演したり、晩年(というには若すぎる!!)は、 青島広志さん主催のコンサートの共演者として活躍し、『世界一受けたい授業』にも 出演していました。  底知れない悲しさを抱え参列したお通夜でしたが、意外にもご主人が笑顔で、 「麻美は、やりたいことを全てやり尽くして亡くなったので、悲しまないでください。」 と仰ったのです。 「歌い方で分からないところがなくなったし、これまで思う存分歌ってもこられた。  人にも恵まれ本当に幸せな人生だった。」 と語る、亡くなる数日前に録音した音声を聞かせてくれました。  人はいつか亡くなるものです。自分ができうる限りのことをしつくして人生の終焉を 迎える、後悔のない生き方は素敵だ、と思いました。  願わくば、自分の人生に心から満足し、周りの方々に感謝の言葉を述べ、彼女のように 人生の幕を閉じたいものです。  人生には終わりがあるからこそ、目標を持って懸命に生きられるのだと、麻美さんから 教えられた気がします。  生前の録画をYou tubeに載せてもらえるよう、ご主人にお願いをしました。Upされたら、 杉野さんの素晴らしい歌声を是非聴いて下さい。  今年もわずかとなりました。来年も素晴らしい歳になりますよう、皆様のご健康とお幸せを 願っています。

▲エッセイの先頭に戻る

11月2日(土)第27回 群馬県ピアノコンクール
 10月20日(日)、前橋市のテルサホールに於いて第27回群馬県ピアノコンクール(上毛新聞社主催)が 開催され、8月の予選を通過し本選にエントリーしていたソレイユの生徒さん2名が2名とも優秀賞を 受賞しました。  小学3・4年生の部に出場した小畑蒼大君(ぐんま国際アカデミー3年)は、1年生の時、 小学1・2年生の部に出場し奨励賞を受賞(1・2年生の部では最高賞)。2回目の挑戦の今回は、 本番で集中した演奏ができ、優秀賞を戴きました。  中学生の部に出場した鴨川孟平君(太田西中1年)は、小学3・4年生の部で入選、2回目の 挑戦で優秀賞を戴きました。  今回の中学生の部の本選課題曲はブラームスの《ラプソディ第2番》でしたが、初挑戦の ブラームス、独特の奥深い音色を出すのに大分苦慮しました。今回のコンクールに挑戦した ことで、中学時代に、ともするとスルーしてしまう可能性が高いブラームスにじっくり取り 組むことができたことは有意義な経験だったと思います。指が速く動くとか音楽的に演奏する という、通常コンクールで求められる観点だけでなく、音の幅が徹底的に要求されるブラームスに 触れることは、将来に亘ってピアノに係わっていく子供達にとって、貴重な技術習得のチャンスに なりました。ピアノが専門でない私にとってもブラームスを勉強する良いきっかけになりました。  私が子どもの頃、ドイツ歌曲は日本でも世界でも大流行していて、フィッシャー・ディスカウや ペーター・シュライヤー、シュヴァルツコップフ、ヤノヴィッツ、アメリンク、日本でも二期会の 重鎮たちによるドイツリート(歌曲)のコンサートが目白押しでした。盛んにテレビ放映されまし たし、『音楽の友』誌やテレビ放映で憶えた名前の歌手のリートを東京までよく聴きに行きました。  のはずなのに…ヤノヴィッツやアメリンク、シュバルツコップフの、チャーミングで、変幻自在な 言葉と声のモーツァルトやシューベルト、シューマンは憶えているのに、ブラームスを聴いた記憶が …ないのです!! 自分でもドイツリートを歌ったことは勿論あったけれど、そういう訳でブラームスが レパートリーになることもありませんでした。音楽史的には重要な人物であるし、ピアノ曲・歌曲 など限定した分野だけを作曲した人という訳ではないのに、管弦楽曲もピアノ曲さえ触れずに今まで きてしまっていました。  今回の課題曲ラプソディ第2番の楽曲分析も試みました。池辺晋一郎氏のブラームス作品の 解説書を読むと、この作品の楽曲分析のさわりが書いてあるのですが、書いてあることを理解 することはできても和声中級レベルの私の和声力では分析は到底ムリで、向井先生の力をお借り してきちんと分析して戴きました…数音ごとに重複して転調しているため(両義的調性)、 分析は複雑になり、2つの調性の和声進行が重なっていく部分が多数あり、さわりは古典派の ようでいて、やはり後期ロマン派の作品なのはそこが違うのね、と合点がいったりしたのでした。  両義的和声の進行やその結果作られる偶成和声にも驚きましたが、やはり先に述べたように “ブラームスの音”には最後まで近づくことは難しかったと思います。  88鍵、7オクターブ以上ある鍵盤の、一番下の1オクターブが随所に現れるその低音を、 フォルテで充分に響かせて演奏するには、それなりの体の大きさと腕や指の太さが必要です。 中学生が小さな体であの音を出すには、迫力ある深い低音のイメージをしっかりと持って、 脱力ができた上で腕を乗せていくテクニックが必須、とはピアノの先生から繰り返し言われた アドヴァイスでした。しかしながら、まずその低音のイメージを持つのがなかなか難しかった ようです。  ピアノは、時代や作曲家の国籍などレパートリーが多岐に亘っていて、作品が無尽蔵にあり、 勉強のしがいがある楽器なのだということを改めて知った機会となりました。  今回受賞した小畑君・鴨川君も(勿論、頑張っている皆さん全員!!)、これから様々な曲に 挑戦し、上達していってほしいと願っています。 受賞、おめでとうございました!!

▲エッセイの先頭に戻る

10月5日(土)芸術の秋にDVD
日本列島を縦断した大型の台風や頻繁に起きた竜巻で、天地創造のような 大荒れの9月が過ぎ、例年より過ごしやすい秋らしさの感じられる10月に なりました。  大きな行事が一段落し、少しゆっくりできるかと思いきや、数ヶ月に亘って 溜まっていた仕事がドッと押し寄せたり、子供たちのコンクールの仕上げをしたり、 急に決まった夫の転勤のため北海道に行ってきたりで、ドタバタの9月を過ごしました。 100%自分の時間だった20代の、学校に行って勉強と練習だけしていればよかった時代は 遠い昔なのだわ、とセンチメンタルになるには余りにせわしなく、それでいてそのせわしなさを 楽しみながら日々を送っています。  それにしても、読書や映画のDVDを観る余裕くらいは欲しい。本屋さんに行って 本を選んでいると眠くてフラフラするし、ましては本を読み始めたりDVDをONにすると 洋服のまま朝を迎えてしまったりして(直ぐ寝てしまうという意味)、不眠症克服法だけは 完全にマスターしていると胸を張って言える現在の状況です(困ったことですね)。  時間と体力がある時によく観るのは、息子に付き合わされることが多い 『ハリー・ポッター』シリーズなどのファンタジーや『シャーロック・ホームズ』などの サスペンスミステリーですが、『007』や『ミッション・インポッシブル』などのアクション、 何も考えていないとき観るのに一番よいのがコメディで、『メリーに首ったけ』や 『シコふんじゃった』はあまりにくだらなくてホントに可笑しいですよ。 近頃笑っていない人にはお勧めです。  『きみに読む物語』『レ・ミゼラブル』などの純愛映画やドラマに涙したり、『フラガール』などの 根性サクセス・ストーリーも大好きです。語学の勉強に、フランス映画・イタリア映画も見ます。 フランス映画は現実をそのまま映画にしたような内容が多く、ハリウッド映画のように勧善懲悪・ ハッピーエンドという訳にいかなくて、「これで終わり?」という感想になってしまう作品が 多いのですが・・・。  イタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』『木靴の木』は胸にジーンとくるものがあり、 是非観てほしい作品です。ウンベルト・エーコ原作の『薔薇の名前』や、ダン・ブラウン原作の 『ダヴィンチ・コード』も、絵画や事象を読み解いていくという記号論やイコノロジー学の サスペンス映画ですが、本と照合しながら観ることができる上、内容も奥深いので面白いですね。  歴史上の音楽家が主人公の映画は必ず観るようにしています。時代考証がされていて時代背景が よく分かり有益です。その当時の楽器の音であったり、服装であったり、風俗が即、解るのが 良いですね。タイトルは忘れてしまいましたが、昔観た映画の中に作曲家ドビュッシーが出てきて、 歌手とアンサンブルをする場面がありました。アップライトピアノの上に譜面を照らすロウソクの灯、 ロウソク以上の明るさがない暗がりの中で響くドビュッシーの歌曲は、あの和声のイメージが増幅され、 ゾクゾクするようなパリのサロンの雰囲気(匂いまで感じ取れるような臨場感)の中で、 本来の輝きを放っていました。  一回目に観たときは感動したのに、何度も観ると結末の意外さに驚かされていただけだったことに 気づかされたり、逆に何回観ても初回に観たときの感動が蘇る映画もあります。『サウンド・オブ・ ミュージック』『ローマの休日』は映画の定番ですが、全編に亘って感動的な上、場面ごとにも 見どころ満載です。  今年は、春の『ラファエロ展』も落語も、大好きなマリエッラ・デヴィーアの来日公演も行けず 悶々としていたので、芸術の秋ということもあり、絵画も古典芸能(不思議と三味線や長唄を聴くと 疲れが消える…)もオペラも映画も観賞するぞ〜、と息巻いています。  芸術は自ら行うのも勿論よし、されど鑑賞するのも殊の外良いものです。色々な芸術に触れて 充実した秋をお過ごし下さい。

▲エッセイの先頭に戻る

9月7日(土)ソレイユ30周年記念コンサート大成功!!
 ソレイユ総合音楽教室30周年記念コンサートが無事終了しました。 元気だけが取り柄の私もちょっと抜け殻のようになっています。  プログラムにも書いたように、常に生徒さんたちとのレッスンに明け暮れ、 対外的な活動を殆どせず、世間に不義理をしがちな日常を送っているので、 こういう企画の時にお客様をお誘いする方法が見つからず、本当のところ 途方に暮れてしまっていたのでした。   808席の会場が100席に満たなかったらどうしよう!ガラガラの会場で “記念コンサート”と銘打って開催しても演奏する人たちのモチベーションは 上がらないだろうし……。    実際1ヶ月前までそんな状態だったので、裏方の心配の種は消えませんでした。  このエッセイを始めた頃に大工の棟梁である田中文男氏の話を書いた ことがあります。 「一生食える職人技なんてないんですよ。私は10代で覚えたことで  20代を食った。20代に覚えたことで30代に女房子供を養いながら、  40代50代まで食える勉強をした。30代を安穏と過ごしたやつは、  だめじゃないかな。年相応にやることを考えつかないと、50代になったら  ポンコツだぞ。」  私はこの言葉を今回のコンサートの座右の銘にしてきました。私の30代 40代を掛けて磨いてきた技と、そしてその年月に築いてきた生徒の皆さんとの 信頼関係が確かなものであったなら、このコンサートはきっと成功すると、 そういう気持ちを持っていたのです。  この棟梁はこんなことも言っています。 「真面目にコツコツとやってきた者だけが、『これはやるんじゃねぇ』、  『ここで一丁賭けてみろ』と、[天の声]を聞くことができるんです。  これだけ精一杯やったんだから、あとは天の声に任せてみようか、という  心境になり肝が据わってくるんですよ。」  まさにそんな心境でした。  当日までどうなるか分かりませんでしたが、お天気にも恵まれ、皆様のご協力で 大勢の方に聴いていただくことができました。  終演後、沢山のアンケートもいただきました。それぞれの方がそれぞれの観点から 感動した曲やその内容、又は改善した方がよいと思う点などを記入して下さいましたが、 全体的な感想だけでなく、12曲全てについて、どなたかが感想を書いて下さっていた のには驚きました。  司会について「くだらないダジャレはいらない」、「解説が長すぎる」という人も いれば(苦笑)、曲の解説があったので何も分からなくても楽しむことができた、と書いて 下さる方もいました。  入場口の混雑をチクリと指摘されたり、様々な楽器や歌とその組み合わせ、 また舞曲の形式(タンゴ、ワルツなど)が多彩で曲順も良く、飽きなかったと 書いて下さった方もいます。何より嬉しかったのは、アンサンブルの息が合っていて、 全員の和と愛と音楽に対する情熱が伝わってきた、と書いてあったことです。 私たちが大切にしている、音楽に対する“思い”を感じていただけたのが一番嬉しいことでした。  いずれにせよ、大掛かりな催しで裏方に徹する人がいないというのは、なかなか大変なことなのだ ということを学んだ機会でもありました。  次回は5年後になるか10年後か・・・、ソレイユの生徒の中から、中心になってやってくれる 演奏家がどんどん育っていくと思うので、その人たちに舞台は任せ、私は裏方に徹底できるように、 指導に力を入れていきたいと思います。  定期的に同じようなコンサートを開催してほしいと仰って下さる方もいました。有難いことです。 コンサートについても前向きに進んでいけたらと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

8月10日(土)群馬県ピアノコンクール中間報告/ソレイユ30周年の響き
 《30周年記念コンサート》の準備で慌ただしく過ごすうち、8月がやって きました。 10年振りの大掛かりなコンサートということもあって、あちこち飛び回って 準備しています。 夏は子供たちのコンクールの季節でもあり、その指導でも精力を注ぐ毎日です。 8月初旬に行われた群馬県ピアノコンクールの予選では、エントリーした ソレイユの生徒2人が共に予選を通過、本選出場が決まりました。  小学生3・4年の部にエントリーした小畑蒼大君は79名の中から15名、 中学生の部にエントリーした鴨川孟平君は39名の中から12名の入選者の中に入り、 10月20日(日) 前橋テルサホールでの本選に出場します。夏休み中も練習に精を出し、 周到な準備をし、充分体調を整えて力を出してきて欲しいと思っています。  一方、30周年の準備に余念がない12名の出演者たちは、今回のプログラムに アンサンブルが多いことから、時間を作っては集まって合わせの練習をしています。  今回、特筆すべき演目はピアノの4手と8手のアンサンブルです。普段ソロで弾く ことが圧倒的に多いピアニストたちの、息の合った競演が楽しみです。お互いに意見を 出し合いながら、丁々発止のやりとりの中、一つの音楽に練り上げていっている様子。 お互いをぶつけ合いながらも調和を生み出して、きらめきのある音を紡ぎ出して欲しいと 願っています。  弦楽四重奏はアンサンブルの基本ですが、チャイコフスキーの弦楽セレナーデは ファンも多いことから、アンサンブルのプロたちも一層真剣に取り組んでいます。 末永千湖先生の1stヴァイオリン率いる4人の奏者は、2ndの森友紀さんをバック・アップ しながら練習に余念がありません。きっとステキなワルツが奏でられることでしょう。  弦楽四重奏とピアノと歌の競演も熱い音が重厚さを醸し出し、心地よい響きを作り 上げています。  演奏者自身が楽しんでしまっている演奏会は、お客様には居心地悪く感じられるもの ですが、練習では美しい音の重なりを心ゆくまで楽しませていただいています。  7月末にようやく出来上がってきた《日本の歌メドレー》は、向井耕平先生が3ヶ月を 掛けて編曲した力作だけあって、こちらも重なり合う音が得も言われぬ美しい作品に 仕上がりました。これを演奏して具現化してゆくのは私たちの力量ですが、編曲に 負けないように、複雑な和声をセンスよく演奏していきたいと思っています。  思えば、指導力ある優秀な講師を太田に招く形で始まり、太田の子供たちに、 レッスンの中で腕前が上がっていくことを実感してほしいと願ったあの時から、 30年の歳月が流れたことになります。  今回の30周年記念コンサートには出演しませんが、時々このエッセイでも 紹介しているように、大勢の素晴らしいソレイユの卒業生たちが、日本中、世界中で 活躍しています。30年の間に育った卒業生たちが一堂に会するコンサートも、 企画していきたいと思っています。  日々同じことを繰り返す中で蓄積されたエネルギーは、思いがけず大きいものに なっていました。これからも、前を向いて歩んでいきたいものです。

▲エッセイの先頭に戻る

7月7日(日)アイドル誕生!
 先週の芸能ニュースをご覧になり、あれっ、と気付いた人がいたでしょうか・・・? 以前この欄でもお伝えしたことがある、中学3年生のあの神宮沙紀ちゃんが、何と、 《東京パフォーマンスドール》というアイドルグループでデビューしました!!  以前篠原涼子が所属していたグループの再生だということで、デビュー記者会見から 芸能ニュースに取り上げられるなど、注目を浴びています。  ソレイユでのピアノとソルフェージュのレッスンも、中学校の管弦楽部での ヴァイオリンもきちんとこなしてきた、全然出しゃばりじゃないキャラクターの 沙紀ちゃんが、アイドルグループで歌って踊っているなんて、ちょっと信じられない 感じがしています。  3月から東京で暮らし始めることになりソレイユを卒業した沙紀ちゃんですが、 中学生になってから2年間受けた神谷尚先生のヴォイストレーニングレッスンが 奏功したのでしょう、歌も上手になり、きっとグループの中でも歌をリードして いるのではないかと思われます(あくまで私の希望的観測ですが・・・)。  新曲の初見などのソルフェージュ力もあるので、音楽で仲間を引っ張っていって くれたら良いですね。でも何せのんびりしている人なので、自分から恐らく アピールしないでしょうけれど・・・。  パフォーマンス集団ということで、渋谷の《CBGKシブゲキ!!》という劇場で、 常に舞台に立ちパフォーマンスをしているそうです。  観にいらっしゃれる方は、是非渋谷に行って応援してあげて下さい。  クラッシックだけじゃない!ソレイユから育った人がまた一つ芽を出しました。  どの分野においても、ソレイユで培った“トコトンやる精神”をもって、辛抱強く 頑張っていってほしいと願っています。

▲エッセイの先頭に戻る

7月6日(土)ソレイユコンサート(旧称 発表会)
   6月23日のソレイユコンサートでは、出演された生徒の皆さんが、 集中度の高い、大変素晴らしい演奏を聴かせてくれました。  殆どの生徒さんが、ミスのない音楽的な演奏で、緊張感のあるコンサートの 成功に寄与してくれました。  生徒さんたちの発表会なのに、”発表会”という名称を使わなくなって 数年になります。完成度の高いコンサートのような仕上がりを目指すという 思いを込めて”ソレイユコンサート”と銘打って、その意図を皆さんに伝え、 指導してきました。  3〜4歳の幼児から大人まで、年齢や志望する進路に関係なく、それぞれの レベルで最高の力を発揮するよう求めてきました。  「あなた達の演奏を聴くためにわざわざ時間を割いて来てくださったお客様の、 人生観が変わるような演奏をするのよ」、「今日死んじゃおうと考えていた人が、 あなたの演奏を聴いたら死ぬのがばからしくなった、余りに素晴らしくて人生に 希望が沸いた、っていわれるような演奏をするの」とか、「お客様は、間違った 演奏を確認するために来た訳じゃないのだから、もしミスがあっても何もなかった ように繋げていくのよ」等、3・4歳児に解る訳が無いじゃないか、と思えるような 要求をしても、しっかりと理解した上で、パフォーマンスをしてくれるのです。  そのような指導を続けているうちに、いい加減ではない仕上げ方が習慣になり、 それほどキツい要求と思われなくなってきたのでしょうか、何だか当たり前のように、 数回のリハーサルを重ね、真剣で密度の濃い本番を迎えることができるようになりました。  勿論、蔭で支えてくださっているご家族の応援あっての、あの完成度です。 いつもながら、ご協力くださっているご家族の皆様に感謝いたします。  コンサートの最後にアナウンスさせていただいたように、これからコンクールに 臨む人は、あの演奏を最上とせず、コンサートの反省点を踏まえ,更に心に滲みるような 良い演奏ができるよう、一層の鍛錬を期待しています。  

▲エッセイの先頭に戻る

6月8日(土)ソレイユ30周年!!!
《ソレイユ 30周年記念コンサート》のチラシとポスターが 出来上がってきました。 1年前から企画していたのに、のんびりしていたら、チラシと ポスターが刷り上がってきたのがコンサート3ヶ月前の5月末、 ポスターを抱え、貼っていただける会社や商店や学校を慌てて 回らせていただいています。  ポスターが届いた翌日、市内の本町通りや大門通りにある 知り合いの商店に、貼って下さいとお願いすると、皆さん 「ポスター綺麗!!」と喜んで下さり(笑)、2つ返事で快諾、 店先や店内がピンクで彩られています。(有難いです!)    今回のコンサートは、ソレイユが1983年4月の創立から 今年で30年を迎えるに当たって、卒業生と講師の先生で記念の 演奏を行うというもので、ソロやアンサンブルを取り混ぜ、合間を おしゃべりで繋ぎながら、皆さんに楽しんでいただけるよう、 趣向を凝らしています!!  ソレイユのコンサートでは初出場となるサックスの須永和宏先生や、 昨秋ドイツ留学から帰国し、帰国後、既に日本国内で2回のリサイタルと コンサート等に出演している大活躍のピアニスト・渋川ナタリ先生 (渋川先生はソレイユの卒業生ですが、今春から講師としてもソレイユで 後進の指導に当たっています!)など、今話題のフレッシュな音楽家の 演奏もお聴きいただけます。  須永先生と渋川ナタリ先生は、各々、ミヨー作曲《スカラムーシュ》、 ショパン作曲《英雄ポロネーズ》を、ソロで演奏します。  ソロ演奏もさることながら、今回のコンサートの妙味は、出演者12名の アンサンブルが愉しめるところにもあります。  ベテランの域に入った(!!)細田秀一先生と、小林ゆみ先生による2台ピアノ版の ラヴェル作曲《ラ・ヴァルス》では、流麗な大人の音楽をお楽しみいただきましょう!  乗りの良いラテンのリズムが私たちを南アメリカへと誘う、ピアソラ作曲 《リベルタンゴ》は、細田秀一先生・小林ゆみ先生・渋川ナタリ先生・卒業生の 小暮牧子先生の4人による、豪華な2台ピアノ8手連弾で演奏します。4人の 情熱的なピアニストの熱気が皆様に伝わることでしょう!  弦楽器チームも最強の布陣です!! チャイコフスキー作曲《弦楽セレナード》の第2楽章を、1stヴァイオリンに 末永千湖先生、2ndヴァイオリンに卒業生の森友紀さん、そして、ヴィオラ・ 酒井雅の先生、チェロ・斎藤章一先生という、まさにゴールデン・カルテットで お送りします!  その他にも、末永先生のヴァイオリンと酒井先生のヴィオラによるヘンデル作曲 《パッサカリア》、細田先生(ピアノ)・末永先生(ヴァイオリン)・酒井先生 (ヴィオラ)によるバッハ作曲《イタリア協奏曲》(ピアノ・トリオ・ヴァージョン)など、 楽器の編成を変え、多彩にお届けします。  声楽組3人は、ピアノと弦楽器に支えられ、信じ難い程の贅沢な環境で歌わせて いただきます。  テノールの神谷尚先生が、弦楽四重奏と一緒にヘンデル作曲《オンブラ・マイ・フ》を、 私ソプラノの小林真衣子が、グノー作曲オペラ『ロミオとジュリエット』より 《ジュリエットのワルツ(私は夢に生きたい)》を、バリトンの鴨川太郎先生が、 ロッシーニ作曲《ダンツァ》を、そして神谷先生と私で、オペラ『椿姫』より《乾杯の歌》を ご披露します。  最後には、東日本大震災復興のテーマソングである《花は咲く》やドラマ『坂の上の雲』の テーマソング他、美しい日本の歌を入れたメドレーを、ピアノ、弦楽器、歌のアンサンブルで お聴きいただきます。  このコンサートのために、様々な編成で編曲して下さるのは、作曲の向井耕平先生。 向井先生の素敵なアレンジにもご期待下さい!  今回の曲のラインアップをご覧になり、何かお気づきでしょうか?  そう、今回のコンサートのテーマは『舞曲』。副題の通り、30周年の 祝祭気分を舞曲にのせてお送りします。  一般の方にも喜んでいただけるように、鴨川先生と私が1曲ごとに お話を入れ、盛り上げていきます!  8月30日(金)大泉町文化むらホールにて、18:30開演です。  夏の夜、お子様から大人の方まで、来て良かったね、いい音楽会だったね、 といっていただける愉しいコンサートにしていこうと思っています。  チケットは、大泉文化むら、鈴木楽器、ソレイユ総合音楽教室で取り扱って います。ご希望の方には託児もいたします(10日前までに要連絡)。  皆様のご来場をお待ちしています。 

▲エッセイの先頭に戻る

5月4日(土)チェロ!…マイ・ブーム
今、マイブームになっていることといえば、”チェロ”。 レッスンを始めてから1年2ヶ月、密かにチェロを習っています。  ソレイユ開校以来、チェロクラス開設は夢でした。30年間待って、 ようやく素晴らしい先生と知り合うことができ、クラスを始められる ことになりました。  チェロクラス開設に当たり、教室用のチェロを購入しました。東京の 楽器店を何軒か巡り、色々なチェロに触れてきました。黄色に近い黄土色 から黒色に近い茶色まで、色もそうですが、音も様々で、実際弾いてみると、 良い音とそうでない音がはっきり判ります。  新日本フィルのチェロ奏者だったオーナーがやっている恵比寿の楽器店 『ゴーシュ』で手作りの一台を購入。マットな深い茶色のそのチェロは 、 品のある見た目と同様、落ち着きある深い音が響きます(手前みそ)。 膝の間に挟み、抱きかかえるようにして弦を鳴らすと、身体中が共鳴し、 異次元にワープするような錯覚に襲われ、更には内臓が振動するのが感じ られます。内臓をマッサージされているかのような感覚です。  ダメ生徒の私は、ヘ音記号が読めるのを良いことに、初見でレッスンに 臨んだりして全く悪い生徒なのですが、1年2ヶ月、月2回のレッスンを 受けているうちに、第1ポジションの指の位置は解るようになり、2オク ターブを往き来しつつ『ウェルナー教則本』を何とか弾き進めています。  以前この欄にも書きましたが、毎日何かの習い事に追われる子供時代を 過ごしてきたからでしょうか、習い事の時間はとても居心地良く、私に とって最上の癒しのひとときです。  問題のあるところを指摘され、先んじて気がつかなかったことを悔しく 思ったり、それを直すことができて嬉しかったり、新しいことを習って ウキウキしたり、今まで習っていない難しいパッセージが出てきて“大変〜!!”と 思ったり・・・、そんな単純なことがどれだけ贅沢なのか、ということが解るのは、 忙しい時間を過ごす大人になったからでしょう。先生が自分の演奏だけに耳を傾け、 稚拙な演奏にあれこれ注意をしてくださるなんて、本当に贅沢な時間の過ごし方だと 思います。  弦に対して弓の角度が傾いていたり、根元で弾くべきところを先で弾いてしまうなど、 弓の使い方を間違えるとスカッとした音しか出ませんが、弦と弓との調和が取れた時など、 先程述べたような充実した音が発生し、その贅沢な時間と相まって、より一層幸せな気分に 包まれるのです。  チェロ界のスター、ヨーヨー・マ氏がマスコミで クローズアップされたのは、 かれこれ30年程前のことになりますか。笑顔がステキな若き名手をテレビが 盛んに追い、頻繁に演奏を聴くことができた時期がありました。まだDVDなど 無かった時代ですから、それは貴重な機会でした。ちっとも難しいそぶりを 見せず流麗に弾く様子に、まず釘付けになりました。それまで聴いていた チェロとはテクニックの次元が違っていたからです。  時代は進み、ミュンヘン国際音楽コンクール優勝というタイトルを掲げ 石坂団十郎氏が登場。古典の速いパッセージをさくさく軽快に弾き、チェロを ヴィルトゥオーゾ楽器として扱う様は、それまでのチェロのイメージを覆す ものでした。    ヴィルトゥオーゾ達への憧れと、あのように弾けたら・・・、という妄想が 混在しているチェロとの日々ですが、何と、7月末の『大人のためのプティ・ コンセール・ドゥ・ソレイユ』で、チェロデビューすることになりました(大げさ)。 ヴァイオリンと二重奏します!  チェロの素晴らしさを伝えたい、などと大それたことは考えず、良い音が一つでも 出せたら本望、と思っています。  こんな緊張感は滅多にないこと!頑張って練習せねば、と決意する今日この頃です。  

▲エッセイの先頭に戻る

4月6日(火)音楽と経済学?!
 何故音楽のレッスンを受けるのか。  レッスンを始めさせたい、と言って来室するお母様にその理由を訊くと、 音感が良くなって感性が磨かれ、何か楽器が弾けるようになったら良い、 というのが殆どです。  30年程前は、自分が小さい頃やりたかったのにやらせてもらえなかった とか、華やかなピアニストに憧れ、お母様がお子様をレッスンに連れて いらっしゃる、という方が大多数でした。  全然練習しないのですけれど、どうしたらよいのでしょうか?という 電話が毎週のように掛かってきたのも懐かしい思い出です。やらせたい というお母様の気持ちの方が強かったからのでしょうね (笑) 。  今は、小さい頃からご自分が習っていて、レッスンを受けることが 生活習慣の一部になっているお母様が連れていらっしゃることが多く なっています。音楽のレッスンを受けるという文化が、戦後68年を 経て定着したのでしょう。  限られた自分の力と時間、そしてお金をどのように使えば充実した 人生を過ごせるか、ということについて興味深い文章を目にしたので、 ご紹介しましょう。  群馬県でbPの発行部数を誇る《上毛新聞》という新聞があります。 毎週日曜日の経済欄に『エコノ女子部』という、4人のエコノミストが 交代で執筆している経済エッセイが連載されています。  3月17日 (日)、勝間和代さんが『日常生活の経済学』と題し、 限られた資源をどこに有効配分すればよいかを追究する学問として、 経済学を論じています。  ご自身が、仕事以外に熱心に取り組んでいる“調理”と“ゴルフ”を 例に取り、どれだけこの2つが経済学的に理にかなっているものかを 述べています。  勝間氏曰く、研究し時間を使う程、健康と長寿をもたらし、周りの人も 幸せにすることができる“調理”。健康と、人とのコミュニケーション力、 更には継続する力の鍛錬に役立つ“ゴルフ”。  日々無難に過ごすことで、成長の機会を逸し、自分の5年後10年後を リスクにさらすより、どこに自分の有効な資源を使えば幸せになれるのか という、将来の『効用』(満足度)を考え、努力すべし、とは勝間氏の 熱い意見です。  そう考えると何故音楽のレッスンを受けるのか、色々と“経済学的に” 理由づけできそうな気がしますね(笑)。  経済学といえば、大学で経済学を教えているゆみ先生(私の妹です。 知らなかった!という人も多いので…)の夫が、先日経済学を学ぶことが どれだけ社会に出てから有用か、について話していたことがあります。  エリート養成学部といわれている法学部より、実際に会社に入ると 経済学部出身の人の方が、結果的に取締役や社長になることが多いのだ そうです。  何か問題が起こると、法律の方を変えればいいと考えるのが法学部 出身者で、法律等の一定の決まりの中で、いかに有利に立ち回るかを 考えるのが経済学部出身者だからだという訳です。  経済学的観点から、勝間氏が言うように、将来的にみて、音楽を習う ために使う時間とお金と労力が今後の自分にどのような充実をもたらす のかを考えなくてはいけません。  先ほどのゴルフと同じ、何かを継続する訓練になる、音楽を演奏したり 聴いて下さる方々とのコミュニケーションがとれる、気軽に演奏することが できると人を幸せにする、それにより自分も幸せを感じられる、他の芸より 数段尊敬される率が高い!(これ本当です!)上達すれば仕事にもなる、 精神的にも肉体的にも健康でいられる等、枚挙にいとまがありません!  不経済の代名詞のように思われる音楽ですが、“経済学的”には非常に “経済的”というわけです!  「経済学」といえば、大学の集中講義で東大のハンサムな教授に教わった こと以外、何も覚えていない私が、「経済学」について語るなんて可笑しい ですが、このように考えるのが経済学ならば、柔らかく経済学的に考えることは 楽しい!というものです。  この上は、より経済度が上がるよう成果を求めていきましょうか。  

▲エッセイの先頭に戻る

3月5日(火)進学・コンクールご報告
 永遠に続くかと思う程寒かった、冬の終わりを感じさせる今日は啓蟄。 動物、植物共に活動を始めるに相応しい、暦通りの暖かい春の訪れです。  ソレイユにもまた春が巡ってきました!  佐藤成記さんが、東京音楽大学声楽演奏家コースに、長谷川由依さんが、 東京都立総合芸術高等学校(ピアノ専攻)と東京音楽大学附属高校(ピアノ専攻)に それぞれ合格しました。  佐藤さんが合格した東京音楽大学声楽演奏家コースは、これまで優秀な オペラ歌手や声楽家を輩出し、コンクールでも受賞者を多数出している 東京音大の看板コースです。毎週大学で行われるレッスンは普通の声楽専攻に 比べて回数が多く、海外の音大やセミナーなどに給費留学できる機会も頻繁に あり、流石、看板コースだけあって、大学がガッツリ力を入れている様子が 窺えます。勿論、誰でも受け入れてもらえる訳ではなく、入学試験や学年ごとの 試験で厳格に振り分けられ、優秀な成績を修めないと年度の終わりに降格させ られてしまう、シビアなコースでもあります。  声楽を始めて1年3ヶ月、声楽を一生の仕事にすると決心して、佐藤さんは 声楽・ピアノ・ソルフェージュを、日夜真面目に取り組んできました。優れた 技術を身に付け、良い歌が歌える歌手に成長するよう、筋力UPのトレーニングを 含め、益々頑張って欲しいと願っています。  中学1年生の時に入室した長谷川由依さんは、第5回ベーテンピアノコンクール (中学生部門自由曲コース)に全国4位に入賞するなど、ソレイユ入室後、技術を 修正、習得しながら、結果を出してきました。熱心なお母様と二人三脚で、兎に角 よく練習しました。その甲斐あって、都立総合芸術高等学校ピアノ専攻(旧都立芸術 高校)と東京音楽大学附属高校ピアノ専攻に合格! 一歩夢に近づきましたね。  都立総合芸術高等学校にはソレイユから昨年に引き続き2年連続の合格です。  昨年のこの欄でも書きましたが、都立総合芸術高校は、ソレイユではピアノの 小林ゆみ先生やヴァイオリン・ヴィオラの酒井雅の先生の母校で、東京藝大附属 高校に次いで東京芸大への進学率が高い(毎年10名前後合格)高校です。  都立駒場高校の芸術科が独立した高校であり、数年前、校舎が新宿区に移るまでは 駒場高校の隣に位置し、創立以来学業も駒場高校と同程度の成績が求められてきました。 近年東京都の財政難から体制が変わると騒がれましたが、実力ある卒業生たちが 反対運動をしたお陰で大規模な変化はありませんでした。卒業生で固められた 講師陣により、今でもしっかりとした音楽教育が行われている伝統校です。  校風はのびのびとしていて自由闊達、明るい先生・先輩たちに囲まれ、正統的な 技術の習得と共に自己表出が自在にできるよう修練を積んでいって欲しいと思って います。  第4回全日本ジュニア・ピアノコンクールで、小学2年生の小畑蒼大君がC課程 最年少で7位入賞しました。  このコンクールは、自分でレベルを選ぶことができ、部門ごとに年齢制限はあり ません。C課程には中学生のエントリー者もいたそうですから、その中で7位入賞は 立派でした!  更なる飛躍を楽しみにしています!  近年、皆さんが意欲的に受験やコンクールに取り組むようになり、支えている私たちも 遣り甲斐を感じています。これからも益々大きな夢を持って積極的に道を拓いていきましょう! 前向きに頑張る皆さんが大好きです!  

▲エッセイの先頭に戻る

2月2日(土)呼吸法は世渡りの魔法の鍵
“呼吸法”という文字が載っている本や雑誌を目にすると、 すぐに購入するのが癖になっています。 先日、女性誌『クロワッサン呼吸法でカラダが変わる』を即買い。 疲れをとる・痩せる・ストレス解消・頭痛や肩凝り撃退、などの 文字が表紙に躍っています。 声楽を始めた頃、お腹を膨らませて息を吸う、いわゆる腹式呼吸を 随分練習させられました。ウエストの所を前後から、もしくは左右に 手を当て息を吸いながら膨らませたり(先生が見本を見せて下さいました)、 仰向けや屈んだ状態で息を吸い、お腹の膨らみを感じる方法です。 先生のようにぷっくりとお腹に息が入らず、お腹を膨らませることだけが 使命と思い、肩や首をヒクヒクさせながら呼吸の稽古をしたものです。  呼吸の何たるか、横隔膜がどの位置にあり、どのようにすると自由に 動かすことができるのかがわかるようになったのは、最近のことです。 横隔膜を意識した呼吸法は、勿論、歌の発声に必要で、体全体に声を 響かせるためにも、力まず長時間楽に歌うためにも欠かせません。 しかし呼吸法を習得すると、それだけではなく、様々なことに良い効果を もたらすことがわかってきました。  まず一番は、疲れなくなったこと。一日仕事をし、ぐったり疲れた時に、 ゆっくり横隔膜呼吸を行うと、疲れがスーっと抜けてゆきます。  ストレスを感じた時にも、たっぷり息を吸う、吐く、を繰り返すと、 「まあ、いいか」という気持ちになり、人生良いことがいっぱい! 捨てたもんじゃないよ、というバラ色の気分に変わります(極端!!)。 私が楽天的な性格である、というよりも、これは呼吸がもたらす作用 なのだと思います。酸素が全身に行き渡ることで血行が良くなり、筋肉の 緊張が解けることで精神の安定に繋がるのでしょうか。  大学の保健体育の講義で故三木成夫教授(解剖学・発生学専門)が 仰っていた言葉が思い出されます。優秀な同窓生たちの才能に押され、 自分の才能に自信が持てなくなった芸大生が、次々に鬱病にかかって ゆくのを医師の立場からアドバイスし続けた経験から、どうしたら 精神病を予防できるか、を中心に講義をされていました。  今でも印象に残っているのは、相談に来る学生は殆ど息をしていない、 と話して下さったことです。悩んでいる人の呼吸は、浅いか、もしくは、 ずっと止まったままになっているという話は、その後、考えごとをする時に、 自分に省みて、なるほど、文字通り息を詰めているものだ、と納得した 覚えがあります。歌うための一技法だった呼吸に、精神と呼吸の関連という、 歌以外の視点が加わったのはそれ以降です。  その頃、目に止まったのが『正心調息法』という呼吸法。ゴルフで、 94歳、94のスコアという世界最高齢エージシュートの記録を持つ 塩谷信男医師が考案したものです。       1.鼻からゆっくり吸う、2.25秒息を止め、3.口からゆっくり吐く、 4.最後に一息、この4ステップを数回繰り返します。塩谷氏は、 この呼吸法の習得により病気知らずで106歳の人生を全うしました(驚異!)。  私の歌のレッスンでもこの呼吸法を取り入れています。横隔膜を動かす 呼吸法は体の位置や角度、力の入れ方、抜き方など注意点は幾つかありますが、 背中の力を抜いた姿勢でお腹の中に空気を溜め込む感じで行うと、初心者でも 簡単に吸うことができます。歌が上手になるのと同時に精神のコントロールが 上手にでき、病気知らずで明るく暮らせるすばらしい技法です!  文芸春秋2012年9月号にも、尺八奏者中村明一氏による『日本人のための 正しい呼吸法』という記事があり、正しい呼吸法を身に付けると体幹が真っ直ぐ になり、人間の印象が変わる、という記述があります。所謂“あがる”と言われる 状態も呼吸でセルフコントロールができるようになると述べています。  レッスンの時に、言われたことができなくて悔しがり、イライラして余計に できなくなってしまう子がいますが、それも呼吸が止まっているのが原因です。  意固地になると「息を吸って、吐いて!」という指示も拒否するものですが、 上手く笑わせたりして息を吸わせると難なく習得できるようになります。  呼吸法の会得は、上手に人生を渡ってゆく魔法の“鍵”といえるでしょう。  雑誌『クロワッサン』に書いてあった“呼吸法で痩せる”だけが未だに 実現できずにいる私。呼吸法のお陰で今まで以上に太らずいるのか、それとも ダイエット効果だけは期待できないのか、これだけは呼吸を止めて考える必要が ありそうです(笑)。  

▲エッセイの先頭に戻る

1月5日(土)謹賀新年……『生き方』に学ぶ
 新年明けましておめでとうございます!  昭和音大の某先生から景気の良い内容のお年賀状をいただきました。 「今年は巳年、蛇は餌を食べなくても長く生きることから『神の使い』 として崇められてきました。蛇は脱皮をすることから、巳年は 『復活と再生』の年とも言われます。また、種まきの年とも言われ、 2014年に飛躍するために準備、勉強していくと未来が開けるそうです。」  実は私も巳年生まれで(年齢がバレますね…)、巳年にことさら 思い入れがあります。こんな良いことばかり書いてあるお年賀状を いただくと、良い年になりそうな予感がしますね。  年末年始に本をまとめて読もう!と、楽しみにしていた割に、雑事に 追われ続け、気が付くと寝ているということの多かった私。年末の寒さに 本屋さんに出掛けるのも…という訳で、手元に積んである本に手をのばし 休暇を過ごしたのでした。  昨年、本屋になかったので、アマゾンで取り寄せた稲盛和夫著『生き方』。 JAL再生で最近も注目を浴びる稲盛氏ですが、小林ゆみ先生の夫の知人は 東京・八重洲を歩いていたときに、遠くから“すごいオーラのある人”が 歩いてきて、“一体誰だろう”と思っていたら、稲盛氏だったという話を 聞いたことがあり、遠くから物凄いオーラを発していたという、その人となりにも 興味を持っていました。  この本は以前、バレリーナの森下洋子さんが座右の書にしているという 記事を読んだことがあります。2004年初版の本ですが、2009年に 54刷が発行されているところを見ても、“生き方”の参考にしている人が 多い本なのでしょう。  稲盛氏は子供の頃から結核に罹患する、中学も大学も受験では失敗する、 ようやく入社できた会社は倒産寸前だったという、不遇の青春期を過ごします。  やっとの思いで入った会社時代、賃金の遅配が続いて、賃金要求ストの最中も 会社の中に泊まり込み、新製品の開発を続け、ファインセラミック材料を日本で 初めて合成、開発することに成功。会社は持ち直し、その成功により、後の 京セラを立ち上げたのです。  このことから氏は、不遇を嘆くより、腹を据え考え方を変えることが大事だと 思うようになった、と言います。“自分に起こる全てのことは、自分の心が つくり出している”という思いは、確信に変わったのです。  稲盛氏のもう一つの教訓は、「才子はその才知ゆえ、功を焦る余り足をとられる ことが多いが、平凡な人材が、創意工夫をしながら真剣地道に継続していけば、 非凡に変わることができる」。  47年生きてきた私が、自分の経験と関わってきた生徒さんたちを見て、 心から共感できる言葉です。  また、氏の「人間として正しく生きることが大事」すなわち、人格が大切 という教訓は、子供でも分かる内容です。  巳年の今年、良い波に乗り、常に前向きに、日々の努力を怠らず、そして 正しく生きていきましょう(笑)。  2013年はソレイユ創立30周年の記念の年、30年目の節目に、 ソレイユの古き良き伝統を温めながら、新しいことに挑戦していきたいと 思っています。  今年も宜敷お願い申し上げます。 

▲エッセイの先頭に戻る

12月8日(土)渋川ナタリさん、ソレイユの講師に!!
 ソレイユニュース11月号でお知らせした通り、ソレイユ卒業生の渋川ナタリさんが 講師としてソレイユに来てくれることになりました。  渋川ナタリさんは、赤ちゃんの頃からピアノの先生であるお母様の手解きで音楽に 親しみ、小学校4年からソレイユ総合音楽教室に通い始めました。前橋女子高校を 優秀な成績で卒業後、難関、東京藝術大学器楽学科ピアノ専攻に、群馬県では14年 振りに合格、快挙を成し遂げました。  藝大在学中、第2回安川加寿子ピアノコンクールで第2位入賞、コンクールでも その才能を開花させています。  東京藝大大学院(東京藝大は、殆ど全ての学部生が受験する“大学院”は難関で、 学部生の1/3程度しか合格することができない)に進学した後、ロータリー財団の 給費を受けてドイツの国立リューベック音楽大学大学院に留学、今期2年の課程を 終え修土の称号を得て帰国しました。  今秋より東京藝大大学院に復帰し、大学院での勉強と共に国内でのコンサート活動を 再開したナタリさんです。  温かい家庭で大切に育てられたせいでしょうか、ピアノや勉強だけでなく、何でも そつなくこなす才能が彼女にはあります。それにもかかわらず、偉ぶらない、柔らかな 雰囲気に包まれた、笑顔の素敵な女性です。  専門分野を究極まで究めてゆく精神力がある人であることは、彼女の経歴を見れば わかると思いますが、人に優しいとか、他人が出来ないところを出来るまで忍耐強く 待てる、といった先生としての資質にも恵まれているのが、ナタリさんの特長でしょう。  どうすれば上手になるか、色々と工夫する引き出しも豊富。お母様と、良い先生方に 丁寧に育てられた下地がある人だからです。  自分で苦労して身につけたテクニックは、他人に伝えることができるもの。 ナタリさんはその点でも、良い先生の資格充分といえるでしょう(何しろ、ナタリさんが しっかりとした教育を受けてきたのを、私たちは知っているのですから・・・)。  ナタリさんには先生としても、次世代を担う優秀な生徒さんを育てていって欲しいと 思っています。  と同時に、“ピアニスト・渋川ナタリ”として、なお一層の活躍を期するところです。  渋川ナタリさんが出演するコンサート、《若い芽のコンサートinぐんま》が、前橋の ベイシア文化ホールで開催されます(来年1月14日、14時開演)。  渋川さんは、モーツァルトのピアノ協奏曲 第14番K449 変ホ長調を演奏します。 皆様、是非聴きに行って下さいね!!  このエッセイを読んで渋川ナタリ先生に習いたいと思われた方、ソレイユ総合音楽教室 事務局までお問い合わせください。お待ちしています!

▲エッセイの先頭に戻る

11月3日(土)“鍛える”“可愛がる”そのバランスは?
 《Babyソレイユ》を始めてから、小さいお子さんを持つお母様方と親密に お付き合いする機会が増えました。  《Babyソレイユ》を始める前、受験生中心に担当していた時期がありましたが、 受験直前にお預かりした人たちは、乳・幼児期からの積み重ねがどうしても足りず、 短期間で合格水準に到達するには、体力との闘いのような練習をしなければならなかったり、 どんなにやる気があっても体がついていけずテクニックが追いつかなかったり、 中には“やる気”の出し方も解らない子がいたりして、その生活習慣から変える 苦労をしなければいけないこともありました。  受験直前に引き受けた受験生を、希望する音大に合格させた過去を思い出すと、 「よく頑張った〜」と、気が抜けたようになってしまうのですが、短期決戦で 上手くいった子たちは、それこそ普段の生活まで、親御さんたちと一緒に作り上げていく という過程を踏んだものです。  ある程度大きくなってから、生活習慣や考え方、あるいは生き方を変えるというのは、 かなりキツいことのようで(中には変化を楽しんでくれる子もいて、そういう人は上手く なってゆくのがやはり早いのですね)、抵抗したり、飽きてしまったり、色々大変なのです。  そういうこともあり、幼児期からの教育に一縷の望みをかけて始めたのが《Babyソレイユ》 だった訳です。  《Babyソレイユ》から始めた子たちは、楽器の基本的な奏法・音感・読譜力・リズム感・ ソルフェージュ力などの音楽面を充実させていく他、毎日自分から進んでコツコツと繰り返し 訓練ができる粘り強さを培ったり(これは、勉強にも応用できる!)、友達と仲良くしながらも、 “自分”を生き生きと出せる明るさや、友達と譲り合える思いやりの心を養うなど、バランスの 取れた人間形成を目標としています。また、運動能力の向上も目指しています!  《Babyソレイユ》・《Kinderソレイユ》のクラスは、お母様たちに一緒に参加して いただいているため、毎週親子一緒の様子を拝見できる機会も多く、また、お母様方と 楽しくお喋りする中で、私が見聞、体験した“ちょこっと話”をさせていただいたり、 悩みを伺ったりと、コミュニケーションを取らせていただいています。  大学で音楽を専攻したお母様もソレイユにはいらっしゃいますが、専門外のお母様方が 殆どですから、音楽のお稽古を受ける際、お家で気を付けて欲しいことなどは折に触れ お話ししています。  その中でも少し難しいのが、子供たちを“鍛える”ことと“可愛がる”ことのバランスを どうやって取っていくか、ということです。  このバランスを保護者と先生でキャッチボールしながら、歪みを生じさせることなく、 子供たちを指導し学ばせていくことが大切です。幸いソレイユのレッスンには、お母様方 だけでなく、お父様方も多く参加されているので、ご両親様とコミュニケーションが図れる ことは、大変有難いことです。  ソレイユの保護者の皆様は勘の良い方が多く、私がお話ししたことを上手く子育てに 取り入れて下さり、お子さんたちは益々良い子に成長しています。  先日、ソレイユニュースを読んで下さっている知り合いの臨床心理士の方から、教育に 関心があるなら読んでみて、と紹介された本があります。とても興味深い内容だったので、 明るく上手に子育てをされているお母様にその本を紹介しようと思ったら、既にお持ちで、 育児の参考にされている、と話してくれました。  シリーズで400万部も売り上げている、ということなので、殆どの日本の家庭に 行き渡っている本だとは思いますが(私は知らなかった!!)、子育ての参考にして いただければと思います。 『子育てハッピーアドバイス』 『10代からの子育てハッピーアドバイス』 (スクールカウンセラー・精神科医師 明橋大二 著) 子供に愛情を注ぐ時期とタイミング、子供のタイプ別の上手な叱り方(これは親だけでなく 色々な子を扱う先生にも是非読んでいただきたい!)、家族の中で思いやる気持ちの育み方など、 良好な人間関係をスムーズに築くのにも役立つ本です。

▲エッセイの先頭に戻る

10月6日(土)ドビュッシ−は印象派じゃない?!
 『ドビュッシー、音楽と美術−印象派と象徴派のあいだで』展に行ってきました。 ドビュッシー生誕150年を記念して、ブリヂストン美術館と、パリのオルセー美術館・ オランジュリー美術館でだけ開催される貴重な美術展です。  ドビュッシーの歌曲をライフワークにしようと思っている私は、ドビュッシーの時代特有の 文学と音楽、そして美術のプロたちが、ブルジョワのサロンに集結し、互いに影響し合いながら 新しい芸術を生み出してゆく−、この関係性を詳しく知りたいと常に思っていました。  文学や詩文からインスピレーションを得て作曲するのは、オペラや歌曲という形で その結びつきを知ることができます。ボードレールやヴェレーヌなどの象徴派を代表する 詩人たちが紡ぐ美しい詩で、ドビュッシーは珠玉の歌曲を数多作曲していますし、 メーテルリンクの文学『ペレアスとメリザンド』は、ドビュッシー独自の世界観と音楽語法で、 音楽史上燦然と輝くオペラになりました。  一方、絵画的、とも言われるドビュッシーの音楽に、どのような形で絵画が関わっていたか ということに触れる文献を、これまで目にしたことはありませんでした。  今回の美術展の中で、『3つの交響的スケッチ−海』の初版の楽譜の表紙に、葛飾北斎の 『富国三十六景、神奈川沖 浪裏』の海波部分を印刷したものが展示されていたのですが、 この例などは絵と音楽の関わりが明白で、ドビュッシーが葛飾北斎の海の絵をこの曲の イメージとしていたことがはっきりと窺えます。  ドビュッシーだけでなくフォーレも作曲しているヴェルレーヌの詩『マンドリン』の曲の レクチャーを受けた際、森の中で道化師や貴族が歌い、踊り、楽しんでいる煌びやかな ロココ時代の絵を見せてもらったことがあったのですが、この曲のイメージ全てがこの絵の中に 集約されていて、神の啓示のようにストンと自分の中に入り、この曲を歌う原動力になったことを 思い出しました。視覚からの印象は、曲の全体像を掴むのに非常に役立つものだということを、 戦慄と共に味わった経験です。  “絵画的な”ドビュッシーの音楽を演奏する際、どのような絵からインスピレーションを 得たのかという“よすが”が欲しかった私には、今回の企画展、正に願ったり叶ったりでした。  ブリヂストン美術館の皆様の着眼点の鋭さに乾杯!!です!  ブルジョワのサロンでルノワールやドガといった印象派の画家たちとの交流も盛んだった ドビュッシーが、“印象派”と分類されることに抵抗していたという事実を知ることができたのも、 今回の展覧会の収穫の一つでした。ボードレールやヴェルレーヌといった詩人に代表される “象徴派”(観念的な理想世界をイメージしやすい象徴的な姿形で表現しようとする芸術家の一派)に 分類されることを望んだのです。難解な寓意を読み解く教養など必要ない、曖昧な要素の強い “印象派”ではなく、高踏派とも呼ばれる高尚な思想を持つ者たちのグループに属するのだという 自負があったのでしょう。    美術館併設ショップで今回の企画展のカタログ(これがとても良い!!)他、4冊の書籍を購入。 買いたかった本をちょっぴり大人買いでき、気分は上々です。  ドビュッシーの歌曲、声楽作品に関する研究をしていこう!! と、将来の目標を立てて心浮き立つ 私でした。(目標ばかり立てているとは周りの方のご意見です・・・、実行は如何に?!)  10月14日(日) まで開催しているドビュッシー展、ブリヂストン美術館としてはかつてない 集客数の展覧会なのだそうです。  19世紀末から20世紀にかけてのパリの芸術に触れ、芸術の秋を堪能した1日でした。   

▲エッセイの先頭に戻る

9月8日(土)町田君、音楽で生計を立てる。
 ピーターラビットカラー、兎の“うさもん”をソレイユの1階で飼い始めてから、 そろそろ1年が経ちます。去年の6月生まれなので、ただ今1歳3ヶ月、立派な 青年男子です。  通称“もんちゃん”、なかなかの人気で、1日寝ているか、食べているかの どちらかで、何の役にも立たないような様子にも関わらず、大人達の格好の “癒し”の存在となっています。 “もんちゃん”の柔らかい毛皮を撫でては、 「かわいい!!」、「癒される!!」 と喜ぶ大人が多く、飼う前は子供達の格好の遊び相手になるだろうと想像していた 私としては、意外な成り行きに驚いています。この“うさもん”、飼い主をちっとも 覚えてくれない上、呼びかけても反応がないし、一緒にお散歩もしてくれない。 しかし、先日、兎好き、という方が、 「この兎は可愛がられていますね。反応から分かりますよ。」 と仰って下さってびっくり!人なつこい兎なんだそうです、“うさもん”は。  ソレイユにいらっしゃる皆さんが可愛がって下さっているからでしょう。幸せ者ですねえ。 可愛がられていると言えば、先日、町田君のお母様が、久し振りにソレイユを 訪ねて下さいました。 町田竜太君は小学5年生の時ソレイユの門を叩き、白鴎大学足利高校音楽科を経て、 東京音大ピアノ科を卒業したばかりの新進ピアニストです。  生来、右目が弱視で殆ど見えない竜太君ですが、エネルギッシュで逞しいお母様に 支えられ、明るく前向きで素直な青年に成長しました。マイペースな所もあり、 小さい頃は、自分が、これ、と決めたこと以外は、意欲を示さないところがありましたが、 逆を言えば、自分が決めたことは一生懸命頑張る性格で、東京音大時代も様々な演奏会に 選抜されるなど、精力的に勉強してきました。 町田家はお母様と竜太君の他に、お父様と妹さん2人の5人家族です。小さい頃から ピアノが大好きだった竜太君の、音楽で進学したいという望みを叶えようと、お母様は 竜太君の音楽のレッスン料と、音高・音大の学費を稼ぐために、日夜、3つのパートを 掛け持ちして働いていました。竜太君以外に妹2人にも同じようにしてあげたいという 思いからです。  先日ソレイユにいらした時、 「ようやく竜太が仕送りを受けないで、音楽で生活ができるようになりました。」 と嬉しそうに報告して下さいました。今、神戸の音楽団体で、ソロと伴奏ピアニスト、 合唱団の指導者として収入を得ているのだそうです。  町田君が音大在学中、長年の疲れが出たのでしょう、お母様はリュウマチに罹患 されました。痛む関節を押して仕事に出掛けるのはとても辛かったと仰っていました。 下の2人の女の子も無事、自分の道を進み始め、ようやくホッとしました、と輝く顔で 語ってくれました。  ついこの間、お母様自身が、教員免許を持っていたことに気が付いたそうなのですが、 日夜夢中で働いていた時には、割の良い職を見つける気持ちの余裕などなく、何しろ時間に 追われ、生きるのに必死だった、と仰っていました。でも、そのお話をして下さるお母様の お顔は、自信とオーラに包まれ、キラキラ後光が射していて、 「リュウマチは、一生懸命“お母さん”をやってきた証明なのだから、正に勲章ですよ。」 と申し上げたら、 「病気になって悲しかったけれど、そう言ってもらえてなんだか嬉しい。」 と益々顔を輝かせて微笑んでいらっしゃいました。  親の心子知らずで、のんびりした所もある町田君、つい先日、神戸でのピアノリサイタルに お母様を招待したのは良いけれど、深夜バス出発の2時間前に連絡をしてきて、慌てて準備して 出掛けたのですよ、と、困ったような、しかし嬉しそうな様子で話して下さったのも印象的です。  命を懸けて頑張っていると、良いことはあるのです。お母様の命懸けの支えが、今後の町田君の 生き方を、揺るぎないものにしていくと確信しています。  久々にガッツのある話を伺って、勇気付けられ、そして嬉し涙を流した一日だったのでした。 鬼の目にも涙。

▲エッセイの先頭に戻る

8月4日(土)オー氏ご夫妻、初デュオリサイタル!!
 7月22日(日)、≪コンセール・ドゥ・ソレイユ≫が開催されました。今回で 27回目、このコンサートは1年に2回ずつ催しているので、今年で14年目に なります。  この会は、幼児から卒業生、講師までで構成される『ソレイユ・コンサート』 の大舞台に出るのは恥ずかしいけれど、日頃の成果を人前で発表したい、という 大人の生徒さんたちの熱い声により始まりました。  今回は20代から70代までの10人が出演。いい加減な気持ちで出場している 人はおらず、皆、真剣です。  発表の後の懇親会で、 「コンサート直後ですから、お互いに良かったところを讃え合いましょう!」 と提案しても、各々がご自分の至らなかった点を挙げ、反省することしきり…。 発表の前も、あのフレーズのあの箇所の声が上手く響かない、あのパッセージが 上手く弾けない…など、ご自分の課題を挙げて他の方に意見を聞いたりしている のです。まるで、受験やコンクールを前にした、学生のよう。20代〜30代の 方なら想像ができますが、70代の方々が顔をつき合わせてさらに向上しようと 声高らかに悩みを打ち明け合っている姿を想像してみてください!『向上心』って、 年齢じゃないのだわ、つくづくそう思わせてくれる光景なのです。    今回の≪コンセール・ドゥ・ソレイユ≫の中で白眉だったのは、 大嶋良三・伶子ご夫妻です。大嶋ご夫妻は、前回のコンサートから 飛躍的な伸びを見せ、大変素晴らしい演奏を聴かせてくれました。  ご主人の良三氏は今年79歳、奥様の伶子さんは8歳年下の71歳。 ソレイユで声楽のレッスンを開始してから、それぞれ12年と11年が 経ちます。  この8月、ご夫妻は長野県飯田市でデュオリサイタルを行うことに なっています。お二人がお若い頃からお世話になっているカトリック 修道院のシスターとそのお仲間に聴いていただくため、飯田市の修道院で リサイタルを開くのです。  30代の頃から色々と相談に乗ってもらい、悩みを打ち明け、救って いただいたシスターが、ご高齢になられ、これまでの感謝を歌に託して お伝えしたい、という思いから開かれるリサイタルです。  今まで≪コンセール・ドゥ・ソレイユ≫に出演し演奏してきた曲から、 お二人それぞれの思いに相応しい曲を厳選し、プログラミングしました。 ソロの曲を各3〜4曲、デュエット曲を2曲歌うという、リサイタル デビューとしては随分立派なプログラミングです。  このお話が持ち上がり、現実化してから、お二人の練習熱が一段と 上がったのは想像に難くありません。  良三氏は、リサイタル企画前も毎日2時間程の練習を欠かさなかった ようですが、リサイタルに向かうようになってからは、練習量も相当増え、 準備に余念がありません。  ご家族の前では決して練習をしない、と仰るシャイな伶子さんも、 しっかりと練習時間を取り、やはり徹底して準備をされています。  目標があると人は必ず伸びます。お二人はそれを≪コンセール・ドゥ・ソレイユ≫で 確かに証明して下さいました。  79歳になる良三氏は、響きのポイントが変わり、バリトンの声量も増え、朗々とした 声質に変化しました。79歳で、人間は新たに成長するということを正に見せてくれたのです。  伶子さんの鈴のような声も艶と音量が増し、レガートは大変に美しいものでした。  繰り返しますが、『向上』するのに年齢は決してハードルにならないのです!  お二人のデュオリサイタルは、8月18日(土)、長野県飯田市、聖クララ修道院で午後3時に 開演します。  歌劇『蝶々夫人』から〈ある晴れた日に〉、〈カタリ・カタリ〉、〈帰れソレントへ〉、 歌劇『ミニヨン』から〈君よ知るや南の国〉、など、美しい大曲がプログラミングされています。  お時間の取れる方、旅行を兼ねて聴きにいらしては如何でしょうか? お好きなことに精進されているお二人の晴れ姿を是非見聞してほしいものです。

▲エッセイの先頭に戻る

7月7日(土)褒めて褒めて褒めてあげて下さい!
 無事、ソレイユコンサートが終了しました。 一般の方々に聴いていただく形式でのコンサートが、年に1回に なってから2年が経ちます。それ以前はリハーサルも2回以上行い、 本格的に仕上げて臨むコンサートを年2回のペースで行っていました。 『クリスマスコンサート』を、お食事がついた内輪だけの『クリスマス コンサート&パーティ』に変更したことは、参加者及び関係者の方々に 大変好評で、『ソレイユコンサート』で個人の技術力や集中力を身につけ、 『クリスマスコンサート&パーティ』ではアンサンブルなども取り入れる ことで、演奏の楽しみを知る、という色分けができてきました。次回 『クリスマスコンサート&パーティ』も、同じような趣向で行うべく 準備中です!! 公開コンサートが年に1回になったことで、逆に発表の緊張感が高まった 感じがしています。いつものことながら、『ソレイユコンサート』での 生徒の皆さんの頑張りに最大の賛辞を送りたいと思います。 何回リハーサルをしてもできなかったことが、時間をかけて練習して ノーミスで弾き切ることができた子、1回目のリハーサルの後、お手上げ 状態だったところを習得するため、私たちに呼び出され、一緒に練習して 見事克服することができた子、響きを作り出すため口を開けましょう、と 指導しても恥ずかしがって開けなかったのに、本番ではしっかり良い響きで 歌えた子…など、本番に向かって、何をしなければいけないかを自分で しっかり認識し、自分の力で克服することができる、そういう力を全員が 持てたことに驚いています。 そうやって自分の力で乗り切ることができた子は、“自信オーラ”に 包まれます。今回は、幼児たちも、“小さな体が大きく見える”自信オーラで 輝いていました。幼稚園児、保育園児であっても、お子さんが頼もしく見えた ことでしょう。年齢が上がるにつれて、その傾向は増し、3年生以上の学年は、 全員、その自覚が演奏に表れていました。明らかに、“自分が何をすべきか” という問題意識をもって演奏に臨んでいました。学年が上がるにつれ、その 傾向が増す、ということは、積み重ねの勝利以外の何ものでもありません(笑)。 今回が『ソレイユコンサート』初出場だったOちゃん、 「今まで発表会に数回出演したけれど、ミスなしで弾いたことがなかったんです…。 今日は最高でした!!」 と、お母様が大喜び。良い状態で舞台に乗って欲しかったので、しつこいくらい リハーサルをしました。本人も嫌がらなかったし、お母様も協力して下さった お蔭です。 今回の『ソレイユコンサート』で、生徒の皆さんが、自覚を持って取り組み、 素晴らしい演奏を披露し、“達成”することができたのには、秘密があります。 私たちのやる事に協力して下さるお父様、お母様がいたこと。お客様の前で 演奏することへの心構え、演奏する際のコツや留意点、それぞれの曲への演奏の 注意点など、コンサート前に細かく細かく指示を出すのですが、お母様方が 私たち指導者の言うことに全面的に賛同して下さったこと、それが肝腎なのです。 これが習得の基本です。価値観がしっかり確立されていると、子供たちは何の 迷いもなく歩んでいくことができます。少々のハードルがあってもスムーズに 越えていくことができるのです。価値観がグラついていると、越えられる坂も 越えられません。 皆が仲良く一緒に頑張っていくことも大切なこと。他の人やエネルギーが、 細微な1人のエネルギーに多大の力を与えてくれるのです。 先日、0歳児のレッスンをしていた時、付き添いのお父様が、音符のシールを 貼ることのできたお嬢ちゃんを、その胴体を揺り動かしながら満面のニコニコ顔で 褒めていました。シールが貼れるごとにずーっと褒め続けるお父様の様子に、 お母様と目を見合わせて思わず笑ってしまった私でしたが、その様子から、私は 確実に1日分の幸せをいただくことができました。 「そうだ!子供ってこういう風に育てればいいんだ」 理屈抜きで褒めて喜んでいるお父様から、子育ての本質を教えてもらった気がします。 あれ程頑張ったお子様たちを、心の底から、是非褒めて褒めて褒めて褒めて あげて下さい! 生きるエネルギー、頑張るエネルギーが更に沸き上がってくることでしょう! 成果が出るよう頑張った子供たちには、それが何よりのご褒美なのです。

▲エッセイの先頭に戻る

6月9日(土)息子の修学旅行
 5月末、6年生になった息子が、修学旅行から帰ってきました。 行き先は国会議事堂と鎌倉。数人のグループに分かれ自分たちで 行き先やランチの場所を決め、時間配分をしながらゴールの鶴岡 八幡宮を目指す行程の珍道中ぶりを、翌日(帰宅した当日は、帰る なり意識がなくなっていました!)ご飯を食べながら楽しそうに 話してくれました。 生まれてから約12年、世間でよく言われているように12年 なんてあっという間です。  息子が幼稚園の頃から、私の仕事の形態が変わり、その頃のことは 殆ど記憶がない位、時間に追われながら育ててきました。  学校から帰ったら、おやつを食べながら学校の話をして、宿題、 ピアノ、塾の勉強やその他の習い事…、なんていう優雅な毎日が 送れたら、どんなに良かったであろうと、思わないではないですが、 私が専業主婦で、エネルギーを息子1人に集中させていたら、確実に 2人ともおかしくなっちゃっていただろうとは、周りの方々のご意見です(笑)。  適度に時間に追われて仕事をしながら、横目で息子を叱っている くらいで丁度良かったかも知れない、と楽観的な私は考えています(自己肯定主義)。  ソレイユの生徒さんのお母様方は、仕事をしながら何人もの お子さんを育てている方が沢山いらっしゃいます。仕事をされて いる方は、ご自分の限りある体力と能力を、子育てにどのように 配分してゆくべきか、苦慮されている方も多いことでしょう。  愛情不足になると、子どもは言うことをきかなくなったり体を 壊したりと、精神的にも肉体的にも調子が悪くなるものですし、 教育は、ある程度時間を掛けてぴしっと仕込む必要があるため、 子どもに相当なエネルギーを注がねばなりません。しかし、 エネルギーを注がねば、と感じながらも、「疲れた〜!」と思う こともしばしばでしょう。  部活動帰りの中学生が、帰宅後、取り敢えず一回寝て体力を 回復させてから勉強する、という話を聞いたことがありますが、 息子のピアノを見ながら、「一回寝たい!」と、どれだけ思った ことでしょう。(最近は、息子のピアノの練習の間、側について いながら気がつくと寝ています。困ったものです。)  息子が幼稚園生の時代、散歩や山歩き、公園での遊びなど、 体を使った外遊びを一緒にする時間が無かった時があり、 風や緑や太陽など戸外の感覚を楽しんだり、体を作るために、 毎週土・日に、太田ファミリーサポートセンターの先生方に 遊びに連れて行っていただくお手伝いをお願いしていました。  金山や子どもの国へのハイキング、田舎道で草花の名前を 教えてもらいながらの散歩、蛙やトカゲや蟻などとの触れ合い、 時にはコンバインやトラクターに乗せていただいたりする 特別な体験・・・。  その日その日に経験したことを細かく記入していただいた 用紙が今でも残っていて、それを読むと、空気の冷たさや暖かさ、 緑や花の色や香り、太陽の暑さとともに先生方の愛情が伝わって きます。両親だけではなかなか体験させられない貴重な経験でした。  働いているお母様方に限らず、一日中、ずっとお子さんと 家の中で過ごさなければいけない専業主婦のお母様方も、 別の意味で大変さは同じでしょう。  育児や教育は皆で協力し合って、いつでも明るくキラキラと 楽しく子育てしていきたいものです。  我が家の子育て期間もあと数年。期間限定の楽しみとして 益々パワーアップして育てていこうと思っています。 「孟平君、大変〜」って 声が聞こえてきそうですけれど。  とは言っても、力を注いでくれる親がいるのは幸せなこと。  恵まれた環境で育まれているソレイユの生徒の皆さんですが、 愛情たっぷりで教育熱心なお父様、お母様に育てていただいて いることに、そしてご協力下さっている周りの方々に日々感謝 しながら、音楽に、勉強に、スポーツにと、益々その才能を 伸ばしていって欲しいと願っています。

▲エッセイの先頭に戻る

5月5日(土)ソレイユ・グレードテスト
 10年程前に改定した課題に則り、ソレイユでは年に2回 《ピアノグレード・エチュードテスト》を実施しています。  今年は先日、4月28日(土)に第1回目のテストが行われました。  ソレイユでは幼児期のピアノのレッスンに《バイエル》、 《メトードローズ》、《トンプソン》等の教材を使うことが多く (全員にではありませんが…)、それぞれの教材の良さを取り入れ ながら導入期のレッスンを行っています。例えば《バイエル》は、 基本3和音であるT・W・X度の和音で作曲されているので和音 分析が容易であること、調号の順を追って調を覚えられること、 ト音記号とヘ音記号での記譜が広範囲に亘って満遍なく書かれて いるため、音符を読む勉強になるなどの、良い点があります。     ちまたでよく聞かれるように、《バイエル》は和声感に乏しいので、 《バイエル》が終わると、《ピアノのABC練習曲》や《ラジリティ》 などのフランス和声で書かれた練習曲で和声感を補充していきます。 フランス音楽に幼少期から慣れておくと、ちょっと味のある(センスある) ピアノが弾ける子になる気がします(実際そうなります…)。  《100番》・《30番》・《40番》・《50番》・《60番》の ツェルニー練習曲(それぞれ番号分の練習曲が載っている)はピアノ練習曲の 定番。《40番》と《50番》の間に《モシュコフスキー練習曲》、 《クラマビューロ練習曲》、《クレメンティ練習曲》を挟み、《50番》 ・《60番》へと進んでいきます。  クラマビューロなどの3本立て練習曲を経て、小学校のうちに 50番に入れるのが理想ですけれど、その先に必ず弾くことになる 《ショパン練習曲》を音楽高校受験用に練習した後、《40番》から やり直す、というような子もいるので(芸大附属高校に合格したのに やり直した、という人を知っています…)、先に進めば良いという ものでもありません。その段階ごとに習得するべきテクニックを きちんと獲得することが大切です。 ショパンの他、難度の高い練習曲と言えば、ラフマニノフ、ドビュッシー、 スクリャービン、リストなどが有名ですが、これらは練習曲というよりも、 高度なテクニックを要する芸術作品なので、このような曲がアーティスティックに 弾けたら、プロのピアニストの域ですね。  ピアノの上達には、練習曲の他に、指の基礎訓練が必須。初期に 《バーナム・ピアノテクニック》・《ピアノのテクニック》などで 慣れた後、ピアニストも欠かさず毎日の訓練に使う《ハノン》で 基礎を作っていきます。  基礎的な練習である音階、アルペジオ、半音階、オクターブの 音階など、ピアノ曲を演奏するのに必要なテクニックをパーツごとに 習得していくのです。  ソレイユの《グレードテスト》は、そのようなパーツそれぞれを 24項目に細分化して設定し、年に2回テストを行っています (受験料は無料です〔笑〕)。  このテストを実施するようになってから、明らかにあがった成果が 幾つかあります。  その一つは、テクニックが向上したのは勿論のこと、ハノンと練習曲を 設定した速度に保ってきっちり弾き切る習慣が身についたことです。また、 発表会やコンクールで弾くための集中力が生まれたのも大きな成果でしょう。 年に2回の発表会に加えて年に2回グレードテストがあるので、あまり ボーッとしていられないのも良いのかも知れません〔笑〕。 ソレイユの《ピアノグレード・エチュードテスト》は、“ハノンを 履修している人”、というのが受験条件です。  ピアノをきちんと習う子は、指の基礎訓練と練習曲の他に、バロック時代の 曲、古典派以降の曲も併行して学習していきますから、譜読みの力も、練習の 方法でも要領の良さが求められます。曲数が多くなるので、1曲の音取りに 何十分も費やしていたら毎日の練習時間が大変なことになります。  《ピアノグレード・エチュードテスト》の他、《ヴァイオリンのグレード・ エチュードテスト》も始めてみようか、という計画があります。ヴァイオリンの テクニックをグレード化する試みはこれまであまり無く、ソレイユ独自の グレードを作成しようと考えています。  これにより、ヴァイオリンの技術向上も図れれば言うことがありません。 ピアノチームの成果がヴァイオリンチームにも波及するのは時間の問題でしょう〔笑〕。 『ピアノグレード・エチュードテスト』の結果は廊下に貼りだしてあります。 合格した人は、次回を視野に入れて再スタート!!しましょう。落ちてしまった人、 何が原因かをよく自己分析し、一層の努力を! 努力は嘘をつきませんよ。

▲エッセイの先頭に戻る

4月7日(土)写真一部入れ替え/旧・都立芸術高校
 ソレイユのホームページの写真が何枚か新しいものに変わりました。 被写体としてご協力下さった生徒の皆さん、有難うございます(笑)。 アングルや先生との位置関係、小さい生徒さんの場合はその時の ご機嫌など、色々な留意点を意識しながら一瞬のシャッターチャンスを 捉えた会心の写真です!中には良い表情を撮影するのに半年以上かけた 写真もあるんですよ(笑)。 子供の生徒さんなど、可愛らしい表情で楽しそうにレッスンをしている 様子が撮れてホッとしています。ちょっぴり様変わりしたソレイユの ホームページ、是非ご覧下さい! また、今後も時々写真を交換してゆくつもりですので、生徒の皆様、 “モデル”の依頼があった時にはご協力を宜敷くお願いします!!  ソレイユでソルフェージュのレッスンを受けてきた梶安由里さん (足利市・第二中学校卒業)が、今春、都立総合芸術高校に合格しました。 この高校、2年前まで都立芸術高校(以下、都芸)という名称だった高校で、 毎年東京芸大付属高校に次いで多くの東京芸大合格者を輩出しています。 ソレイユでは酒井雅の先生と小林ゆみ先生が卒業生です。  都立芸術高校という名称だった時代が長かった同高校ですが、元々は 都立駒場高校(卒業生には元衆議院議員・森山真弓氏、作家・桐島洋子氏、 歌手・加藤登紀子氏、女優・吉永小百合氏などがいます!)の芸術科から 分離独立した高校で、都立の最難関校の1つだった都立駒場高校時代の 影響もあってか、入試に当たり学業の成績も重視している芸術系の高校です。 1学年のうち1クラスは美術科で、音楽科と2クラスの小規模編成。 酒井先生やゆみ先生の同級生の中には、音楽科なのに芸大を卒業してから 東大の大学院に進学した人や、東京女子大を卒業した後、医大に入学し直し 医者になった人がいるなど、音楽専攻なのに、進路が実に様々なユニークな 学校なのです。(因みにその面々の中でも、酒井先生は抜群に数学の成績が 良かった、というのは同級生のゆみ先生の弁です。) 梶さんが受験することで旧都芸が話題に上がり、ソレイユの先生方の間で 大いに話が盛り上がりました。 都芸は校風が自由で闊達、学生も先生も本当に伸び伸びとしていて明るい 学校だった、という話になりました。学校祭も美術科と組んでオペラを上演 したり、オーケストラや室内楽の演奏をしたりと、学生が自主的に企画して いましたし、修学旅行も遠足もクラスごとに話し合って決め、自分たちの 決めた計画に則り、楽しそうに出掛けていました。クラスメイトの仲も、 PTAのお母様方の仲も良く、どちらもお互いを尊重し合いながら常に楽しい 話題で盛り上がっていたようです。田舎ではエネルギーを持て余し気味だった 猛烈“教育ママ”の我が母も、都芸のPTAで、同じようなエネルギーを持ち、 教育熱溢れるお母様方とお話しできるのが本当に楽しかったようです。 成績が“音楽”一辺倒になりがちな音楽高校では、“嫉妬”、“反目”そして “足を引っ張り合う”などというイヤな雰囲気が充満しがちなのですけれど、 旧都芸は、自分が歩んでゆく先を見据えながら、友達のことは、“共に歩む 仲間として認め合う”“大人の感覚”を持っていたといえましょう。“みんなで 頑張ろう”という気に満ちていたようです。 ホント、羨ましいような校風です。  旧都芸と現都立総合芸術高校は同じ先生方が教えていらっしゃり、先日、 学校の様子を伺ったら、 「入試に性格のテストがあるかと思うくらい、全員、明るく前向きな子ばかり ですよ。」 と、仰っていました。 入試に面接がないので、絶対、性格テストは無いはずなのに、今でも “明るい校風”は続いている様子。学校の伝統・校風は簡単に変わるものでは ないのですね。 “朱に交われば赤くなる”の諺通り、あの学校に入ると“明るく”変身するのかも 知れません。自主性、積極性に富んだ旧都芸の流れを受け継ぎ、新総合芸術高校が 益々栄え、これからも素晴らしい伝統を創っていってほしいと思います。  梶さんも都立総合芸術高校の上昇気流に乗り、素敵な音楽家になっていって下さいね。 これからも応援しています!合格おめでとうございます! 

▲エッセイの先頭に戻る

3月3日(土)2月の良いニュース
 2月は良いニュースが沢山飛び込んできました。地味にコツコツ 生きていると、神様が時々こういうご褒美を下さるのだなあ、と 頬が緩む報告です。  いつも目を吊り上げて目の前でチラチラしている息子を叱ったり (男の子は本当に手間が掛かるのです…)、時間に追われながら 仕事をしていると、こういう出来事に喜びを感じ、ホッとした 気持ちになります。  2月11日(祝)、東京・杉並公会堂で行われた『第3回全日本 ジュニア・ピアノコンクール』全国大会で恩田真弥さん(太田市 ぐんま国際アカデミー初等部6年)が、B課程部門で第4位に入賞 しました。全国大会B課程にエントリーできたのは、高校2年生から 小学5年生までの18人(はるか四国、中国地方からの出場者もいました!)。 その中で堂々の4位入賞です。  真弥さんは、2歳2ヶ月でソレイユに入室。Babyソレイユの最初の レッスン生の1人です。音楽を楽しんで出来たら…、と希望される お母様と一緒に、本当に楽しみながらレッスンをしてきました。  母子共々、全然焦らず、他と競わず、こちらがびっくりする くらいのマイペースさ。マイペースではあるけれど、発表会は 大好きで、発表会でのピアノと歌の演奏を目標に、の〜んびりと 練習してきたという、ちょっと面白い子です。 「こんなコンクールがあるみたいで、面白そうだから出てみます。」 と言って、初のコンクール挑戦となったのですが、予選、地区本選と、 皆の予想を遙かに超える(失礼!!)点数を取り、いつもの真弥さんを 知るこちらは驚くやら、可笑しいやら・・・。  結果、コンクールをきっかけにぐ〜んと力を付けることができ、 あれよあれよという間に、全国大会出場、そして今回の4位入賞と なったのです。  私は全国大会を聴きに行くことができなかったのですが、聴きに 行って下さった他のお母様方は、 「真弥ちゃんの音がダントツ綺麗で、別格でしたよ。」と、仰って 下さいました。  のんびりながら、これまで積み重ねてきたことが間違っていなかった のだと証明された感じです。コンクールに出場したことで自主的によく 練習するようになったようで、こんな風に、コンクールを使って伸びて ゆく子もいるのだな、と感慨を深くしました。  そう言えば、真弥さんは学校の長距離走でも年を追うごとに良い成績を 出していると聞きます。長距離ランナーのお父様と共に日々走り続けた結果、 6年生になってしっかりと体が出来上がってきたのでしょう。焦らず、 無益に競わず、マイペースでのんびり続ける、しかし、地道に積み重ねる ことで着実に力を付けてゆく・・・。こういう子育て方法もあるのね、と、 恩田家の自然体教育法に感心しています。  真弥さんは歌も上手なので、今後どのように成長してゆくか楽しみです。 真弥さん、おめでとうございます!更に飛躍して下さい。  《Babyソレイユ》の種まきが芽を出した嬉しいニュースでした。  嬉しいこと第2弾、H・Pでもお知らせしていたチェロクラスが、いよいよ 3月2日(金)スタートします。念願だったチェロクラス、 「これだけの先生はなかなか探せないですね。」 と数名の方が申し込み、問い合わせをして下さいました。  10数年来、チェロの先生を諦めずに探していた甲斐があり、満を持しての スタートとなります。  チェロはヴァイオリンのように分数楽器があり、幼児から習うことが できます。1/10なんてサイズもあるのです!お兄ちゃまがヴァイオリンで 弟君がチェロを弾けたら家族で室内楽ができちゃいます。ソレイユでも 分数チェロを購入する予定ですから、この機会に興味のある方は是非体験 してみて下さい。  嬉しいこと第3弾、先日ソレイユへの問い合わせのお電話でのこと。  ある質問サイトで音楽教室の情報を訊ねたところ、ソレイユの卒業生が、 ソレイユを推薦してくれたのだそうです。卒業生、というと音大に進学した子、 ということで、受験期に相当私たちにしごかれたはずなのに、ソレイユのことを “良い”と推薦してくれるなんて…。受験期は、愛憎まみれる恐ろし〜い関係に なることもあるので、こういう話を聞くと涙が出そうになります。 「おぉ、なんという喜び!」 (映画『カーズ』のジローラモ声のイタリア車の声を想像してみて下さい!!)  早速そのサイトを探してみようと思い検索してみましたが、ヒットしません でした。でもそのお蔭でいくつかのサイトにソレイユを“口コミ”で書いて 下さっている生徒さんがいることが判明。講師の先生や裏方も含めた “チーム・ソレイユ”のこれまでの積み重ねが、皆様に繋がっていると思うと、 益々頑張る気持ちが沸いてきます。  教育は時間の産物。直ぐには結果の出るものではありませんが、一人一人に 合った教育法を常に考え、時には人生相談で共に涙したりなど、生徒さんとの 人間的なお付き合いの中で、先生自身も技術と人間性を磨きつつ、いつも真剣に 時を過ごしてゆくこと。これが、やはり大切なのだなあ、と思った嬉しい2月でした。

▲エッセイの先頭に戻る

2月4日(土)新作オペラ《高野聖》東京初演
【上の写真は、本当の初演地・金沢での公演終了後に、現地の「高野聖合唱団」の皆さんとソリスト、  池辺先生とともに舞台上で撮影:金沢の秀逸な声楽アンサンブル「ラ ムジカ」さんのHPより拝借  しております。】  新作オペラ『高野聖』の公演を聴くため新国立劇場に行ってきました。 池辺晋一郎という作曲家の力量を充分に堪能できる作品でした。  新作オペラ、というと、作曲家本人が意欲を燃やし、台本からの注文を 出して、精力的に仕上げてゆく場合と、オペラ劇場等から依頼されて、 いわゆる委嘱作品として生み出される場合との、大まかに言って2通りの 創作の課程が考えられます(勿論依嘱作品が意欲的でない、という訳では ありません…)。  公演前のプレトークで池辺先生自身が仰っていたように、池辺先生は、 この『高野聖』を大学在学中からオペラにしようと、30年もの間温めて いました。ですから、この作品の創作に対する並々ならぬ熱い思いが、 密度の濃い素晴らしい作品に昇華したのでしょう。 脚本も手がけた演出家の小田健也先生も池辺先生同様に、この作品を オペラにしたい、と考えていました。  作曲、脚本、演出、それぞれの立場でこの作品に情熱を傾け、後世に 残る作品が出来上がったといえましょう。 終演後、幾人かの作曲家の知り合いの方々から感想のメールをいただき ました。通常、同業者はありきたりの賛辞か、批判が付きものなのですが、 皆さん、池辺先生の技倆に感銘を受けていらっしゃる様子で、プロたちも 絶賛の舞台だったのです。 特に多彩なオーケストレーションと、池辺先生も仰っていたオスティナート (旋律やリズムの同一音型を執拗に繰り返す)の書法や、各役のライトモティーフの 扱いなど、その入念な仕上げには心から感嘆しました。  それにしても、今回の公演で全くもってスリリングだったのは、鴨川です。 本番は、俳優、加藤剛氏が新国立劇場の柿落としの公演の際に着用した紬の 着物を着て、恙なく、いつもの状態で歌ったのでしたが、4日前に出した 39度の熱が2日間下がらず、大変な思いをしたのでした。熱とともに声帯も 腫れてしまい、声はヘロヘロ。39度の熱があるのに、表参道のクリニックまで、 声帯の腫れを引かせる点滴を受けに行き、前々日のゲネプロでは調子が出ず、 前日までは本当にヒヤヒヤでした。  公演当日、関係者の方々に、風邪をひいてしまって、ご心配をお掛けしたことを お詫びして回ったら、池辺先生などは、 「あ、そう、全然気づかなかった、風邪ひいてたの。“私”(鴨川の役)は、  上手から渡し舟(のような移動する台)に乗って来たでしょ、“私”は “渡し舟”に乗って動くんだよ。」 と、いつものダジャレトークで上機嫌。せっかく目の前でダジャレを聞かせて いただいたのですが、全然笑えず、残念でした。(苦笑) 真冬の公演には万全の予防が大切で、風邪をひき、もし公演に穴を空ける ようなことがあったら、どれほど色々な方々に迷惑を掛けることになるのか、 と心底思い知った出来事でした…様々な方々に支えられ応援されて舞台に 立つことができるのです。  ソレイユの生徒さんやオペラ講座の受講生の方々からは沢山のスタンド花の プレゼントもいただき、ロビーも大いに華やぎました。  無事終了してほっとしています。本当に有難うございました。

▲エッセイの先頭に戻る

1月7日(土)『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を読んで
 新年明けましておめでとうございます。2011年は、日本人の人生感を変える 事象が発生した年となりましたが、私たちは再び新しい年を迎えることができます。 昨年は、人間は、強くて、対応能力に優れた生き物であることを確認。何が起こっても 大丈夫、という気持ちになったことは、私にとって何よりの収穫でした。世の中、 悪いことだけではありませんから。  逞しく生きているのは、被災地の方々だけではなく、日本人指揮者として突出した キャリアを築いた小澤征爾さんも、喉頭ガンの手術後、世界中のオファーに応え、 指揮の仕事を続けていらっしゃいます。  その小澤征爾氏と村上春樹氏の対談集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 (新潮社刊)が発刊されました。ジャンルを越えて多くの知識と鋭い洞察力を持ち、 音楽についての著作も多い村上氏によるインタビューは、マニア的とも思える資料の 提示で、小澤氏の記憶を鮮やかに蘇らせたり(こういう記憶は、記念碑的価値があります)、 逆に素人っぽい質問が小澤氏に本音を語らせるきっかけになったり、私たちが知り得なかった 情報が飛び出したり…。村上氏の誘導のうまさが実に光るものになっています。  このインタビュー集の中で小澤氏は、斎藤秀雄先生から学んだ指揮の技術に絶対的な 自信をもっていること、新しい曲に取り組む際の楽譜の勉強を怠らないこと、常に気持ちを 込めて指揮をすること、この3つを大切にしているのがわかります。  バーンスタイン、カラヤンとの交流については、小澤征爾処女作『ボクの音楽武者修行』に 詳しく書いてありますが、今回、村上氏の視点が入ることで、『武者修行』では書かれていない 両者の存在が生き生きと語られています。  その他にも長年に亘る音楽人生の中で、ストラヴィンスキー、ゼルキン、ルービンシュタイン、 フレーニといった音楽史に残る音楽家たちと、いかに音楽を創り上げていったかがわかります。  村上春樹という絶好の聞き手を得ることで、小澤征爾は人生観、交友録、また録音や 過去の演奏会についても、細部まで記録に残すことができたといえるでしょう。  このインタビュー集を読んで一番印象に残ったこと、それは、テレビ等の取材風景などでも 分かることですが、小澤氏には、人間としての魅力があり、周りの方々に愛される人柄だ、 ということでした。  末永千湖先生が新日フィルで小澤氏と一緒に演奏した際、楽団員から練習の時に “振り方が分かり難い”などと指摘されると、「あ、そう、じゃあこうするとどうかな?」と 言って素直に訂正していた、ということでした。  「プライドが高い指揮者はとても多くて、そんなこと言われると怒ってしまう人もいるけれど、   小澤さんは全然そうではなくて、そういうところ、凄いなあと思います。」  と仰っていました。  素直に人の意見を聞くことができる……これは、本当、見習いたいですね(自分に言っている…)。 何かを教わる時や、人とコミュニケーションをとる時、“素直さ”って、とても大切ですね。 今年から座右の銘にしよう!! と思う私です。  小澤氏には病気を克服されて、そのエネルギーを益々多くの方に伝え続けていって欲しいですね。  ソレイユの生徒さん3人が、ピアノコンクールに入賞しました。  長谷川由依さん(太田市立南中学校)が、第5回ベーテンピアノコンクール全国大会 中学生部門 自由曲コースに第4位入賞。  恩田真弥さん(太田市ぐんま国際アカデミー初等部6年)が、第3回全日本ジュニア・ピアノ コンクールB課程で優秀賞・高崎市長賞を受賞。  大江有加さん(足利市白鴎大学足利中学校3年)が、第3回全日本ジュニア・ピアノコンクール A課程でキューバ大使館賞を受賞。  皆さん、おめでとうございます!!  3月25日(日) 、サントリーホール(ブルーローズ)にて長谷川由依さんが受賞者記念演奏会に、 2月11日(土・祝) 、杉並公会堂小ホールにて恩田真弥さんが『入賞者の中から選抜された方たちに よる全日本ジュニア・ピアノコンクール全国大会』に出場します。    年明け早々、良いニュースでスタートです。

▲エッセイの先頭に戻る

12月10日(土)ユリアンナ・アヴデーエワを聴いて
 11月24(木)、ユリアンナ・アヴデーエワピアノリサイタルに行ってきました。 ユリアンナ・アヴデーエワといえば、アルゲリッチ以来、女性として45年ぶりに ショパン国際コンクールを制したロシア人のピアニストです。1985年生まれの 26歳。世界の若手ピアニストの頂点に立ったアヴデーエワ、九州霧島から 札幌までの24日間に亘る、強行軍の日本ツアー12回目の最終リサイタル(前橋) だったにも関わらず、完璧な演奏を聴かせてくれました。 前回のショパンコンクールの覇者ブレハッチが、モーツァルトやベートーヴェン、 ショパンを得意とする正統派ピアニストというならば(実際、東京で聴いたリサイタルは、 古典派からショパンまでというプログラムで、繊細で美しい音色が印象的なピアノを 聴かせてくれました)、 彼女は、初コンサートツアーにショパン、ラヴェル、プロコフィエフ、リストという、 色どりの異なる作品を並べた、意欲溢れるピアニストという印象を受けました (現代曲も得意らしい)。 ロシア・グネーシン音楽院で学んだロシア人ピアニストがフランス音楽の洗練の 極みともいえるラヴェルの音色が出せるのかしら?と、ちょっと意地悪な気持ちにも なったのですが、グネーシンで学んだ後、6年間、スイスのチューリヒ芸術大学で 勉強したと経歴には書いてあり、しっかりフランス音楽も修得してきたことが窺えます。 現代のピアニズムの主流であるドイツロマン派は勿論のこと(これは、どの国でも 徹底的に仕込まれる)、ロシアピアニズムの正統をしっかり叩き込まれた上、フランス 音楽まで自分のものにできたアヴデーエワは、家庭的にも教育的環境に恵まれていた ようです(ショパンコンクール優勝者と聞いただけで誰にでも想像出来ることですが…)。 「母も祖母も、時間の許す限り、私のピアノを見てくれました。ただ、その頃は練習が 嫌いでした。特に8・9歳でやっていたスケールの練習がつまらなくてとても嫌いで! でも今はこれが大きな助けとなり、難曲でも指遣いを考えずとも、自然と指が動きます。」  プログラムの最後でリスト編曲ワーグナーのオペラ《タンホイザー序曲》に出てくる 超絶技巧のパッセージも、いとも簡単に弾きこなし、全ての技巧が完璧に身に付いている、 という印象でした。  天才達は、親も頑張っているのだと、再確認です!! 毎日大人が付き添って練習する ことは、神童を育成するための必要最小限事項なのです。  先日、大学時代の友人の息子さんが、著名なコンクールで第1位を受賞し、お祝いを 言いたくて電話をしたのですが、その時どういう練習をして育ててきたのかを訊くと、 「レッスンを受けはじめた幼稚園の時から、毎週、毎週、先生に言われたことを直して  ゆくために、必ず練習に付き添っていたのよ。小さい頃は友達と遊ぶ約束をし、時間に  終わらないと泣いちゃうときもあったけれど、毎日やることはやりましょうって言って、  怒鳴ったりもしたのよ。」  “レッスンで言われたことを、次のレッスンまでに直してゆく”この当たり前の小さな プロセスの積み重ねが、高いレベルに達するために一番大切なことなのだと、ここでも 実感。  勿論、いつも言っていることですが、先生の指し示す方向が間違っていたら論外。 優れている教師を選び、その指示に従い、毎週毎週親子で頑張ってゆく…。是非、 お子さんを持つお母様方、毎日の練習に付き添って、上達していくプロセスを一緒に 楽しんでいってあげてください(凄く上手になっていきますよ)。  成功した人の真似をすること、それが習得の近道なのは誰も否定しないでしょう (人格形成においても基本は同じ。ただ、こちらの方は失敗経験がとても大切という ことは、失敗経験の多い私が、よ〜く知っています(笑))。  新しい年に新しい指針を見つけ、新たに一歩を踏み出す……その1つの標になれば よいと思っています。  クリスマスコンサート&パーティまであともう少し。良いコンサートにするべくラストスパートを 頑張ってください。    良い歳を迎えましょう。来年も宜しくお願いいたします(笑)。

▲エッセイの先頭に戻る

11月5日(土)新作初演オペラ《高野聖》
 泉鏡花の文学といえば、『天守物語』、『夜叉ヶ池』が真っ先に思い出されます が、魑魅魍魎がうごめく世界の中に妖艶な女性が登場する鏡花の世界に浸った ことのある方は割合と多いのではないでしょうか。  泉鏡花の『高野聖』が、(財)日本オペラ振興会、(公財)金沢芸術創造財団、 (財)高岡市民文化振興事業団などの共催で、新作オペラとして初演されることに なりました。  良い機会なので『高野聖』と、今まで読んだことのある『天守物語』、『草迷宮』 などを、ざっと読み返してみることにしました。  西洋の思想に感化されながらも、軽妙に明治の人の日常を描いている夏目漱石 とは違い、科学が世界のスケールになる以前の、夜が電灯によって隅々まで明るく 照らされなかった時代の、何ともおどろおどろしい感覚を待つ鏡花の世界は、 あやうくも実に美しいものです。  もっと後の時代になりますが、西洋の錬金術に影響を受け、耽美的な世界観を 表現していた澁澤龍彦も、大学時代、随分はまったのでしたが、結婚して子供が 出来て、日常に追いまくられている現実的な今の状況では、泉鏡花や澁澤龍彦と いった、夢の中の幻想的な物語など、私にとっては話題の小惑星探査機“はやぶさ” より遠い遠い存在になってしまっています。  鏡花を読み返して、まず漢字遣いの鮮やかさにうっとり。辞書を引いても鏡花が 使っているような当て字や熟語は、決して見つけ出すことはできません。鏡花を 読み込んで字を覚えるしか、あの文字遣いの世界は会得できない!のです。鏡花の 使う文字の美しさは、眺めているだけで、幻想の世界に引きずり込んでくれます。  三島由紀夫はきっと鏡花が好きだったのでしょう。三島由紀夫の文章でも、鏡花と 似ている文字の選択に、抜群のセンスを感じるからです。  今回のオペラのご案内をした方々の中に、『高野聖』が鏡花の作品の中で一番好き なんです、というお手紙を下さった方が幾人かいらしたのには驚きました。書評など では『高野聖』が鏡花の最高傑作と書かれていたりするので、鏡花を読み込んで いらっしゃる方はそれがお分かりになるのでしょう。  今回のオペラの作曲者である池辺晋一郎氏は、この原作の文章には助詞で 終わっていたりするところが多々あり、その独特な(字体でいえば草書体のような) 文体を音楽で表現したかった、と仰っています。どんなオペラになるか、楽しみですね。  このオペラ《高野聖》は、鏡花や物語に縁の深い、北陸の金沢市(金沢歌劇座)と 高岡市(高岡市民会館)、そして東京の新国立劇場で初演されます。  上人役には甘いマスクが女性に大人気のテノール、中鉢聡(中鉢君は大学時代の 同級生です!)、女役は東大法学部卒という異色の経歴をもつソプラノ川越塔子、 小説『高野聖』の中で、上人と旅の道連れになり、上人の昔話を聞きながら、物語に コメントする“私”という役どころに鴨川太郎が出演します。  新国立劇場での来年1月22日(日)公演分のチケットはソレイユ総合音楽教室で お取り扱いしています。  ランチ付きのバスツアーも募集中!(紀尾井町のブラッスリー《AUX BACCHANALES》 のランチは美味しくて雰囲気があり、おすすめ!!)です。  鴨川によれば、《夕鶴》や《天守物語》と並ぶべき、密度の濃い新しい日本オペラが 誕生する気配です。  皆様お誘い合わせの上、是非ご鑑賞下さいますよう、ご案内申し上げます。

▲エッセイの先頭に戻る

10月1日(土)夏の思い出
  8月の夏休み中、山梨に行って来ました。 夏休みの初めに、夏休みの宿題として課題に出された 理科の自由研究をどうしようかと考え込んでいた小5の 息子。大好きなスカイツリーの研究は、宿題でもないのに、 一生懸命調べたものを模造紙いっぱいに書き込み、既に 小4の夏、学校に提出してしまった為、思案に暮れる様子。  今春は放射能騒ぎでハイキングに出掛けられなかったので、 夏にハイキングを兼ねて、山の植物や昆虫などを写真に撮り、 それを調べて理科の自由研究にしよう! と話が盛り上がり、 山梨に行くことに。  清里の駅近くに車を停め出発。午前中の早い時間だと いうのに暑〜い日射しが照りつけます。市の観光課発行の 『清里トレッキングマップ』という小冊子を参考に〈7q ・4時間・自然観察コース〉というルートを選びました。 正規のトレッキングコースのはずが、入り口が見つけられず、 地元の人の道案内で獣道のような入り口にようやくたどり 着くことができました。森に頭をつっこむような形で木の下に 潜り込み、“自然観察”スタート!  森に入ると木のトンネルがどこまでも続き、緑のスクリーン の中にいるよう。香りと色に癒される上、緑のトンネルの日陰の 中を歩くので、ひんやり感がたまりません。所々、ちょっとした 清流が流れ、川風が吹き、快適そのものです。森を切り開いた 広々とした牧場の脇を通ると、その雄大な景色はヨーロッパの 田舎のようで(あの辺りはヨーロッパ調に開発されたのでしょう)、 整然と整えられ調和の取れた自然の美しさに息を呑みます。  八ヶ岳の峰々がポイントポイントで目に入り、牧場を挟んで 続く八ヶ岳までのグリーンの連なりを目にすると、心の中に爽快な 風が吹き抜けていきます。  途中町に入り、やまねミュ−ジアムや自然ふれあいセンターに 寄り道しながら(理科の宿題のためのハイキングなので…)、赤岳 下の赤い橋(東沢大橋)のところで休憩。目の前に雄大な赤岳が そびえ立ちます。 登りはキツかったとはいえ景色が綺麗な上、沢山の植物や茸、 昆虫の写真も撮れ、本当に楽しい道のりでした。まさかあんな地獄の 帰り道が待っていようとは・・・。  『自然観察ルート』と銘打ってあったら、カメラ片手にルンルン 気分で歩ける楽なルート、と想像しませんか?  渓谷沿いを下ってゆく帰り道のルートは、せせらぎの水音を聞き ながら川沿いの道を楽ちんに下ってゆくものだとばかり思っていた 私を粉々に打ち砕く、すさまじい行程でした。  川までの細い道を一気に下った時、目の前に現われたのは1mを 軽く超す岩の数々。岩を登っては下り、下りては登り、そう、そこは 文字通りの“渓谷”だったのです。 “川沿いの道”などという生ぬるいルートは存在しませんでした。 往きに歩いた歩道は、見上げても見えない遙か上方で、遠い空と共に ある感じ。岩にペイントされた赤いペンキを目印に(それに従って 歩いていかないと道がないので、迷子になってしまう)、両手と両足を 使い、登ったり下ったりを繰り返す・・・。ギブアップしようと思っても、 車が通れる道などなく、 「救急車も来ないなぁ…」 と、そればかり考えていました(とても弱気)。  撮影の方はどうかというと、このルートで撮れた写真はコケとシダが ほとんどで、スギゴケ、ゼニゴケなど、コケの写真のラインナップです。  有名な“吐竜(どりゅう)の滝”に到着したときには、履いていた私の 運動靴は前も横もかかともボロボロにはげ(トレッキングシューズが 必要なルートだったのでしょう、きっと)、滝の岩の上で写真のポーズを とっていた(元気に歩いていたはずの)息子の膝は、静止することができず ガタガタ震えていました。  自然の美しさと怖さ(天国と地獄!)を往きと帰りで経験したこの ハイキングですが、普段ハイヒールを履いていて車に乗るだけの身としては、 自然回帰というのでしょうか、たまにはいいなぁ、という気分でした(負け 惜しみ?!)。  この旅行中、『清里フィールドバレエ』という、往年のプリマ、 川口ゆり子さんらが率いる『白鳥の湖』も観てきました。背景が 本物の森になっている野外で、夜暗くなってから行われるこの バレエは、煌々と光る月の光に照らされて、青白く浮かび上がる 森が絶妙な舞台装置となり、幻想的な光景でした。バレエも水準が 高く、芝生の上の前の方の席で足を投げ出して観たのも、伸び伸び していてなんとも気持ちが良かった!  楽しかった旅行でしたが、帰ってきて苦しんでいたのは小5の息子。 調子にのって撮ってきた300枚以上の写真の整理と調査で泣きそうに なっていました。  完成した研究ノートは、今年の夏の思い出として良い記録になること でしょう。  来年もまた登る、と意気込んでいる息子と夫を横目に、どうやって 足腰を鍛えるか、思案に暮れている私です。

▲エッセイの先頭に戻る

9月10日(土)チェロ教室いよいよ開講!!
長年探し続けていたチェロの先生が、念願叶ってソレイユに来て下さることに なりました。 東京芸大卒、同大学院修了、東京ニューシティー管弦楽団で長くチェロの首席を 務められ、北鎌倉女子学園の音楽科の講師でもある斎藤章一先生です。 見るからに柔和なお顔立ちの斎藤先生ですが、それもそのはず、N響チェリスト だった叔父様からチェロの手解きを受けたというサラブレッド。北鎌倉女子高校では 東京芸大のチェロ科に3人も生徒さんを合格させた、優秀な教育者でもあります。  「チェロの教室はありますか?」というお問い合わせをいただいても、今まで 対応できずにいましたが、いよいよチェロ・クラスが開講します!!  チェロのレッスンを受講したいという方、またそういう方をご存知でしたら、 ソレイユ総合音楽教室までご連絡下さい! 

▲エッセイの先頭に戻る

9月3日(土)作家筋・作曲筋
夏に入り少し時間が取れたので、3日間の夏休みにまとめて 本が読みたいと思い、書店へ行きました。気軽に読めるものや 以前から読みたかった本を求め、早速その晩からウキウキ読み 始めることに。  村上春樹氏のエッセイ(新しいものが出ると必ず読む)、 今回は“走ること”について集約した『走ることについて語る ときに僕の語ること』を読みながら、“書く職業”に従事して いる人たちに想いを馳せました。  作家としてベストセラーをコンスタントに世に送り続けている 村上氏は、著述業だけで生計を立てると決めた時から、体力の 維持のためジョギング・トレーニングを始めました。村上氏は ランナー・ライターとして、知る人ぞ知る存在です。 彼はジョギングだけでなく、仕事に必要と思われる集中力と 持続力向上のため、毎日机の前に座るということも続けている、 と述べています。毎日机の前に座って書く、という動作は、 “筋肉の調教作業に似ている”とも記しています。 「たとえ何も書くことが無かったとしても、私は一日に何時間かは 必ず机の前に座って、1人で意識を集中することにしている」と、 レイモンド・チャンドラー(ミステリー作家)が記していることに 対して、職業作家にとって必要な筋力を懸命に調教し静かに志を 高めていたのであろう、と村上氏は共感しています。  頭脳労働の代表選手である作家も、“作家筋”を毎日鍛え、 維持する努力をしているのですね。作家は、好きな時に作品を 書いて、文壇バーで夜な夜なお酒を飲んでいる…という一般的な イメージとは大分かけ離れた、理にかなった作家の有り様です。  将来の的自分にとって何が必要となるか、という先を見る力は 別の分野でも必要なことです。(そういえば、勉強する時、良い 姿勢で数時間座っているだけでもとても疲れる、と思った人は いませんか? 座っている形をずっと維持するのは、楽そうに 見えて実は全然楽じゃないのです!) では作曲家はどうか。この欄にも度々登場している、作曲家で 元ソレイユ講師の高橋英明氏も、「何があっても毎日机に向かい、 作曲するようにしている」と、言っていたのを思い出します。 まず習慣を作ることが大切、そして作曲するために毎日机に向かう ことで、不思議とアイデアも沸いてくる、と言っていたものでした。 高橋先生も “作曲筋”の維持を考えていたのかもしれません。 作曲家になりたいと思っているあなた(お勉強を頑張りたいと 思っているあなたもです!)、若いうちから筋力維持のため、今から 何か運動を始め、そして、毎日机に向かう練習をしてみて下さい! ピアノの前に座って弾く、立って歌を歌ったりヴァイオリンを 弾いたりするという動作も、まずその体を作ることだけで数ヶ月から 数年掛かります。演奏家は日夜、同じような訓練を続けていくことで、 自分の望むような演奏をすることができます。 もし溢れるような才能があったとしても、それを表現するために 必要な筋肉の鍛錬が足りない人は、枯れるのも早いもの。筋肉は 毎日毎日の訓練でしか、増強、維持することができません。このことは 誰にでも平等なんですね。

▲エッセイの先頭に戻る

8月6日(土)夏のコンクール予選
 夏はコンクールの季節です。子供を対象とした様々なコンクールの 予選が夏休み中に行われます。 近頃はコンクールばやりで、この10年の間、数多くのコンクールが 誕生しました。 数多のコンクールの中でも、国内の子供のためのコンクールの老舗 といえば、全日本学生音楽コンクール(毎日新聞社主催)やPTNA ピアノコンペティション(社団法人全日本ピアノ指導者協会主催)が 有名です。これらのコンクールは古いだけでなく、レベルの高さでも 群を抜いているのが特徴です。 昨年、全日本学生音楽コンクール小学生の部(4・5・6年対象)の 本選を聴きに行きました。会場は台風直撃の東京・千駄ヶ谷の津田 ホール、いつもは列をなす(と聞いていた)入場者が、この日はガラガラ、 ゆったり座って聴くことができました。会場ののんびりムードとは打って かわって、舞台の上では熱〜い演奏が繰り広げられ、モーツァルトか ベートーヴェンの指定ソナタ全曲、という課題曲が次々と演奏されて いきました。 速い楽章で指が速〜く動くなんて、全員難なくクリアー。ある女の子は 6年生とは思えない表現力と、それに伴う音色の変化の多様さに度肝を 抜かれました。やり過ぎか、とも思える程の、モーツァルトの緩徐楽章での pp(ピアニッシモ・非常に弱く)の表現には不覚にも涙が・・・。 「音楽をこう表現したい!」という彼女の思いが、音一つ一つから伝わって きました。惜しくも3位までには入らなかったけれど、あのような子が ピアニストとして育っていってくれたら、お金を払って聴きにいきたい、 と思わせてくれる演奏でした。 3位までに入賞した3人もそれぞれ魅力ある演奏をしてくれました。 2位の女の子は、速度も強弱のレンジも、曲の構成力も優れていた上、 プラスα、音楽に勢いがありました。 コンクールには迫力が不可欠です。野原みどりさんがロン・ティボー 国際音楽コンクールで優勝した時、たまたまパリで本選を聴きましたが、 モーツァルトの協奏曲を、それこそ一音一音、丁寧に丁寧に弾いた ピアニストがいて、モーツァルトの演奏としては最高の水準だったにも 関わらず、プロコフィエフの迫力ある協奏曲をさらっと弾いた野原さんに、 優勝をさらわれてしまいました。さらっと弾いてもプロコフィエフの曲自体に 厚みと迫力があるのは否めません。 パリの耳のある聴衆が、結果発表を聴いてどんなにがっかりした声を 上げたことでしょう。野原さんの発表の時の「仕方ないよね」的な「アー」 という聴衆の声が忘れられません(勿論、野原さんの演奏は最高でした けれど・・・)。 昨年の全日本学生音楽コンクール・ピアノ部門小学生の部の優勝は、 ベートーヴェンのソナタを弾いた男の子。PTNAでも優勝経験のある 貫禄タップリの6年生でした。このベートーヴェンが、またすばらしかった!! 3位の女の子以上の曲の構成力、強弱のレンジもまさにベートーヴェンの 音楽で、完成度の高い演奏でした。迫りくるf(フォルテ・強く)には 本当に感動しました。 コンクールの本選には、最高水準の若い力が集結するので、演奏会として 聴きに行っても楽しめるものです。 ソレイユの生徒さんたちもコンクール参加組は今まさに死闘を繰り広げて います。コンクールに挑戦することで、時間を掛けじっくりと課題曲を練習し、 その中に含まれているテクニックを修得できるということや、どうしても その期間で修得することができなかったテクニックを来年に向けて自分の ものにしよう、と動機付けできるのもメリットです。自分と同年齢の上手な 人の演奏を聴いて刺激を受けるのも、コンクールならではですし、長時間 楽器に触れない状態の中、パッと実力を出す、という本番に際しての テクニックも身に付きます。 近頃は悪質なコンクール(子供の成長を考えているとは思えない)も 多く見られます。主催の団体が知られている正統なコンクール(新聞社や、 まともな教育団体が主催するもの)を選択することは大切です。この審査員の 審査なら正しい、というコンクールでないと、落ちた時、猜疑心が残り、 結果を信頼できなのは不利益だからです。 ソレイユの小畑蒼大君(小学1年生)が、群馬県ピアノコンクールに小学 1・2年生の部で、見事奨励賞に入賞しました。1・2年生の部は本選が無い ので奨励賞が最高の賞、喜びもひとしおです。蒼大君、おめでとう!! 他の人たちも自分の目標をきちんと見据えて、夏に大きくジャンプアップ して下さい!! 

▲エッセイの先頭に戻る

7月2日(土)ソレイユ育ちの子供達は…
 6月19日(日)、ソレイユコンサートが無事終了しました。 日々の練習と毎週のレッスンを重ね、人前で披露するという 特別な経験によって、人は成長してゆくものなのだと改めて 思ったコンサートでした。   成長するのは生徒さんたちばかりではありません。どういう 教え方をすれば子供が伸びるのかを考え、発表会前のレッスンで 色々な方法を駆使して仕上げ、舞台での演奏を聴き反省すること によって、教える私たちも成長するのです。  どういう方法で、どのようにアプローチしていったら、その子は 伸びるのか、最近考えるのがとても楽しみです。今回のコンサートの ように、殆どの子供達は力の全てを出し切って良い演奏をしてくれ ましたが、課題が残った子供達もいて、今後彼らが、前向きな気持ちで 益々上達していってくれるよう、指導方法を模索しています。子供達は ちょっとした声の掛け方や、細やかなテクニック指導で突然変化し出す 場合があります。  子供達が発表するという目的をもっている場合、きちんと仕上げなく ては−−、という意識が働くのか、こちらが伝えたいことを普段より スムーズに吸収できるようになります。ここが肝心。吸収できるときが 伸び時で、普段より少し背伸びした曲に挑戦させてみるチャレンジ組が、 大いに力をつけます。  前回の本番で仕上げに手間取ったり、不本意な演奏だったりした子には、 実力範囲内の曲を選択してみます。きっちり間違えずに仕上げられた、 という達成感を味わわせてあげたいからです。  何年にも亘って見続けられる“お稽古事”、だからこそ、お子さん一人 一人の成長のお手伝いがじっくりできるのだと思います。  楽器でも歌でもソルフェージュでも、音楽の才能が伸びてゆくだけでなく、 特にBabyソレイユ育ちの子供達は、体操(リトミック、走ること、逆立ち などのマット運動やボール運動)もリズム感を養うのに取り入れています ので、リズム感と一緒に運動それ自体も大変上手になっていきます。挨拶 といったお行儀もきちんとしています。そして皆、度胸がある。これは、 発表会を真剣な態度で数をこなしてきた証しでしょう。勉強も出来た方が よいので、どのようにアプローチしていったらよいか、どんな本を読んだら 良いかなど、私たちもかなりお節介に介入するので、ソレイユのちびっ子 たちは皆お勉強も良くできます。  でも、ソレイユ育ちの子の一番の魅力は、何と言っても笑顔がいいこと。 表情にメリハリがあり、とても魅力的です。  およそ10年に亘り、お子さん達を様々な試みで育ててきた結果、アプローチ 次第で、眠っていた才能が次々と開花していく、ということを実証することが できました。  今回のソレイユコンサートで、メンデルスゾーンの無言歌集《狩のうた》を 上手に弾いた神宮沙紀さんは、今注目の中学1年生。  先月行われた「シンデレラ・オーディション」に出場し、メディアにも多く 取り上げられました。 シンデレラ・オーディションで準グランプリを獲得し、相武紗季のプロダクションに スカウトされました。今後の活躍が楽しみです。 (沙紀ちゃんのブログ:profile.ameba.jp/sakicolle/)  東京音大ピアノ科卒業のゲゲゲの女房(松下奈緒)ではないけれど、 可愛いだけじゃない、知性も、そしてピアノも上手な“芸”のある素敵な モデルさんに(本人はモデル志望だということです!)なって欲しいと思っています! フレーフレー沙紀ちゃん。  他の若い生徒さん達も、音楽のお稽古を通じて、技と感性に磨きを掛け、 素敵な大人になっていってくださいね。

▲エッセイの先頭に戻る

6月4日(土)自伝『アイザック・スターン』邦訳完成
 その人がどのような人物に成長するのかは、その人が何を 読んできたかに左右される−−、時々、そんなふうに感じる のは、大好きな作家、塩野七生さんのエッセイの中に書いて あったフレーズを思い出すからです。  ローマ帝国の英雄カエサル(英語読みでシーザー)は子供の頃、 アレキサンダー大王の伝記を読んでいたのだとか。世界征服を 目指し、地中海は勿論のこと、南はエジプト、東はインドまでを 領土として拡大していったアレキサンダー大王。その彼に憧れた カエサルの活躍ぶりは皆様ご承知の通り。  マリア・カラスの元夫が書いたカラスの伝記を読んだ際にも、 マリアは他のどんな分野の本より伝記を好んで読んでいたと 記されていました。  偉人も人の子、先人の偉業に習って生きようとしたので しょうか。“伝記好き”という共通点があることは、とても 人間らしいエピソードです。  実際、他人の生活や考え方に深入りすることはできない 訳ですから、脚色されたり誇張されたりしているということが あったとしても、優れた人物の生き方を垣間見られる点で、 伝記を読むことは有意義であると思います。  ソレイユ講師でヴァイオリニストとして活躍されている 末永千湖先生が、邦訳に際してヴァイオリンの専門的な 助言をされた、『アイザック・スターン〜すばらしきかな、 わがヴァイオリン人生〜』が出版されました。  アイザック・スターンは1920年生まれ、20世紀を 代表するヴァイオリンの巨匠です。エネルギッシュで比類の ない演奏家としてだけでなく、音楽界を牽引するための マネージメントや教育にもその才能を発揮しました。  ユダヤ人として生まれ、生後10ヶ月でポーランドから 両親とアメリカに亡命したアイザック少年は、ロシアの サンクトペテルブルク音楽院で声楽を学んだ母の血を引き、 幼少の頃から音楽家としての才能を開花させていきます。  以前この覧でご紹介したアルトゥーロ・ルービンシュタインや ルドルフ・ゼルキンが、ユダヤ人コミュニティの力を得て、 貧しい生まれでも適切な教育を受けられたのと同様、ユダヤ人の 大富豪、ルーティ・D・ゴールドスタインの援助により、 アイザックはヴァイオリン教育を施され、またガダニーニ (ヴァイオリンの名器!!)を買い与えられるなどして、 その才能を伸ばしていきました。  先月号でもユダヤ人の教育法について触れましたが、 ユダヤ人の特別な教育システム−−才能のある子供には お金持ちが徹底的に援助する−−も含めて、彼らの教育に かける意気込みを強く感じます。  この本の中には、アイザック少年がどのようなことを 考えてヴァイオリンの練習に取り組んだか、演奏する際の 心構え(覚悟、といったらいいでしょうか)をどのように 持てばよいか等の他、実際にヴァイオリンを演奏する際の、 弓の使い方や手の筋肉のコントロールの方法、指遣いによる 音色の変化に着眼することの意義など、専門的なアドヴァイスも 書かれていて、ヴァイオリンを演奏する人には良いテキストに なることでしょう。  また、楽曲の中で和音がどのように使われているか、 といった楽曲分析法(和声学)を、子供にはいくら早く 教え始めてもいい、といったヴァイオリン以外の人にも 役立つメッセージが随所に書かれています。  指揮者レナード・バーンスタイン、チェリストのパブロ・ カザルス、フルーティストのジャン=ピエール・ランパルを はじめとする親しかった音楽家とのエピソードや、自分が 受けた恩恵を次世代に返していこうという、若い音楽家に 対する教育やマネージメントなど、決して利己的ではない 人間性溢れる活動の全容も明らかになっています。  偉大な音楽家の一生を知る“読みもの”として読むも良し、 ヴァイオリンのテキストとして読むも良し、はたまた スターダムに上るマニュアル本として参考にするも良し(笑)、 色々な楽しみ方ができる一冊です。  是非、読んでみて下さい。

▲エッセイの先頭に戻る

5月7日(土)温かい心で繋がって
 今回の東日本大震災では、様々なことを経験しました。 歴史的にみても類をみない、平和ボケ国家日本の穏やかな 日常を享受し切っていた私たちは、想像を超えた天災に遭い、 物資、また電力やガソリンなどのエネルギーの不足を初めて 経験しました。加えて原発の事故が発生し、居住している この土地に住めなくなるかも知れない、という恐怖にも さらされました(この問題は未だ解決されている訳では ありませんが…)。  イザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』は、 「日本人は水と安全はタダだと思っている…」という文で 始まり、日本人とユダヤ人の文化の違いを解りやすく著した 文化人類学の名著として有名な作品です。高校生の時に読み、 その後文化と民族について考えるよすがとなりました。  実際ヨーロッパで暮らしてみると、多くのユダヤ人と 出会います。自分たちの国が無くなってから、およそ2千年 もの間、“ユダヤ人”として固有の民族意識を持ち続けて こられた彼らには、私たち日本人にはない“危機感”が 感じられます。国が守ってくれない、という事実は、私たち 日本人には想像もつかないことです。全て自らの力で解決 しなければならないという、厳しい環境――。その中で、 ユダヤ人は彼らの背骨となる、ユダヤ教の教えを子どもの 頃から徹底的に教え込まれます。教典、即ち民族の起源や 成り立ち、ユダヤ人としてどう生きるべきか、何を守るべきか など書かれた聖典を、現代に生きる子供達にもきちんと伝えて いるのです。  一方で、居住地が変わっても生きていける術を持てるよう、 学力や技術を身につける教育がなされます。  フランスだけに限っても、納税者ランキング上位10%は ユダヤ人とプロテスタントが占めると言われています。 (カトリック教徒が大多数を占めるラテンの国フランスでは、 プロテスタントも肩身の狭い立場にあるからだとか…。)    3.11の大地震の後で、立て続けに原発が爆発した直後、 神戸、浦安、東京、イタリアの知人友人から避難した方がよい との電話がありました。  チェルノブイリ原発事故では、300q圏内の住民が避難 したから、という理由でした。300qというと、南は静岡 まで逃げなければなりません。放射性物質のセシウムは半減 するのに30年掛かるといわれています。情報が錯綜する中で、 もしチェルノブイリと同規模の事故なら、私たち関東の人間は 半永久的に居住地を奪われる・・・!! 電話をもらったのが夜だったこともあり、あのように恐怖を 感じたことはありません。今考えると、過剰な反応だったとは 思いますが、急を要する不安定な状態だったことは誰も否定 しないでしょう。10歳の子どもを持つ親としては、なおさらです。  しかし逃げる訳にはいきませんでした。私たちの周りの人達を 置いていくこともできませんし、コミュニティを捨てて自分だけが 助かっていいはずもありません。更に、ソレイユの生徒さん、 先生方が、ガソリン不足や計画停電、停電に伴う電車の本数削減 など最悪の状況の中、大変な思いをして、変わらずに来室してきて くれたのです。  ソレイユのコミュニティは温かい思いやりの心で繋がっている ――、心からそう思いました。  人生にそう何度もあって欲しくない体験でしたが、人との 繋がりや生き方について、こんなに考えたことがないくらい考え、 本も手当たり次第に読みました。そして、ある一つの結論に到り ました。何がおこるかわからないことに対して、周到に準備をし (インフラ整備もそうですが、私は様々なことに対処できる人間 教育が何より大切であると思っています)、国やコミュニティを 守っていかねばならない、それもユダヤ人のように、危機的状況 の時だけでなく、常日頃からそういう意識を持たねばならない、 と確信したのでした。  皆様の温かいお心に守られていると実感した私は、目に見えない 大きな力をいただいて、生きているっていいなあと感じています。  この喜びを皆様にお返ししよう――エネルギーが湧き上がる今日 この頃です。

▲エッセイの先頭に戻る

4月9日(土)音楽で培った能力を…
 3月11日、東北と関東地方は、想像を絶する 規模の震災に見舞われました。罹災された方々へ お見舞を申し上げますとともに、一日も早い復興を 心よりお祈りいたしております。  3月中の計画停電につきましては、生徒の皆さま には時間変更等のご協力をいただき、ありがとう ございました。皆さんが快く対応して下さり、 有り難さでいっぱいです!  ソレイユニュース3月号で今春の音大・音高合格者を ご紹介しましたが、幼児の頃からソレイユでレッスンを 受けてきた人達が、音楽専攻ではない一般大学に合格した ニュースをご紹介したいと思います。  ピアノを5歳から、歌のレッスンを小学生から、 どちらも高校3年生まで続けた馬場陽子さんは、今春、 日本歯科大学に合格、歯科医師を目指して4月から勉強を 開始します。  中学から全寮制の秀明中学校(埼玉県)に入学し、 週末の帰宅に合わせて、ソレイユのレッスンに通って いました。  寮生活でも練習は欠かさず、ショパンのエチュード 『革命』や『幻想即興曲』も弾きこなし、ソレイユの 外でも度々その演奏を披露してきました。はじめから 趣味で、ということでしたから、ソルフェージュなどは 特別習ってはきませんでしたが、長年ピアノや歌に触れて いたせいでしょう、音には慣れていて、初見の視唱など、 とても良くできます。親元から離れ、アイデンティティを 確立していかねばならない過程で、音楽が心の支えだった のかも知れません。勉強との両立もでき、本当によく頑張った といえます。 馬場さんだけでなく、これまで趣味で音楽を続け、一般 大学に進学していった子が数多くいます。高校3年生の 終了まできっちりソレイユのレッスンに通っていた人達だけ 見ても、東大(理Vでした!!)、東京工業大学、北海道大学、 慶応大学等に合格と、皆とても優秀でした。 小さい頃ソレイユでレッスンを受け、お父様の転勤で 横浜に転校した女の子から、連絡をもらったことがあり ます。「東大大学院建築学科に在籍中」と記された近況 報告には、ソレイユでの思い出と充実した現在の状況が 綴られていました。  先日、テレビ番組『世界一受けたい授業』の中で、池上 彰氏が最終授業として、「5歳までの幼児教育の大切さ」 について講義していました。  アメリカの研究で、5歳までに幼児教育を受けた子と 受けなかった子では、40歳になった時の年収に大きな 違いがみられること、また、犯罪歴も大きく違ってくる (アメリカらしい!)という結果に言及していました。 5歳までの教育いかんによって、その後の人生が変わって くるというこの見解は、実際、幼児教育を行っている私自身、 非常に納得するものがあります。現に、5歳までに様々な アプローチをして育ててきた子供達は、シナプスが伸びる 基礎ができていて、新しいこと、難しいことへの反応が早く、 好奇心を持ち、その上修得が早いという特徴があるのです。 池上氏はその幼児教育は“楽しんで”行わねばならない、 とも説いていました。これこそまさにBabyソレイユのレッスン そのものだわ、と、自画自賛したのでした。 また東大生の80%はピアノ・ヴァイオリン等の楽器の 演奏ができる、というデータもあります。これは、音楽が 習える環境に育ったという証明でもあるのですが、音楽の 修得が、何らかの作用を勉強の修得にもたらした、とも 考えられます。音楽は音・リズム・感情などを総合し、 それを肉体の訓練を通して初めて表現できるものです。 多元的で複雑なこの作業が脳に良い刺激を与えない訳は ありません。この工程が好きな子は複雑で難解な事 (勉強や様々な事象への理解)も、幼児教育を受けて こなかった人より、早く巧みにできるようになるのは 容易に想像できます。  勿論大きくなってからでも充分に修得できるのですが、 小さい時からやっている方がスムーズなことは確かです。  ソレイユで育った人達が、様々な分野でその才能を 発揮している報告を聞くと、嬉しいものです。音楽で 培った能力を有効かつ存分に、世の中のために使って 活躍して欲しいと思っています。      

▲エッセイの先頭に戻る

3月5日(土)嬉しい春便り
 また今春、嬉しいニュースがソレイユに飛び込んできました。 数年に亘り、ソレイユのレッスンにいらしている尾花典子さんと、 昨年9月から、音高受験のためソレイユの門を叩いた戸部愛美さん の2名が、それぞれ希望校に合格。この4月から晴れて音大生、 音高生となります。  尾花典子さんは、長年、小学校教諭の職に就かれ、管理職も 務めたあと定年退職された方で、ご幼少の頃からの夢をこの春 叶えることが出来たのです。 尾花さんは、中高時代の部活動や、大学の学部と専攻の選択、 また、お洋服に関することも、厳格な高校教諭のお父上の方針に 従って、お父様が決めたことには一切逆らうことが出来ない少女 時代を過ごされました。昔の父親像を絵で描いたようなお父上。 典子さんは、そのお父上の仰ることをよく聴く、理想的なお嬢さん だったのでしょう。  しかしながら、尾花さんの心の中に芽生えていた音楽部に入り たい、音大に行きたい、という思いは、お父上の反対にあって、 より激しく燃えていったのだろうと、想像するのに難しくありません。  その後、懐の広いご主人(本当にお優しい!)とお知り合いになり、 3人のお子さん方を育てながらも、尾花さんの熱い思いは燃え続け ました。  尾花さんの一週間のスケジュールを伺った時、ちょっと笑って しまったことがあります。  まだ先生をしていらっしゃる時でしたが、週に3回、別々の 合唱団に参加し、週に2回歌のレッスンに通い、週末には東京へ コンサートを聴きに行く、というもの。時には遠く大阪まで、 贔屓のオペラ歌手のコンサートに出かけてしまわれる等、尾花さんの 音楽フットワークの軽いことといったら!!  その尾花さんが、昨年、武蔵野音大に別科が新設されるという ことを聞いて、ご相談にいらした時には、非常に思いつめた面持ち でした。その逡巡されるご様子を見て、 「尾花さんの脱皮する時は今なのかも知れない。」 と思ったのです。尾花さんの、音大で勉強したい、という強い思いは 知っていましたから、こちらも応援する気持ちでいっぱいでした。  ご自分の意志で一歩を踏み出す、それは年齢には関係ないことなの ですね。敷かれているレールから一歩を踏み出した今、これまで以上の 生きる喜びと、大いなる自信がフツフツと沸いていらっしゃることと 想像します。  ご自分の意志で、ご自身のしたいことを獲得された尾花さん、水を 得た魚の喩えのごとく、スイスイと希望の海を泳いでいっていただき たいと思います。  受験に向けての約1年で、発声の面でも、ソルフェージュの面でも、 貪欲に勉強されたことは、今後の音楽人生にとって有意義な礎になる ことでしょう。思いを成し遂げられた尾花さんのお手伝いができたことを、 誇らしく思います。武蔵野音大での1年間、念願の音大生生活を大いに エンジョイして下さい!  半年間の頑張りで、第1志望校・西邑楽高校芸術科音楽コースに合格 した戸部愛美さん、あきらめずに半年間よく頑張り通したと思います。  面接の練習をしている時、自分の欠点は何ですかとの問いに、 「すぐあきらめてしまうことです。」 と答えた愛美さん。  今まではあきらめたことが多かったかも知れないけれど、今回の受験は 決してあきらめることなく、レッスンやソレイユでの自主練習に取り組み ました。休日の自主練習では、音が途切れずによく練習する姿が見られ ましたね。4〜6時間はピアノを弾いていたでしょう。  あきらめずに頑張ったことが結果につながるという経験は、気持ちが いいものです。この経験を糧に、次の達成に向け、またステップ・アップ していくことを願っています!  それから嬉しいニュースをもう一つ。  ソレイユのヴァイオリン・クラスの中山絵里香さんと遠藤愛実さん、 そしてピアノのお友達の中2トリオが、ヤマノ・ストリング・アンサンブル・ コンテストで、見事、優勝しました。  3人はコンクール前、ソレイユでよく練習していました。頑張る姿を見る のはいいものです!  皆さんおめでとうございます!! 本当にいい春ですね。

▲エッセイの先頭に戻る

2月5日(土)お稽古は楽しい!!!
 昨春から、クラシックバレエのレッスンに通っています。 お世話になっているのは、ソレイユから5軒隣、ご近所の 山本禮子バレエ団附属研究所バレエ教室。(今年もローザンヌ バレエコンクールの本選に、生徒さんを2人送り出している、 非常に優秀なバレエ団です!) 大学がオペラ科で、クラシックバレエのレッスンが必修 だったこともあり、大学4年の時から大学院浪人、大学院 時代の計4年間と、留学期を挟んで、帰国して出産するまで の3年程、実は以前にも習っていたことがあります。母が 小脳の病気(小脳が萎縮することで運動機能が低下する)を 患い、進行を遅らせるためには筋力が必要だったことから、 その予防を兼ねてバレエを再び始めた訳です。  声楽のレッスンは、イタリアから先生がいらっしゃる時に 今でも受けているのですが、近頃は習慣的に習い事をする ことがなくなっていました。なかなか自分のことをする 時間が取れなかったからです。バレエを再開してみて、私は “習うこと”が大好きなのだ、と再発見し、ぞくぞくする ような嬉しい気持ちになりました。  小学生のころは、ピアノ、ソルフェージュ、日本舞踊、 スイミング、絵画、習字、煎茶道、フルート、英会話、市の 合唱団と、ありとあらゆるお稽古に通っていました(絵画・ 習字・煎茶道・英会話は数ヶ月のみでしたが…)。お稽古が 終わって帰宅すると、家庭教師の先生が週3回勉強を教えに 家に来て下さっていて、帰宅後は習い事で非常に多忙な 小学生だったのです。全てのお稽古が楽しかったけれど、 長く続いたお稽古は音楽と日舞でした。  我が家は母1人が働いている家庭で、お金が潤沢にあった 訳ではないのですが、教育にかける母の情熱が並ではなかった ため、母の働き全てを私と妹の教育費に当てていた、といっても 過言ではありません。将来のために大切と思われるお稽古は、 どんなことをしても受けさせてくれました。  受験期の中学・高校時代は流石に、声楽・ピアノ・ソルフェージュ・ 勉強と、受験に必要な科目に絞られましたが、ほぼ毎日、 そのうちの何かを習いに行っていました。“お稽古に通う”という ことは、私の日常だった訳です。  大学受験が終わった後、“ご褒美”として日舞を再び習わせて もらったのと同時に、英会話とイタリア語会話のレッスンにも 通い始めました。  仲間と一緒のお稽古では、上手な人の真似をしたり、競い 合ったり、コミュニケーションを取り合ったりと、皆と楽しく レッスンを受けることができ、学校より数倍楽しかった記憶が あります。親が忙しかったこともあり、先生やお稽古仲間が 優しくして下さったことが、余程嬉しかったのでしょう。 また先生方や年上のお姉様たちから、生き方や考え方を伺ったり、 自分の家や学校では見聞したことがないような、習慣(素敵な 話し方や立ち居振舞い、といったお行儀のようなもの)も 見様見真似で身に付いていきました。  お稽古事の良いところ、それは同じお稽古をしている方々と 共通の“雰囲気”を共有できること、でしょうか。大人になって、 話が合う人とは育った環境や習い事が同じようだったという経験を 幾度もしたことがあります。お互いに共通の経験からくる“何か” を感じ合うのでしょうか。  “教わることが大好きだということを再確認した”私が、現在 お稽古を主宰するという逆の立場に立って仕事をしている訳です けれど、教えるべき事はしっかり伝えながら、優しく接して下さった 恩師たちを見習い、生徒の皆様がいついらしても楽しく、生徒の 皆さん同士が仲の良い、いい雰囲気を共有できる教室にしていけたら と思っています。  趣味のクラスだからといって妥協をせず、理にかなった、優しくも 厳しいバレエレッスンをして下さる山本バレエ団の関田幸代先生には、 指導者として見習うことがいっぱいです。生徒として謙虚にレッスンを 受けることで見えてくる、新しい発見(笑い)を心から楽しんでいます。 レッスンが楽しいなんて、ホント、人生幸せです。

▲エッセイの先頭に戻る

1月8日(土)X'masコンサート&パーティ大成功!!
大晦日までの寒波が嘘のように、今年の元旦は穏やかに晴れ渡り、 何とも見事な初日の出を拝むことができました。 うさぎの跳ねるイメージから、卯年は株価が上昇する年とも 言われているそうで、何だか景気も良くなりそうな予感のする 年明けです。 12月9日(日)、ダニエルハウスにおいて、《ソレイユクリスマス コンサート&パーティ》が行われました。20年以上に亘って年に 2回のペースで発表会を開催してきましたが、小さい生徒さんが増え、 年に2回の発表会は大変!という声が多くなってきたこと、受験生 などの大きい生徒さん達の演奏の仕上げに思いの外手間が掛かり、 教える側の体力が限界!に近くなってきたことが理由です。 (情けない理由ですみませんが…。)  ファミリーだけをお招きして内輪の方達だけに聴いていただき、 兎に角、楽しい会にしましょう!ということで、生徒さんの演奏には 余りテコ入れせず、当日を迎えました。  プログラムは、ショパンの『小犬のワルツ』や『スケルツォ第1番』、 ドビュッシーの『月の光』など、名曲が並び、多彩で楽しいものと なりました。“愉しむ”ことをコンセプトにしたため、通常の発表会では 殆ど舞台に載せることのなかった“アンサンブル”も披露されました。 ブラームスの『ハンガリー舞曲』のピアノ連弾や、5人の小学生が 振り付きで歌った『サウンド・オブ・ミュージック』の子供達のコーラス 『さようなら、ごきげんよう』、5人のヴァイオリンの生徒さんによる サンサーンスの『動物の謝肉祭』の合奏など、それぞれに今回のコンサートの 見せ場の一つとなりました。  驚いたことが一つ。これまでの発表会の前には、当日を含め3回の リハーサルを行い、一定のレベルに達するまでビシビシ!仕上げて いったので、当然のことながら生徒さんは素晴らしい演奏をして くれていました。お客様の前で演奏するという“いざ本番”の心構えを、 音楽を通して教えてあげたい、という気持ちもあり、仕上げていく過程を 大切にしてきたのです。  その蓄積があったためでしょうか、その心構えが今回のコンサートで 生徒さんたち1人1人にきちんと伝わっていて、集中力のある演奏をして くれたのです。弾き直したり止まったり等のミスをした子は1人も いなかったですし、みんな音楽性に溢れた積極的な演奏でした。先生は 楽をしたのにも関わらずです…。(ご免ね、みんな…。)生徒さん達が 自ら成長してくれている様子をみるのは先生冥利というものです。今回は 一聴衆として、私も楽しむことができたコンサートでした。  ソレイユ初企画、クリスマスパーティの方も大いに盛り上がりました!  普段のレッスンで習っているソルフェージュ(リズムや和音)、楽語や 音楽史などについての音楽クイズ(答えられたらクリスマス・プレゼントが もらえるので、皆んな真剣でした!)や、出演者へのインタビュー(殆ど 私が仕切っていた感じでしたが…)をしながらのクリスマスランチ。今回は 2〜3歳児(未入園児)が3名もデビューしたのでしたが、小さい子供たちも しっかりインタビューに答えてくれました。 「大勢の皆様が聴いて下さったおかげで、頑張れました!」 年中のKくんのしっかりした受け答えに会場が感心する場面も。 ランチの方は、チャイルド組が、〈お子様プレート、コーンポタージュ スープとアイスクリーム添え〉、大人組は、〈香草サーモンのアンディーヴのせ、 ホタテのカクテルソース、チキンの薫製の3種前菜〉、〈卵のプディングの コンソメスープ〉、〈牛ステーキの赤ワインソース、きのことマッシュポテト添え〉、 〈ルッコラ、トレヴィス、グリーンリーフのサラダ〉、〈3種ベリー添え セミフレッドのデザート〉、〈コーヒーか紅茶〉というメニュー。 メニューの組み合わせや素材など、こちらのうるさい注文を快く聞き入れて下さった ダニエルハウスのシェフとスタッフの方々に感謝感謝です。皆様から美味しかった、 と大好評でした!  総勢100名を超える方々にご参加いただいた今回のコンサート&パーティで、 コンサートの間中ご静聴下さり、何ともいえない温かい雰囲気で会場を盛り上げて 下さった参加者の方々に、改めて御礼を申し上げます。  そして素敵な演奏と細心の心配りで会を支えて下さった講師の先生方、ありがとう ございました。 「先生、あのような形のコンサート&パーティ、よかったですねえ。」 と沢山の方々から嬉しい感想をいただきました。笑顔がいっぱいのなんともいえない ホットなひと時だったと思ったのは私だけではなかったようです。(ホッ!)  皆様、先生方とも沢山お話しが出来ましたか?  音楽について(音楽以外のことでも勿論OK!です)話し合ったり、コミュニケーションを とることはとても大切なこと。こんな折りに積極的に先生や仲間と談笑していただけたらと 思っています。  機会がありましたら、またこのような会を企画してみようと思った、今回のクリスマス コンサート&パーティでした。 今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

▲エッセイの先頭に戻る

1月6日(木)サックスレッスン始まりました!
 年明け早々の1月4日、サックスレッスンが始まりました。 甘いマスクの須永和宏先生、普段は笑顔が素敵な優しい雰囲気の方なのですが、 レッスンはさすがに丁寧・的確で、分かりやすく楽しいものでした。  昨今、サックスの教室はとても人気があるようですね。ソレイユのサックスレッスンも いよいよ始まり、レッスン見学などしていただけるようになりました。 ご興味のある方は、ソレイユまでお問い合わせください!!

▲エッセイの先頭に戻る

12月4日(土)ソレイユの歴代講師は今…
 先日、ソレイユの講師を長年務めて下さっていた宮野幸子さんから メールが届きました。土曜夜9:00からのNHKドラマ『てのひらのメモ』 の音楽を担当したから、是非観てください!というお知らせでした。 “宮野幸子”という名前を、1年くらい前に、やはりNHKドラマの 『ガラス色の恋人』のクレジットで、音楽担当者名として発見した ことがあります。その時は同姓同名?それとも本人?と不確実だった ため即座に連絡。ドラマの作曲家は私たちの知っている宮野さん ということが判明し、“幸ちゃん”の活躍を、それこそ身内のように 喜んだのでした。 というのも、“幸ちゃん”とは、彼女が10代の時に知り合い、 15年程“共に過ごしてきた”仲間だったからです。 そもそも知り合った頃の彼女は、芸大受験を目標に頑張っている 学生で、その頃ソレイユの講師をして下さっていた小嶋貴文先生 (現・洗足学園高校音楽科長)のお弟子さんでした。10代の頃から、 宮崎あおいを一層可愛らしくしたような容姿の幸ちゃんは、音楽も、 ワードローブも抜群にセンスが良い女の子でした。その上、頭脳も 明晰。芸大作曲科進学を両親に反対されていて、下宿にピアノを 置けなかったので、楽譜を眺めるだけでバッハの平均律を暗譜し、 ピアノのレッスンにもって行ったという、俗人では考えられない エピソードのある方。バッハの平均律といえば、音取りが難手な人 だったら、弾けるようになるまでに一ヶ月はかかる難物なのです! (幸ちゃんの“平均律見ただけ暗譜”のエピソードを聞いて、 のけ反らない音楽関係者はいません。) 東京芸大の作曲科に入学後、彼女の才能は様々な方面で開花して いきました。川口市の少年少女のためのミュージカル団からの委嘱で、 ミュージカル作品を数作作曲するという大プロジェクトや、めざまし テレビのアナウンサーとバイオリニストの高嶋ちさ子、作曲家兼 ピアニストの加羽沢美濃によるコンサートシリーズ(題して『めざまし クラシックス』)での編曲や、某紅白歌手(有名な方です!)の 専属アレンジャーとしてなど、初期からメジャーなプロジェクトに 関わっていきました。 元々音楽のセンスが良く、そのアレンジ(編曲)も頗るお洒落、 驚くほど華奢なのに徹夜が何日続こうが全く大丈夫という体力と 精神力の持ち主で、コミュニケーション能力にも優れ、その上可愛い! となれば、第一線で活躍するのは当然なのでしょう。 宮野さんの他にもソレイユ総合音楽教室歴代講師の中には、多方面で ご活躍の方々が沢山いらっしゃいます。京都市立芸大教授(ピアノ) 阿部裕之先生、国立音大准教授(ピアノ)近藤伸子先生、学芸大学 准教授(ピアノ)中野孝紀先生、NHKテレビ・ラジオ体操ピアニスト 名川太郎先生、国立音楽大学准教授(声楽)佐藤ひさら先生、つい先日、 佐治敬三賞を受賞された国立音大専任講師(作曲)渡辺俊哉先生、 ワンデーアキュビューのCMやパナソニック生物多様性プロジェクトの 音楽制作で活躍中の高橋英明先生(作曲)www.aiding.jp/mjucなどなど…。 ソレイユで真摯に生徒さんを指導して下さっただけでなく、ご本人が 頑張る姿も見せていただけたり、またその魅力的なお人柄(皆さん人間的 魅力に富んだ素敵な方々です!)に接することで、生徒さんたちは色々な 影響を受けることができたようです。 高度な技の伝承に加え、「音楽レッスン」の枠を越えた“何か” (先生方の生き様や考え方、先生方が持っているエネルギーなど)を 大切にしてきた私たちの気持ちが、この歴代講師の布陣なのです。 という訳で、ソレイユを卒業して行かれた講師の先生方のご活躍も、 ソレイユは応援し続けています。演奏会やマスコミに取り上げられた 際など、近況を知らせていただける先生方も多いので、随時この覧で ご紹介していきたいと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

11月6日(土)ナタリさん、ドイツ・リューベックに留学中
 猛暑から秋を通り越して、一遍に冬の様相。木枯らし一号も10月 下旬に吹いて、なんともスピード感ある季節の展開となりました。 そういえば今年の前半も“春がなかった”と記憶。寒さで桜の開花も 遅れ、梅雨の間は氷雨が降り続いて肌寒く、梅雨が明けるやいなや 一気に夏に突入したことが思い出されます。冬への急変に、氷河期の ような厳しい冬がやって来ないことを祈るばかりです。  寒さを吹き飛ばすようなホットなニュースが届きました。ソレイユの 卒業生の渋川ナタリさんが、ロータリー財団の給費留学生として、 ドイツのリューベック音楽大学大学院に合格、晴れて10月から大学院 留学生としての生活をスタートしました。  イタリアは、クリスマスのことをNatale(ナターレ)と呼ぶのをご存知 ですか。nataleには“誕生日”という意味があり、大文字で始めると “キリストの誕生日”ということになります。ナタリさんは、ドイツ人 のお父様と日本人のお母様の間にクリスマスの日に生まれ、その名も ナタリと名付けられました。ナタリさんの名前にはこんなお洒落な物語 があるのです。ステキですね。  日本で育った彼女ですが、今回のドイツ留学はそういう訳で“里帰り” でもあったのです。   リューベック入りする前の語学研修期間の1ヶ月は、ハンブルクにある お父様の家から学校に通っている、との報告がありました。 「一緒に暮らせるなんて、こんな時を夢見ていた」 と、お祖父さまが泣いて喜んでいらしたという話を聞き、ナタリさんは、 日本にいても、ドイツでも、家族に守られ愛される星の下に生まれたのだ と感心すると同時に、お祖父さまの愛情の深さに思わず涙がこぼれました。  実をいうと、国立リューベック音楽大学大学院の他、合計3校の国立 音大に合格していた彼女がリューベック音大を選択した理由、それは 「ピアノの教授の素晴らしさ、音大の環境は勿論のこと、一歩足を踏み 込んだ時に感じたリューベックの街の美しさ(世界遺産に登録されている)、 そして何とも居心地の良い感覚に尽きます」と話してくれたナタリさん。  街との相性って大切ですよね。住んでいる地域との相性が良いと、 ストレスを感じないし、エネルギーが沸いてくる。ましてや街が美しいと、 日常、道を歩いたり家の中でボーっとしているだけで、芸術的な美しい ものが目に入ってくる幸福を享受できる…。  藤原正彦氏は、著書『国家の品格』の中で、“世界的な研究を成し遂げた 学者たちは、美しい風景や街並みに囲まれて育ったという点を共有している” と書いていました。  中世から時が止まったリューベックの街で、朝8時から夜10時30分 までの間スタンウェイが借りられるという恵まれた練習環境の中、何にも 煩わされることなくじっくりとレッスンを受け、たっぷり練習ができる というこの時間は、ナタリさんのピアニストとしての将来の礎をしっかりと 築くものとなるでしょう。  ヨーロッパはどんな小さな街でもオペラハウスがあり、音楽会は毎日の ように開催されています。美しいものを見て、聴いて、時には明るい光を 求めて南に旅行したり、美味しいものを食べたり(ドイツでは食べ物だけは 期待できない!?)、ヨーロッパを満喫してきて下さい!  今は便利になり、インターネットで顔を見ながら話が出来る時代です。 日本語が懐かしくなったら、いつでもインターネットで通信しましょう!  ただこの一ヶ月、未だにナタリさん個人のインターネット回線が開設できない、 という極めてヨーロッパチックな作業ペースについての報告を貰い、思わず 笑ってしまいました(ヨーロッパは街並みだけでなく、中世の頃の歩みで 仕事をしている人も多いので、在独中にナタリさんの回線開通は間に合うのかと、 ちょっと心配しています)。ドイツは先進国なのに、そこに暮らす人々の 生活はゆっくりしたものです。  世界に羽ばたき、夢を実現させているナタリさんは、音楽を学ぶ子供達の 憧れであり、大いなる目標です。応援する我々大人にも喜びを与えてくれる 存在。一回りも二回りも成長したナタリさんの帰朝演奏を、今から心待ちに しています。

▲エッセイの先頭に戻る

10月2日(土)大野和士氏のレクチャーコンサート
 大野和士ファンを自認する私、毎年行われるということで開催を 心待ちにしていた《大野和士のオペラ・レクチャーコンサート》に 到頭行って参りました。 場所は横浜にある神奈川県立音楽堂。大野氏は藤沢にある県立 湘南高校卒業ということですから、神奈川県で開催される公演が 多いようです。横浜まで車で2時間ちょっと、帰りは2時間掛から ないドライブ鑑賞旅行となりました。 テーマは《マノン・レスコー》。1884年にパリで初演された マスネのオペラ《マノン》と、1893年トリノで初演された プッチーニの《マノン・レスコー》の比較分析という内容です。 ピアノが達者な大野氏、オーケストラ部分を自らピアノで弾き、 レクチャーを進めてゆきます。それぞれのオペラごとに、2組の マノン(ソプラノ)とデ・グリュー(テノール)のカップルが出演、 大野氏の要望に応えて(曲の分析に合わせてということですが…) 歌は勿論のこと、歩いたり、驚いたり、逃げたりの演技付きです。 2人の出会いの場となるアミアンの旅籠での2重唱、ヒロインの アリア、再会時の2重唱が、それぞれのオペラで取り上げられ ました。  マスネの《マノン》では、デ・グリューがマノンを一目見た その瞬間、不協和音が分散和音の形でオーケストラに表れます。 「これは夢か、僕は愚かになったか、僕の人生は終わるのか それとも始まるのか」と、歌う箇所で鳴り響く不協和音。哲学を 学んだ堅物の騎士デ・グリューが、魅惑的な少女を見て恋に落ちた 瞬間は、ハッピーな鐘が鳴り響くのではなく、デ・グリューの 鬼気迫る当惑が表れている、と身振りをつけて語る大野氏。  2人が愛を語らい馬車に乗って逃避行しようという段では、 「手と手を取り合って2人で」と甘く繰り返し語るデ・グリューに 対し、デ・グリューが発した「パリへ!」に目を輝かせたマノンが、 「パリへ!」「パリへ!」と大連発。片や甘美な愛、片や “贅沢な都”への逃避行と、目的がずれた2重唱の可笑しさを 大野氏が説明し、会場の笑いを誘っていました。  デ・グリューを捨て金持ちの男の元に逃げたマノンが、デ・グリュー と再会する場面では、“マノンがまず泣き落としに掛かります!” と、皆を笑わせ、「私が悪かったわ」と歌う部分で、“オーケストラが わざとらしい音型で表現していますよ、”と振り付きで話し、まさに 八面六臂の大活躍。この“泣き落とし音型”はプッチーニ、マスネ、 両方のオペラに使われていて、その両方を見事に音を使って説明して いました。  昨年この欄に書いた、大野氏が音楽監督をされているフランス リヨン国立管弦楽団の公演では、オーケストラが大野氏の棒に ぴったり寄り添って、音楽を表現するその意欲的な姿勢に感心した のでしたが、大野氏が、音の集合体の中に存在する物語性や意味を、 練習段階で的確に伝えていたのだとしたら、合点がいくというもの です。ましてや、指揮者がその的確なアイデアをあのように楽しく、 茶目っ気たっぷりに指導したのだとしたら、どんなオーケストラも それに喜んで答え、能動的に表現するに違いありません。リヨン響 のように、先へ先へと音楽を奏でていくことが、楽しくて仕方がなく なるはずです。  歌手に関しても同様。《マノン・レスコー》より後に作曲された オペラ《ボエーム》の、ムゼッタちゃんの登場シーンは、《マノン・ レスコー》のキャラクターに曲想がダブると説明。“ここはムゼッタ でお願いします!!”(ムゼッタの“女王キャラ”は、オペラの世界 では余りにも有名)の一言で、マノンのキャラが瞬時に理解でき、 スムーズな表現に繋がってくというものです。  このコンサートは8月27日(水) に行われました。1ヶ月も経った というのに興奮が冷めやらないのは何故なのか。演奏者の技量を見せ つけられるオーケストラやオペラ・リサイタルとは全く違う、たかが “レクチャーコンサート”なのに…!!と思う日々。 それ程、大野氏の分析の的確さと、それを精一杯伝えようとする あの楽しそうな表現方法が、今自分が一番希求している指導法そのもの だったのだと思うのです。  という訳で、久々に心弾み、タップリの課題と活力を授かった レクチャーコンサートの報告でした。

▲エッセイの先頭に戻る

9月4日(土)夏期講習会、実技も入れて大成功!!
 8月18日から20日までの3日間、ソレイユにおいて 夏期音楽講習会が開催されました。ソレイユの生徒さんの他、 東京からも小学生の参加があり、年齢も8歳から60代までと 幅広く、日本一暑い群馬で、文字通り熱〜く燃えるような レッスンが繰り広げられました。 20年以上続くソレイユの夏期講習会、一昨年までは “ソルフェージュ”に限定した講習会を行ってきました。 普段のレッスンで習得している聴音・新曲視唱・楽典・ 新曲視奏のほか、初見でのアンサンブル、音楽史、リトミック、 和声学など、普段出来ないソルフェージュ・レッスンも体験する ことができ、ソルフェージュ力UPに大いに役立つものだったと 思います。 昨年、実技の夏期講習会を探しているのだけれど良い講習は ありませんか、という相談をヴァイオリンの末永千湖先生が 生徒さんから受けました。普通、実技の夏期セミナーというと、 避暑地の涼しい土地で、避暑とヴァカンスを兼ねて開催されます。  弦楽器や管楽器中心のセミナーでしたら、音が出せる部屋、 例えばペンションや、ホテルの会議室などでもレッスンや練習は 可能ですが、ピアノや声楽のレッスンではピアノが不可欠ですし、 ピアノ専攻の人にはグランドピアノも必要になってきます。練習 するのにはその場所に練習室もあった方が・・・ということになると、 ピアノが一台あるくらいの施設ではセミナー開催が難しい。 「そうだ!ここでやるのはどうかしら?」 末永先生にお話してみると、 「大賛成です!生徒たちのために、そのような形で夏期講習を  やって頂けるのは有難いです!」 とのお言葉。  いつも謙虚で優しい末永先生の物腰には見習うこと大なのですが、 前向きなその力強いお返事により夏期実技講習は発進したのでした。  そのような経緯で開始された昨年の夏期講習会は、ヴァイオリン・ 声楽・ソルフェージュのレッスンを行いました。そして今年は、 新たに“ピアノクラス”も加わったのです。  コンクール前に集中レッスンが必要な生徒のため、また、普段 どうしても時間がなく直せない、指の力みを取ることを中心にした “ピアノクラス”です。  また、全科共通して基礎テクニックの指導と、通常なかなか 取り組めないアンサンブルを課題としました。  講習の最終日にはアンサンブルとソロの「成果発表コンサート」 を開催。1日目に譜読みからスタートし、3日でモーツァルトの 二重唱を披露した声楽のアンサンブル、3日間でリズムも曲想も きっちり仕上がった小学生のヴァイオリン・アンサンブル、古典と 近現代のヴァイオリンDUOに取り組んだ中学生のアンサンブル、 迫力のある演奏だった小学生のピアノDUO、二重唱を元気よく 歌えた小学生チーム、コンクールに向けて詰めの状態に入っている 中学生のピアノなど、各人共にしっかりと演奏できました。  DUOの演奏では、お互いに息を合わせて聴きあいながら演奏 するという体験を通して、お互いの音や音楽に影響・感化し合い 上達している様子が感じられました。  そうそう、ヴァイオリンの中学生のクラスでは呼吸法のレッスンも 行いました。体を緩ませて楽に息が吸えるようにする、吸った息は 横隔膜をコントロールしながら吐く、といったことをたった30分 行っただけなのですが、その日のうちにヴァイオリンの音色が変わった、 と先生から報告がありました。声楽や管楽器と違って、弦楽器や ピアノなどの楽器の演奏は、息と演奏を合わせなくても演奏は 可能です。でも、表現する人の息遣いに乗ったものでないと、 その演奏は本物ではなく、どこか“インチキ”が見えてしまうもの。 曲想だけでなく、音、1つ1つの発生にも息遣いが関与しているという、 驚きの結果となりました。  学生時代、私もフランスのポワティエ夏期音楽アカデミー、草津音楽 アカデミー、京都国際音楽アカデミーなどに参加し、集中レッスンを 受講して、その期間にグーンと色々なことができるようになった経験を しました。ですから、このような形式の集中講習は、出来る限り実行 していきたいと思っているのです。  今回の3日間、トータル15時間におよぶ講習は、日数こそ短いものの 内容的には濃いものだったと思います。終了した時、生徒さんたちに笑顔が ありました。  来年の夏期講習での再会を約束し幕を閉じました。ご協力下さった 酒井雅の先生、末永千湖先生、小林ゆみ先生、鴨川太郎先生、ありがとう ございました。そして参加させて下さった保護者の方々へ、講習に参加した 生徒の皆さんと共に御礼を申し上げます。 

▲エッセイの先頭に戻る

8月7日(土)他人のせいにしているうちは進展がない
6月のソレイユコンサートが終わってから、《Babyソレイユ》 ・《Kinderソレイユ》の子供達の多くが、ピアノの音取りを、 今まで以上に積極的にしてきてくれるようになりました。  どうしてなのかは、お母様方も、教える私達も特定できないで いますが、原因が何であっても、良い兆候に違いはありません。  《Babyソレイユ》・《Kinderソレイユ》の子供達は野生児の ように(?!)、伸び伸びとレッスンを受けつつも色々出来ることが 増えていき、周りの大人たちを驚かせてくれます。ハ長調の 三和音と属七の和音の聴き取りは、転回形も含め全て聞こえて しまう年中さんが数人、リズム叩きが大好きで16分音符を含む 複雑なリズムも難なく初見で叩いてしまう幼稚園児も数人います (このリズム叩きは、じっと座ってレッスンを受けられるような 子は必ずできるようになります)。音の聴き分けと3オクターブの 読譜ができるようになったら、簡単な聴音(聴いた音を五線紙に 書く)も始めるのですが、この“書く”という作業が楽しいらしく、 全員がすらすらと書き取っていきます。驚くなかれ、聴音は人気 科目なのです!二声聴音も和声聴音も単旋律も嫌がらずに取り組む のですから、すごい!と思いませんか?  《Babyソレイユ》には何故か男の子が多いのですが、男の子の 中にはじっとしていられず、レッスン中ずっと走り回っている子が います(そういう子の方が多いともいえる…)。5歳の年長児に なるとピタッと座っていられるようになり、座れるようになった時 には音も正確に把握できているし、リズム読みもできるし、音程も 正確に歌えるようになっているのが、ソレイユ七不思議の一つです (他の6つは何だ!?)。走りながらもレッスンは聴いていてくれる のです。  《Babyソレイユ》のお母様方が状況を的確に判断し、子供を 上手にコントロールして下さっているのも、効果が挙がっている 要因でしょう。その時の状況にもよりますが、「走らせておいて 下さい」とお願いする我々を信用して下さるのも有難いし (レッスン中ずっと、ほぼ走っているという子もいるのです)、 必要なところで的確に叱って下さるのも有難い。  “音楽は楽しい”、“レッスンに来ることが楽しい”という 気持ちを育んでから“できるようになると楽しい”という思いを 芽生えさせるのが《Babyソレイユ》の第1の目的です。音やリズムに 触れたり、ピアノ、ヴァイオリン、歌などの実技を実際に体験して “ワクワクする気持ち”になることが何より大切と考えるからです。  昨年、“教える”ことについて、ゆみ先生(妹です)としみじみ 話したことがあります。 “理想の仕上がり状態があり、それに少しでも近づけるように 指導するのが教えるということ。ある1つの方法で自分が習得 できた経験があっても、その方法で生徒が上達しなかったら、 それは生徒が悪いのではなく、先生の工夫が足りない、と考える べき。同じ方法を繰り返し叩き込むだけでなく、喩え方を変えて みるとか、そういう施策が重要だと思う、お姉さんにはそれが 足りないのではないか。”  というのが妹の言い分だったと思います。  ホントに目から鱗。身内の意見はキツいものですが、大人に なると問題点を直接言ってくれる人が少なくなるので、身内の 人間はやはり貴重な存在です。  私が教わってきた方法は正しいし、それができないのは生徒の せいだ、と思っていた節もあったかも知れない、と深く反省。 “他人のせいにしているうちは進展がない、”とは頭で解って いても、なかなかそれに気づかない現実、自分が変わることで 新境地が開けるかもしれないと、目の前がパーっと明るくなった のです。生徒が伸び悩んだり、やる気がなかったりした時に、 どういうアプローチが適切なのかということを、今まで以上に 考えるようになりました。  《Babyソレイユ》のクラスについても同様です。子供達に興味を 持ってもらうため、飽きさせない工夫を加えながら、色々なことに チャレンジしています。  目下、《Babyソレイユ》・《Kinderソレイユ》の子供達のために 密かに目論んでいること、題して“ピアノ力UP計画”。  歌もソルフェージュも好きな彼らを、もっともっとピアノ好きに するために、一層楽しく成果の上がる《Baby・Kinderソレイユ》に していく方法を模索しています?  チームソレイユのアイデア結集にご期待下さい!!

▲エッセイの先頭に戻る

8月1日(日)伊能忠敬讃歌『確かな一歩』お披露目
 江戸時代後期、伊能忠敬が日本で最初に、ヨーロッパでも 高く評価された極めて精度の高い実測地図を作ったはご存知 だと思いますが、去る6月29日、その伊能忠敬の関係資料が 2,345点も国宝に指定されました。  また、伊能が測量を開始して210年目に当たることも併せて 記念し、伊能忠敬の偉業をたたえる讃歌が新制作され、半月 ほど前になりますが、7月16日、東京・深川の冨岡八幡宮・婚儀殿 にて、鴨川太郎先生の歌唱で発表されました。  伊能忠敬は、「下総(千葉県)の佐原で、事業家として成功 したあと49歳で隠居し、50歳のとき江戸に出て、天文・暦学 を修め」、「シニア世代の17年をかけて日本全土を測量し、 初めての実測による日本全図を作成という壮挙を成し遂げた」 人です。そして、「隠居後、在職中を遥かに上回る大仕事を 達成したことが、いまの世の中の関心をよんで、静かなブーム となっている」(InoPediaより引用)そうで、15年前に全国組織 としての「伊能忠敬研究会」が結成されています。 伊能が50歳にして隠宅を構えたのが江戸・深川界隈で、10次に 及んだ伊能の全国測量の旅は、必ず江戸最大の八幡神社である 深川・冨岡八幡宮への安全祈願から始まったそうです。その御縁 もあって、今から10年ほど前に「測量開始200年」を記念し、 八幡宮の大鳥居横に立派な銅像が建立されました。  その伊能ゆかりの地で、「伊能忠敬研究会」の総会が開かれ、 伊能忠敬の讃歌『確かな一歩』が披露されたという訳です。 作詩は同研究会や日本歌曲振興会の理事で、伊能忠敬の遠戚の 子孫でもある柏木隆雄先生。作曲は日本歌曲振興会理事の 朝岡真木子先生。  50歳を過ぎてから訓練を積んで、歩幅を一定して2尺3寸(約70 cm)に保ち、一歩一歩確実に全国を測量して回ったというのは 本当に驚きで、その結果、世界に誇れるような美しい日本の 姿形が描き出されたのでした。伊能の命を掛けた無私の営みを 思う時、熱い感動を禁じ得ません。  伊能讃歌『確かな一歩』お披露目の記事は、翌日の朝日新聞 ・東京版に掲載されましたが、「伊能忠敬研究会」の運営する サイト「InoPedia」のトップページでは、演奏の模様が動画配信 されています。是非一度、ご覧になってみて下さい。  (「InoPedia」は、伊能忠敬自身のことや伊能図のことを 詳しく記載紹介していますので、大人の知的好奇心を 満たしてくれるのは勿論のこと、小学生の皆さんが自由 研究の資料として活用するにも、大変便利なサイトです。   国立国会図書館や米国議会図書館といったリンク先で   本物の伊能図を閲覧することも出来ます!!) なお、この『確かな一歩』は、来る8月15日(日) 午後2:00開演 【代々木上原・JASRACけやきホール】の(社)日本歌曲振興会・第36回 サロン・コンサートでも、作曲者・朝岡真木子先生のピアノと 鴨川太郎先生の歌で発表されます。

▲エッセイの先頭に戻る

7月10日(土)諦めずに道を探り続けると…
 先日、青年会議所群馬ブロック会員大会のオープニング コンサートで歌ってきました。 7年程前から、母の介護に始まり、親の仕事の引き継ぎ、 そして子育て、と多忙を極め、歌う仕事は年に数回という 状態。日頃は歌手であることを全くといってよい位忘れて 生きています。自分は歌手なのだということを久々に実感 した一時でした。  2年前、歌のレッスンを受けました。中学時代に始めて から大学院までの13年間、日本の先生方に習い、その後は 往年のベルカント歌手カルロ・ベルゴンツィ氏、フランスでは イザベル・ガルシゾンズ女史にみっちり教えて頂きました。 それぞれの先生方が得意としているテクニック、例えば息の 使い方やアジリタ(細かい音符を速い速度で歌う方法)、 高い声の出し方やppの方法など、先生の言葉に従ったり一緒に 勉強している仲間の真似をしたりして習得に努めたものです。  声の共鳴のさせ方、横隔膜の使い方など、自分なりに理解し、 向上に努めましたが、どうしても舌根の脱力が自分の意志で 出来るようになりませんでした。方法を模索する日々が数年 続きました。力が入っても歌えることは歌えるのですが、 全曲を通して理想の声にならないのです。  偶然に習うことになったT先生は、第一声からその脱力の 方法を教えて下さいました。歌手というのは、他の楽器の 奏者に比べ、“元々声が良く”生まれついているなど、身体 的に恵まれている人が志すことが多い職業です。労少なくして 歌手になった天然系の先生は、生徒の欠点を矯正することが 困難であったりします。“良くない”ことは判断できても、 その直し方が解らないのです。  T先生の生徒さんの歌を聞いた時、その歌手が私の弱点 である喉の力みを意識的に克服していると直感したのでした が、その直感は当たり、先生はその方法をスパッと教えて 下さいました。  長年同じことを続けてきた人とそうでない人との差は、 前者にどんなに悪癖があろうと、筋肉の順応性には著しい 違いがあります。全くやっていなかった人は、正しい方法も 悪い方法もすぐにできないのに対し、後者は間違っていても その周辺の筋肉は鍛えられている訳で、目指す方向が分かれば、 割合すぐに修正することができるのです。  T先生のレッスンを受けた時、諦めず道を探り続けていると、 このように解る時が来るのだわ、と嬉しく思ったのでした。  歌うことは小さい頃から好きでしたが、変声期過ぎて声は かすれ、筋力も強いという訳でなく、少しばかり優れていると 言ったら、表現したいという気持ちが強いことと、負けず嫌い なことくらい(この性格は妹にすこぶる評判が悪い…)。 しかし、だからこそ、自分の能力を過信して暴走することも なく、喉を故障させずに、テクニックで補う方法を模索し 続けることができたのかも知れません。  欠点が多かったからこそ、私は教える引き出しが多いの ではないかと自負しています。これは私の唯一の自慢です。  国連難民高等弁務官等を歴任された緒方貞子さんが、 女性は子育てという避けては通れない時期があるけれど、 これは誰もが通らなければいけないことで、その後キャリア には戻れるから大丈夫、と女子学生によく話すのだ、という 記事を読んだことがあります。  訓練をしてきたことは、そう簡単にはなくならないし、 むしろ休止していることで、客観的に色々なことが見え、 本当にやりたいことが浮き彫りになるという利点が、あるの かも知れません。  先日のコンサートで前橋市在住のO氏から一葉の葉書を頂き ました。  “本当に度肝を抜かれました。鳥肌の立つオペラを聴か せて頂き、本当にありがとうございました。NHKのラジオで 岡村さんという人(注・岡村喬生さんと思われる…)が 家を売ってまでも本当の蝶々夫人を行うと言っていたのは このことかと初めてつながりました。 今後も素晴らしいオペラを伝えて下さい。”  歌をやっていて良かった!と思えるのはこういう時です。 40代になってようやくスタート台に立てたかな、という 気がしています。

▲エッセイの先頭に戻る

6月5日(土)整理整頓はできる時に…
 例年になく、寒暖の差が激しい異常な天候とは言え、日の入りは 遅くなり、暖房を点けなくても過ごせる陽気になりました。例年の 5月といえば「連日の夏日!!」など、“暑さ”に関する報道ばかり ですから、“暖房がいらない”という形容は極端に異常な状態とは いえるのですが…。 以前ソレイユの講師だった岩手出身の先生によると、先生の出身地 である宮古(太平洋に面した海沿いの町)では、梅雨が明ける7月末 から旧盆の8月中旬まで、暖房器具を使用しない時期があるだけで、 他の期間は炬燵が手放せないということでしたが、今年は緯度が何度か 上がったような陽気−−清涼感溢れる東北や北海道の夏−−の感覚と いったところでしょうか。  それにしても身が竦(すく)むような寒さが遠のいたこの時期、 清掃や片付けに最適な季節到来です。  昨年1年間、受験生のレッスンを毎朝9:00から行っていましたが、 それも晴れて終了し、時間的、身体的に余裕が生まれたのでしょう、 これまで目を瞑(つぶ)っていたソレイユの事務所や倉庫の片付け、 はたまた書類の整理を一気にやろうという気になりました。ゴミの袋 20〜30枚は使ったでしょうか、その量にびっくり。いらない書類は シュレッダーにかけ、何年も使っていない物は思い切って捨てました。 入れるべき物を種類、色、形ごとに分類し、棚をきちんと整頓すると、 物の置き場所が無かったところに爽やかな空間が生まれたのです! 改めて事務所がただのゴミ置き場と化していたことを思い知りました。 見た目がすっきりすると、心も清々しくなります。綺麗な空間に身を 置くと実に気持ちがいいものなのだわ、と感慨も一入(ひとしお)です。  ついでに駐車場やエントランスに植えてあるお花も、パンジーから サフィニアに植え替えました。皆様が喜んでくださることを願いながら、 ピンクの濃淡に変わったお花を眺めては、一人いい気分になっています。  体力も回復し、空間も綺麗になると、あれもやろう、これもやろう という気持ちが沸いてきます。言い訳のようですが、寒い時期や調子の 悪い時に無理に片付けを行ったりすると、体調を崩したり余計なストレス になりますから、こういうことはタイミングが大切なのでしょう。  今までにも申し上げてきた通り、私は胃腸が丈夫に生まれついている ため、疲労したりストレスが溜まった時など、どんな状態でも栄養を 摂取できます(本当に困ったことです…)。ですから、これまで体力 低下で倒れたことはありませんでした。  しかし年初、数年ぶりに風邪をひきました。咳が止まらず、2ヶ月 近く長引いたのも初めての経験でした。年齢のせいでしょう、という 声が何処かから聞こえてきそうですね(笑)。体が疲れていると予防への 意識も低下します。ちょっとした油断でひいた風邪でした。  責任ある、やらねばならないこと以外は手を抜こう、昨年一年間の 経験は、こんな、ちょっと情けない教訓を私に残しました。  仕事と食事以外、手を抜いた結果が今春の大掃除だった訳です(食事 に手が抜けないというのは、食いしん坊の悲しい性です)。疲れを 感じるということは、ある意味、体のセンサーが正常に機能している ということですから、その赤信号になる前の黄色の状態で、体調を リセットするノウハウを知っておけば、健康を損なわず、長く上手に 勉強や仕事を続けていけるのでしょう。  唯一の持病が腰痛や肩凝りである私は、今春DVDを購入し、本格的に ストレッチを始めました。あまりの気持ちよさに体を柔らかくする 楽しさにはまっています。今年の受験の疲労も癒え、心身ともに リフレッシュ!です。次のコンクールや受験を目標に、またエンジンを 全開しようかという気も沸々と起こりはじめ、現在のリセット感を 楽しんでいます。  そうそう、問題が一つありました。清掃終了後のように、いつでも 周囲を綺麗に保っていられる方法はないものでしょうか。掃除好き(?) にとって、これは途方もなく至難の業なのです! トホホ。

▲エッセイの先頭に戻る

5月18日(火)神谷先生フジTV出演、鴨川先生 水戸で受験指導
 神谷尚先生が、今週の金曜日、5月21日の午後9時〜午後11時に フジTVの特別番組に出演されます。「高い声を出してガラスが 割れるか?」といったコーナーで出演される予定です。面白そう ですね。皆さんも是非見て下さい!  それから、鴨川太郎先生が、6月6日の日曜日、ヤマハミュージック 関東・水戸店(水戸市笠原町)にて、昭和音楽大学からの派遣で、音大 志望者のための声楽指導をします。水戸周辺にお住まいで、音楽大学 で声楽を勉強してみたい方、奮ってご参加下さい。当日は、昭和音大 の先生方による器楽の個人レッスンやソルフェージュの指導も受けられ ます。詳細とお申込みは、フリーダイヤル0120−86−6606 (昭和音楽大学入試事務室)まで。【5月25日(火)締切】 

▲エッセイの先頭に戻る

5月8日(土)サクソフォーンクラス開講!!
 以前から問い合わせが多かったサクソフォーンのレッスンが、 いよいよ始まります。  サクソフォーンは、同じ比率で作られた7種類もの大きさが あることから(現在多用されているのはアルト管、テナー管、 バリトン管、ソプラノ管です)、サクソフォーンだけのアンサンブル なども有名ですが、サクソフォーンといえば、クラシックだけ でなく、ジャズ等のポピュラー音楽でも重用されていることで 有名な楽器です。  サクソフォーン(以下サックス)は、ベルギーの吹奏楽団長で 楽器製造家であったアドルフ・サックスによって開発されました。 管弦楽と吹奏楽両方の木管群の音量・音色の充実を図って、 1846年に開発され特許権を得たという、楽器の中では新しい ものです。 金属でできているのですが、発音原理がクラリネットと同様、 シングルリードを使用するため、分類は木管楽器。金属製である にも関わらず、放物線の円錐管であるため、木管・金管どちらにも 属さない独自の音色が生まれているのだそうです。  辞典によると“他の木管楽器に比べ豊かな音量と肉感的な音色が 魅力のサックス”ということですが、私が小学生の頃、小学校で 行われた群響の移動音楽教室で、“人間の声に一番近い楽器なの ですよ”と群響メンバーが説明していたのが、記憶に鮮やかです。 まさに肉感的な音色、サックスの音を聴くと、人の声のように 聞こえてきます。  そしてその音量の大きさも特筆すべきもの。サックス一本で マイクを使わずに人の耳を捉え、充分な音量が出るのはサックスの 優れた特徴の一つです。  吹奏楽では常連ですが、特定の管弦楽曲以外オーケストラの中で 使用されることがないユーフォニウムという楽器も、1842〜45年に かけてアドルフ・サックスが開発した楽器の一つです。アドルフ・ サックスは後の吹奏楽界に大きな貢献をした人物だったのですね。  新しく開設されるソレイユのサクソフォーンクラスの先生、 須永和宏氏は東京芸術大学音楽学部サクスフォーン科卒、同大学院 修士課程在学中の新人サックス奏者。サックス界の第一人者・須川 展也氏に師事し、正統サックス道を歩んでいる方ですが、写真でも お分かりのように、優しい雰囲気のジャニーズ系!!  人を唸らせるヴィルトゥオーゾ(名人芸)の演奏をする方には 見えない、ギャップが人気の秘密といえましょう。  サクソフォーンクラスのお問い合わせは、ソレイユ総合音楽教室 0276―45−0083まで。  詳細が決まりましたら随時お知らせしていきます。     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  歌うように楽器を演奏したいと思っていらっしゃる方、サックスで その夢を是非実現してみてください。

▲エッセイの先頭に戻る

4月10日(土)細田秀一先生、足利でリサイタル
 ソレイユでピアノを教えて下さっている細田秀一先生が、 地元足利でリサイタルを開催されます。  センスのよいパステルピンクのセーターなどをお召しに なって、メンズのセカンドバッグを小脇に抱え、笑顔を 絶やさずソレイユにいらっしゃる先生を拝見すると、穏和な 雰囲気で感じのよい御仁、という印象の細田先生。その穏和な 外見からは想像し難い歴史が、細田先生にはあるのをご存知の 方は少ないでしょう。  細田先生は、音楽を専攻された中学校の音楽教諭のお父様の元、 誕生されました。生まれる前から、音楽教育を受けるべき環境に 生を受けた秀一坊やは、3歳の時、早くもピアノの発表会で バイエル100番を弾く天才ぶりを発揮します。  小学生の時から、東京藝大教授の安川加壽子先生と高良芳枝 先生に師事、ソルフェージュのレッスンと共に、東京まで レッスンに通い始めました。安川加壽子先生は、多くのピアノ 教則本を監修され、『ピアノのテクニック』、『ピアノのABC』 等でそのお名前を度々拝見しますが、リュウマチで御身体の 自由が効かなくなるまで、日本を代表するピアニストとして、 活躍された方です。  ご多忙な安川先生と協力され、ピアノ教育に全勢力を注がれた 高良芳枝先生は、御自身も大変優れたピアニストでいらっしゃる にも関わらず、演奏活動は殆どされずに、ピアノ教育に一生を 捧げられた教育者です。ピアノテクニックを細分化し、体系化 された教育メカニズムを作り上げ、指・腕の使い方や音色の 弾き分けなどを事細かに熱心に教え、多くの職人的な(テクニックの ある)ピアニストを育ててきました。  高良メソッドによって徹底的に教え込まれた生徒さんたちの中 には、そのテクニックをきちんと次の世代に伝えられるノウハウを 持つ、素晴らしいピアノ教師になった方も大勢いらっしゃいます。  安川・高良コンビで育ったピアニストには、ある特徴があります。 それはピアノの音色が美しいということです。生徒にはそれぞれ 生来の特徴があるもので、ある子は指がよく回ったり(これは業界 用語で指が早く動くという意味です。口が回る、と同じ様な使い方 ですね)、指の分離が良かったり、筋肉や関節がしっかりしていたり 等、それぞれ違います。誰に言われた訳でもないのに、綺麗な澄んだ 音色で弾く子も存在します。しかし高良先生の生徒さんは、皆さん、 それぞれに音色の美しさを持ち合わせています。美しい音色は、 感性とテクニックを磨くことによって、後天的にも習得できるという 好例でしょう。  細田先生の音はまさに“その音”。バロック時代のチェンバロ タッチの音も、ショパンの音色も、兎に角、音に透明感があります。 勿論、それぞれの曲の作られた時代により音色は違ってきますが、 根底にあるのは澄んだ音色です。    「同じピアノを弾いているのに音が違うのねえ。」  大勢の方が同じピアノを弾いたコンサートの後、感心した様子で 感想を仰る方がいました。そう、細田先生の音は、ウットリする ような粒ぞろいの音色なのです。  細田先生は、幼い頃からピアノの修業を積み重ねながら、同時に 勉学にも励まれ、県立足利高校を卒業。その後、栃木県からは、 これまで数名しか合格者が出ていない東京藝術大学ピアノ科に進学 されました。  東京藝術大学大学院修了後、入学が難しいベルリン国立音大を 最優秀の成績で卒業。帰国後は、文教大学や尚美学園大学等で後進の 指導にあたりながら、頻繁にリサイタル、コンサート活動を続けて いらっしゃいます。  高良先生の系譜なので、教える引き出しもタップリの細田先生。  これから益々、ピアニストとして、そして後進の指導者として大活躍して 下されば、とファンの一人は思っています。  《細田秀一ピアノリサイタル》は、2010年4月25日(日)、 足利市民プラザ文化ホールにて開催されます。開演は15:00です。  (財)足利市みどりと文化・スポーツ財団の主催ですので、大人 1,000円、高校生以下500円という破格の料金設定!ソレイユでも チケットの取り扱いをしております。3月末現在、残券あと僅か ということですから、お早めにチケットをご購入下さい!

▲エッセイの先頭に戻る

3月6日(土)国立音大合格おめでとう!!
 Tさんが、国立音楽大学声楽科に合格しました。  Tさんがソレイユに初めて現れたのは中3の夏、 ミュージカル映画「オペラ座の怪人」に憧れて、 高校受験のストレス解消のために声楽を習いたいと ソレイユの門を叩いたのです。  Tさんに転機が訪れたのは高2も終わろうとしていた 2月。ソレイユの試演会で歌ってみたら、何かとても 素直な発声で、良く声も飛んできたので、私は思わず そのことを褒めたのでした。  殆ど同じ頃、彼女の高校の合唱部に指導でいらしていた 作曲家の青島広志先生(モーツァルトの扮装をしてよく テレビに出演しているあの方です!)が、あなた、いい声ね、 と皆の前で褒めてくれたのだそうで、彼女の中に何かが点灯 したらしいのです。  音大を受験したい、と言ってきたのはそれからすぐ後の ことでした。知人から聞いたといって国立音大を受けさせたいが どうでしょう、とお母様から相談を受けました。どうしても、 という気持ちがあるなら頑張りましょうと、受験体制での レッスンが始まりました。目標は国立音大声楽科合格。受験には ピアノ、コールユーブンゲン(一冊のソルフェージュの本を ドレミで歌えるようにしておき、当日指定された1曲を歌う)、 楽典、英語、国語といった科目がありました。  高2のその時点で、Tさんは一人で音取り(音符を読む)を する充分な実力がありませんでした。音大を受験しようと 思い立ったものの、“音符を読む”という初歩的な関門に ぶつかりました。  先生と一緒に、ピアノ、コールユーブンゲンの音取りをする のですが、取れた音を覚えるために、1人で繰り返し練習する 必要があります。しかし彼女は1人になると、ピアノで音を 拾うのにも大変な時間が掛かります。  窮余の策で、練習にも先生が付き添うことになりました。 入試に必要なピアノの曲の音取りが数ヶ月で1ページしか 進まなかったのが、数週間で6ページほど進みました。 コールユーブンゲンも半年で数ページしか進行しなかったのに、 1、2ヶ月で最後まで終了するなど進歩はありましたが、 まさに手取り足取り状態。右手と左手の指を別々に動かすという、 ピアノでは当たり前の動作は、弾いたことのない方が皆さん 恐れるように、17歳で初めて試みたTさんにとって、身体的に “ありえない”動きだったようで、私たちが今までに見たことが ない程のぎこちなさで、指を動かし始めたのでした。  そのような状態の人が、音大の受験曲に挑戦するのですから、 物凄い挑戦です。  音大受験では、演奏を完璧に仕上げていかねばならない上、 弾き直しは許されません。オリンピックのフィギュアスケート のようなもの、と思って頂ければ分かりやすいかもしれません。 一寸ミスしたからやり直すとか、2回・3回と挑戦して、 そのうちの点の良いものを採用される、というものでもありません。 1回きりのその瞬間にベストを出さねばならないのです。  やり始めてみたらあまりに大変で、頭で考えていたものとの 大きなギャップを感じたことでしょう。それでもTさんは 「受験を辞める」とは口に出さず、受験のその日まで、粘って 国立音大を受験しました。  結果は不合格。  今の時代、大学はとても親切で、不合格だと発表後に、 それぞれの科目の点数を送付してくれます。  声楽が1〜2点不足のB判定、それ以外の科目は合格の A判定という結果でした。  これまで国立音大声楽科に何人も合格者を出してきた 私たちは、その結果に??? Tさんは今までの合格者以上に 良い声で、良い発声で歌えていたのですから。  問題があったとすると、雰囲気と表情か。  気分が乗らない時には眉間にシワを寄せて睨むような顔で 歌う癖があるため、印象点が悪かったのだろうと判断し (1〜2点というのはそのくらいの点数です)、本人も再度 頑張りたいと言ってきたこともあり、明るい表情と気持ちの コントロールができるようになることを目標に、浪人生活を 始めたのです。心理カウンセラーではない私たちは、彼女の 気持ちをコントロールするのに困難を極めましたが、1年間 一緒に過ごすうち、徐々に彼女も私たちに色々なことを話して くれるようになり、心が通い始めました。  様々なアプローチは、心理面でも技術面でも、一年前とは 格段の変化が見られる程に効を奏したようで、“人にイヤな 顔を見せず接することができる”という、対人関係で必要な 常識も身に付きました。勿論、歌、ピアノ、ソルフェージュの 力も飛躍的に向上しました。  そして、この春の嬉しい嬉しい合格通知!!  音楽のことは何も知らない(と御自分で仰っている) お母様が、国立音大、という目標を揚げられた時、恐らく お母様は国立音大の声楽科がどのようなレベルなのか、よく ご存知ないのだろうと思ったものです。国立音大は、日本の トップレベルのオペラ歌手を多数輩出している、声楽の名門 音大であり、教授会の力が強いため、このような時代にあっても 受験倍率を確保している(ダメな人は容赦なく落とす、という 意味)誇り高い音楽大学です。  日本でも有数の高レベルな音大を、ピアノも習ったことの ない子が挑戦する(それも滑り止めなしで!!)というのは、 普通だったら、「無謀な挑戦」と、誰もが口にするでしょう。  しかし大学入試は、本人が決して諦めず、こちらのメソードに 則ってついてきてくれれば、必ず合格できると確信しているので、 私もお引き受けしたのです。  そしてこの結果!! 頑張って生きるって、なんて素晴らしいん でしょう!! この喜びはTさんとその御家族、ソレイユの先生方、 そして応援して下さったソレイユの関係者の皆さんと共有したい と思います。    Tさん、国立音大合格おめでとう!! 

▲エッセイの先頭に戻る

2月6日(土)紺野さんデビュー・リサイタル
 紺野さくらさんが、3月にデビューリサイタルを 開催します。  紺野さくらさんは、現在聖徳大学大学院音楽文化 研究科博士後期課程1年在学中、将来を嘱望された 新進声楽家で、小学校6年生の時からソレイユで 勉強してきたソレイユ総合音楽教室の卒業生です。  さくらさんは、小さい頃からピアノを習って いましたが、ソレイユではピアノに加え、新たに ソルフェージュのレッスンをスタートしました。 高校生になって声楽のレッスンも始めました。  本来持っている頭の良さと、コツコツ努力する ことができる特性が相まって、絶対的練習量が 必要なピアノの習得にも力を発揮した他、 ソルフェージュもめきめきと上達していきました。  併願した高校の音楽科の入試では、ピアノ科で 受験、勉強の成績、ピアノとソルフェージュの 得点全てに於いて非常に優れていたということで、 入学金と授業料免除のA特待で合格しました。  太田女子高校時代は、高校進学前からの夢だった 音楽部の活動を、音大受験のために我慢してやめ、 レッスンに励んだ結果、見事、東京音楽大学演奏家 コース(声楽専攻)に進学しました。東京音大の 演奏家コースは、コンクール上位入賞者を多数輩出 している難関、東京音大の看板コースです。  大学に進んでからは、さくらさんのマルチな才能が 開花していきます。  大学の演奏家コースの仲間と共にオペラ公演を主催。 オペラ、と一口で言いますが、オペラ公演には実に 様々な分野の人間の手が必要とされます。舞台上で 演唱する歌手の他、オーケストラ、指揮者、演出家、 合唱といった演奏に関わる人達、舞台装置や衣装を 作成するスタッフ、会場の設営やチラシ・チケットの 手配、さらには広報などを行うマネージメント業務など。 オペラを全曲歌うだけでも大変なのに、さくらさんは それらのスタッフを募り、統率し、公演を成功へと 導きました。さくらさんのリーダーとしての資質が 遺憾なく発揮されたエピソードと言えるでしょう。  大学時代、ソルフェージュのクラス分けテストでは、 作曲科やピアノ科の学生にまじって特別枠のクラスに 合格。作曲家たちから新曲視唱と歌唱能力の高さを 買われ、その後、新作歌曲の初演などでも歌うように なりました。  コロラトゥーラの技法と超高音の音域が得意な さくらさんは、ソプラノの超絶技巧アリアを次々 歌いこなし、日本学生音楽コンクール大学生の部で 入選、ベルベデーレ国際声楽コンクール(声楽の コンクールとして国際的にとても有名なもの。 現在活躍している世界的な歌手を多数世に送り出し ています。)の日本予選にて、ウィーンでの本選 出場権を与えられました。  大学院時代は、大学の助成を得てザルツブルク・ モーツァルテウム音楽院の夏期ゼミナールへ派遣され、 モーツァルト歌唱の第一人者エディット・マティス女史に 師事。発声と表現に一層磨きをかけました。  大泉文化むら大ホールで行われたオペラ《魔笛》公演では 夜の女王役を好演。娘を奪われた母の激しい思いを 3点ヘ音(ファの音)の超高音に乗せて歌わねばならない 難役を歌い、聴衆の喝采を浴びました。  群馬県出身もしくは在住の新進の音楽家が挑戦する、 群馬県教育文化財団主催、《ぐんま新人オーディション》では、 2008年、声楽部門第1位で合格し、演奏会に出演しました。  そして昨春、東京音大大学院修士課程(オペラ研究)を 優秀な成績で卒業し、博士課程のある聖徳大学に、教授の 強い推薦で入学しました。  さくらさんは先程申し上げたように、オペラの分野では、 難曲の超大作を得意とする一方、微妙なニュアンスで独特の 世界を作り上げるフランス近代歌曲や、最近では、ソプラノ のための名曲も多いロシア歌曲などの分野にも、 その研究領域を広げています。  さくらさんの、高音を含めたテクニックと音楽的表現力は、 インターナショナルで充分太刀打ちできるものであると私は 感じています。日本を飛び出す勇気を持ち、国際的に活躍 する日を楽しみに待っているのです。  3月21日(日)、午後2時開演、大泉町文化むら 小ホールにてデビューリサイタルを開催致します。  未来の歌姫の輝かしい歌唱を一緒に楽しもうではありませんか。      

▲エッセイの先頭に戻る

1月9日(土)いい加減は時間の浪費
 新年明けましておめでとうございます。平成22年元旦、 群馬南部は晴天に恵まれ、輝かしい初日の出を拝むことが できました。気持ちのよい一年の始まりです。 昨年末のクリスマスコンサートに出演されたソレイユの生徒さん、 本当にお疲れ様でした。  この冬は寒波が関東地方を覆い冷え込む日が多かったからでしょう、 コンサート当日も、喉の風邪で歌えずに出演できなかった方、 ぎりぎりまで熱があり練習できなかった子、熱が出ていながら 出演した子など、風邪によるアクシデントが相次ぎました。 しかし、出演した方たちは、コンサート数週間前とは別人のように 見事な出来栄えで演奏してくれました。指導した私たちも胸が熱く なる思いでした。4歳から卒業生まで、“頑張る時は頑張る”という、 集中力とやる気漲るソレイユ魂が(スポ根風ですね〜)、発揮された のです!!  公立の普通の中学の体操部を、全国で20連覇させた監督・城間晃氏と、 帝京高校サッカー部を9回全国制覇させた古沼真雄氏の対談を読みました。  8ページに亘って編集された内容の中で、印象的だったのは、 「20連覇の秘訣は、どこのチームよりも練習したこと」(城間氏)、 「理不尽な練習を含めて、なにより練習すること」(古沼氏)、 という練習にまつわる話でした。  食べたら練習できなくなるからという理由で、一切ご飯を食べさせず 朝9時から夜9時まで体操の練習をさせたり、ライバルチームのある 九州が晴れていることを理由に、土砂降りの中でサッカーの練習を させたり、フルマラソンに挑戦させたりしたそうです。  どう考えても理不尽な練習方法ですが、そのような練習をすることで、 心に隙がなくなり、「何時間やった」「何日も休みなくやった」という、 その絶対的な練習量を自信に繋げることができる、と述べています。  それらを経験した子供達が、ラジオ局で働いていたりして、スポーツとは 別の世界で生きていても、「僕は中学であんなしんどい思いをしてきたから、 今、どんなに大変な事があっても我慢できる」「帝京でやったことを思えば…」 と、言ってくるのだそうです。  年2回のコンサートの前のリハーサルで、私は生徒さん達に 同じような話をしています。とことん自分を追いつめて練習すると、 本番や試験の時、あんなにやったのだからと、スーっと落ち着いた 気持ちになり、実力以上の力を発揮することができるし、自分の 力の限り練習し抜いたという経験は、将来どんな場面でも絶対役に 立つのだということを伝えています。  お二人の対談の中で、誰にも負けない程の練習以外に必要なものは、 「連覇を自分たちで止めるわけにはいかない」「昨年ぎりぎりのところで 惜しくも敗れた」などの、はっきりとしたモチベーションを持つこと、 そして一緒に競って頑張ってくれるライバルの存在だ、と語られて います。  オリンピックのメダリスト池谷と西川といえば、覚えている方も 多いでしょう。この2人は同じ清風中学で同級生だったのですが、 このライバルたちに纏わる有名なエピソードはご存知でしょうか。 西川君のお母さんが胃ガンで半年間入院した際、池谷君のお母さんが 西川君のお弁当を半年間作って持たせたというあのお話です。  池谷母が西川君のお弁当を作ってあげた理由は、 「西川君が強くならないと、うちの子も強くなれない」というもの でした。  灘中・高から東大医学部を卒業し、精神科医となった和田秀樹氏も、 灘高校時代、ライバルは開成高校と考え、灘の友人みんなで教え支え 合いながら、実力を上げるべく頑張った、と書いてあるのを読んだことが あります。 “みんなで頑張る”ことはとても大切なのです。  ソレイユの生徒さんたちの中には将来音大に行きたい、と 考えている子もいるかと思いますが、教養の一つと考えて ソレイユに通っている方が大多数でしょう。でも、どうして こんなにピアノやヴァイオリン、歌をしっかり仕上げなくては いけないのか?と思うなかれ。  いい加減にやるのは時間の浪費、技は身に付かず、かえって いい加減に取り組む癖が付いてしまうと私は考えます。何をする にも頑張る気持ちと、それに費やす練習、できるようになった、 というその喜びを知る経験をすることが大切なのですから。  幸福なことにソレイユの生徒さんたちは、色々な所から “頑張ることが好き”な人たちが集まってきてくれます。 “頑張ることは素晴らしい”と思っている仲間と一緒に、 音楽の実力を高めたり、勉強を競ったり(ソレイユでは 勉強を教えていませんけれど…)、生き方を考えたり しながら前向きに歩んでいけたらいいな、と願っている のです。 また今年も張り切っていきましょう!                   《参考文献》『致知』2009年 5月号/『子どもが育つ勉強法』和田秀樹著

▲エッセイの先頭に戻る

12月5日(土)最高の演奏は若返りの薬
 11月11日(水)、大野和士指揮、フランス国立リヨン歌劇場管弦楽団の 演奏会へ行ってきました。首都圏で行われた数回に亘る日本公演の 最終日で大雨の一日だったからか、横浜みなとみらい大ホールは 空席が目立ち、団員の方たちの士気の低下を心配したのでしたが、 そんなことは全くの杞憂に終わった演奏会でした。 気だるい導入のドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』は、 導入曲として相応しい一曲。リヨン管弦楽団十八番のフランス色 溢れる音色と音の配分だわ、と集中して聴いていたら、お隣の おじさまが風邪で鼻が詰まっているご様子、鼾(いびき)のような 鼻息が聞こえ、それが一度耳についたらオーケストラと全く違う 2つの拍子に挟まって気が狂いそうになった私。自然現象なので オーケストラのリズムと一緒に息をして下さいとか、席を代わって 下さいとお願いをするわけにもいかず、本当に参った!という訳で、 『牧神』は導入部しか覚えていないという残念な結果に…。  2曲目に入る前に席を移動したのと(それでも鼾は聞こえていた のだけれど…)、2曲目のストラヴィンスキーのバレエ組曲『火の鳥』は、 楽譜と首っ引きでCDを何度も聴いたりして、息子と予習を入念にして いったお陰で、集中度はアップ。2曲目になるとオーケストラの楽器も 温まり、管楽器が暖かみのある音色を響かせ始めました。大野氏が オケより速いタイミングで拍を打つと、それが効を奏してオケは エキサイト、躍動感は最高潮となり、こちらの興奮もピークに…。  去年のこの欄で、私が大学院時代に習ったウバルド・ガルディーニ 先生について書いたことがありましたが、そこでご紹介した通り 大野氏はガルディーニ先生の愛弟子でいらっしゃいます。大野氏が ガルディーニ先生からどのようなことを学んだかは、ガルディーニ 先生について書かれた本の中に詳しく述べられているので、そちらを お読み頂ければ嬉しいのですが(『イタリア・オペラを支える陰の 主役ウバルド・ガルディーニ』マーリ・マイヤスコウ著/開成出版)、 今回の大野氏の指揮は、リズムの取り方、音楽の運び方など、 ガルディーニ先生が背後にダブって見えるかのようでした。 ガルディーニ先生は、オペラのディクション(発音)指導の専門家で いらっしゃるので、リブレットの発音や解釈は勿論のこと、それから 派生して、音楽全体のリズムや表現といったところまで言及される 才人です。言葉を中心としたレクチャーは微に入り細に入り、 どれ程時間があっても足りないくらい細かいのですが、 それを吸収できると、自分では思いもつかない、CDや演奏会を いくら聴いても真似できなかった“本物”の音楽が出現します。 そしてそれには規則性があり、それを私は“スタイル”と理解して いるのですが、そのスタイルが解ってくると、その軸を手掛かりに 音楽を聴くことも出来るようになってきます。  今回の大野氏とリヨン管弦楽団の演奏は、まさしくその軸、 スタイルが全くぶれないヨーロッパの伝統音楽そのものでした。 日本の指揮者を全員聴いた訳ではないのですが、今までには日本人 指揮者として出現しなかった世界レベルの正調コンダクターである ことは間違いないでしょう。あのようにきちんとした教育をしっかり 受けた指揮者が、メトロポリタン歌劇場やミラノのスカラ座、 バイロイト祝祭劇場などの世界の歌劇場で活躍するのは当然といえば 当然で、欧米の耳のあるプロデューサーたちが放っておかないのは 当たり前の話です。  休憩後に聴いたプロコフィエフ作曲『ロミオとジュリエット』も、 抒情的なナンバーで管楽器の音色に言葉が聞き取れるような繊細な 表現でしたし、最後に進むにつれて、リヨン響の楽団員の方々と 大野氏の間に、単なる仕事仲間という枠を越え、互いに惹かれ合う 蜜月のような高揚した繋がりが見えたのでした。  あのような指揮者と信頼で結ばれて音楽が演奏できるなんて、 リヨン響がちょっぴり羨ましくなった一夜でした。それにしても 本当にいい演奏会だった!!  みなとみらいに隣接する高速道路に乗ると、館林インターが 驚くほど近く、雨の中、安全運転に努めながら、その晩の演奏を 反芻しつつ、夢のような気分で帰途に着きました。  いい演奏を聴くと寿命が延びる気がするのは私だけでしょうか。  最高の演奏がもたらしてくれるひと時は、心身の細胞を蘇らせる 若返りの薬だわ、と、ひとり頬笑みながら幸せな気持ちで眠りに ついたのです。

▲エッセイの先頭に戻る

11月8日(日)大学院入試、終了!!
今年は夏休みが取れなかったので、先日、日光の霧降高原にある 大笹牧場でバーベキューをしようと出掛けたら、平日だというのに 大渋滞。それもそのはず、紅葉シーズン真っ盛りだったのです。 落葉松の黄色と所々火が灯ったように朱いもみじが配され、 つくり物かと見まがう鮮やかさ。澄みきった高原の空気と青い空、 遠景の日光山々と間近に見る紅葉の見事なコントラスト、そして おいしいバーベキューですっかり気分がリセットできた一日でした。 気分的に一段落できたのは、秋の大学院入試が終了したのも一因です。 今頃入試?とちょっとピンとこないかも知れませんが、大学院の 入試は秋に行われることが多いのです。ソレイユでは、早春の 大学入試と同じ様な位置づけで大学院入試という風物詩があります。  理系の大学に通っている方にとっては、6年制のような感覚で 大学院進学をされる方が多いと聞きます。実際、私の理系の友人 などは皆大学院に進みました。  近年、薬学部も6年制に変更になり、医学部と同じように、 専門科目の修得に時間が掛けられるようになりました。  文系の人が大学院に進学するという例は少ないでしょうか。 (文系、と一括りにするのは、余りにも大雑把で乱暴な言い方 ですけれども…)専門を深め、将来はその分野を研究していきたい という意欲のある人以外にも、近頃増殖している大学院の学生数 合わせに勧誘されて仕方なくとか、就職浪人で取り敢えず在籍先を 確保するためなど、ネガティヴな志向での進学もあると聞きます。  そのような意欲的でない(?) 大学院生がいる一方、私がパリ時代に 仲良くしていた人達は、フランス史、フランス言語学、フランス政治学 などを、日本の大学院の博士や修士に籍を残しながら、パリの大学で 研鑚を積んでいました。彼らはお約束したように、帰国後、日本各地の 大学に就職、専門分野の第一線で活躍しています。  大部分の理系の方々と同様、音楽の分野でも大学院進学を希望する 人が多いようです。私の時代、芸大ではほぼ100%の人が大学院を 受験しました。   大学に在学中、副科やソルフェージュ、そして合唱・合奏などを 含めた基礎音楽科目、一般教養科目、教職を採る際の単位修得など、 2〜3年間は一日中ぎっしり授業に追われる日々が続きます。3・4 年生になって漸く専門に集中できると思いきや、目前には卒業が 迫ってくる…。大学4年間は、落ち着いてレッスンだけに集中し、 実技力を向上させるには至らない慌ただしい毎日が過ぎていきます。  大学院に入ってしまえば、専門分野と密接に関連した授業ばかりの 幸せな日々がやって来ます。私の場合オペラ科だったので、歌の レッスンは勿論のこと、演技、バレエ等の身体的レッスン、指揮者や 演出家の先生に指導を受けるオペラレッスンがあり、その上、語学や 歌曲演習など、好きなことだけが出来る恵まれた環境が整っていました。 大学院は少人数の上、日本や世界の第一線で活躍する専門の先生に 細かく指導を受けられるのですから、幸せこの上ないのです。  唯一、修士論文を書くのは一苦労でしたが、強制だったので やらざるを得ず、文献を読み、論文にまとめ上げました。今こうして 文を書いているのも大学院時代の強制論文(?) のお陰もあるかも、 と懐かしく思い返しています。  ソレイユから東京芸術大学に進学したエスさんが、今秋、東京芸術 大学大学院に合格しました。東京芸大在学生、他大学からの外部生を 含め52人が受験し、13名が合格、という超難関の突破でした。 今夏、前橋でリサイタルを開き、満を持して臨んだ大学院入試。 エスさんのこの成功を大いに祝したいと思います。  大学院で、より一層充実した勉強をし、世界に羽ばたいていって ほしいと願っています。  エスさん、おめでとう!!  

▲エッセイの先頭に戻る

10月3日(土)PTA・隣組・景観計画
子供を持つ前には関わることが全くなかったPTA(当たり前ですね)や 地域の活動に参加する機会が多くなってきました。  昨年は小学校のPTAの学年委員長、今年は育成会(子供たちのために 親と地域の方々で作る組織)の役員を仰せつかり、仕事の合間に抜け出しては 会議に出席したり、行事のお手伝いに駆り出されたりしています。 PTAの会議に出席し、学校運営の一年間の全容を見せて頂いたり、 やる気に溢れた保護者の方々と知り合えたりするのは、本当に楽しい ことです。息子の小学校のPTAはいわゆるUターン組も多く、親自身も同校の 卒業生である確率が高いせいか、PTA活動に非常に熱心な方が多いのです。 私もその卒業生の一人。息子の学校のPTAで、何十年ぶりかで再会した 友人知人が多いのも、嬉しい誤算でした。  PTAの運営会議に出ると、日頃改善した方が良いと思うような点について、 直接問題提起でき、それに対する皆さんの意見が聞けるのも良いことです。  地区委員の今年、我が地区は旧市街の古くからの商店が多い地域にあるため、 小学生の数が16人と少なく、来年からは11人(兄弟も含まれるので、世帯数は もっと少ない)になってしまいます。このままですと、2年に一度役員が巡って くる計算になります。 つまり、否が応でも育成会活動に参加せねばならない状況なのですが、 いざ参加してみると、隣近所のおじちゃん・おばちゃんが驚くほど親切で、 子供のことも可愛いがって下さり、近所付き合いっていいなあと思いました。  中学から他県の学校に行ってしまった私は、ほぼ30年、ご近所とは 没交渉同然だったのですけれど、子供の頃から知っているおばちゃんに 「真衣子ちゃん」などと呼ばれると(現在、そのように呼ばれることは 皆無なので)、懐かしさで涙が出そうになります。  生徒さんから頂いた茗荷の苗を庭に植えていましたが、2年経っても 茗荷がならず、不思議に思っていたら、隣組の方々が原因を発見して 下さいました!! なんと、茗荷泥棒がいたということが判明。茗荷以外にも 食べられる草が多い我が家の庭は、老泥棒の恰好の採集場だったようです。 ご近所の方が声をかけ撃退して下さったおかげで、泥棒は現れなくなり、 我が地区の“ご近所防犯”はしっかり機能していることが証明されました。 本当に有難いことです。  その他に、地域ボランティアとして、太田市景観計画の策定委員を お引き受けしています。南一番街の景観の酷さに辟易したため重い腰を 上げました。  景観に関する市民アンケートなどでも、太田駅南口や南一番街の 環境悪化を懸念する声が数多く上がっていました。今回の景観計画 策定の結果、南一番街を改善するための条例が具体的に制定される ことになりました。  このままいくと、駅前のメインストリートが健全な市民のための スペースではなく、完全に歓楽街となってしまう(もう殆どそうなっている!) のを、市民の皆さんは心配して下さっているのです。市民代表の策定委員の 皆さんも、南一番街を特化した景観計画に大賛成で、条例の制定に向けて、 只今大詰めの段階にきています。  仕事をしながら地域と関わりをもつのは、正直言って、体力的にかなり 辛いものがありますが、町のため、子供たちのために、何らかのアクションを 起こす人が必要だと考え、体力の衰えを気にしつつも頑張って動いています。  自分たちの働き掛けで街が改善されていく様子を見ていると、地域と 関わりあいながら、自分も地域を形成していける年齢になったのだなあと、 感慨を深める今日この頃です。 

▲エッセイの先頭に戻る

9月5日(土)3回の欧州オペラツアーを振り返って
 ソレイユが企画したヨーロッパオペラ鑑賞ツアーの御一行が無事、 全行程を終え帰国しました。このツアーは、今年で3回目となります。  本場ヨーロッパのオペラを皆さんに観て頂きたいという思いで始まった ツアーですが、同時に、私たちがヨーロッパに居住していた間に、訪れ、 感動した美しい街並みや風景を皆様にご紹介したいと思い続けたことが、 このような形で結実したツアーなのです。  今回のツアーは夏の音楽祭の代名詞ともなっているオーストリアの ザルツブルク音楽祭を皮切りに、チロル地方やスイスのサンモリッツ 他の避暑地を通過、氷河鉄道に乗ってイタリア入りした後、ヴェローナ 野外劇場(アレーナ)でオペラを鑑賞、その後、フィレンツェとその周辺を 観光して頂くという旅程でした。  第1回目のオペラ鑑賞ツアーは、イタリアの夏に開催されるオペラの 中で特に有名な、ロッシーニフェスティバルの《セビリャの理髪師》 (アルマヴィーヴァ伯爵はフローレスでした!)と、ヴェローナ野外劇場 の《トゥーランドット》の2つのオペラ、そしてドニゼッティ生誕の地で ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』(ベルガモ風のという意味)にも その名が使われる、小高い丘の上の町ベルガモや、サン・フランチェスコ 修道会の総本山アッシジなど、美しい田舎の小都市を巡り、アドリア海 の宝石ヴェネツィアで食と風景を満喫するという、知る人ぞ知るといった ニュアンスの少々マニアックな旅でした。  第2回目は、世界のオペラの総本山ミラノ・スカラ座での《椿姫》 (マゼール指揮、ゲオルギュー主演、現在DVDで発売中)をメインにして (スカラ座の《椿姫》は、普通、チケット入手が難しい!!)、同じくスカラ座で 《キャンディード》、南仏オランジュ野外劇場で《蝶々夫人》(佐渡裕指揮) を鑑賞し、ミラノからオランジュまでのコートダジュールとプロヴァンス地方 を廻り、地中海沿いの小都市ニースやモナコ、カンヌなど、またエクサン= プロヴァンス、アルル、アヴィニョンなどを観光する、南仏の香りいっぱいの お洒落なツアーでした。  第3回目の今夏、ツアーの目玉は(日本経済新聞に早速写真入りで批評が 載っていましたが)、ザルツブルク音楽祭のニュー・プロダクション版による モーツァルトの《コシ・ファン・トゥッテ》。舞台を現代に置き換えて、最新の ファッションに身を固めた男女たちによる高レベルな歌唱と、説得力のある 新演出が絶賛され、流石、ザルツブルク音楽祭!といわれる高水準の舞台 だったようです。何しろ登場人物全員がスタイル良く美形で、ヴィジュアル的に 現代のオペラ歌手の見本のようだった、とツアーに参加された方たちが口々に 仰っていましたから、さぞや美男美女たちだったのでしょう。DVD化されるのが 待ち遠しい限りです。  15年程前、迷い込むようにして偶然訪れ、自然と人間の生活との調和の 美しさに息を呑んだ、スイスのシルス=マリア村への道程は、是非見て頂き たい風景の一つでした。遥か遠くの山々に残る氷河、エンガディン地方特有の 碧い湖群と牛の群れ、遥か彼方まで咲き広がる高原植物の花々…。哲人 ニーチェのゆかりの地でもある、静けさに溶け込んだ可愛らしい村の家々は、 おとぎ話の絵のようで、そこには観光ずれしていない自然のままのスイスが あります。  氷河鉄道ベルニーナ特急からの車窓の眺めは、天国はかくやと思わせる 山の景色で、色彩のコントラストが絶妙です。自然の美しさに触れると寿命が ぐんぐん伸びていく感じがするものです。  観光の目玉は何といってもフェレンツェ。イタリア半島のほぼ中心、アペニン 山脈の山間に存在するため、なかなかこれまでのツアーに組み込めず、 行かずじまいだった古い伝統のある都市です。  近郊の丘の町フィエーゾレの斜面に建つ、修道院を改築した「ヴィラ・サン・ ミケーレ」で、暮れゆくフィレンツェの町を遙か眼下に望みながらのディナー。 インターナショナル級の美女たちのファッションも堪能できたとは、羨ましい 限りです。  ウッフィーツィ美術館での「ヴィーナス誕生」と「プリマベーラ」に衝撃を受け ながら日本への帰途に着いた皆様。帰国してからも引き続き、さぞかし良い 夢を見ていらっしゃることでしょう。  私的趣味ながら、他にはない趣向が自慢のソレイユ・オペラツアー。今後 続けていくかどうかは不明ですが、ヨーロッパの素晴らしい所をご堪能頂けた ものと自負しています。

▲エッセイの先頭に戻る

8月9日(土)2人の大ピアニストと2人の小3ピアニスト
 小説《1Q84》が爆ブレイクしている村上春樹氏。  音楽にも造詣が深い、その村上氏が音楽についてのエッセイを刊行しました。 既に文庫にもなっています。タイトルは、《意味がなければスイングはない》 (文春文庫)。シューベルトからアメリカンジャズ、そしてJポップのスガシカオ (私は聴いたことがない!)まで、あらゆる音楽シーンから選りすぐった名曲や 名演奏家を村上タッチで語っています。  中でも特に面白かったのは名ピアニスト、ルドルフ・ゼルキンとアルトゥール・ ルービンシュタインとの比較。いわゆるマスコミうけする奔放で享楽的な人生を 送ったルービンシュタインと、“限りなき努力と犠牲”が基本理念のゼルキンの 対比がすこぶる興味深く描かれています。  両極端な性格のこの2人ですが、出生の環境は驚く程似ていました。どちらの 母親も、子供が多かったため彼らの出産を望まなかった〔これは彼らの心の傷 として残ることになった(村上氏註)〕、家が貧しく、10歳前後で家族から遠く離れ、 内弟子のような形で厳しい英才教育を受け、幼い頃から類い稀な音楽的才能を 見せていた、など。  取り巻く環境は似ていたものの、生徒としての反応には大きな差があり、 ルービンシュタインの方は、朝から晩まで機械的に練習に明け暮れる禁欲的な 生活が性に合わず、先生にその怠けぶりを罵られた時、今までの胸のつかえを 吐き出すように暴言を吐いて(この内容が本当に凄い!! これを先生に直接言った ことを想像し、私は笑いが止まりませんでした!)、16歳にして先生の家から飛び 出してしまい、村上氏曰く“波瀾万丈のピアニスト人生の幕が切って落とされ” たのです。 一方ゼルキンは、作曲家シェーンベルクに徹底して仕込まれた“真実を追求 する真摯さ、客観性、妥協なき明晰さと正確さ、更にそれらを達成するための 限りなき努力と犠牲、そして、余分なものを捨て去りストイックに音楽を追求 する姿勢”を一生守っていくことになります。  2人の性格を表すエピソードとして最も愉快なのは次の2つ。10代のはじめ、 ベルリンのコンサートで大成功を収め、アンコールに向かおうとしたルービン シュタインに厳格な師が一言、「客の顔を見るな!」と。しかし、それを すっかり忘れて、音楽以外のことを考えながら曲を弾き始めたものだから、 何も思い出せなくなった。分かっているのは変イ長調ということだけ。変イ長調 で主題を膨らませ、適当に転調させ、短調の第2主題をでっち上げ、ロマンティック な変イ長調に復帰させた…。  初めてその曲を聴いた聴衆は大喜び。先生に半殺しの目に遭わされると すくんで舞台から降りたルービンシュタインに師が言った。  「お前は全くろくでもないやつだが、掛け値なしの天才だ。千年かけても私は あんな真似は出来ない。」  一方、練習、練習、また練習の千本ノック(村上氏曰く!)のゼルキン、有名な 音楽祭のシーズン中、隣の家で暮らしていた著名なヴァイオリニストの証言が 実に愉快きわまりない!  「毎日、朝早くからやたら遅い、かたつむりが這う様なスピードで痛々しそうに スケール練習を繰り返す人がいた。時間が経つに連れて幾分の進歩がある。 最後には見違えるほどに上達するが、翌朝はまたうんざりする程遅いスケール 練習が始まる。誰がこんなやつに練習する許可を与えたのだろう?」  その人は、後にそれがゼルキンと知り仰天した、という嘘のような話です。  ピアニストの中村紘子氏が、ピアニストには3種類しか存在しないと巷で言われて いると仰っていたことがあります。第1はユダヤ人、第2はホモセクシャル、第3は それ以外の凡庸なピアニスト、という意味深な内容です。優秀な「ユダヤ人のピアニスト」 の存在の理由が、このエッセイで明らかになっています。  この2人の東欧の少年は揃ってユダヤ人でした。第二次世界大戦前のヨーロッパ 大陸には裕福なユダヤ人層を中心とした独自の都市文化が形成されていて、その 文化的ネットワークからの寛大な援助が、多くの優れた演奏家を輩出する基盤に なったというのです。20世紀のユダヤ人演奏家の活躍は、偶然の産物ではなかった のです。  本当に面白いこのエッセイ集、読んでみられることをお薦めします!一層音楽が 身近に感じられることでしょう!  さて、ソレイユの小さきピアニストたちも奮闘しています。第23回群馬県ピアノ・ コンクール(上毛新聞社主催)3・4年生の部の予選で、小学3年生の2名が揃って 入選し、本選へ出場することになりました。  結果的には111名参加で17名が選出されたことになります。  成熟したユダヤ人社会には及びませんが、身近な頑張り屋さんを少しでも応援 していけたらと、厳格なことでは負けない!!ジャパニーズティーチャーは思っている のです。      

▲エッセイの先頭に戻る

7月4日(土)ソレイユコンサート大成功!!
 6月28日(日)、ソレイユコンサートが開催されました。6月開催ということで 思い出されるのは、1時間の雨量が100mmに達し、太田市の道路が冠水した 2年前のソレイユコンサートです。会場内まで雨音が聞こえる程凄まじい雨 だったあの日は、流石に客席にお客様の姿が見られませんでした。 28日は、薄曇りの下、お天気もなんとか持ちこたえ、今年は無事に取り 行うことができました。 それにしても今回もまた、子供達はよく頑張ってくれました。殆どの子は、 普段習っている曲より若干難易度の高い曲をコンサートに選んであります。 通常以上の練習量が必要となるでしょうが、コンサート当日までに全員が きっちりと仕上げてくれるのにはいつも感心しています。  一回目のリハーサルまでに仕上がらず、一人涙を流したりする子もいたり して(私が叱るせいじゃないですよ、念のため…)、2週間前にはコンサート がどうなることだろうと天を仰ぐのです。しかし、それが一週間後のリハーサル になると、目を見開くほど上達していて、一週間の頑張った様子が、手に取る ように分かります。  リハーサル時には、まだ気持ちに火がついていない子、逆にやる気がある ゆえに焦って技術的に混乱している子など様々います。やる気のない子には、 モチベーションを上げさせるために色々なお話をしてみたり、技術的なことで 焦っている子には、一つ一つ解きほぐしながら練習方法を教え込んでゆきます。 どちらにしても、子供との信頼関係が大切で、心が通っていないとなかなか 上手くいかないものですね。また、コンサートへ向けての仕上げには、保護者 の方との連携が更に重要です。お子さんを我が家に引き取って1から10まで 見てあげることは出来ないので、お家でのお母様方の力が必要となってくるの です。先生に言われたことをじっくりと繰り返し練習させて下さっている、 保護者の皆様には本当に感謝しています。今回のコンサートが成功したのは、 頑張ったお子さんは勿論ですが、じっくり取り組ませて下さったお父様、 お母様方のお蔭によるものだと思います。 「よくなさいますね。」    褒めて下さっているのか、呆れているのか(褒めて下さっていると思いたい のですけれど…)、そのような言葉をかけて下さる方がいらっしゃいます。 私自身、小さい頃にこのようにしてもらいたかった、という強い思いがある ためではないかと思います。  普通『発表会』というと、毎週のレッスンと当日のリハーサル、手間を 掛ける先生でも数日前のリハーサルをするかしないかが発表会に費やす 時間の全てでしょう。当日上手く出来たら万々歳だし、出来なかったら あなたのせいよ、もっと練習しなくちゃね。というスタンスの先生が多い はずです。    「発表会前に、出来ないところを粘り強く教えて下さればいいのに…。」    と子供の頃、私はひとり思っていました。小さい頃母が忙しくて、充分に 手間を掛けてもらえなかったからかもしれません。恐らく欲求の強い我が儘な 子だったのでしょう。(今でも変わらないと言う声は多い…。)  実際先生になり、一人一人を対象にしてそれをやってみると、本当に時間は 掛かるし、肉体的にも大変です。でも、手間を掛け、心を掛けると、必ず子供 たちは伸びます。面白い程成長してくれます。  「お客様はつっかえたり止まったりする演奏を聴きにわざわざ来て下さる訳 ではないでしょ。たとえ止まりそうになっても、何事もなかったように音楽を 繋げ、演奏を続けて頂戴ね。」  今回、左手の伴奏部分が落ちたまま、右手だけで止まらずに数小節弾き続け、 見事最後まで弾き切ってくれた子がいました。きちんと約束を守ってくれたの です。テクニックだけでなく、精神的にも強くなった瞬間でした。  前月号で書いた村上和雄氏の言葉、 “人間の遺伝情報は99.5%同じで、違いは誤差の範囲。天才と凡人の違い は遺伝子をオンにする、即ち使うか使わないかだけ。プロセスを楽しみながら 目標を達成していけば、誰でも才能を開花させることが出来る。”  大げさなようですが、この言葉によって、私は新しい人生が始まったような 思いがしました。なんと輝かしい言葉でしょう! 今週のコンサートは、これを実行したゆえの結果です。子供の可能性を楽しみ ながら、これからもじっくり育んでゆけたらと思っています。

▲エッセイの先頭に戻る

6月6日(土)遺伝子のオン/オフで…!!
 5月号のソレイユエッセイ、“ハイキングノススメ”に、沢山の方からご感想をいただき ました。特に反響が大きかったのは、お弁当についてです。 「美味しそうでしたね。」 「エビチリの材料が詳しく書いてあったので、味を想像しちゃいました…。」 食べることに皆さんご興味がおありなご様子。かつてない反響に、ソレイユニュースに お料理のコーナーを創っちゃおうかしら、と思ったくらいです! 昨秋からマイブームに なっている健康食作りを近々この覧でお披露目しようかしら、と考えています。ご期待 ください!  さて、息子が塾で頂いてきた小冊子に村上和雄氏という方のインタビュー記事が 載っていたのでご紹介しましょう。  村上和雄氏は、世界に先駆けて「ヒト・レニン」の全遺伝子情報の暗号読み取りに 成功した、遺伝子工学の世界的な権威で、遺伝子と人との関わり方について、様々な 本や雑誌に分かりやすい言葉で説いている遺伝子工学の伝導者でもあります。これ まで“笑いで病気の克服”、“幸せの遺伝子ONで人生を楽しくする”といった内容を、 自己啓発系の雑誌で紹介されているのを幾度も目にしてきました。今回の記事は 子供向けに“可能性は皆に平等にあるのだ”ということについて語られていましたので ご紹介しましょう。  遺伝子とは何か。普通、遺伝と聞いて思い浮かべるのは、先祖から生まれながらに 受け継いだ姿・形・性格といったことでしょう。遺伝だから足が速い、頭が悪い、性格が 穏やか…等々、認識している方は多いことと思います。これに反して村上氏は、各方面で 優れている人と、普通の人とでは、DNA自体が違うのではなく、DNAを使っている量が 違うのだと説明しています。  普通の人がDNAの3〜5%使っている時、優れた力を発揮する人は、8〜10%使って いるというのです。村上氏はこれを遺伝子のオン/オフ機能と呼んでいます。  従来信じられてきた遺伝(素質)に左右される、という考えは、“人間の遺伝情報は 99.5 %同じ”という記述でふっとんでしまうでしょう。個人的な潜在能力の違い、という 次元でなく、アジア・ヨーロッパ・アフリカ等の各人種の違いまでを含めて、遺伝子的に 人間は99.5 %同じだと言うのですから本当に驚きです。  それでは、如何にして遺伝子をオンにするのか。これは興味のあるところでしょう。 まず何かに取り組む時には「好き」、「面白い」、という気持ちが前提にあることが大切、 と仰っています。易しいレベルで好きになってから難しいレベルに挑戦し、それができる ようになることで自信に繋げていくという過程を踏む必要がある、と述べています。  その為には、なんとか達成できる(この“なんとか”が大切のようです!)目標を持ち、 達成までのプロセスを楽しむこと。そのプロセスの中には、人間的に素晴らしい人に会う、 そういう人物の話を親が子供に語って聞かせる、という動機付けの他に、山に登ってみる、 などの自然に触れることも重要で、そういう経験が感性や直感力の育成に繋がってゆく というのです。  遺伝子レベルでみると、天才と凡人の遺伝情報は、0.5%の違いのみ。全ての人の 遺伝子が99.5 %同じで、違いは誤差の範囲ということを意識し、自分を信じて遺伝子を オン/オフにすることで素晴らしい結果が出せる、ということを繰り返し述べています。  “違いは誤差の範囲”という点が良いですね。  生まれた環境の中で、たまたま点灯した“オン”をその子の能力と思ってしまっている ことが多い中、導き方によって色々な才能が発揮できるのだということを、遺伝子レベル で解明したのは、教育という分野に新しい方向性を切り開くことになるでしょう。  沢山のお子さんたちをお預かりしている私たちは、関わった子供達がいかように遺伝子 をオンにして、どんなに素晴らしい人物となってゆくのかを共に夢見ながら日々過ごせる 事が幸せでなりません。  保護者の方々と共に、子供達の成長を見守り、そして自分自身ももっと“オン”を増やして いきたい、と思いながら読んだインタビュー記事でした。 “遺伝子は年をとらない”ということなので、大人のクラスの皆様、これは皆様の話でもある のですよ!!   (参考文献 KUMON季刊誌春号『Capable』)

▲エッセイの先頭に戻る

5月8日(金)ハイキングノススメ
4月29日の祝日が丁度お休みの水曜日と重なったので、家族でピクニックに 出掛けました。山に登るなんて実に10年振りです。 我が家が隣接する通称“高山”、山頂に高山彦九郎を祭る神社があるためそう 呼ばれていますが、本当の名を“天神山”という、丘のような小山を2つばかり 越えた後、標高236mの、太田のシンボル金山に登りました。晴天に恵まれ、 時折吹く風は涼しく、絶好のピクニック日和でした。  ハイキングロードとして綺麗に整備された山道添いには、木々に混じって ツツジや藤が色とりどりに咲き、新緑の濃淡も美しく、自然の色彩を満喫。 ナチュラルカラーの美しさに抱かれると、生命が活気づきます。  朝、ゆっくり手作りしてお弁当も持っていきました。たらこと海苔、とろろ昆布、 オキアミまぶし、梅干しとおかかの4種玄米おむすび、骨付き鶏とポテト の唐揚げ、レタス、胡瓜、トマトなどをザクザク切ったサラダ、葱と生姜ニンニク を細かく切って、豆板醤と生のトマトにちょっとの味噌を隠し味に加えたエビチリ、 鶏と千切りの玉葱・ニンジンでダシをとったコンソメスープをポットに詰めたもの。  金山の南面から登り、全行程2時間かけて西側の《ぐんまこどもの国》に下りた ときには、さすがにぐったりだったのですが、温かいコンソメスープとエビチリの 葱・生姜・ニンニクのパワーで元気が回復。祝日ということもあって、驚くほどいた 子供達の元気に遊ぶ姿を見ながら、のんびりしたひとときを過ごしました。  肌寒さを感じさせる風に吹かれながら、大学時代、よく山に登ったことを思い 出しました。以前この欄にも書いたことがある、大学時代に師事したボイストレー ニングの先生の教えによるものでした。  冬はスキー、夏は海水浴、それ以外の季節は山に登ることで歌に必要な筋肉が 鍛えられる、という先生の教えに基づき、冬はスキー、春と秋は山、夏は日光で お腹を焼くために(そうすることでお腹の筋肉が活性化するということでしたので…) 海へと、休みの日は飛び回っいました。  「そんなに遊んでばかりいて歌が上手くなる訳がないでしょう!!」 と、母によく叱られたものです。  でも実際、山が多い鎌倉や横浜に住む友人たちの歌を聴くと、支えがしっかりして いて筋力が強いという印象を受けましたし、小さい頃から家族でよくスキーに行って いたという人たちにも筋力の強さを感じました。歌手の自伝を読んだり、実際にデータ をとって研究していた先生でしたから、あながち出鱈目ということでもなかった のでしょう。  生まれた時から太田に暮らし、徒歩や自転車での移動に全く不自由がなかった私は、 足利市の山の方から通ってくる同級生を見て、心から同情していたのですが、その楽さ が逆に、磐石な足腰の獲得を逃すことになっていたのだと認識した時、本当に愕然と しました。  “愕然”というと大げさなようですが、目前に迫る試験やコンサートで納得のいく 演奏をすることだけを考えて日々を送っていた(かなりストイックに生きていた?[笑]) ので、時間を掛けなければ習得出来ない“筋力アップ”という目標を前に、私の焦りは 頂点に達していたのでした。  焦る心を抱えながら訓練目的で登り始めた山でしたが、実際に山へ行ってみると、 野の花や木々の香り、登った時の達成感という予想外の発見がありました。  奥日光の切込湖、刈込湖を通って、広大なカルデラに咲き乱れる高原植物が視界に 入ってきた時には、天国を見た思いでしたし、気軽に出掛けた山が予想外に険しく、 周りのおばさま方から分けていただいた、山頂でのお弁当の味が格別だったのも良い 思い出です。  またあの光景に触れたい、という思いはずっと胸の中にありました。嵐のようだった 数年が過ぎ、今ようやく実現できる環境が整いつつあるのでしょう。今夏は南アルプス でも登ってみようか、それともまた奥日光を訪れようかと、山に思いを馳せています。 大人になり(というか、もう中年ですよね!?)、長いスタンスで物を捉えることができる ようになったことで、登山を楽しい“趣味”として認識できる心の余裕ができてきたような 気がします。 

▲エッセイの先頭に戻る

4月9日(木)教育は大切、チェーホフを見よ!
近頃、ヴァイオリンクラスの田中宏和さんが頻繁にソレイユに遊びに来ています。
田中氏は、ヴァイオリンの末永先生のクラスがスタートした時からの生徒さんで、
ソレイユ歴7年、私の中学時代の同窓生です。学習院の高等部時代、秋篠の宮様と
同級生だった田中氏は、なんとなく雰囲気も宮様風。
  国文学科出身、というだけあって、とにかく本はよく読むらしく、年間200冊
は下らない様子です。(余程、暇があるのねえ、という噂あり。)家族全員本好き
という田中家のリビング(びっくりする程広かった記憶がある)は、壁4面本棚で、
文庫は2重に設置され圧巻!
 三浦朱門と曽野綾子両氏のご子息太郎氏や村上春樹氏は、子供時代に本を好きな
だけツケで買えた、というエピソードを読んだことがありましたけれど、田中氏も
同様だったと聞いて驚いたことがあります。なんとも羨ましい少年時代だったよう
です。
 田中氏は一週間で読んだ本の内容をレッスンに来た時に披露してくれます。先日、
最近読んだ本の内容について語った話に興味深いものがありました。
 田中氏曰く、「貧乏は遺伝するんだ、ってビートたけしの母親がドラマの中で言
っていたみたいだけど、本当に貧乏って遺伝するんだよね。それを打開するにはね、
いくつか方法があるんだけど、ビートたけしの母親は子供達に教育させたっていう
訳。チェーホフについて書いてある、阿刀田高著の『チェーホフを楽しむために』
を読んだら、同じようなことが書いてあったんだよね。才覚はあったが農奴だった
チェーホフの祖父は、金銭を蓄えて、農奴解放令以前に自らのお金で自由の身分を
買い取った。娘一人分の代金が足りなかったけれど領主の好意でまけてもらって。
その祖父の次男が文豪チェーホフの父親で、子供達に教育を受けさせたんだよ。
その結果、作家アントン・チェーホフを含む5男1女の子供達は、全員作家、画家、
教師などの知的な職業に就いたんだって。」
 “農奴の孫であったことを思えば、これは注目されてよい事実だろう”と阿刀田
氏も述べている通り、それはなんとも特異な事例だったのでしょう。
 しかし、恵まれた環境で育った田中氏の口からこんな話が出るのは、かなり違和
感があったのも確か。
「お金持ちだって、きちんと子供を教育しなければ没落するんだよ、そういう家を
僕は見てきた。」と、今だ花の独身貴族を謳歌している浮き世離れした、田中氏と
は思えない発言に目を白黒する私。
 しかしながら、表立って言うのは恥ずかしいのか、マスコミの「教育をしたって
云々…」の発言に染まっているのか、なかなかはっきり“教育は大切”ということ
を発言する方が少ない日本。天然資源が無いに等しい日本では、人材が一番の宝
なのですから、きちんと教育して、優秀な人材を作り上げることが、日本の大人たち
の使命なのだということを、声を大にして言わなければなりません。
 先日のWBCの決勝戦はソレイユでも大いに盛り上がりましたが、10回の表でみせた
イチローの打撃は、刮目に値する衝撃的なものでした。イチローの少年時代の父親の
教育については、以前この覧にも書いたことがあります。午後3時に仕事を終わらせ、
夜寝るまでイチロー選手に付きっきりで、チチロー(ちょっと懐かしい響きですねえ)
が野球を教えたから、あの国の宝とも言えるようなイチローが育ったという、あのお話
です。
 貧乏から脱出するため、または没落を回避するため、そのいずれにしても(どちらも
究極の理由ですけれど…)、子供を一生懸命教育し、未来を明るく創造しなければ!と
田中氏の発言から、ソレイユでは教育の話で大いに盛り上がったのでした。
 あ、そうそう田中氏の趣味、コンサート鑑賞に加えて歌舞伎と文楽に一緒に行って
下さる方いませんか?一緒に鑑賞して下さる方、大募集なのだそうです。ついでにお嫁
さんも募集なのだそうですけれど…。

▲エッセイの先頭に戻る

3月24日(火)神谷 尚 先生、3/31(月)エフエムTARO出演予定
ソレイユで声楽とヴォイストレーニングを担当する神谷 尚 先生が、来る3月31日(火) 12:30〜【再放送は同日18:15〜】、エフエムTARO の「太田シティーインフォメーション」 にゲスト出演され、「上手な会話の仕方」というタイトルでお話しされます。  歌う時ではなく、普段の会話の時に、どんなことに気を付ければ、疲れず長く喋って いられるか、という内容だそうです。有名芸能人の発声指導も多数手掛けている神谷先生の お話ですから、きっと楽しくてタメになる番組だと思います。太田市近郊にお住まいの方は 是非、エフエムTAROを聞いてみて下さい。

▲エッセイの先頭に戻る

3月10日(火)卒業生の小林郁代さんが…優勝!!
気が付けば啓蟄、受験も終了し、ソレイユにも春がやってきました。  嬉しい便りが届きました。  ソレイユ卒業生の小林郁代さん(現在ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック に在籍中)が、香水メーカー、クライヴ・クリスチャン社主催の作曲コンペティションで、 見事1位となったというものです。香りから連想される広告用のピアノ曲を選ぶという コンペティションだったようですが、他の部門で1位となったカナダ人作曲家と一緒に、 大きな花束を抱え、写真に映っている郁代さんの嬉しそうな表情といったら!  お便りには次のようなことが書いてありました。 “今回のコンペティションでは3つの香水のカテゴリーがあって、それぞれの香水について トップを決めました。その後にトップ3人の中からの一番を、客席がその場で挙手して決め たのですが、小林郁代の曲が一番気に入った人〜!という時に、3階まであった会場の 皆が手を挙げてくれたんです!最高の瞬間でした。”  クライヴ・クリスチャン社というのは“世界一高い香水のメーカーとして知られている”と いうことだったので、早速ネットで調べてみたら、《No.1.インペリアル・マジェスティ》という 名前の香水が、なんと20万ドル(約2000万円)!! ギネス認定されているそうです。 《No.1.インペリアル・マジェスティ》は、バカラ・クリスタルのボトルにダイヤモンドがあしら われており、選りすぐった最上級の原料だけを使用しているということですが、どのような 香りなのか、興味を掻き立てられるところです。  香りから連想される曲、だなんて、イマジネーションが刺激されますねえ。広告用という ことでしたから、イギリスでは郁代さんの曲がコマーシャリズムにのるのでしょうか。香り と曲とのコラボレーション。香りとピアノ作品の両方ともを是非きいてみたいものです。 (http://www.clive.com/news/winners-of-the-sound-of-perfume-announced,30,AR.html  上記 Clive Christian の公式ウェブサイト下方の The Sound of Perfume をクリックすると、  コンペティションの実況録画が見られ、小林さんの作品も試聴できました!)  郁代さんは日本大学芸術学部在学中からコンクールに入賞したり、作曲の依嘱を受け 作品を発表する機会に恵まれたりと、10代からその才能の片鱗を覗かせていました。 性格的に前向きでチャーミングな郁代さんは、多くの友人にも恵まれ、中学時代から充実 した学生生活を送っていました。  ロンドンで語学も習得し、人間関係も豊かにし、益々活躍の場が広がってゆくことでしょう。 音楽的センスと自分の足でどんどん前進していく行動力がある郁代さんの今後を楽しみに しています。  活躍している先輩からのニュースは、頑張っている後輩の励みになるものです。新たな ステージに登った二人をご紹介しましょう。  今年はソレイユから2人の音大合格者が出ました。国立音楽大学ピアノ科に推薦入試 で早々と合格を決めたのは、江川早紀子さん。  江川さんは、ソレイユに小学校4年生の時に入室。小さい頃からピアノは習っていたの でしたが、手の形や指づかいに癖があり、基本的な弾き方からレッスンを始めました。 白鴎大学足利高校音楽科では、ほぼコンスタントにピアノの試験で一番を取り、高校から 1名のみ推薦される国立音楽大学推薦入試の受験者に選ばれ、見事合格。4月から晴れて 国立音大生になります。  東京音楽大学声楽科に合格したのは、五十畑木綿さん。小学校3年生の時、ミュージカル コース生として入室。(ソレイユのミュージカルコースは、名門、名倉ジャズダンススタジオの ダンサーの方を先生として招聘していましたが、先生のコンスタントなレッスンが不可能となり 廃止となりました。)  ミュージカルや演劇に強い興味を持っていた木綿さんは、その後も声楽の他に演劇や ダンスを続けていました。太田市の劇団では主役も務め、演劇を志すのかしら?と思って いたところ、大学は声楽で進学することに決定、東京音楽大学を受験し、今回の喜ばしい 結果となりました。  在籍する大学も専攻も違う2人ですが、小林郁代さんのような、活躍している先輩方を 目標にして、大学4年間で益々腕を上げ、成長していって欲しいと願っています。

▲エッセイの先頭に戻る

2月10日(火)エッセイ開始!
 ソレイユ総合音楽教室のホームページがリニューアルしました。
生徒の皆様にご協力いただいた写真満載のニューバージョンとなりました。

 正式には、2月22日(日)に最終の手直しをする予定ですので、エッセイも何もかもが
揃い、文章の間違いも訂正され、アップするのは2月23日以降となります。

 今回のホームページは、各コースの説明、ソレイユ内部設備の紹介、沿革など、ページ
数を増やし、より見やすくなるよう工夫したつもりです。

 “エッセイ”のページでは、これまで『ソレイユニュース』として生徒さん達にお配りして
いた内容に加え、ホームページのみの“ブログ”も書いていきたいと思っておりますので、
ソレイユのホームページをマメにチェックしてみて下さい。皆様と一緒にソレイユのホーム
ページを育てていけたらと思っています!何かお気づきの点などございましたら、忌憚の
ないご意見ご感想をお聞かせ下さい!

▲エッセイの先頭に戻る

1月18日(日)《第20回コンセール・ドゥ・ソレイユ》
 ロイヤルチェスター太田・ヴィクトリアの間にて《第20回コンセール・ドゥ・ソレイユ》が開催
されました。寒中のこの時期、特に前の週などは気温が零下5度まで下がり、太田では経験
したことがないほどの寒さでしたが、インフルエンザが一部地域で蔓延していたにも関わらず、
出席者全員が体調万全で、一人の欠席者も出なかったのは、《コンセール・ドゥ・ソレイユ》に
掛ける皆様の並々ならぬ意気込みの表れだったのでしょう。
 出演者の皆さんは、お正月気分が抜けない新年早々から、晴れの舞台に向けての特訓を
秘かに行っていた様子でした。
  「そこまでしなくても大丈夫でしょ!?」と先生に言われても、万全を期するためにと仰って、
レッスン回数を増やして臨んだ方もいらして、生徒さんのやる気に、先生も気圧され気味に
なっていた程でした。
 今回、ドレスコードは、男性タキシード、女性ロングドレスとしたのですが、このアイデアも
生徒さんの気分を大いに盛り上げた様子で、特に女性の方々は、私たちがお貸ししたドレス
を選んだり、新しいロングドレスを誂えたりと、ドレス選びも楽しいものでした。
 60代の女性の方などは、「結婚式は和装だったので、ロングドレスは初めてなのよ。」と、
嬉しそうにこっそりと打ち明けて下さったのです。古来、人々は日々の糧を得るために稼い
だり、日々なく暮らせるようにと毎日毎日労働を続けてきました。辛く大変な日常から脱却で
きるチャンスが、お正月やお祭りといった年に数回の行事でした。
 社会のシステムが多様化し、労働の内容も、食料の調達も、そして家事も楽になり、様々な
娯楽も溢れている現代ですが、逆に行事やお祭りが平均化し、ハレとケの境が無くなっていま
す。人生にはメリハリが必要、そう考える私は、毎日なんとなく仕事をして、なんとなく楽しい
ことがあって…、という現代より、お祭のために日々を耐え、お金も貯め、年に一回のお祭の
時にこそ羽目を外して大いに楽しむ、というメリハリこそ人生の理想的エッセンス、と思うの
です。今回の《コンセール・ドゥ・ソレイユ》は、まさにそのようなハレの舞台でした。
 ロイヤルチェスター太田のヴィクトリアの間は、金と白色に彩られたヴェルサイユ宮殿を思わ
せる内装で豪華絢爛。会場の雰囲気は、否が応にも出演者の皆様の興奮を掻き立てました。
事前の準備は効を奏し、皆さんが普段の《コンセール・ドゥ・ソレイユ》を上回る出来映えで、
豪華な衣装に呑まれることなく堂々と見事に演奏して下さいました。出演者の晴れやかな表情
といったら!!
 コンサート終了後の祝宴は、演奏された皆さんと講師の先生方一人一人が今回のコンサート
に掛けた思い、そして今後の目標などユーモアを交えながら、そして時々真剣にインタビューに
答えて下さり、うち解けた和やかな雰囲気の中、祝宴は進みました。前向きで明るい人生の達人
達に囲まれ、ソレイユは幸せな音楽教室だとしみじみ感じた次第です。
 ハレの舞台に向けての入念な練習と、子供の頃に返ったようなドキドキする本番。このコント
ラストが人生の醍醐味であり、そして、若さを保つ秘薬なのではないか、と皆さんを見て思った
《コンセール・ドゥ・ソレイユ》でした。

▲エッセイの先頭に戻る

1月12日(月)ソレイユWEBサイト リニューアルオープン
 ソレイユ総合音楽教室WEBサイトがリニューアルオープンしました!

▲エッセイの先頭に戻る

▲このページの先頭に戻る