伊豆の踊り子歩道を歩く
 川端康成の伊豆の踊り子の舞台に想いを馳せて天城湯ヶ島、浄蓮の瀧、天城トンネル、河津七滝など伊豆の踊り子歩道を歩いた紀行文、城ヶ崎海岸、石廊崎などの旅行記。     
このペ−ジは富士山撮影の旅のつづきです。
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伊豆の踊り子歩道・南伊豆・西伊豆の旅
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伊豆の踊り子歩道マップ
中伊豆 天城湯ヶ島へ
 富士山撮影の旅は悪天候に阻まれて撮影計画はことごとくつぶれていった。背景に富士山のない風景など、予想していたとはいえ落胆は大きかった。山中湖から河口湖北岸、大石地区を通って、西湖に出たときは雨脚が一層強くなり、富士山西側の麓、朝霧高原や白糸の滝も行く予定になっていたが、もはや写真を撮る気持ちなど萎えてしまった。
そして、この天候では予定を変更して、伊豆、湯ヶ島へ移動、伊豆の踊り子歩道を歩く旅に賭けた方がいい、と気持ちが変わっていった。
 すさまじい大粒の雨は激しく路面をたたき、前方の視界は、まるで曇りガラスから覗いたように見通しが悪くなった。それに加えて沼津から伊豆方面への道路は、慢性的な渋滞が多いと聞いてはいたが、途中、沼津市内は大渋滞で車が走らない。
 なんとか湯ヶ島の国民宿舎「木太刀荘」に着いたのは午後5時頃だった。
計画していた修善寺の「独鈷の湯」と修善寺公園の梅林も中止せざるをえなかった。もともと欲張った計画であったのだけれど。・・・
 さて、湯ヶ島と言えば伊豆の踊子を思い出す人も多いだろう。その書き下ろしを紹介しておこう。
 「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。
私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白(こんがすり)の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた」

<伊豆の踊子・川端康成作>
私と踊り子像
木太刀荘の近くで
映画「伊豆の踊子」は?
 私が映画「伊豆の踊子」を見たのは遠い昔、十代の頃だった。吉永小百合さんの扮する踊り子が学生役の高橋英樹さんに「活動に連れて行ってくださいましね」と言っている場面がとても可愛くて、・・・いま再び懐かしく思い出される。
昔は映画のことを活動写真と言っていた。そして川端康成が天城峠を歩いたのは大正7年の頃、ここは当時はあまり人に知られていない秘境の地だったのである。
今は国道414号線が通り、新トンネルによって天城越えが容易になった。
 伊豆の踊子は過去6回映画化され、それぞれの主演女優は田中絹代、美空ひばり、鰐淵晴子、吉永小百合、内藤洋子、山口百恵である。
川端康成氏がノ−ベル賞作家になられたのは吉永小百合主演映画の5年後、昭和43年10月で私は22歳の頃だったのだ。

写真は水仙の咲く、その奥に国民宿舎「木太刀荘」の玄関がある。       右は狩野川(かのがわ)の支流、猫越川(ねっこがわ)から木太刀荘を撮る。       建物の5階が道路に通じる玄関になっている。

木太刀荘の道 木太刀荘 猫越川(ねっこがわ)
湯ヶ島温泉マップ
 川端康成は大正7年の秋、初めて伊豆に旅行、このとき修善寺に1泊、湯ヶ島に2泊したと言われている。
 湯ヶ島は広葉樹、常緑樹の中に狩野川が流れ、それに沿って温泉街がつづく。ネオンがきらめく派手な温泉街ではなく、新緑や紅葉の季節には絶景を観賞しながら温泉を楽しむ。そして若山牧水や、与謝野晶子など多くの文人墨客に愛されてきたのが湯ヶ島温泉である。
世古峡を散策する。
 支流の猫越川、世古峡近くに国民宿舎「木太刀荘」がある。
翌朝、朝食の用意が整うまでの間、宿の近辺の散策に出た。
前夜の雨で木太刀荘の下を流れる猫越川も増水しているだろうと思ったが雨水はどこへ吸収されたのか静かな流れだった。
空には青空が広がり、昨日の低気圧は足早に去っていったようである。
 宿から川の流れに沿って50mほど下ると世古橋に出る。世古峡をまたぐ橋である。
橋の上に案内標識があり、かたや天城峠・下田方面、かたや修善寺・三島方面となっている。
憧れの地に来たせいかとても素敵な標識に見える。
橋を渡って上流に向かって歩いていくとスナック伊豆の看板がある。このたぐいの看板は本当に少なく、静かでひなびた温泉なのである。これが都会派の文人墨客に好まれる理由かも知れない。
川端康成の小説「温泉宿」はどんな場所?
スナック 伊豆

 スナック伊豆から少し上流に歩いたあたりから、河原に降りる山道を見つけて降りて行った。
朽ち果てた樹木や、枯れ葉に埋まった露天風呂の湯殿があった。川端康成の小説「温泉宿」では「川上から曖昧宿の女が二人、体を揺りながら岩を飛んで、宿の湯を盗みに来た。後から男達がついて来る。」とこのように河原にある露天風呂の情景を表現している。私は小説の中に出てくる女達の河原でのやりとりを思い浮かべながら小説「温泉宿」はこういう場所だったに違いないと思った。
 川沿いには遊歩道があって至る所にポンプ小屋がある。湯ヶ島温泉の源泉はこの川沿いにあるのかな。そんなことを思いながら小一時間ほど湯ヶ島の散策を楽しんだのである。
案内標識が伊豆を示す 世古橋から猫越川を見る 木太刀荘下の河原
岡山県勝山の名瀑、神庭の瀧と伊豆の名瀑、浄蓮の瀧はどっちがいいか?
 宿に帰って朝食を済ませると惜しむように湯ヶ島に別れを告げ、南伊豆は下田を目指した。もちろん踊り子街道を歩くことも予定になっている。
 出発して10分も走らない内に大きな駐車場が見え、淨蓮の滝の看板が目に入った。駐車場に車を入れて滝に降りる遊歩道に出たところで両備バス(岡山)の団体に紛れ込んでしまった。狭い遊歩道はたちまち人垣であふれ、蝸牛のような動きと言えば大袈裟かもしれないがゆっくりゆっくり幽谷の谷底へ降りて行った。団体客はお年寄りが多く、急な石段の遊歩道を下っていくのをためらって中途で引き返している人もある。私たちでさえ、帰りの石段の登りを考えると躊躇せざるを得なかった。その中で一人のご老人が「神庭(かんば)の滝の方がええわ」と岡山弁のイントネ−ションでつぶやきながら引き返された。神庭の滝は岡山県勝山の名瀑である。このご老人が天城一の名瀑と謳われる「淨蓮の滝」と張り合う気持ちが関西人である私には分かる気がした。
浄蓮の瀧 浄蓮の瀧わさび田 いのしし村
 急勾配で長い石段を降りると滝壺が一番良く見えるところに土産物屋が2軒あってその周りに山葵畑(わさびばたけ)がある。山葵はチラホラ白い花を付けていて、根っこを洗う清流水がキラキラ輝いてとても綺麗だ。土産物屋を見ると生山葵1本が千円の値札が付けてあった。妻がこの山葵を2本買った。山葵畑に目を移してこの山葵全部でいくらになるのだろう。収穫までにとても長い年月が掛かるんだろうな。いつの間にか、そんなとりとめのない、どうでもいいようなことを考えていた。
かたはらの 刀身ほどの ほそき瀧
白帆の幅の 淨蓮の瀧
「白桜集」より与謝野晶子

うすうすに 身のほそりつつ 落ちる影
淨連の瀧も み冬さびたる
「渓流唱」より北原白秋
伊豆の踊り子歩道
天城路の碑
旧天城トンネルへの近道
 淨蓮の滝をあとにして途中、いのしし村に立ち寄った。いのしし専門の動物園で放牧場のほか、いのししが走るレ−スもある。写真の赤い屋根はレストランで一年中ボタン鍋(シシ鍋)が食べられる。ここをあとにすると、旧天城トンネルを目指した。出発して10分も経つか経たないうちに伊豆の踊子ハイキングコ−ス(踊り子街道)の標識が見えた。辺りは落葉樹が生い茂り、踊り子街道に沿うようにして渓流も流れている。踊り子街道をすべて歩くと16.2km、所要時間は約8時間であるから一部分を歩くことにした。踊り子街道の標識のあるところから国道を100mほど進むと、新天城トンネルの入り口がある。車はここに駐車した。出発点には水生地下(すいしょうちした)というバス停と駐車場があり、ここから歩くと旧天城トンネルまで片道1.8km、往復すると3.6kmある。そこで私たちは旧天城トンネルまで600mという近道の急登を登って、そこから逆戻りのコ−スを歩くことにした。

大正5年頃のトンネルと茶屋 天城トンネル 天城越えのハイカ−
旧天城トンネル  旧天城トンネルには10分くらいで到着した。 トンネルは大正時代の造りそのままで中は電灯もなく、気持ちが悪いほど暗い。川端康成は著書「伊豆の踊子」の中で「暗いトンネルにはいると冷たい雫(しずく)がぼたぼた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。」と表現している。入り口は切石を馬蹄形に組んだ典型的な昔のトンネルで苔むした外観は年代を感じるに十分な貫禄である。トンネルは自動車も通れるが行き交うことは無理で、片側交互通行となる。明治38年に開通した天城トンネルは大八車を馬に引かせて通る広さがあれば十分だったのである。
 昔は峠に茶屋があったらしく大正5年頃に写したセピア調の茶屋の写真が看板として立ててあった。踊り子が一高の学生と初めて会った峠の茶店なのである。
ハイキング道の道標
川端康成のレリ−フ
 ハイキングコ−スは歩く人もあれば車で通る人もある。トンネルの入り口には車が3台止まっており、トンネルをバックに記念写真を撮っている人や、トイレ休憩のために止まっている車もある。
 心に残る旅をするには歩く旅をするのがいい。歩きながら原生林のざわめく音や渓流のせせらぎを聞き、景色を眺め、古くは旅芸人の一行が通った頃を想像しながら歩くのが旅の醍醐味ではなかろうか。
トンネルから下って行くと何人ものハイカ−に出会った。どのハイカ−も川端文学のファンのように思えた。そしてこういう旅は何故か女性が多い。尾瀬を歩いても木曽路を歩いても何故かほとんどが女性である。男の旅は泊まり先での宴会や温泉街での飲み歩きに重点が置かれているようだ。歌人、若山牧水も「人の世に たのしみ多し然れども 酒なしにして なにのたのしみ」と歌碑を残している。旅の楽しみ方が異なるのは男性と女性の感性の違いによるものなのか?。
こんな風に考えると人生を豊かに賢明に生きているのは男性方か、女性方か、わからなくなる。  
踊り子歩道案内図
伊豆は暖流、黒潮の流れの影響で暖かいと言われる。しかし伊豆の桜は蕾のままだし、落葉樹の芽吹きもまだない。今年は2月の寒気団が頑張った分、木立の芽吹きも桜の開花も遅れているようだ。水生地までのハイキング道は冬木立を分けるように、つづら折りの道をだらだらと下っている。途中に伊豆の踊子文学碑と川端康成のレリ−フ(浮き彫り)があった。何処にでもあるような山道であるがこの前に立つと自分が一高時代の著者になったような気分になってくるから不思議である。
 新天城トンネルを抜けてル−プ橋を降りると河津七滝

初景滝
出合滝
 約30分、踊り子街道を楽しんだあと、再び車で湯ヶ野方面へと移動した。本来は旧天城トンネルを抜けて河津七滝(河津ななだる)を見ながら湯ヶ野へと歩くコ−スになる筈だった。湯ヶ野へ抜ける途中、総延長1.1km、高さ45m、直径80mの巨大なル−プ橋がある。河津七滝ル−プ橋である。ぐるぐると目のまわるようなル−プ橋を降りると国道414号線と踊り子街道の合流点がある。ここから引き返す方向に踊り子街道を入っていくと大滝温泉「天城荘」がある。ここに無料駐車場があって河津川を遡っていくと大滝、出合滝、カニ滝、初景滝、蛇滝、エビ滝、釜滝と七つの滝巡り(河津七滝)を堪能できる。
 大滝温泉「天城荘」の裏を流れる川沿いの庭園には大小20余りの露天風呂がある。出合滝から下流の方向を遠目に見ると女性客二人が水着姿で露天風呂を楽しんでいた。川の瀬音を聞きながら、大滝(おおだる)を眺め、露天風呂が楽しめるという贅沢が出来る温泉なのだ。
 さて、ここで伊豆の踊子街道に別れを告げることにした。十分な旅の計画もしないで踊り子街道を歩く旅に臨んだためか、十分に堪能したという満足感がない。今回の伊豆の旅は下見の旅ということにしておこう。そして次は新幹線で三島経由、踊り子号で伊豆に入り、もう一度「伊豆の踊り子街道」を歩いてみたい。その時は淨連の滝から湯ヶ野までの全行程を歩きたいと思っている。

 東伊豆、城ヶ崎のリアス式海岸

 湯ヶ野を抜け、河津から下田市街にでると時刻はお昼を少しまわった。さらに西へ車を走らせて国道136号線沿いの和食レストランに入った。中は和風の間仕切りがしてあってテ−ブルの下は堀コタツにしてある。小グル−プの会食にぴったりの落ちついた雰囲気である。1380円の安めのメニュ−を頼んだ。これがなかなかうれしかった。新鮮でボリュ−ムたっぷりのお刺身が3種類、まな板の上にどっさり盛りつけてあって、お頭付の焼き魚にお味噌汁とデザ−ト付。こんなことして儲かっているの?と思ってしまう。普段の私の生活圏内では2000円出しても食べられないよ!と言っておきたいサ−ビスだった。この和食レストランのなまえをメモっておくのを忘れたが土地名で吉佐美あたりだったと思う。南伊豆は食べ物が安くて美味しい。
 
城ヶ崎 門脇橋 城ヶ崎 門脇橋

 昼食が済んで夕刻までは時間もたっぷりとある。妻が城ヶ崎に行きたいと言った。サスペンスドラマによく出る、門脇岬の吊り橋を見ておきたいのだという。女優、片平なぎさの出演するサスペンスドラマは風光明媚なロケ−ションが選ばれる。九州へ行ったときも臼杵の石仏が見たいと言った。ここもサスペンスドラマによく出る風景だからだ。
 城ヶ崎は東伊豆の伊東市になる。溶岩台地の門脇岬はゴツゴツとせり出した断崖絶壁のリアス式海岸だ。この日は低気圧の去った翌日のせいか、波が荒々しく、波しぶきが、風速20mもあろう強風にあおられて、天高く舞い上がるので雨かと思うほどに降りかかってくる。なおこの吊り橋は長さ48m、高さ23mとなっていて、岬を歩く遊歩道の途中にある吊り橋なのである。

チュウチュウトレイン 石廊崎最南端灯台 石廊崎のリアス式海岸
 昨夜の泊まりは南伊豆国民休暇村、低料金でありながら食事は豪華、設備も快適で綺麗である。伊勢エビのボイルはとても美味しかったし、食べきれないほどのお料理が出たのはびっくりした。全国に国民休暇村は数々あるけれど、南伊豆と大久野島(広島)はお料理が特別に良かったことを強調しておこう。
 石廊崎は伊豆半島の最南端になる。石廊崎に立って左を見れば相模湾、右を見れば駿河湾ということになる。駐車場から岬の先端に出るまで約20分ほど歩く。途中にはジャングルパ−クがあって、びっくりするほど長さも、高さもある大温室がある。入場料は900円、少し高いと思うが中に入ってみると熱帯雨林を手っ取り早く体験出来る木々のジャングルとなっている。約3000種、3万本の樹木が植えられているそうだ。
 園内はチュウチュウトレインが走っていて300円で駐車場から岬の石室神社の手前まで行ける。石室神社からさらに突き出た絶壁の上に祠が祭ってある。岬の先端まで行くと城ヶ崎の風景によく似た断崖絶壁のリアス式海岸となっていて、晴れた日には遠く伊豆大島が見えるのだそうだ。
石廊崎熱帯温室 石廊崎最南端の祠 石廊崎の風景
< 石廊崎を出たのが11時過ぎ、少し時間を取り過ぎてしまった。今日は愛知県の伊良湖岬の泊まりである。西伊豆は車で通過するだけにしなくては今夜の泊まりに間に合わない。随分といい加減な旅の計画だったが、西伊豆から富士山を撮りたいという願望をだいなしにしてしまった。それでも神のご慈悲とでもいうべきか、雲見で駿河湾越しに富士山に出会うことができた。それから松崎や黄金崎、恋人岬など予定していたところは素通りし、戸田、大瀬崎も残念せざるを得なかった。昼食以外は休憩をとる余裕もなく、沼津ICまでひた走った。東名高速に乗ると富士山が綺麗に見えていた。富士川SAで休憩に入った。美しい富士山だった。ブロ−ニ−と35mmのリバ−サルフィルムでバチバチと撮りまくった。富士山はまるで私たちを見送りに出てくれているような気がしてならなかった。
西伊豆 西伊豆雲見 富士川SA
富士山撮影に便利な宿

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